会社分割やカーブアウトの場面では、「一部の事業を切り出す」という言い方がよく使われます。
ただ、企業価値評価の立場からこの表現を眺めると、かなり危うさをはらんでいると感じます。実際に評価しなければならないのは、売上や利益の一部分ではないからです。切り出した後に独立した事業として成り立つかどうか、その収益力、資産、負債、人員、契約、システム、許認可、運転資本、管理機能、さらには税務・会計上の影響まで含めた「事業単位」こそが、評価の対象になります。
会社全体の決算書では黒字に見える事業であっても、いざ切り出してみると、本社機能、経理、人事、IT、物流、購買、研究開発、ブランド、資金繰りといった部分を親会社に頼っており、単独では同じ利益を保てないことがあります。逆に、全社の中では低収益に映っていた事業が、過大な本社費の配賦やグループ内の取引条件を見直してみると、実態としては相応の価値を持っていた、というケースもあります。
会社分割・カーブアウトの評価では、会社全体の数字を按分するだけでは足りません。切り出した後に、その事業がどの資産・負債を使い、どの費用を負担し、どの契約を維持し、どれだけのキャッシュ・フローを生み出すのか。ここを一から組み立て直す必要があります。
本稿では、会社分割・カーブアウトにおける価格判断を、企業価値評価と取引価格判断という二つの観点から整理します。会社分割手続、債権者保護手続、労務承継手続、許認可手続、契約書文案といった細部には踏み込みません。あくまで、切り出す事業の価値をどう見るか、という一点に焦点を絞ります。
会社分割・カーブアウトでは「切り出した後の事業」を評価する
会社分割とは、会社がその事業に関して持つ権利義務の全部または一部を、他の会社や新たに設立する会社へ承継させる組織再編の手法です。会社法上は、既存の他の会社に承継させるものを吸収分割、分割によって設立する会社に承継させるものを新設分割として整理しています。
会社分割が事業譲渡と大きく違うのは、分割の対象となる権利義務が、承継会社へ包括的に引き継がれる点です。事業譲渡では個別の資産や契約を一つずつ移していく色合いが強いのに対し、会社分割では対象となる権利義務が法律上まとまって承継されます。だからこそ、事業を組織ごと移す手段として用いられるわけです。
ただ、評価という観点から本当に大切なのは、「会社分割という法的な形式」そのものではありません。何が切り出され、何が残るのか。そして切り出された事業が、独立した後にどれだけの収益力を持つのか。そこが核心になります。
カーブアウトの評価では、次の三つを切り分けて考える必要があります。
一つ目は、過去の対象事業の実績です。分割前の会社やグループの中で、その事業がどの程度の売上・利益・資産効率を上げてきたのかを把握するための数字です。
二つ目は、切り出した後のスタンドアロンの姿です。親会社や本社機能に頼らない状態でその事業を運営したとき、どれだけの費用・投資・運転資本が必要になるのかを反映した数字です。
三つ目は、買主または承継会社に帰属する価値です。買主の既存事業とのシナジー、重複機能の削減、販売チャネルの活用、技術・人材・顧客基盤の統合可能性などを織り込んだ価格判断になります。
この過去実績、スタンドアロン価値、買主価値を混同してしまうと、会社分割・カーブアウトの価格判断は大きく歪みます。
カーブアウト財務諸表は、そのまま評価に使えるとは限らない
会社分割・カーブアウトの評価で、まず最初に壁になるのが対象事業の財務情報です。
会社全体の決算書はあっても、切り出す事業単位の正式な財務諸表は存在しない、ということが少なくありません。部門別損益や管理会計資料、原価計算資料、KPI資料があったとしても、それらがそのままM&Aの価格判断に使える形になっているとは限らないのです。
とりわけ注意したいのが、本社費や共通費の配賦です。
売主が作成するカーブアウト損益計算書では、管理部門の人件費や本社費が、一定の配賦率で各事業部に割り振られていることがあります。しかし、その配賦額が、切り出した後に実際に必要となる管理機能のコストを表しているとは限りません。
切り出した事業を単独の会社として動かすには、経理、人事、総務、法務、IT、経営企画、内部統制、税務、資金管理といった機能を新たに整える必要があります。その結果、過去の配賦額よりもコストがふくらむこともあるのです。
逆のパターンもあります。全社費用が過大に配賦され、対象事業の実態的な収益力を実際より低く見せているケースです。
ですから、カーブアウトの財務情報に向き合うときは、次のような問いを一つずつ確認していきます。
- 対象事業の売上は、どの顧客・契約・製品・地域に基づくものか
- 売上原価は、実際の原価なのか、それとも社内振替価格なのか
- 本社費・共通費は、どの基準で配賦されているか
- 切り出した後に不要となる費用はあるか
- 切り出した後に新たに発生する費用はあるか
- 親会社から提供されていたサービスを、買主側または新会社で代替できるか
- 移行期間中にTSAなどの支援契約が必要か
- その支援コストは一時的なものか、それとも恒常的に続くものか
カーブアウトの評価では、過去の管理会計資料を「そのまま信じる」のではなく、切り出した後の経済実態に合わせて組み替えていく作業が欠かせません。
スタンドアロンコストを織り込まない評価は、買主価値を過大にしやすい
カーブアウトの評価で最も見落とされやすい論点の一つが、スタンドアロンコストです。
スタンドアロンコストとは、切り出された事業が親会社やグループ会社の支援を離れ、単独で運営されるときに必要となる追加コストを指します。
典型的には、次のようなものが挙げられます。
- 経理・財務・税務機能
- 人事・労務・給与計算
- 総務・法務・契約管理
- ITシステム・ネットワーク・セキュリティ
- 購買・物流・在庫管理
- 品質管理・内部監査・内部統制
- 経営管理・予算管理・取締役会運営
- 保険、リース、外部委託費
- ブランド・商標・ドメイン・ライセンス使用料
- 親会社保証の解除に伴う信用コスト
- 資金調達・与信管理・金融機関対応
売主側の資料では、これらのコストが過去実績に十分反映されていないことがあります。対象事業が親会社の管理部門やグループ共通システムを利用している場合、その機能を買主が自社で吸収するのか、新たに外注するのか、あるいは一定期間は売主から支援を受けるのか。その選択次第で、買主が支払える価格は変わってきます。
カーブアウト案件では、管理会計上の配賦額が取引後の実際の発生費用を適切に表すとは限りません。だからこそ、スタンドアロン・イシューに関わる追加コストを反映して損益計算書を修正するか、少なくとも別途提示して買主が検討できるようにしておく必要があります。情報開示が不足すると、買主は追加コストを保守的に見積もり、結果として低めの価格提示につながりかねません。
つまり、スタンドアロンコストは買主だけの問題ではないということです。売主にとっても、対象事業の価値を適切に説明するうえで重要な論点になります。
スタンドアロンコストを整理しないまま交渉に入ると、買主は「切り出した後に、本当にこの利益が残るのか」と疑念を抱き、保守的な価格を出しやすくなります。逆に、売主が適切な前提を示せれば、価格の下落を防ぐ材料にもなるのです。
共通費配賦は「会計上の配賦」と「経済的に必要な費用」を分けて見る
共通費の配賦は、会社分割・カーブアウトの評価で、必ずと言ってよいほど論点になります。
部門別損益では、本社費、管理部門費、物流費、システム費、研究開発費、広告宣伝費などが、売上高比、人数比、工数比、面積比、原価比といった基準で配賦されていることがあります。
ただ、評価上で問われるのは、その配賦方法が社内管理として合理的かどうかだけではありません。その費用が切り出した後にも本当に必要なのか、必要だとすれば誰がどの水準で負担するのか。ここが本質です。
たとえば、売上高比で配賦された本社費が対象事業に多く乗っていたとしても、買主が既存の管理部門でそれを吸収できるのであれば、その費用は買主価値にそのまま反映されません。反対に、過去の配賦額が少なかったとしても、切り出した後に専任人員や外部委託が必要になるなら、将来のキャッシュ・フローは下がります。
共通費は、少なくとも次のように分類して整理しておくべきです。
- 対象事業に直接帰属する費用
- 合理的な配賦により対象事業が負担すべき費用
- 切り出した後には発生しない費用
- 切り出した後に新たに発生する費用
- 買主の既存機能で吸収できる費用
- 一定期間のみ発生する移行費用
- 親会社側に残るストランデッドコスト
ストランデッドコストとは、事業を切り出した後も売主側に残ってしまう固定費のことです。売主の立場では、譲渡する事業の利益だけでなく、売却後に残るこのコストまで見ておかないと、事業売却による本当の経済効果を読み違えてしまいます。
買主の立場では、対象事業の単独利益だけを見るのではなく、自社グループに取り込んだ後の追加コストと削減可能コストを分けて検討する必要があります。
カーブアウト貸借対照表は「移転対象」と「事業運営上必要な資本」を分ける
会社分割・カーブアウトでは、損益計算書だけでなく、貸借対照表の切り出しも重要になります。
対象事業のPLは作られていても、事業単位のBSがない、というのは珍しくありません。しかし企業価値評価では、運転資本、設備投資、固定資産、リース、引当、借入、非事業資産を押さえておかなければ、フリー・キャッシュ・フローや譲渡価格を判断できません。
カーブアウト貸借対照表で気をつけたいのは、「実際に移管される資産・負債」と「事業を運営するうえで当然に必要となる資産・負債」を分けて捉えることです。
たとえば、売上債権や仕入債務を移管しない方針だったとしても、その事業を運営すれば、売掛金、在庫、買掛金は当然に生じます。移管対象に含まれないからといって、カーブアウトBSやキャッシュ・フロー分析から除外してよいわけではありません。売上債権や仕入債務は、移管対象に含まれなくても、対象事業を運営するうえで発生する運転資本項目です。キャッシュ・フロー分析の観点からはカーブアウト貸借対照表に反映したうえで、実際の移管対象かどうかは別途明記しておく必要があります。
この切り分けができていないと、次のような誤りが起こります。
- 移転しない売掛金を除外したために、必要運転資金を過小に評価する
- 移転しない買掛金を除外したために、クロージング後の支払負担を見落とす
- 親会社が保有する設備を利用する前提なのに、設備投資を織り込まない
- 共有倉庫や物流センターを使えなくなるのに、代替コストを反映しない
- ITシステムが移らないのに、新システムの導入コストを無視する
- 対象事業に必要な知的財産やライセンスが売主に残る前提を見落とす
カーブアウトBSは、単なる簿価の切り出しではありません。対象事業が独立してキャッシュ・フローを生み出すために、どれだけの投下資本が必要になるのかを再構成する作業なのです。
運転資本は「移るかどうか」ではなく「必要かどうか」で考える
会社分割・カーブアウトの評価では、運転資本の扱いが価格に大きく響きます。
運転資本とは、売掛金、棚卸資産、買掛金、未払費用、前受金など、日々の営業活動を回していくために必要な資金のことです。損益計算書上は利益が出ていても、売上債権や在庫が増えればキャッシュは減ります。仕入債務が減れば、支払が先行してキャッシュ・フローを圧迫します。運転資本の増減は、NOPLATや営業利益をフリー・キャッシュ・フローへ変換するうえで、見逃せない調整項目です。
カーブアウトでは、運転資本について特に次の点を確認します。
- 対象事業の売掛金は、どの顧客に対するものか
- 売掛金の回収条件は、切り出した後も維持されるか
- 在庫は、どの製品・原材料・仕掛品に対応するものか
- 滞留在庫、陳腐化在庫、専用品在庫はないか
- 買掛金や未払費用は、どこまで承継するか
- 前受金や保証金を引き受ける場合、将来の履行義務をどう評価するか
- 対象事業に必要な正常運転資本はどの水準か
- クロージング時の運転資本が基準額と異なる場合、価格調整を行うか
ここで大切なのは、運転資本を「移転対象に含めるかどうか」だけで判断しないことです。
たとえ売掛金や買掛金を移転しないスキームであっても、買主が対象事業を続けていくには、一定の運転資本が必要です。したがって、運転資本を譲渡対象から外す場合でも、その分は買主が別途投入すべき資金として、買収価格・初期投資・資金繰り計画に反映しておく必要があります。
逆に、売主が十分な運転資本を含めて事業を移転する場合には、その分を譲渡価格にどう反映するのかを検討することになります。
設備・不動産・共用資産は、切り出し後の使用可能性を見る
会社分割・カーブアウトでは、設備や不動産の扱いも重要になります。
対象事業が使っている資産が、すべて対象事業に帰属しているとは限りません。工場、倉庫、物流センター、研究設備、サーバー、ソフトウェア、車両、金型、検査機器、土地建物などが、全社共通で使われている場合があるからです。
評価では、次の点を確認します。
- その資産は対象事業の専用か、それとも複数事業の共用か
- 所有権はどの会社にあるか
- 会社分割で承継できるか
- 承継しない場合、使用契約・賃貸借契約・業務委託契約が必要か
- 代替資産を買主が用意する場合、追加投資はいくらになるか
- 老朽化や維持更新投資はどの程度必要か
- 固定資産税、保険、修繕、減価償却、撤去費用は誰が負担するか
- 土壌汚染、環境対応、原状回復義務はないか
全社共通で保有している製造所や物流センターなどは、切り出した後に対象事業を実際にどう運用するのかを反映しなければ、カーブアウト貸借対照表に含めるべき資産・負債の範囲や金額が定まりません。
設備集約型の事業では、過去の減価償却費だけで将来投資を判断するのは危険です。維持更新投資が不足していれば、過去の利益が実態より大きく見えている可能性があります。反対に、売主側で過去に大規模な投資を済ませており、買主が短期的に追加投資を抑えられる場合には、将来キャッシュ・フローにプラスに働きます。
会社分割・カーブアウトの評価では、資産の帳簿価額だけでなく、切り出した後の使用可能性、代替可能性、維持更新投資、環境・撤去コストまで見ておく必要があります。
社内取引・グループ取引は、外部取引条件へ引き直す
カーブアウトの対象事業がグループ内で運営されている場合、売上や原価に社内取引が含まれていることがあります。
たとえば、親会社向けの販売、グループ会社からの仕入、グループ共通物流、親会社ブランドの使用、グループ内の資金取引、シェアードサービス、研究開発費の負担などです。
これらの取引条件が市場条件と異なっていると、過去の損益はそのままでは将来の損益を表しません。
評価では、次の点を確認します。
- グループ内売上は、切り出した後も続くか
- 販売価格は、市場価格と比べて妥当か
- グループ内の仕入価格は、外部調達価格と比べて妥当か
- 親会社のブランドや知的財産を使い続けられるか
- ロイヤルティや使用料を新たに支払う必要があるか
- 親会社の保証や信用力に依存していた取引条件は変わるか
- グループ内の資金取引がなくなることで、資金コストは変わるか
- 移行期間が終わった後の取引条件はどうなるか
社内取引は、対象事業の「実力」を覆い隠します。グループ内で有利な価格を享受してきた事業は、外部化すると利益率が下がるかもしれません。反対に、グループ方針によって不利な条件を背負わされていた事業は、独立後に収益性が改善する可能性があります。
ですから、会社分割・カーブアウトの評価では、過去の損益を市場条件あるいは取引後の条件へと引き直す必要があるのです。
会社分割では税制適格・非適格が価格と手取りに影響する
会社分割は、税務上の取扱いが価格判断に大きく影響するスキームです。
組織再編税制では、適格組織再編成に該当する場合には一定の資産・負債を帳簿価額で移転し、非適格組織再編成に該当する場合には資産・負債を時価で移転したものとして課税所得を計算する、という整理が基本になります。分割についても、税制適格の要件を満たせば簿価移転、満たさなければ時価移転として取り扱われると整理されています。
法人税法上、適格分割型分割では、分割承継法人へ移転した資産・負債を、直前の帳簿価額で引き継いだものとして所得計算を行う旨が定められています。
出典:e-Gov法令検索|法人税法 出典:税務研究会|法人税法 第62条の2
また、適格分社型分割では、分割法人が分割承継法人に資産・負債を移転した場合、直前の帳簿価額による譲渡として取り扱われるため、税務上の譲渡損益は原則として計上されません。
一方、非適格分割では、移転する資産・負債を時価で譲渡したものとして取り扱われ、譲渡損益が生じ得ます。国税庁の質疑応答事例でも、非適格分割により分割承継法人へ資産・負債を移転した場合、分割時の価額による譲渡をしたものとされ、その譲渡損益額が益金または損金に算入される旨が示されています。
出典:国税庁|分割と合併を同日に行う場合に当該分割により移転する資産及び負債に係る譲渡損益の取扱いについて
この税務上の違いは、評価額そのものというより、売主の税引後手取り、買主の取得価額、将来の償却、繰越欠損金や含み損益の扱い、そしてスキームの選択に影響します。
したがって、会社分割・カーブアウトの価格判断では、少なくとも次の点を確認しておく必要があります。
- 適格分割か、非適格分割か
- 分割型分割か、分社型分割か
- 承継会社の株式を誰が受け取るか
- 移転する資産・負債の簿価と時価に差があるか
- 含み益・含み損が、どこで課税・実現するか
- 分割後に承継会社株式を売却する予定があるか
- グループ法人税制や時価課税、繰越欠損金、特定資産譲渡等損失額の制限が問題にならないか
- 売主の税引後手取りと、買主の実質的な取得コストはどう変わるか
税務の観点では、見た目が似た事業の切り出しであっても、会社分割、事業譲渡、現物出資、株式譲渡後の再編といった違いによって、結果が大きく変わります。価格を検討する段階で税務ストラクチャーを確認しておかないと、後になって合意した価格の意味が変わってしまいます。
会計上は「投資の継続」か「投資の清算」かが重要になる
会社分割・カーブアウトでは、会計上も価格判断に影響する論点があります。
ASBJの企業会計基準第7号「事業分離等に関する会計基準」は、会社分割や事業譲渡などの場合における分離元企業の会計処理、つまり移転損益を認識するかどうかなどを定めることを目的としています。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準第7号 事業分離等に関する会計基準
会計上の基本的な発想は、切り出した事業への投資が継続しているのか、それとも清算されたのか、という視点にあります。分離元企業が分離先企業の子会社株式や関連会社株式を受け取り、支配力または重要な影響力を通じて事業に関与し続ける場合には、投資が継続していると考えられ、移転損益を認識しない整理になります。一方、現金等を受け取る場合や、分離先企業が子会社・関連会社以外となる場合には、投資が清算されたものとして移転損益を認識する整理になります。
会社分割の場合も、分離元企業において、会計上は投資の継続か清算か、税務上は適格組織再編か非適格組織再編か、という組み合わせが問題になります。会計上は移転損益を認識しない場合でも、税務上の取扱いが異なれば、一時差異が生じる可能性があります。
買主側でも、取得に該当する場合には、取得原価を受け入れた識別可能な資産・負債へ配分し、その差額としてのれんまたは負ののれんが発生する可能性があります。企業会計基準適用指針第10号は、企業結合会計基準および事業分離等会計基準を適用する際の指針として位置づけられています。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準適用指針第10号 企業結合会計基準及び事業分離等会計基準に関する適用指針
こうしたことから、会社分割・カーブアウトの価格判断では、次の点も確認しておくべきです。
- 売主側で移転損益が発生するか
- 税務上の譲渡損益と、会計上の移転損益に差が出るか
- 買主側で、取得した資産・負債をどの金額で受け入れるか
- のれん、または負ののれんが発生するか
- 取得後の償却・減損リスクはどうなるか
- 買収価格が、将来損益や財務指標にどう影響するか
- 金融機関・株主・取締役会への説明資料に、どう反映するか
会計処理は、取引後の表示だけの問題ではありません。買収価格の合理性、取得後の損益、減損リスク、説明責任にまで影響しますから、価格判断の段階で見ておく必要があります。
許認可・契約・労務承継は、評価前提として確認する
会社分割は、事業譲渡に比べて権利義務を包括的に承継しやすい面があります。とはいえ、すべての契約・許認可・労務関係が無条件に問題なく承継されるとは限りません。
評価上は、詳細な法務手続にまで踏み込まなくても、少なくとも次の点は確認しておく必要があります。
- 主要顧客との契約は承継できるか
- 仕入先・販売代理店・ライセンス契約に承継の制限はないか
- 金融機関借入、リース、保証契約に承諾が必要か
- 許認可は会社分割で承継できるか、それとも再取得が必要か
- 資格者・管理責任者・技術者が承継会社へ移るか
- 労働契約承継に伴う人員の移動は、想定どおりか
- 年金、退職給付、未払残業、賞与、有給休暇等の負担はどうなるか
- 知的財産、商標、データ、システム利用権は承継できるか
これらは法務DDや労務DDの詳細な論点ですが、評価にも直結します。主要な契約が承継できなければ、売上計画は維持できません。許認可が承継できなければ、事業の開始時期や売上の発生時期が変わります。従業員が移らなければ、過去の収益力を再現できないかもしれません。
会社分割・カーブアウトの評価では、こうした法務論点を「契約手続の問題」として後回しにせず、キャッシュ・フローの前提に影響する要素として整理しておく必要があります。
買主価値と売主価値は一致しない
会社分割・カーブアウトでは、売主と買主とで見ている価値が異なる、ということがよくあります。
売主にとっての価値は、対象事業を売却して得られる対価に加え、売却後に残る事業への影響、ストランデッドコスト、税引後手取り、ノンコア事業からの撤退効果などを含めたものです。
買主にとっての価値は、対象事業を取得した後に生み出せる将来キャッシュ・フロー、既存事業とのシナジー、重複コストの削減、追加投資、統合コスト、リスク、資金調達条件を踏まえたものになります。
同じ対象事業であっても、次のような理由で価格の目線がずれていきます。
- 売主は過去実績を重視するが、買主は切り出した後の利益を重視する
- 売主は配賦後の利益を主張するが、買主はスタンドアロンコストを織り込む
- 売主はシナジーを価格に反映してほしいと考えるが、買主は自社努力による価値と見る
- 売主は事業用資産の時価を重視するが、買主はキャッシュ・フローを重視する
- 売主は税引後手取りを重視するが、買主は投資回収可能額を重視する
- 売主にはストランデッドコストが残るが、買主には関係しない
- 買主には統合コストが発生するが、売主には関係しない
この差は、どちらかが間違っているという話ではありません。評価の目的も立場も違うのですから、価値が異なるのは当然のことなのです。
大切なのは、売主価値、買主価値、第三者に説明できる価値、そして交渉上の価格を、混同しないことです。
会社分割・カーブアウト価格を判断する実務上の順序
会社分割・カーブアウトの価格判断では、いきなりDCFやEBITDA倍率に入るべきではありません。まず、評価の前提を整えるところから始めます。
1. 切り出す事業の範囲を定義する
最初に、どの事業を切り出すのかを明確にします。
製品、サービス、顧客、地域、店舗、工場、従業員、契約、設備、知的財産、システム、在庫、売掛金、買掛金をどこまで含めるのかを整理します。
ここが曖昧なままでは、売上・利益・資産・負債を正しく評価することはできません。
2. カーブアウトPLを作る
対象事業の売上、売上原価、粗利、販売費、管理費、営業利益、EBITDAを切り出します。
このとき、共通費配賦、社内取引、関連当事者取引、一過性損益、親会社支援、移行期間費用を調整し、切り出した後にも維持できる正常な収益力を確認します。
3. スタンドアロンコストを見積もる
切り出した後に必要となる管理機能、IT、人事、経理、法務、物流、品質管理、資金管理などの費用を見積もります。
過去の配賦額ではなく、独立後または買主グループ内での実際の運営体制をもとに検討します。
4. カーブアウトBSを作る
移転対象となる資産・負債と、事業を運営するうえで必要な資産・負債を分けて整理します。
売掛金、在庫、買掛金、設備、不動産、リース、退職給付、引当、保証、知的財産、ITシステムなどを確認します。
5. 運転資本と設備投資を見積もる
売上成長や事業の継続に必要な正常運転資本を算定します。維持更新投資、成長投資、IT投資、移転に関連する投資も織り込みます。
利益が出ていても、運転資本や設備投資が重ければ、フリー・キャッシュ・フローは小さくなります。
6. 契約・従業員・許認可の承継可能性を確認する
主要な契約、キーマン、資格者、許認可、ブランド、商標、顧客データが承継できるかを確認します。
承継できない場合には、売上の減少、追加費用、クロージング条件、価格調整、スキームの変更を検討します。
7. 税務・会計影響を確認する
適格分割か非適格分割か、売主側の譲渡損益、買主側の取得価額、のれん、税効果、そして消費税・地方税・登録免許税・不動産取得税などの影響を確認します。
税務・会計は、価格を決めた後に処理するものではなく、価格判断の前提です。
8. 評価手法を選ぶ
収益力が安定している事業であれば、DCFやマルチプルが有用です。資産価値が重要な事業では、時価純資産的な見方も必要になります。切り出した後の不確実性が大きい場合には、シナリオ分析や感応度分析を行います。
9. 価格調整・支払条件を設計する
クロージング時点の運転資本、移転する資産・負債、契約の承継状況、従業員の承継状況、許認可の取得状況に応じて、価格調整や条件付対価を検討します。
10. 説明可能性を確認する
最後に、その価格を第三者に説明できるかを確認します。
売主は、なぜその事業をその価格で切り出すのかを、取締役会、株主、金融機関、そして残る従業員に説明する必要があります。買主は、なぜその事業をその価格で取得するのかを、社内、金融機関、株主に説明する必要があります。
会社分割・カーブアウト評価で専門家に相談すべき場面
会社分割・カーブアウトの価格判断は、通常の株式譲渡や単純な事業譲渡よりも、評価前提の整理が難しくなりやすい領域です。
次のような場合には、早い段階で専門家に相談されることをおすすめします。
- 切り出す事業の範囲が明確でない
- 部門別損益はあるが、カーブアウトPLとして妥当かどうか分からない
- 本社費・共通費の配賦が、価格に大きく影響する
- スタンドアロンコストをどう見積もればよいか分からない
- 対象事業の貸借対照表が存在しない
- 運転資本や設備投資を、どこまで価格に反映すべきか分からない
- 社内取引・グループ取引が多い
- 主要契約・従業員・許認可の承継可能性に不安がある
- 適格分割か非適格分割かによって、税務影響が大きく変わる
- 分割後に承継会社株式を売却する予定がある
- 売主の税引後手取りと、買主の実質取得コストを比較したい
- PPA、のれん、減損リスクまで見据えたい
- 金融機関や取締役会に説明できる評価資料が必要である
専門家に相談すべきなのは、「この事業はいくらか」という一点の価格ではありません。
本来確認すべきなのは、どの事業を、どの資産・負債とともに、どの前提で切り出すのか。切り出した後の収益力はどう変わるのか。そして、税務・会計・契約・運転資本・スタンドアロンコストまで踏まえたときに、どの価格レンジなら説明できるのか。そうした点なのです。
まとめ|カーブアウト評価は、切り出した後の経営実態を数字に直す作業である
会社分割・カーブアウトの評価は、会社全体の価値を按分する作業ではありません。
切り出した事業が、どの資産を使い、どの負債を負い、どの人員・契約・許認可に支えられ、どの管理機能を必要とし、どれだけの運転資本・設備投資を要し、どのキャッシュ・フローを生むのか。それを一つひとつ組み立て直す作業です。
過去の部門利益だけを見れば高く映る事業でも、スタンドアロンコスト、運転資本、設備投資、契約承継リスクを織り込むと、価値は下がるかもしれません。反対に、全社の中では低収益に見えていた事業でも、過大な共通費配賦や不利な社内取引条件を見直すと、外部の買主にとって価値ある事業になることもあります。
大切なのは、見せたい価格に数字を合わせることではありません。
- 切り出す事業の範囲を定義する
- 過去実績をスタンドアロン前提に組み替える
- 移転する資産・負債と必要な投下資本を整理する
- 運転資本と設備投資をキャッシュ・フローに反映する
- 契約・従業員・許認可の承継可能性を確認する
- 税務・会計影響を価格判断に織り込む
- 売主価値、買主価値、説明可能な価値を分けて考える
この整理ができて初めて、会社分割・カーブアウトの価格は、単なる交渉上の数字ではなく、経営判断に使える数字になります。
会社分割・カーブアウトの価格判断に不安がある場合は、早めに論点を整理してください
会社分割・カーブアウトでは、対象事業の範囲、部門別損益、共通費配賦、スタンドアロンコスト、カーブアウトBS、運転資本、設備投資、税務・会計処理のいずれかが曖昧なまま交渉が進むと、最終局面で価格の前提が大きく変わってしまうことがあります。
犬飼公認会計士・税理士事務所では、M&A・事業承継・資本政策・組織再編に関する企業価値評価、事業価値評価、会社分割・カーブアウトに伴う価格判断、税務・会計上の論点整理について、数字と事実に基づく検討を行っています。
切り出し事業の評価、会社分割と事業譲渡の比較、カーブアウト財務情報の整理、スタンドアロンコストの検討、税務・会計影響を踏まえた取引価格の判断が必要な場合は、犬飼公認会計士・税理士事務所HPのお問い合わせページよりご相談ください。
本記事の振り返り
| 論点 | 重要な考え方 |
|---|---|
| 評価対象 | 会社全体ではなく、切り出した後に独立して成り立つ事業を評価する |
| 会社分割の特徴 | 対象となる権利義務を包括的に承継しやすいが、評価上は承継範囲の明確化が必要 |
| カーブアウトPL | 部門別損益をそのまま使わず、共通費配賦・社内取引・一過性損益を調整する |
| スタンドアロンコスト | 親会社機能から離れた後に必要となる管理・IT・人事・経理等の追加費用を反映する |
| 共通費配賦 | 会計上の配賦額と、切り出し後に経済的に必要となる費用を分けて見る |
| カーブアウトBS | 実際に移管される資産・負債と、事業運営上必要な投下資本を区別する |
| 運転資本 | 移転対象に含まれるかではなく、事業継続に必要かどうかで判断する |
| 設備・共用資産 | 帳簿価額だけでなく、切り出し後の使用可能性、代替コスト、維持更新投資を見る |
| 社内取引 | グループ内条件を外部取引条件・取引後条件へ引き直す |
| 税務影響 | 適格分割・非適格分割により、簿価移転か時価移転か、譲渡損益や手取りが変わる |
| 会計影響 | 投資の継続か清算か、移転損益・のれん・取得原価配分が価格判断に影響する |
| 最終判断 | 売主価値、買主価値、説明可能な価値、交渉価格を混同しない |