評価報告書・第三者評価・相談前整理|企業価値評価を意思決定に使うための全体像

企業価値評価や株式価値算定は、評価額が示された時点で完了するものではありません。

その金額は、何を目的として、いつの時点を基準に、どの資料と前提を使い、どの評価手法によって導かれたものなのか。どこまでを専門家が検討し、どこから先は依頼者自身が判断すべきなのか。そして、株主、取締役、金融機関、後継者、取引相手に説明する場面で、その報告書をどこまで使えるのか。

こうした点を一つひとつ確認して、はじめて評価結果は経営判断に使える情報になります。

第13テーマでは、評価手法の計算内容を改めて説明することはしません。評価を依頼する前、報告書を受け取った後、そして第三者に価格の妥当性を説明する場面で必要となる論点を整理していきます。

評価報告書は、経営判断を代行する書類ではありません。 判断の前提を可視化し、意思決定の理由を後から説明できる状態にするための資料です。

このテーマで整理する4つの問い

このテーマは、次の4つの問いに対応しています。

第一に、どのような場面で企業価値評価を専門家に依頼すべきか。

社内の概算で足りる場面もあります。一方で、株主間取引、親族間取引、重要なM&A、組織再編、少数株主への説明など、第三者による評価や専門家の関与を検討すべき場面もあります。ここで重要になるのは、取引金額の大きさだけではありません。判断の不可逆性、利益相反、税務・会社法上のリスク、説明先の有無まで踏まえて考える必要があります。

第二に、評価報告書や株式価値算定書をどう読むか。

報告書の結論だけを見ても、評価の妥当性は判断できません。評価目的、評価対象、評価基準日、利用資料、採用手法、事業計画、割引率、非事業資産、有利子負債、評価レンジ、留意事項、そして利用制限まで、確認すべき項目は広く及びます。

第三に、株式価値算定書、第三者評価、フェアネス・オピニオンをどう区別するか。

これらは同じものではありません。株式価値算定書は、一定の前提に基づく株式価値の範囲を示し、取引条件の検討や交渉を支える資料です。これに対してフェアネス・オピニオンは、合意された具体的な取引条件について、第三者評価機関が財務的見地から意見を表明するものです。

第四に、専門家に相談する前に何を整理しておくべきか。

評価目的、取引背景、株主構成、決算・月次、事業計画、借入金、非事業資産、税務論点、希望条件。これらを事前に整理しておけば、評価作業そのものだけでなく、価格交渉や意思決定の質も高まります。

評価報告書は「正解」ではなく、条件付きの判断材料である

企業価値評価では、数字が精緻であるほど正しいとは限りません。

DCF法で詳細なモデルを作成していても、事業計画の売上成長率や利益率が過度に楽観的であれば、評価結果は当然高くなります。類似会社比較法を採用していても、比較対象の事業内容、規模、成長性、財務体質が対象会社と大きく異なれば、倍率の意味は薄れてしまいます。時価純資産法で資産負債を積み上げていても、正常収益力や継続企業としての価値を十分に捉えきれない場合があります。

ですから、報告書を読むときに最初に見るべきなのは、評価額の上限や下限ではありません。

最初に確認していただきたいのは、その報告書が何の判断を支えるために作成されたのか、という点です。

日本公認会計士協会の「企業価値評価ガイドライン」では、企業価値評価業務は依頼者が対象事業等の価値を検討するための参考情報を提供するものであり、最終的な判断責任は依頼者自身にあることが示されています。また報告書には、業務内容、報告書の目的、評価額の意味、将来予測の不確実性、第三者への開示制限などを記載することが想定されています。企業価値評価業務は、財務諸表監査のような保証業務ではないのです。
出典:日本公認会計士協会|企業価値評価ガイドライン

この点を理解しないまま、報告書に記載された評価レンジをそのまま取引価格として採用すると、評価と価格が混同されてしまいます。

評価報告書が示すのは、あくまで一定の前提に基づく価値です。実際の取引価格は、その価値を参考にしながら、シナジー、DD発見事項、支払条件、価格調整、補償、アーンアウト、競争環境などを踏まえて決まっていきます。

評価報告書を読むときの論点地図

評価報告書を読む際には、次の要素を一つの流れとして捉えることが欠かせません。

評価目的と評価対象

M&Aの交渉に使うのか、自己株式取得に使うのか、親族間の株式移転に使うのか、組織再編比率の検討に使うのか。目的によって、必要な評価の内容は変わります。

会社全体を評価しているのか、事業を評価しているのか。株式の全部を評価しているのか、少数持分を評価しているのか。ここも確認が必要です。

評価基準日と利用資料

直近期の決算書だけを使っているのか、直近月次まで反映しているのか。評価基準日後の重要事象をどのように扱っているのか。

古い事業計画や未更新の借入残高を前提にしていれば、現在の判断にそのまま使えないこともあります。

採用手法とその適合性

DCF法、マルチプル法、時価純資産法。どの手法を採用したかだけでなく、なぜその会社にその手法が適していると判断したのかまで見る必要があります。

複数手法を使っている場合には、それぞれの評価結果の差が何によって生じているのかを確認します。

評価額を動かす主要前提

事業計画、正常収益力、割引率、継続価値、比較倍率、余剰現金、有利子負債、簿外債務。このうち、どの前提が評価レンジを大きく左右しているのかを見極めます。

留意事項と利用制限

利用資料の正確性を独自に検証しているのか、していないのか。将来予測の達成可能性についてどこまで検討しているのか。第三者への配布や他目的での利用が認められているのか。

報告書に記載された結論だけでなく、こうした制約まで含めて読むことが大切です。

これらの詳細は、13-2「評価報告書・株式価値算定書の読み方」で整理します。

第三者評価は、価格を保証するためではなく、判断過程を支えるためにある

第三者評価を取得したからといって、その取引価格が自動的に公正になるわけではありません。

第三者評価の役割は、専門的な評価手法を用いて価値の範囲を示すことにあります。そして、取締役会や株主、取引当事者が価格を検討する際の判断材料を提供することです。

とりわけ利益相反が生じやすい取引では、評価機関の独立性、評価前提の合理性、価格交渉の実質、意思決定手続が重要になります。

経済産業省の「公正なM&Aの在り方に関する指針」では、MBOや支配株主による従属会社の買収など、構造的な利益相反や情報の非対称性が問題となる場面において、専門性を有する独立した第三者評価機関から株式価値算定書等を取得し、判断の基礎とすることが望ましいとされています。

同指針では、株式価値算定が価値の幅を示すのに対し、フェアネス・オピニオンは合意された取引条件の公正性について財務的見地から意見を表明する点で、より直接的な参考情報になり得ると整理されています。ただし、その有効性は一様ではありません。評価機関の独立性・中立性、慎重な発行プロセス、専門性・実績、レピュテーションなどを踏まえて判断すべきとされています。
出典:経済産業省|公正なM&Aの在り方に関する指針―企業価値の向上と株主利益の確保に向けて―

フェアネス・オピニオンは、取引全体の適法性や、手続のすべてが公正であることを保証するものでもありません。通常は財務的見地からの意見であり、法務、税務、事業統合、代替取引の有無などを含む取引全体の判断は、別途行う必要があります。

第三者評価を取得するかどうかは、「安心のために付ける」という発想では決められません。誰に対して、何を、どの程度説明する必要があるのか。その観点から考えるべきものです。

専門家の肩書ではなく、依頼する役割を明確にする

M&Aや事業承継では、仲介会社、FA、公認会計士、税理士、弁護士、金融機関など、複数の支援者が関与します。

しかし、それぞれの役割は同じではありません。

仲介者は、売主と買主の間に立って取引の成立を支援します。FAは原則として一方当事者の立場で助言します。企業価値評価の専門家は、評価目的、利用資料、評価手法、前提条件を整理し、価値レンジを算定します。弁護士は契約、会社法、利益相反、手続上の論点を検討し、税理士は取引当事者やスキームに応じた課税関係を確認します。

一つの支援者が複数の役割を担う場合もあります。それでも、誰がどの判断に責任を持つのかを曖昧にしてはいけません。

中小企業庁の「中小M&Aガイドライン(第3版)」では、バリュエーションを実施する際には、評価手法や前提条件、価格帯が唯一のものではないこと、そしてその案件で当該手法や価格帯を採用する理由を、依頼者に具体的に説明することが求められています。また、両当事者を依頼者とする仲介者は確定的なバリュエーションを行うべきではなく、必要に応じて士業等の専門家の意見を求めるよう伝えることとされています。

同ガイドラインは、仲介者やFAから受けた助言の妥当性を検証するため、他の支援機関からセカンド・オピニオンを得ることも有効としています。重要な価格や契約条件について中立的・客観的な意見を求める場合には、M&Aに詳しい士業等専門家や事業承継・引継ぎ支援センターへの相談が望ましいと整理されています。
出典:中小企業庁|中小M&Aガイドライン(第3版)

第13テーマの推奨する読み方

このテーマには、4つの詳細コラムがあります。

原則として、13-1から順に読み進めていただくことで、専門家関与の要否、報告書の読み方、第三者評価の位置づけ、相談前準備までを段階的に整理できます。

お急ぎの場合には、現在の課題に最も近い記事から読み始めていただいても構いません。

13-1. 企業価値評価を専門家に依頼すべき場面|自社で判断してよい場合・危ない場合

最初の記事では、どの段階で専門家の関与を検討すべきかを整理します。

社内の概算で対応できる場面と、独立した第三者による評価を検討すべき場面。この切り分けを、重要意思決定、株主間取引、税務リスク、交渉価格、第三者説明、資料不足といった観点から行います。

「取引金額が小さいから自社判断でよい」「仲介会社が価格を出しているから評価は不要」とは限りません。かといって、すべての案件で正式な評価報告書が必要になるわけでもありません。

専門家関与の必要性を、案件の規模だけでなく、判断責任と説明責任から考えたい方に向けた記事です。

13-2. 評価報告書・株式価値算定書の読み方|結論より前提を見る

二つ目の記事では、受け取った評価報告書をどの順番で読むべきかを整理します。

評価目的、評価基準日、利用資料、採用手法、事業計画、主要前提、評価レンジ、留意事項、利用制限。これらを確認することで、報告書の結論を意思決定に使える情報へと読み替えていきます。

評価額が高いか低いかではなく、どの前提が評価額を動かしているのか、その前提に同意できるのか。そこを確認するための記事です。

仲介会社や相手方から算定資料を示されたものの、その金額をどこまで信頼してよいか分からない、という方にも適しています。

13-3. フェアネス・オピニオンと第三者評価|価格の公正性を説明するための考え方

三つ目の記事では、株式価値算定書、第三者評価、フェアネス・オピニオンの役割と限界を比較します。

利益相反が生じる取引、少数株主への説明が必要な取引、取締役会として取引条件の妥当性を検討する場面。こうした局面では、第三者評価の要否だけでなく、評価機関の独立性や利用範囲も重要になります。

フェアネス・オピニオンを取得すれば問題が解決するわけではありません。どの取引条件について、誰に対する、どのような意見なのか。そこを確認する必要があります。

第三者評価を公正性担保措置としてどのように位置づけるべきかを知りたい方に向けた記事です。

13-4. 相談前チェックリスト|企業価値評価と取引価格判断の前に整理すべき事項

最後の記事では、専門家相談の前に整理しておきたい事項をまとめます。

評価目的、取引背景、評価対象、株主構成、決算・月次、事業計画、借入金、非事業資産、税務論点、希望価格、譲れない条件、説明先。これらを、相談時に伝えられる状態へ整えていきます。

資料がすべてそろっていなくても構いません。何が分かっていて、何が未確認なのかを区別できれば、相談は始められます。

専門家に何を伝えればよいか分からない方、相談前に社内の論点を棚卸ししたい方に向けた記事です。

現在の課題から、次に読む記事を選ぶ

すでに評価報告書や簡易査定書を受け取っている場合は、13-2から読むとよいでしょう。提示された金額が妥当かどうかを直接判断する前に、評価目的、基準日、利用資料、前提条件、利用制限を確認する必要があります。その上で、第三者による再評価や専門家の確認が必要か迷う場合には、13-1へ進んでください。

親族間取引、自己株式取得、MBO、支配株主との取引、少数株主の整理など、利益相反や説明責任が気になる場合は、13-3を先に確認します。

これから評価を依頼しようとしているものの、何を準備すればよいか分からない場合は、13-4が入口になります。

仲介会社から価格を提示されたものの、その価格が自社の財務実態や将来見通しを十分に反映しているか不安な場合は、13-1と13-2を続けて読むことをおすすめします。

第三者評価を取得しても、取締役や経営者の判断責任は残る

第三者評価は、意思決定を補助します。しかし、意思決定を代替するものではありません。

取締役会が評価報告書を取得したとしても、取引目的、代替案、価格交渉、事業リスク、資金負担、シナジー、少数株主への影響については、自ら検討する必要があります。

また、第三者評価機関の名称や報告書のページ数だけで、評価の信頼性を判断することもできません。

重要なのは、その実質です。評価機関がどの立場で依頼を受けたのか。取引の成否によって報酬が変わるのか。どの資料を利用したのか。経営者への質問や前提の検討をどこまで行ったのか。内部レビューがどのように行われたのか。

上場会社のMBO等に関する東京証券取引所の実務上の留意事項でも、株式価値算定の内容、財務予測、割引率、継続価値などの重要前提の合理性を検討することや、第三者算定機関の独立性を含む公正性担保措置の実施状況を説明することが求められています。対象となる取引や必要な手続は個別に異なりますので、実行時点の最新規則・開示実務を確認する必要があります。
出典:東京証券取引所|MBO等に係る企業行動規範に関する実務上の留意事項等

非上場会社の取引であっても、考え方は共通します。

第三者評価を取得したという事実だけではなく、その評価をどのように検討し、取引条件の判断にどう使ったのかを説明できること。そこに意味があります。

このテーマでは扱わないこと

第13テーマは、評価報告書と意思決定の接続を扱うテーマです。

DCF法の計算式、WACC、継続価値、マルチプル、時価純資産の詳細については、それぞれの評価手法に関するテーマで扱います。

財務・税務・法務DDの具体的な調査手続、最終契約書の条項、PMIの実行計画についても、このテーマでは詳説しません。

ただし、次の接点は確認します。DDで見つかった事項が評価報告書の前提と矛盾していないか。契約条件が評価時の想定と整合しているか。買収後の会計影響が価格判断に反映されているか。

評価だけを切り離して判断してしまうと、報告書の金額と実際の取引条件がつながらなくなるためです。

相談前に整理するものは、資料よりも「判断の背景」

専門家への相談前に、完全な資料一式を準備する必要はありません。

先に整理していただきたいのは、背景です。なぜ評価が必要なのか。誰の立場で判断するのか。誰に説明するのか。いつまでに決定しなければならないのか。

その上で、決算書、月次試算表、事業計画、借入金一覧、株主名簿、主要契約、非事業資産、相手方からの提示資料などを準備します。

さらに、資料だけでは分からない事情も重要になります。オーナーへの依存、主要取引先との関係、後継者の有無、役員退職金、個人所有の事業用不動産、経営者保証、少数株主との関係、税務調査の状況。こうした事情が、評価額や取引条件に影響することがあります。

相談の質を高めるのは、資料の量ではありません。

「何を決めたいのか」「何が未確認なのか」「どの条件は譲れないのか」。これらが整理されていることです。

第13テーマの振り返り

論点このテーマで整理すること次に読む記事
専門家関与自社判断で足りる場面と、第三者評価を検討すべき場面を区別する13-1
評価報告書結論ではなく、目的・資料・手法・前提・レンジ・利用制限を見る13-2
第三者評価株式価値算定書とフェアネス・オピニオンの役割と限界を区別する13-3
相談前準備取引背景、株主構成、財務資料、事業計画、税務論点、希望条件を整理する13-4
意思決定責任評価結果を参考情報として使い、最終判断の理由を自社で説明できる状態にする13-1〜13-4

評価額はあるものの、判断の根拠を説明できないときは

評価報告書を受け取ったものの、前提条件が妥当か判断できない。仲介会社から提示された金額を、そのまま受け入れてよいか迷っている。株主、後継者、金融機関、取締役会に説明できる価格根拠を整えたい。第三者評価やセカンド・オピニオンが必要かどうかを確認したい。

このような場面では、評価額をもう一つ増やす前に、現在の資料、取引背景、評価前提、価格条件、説明先を整理することが重要です。

犬飼公認会計士・税理士事務所では、企業価値評価や株式価値算定そのものに加え、既存の評価報告書の読み解き、取引価格判断の論点整理、第三者評価の要否、相談前資料の整理についてもご相談を承っています。

資料がすべてそろっていない段階でも、分かっていることと未確認事項を切り分けるところから検討できます。