アーンアウト・分割払い・条件付対価|将来不確実性を価格に反映する方法

M&Aの価格交渉では、売主と買主の見方が最後まで噛み合わないことがあります。

売主は、こう考えます。「足元の業績は一時的に落ち込んでいるだけで、来期以降は大きく伸びる」「もうすぐ新規契約が売上に反映される」「開発中のサービスが軌道に乗れば、この価格では安すぎる」。

一方の買主は、こう見ます。「その計画は、まだ実績になっていない」「主要顧客が本当に継続してくれるかは分からない」「オーナーが退任した後も、同じ業績を保てる保証はない」。

こうした局面で取引価格を一括で決めようとすると、どちらかが大きな不確実性を一手に引き受けることになります。売主が将来の成長を価格に織り込めなければ、成長の可能性を安く手放してしまいます。逆に、買主がその成長をすべて価格に織り込んでしまえば、想定どおりにいかなかったときに過大な買収価格を背負うことになります。

ここで使われるのが、アーンアウト、分割払い、条件付対価といった価格設計です。

これらは、単に支払方法を変えるための技術ではありません。将来業績、DDで見つかった事項、シナジー、オーナー依存、資金繰り、会計・税務への影響を踏まえたうえで、取引価格を「どの時点で」「どの条件で」「誰のリスクとして」確定させるかを設計するものです。

本稿では、アーンアウト・分割払い・条件付対価を、企業価値評価と取引価格判断という観点から整理します。契約条項そのものの細かな解説ではなく、「どの不確実性を価格に反映し、どの不確実性は契約や補償で扱うべきか」を見極めるための考え方に焦点を当てます。

目次

まず押さえておきたい前提|価値と価格は同じではない

アーンアウトを理解するうえで、まず企業価値と取引価格を分けて考える必要があります。

価値とは、一定の前提に立って、評価対象企業から得られる経済的便益を見積もったものです。これに対して価格とは、売主と買主の交渉を経て合意される取引条件を指します。企業価値評価の実務でも、価値は評価の目的、当事者の立場、経営権を取得するかどうかなどによって変わり得るものであり、価格とは別の概念として整理されています。

たとえば、DCF法で算定した評価レンジが5億円から7億円だったとしても、最終的な取引価格が「6億円の現金一括払い」になるとは限りません。

実際には、次のような設計も考えられます。

価格設計
固定価格クロージング時に6億円を一括支払い
分割払いクロージング時に4億円、1年後に2億円を支払い
アーンアウトクロージング時に4億円、買収後2年間のEBITDA達成に応じて最大2億円を追加支払い
条件付対価新規契約の継続、許認可取得、訴訟解決、売上目標達成などを条件に追加支払いまたは一部返還
エスクロー併用代金の一部を第三者管理口座に留保し、補償請求や条件達成に応じて支払い

このように、価格は金額だけで決まるものではありません。支払時期、支払条件、リスク分担、契約上の保護まで含めて、はじめてひとつの取引価格になります。

アーンアウトとは何か

アーンアウトとは、買収後の一定期間における業績や、特定の条件の達成に応じて、買主が売主に追加の対価を支払う仕組みです。

たとえば、次のような設計です。

株式譲渡価格を当初4億円とし、クロージング後2年間の累計EBITDAが1億5,000万円を超えた場合、超過額の一定割合を追加対価として売主に支払う。ただし、追加対価の上限は2億円とする。

この設計であれば、売主は将来の成長が実現したときに追加対価を受け取れます。買主は、成長が実現しなければ追加の支払いを避けられます。

つまりアーンアウトは、売主と買主のあいだにある将来見通しの差を埋めるための仕組みだといえます。

M&Aの契約実務では、不確実な事象に対応する対価メカニズムとして、条件付対価の一類型にアーンアウトが位置づけられます。設計にあたっては、条件の設定、対象会社の経営、買収後の再編・売却の扱いなどが、重要な検討事項になります。

分割払いとは何が違うのか

アーンアウトと分割払いはしばしば混同されますが、その性質は大きく異なります。

分割払いは、基本的には価格そのものは確定しているが、支払う時期を分けるものです。

たとえば、株式譲渡価格6億円のうち、4億円をクロージング時に、残る2億円を1年後に支払うという設計です。将来の業績が良くても悪くても、原則として総額6億円を支払う義務は変わりません。

これに対してアーンアウトは、将来の結果によって、支払額そのものが変わるものです。

項目分割払いアーンアウト
価格総額原則として確定将来条件により変動
主な目的資金繰り、信用補完、補償請求との相殺余地将来業績の不確実性の分担
売主のリスク買主の信用リスク、支払遅延リスク業績未達、買主の経営方針変更リスク
買主のリスク支払義務は原則残る指標設計によっては価値と無関係な支払いが生じる
契約上の焦点支払期限、担保、期限の利益喪失、相殺、エスクロー指標、期間、算定方法、経営裁量、監査権、紛争解決

分割払いでは、買主が売主に対して補償請求権を持つ場合、残代金の支払債務と相殺することで、履行の確保を図ることがあります。ただし売主は、残代金が支払われるまで買主の信用リスクを負い続けます。そのため、エスクローなどの仕組みを求めることも少なくありません。

したがって、まず最初に見極めておきたいのは、「将来業績の不確実性を価格に反映したいのか」、それとも「単に支払うタイミングをずらしたいだけなのか」という点です。ここを分けて考えることが、設計の出発点になります。

条件付対価とは何か

条件付対価とは、将来の一定の条件が満たされた場合に、買主が売主へ追加の対価を支払う、あるいは売主が対価の一部を返還する、といった仕組みを広く指す言葉です。

アーンアウトも、この条件付対価の一種にあたります。

条件付対価の「条件」には、業績だけでなく、さまざまなものが含まれます。

条件の種類
業績条件売上、営業利益、EBITDA、粗利、ARR、受注高
顧客条件主要顧客の契約継続、新規契約獲得、解約率
技術・開発条件製品完成、特許登録、治験進捗、システム稼働
許認可条件許認可取得、行政手続完了、ライセンス承継
DD発見事項未確定債務の解消、訴訟終結、税務リスクの顕在化有無
株価・市場価格条件対価株式の市場価格維持、一定株価未満の場合の追加交付
返還条件業績未達、特定契約の解約、重要表明保証違反

日本基準の企業結合会計では、将来の業績に依存する条件付取得対価について、その交付または引渡しが確実となり、時価が合理的に算定可能となった時点で取得原価として追加的に認識し、のれんまたは負ののれんを調整するという考え方が示されています。対価の一部が返還される場合も同様で、返還が確実となり、その時価が合理的に決定可能となった時点で取得原価を減額する整理になります。

この点について企業会計基準委員会(ASBJ)は、企業会計基準第21号「企業結合に関する会計基準」に係る条件付取得対価の一部が返還される場合の取扱いを検討し、2019年1月16日に改正企業会計基準第21号および改正企業会計基準適用指針第10号を公表しています。

出典:企業会計基準委員会|改正企業会計基準第21号「企業結合に関する会計基準」等の公表

アーンアウトが検討される典型的な場面

アーンアウトは、便利だからといって使うものではありません。本当に活きる場面は、実のところ限られています。

売主と買主で事業計画に大きな差があるとき

売主の計画では大きく成長する見通しなのに、買主はその実現可能性を慎重に見ている。そんな場面です。

このとき、買主が売主の計画を丸ごと価格に反映すれば、まだ実現していない成長に対して先払いすることになります。反対に、買主が保守的な計画だけで価格を決めれば、売主は「将来の成長をまったく評価してもらえなかった」と感じます。

アーンアウトは、この差を「実現したら支払う」という形に置き換えて調整する手段になります。

オーナー依存・キーマン依存が大きいとき

中小企業では、売上も仕入も、人材も顧客関係も、オーナーや特定の役員に強く依存していることがあります。

買主としては、株式を取得しても、オーナーが退任すれば業績を維持できないのではないかと懸念します。一方で売主は、「引継ぎが済めば、顧客はそのまま続いてくれる」と考えます。

こうした場面では、一定期間の顧客維持や業績維持に応じて追加対価を支払う設計が選ばれることがあります。

ただし、創業者や役員が買収後も対象会社に残る場合には、注意が要ります。そのアーンアウトが本当に株式譲渡対価なのか、それとも継続勤務に対する報酬なのかが問題になるからです。IFRSの実務でも、売却株主への条件付支払が企業結合の条件付対価なのか、企業結合とは別個の報酬取引なのかを判定する際には、継続雇用の有無、雇用期間、報酬水準、追加支払の条件などを総合的に考慮すべきものと整理されています。

新規事業・開発案件・許認可に不確実性があるとき

スタートアップ、医療・ヘルスケア、IT、製造業の開発案件、許認可ビジネスといった分野では、現時点の利益だけでは価値を説明しきれないことがあります。

開発中のサービスがリリースまでたどり着くか、主要顧客が本契約へ移行するか、許認可を取得できるか。こうした要素しだいで、事業価値は大きく変わります。

このような場合には、売上や利益ではなく、マイルストーンの達成を条件にすることもあります。

DDで未確定の事項が残ったとき

DDでリスクは見つかったものの、クロージングの時点では金額や発生の有無を確定できない、という場合があります。

税務調査、訴訟、顧客契約の更新、重要取引先との条件交渉、未確定債務などが、その代表例です。

こうした場面では、価格を一律に減額するのではなく、条件付対価、エスクロー、補償、価格調整条項を組み合わせて整理することがあります。

ただし、DDで見つかった事項のすべてをアーンアウトで処理するのは適切ではありません。すでに存在しているリスクは、価格減額、補償、表明保証、エスクローで扱うほうがふさわしい場合があります。将来業績のアップサイドと、過去から存在するリスクとを混同しないこと。これが何より大切です。

アーンアウトの条件をどう設計するか

アーンアウトでもっとも重要なのは、どの指標を条件にするかという点です。

ここを誤ると、売主・買主の双方にとって不合理な結果を招きかねません。

売上高を指標にする場合

売上高は分かりやすく、操作の余地も比較的小さいように見えます。

ところが売上だけを追いかけると、低採算案件の受注、行きすぎた値引き、回収不能債権の増加、在庫の積み増しといった副作用を招くことがあります。

売上を指標にするなら、粗利率、回収条件、返品、解約、関連当事者取引、売上計上基準まで合わせて確認しておく必要があります。

EBITDA・営業利益を指標にする場合

EBITDAや営業利益は、収益力により近い指標です。

ただし、買収後の管理費の配賦、役員報酬、グループ内取引価格、会計方針の変更、広告費・研究開発費・人件費の投下方針などによって、大きく振れます。

買主が買収後に管理部門の費用を対象会社へ配賦すれば、売主の目には「アーンアウトの達成を妨げられた」と映ることがあります。逆に、売主側の経営陣が利益の達成を急ぐあまり必要な投資を抑制すれば、買主にとっては長期の価値を損なわれたことになります。

粗利・貢献利益を指標にする場合

粗利や貢献利益は、売上よりも採算性を反映しやすく、営業利益よりも買主側の本社費配賦の影響を受けにくい場合があります。

とくに、買収後にグループ管理費、IT費用、人事制度費用などが変わる局面では、粗利指標のほうが争いを避けやすいことがあります。

もっとも、原価配賦、在庫評価、仕入先の変更、標準原価の見直しによって粗利も動きます。算定方法をあらかじめ明確にしておくことが欠かせません。

顧客維持・契約継続を指標にする場合

オーナー依存や顧客集中が問題になる会社では、主要顧客の契約継続を条件にすることがあります。

たとえば、「クロージング後12か月以内に主要顧客A社との年間契約が更新された場合、追加対価を支払う」という設計です。

この場合は、契約金額、契約期間、解約条項、取引条件の変更、売上計上時期を明確にしておく必要があります。単に「契約が継続したら」とするだけでは、実務上の争点が残ってしまいます。

アーンアウト期間をどう決めるか

アーンアウトの期間は、短すぎても長すぎても問題が生じます。

短すぎれば、将来の成長を十分に測定できません。長すぎれば、買主の経営方針、業界環境、シナジー施策、組織変更といった要素が入り込み、売主の貢献や買収時点での対象会社の価値との結びつきが薄れていきます。

実務では1年から3年程度で設計されることが多いものの、対象事業の特性によって適切な長さは変わります。

事業特性期間設計の考え方
既存顧客の継続が重要12か月から24か月で顧客維持を確認
開発・許認可が重要マイルストーン達成時期に合わせる
季節性が大きい1事業年度ではなく複数期または累計で見る
PMIの影響が大きい買主施策の影響をどう除外するか検討
市場変動が大きい外部要因による調整や上限設定を検討

期間を決めるときに問うべきは、「何を確認できれば、当初の価格に織り込まなかった価値が実現したと言えるのか」という点です。ここを言語化しておくことが、期間設計の軸になります。

追加対価の計算式をどう設計するか

アーンアウトの計算式には、大きく分けて次のような型があります。

設計内容注意点
固定額型条件達成で一定額を支払う条件の達成判定が争点になりやすい
連動型指標の超過額に一定割合を乗じる指標操作や会計方針の影響を受けやすい
段階型達成水準に応じて支払額が段階的に増える閾値直前・直後で不自然な差が出る
累計型複数年累計で判定する初年度偏重や年度間操作を抑えやすい
上限付き最大支払額を定める買主の価格上限管理に有効
下限・保証付き一定額までは支払う売主保護になるが買主リスクは増える

計算式は、複雑であればよいというものではありません。

むしろ中小M&Aでは、式が複雑になるほど、後から争いになりやすくなります。月次決算の精度、在庫管理、原価計算、部門別損益、会計方針の一貫性を確かめたうえで、実際に測定できる指標を使うべきです。

アーンアウトは「期待値」で見る

アーンアウトを設計するとき、見落とされがちなのが期待値という発想です。

たとえば、次のような取引を考えてみます。

項目金額
クロージング時支払額4億円
アーンアウト最大額2億円
アーンアウト達成確率50%
割引後の期待追加対価0.9億円
買主から見た期待支払総額4.9億円

売主は、これを「最大6億円の取引」と見ます。買主は、「期待値で4.9億円の取引」と見ます。

この差を理解しないまま交渉を進めると、売主は「6億円で売った」と考え、買主は「5億円弱で買った」と考えることになります。そして、その認識のずれが、クロージング後の不満へとつながっていきます。

アーンアウトは、最大支払額だけを見るのではなく、達成確率、支払時期、割引率、買主の信用リスク、税務への影響まで踏まえて評価する必要があります。

アップサイドの二重計上に注意する

アーンアウトでもっとも危ういのが、アップサイドの二重計上です。

たとえば、DCF法で売主の計画を採用し、将来の成長をすでに企業価値へ反映しているとします。それにもかかわらず、同じ成長を条件にアーンアウトを上乗せすれば、買主は同じ価値に対して二重に支払うことになります。

逆に、買主が保守的な計画で当初価格を決め、売主計画との差分をアーンアウトで扱うのであれば、経済的にはつじつまが合いやすくなります。

整理の考え方は、次のとおりです。

当初価格に織り込んだ前提アーンアウト設計の考え方
保守的なベースケースのみ反映アップサイド達成時に追加対価を検討
売主計画を大きく反映同じ成長指標での追加対価は二重計上に注意
シナジーを買主価値として反映売主に支払うべき価値か慎重に検討
DDリスクを価格減額済み同じリスクを補償・返還条件で重複反映しない

企業価値評価では、DCF、マルチプル、時価純資産といった複数の手法の結果を、レンジとして捉えます。アーンアウトとは、いわばそのレンジのどこを当初支払額とし、どこを条件付支払額にするかを決める設計だといえます。

評価額をひとつの正解として扱うのではなく、どの前提が実現すればどの価値に近づくのかを分解して考える。その姿勢が欠かせません。

買主側の主なリスク

買主にとってアーンアウトは、まだ実現していない価値を先払いしないための仕組みです。

しかし、設計を誤れば、買主の側にも不利益が生じます。

指標が企業価値と連動しないリスク

売上を達成しても、利益やキャッシュ・フローが伴わなければ、企業価値は高まりません。

EBITDAを達成した場合でも、運転資本が大きく膨らんでいたり、設備投資が不足していたりすれば、実際の価値創造とはかけ離れた結果になりかねません。

売主側の経営陣が短期目標を優先するリスク

売主や旧経営陣が、アーンアウトの達成を重視するあまり、本来必要な投資、人材採用、品質管理、研究開発を抑えてしまうことがあります。

短期の利益は出ても、買収後の長期的な価値が損なわれる。そんな事態も起こり得ます。

経営の自由度が制限されるリスク

アーンアウト期間中は、買主が対象会社を自由に統合・再編しにくくなることがあります。

たとえば、グループ会社と統合したい、管理部門を一本化したい、不採算の顧客を整理したい。買主がそう考えていても、それによってアーンアウト指標が悪化すれば、売主との紛争につながりかねません。

PMIによるシナジーの実現が買収価値の前提になっている場合、アーンアウトが統合の足かせになることもあります。PMIを確実に遂行してシナジーを実現できなければ、買収価額に上乗せしたプレミアムが、かえって企業価値を毀損してしまう。だからこそ、価格設計と統合方針を切り離して考えるべきではありません。

売主側の主なリスク

売主にとってアーンアウトは、将来の成長を価格に反映するための手段です。

ただし、売主の側にも見過ごせないリスクがあります。

買主の経営方針に左右されるリスク

クロージング後、対象会社の経営権は買主へ移ります。

買主が投資を抑える、営業方針を変える、顧客契約を別会社へ移す、管理費を配賦する、重要な人材を異動させる――こうした対応はいずれも、アーンアウト条件に影響します。

売主から見れば、自分ではコントロールできない要因によって、追加対価を得られなくなるおそれがあるわけです。

会計処理・算定方法をめぐるリスク

営業利益やEBITDAを指標にする場合、会計方針が変われば、達成の判定も変わります。

売上計上基準、原価配賦、減価償却、引当金、在庫評価、グループ間取引価格、本社費配賦。これらをあらかじめ取り決めておかなければ、後になって争いの種になります。

買主の信用リスク

アーンアウトは、将来支払われる対価です。

買主の資金繰りが悪化すれば、条件を達成したとしても支払いが滞るおそれがあります。売主としては、親会社保証、担保、エスクロー、期限の利益喪失条項、遅延損害金、相殺制限などをあらかじめ検討しておく必要があります。

税務上の見込み違い

売主が個人の場合、アーンアウトや分割払いでは、現金を受け取る時期と税務上の収入認識の時期が、必ずしも一致しません。

株式等の譲渡益は、上場株式等と一般株式等を区分したうえで、原則として申告分離課税で計算されます。

出典:国税庁|No.1463 株式等を譲渡したときの課税(申告分離課税)

また、株式等に係る譲渡所得等の総収入金額の収入すべき時期について、国税庁は、原則として株式等の引渡しがあった日としつつ、納税者の選択により契約の効力発生日による申告も認める趣旨を示しています。

出典:国税庁|株式等に係る譲渡所得等の総収入金額の収入すべき時期

ただし、アーンアウトのように将来の条件で金額が変動する対価については、売主が個人か法人か、対価が株式譲渡代金か役務提供対価か、支払条件が確定しているか、権利の時価評価が可能か、といった事情によって判断が変わり得ます。税務上の収入時期・収入金額・更正の請求の可否などは、契約を締結する前に個別に確認しておきたい論点です。

会計上のインパクト|日本基準とIFRSで見え方が変わる

条件付対価は、買収後の会計処理にも影響します。

とくに買主が連結財務諸表を作成している場合には、PPA、のれん、損益への影響をあらかじめ見ておく必要があります。

日本基準の場合

日本基準では、将来の業績に依存する条件付取得対価について、その交付または引渡しが確実となり、時価が合理的に決定可能となった時点で、支払対価を取得原価として追加的に認識し、のれんまたは負ののれんを追加的に認識する整理が示されています。追加的に認識するのれんは、企業結合日の時点で認識されたものと仮定して計算し、追加認識する事業年度より前に対応する償却額や減損損失額は損益として処理されます。

このため日本基準では、条件が達成された時点でのれんが追加で認識され、過年度に対応する償却費が損益に影響する可能性があります。

IFRSの場合

IFRS第3号では、条件付対価は取得日時点の公正価値で測定され、移転対価の一部として認識されます。IFRSの実務上、条件付対価は支払可能性の程度にかかわらず取得日時点の公正価値で測定され、負債または資本に分類されます。負債に分類された条件付対価は、その後も公正価値で再測定され、公正価値の変動は純損益に認識されます。

IFRS第3号の開示項目にも、条件付対価に関する取得日時点の認識額、契約の説明、支払額の算定基礎、結果の範囲の見積りなどが含まれます。

出典:IFRS Foundation|IFRS 3 Business Combinations

つまりIFRSでは、アーンアウトを「将来支払うかもしれないものだから、まだ会計上は見ない」と整理することは難しく、取得日の時点で公正価値を見積もる必要があります。その後も、負債に分類されていれば、公正価値の変動が損益に出てくる可能性があります。

買収価格の判断への影響

会計基準によって、のれん、取得原価、損益の見え方は変わります。

項目日本基準の実務上の見え方IFRSの実務上の見え方
条件付対価の初期認識条件達成が確実となり、時価が合理的に算定可能となった時点で追加認識する整理取得日時点の公正価値で移転対価に含める
のれんへの影響条件達成時にのれん調整が生じ得る取得日時点でのれんに反映されやすい
その後の損益影響追加認識時の償却相当額等が損益処理され得る負債分類の条件付対価は公正価値変動が損益に影響し得る
実務上の注意条件達成時期、合理的算定可能性、のれん償却への影響公正価値測定、確率シナリオ、割引率、損益ボラティリティ

買収価格を決める段階で、会計上どのように見えるかを確かめておかなければ、買収後になって「想定以上にのれんが膨らんだ」「条件付対価の再測定で損益が出た」といった問題に直面しかねません。

税務上の接点|価格調整か、役務提供対価か

アーンアウトでは、税務上の性質が重要な論点になります。

たとえば、売主である創業者が、買収後も代表取締役や顧問として残り、業績の達成時に追加対価を受け取る設計を考えてみます。

この追加対価が、株式譲渡代金の一部なのか、それとも買収後の勤務・経営支援に対する報酬なのか。どちらと見るかによって、所得区分、損金算入、源泉徴収、社会保険、消費税、役員給与規制などへの影響が変わってきます。

とりわけ注意したいのは、次のような設計です。

・売主が一定期間勤務しなければ追加対価を受け取れない ・退職・解任するとアーンアウト権利を失う ・追加対価の金額が勤務期間や役職に連動する ・市場水準を超える顧問料や役員報酬と一体になっている ・株式譲渡対価と業務委託報酬の区分が契約書上あいまい ・買主側では費用処理を想定し、売主側では株式譲渡対価と理解している

こうした場合には、会計・税務上、単純な株式売買代金として扱えるかどうかを慎重に確かめる必要があります。

税務は、契約書に書かれた名称だけで決まるものではありません。取引の経済実態、当事者の関係、支払条件、勤務条件、対価の算定根拠、会計処理、申告方針を一体として確認することが求められます。

契約で最低限決めておくべき事項

アーンアウトや条件付対価を設計する場合、契約書では少なくとも次の事項を明確にしておく必要があります。

項目確認すべき内容
条件指標売上、EBITDA、粗利、契約継続、許認可取得など
算定期間1年、2年、累計、四半期、マイルストーン達成時など
算定式閾値、支払率、上限、下限、段階式、累計式
会計方針日本基準、過去方針、買主グループ方針、個別定義
除外項目一過性費用、PMI費用、本社費、グループ間取引、会計方針変更
経営裁量買主がどこまで統合・再編・投資判断をできるか
情報アクセス売主が算定資料、月次資料、監査資料を確認できるか
紛争解決会計専門家、弁護士、仲裁、裁判、異議申立期間
支払方法現金、株式、分割払い、エスクロー、相殺可否
税負担源泉徴収、消費税、印紙税、申告方針、税務調査時対応
買主の信用補完親会社保証、担保、エスクロー、期限の利益喪失
事業売却・再編時アーンアウト期間中に対象会社が再編・売却された場合の扱い

契約上の定義があいまいなままでは、アーンアウトは紛争の種になります。

とくに、買収後に買主が対象会社を吸収合併したり、事業を別会社へ移したり、グループ内取引を変更したりすると、当初想定していた指標そのものが測定できなくなることがあります。

アーンアウト期間中の組織再編や事業譲渡を禁止するのか、行う場合にはみなし達成とするのか、それとも合理的に再計算するのか。あらかじめ決めておくことが肝心です。

アーンアウトを使わないほうがよい場面

アーンアウトは万能ではありません。

むしろ、使わないほうがよい場面もあります。

経営統合を急ぐ必要がある場合

買収の直後から対象会社を自社へ統合し、組織、人事、システム、営業、購買、製造を一体化する必要がある場合、アーンアウトはその統合の障害になることがあります。

対象会社単独の売上や利益を測定できなくなり、追加対価の算定そのものが難しくなるためです。

会計管理体制が弱い場合

月次決算が遅い、部門別損益がない、在庫管理が不正確、原価計算が属人的、売掛金の回収状況が整理されていない。こうした会社では、アーンアウト指標を測定すること自体が困難です。

このような場合には、アーンアウトではなく、価格減額、補償、エスクロー、段階的な譲渡、一定期間の引継ぎ義務などを検討するほうが、現実的なこともあります。

売主と買主の信頼関係が低い場合

アーンアウトは、クロージング後も売主・買主の関係が続く仕組みです。

相互不信が強いと、売主は「買主が達成を妨げた」と考え、買主は「売主が短期の利益を操作した」と考えやすくなります。

こうした場合には、価格をできるだけクロージング時に確定させ、残るリスクは補償・エスクローで管理するほうが望ましいことがあります。

分割払いを使う場合の注意点

分割払いは、アーンアウトよりも単純に見えます。

しかし実務では、いくつか重要な論点があります。

第一に、売主は買主の信用リスクを負います。将来の支払いが行われない事態に備えて、親会社保証、担保、連帯保証、エスクロー、期限の利益喪失条項などを検討しておく必要があります。

第二に、買主は補償請求との相殺を考えることがあります。DDでリスクが残る場合、買主は残代金を補償請求の引当てとして見たいと考えがちです。売主としては、無制限に相殺されないよう、相殺の対象、上限、手続、異議の申立方法を定めておく必要があります。

第三に、税務上、現金を受け取っていないことと、譲渡所得等の認識時期とは必ずしも一致しません。「分割払いにすれば税務負担も分割される」と安易に考えるのは禁物です。

第四に、金融機関が関与する場合には、買収ファイナンス契約上の制約が問題になることがあります。買主の資金調達条件、財務コベナンツ、追加支払義務、期限前弁済条項などと整合するかを、あらかじめ確認しておく必要があります。

中小M&Aで特に注意すべきこと

中小M&Aでは、アーンアウトや分割払いが「価格目線を合わせるための便利な方法」として提案されることがあります。

しかし中小M&Aには、次のような事情があります。だからこそ、慎重な設計が求められます。

・月次決算の精度が低い ・会計方針が明文化されていない ・オーナーの裁量で売上・費用が動きやすい ・関連当事者取引が多い ・主要顧客・主要仕入先への依存度が高い ・経営者の退任後の業績維持が読みにくい ・買主もM&A後の管理体制を十分に整備できていない ・価格規模に対して専門家費用や紛争コストが重い

中小企業庁の中小M&Aガイドラインでは、中小M&Aの一般的な流れとして、バリュエーション、交渉、基本合意、デュー・ディリジェンス、最終契約、クロージングなどが整理されており、譲り渡し側が希望条件や事業用資産等の整理を行うことの重要性も示されています。

出典:中小企業庁|中小M&Aガイドライン

中小M&Aでは、複雑なアーンアウトよりも、シンプルな固定価格、限定的な分割払い、一定額のエスクロー、明確な補償条項のほうが、実務に合うことも少なくありません。

実務上の判断手順

アーンアウト・分割払い・条件付対価を検討する際は、次の順番で整理すると、判断がしやすくなります。

1. 不確実性の正体を特定する

まずは、何が不確実なのかをはっきりさせます。

売上成長なのか、利益率なのか、顧客の継続なのか、オーナー依存なのか、許認可なのか、税務リスクなのか、訴訟なのか。

不確実性の性質しだいで、適した価格設計は変わってきます。

2. 当初価格に何を織り込んだか確認する

当初の価格が、保守的なベースケースに基づくものなのか、それとも売主の計画を大きく織り込んだものなのかを確認します。

ここをあいまいにすると、アーンアウトがアップサイドの合理的な分配なのか、それとも二重支払いなのかが見えなくなってしまいます。

3. 条件付支払いで処理すべきか判断する

将来の成果に連動する価値であれば、アーンアウトが候補になります。

過去から存在するリスクであれば、価格減額、補償、表明保証、エスクローが候補になります。

資金繰りや支払能力の問題であれば、分割払い、担保、保証が候補になります。

4. 指標が測定可能か確認する

指標は、事業価値と関連しているうえに、実務上きちんと測定できるものでなければなりません。

測定できない指標は、契約に書いたとしても機能しません。

5. 会計・税務への影響を確認する

条件付対価は、買主のPPA、のれん、損益、開示に影響します。

売主の側では、所得区分、収入時期、源泉徴収、法人税・所得税、消費税の扱いに影響する可能性があります。

6. 契約条項に落とし込む

最後に、定義、算定式、会計方針、支払時期、情報アクセス、異議申立、紛争解決、担保、税務対応を、契約条項として具体的に落とし込みます。

相談の前に整理しておきたい事項

専門家に相談する前に、次の事項を整理しておくと、価格設計の検討がスムーズに進みます。

整理事項確認内容
取引の目的承継、成長投資、グループ化、事業売却、資本政策
価格差の原因売主計画と買主見通しのどこが違うか
当初価格の前提どの事業計画、どの評価手法、どのリスク調整を反映したか
将来条件売上、利益、顧客、許認可、開発、訴訟、税務など
売主の関与クロージング後も役員・従業員・顧問として残るか
買主の統合方針対象会社を単独運営するか、早期に統合するか
会計資料月次決算、部門別損益、顧客別売上、原価資料
税務論点売主の属性、所得区分、収入時期、源泉徴収、消費税
会計基準日本基準、IFRS、連結財務諸表、PPAの要否
支払保全分割払い、エスクロー、親会社保証、担保、相殺

まとめ|将来の不確実性は、価格だけでなく条件で設計する

アーンアウト、分割払い、条件付対価は、M&Aの価格を柔軟にするための仕組みです。

しかし、柔軟であればあるほど、誤解や紛争の余地も大きくなります。

アーンアウトは、売主と買主の将来見通しの差を埋める手段です。分割払いは、確定した価格の支払時期を分ける手段です。条件付対価は、将来の事象に応じて対価を増減させる、より広い仕組みです。

これらを使うときには、次の問いから目をそらしてはいけません。

・その不確実性は、価格で扱うべきか、それとも契約で守るべきか ・当初の価格には、どの将来価値を織り込んでいるか ・追加対価は、株式譲渡対価なのか、役務提供対価なのか ・買主が買収後に経営を変えた場合、指標はどう測定するのか ・会計上、のれんや損益にどのような影響が出るのか ・税務上、収入時期や所得区分をどう説明できるのか ・金融機関、株主、後継者、社内の関係者に説明できる価格設計になっているか

M&Aの価格は、単に「いくらか」だけで決まるものではありません。

「いつ、どの条件で、誰がリスクを負い、どのように説明できるのか」。そこまで含めて、はじめて取引価格として判断できるのです。

アーンアウト・条件付対価で迷ったときは

アーンアウトや分割払いは、売主と買主の価格目線を近づける有効な手段になり得ます。一方で、会計処理、税務上の収入時期、PPA、のれん、補償、エスクロー、買収後の経営裁量にまで影響が及ぶため、設計を誤ればクロージング後のトラブルにつながりかねません。

犬飼公認会計士・税理士事務所では、M&A・承継・資本政策・組織再編における企業価値評価、株式譲渡価格の整理、アーンアウト・条件付対価の設計前提、会計・税務への影響、PPAを見据えた価格判断、そして金融機関・株主・後継者への説明資料の整備を支援しています。

提示されたアーンアウト条項が妥当かどうかを確認したい場合、分割払いと条件付対価のどちらで設計すべきか迷っている場合、買収後の会計・税務への影響まで含めて価格を整理したい場合は、犬飼公認会計士・税理士事務所HPのお問い合わせページからご相談ください。

振り返り

論点重要な考え方
アーンアウト将来業績や条件達成に応じて追加対価を支払う仕組み
分割払い価格は確定しており、支払時期を分ける仕組み
条件付対価将来事象により追加支払いまたは返還が生じる広い価格設計
使う場面売主・買主の将来見通しに差がある場合、成長可能性やDD未確定事項がある場合
指標設計売上、EBITDA、粗利、顧客継続、許認可などから、測定可能で価値と連動するものを選ぶ
二重計上DCF等で織り込んだアップサイドを、同じ条件で再度アーンアウトにしない
買主の注意点指標が長期価値を損なわないか、統合の自由度を妨げないかを確認する
売主の注意点買主の経営方針変更、会計方針、信用リスクに左右される点を確認する
会計影響日本基準とIFRSで条件付対価の認識・測定・損益影響が異なる
税務影響株式譲渡対価か、役務提供対価か、収入時期・所得区分を個別に確認する
契約上の要点指標、期間、算定式、会計方針、情報アクセス、紛争解決、支払保全を明確にする
判断の軸金額だけでなく、支払条件、リスク分担、説明可能性を含めて取引価格を判断する
よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

目次