M&Aで合意した買収価格は、契約のうえでは「いくらで買うか」という取引条件にすぎません。
ところが買収後の会計では、その金額をそのまま一つの資産として処理するわけにはいきません。取得した会社や事業の中に、どのような資産があるのか。どのような負債を引き受けるのか。帳簿に表れていない無形資産がどの程度あるのか。そして、それでもなお残る超過額は、いったい何に対する支払いだったのか。こうした内訳を一つずつ整理していく必要があります。
この作業が、PPAです。
PPAは、Purchase Price Allocationの略で、日本語では「取得原価の配分」「買収価格配分」などと呼ばれます。
簡潔にいえば、M&Aで支払った取得原価を、被取得企業から受け入れた識別可能な資産と引き受けた負債へ、時価を基礎として配分していく手続です。そして、配分しきれずに残った差額を、のれん、または負ののれんとして認識します。取得原価を資産・負債の時価へ割り付け、残余をのれん(負ののれん)として捉える――これがPPAの核心だと考えています。
日本基準では、企業結合会計基準のもとで、取得原価の配分について次のように定められています。被取得企業から受け入れた資産および引き受けた負債のうち、企業結合日時点で識別可能なものに対し、企業結合日時点の時価を基礎として、企業結合日以後1年以内に配分する、というものです。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準第21号 企業結合に関する会計基準
PPAは「買収価格を決める評価」ではなく、「決まった買収価格を会計上分解する評価」
PPAを理解するうえで、まず分けて考えていただきたいことがあります。「M&Aの価格を決めるためのバリュエーション」と「買収後の会計処理として行うPPA」は、そもそも目的が違う、という点です。
M&Aのバリュエーションは、買収前に行うものです。対象会社や事業の価値を見極め、提示価格・交渉価格・許容価格を考えるために実施します。将来キャッシュ・フロー、正常収益力、シナジー、リスク、非事業資産、負債、資本コスト――こうした要素を検討しながら、買主としてどこまで支払えるのか、売主としてどこまで受け入れられるのかを探っていく評価です。
一方のPPAは、原則として企業結合の後に行います。その買収取引を財務諸表へ反映させるための手続であり、すでに決まった取得原価を、会計上どの資産・負債へ配分するのかを整理していく作業です。
したがって、PPAを行ったからといって、その買収価格が経済的に妥当だったと当然に証明されるわけではありません。PPAはあくまで買収価格の内訳を会計上説明するための手続であって、価格交渉そのものの妥当性を直接保証するものではないからです。
とはいえ、PPAが買収価格の判断と無関係かといえば、そうではありません。PPAの結果、買収価格の多くが顧客関連資産、商標、技術、契約、のれんなどへ配分されれば、その価格が何に対して支払われたものなのかが見えてきます。逆に、説明のつきにくいのれんが大きく残るようであれば、買収時に見込んだシナジーや将来収益力を、買収後にどう実現していくのかが、あらためて問われることになります。
PPAの基本構造
PPAの基本構造は、次のように整理できます。
まず、取得企業が支払った取得原価を把握します。現金で取得した場合は支払対価が中心になりますが、株式対価、条件付取得対価、段階取得などが絡んでくると、取得原価の算定そのものに会計上の論点が生じます。
次に、企業結合日時点で受け入れた識別可能な資産と、引き受けた負債を把握します。ここでいう資産・負債は、被取得企業の貸借対照表にすでに計上されていたものに限りません。法律上の権利のように、分離して譲渡できる無形資産が含まれる場合には、それらも識別可能なものとして取り扱います。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準第21号 企業結合に関する会計基準
続いて、それらの資産・負債を、企業結合日時点の時価を基礎として評価します。時価評価の対象には、土地、建物、機械設備、棚卸資産、金融資産、負債、偶発的な負債に関連する項目のほか、顧客関連資産、商標、技術、ソフトウェア、契約関連資産といった識別可能無形資産が含まれることもあります。実務では、無形資産だけでなく、棚卸資産や不動産、機械設備までもが時価評価の対象に入ってくる場面に少なくありません。
最後に、取得原価と、時価評価された識別可能資産・負債の純額を比較します。取得原価がこの純額を上回れば、その超過額がのれんになります。反対に、取得原価が純額を下回れば、今度は負ののれんが問題になります。
PPAで見えてくる「広い意味でののれん」と「会計上ののれん」
M&Aの現場では、「純資産より高く買った部分」を、ざっくりと「のれん」と呼ぶことがあります。
しかしPPAの観点に立つと、この広い意味でののれんを、そのまま会計上ののれんにするわけではありません。まず、帳簿に表れていなかった識別可能無形資産を拾い上げ、時価評価できるものは個別の資産として認識します。そのうえで、なお配分しきれずに残った部分が、会計上ののれんになります。
たとえば、買収価格が時価純資産を上回っている場合、その差額には、顧客基盤、商標、技術、契約、許認可、人的資源、買主固有のシナジー、将来の超過収益期待など、実にさまざまな要素が含まれている可能性があります。このうち会計上の識別可能要件を満たすものは、のれんから切り出され、個別の無形資産として認識されていきます。
ですから、PPA後ののれんは、「買収価格と純資産の差額」そのものではありません。識別可能資産・負債への配分を済ませたうえで、最後に残る、より限定された残余です。実務でも、広い意味でののれんをいったん分解し、顧客リストや特許権といった識別可能無形資産を切り出したうえで、残りを狭い意味でののれんとして整理していきます。
この区別は、買収後の利益に直接効いてきます。識別可能無形資産として計上されたものは、その耐用年数に応じて償却されることがあります。日本基準では、のれんもまた資産に計上したうえで、20年以内の効果の及ぶ期間にわたって規則的に償却します。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準第21号 企業結合に関する会計基準
つまりPPAは、貸借対照表の表示だけでなく、買収後の損益計算書にも影響を及ぼします。
PPAで識別される無形資産
PPAで特に重要になるのが、無形資産の識別です。
買収対象会社の貸借対照表には、自己創設のブランド価値、顧客関係、独自技術、ノウハウ、契約上の有利性などが、十分に計上されていないのが通常です。対象会社がそれらを自社の内部で育ててきた場合、会計上は資産として認識されていないことが多いためです。
しかしM&Aでは、買主はそうした要素まで含めて対価を支払っていることがあります。そこでPPAでは、これらのうち識別可能なものを個別に拾い上げ、会計上の資産として認識できるかどうかを検討していきます。
代表的なものとしては、次のような無形資産が検討対象になります。
| 区分 | 主な例 | 評価上の着眼点 |
|---|---|---|
| 顧客関連資産 | 顧客リスト、顧客との契約、継続的な顧客関係 | 顧客の継続率、収益性、契約条件、将来キャッシュ・フロー |
| マーケティング関連資産 | 商号、商標、ブランド | ロイヤルティ率、ブランドによる超過収益、利用期間 |
| 技術関連資産 | 特許、ソフトウェア、ノウハウ、開発中技術 | 技術の競争優位性、代替可能性、収益貢献期間 |
| 契約関連資産・負債 | 有利な契約、不利な契約、独占販売契約、受注残 | 契約条件が市場条件より有利か不利か、残存期間 |
| 許認可・権利 | 事業に必要な許認可、ライセンス等 | 譲渡可能性、更新可能性、収益への貢献 |
無形資産の評価では、ロイヤルティ免除法、超過収益法、利益差分法、再調達原価法などが用いられます。たとえば商標やブランドにはロイヤルティ免除法、顧客関連資産や技術には超過収益法を検討する、といった具合です。実務では、顧客関連無形資産、契約に基づく無形資産、技術に基づく無形資産など、対象の性質に応じて、インカム・アプローチ、マーケット・アプローチ、コスト・アプローチを使い分けていきます。
ただ、ここで大切なのは、手法の名称を覚えることではありません。むしろ問うべきは、その無形資産が本当に将来の経済的便益を生むのか、買収価格の中にどのように織り込まれていたのか、そして買収後の利益にどれほどの償却負担をもたらすのか――この三点を、一つずつ確かめていくことです。
PPAで使う「時価」は、買主の希望額ではない
PPAでは、資産・負債を時価を基礎として評価します。
ここでいう時価は、買主が「これくらいの価値があると思って買った」という主観的な価格とは別のものです。日本基準において時価とは、公正な評価額をいいます。通常は観察可能な市場価格を指し、市場価格が観察できない場合には、合理的に算定された価額をいうものとされています。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準第21号 企業結合に関する会計基準
IFRSでも、公正価値が定義されています。測定日時点で、市場参加者間の秩序ある取引において、資産を売却するために受け取る価格、または負債を移転するために支払う価格――それが公正価値です。
出典:IFRS Foundation|IFRS 13 Fair Value Measurement
この考え方に照らすと、PPAで用いる時価評価は、買主固有の期待や希望だけに寄りかかってはなりません。買主だけが実現できる特殊なシナジー、買主の内部事情、売主との交渉上の事情――こうした要素を個別資産の時価へどこまで反映できるかは、慎重に見極める必要があります。
M&Aの価格交渉では、買主固有のシナジーまで織り込んで、高い価格を支払うことがあります。しかしPPAの時価評価では、市場参加者の観点から見て、その資産・負債がどれほどの価値を持つのかを考えなければなりません。ここを取り違えると、買収価格を正当化するために無形資産を無理に大きく評価してしまう、あるいはのれんを過度に小さく見せてしまう、といった誤った整理につながりかねません。
のれんは「説明できない差額」ではない
PPA後に残るのれんは、単なる説明不能な差額ではありません。
のれんには、個別の資産としては識別できない超過収益力、買収によって期待される事業上の効果、人的組織、ノウハウ、将来の成長可能性、市場参加者が見込むシナジーなどが含まれ得ます。とはいえ、そのすべてを自由にのれんへ放り込んでよい、という意味ではありません。まず識別可能な資産・負債を適切に把握し、それでもなお残った差額が、のれんなのです。
日本基準では、取得原価が、受け入れた資産および引き受けた負債に配分された純額を上回る場合、その超過額をのれんとして処理します。のれんは無形固定資産に表示され、その当期償却額は、販売費及び一般管理費の区分に表示されます。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準第21号 企業結合に関する会計基準
一方IFRSでは、企業結合において取得企業が取得した資産・引き受けた負債、のれん、割安購入益、そして開示すべき情報についての原則が定められています。
出典:IFRS Foundation|IFRS 3 Business Combinations
買収価格が高ければ高いほど、PPA後に多額ののれんが生じる可能性があります。そうなれば買収後の経営では、買収時に想定した収益力やシナジーを本当に実現できるのかが問われます。のれんとは、買収時の期待を会計上に残したものでもあるのです。その意味で、のれんは買収後の経営責任と分かちがたく結びついています。
負ののれんが出た場合に確認すべきこと
PPAでは、取得原価が、受け入れた資産および引き受けた負債に配分された純額を下回ることもあります。このとき問題になるのが、負ののれんです。
負ののれんが見込まれる場合、日本基準では、まず見直しを行います。すべての識別可能資産および負債が把握されているか。それらへの取得原価の配分が適切に行われているか。こうした点を点検したうえで、それでもなお負ののれんが生じるのであれば、当該負ののれんが生じた事業年度の利益として処理します。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準第21号 企業結合に関する会計基準
負ののれんが出たからといって、ただちに「安く買えた」と単純に喜ぶのは危険です。
ここで確認すべきは、資産が過大に評価されていないか、負債が漏れていないか、不利な契約や偶発債務が適切に反映されているか、そして事業継続に必要な追加投資や撤退コストが見落とされていないか、という点です。とりわけ、売主側に早期売却の事情がある場合や、対象会社に収益悪化・資金繰り・訴訟・契約解除リスクなどが潜んでいる場合には、表面的な純資産だけで判断することはできません。
負ののれんは、買収価格が低かったことを示すこともあります。しかしそれは同時に、評価前提やリスク把握をもう一度確かめるべきサインでもあるのです。
PPAはいつ行うのか
PPAは、通常、クロージング後に行われます。
日本基準では、取得原価の配分を企業結合日以後1年以内に行う必要があります。企業結合日以後の決算において配分が完了していない場合には、その時点で入手可能な合理的情報等に基づいて暫定的な会計処理を行い、その後追加的に入手した情報等に基づいて、配分額を確定させていきます。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準適用指針第10号 企業結合会計基準及び事業分離等会計基準に関する適用指針
実務でも、配分は企業結合日後1年以内に行います。配分が未了の場合には暫定的な会計処理を行い、取得原価の配分が完了していないときは、その旨および理由を注記することが求められます。
この「1年以内」という期間は、決して作業に余裕があるという意味ではありません。実務上は、決算スケジュール、監査対応、評価資料の収集、対象会社へのヒアリング、無形資産評価、税効果、注記対応――こうした作業がいくつも重なってきます。買収後に初めて着手したのでは、十分な情報整理が間に合わないことも珍しくありません。
そこで重要なM&Aでは、買収前からプレPPAを行い、のれん、無形資産、償却負担、減損リスクをあらかじめ概括的に把握しておくことがあります。もっとも、プレPPAは会計基準上要求される正式なPPAそのものではなく、買収前に限られた情報で行う概算分析です。被取得企業の無形資産、評価額、想定耐用年数、償却負担を買収前につかんでおくために行うものですが、クロージング後のPPAに比べると入手できる情報が限られるため、結果に差異が生じる可能性は残ります。
PPAが買収価格判断に与える影響
PPAは買収後の会計手続ですが、買収前の価格判断にも影響を及ぼします。
買収価格の妥当性を考える際には、多くの場合、DCF、マルチプル、時価純資産などを用いて、企業価値や株式価値を検討します。ところが買収後にPPAを行うと、その買収価格が、個別資産、無形資産、のれん、負債へと分解されていきます。
この分解を通じて、次のような問いが浮かび上がってきます。
| 確認すべき問い | 価格判断への意味 |
|---|---|
| 買収価格のうち、時価純資産を超える部分は何に対する支払いか | 価格プレミアムの説明可能性を確認する |
| 顧客関連資産や技術など、識別可能無形資産はあるか | 買収対象の収益源を具体化する |
| 無形資産の耐用年数はどの程度か | 買収後の償却負担を見積もる |
| のれんが大きく残る理由は何か | シナジーや将来成長への依存度を確認する |
| 負債や不利な契約は適切に反映されているか | 実質的な取得コストを見直す |
| 買収後の利益計画にPPAの影響を織り込んでいるか | 買収後の業績説明との整合性を確認する |
買収時には、「この会社には顧客基盤がある」「ブランドが強い」「技術がある」「シナジーが出る」と語られることがあります。しかしPPAでは、それらを会計上どう識別し、どこまで資産として測定でき、どこからがのれんとして残るのかを、一つずつ検討していきます。
その意味でPPAは、買収価格の内訳を可視化する作業です。買収前に語られた投資仮説が、買収後の会計上どのように姿を現すのかを、あらためて確かめる機会でもあります。
PPAでよくある誤解
PPAをめぐっては、いくつかの誤解が生じやすいところです。
「純資産との差額はすべてのれん」と考えてしまう
買収価格が純資産を上回るとき、その差額をまるごとのれんと考えてしまうのは、いささか粗い整理です。PPAでは、まず識別可能な無形資産や時価評価すべき資産・負債を把握し、そのあとに残った差額を、のれんとして整理します。
「対象会社の帳簿にないものは評価しなくてよい」と考えてしまう
PPAでは、対象会社の貸借対照表に計上されていたかどうかだけで判断するわけではありません。法律上の権利や、分離して譲渡できる無形資産がある場合には、識別可能資産として検討する必要があります。
「PPAは経理部門だけの問題」と考えてしまう
PPAは会計処理ですが、経理部門だけで完結するものではありません。顧客関係、技術、商標、契約、事業計画、シナジー、将来収益などを評価するには、事業部門、経営企画、法務、税務、外部評価専門家、監査人との連携が欠かせません。
「PPAは買収後に考えればよい」と考えてしまう
PPAは原則として買収後に正式実施されます。とはいえ、買収後の償却負担、のれん、減損リスク、財務諸表への影響を無視したまま価格を決めてしまうと、クロージング後に想定外の会計インパクトが生じることがあります。重要な案件では、買収前から概算の影響を把握しておくことが望ましいといえます。
「のれんが大きいほどよい買収」と考えてしまう
のれんが大きいことは、将来の超過収益やシナジーへの期待が大きいことを意味する場合があります。しかしそれは同時に、買収後にその期待を実現できなければ、償却負担や減損リスクが重くのしかかる可能性をも示しています。のれんは期待の証であると同時に、買収後の説明責任の対象でもあるのです。
PPAで専門家が確認する主な論点
PPAでは、単に計算表を作って終わりではありません。評価前提が妥当かどうかを、一つずつ確かめていくことが重要です。
主な確認論点は、次のとおりです。
| 論点 | 確認内容 |
|---|---|
| 企業結合に該当するか | 取得、共同支配企業の形成、共通支配下の取引など、会計処理の入口を確認する |
| 取得企業はどちらか | 支配を獲得した企業を判定する |
| 企業結合日はいつか | 支配が移転した日を基準に測定する |
| 取得原価はいくらか | 現金対価、株式対価、条件付取得対価、段階取得を確認する |
| 識別可能資産・負債は何か | 帳簿上の資産負債だけでなく、未計上の無形資産や負債を確認する |
| 時価評価の方法は妥当か | 市場価格、インカム・アプローチ、コスト・アプローチ等を検討する |
| 無形資産の耐用年数は妥当か | 償却期間、収益貢献期間、契約期間、顧客継続率を確認する |
| 税効果をどう扱うか | 時価評価差額や無形資産認識に伴う繰延税金の影響を確認する |
| のれん・負ののれんの説明は可能か | 発生原因、償却方法、償却期間、注記内容を確認する |
| 監査対応に耐えられるか | 評価資料、前提、計算過程、社内説明資料を整える |
PPAでは、不動産、産業用機械・設備、知的財産、年金数理、偶発債務といった専門性の高い資産・負債について、外部専門家の評価や意見が必要になることもあります。
PPAを価格判断の文脈でどう使うべきか
このシリーズでは、企業価値評価を「価格を当てる技術」としてではなく、重要な取引判断を誤らないための経営判断インフラとして位置づけています。
この観点から見ると、PPAは買収後の会計処理にとどまるものではありません。買収価格が、どの資産、どの収益源、どの将来期待に対して支払われたのかを、後からきちんと説明できる状態にしておく――そのための重要な論点なのです。
買収前の段階で、PPAの結果を完全に確定することはできません。それでも、少なくとも次の点は、価格判断の段階で意識しておきたいところです。
買収価格のうち、時価純資産を超える部分は、何に対する支払いなのか。そのうち、会計上識別可能な無形資産として切り出される可能性があるものは何か。それらの無形資産は、買収後にどれほどの償却負担を生むのか。のれんとして残る部分は、どのシナジーや将来収益によって回収する想定なのか。そして買収後の事業計画は、PPA後の償却費や減損リスクを踏まえてもなお説明できるのか。
こうした確認を欠いたまま価格だけを合意してしまうと、買収後に「思っていた利益が出ない」「のれんや無形資産の説明が難しい」「監査対応で評価前提を見直さざるを得なくなった」といった問題につながりかねません。
PPAは、買収価格を後から正当化するための作業ではありません。買収時に支払った価格を、会計上の資産・負債・のれんとして誠実に分解し、買収後の財務諸表と経営説明に耐えられる状態へ整えていく作業なのです。
PPAを見据えて、買収前に整理しておきたいこと
PPAをスムーズに進めるには、買収後に慌てて資料をかき集めるのではなく、買収前から次の情報を整理しておくことが有効です。
| 整理項目 | 確認する理由 |
|---|---|
| 買収目的 | 何に価値を見て買収するのかを明確にするため |
| 取得原価の内訳 | 現金、株式、条件付対価などを整理するため |
| 事業計画 | 無形資産やのれんの回収可能性を検討するため |
| 顧客別・製品別収益 | 顧客関連資産や技術関連資産の評価に使うため |
| 契約一覧 | 有利・不利な契約や契約関連資産を確認するため |
| 知的財産・技術資料 | 技術関連資産や特許・ノウハウを把握するため |
| 商標・ブランド関連資料 | マーケティング関連資産を検討するため |
| 固定資産台帳 | 不動産・機械設備等の時価評価に使うため |
| 負債・偶発債務 | 引き受ける負債やリスクを漏れなく把握するため |
| 税務情報 | 税効果や取得後の会計・税務影響を検討するため |
これらの資料は、PPAだけに使うものではありません。買収価格の判断、DD、契約交渉、買収後の管理体制にも関わってきます。PPAを意識して情報を整えておくことは、M&A全体の判断品質を高めることにも、そのままつながっていきます。
まとめ|PPAは、買収価格を会計上の説明責任へ接続する作業
PPAは、M&A後に必要となる会計上の手続です。しかし、その意味は単なる会計処理にとどまりません。
買収価格は、交渉によって決まります。企業価値評価は、その交渉のための判断材料を整えます。そしてPPAは、合意された買収価格を、取得した資産、引き受けた負債、識別可能無形資産、のれんへ分解し、財務諸表に反映させていきます。
つまりPPAとは、取引価格を会計上の説明責任へ接続する作業なのです。
「いくらで買ったか」だけでなく、「何に対して支払ったのか」「その価格は買収後の財務諸表にどう表れるのか」「将来の利益にどのような影響を与えるのか」。ここまで整理して初めて、M&Aの判断は一段深いものになります。
PPAを後回しにせず、買収価格判断の段階から意識しておくこと。それは、買収後の説明責任、監査対応、経営管理、そしてのれん・無形資産のリスク管理に、まっすぐ結びついていきます。
企業価値評価・PPA・買収価格判断についてのご相談
M&Aの買収価格は、交渉で決まります。しかし、その価格を後から説明できるかどうかは、事業計画、財務実態、評価前提、会計処理、税務・法務上の論点を、どこまで整理できているかによって変わってきます。
PPAは、買収後の会計処理であると同時に、買収価格の内訳やのれんの説明可能性を明らかにする重要な論点です。買収前に、のれん・無形資産・償却負担・会計インパクトをどこまで見ておくべきか。買収後に、どのような資料と前提でPPAを進めるべきか。個別の取引では、早い段階で論点を整理しておくことが何より大切です。
犬飼公認会計士・税理士事務所では、M&Aにおける企業価値評価、取引価格判断、PPAを見据えた論点整理、そして会計・税務面からの判断支援について、ご相談を承っています。
買収価格の妥当性、PPAの影響、のれん・無形資産の見え方に不安がある場合は、まずは現在の検討資料や取引状況を整理したうえで、お問い合わせページからご相談ください。
重要ポイントの振り返り
| 項目 | 押さえるべきポイント |
|---|---|
| PPAの意味 | 買収価格を識別可能な資産・負債・無形資産・のれんへ配分する会計上の評価手続 |
| 価格評価との違い | 買収価格を決める評価ではなく、決まった取得原価を会計上分解する評価 |
| 実施時期 | 原則として企業結合日以後1年以内に取得原価を配分する |
| 識別可能資産・負債 | 帳簿上の資産負債だけでなく、未計上の無形資産や負債も検討対象になる |
| 無形資産 | 顧客関連、商標、技術、契約、許認可などが検討対象になる |
| のれん | 取得原価が識別可能資産・負債の純額を上回る場合の残余 |
| 負ののれん | 取得原価が識別可能資産・負債の純額を下回る場合に発生し、まず配分の見直しが必要 |
| 会計インパクト | 無形資産やのれんの償却、減損、注記、監査対応に影響する |
| 価格判断との関係 | 買収価格が何に対する支払いなのかを可視化し、説明可能性を高める |
| 実務上の注意 | PPAを買収後だけの経理作業と捉えず、買収前から影響を見通すことが重要 |