M&Aや資本政策の場面では、対象会社が普通株式だけを発行しているとは限りません。
優先株式、無議決権株式、取得請求権付株式、取得条項付株式、拒否権付株式、取締役選任権付株式、残余財産分配優先株式といった株式が発行されていることもあります。こうした場合、「会社全体の株式価値を発行済株式数で割る」という単純な考え方だけでは、株式ごとの経済価値を十分に説明できないことが少なくありません。
結論から申し上げると、種類株式・優先株式を普通株式と同じ価格で考えてよいかどうかは、その株式に付された権利内容によって決まります。
普通株式と経済的にほぼ同じ権利内容で、普通株式への転換条件も実質的に同等であれば、価格差が大きく生じないこともあります。
一方で、配当、残余財産分配、議決権、拒否権、取得請求権、転換権、みなし清算条項などに実質的な差がある場合はどうでしょうか。普通株式と同じ価格で評価してしまうと、売主・買主・既存株主・投資家・税務当局・会計監査人といった相手に対して、その価格を説明しにくくなることがあります。種類株式は、普通株式との権利内容や転換条件の違いを確認したうえで、個別に評価する必要があるものなのです。
この記事では、種類株式・優先株式の評価を、単なる計算技術としてではなく、M&A・承継・資本政策・投資回収において「誰に、どの価値が帰属するのか」を判断するための論点として整理していきます。
種類株式とは、会社の価値の分け方を変える株式である
種類株式とは、普通株式とは異なる内容を持つ株式です。
会社法第108条では、剰余金の配当、残余財産の分配、議決権を行使できる事項、譲渡承認、取得請求、取得条項、全部取得条項、種類株主総会の決議事項、取締役・監査役の選任といった事項について、内容の異なる2以上の種類の株式を発行できると定められています。出典:e-Gov法令検索|会社法
ここで押さえておきたいのは、種類株式が「名前の違う株式」ではなく、「会社の価値の分配順序や支配関係を変える株式」だという点です。
普通株式だけの会社であれば、株式価値は基本的に、株主間で持株割合に応じて分配されます。もちろん、支配株主か少数株主か、譲渡制限があるか、流動性が低いかといった論点は残ります。それでも、同一種類の株式である限り、1株ごとの権利内容は同じです。
ところが、種類株式がある会社では、同じ「1株」でも意味が変わってきます。
ある株式は、配当を先に受け取れるかもしれません。ある株式は、会社売却時に投資額を優先的に回収できるかもしれません。ある株式は、議決権がない代わりに経済的な優先権を持つかもしれません。ある株式は、一定の条件で普通株式へ転換できるかもしれません。そしてある株式は、重要事項について拒否権を持つかもしれません。
こうなると、評価すべき対象は単なる「会社の株価」ではなくなります。
会社全体の価値のうち、各種類株式にどのようなキャッシュ・フロー、支配権、保護権、投資回収権が帰属するのか。そこまで踏み込んで評価する必要があるのです。
普通株式と同じ価格でよいかを判断する基本軸
種類株式・優先株式の評価で最初に確認すべきは、その株式が普通株式と比べて「何が違うのか」です。
見るべき違いは、大きく分けて次の5つに整理できます。
1つ目は、配当を受ける権利です。普通株式よりも先に配当を受けられるのか、一定率の優先配当があるのか、未払い配当が累積するのか、優先配当後に普通株主とともに追加配当を受けられるのか。これらによって価値は変わってきます。
2つ目は、残余財産の分配を受ける権利です。清算時やM&A時に、投資額や一定倍率を普通株主より先に回収できる設計であれば、下振れ局面での価値は普通株式より高くなり得ます。
3つ目は、議決権や拒否権です。議決権がない株式は、支配や意思決定への関与という点で普通株式より弱い場合があります。その一方で、特定事項について拒否権を持つ株式や取締役選任権を持つ株式は、単純な議決権割合以上の影響力を発揮することがあります。
4つ目は、取得請求権・取得条項・転換権です。株主が会社に取得を請求できるのか、会社側が一定条件で取得できるのか、普通株式へ転換できるのか、転換価額がどのように調整されるのか。こうした設計次第で、株式の価値は債券的にもオプション的にも変化します。
5つ目は、M&A時の分配条項です。とりわけスタートアップやVC投資で見られるみなし清算条項がある場合、会社売却時の対価が残余財産の分配と同じように扱われ、優先株主が普通株主に先立って対価を受け取ることがあります。みなし清算条項のある種類株式では、M&Aが発生したときに種類株主が普通株主より先に一定額を受け取る設計となっており、普通株式との間に価値の差が生まれます。
ですから、「種類株式だから高い」「無議決権だから安い」「優先株式だから必ず普通株式より有利」といった単純な判断は危険です。
価値は、権利内容の組み合わせと、将来どのシナリオが起こるかによって変わるものなのです。
配当優先株式は、配当率だけで評価してはいけない
配当優先株式は、普通株式よりも優先して配当を受けられる株式です。
一見すると、優先配当率が定められていれば、その利回りを見るだけで価値を判断できそうに思えます。しかし実務では、それだけでは足りません。
なぜなら、配当は会社に利益や分配可能額がなければ、実際には支払えないからです。
優先配当が定められていても、会社の収益力が低い、資金繰りが厳しい、分配可能額が不足している、契約上または金融機関との関係で配当が制限される。こうした事情があれば、予定どおりの配当キャッシュ・フローを前提に置くことはできません。
未払い配当が累積するかどうかも重要です。累積型であれば、未払い分が将来へ持ち越されるため、普通株式に比べて保護性が高まります。非累積型であれば、配当されなかった年度の優先配当は消えてしまい、その分だけ価値は低くなります。
さらに、参加型か非参加型かも確認しておきたいところです。
非参加型の優先株式は、優先配当を受けたあと、普通株主と同じように追加配当を受けない設計です。この場合、下振れには強い反面、上振れ益への参加は限定されます。これに対して参加型の優先株式は、優先配当を受けたうえで、さらに普通株主とともに追加分配を受けられるため、普通株式よりも経済的に強い権利となり得ます。
つまり配当優先株式の評価では、配当率そのものよりも、実際に配当が支払われる可能性、未払い時の扱い、普通株主との追加分配関係を確認することが欠かせないのです。
残余財産分配優先権は、M&A価格の分け方を変える
優先株式の評価でとりわけ重要になるのが、残余財産分配優先権です。
これは、会社の清算時に、普通株主より先に一定額の分配を受けられる権利です。スタートアップやVC投資では、会社が実際に清算する場合だけでなく、M&Aによる株式譲渡や事業売却を「清算に準じる事象」とみなし、売却対価の分配にまで優先権を及ぼす設計が用いられることがあります。
この設計があると、M&A価格の見え方が大きく変わります。
会社全体の売却価格が同じであっても、普通株主と優先株主に帰属する金額は同じではありません。まず優先株主が投資額や一定倍率を回収し、その残りを普通株主と分ける設計であれば、売却価格が低い場面では普通株主の取り分が大きく圧縮されることになります。
逆に、売却価格が十分に高い場合には、優先株式を普通株式に転換したほうが有利になることもあります。このとき優先株主は、「優先分配を受ける」か「普通株式に転換して持株割合に応じた分配を受ける」かを選ぶことになります。
このような株式は、単純な1株当たり価値ではなく、売却価格のシナリオごとに分配額を確認していく必要があります。
優先株式の価値は、会社全体の企業価値だけでは決まりません。企業価値がどの水準にあるとき、どの株主が、どの順番で、どれだけ受け取るのか。そこまで見て、はじめて決まるものなのです。
議決権がない株式は、必ず安くなるのか
無議決権株式は、一般に普通株式より価値が低いと考えられがちです。
しかし、これも一律には判断できません。
議決権がないことは、会社支配や意思決定への関与という点ではマイナス要因です。ただ、無議決権である代わりに配当優先権や残余財産分配優先権が付されていれば、経済的な権利はむしろ普通株式より強いこともあります。
また、非上場会社では、議決権の価値を市場価格から直接観察することが困難です。上場株式であれば、議決権の有無による市場価格差を参考にできる場合もありますが、非上場会社では流動性がなく、株主間の関係、支配構造、譲渡制限、契約上の権利が価値に強く影響します。
税務上も、無議決権株式を常に機械的にディスカウントするわけではありません。国税庁の整理では、相続等により取得した種類株式について、配当優先の無議決権株式、社債類似株式、拒否権付株式の評価方法が示されています。配当優先の無議決権株式については、類似業種比準方式では株式の種類ごとに配当金を計算し、純資産価額方式では配当優先の有無にかかわらず財産評価基本通達185の定めにより評価すること、そして無議決権株式については原則として議決権の有無を考慮せずに評価することが整理されています。出典:国税庁|種類株式の評価について(情報) 出典:国税庁|相続等により取得した種類株式の評価について(照会)
ただし、これはあくまで相続等により取得した種類株式の評価に関する税務上の取扱いであり、M&Aにおける交渉価格や投資価値をそのまま決めるものではありません。
M&A価格を判断する場面では、無議決権であることの不利さと、経済的優先権の有利さを、分けて考える必要があります。
拒否権・取締役選任権は、数字にしにくいが無視できない
種類株式には、特定の事項について種類株主総会の承認を必要とする権利や、特定の種類株主が取締役・監査役を選任できる権利が付されることがあります。
これらは、キャッシュ・フローを直接増やす権利ではありません。
それでも、会社の重要な意思決定に影響を与える権利です。
たとえば、一定の資金調達、組織再編、重要資産の譲渡、定款変更、取締役選任、M&Aの承認などに拒否権があれば、その種類株主は、単なる少数株主とは異なる交渉力を持つことになります。
このような権利は、DCFのような通常の評価モデルには直接組み込みにくい論点です。だからといって、価値判断から除外してよいわけではありません。
実務では、次のように整理していきます。
まず、その権利が経済的リターンにどう影響するかを確認します。拒否権によって不利な条件でのM&Aを止められるのか、希薄化を防げるのか、経営方針への関与を通じて投資価値を守れるのか。こうした点を見ます。
次に、その権利が実際に行使される可能性を確認します。権利が定款上は存在していても、株主間契約や投資契約との関係、投資家との交渉力、会社の資金需要によって、実際の影響力は変わってきます。
最後に、価格として反映すべきか、それとも契約条件として反映すべきかを切り分けます。すべての権利差を無理に価格差として数値化するのではなく、価格レンジ、前提条件、交渉条件、契約条項のなかで説明する。これが実務では大切になります。
取得請求権・取得条項は、株式を債券的にもオプション的にもする
種類株式には、株主が会社に対して取得を請求できる権利や、会社が一定の事由により株式を取得できる権利が付されることがあります。
取得対価は、金銭の場合もあれば、普通株式の場合もあります。
金銭を対価とする取得請求権がある場合、その株式は、一定の条件で会社から金銭を回収できる性格を帯びます。これは、普通株式よりも債券に近い性格といえます。
一方、普通株式を対価とする取得請求権や転換権がある場合、その株式は、将来の株式価値上昇に参加するオプション的な性格を持ちます。普通株式への転換条件、転換価額、希薄化防止条項、行使時期によって、その価値は変わってきます。
買収ファイナンスやメザニン投資で用いられる優先株式では、金銭を対価とする取得請求権、普通株式を対価とする取得請求権、取得条項、優先配当、残余財産分配請求権などが組み合わされ、投資家の想定リターンや回収順位を発行要項・投資契約に反映することがあります。
こうした株式の評価では、「株式だから株主資本コストで割り引く」「固定的な回収権があるから債券利回りで見る」といった単純な整理では足りません。
債券的な部分、普通株式的な部分、オプション的な部分。これらを分けて考えていく必要があります。
種類株式の評価では、まず会社全体の価値を出し、その後に価値を配分する
種類株式の評価では、いきなり種類株式1株の価格を計算しようとすると、かえって混乱します。
先に整理すべきは、会社全体の価値です。
事業価値、非事業資産、有利子負債、余剰資金、簿外債務、税務影響などを確認し、企業価値または株主価値を把握します。そのうえで、その株主価値が普通株式と種類株式にどう配分されるのかを見ていきます。
種類株式に普通株主より優先する権利がある場合は、まず種類株主に帰属する価値を把握し、その残余が普通株主に帰属する価値となる。これが基本的な考え方になります。
この順番を誤ると、普通株式の価値を過大に評価したり、優先株式の保護価値を見落としたりすることになります。
とくに会社売却時の価格判断では、次の順序で確認していくことが重要です。
まず、会社全体としてどの価格レンジが妥当かを確認します。
次に、その価格レンジごとに、各種類株式がどのような分配を受けるかを確認します。
さらに、優先株主が優先分配を選ぶのか、それとも普通株式への転換を選ぶのかを確認します。
そして最後に、普通株主、優先株主、既存株主、買主、税務・会計上の説明先に対して、なぜその価格配分になるのかを説明できる状態にしておきます。
評価手法は、権利内容と評価目的で選ぶ
種類株式の評価には、いくつかの考え方があります。
大切なのは、最初から高度なモデルを使うことではありません。評価目的と権利内容に照らして、どの方法がもっとも説明しやすいかを判断することです。
普通株式を基礎に調整する方法
普通株式と種類株式の経済的差異が限定的な場合には、普通株式の価値を基礎としつつ、議決権、配当、転換条件、流動性などの差異を調整する方法が考えられます。
この方法は、差異が小さい場合には使いやすい反面、優先分配や転換権が大きな価値を持つ場合には不十分になります。
キャッシュ・フローの期待値を見積もる方法
種類株式から得られる配当、償還、売却時分配、転換後の分配といった期待キャッシュ・フローを見積もり、リスクに応じた割引率で現在価値を計算する方法です。
種類株式は複雑な条件を設定できるため、条件に応じて評価方法は異なりますが、基本にあるのは、その種類株式から得られるキャッシュ・フローの期待値を計算するという考え方です。
現在価値法
現時点の企業価値を前提に、清算・M&Aが起こったと仮定して、優先分配額と普通株式への転換価値のいずれが有利かを見ながら価値を配分する方法です。
シンプルで説明しやすい一方、将来の成長や複数シナリオを十分に反映しにくいという面があります。
オプション価格法
優先株式や普通株式を、会社全体の企業価値に対するオプションのように捉える方法です。残余財産分配優先権や転換権があり、企業価値の水準によって株主間の取り分が変わる場合に有用です。
確率加重期待リターン法
IPO、M&A、清算、資金調達の継続といった複数の将来シナリオを設定し、それぞれの発生確率と各種類株式への分配額を見積もって現在価値を算定する方法です。
スタートアップや高成長企業のように、出口シナリオによって価値配分が大きく変わる場合に検討されます。
ハイブリッド法
現在価値法、オプション価格法、確率加重期待リターン法などを組み合わせる方法です。単一のモデルでは説明しにくい場合に、複数の前提を組み合わせて評価します。
種類株式の評価事例では、現在価値法、オプション価格法、確率加重期待リターン法、ハイブリッド法といった手法が取り上げられています。普通株式の評価を基礎にした単純な計算だけではなく、将来シナリオごとの分配額の期待値を見るという考え方が、ここでは重要になります。
税務上の評価とM&A価格は分けて考える
種類株式の評価では、税務上の評価とM&A価格を混同しないことが重要です。
税務上の評価は、相続、贈与、同族関係者間取引、法人・個人間取引、自己株式取得、組織再編などで問題になります。とくに非上場株式では、普通株式であっても、評価目的や取引当事者によって税務上の時価判断が難しくなります。種類株式がある場合には、その権利内容まで踏み込んで確認しなければなりません。
一方、M&A価格は、売主と買主が取引条件として合意する価格です。
税務上の評価額が、そのままM&A価格になるわけではありません。逆に、M&Aで合意した価格が、常に税務上も問題のない価格になるとも限りません。
とくに、親族間、同族会社間、役員・従業員との取引、投資家との資本政策、自己株式取得などでは、低額譲渡、高額譲渡、受贈益、寄附金、みなし贈与、みなし配当といった論点が生じ得ます。
ですから、種類株式の取引価格を決めるときは、次の3つを分けて検討する必要があります。
1つ目は、経済価値としていくらか。
2つ目は、取引価格としていくらで合意するか。
3つ目は、税務上・会計上・会社法上、その価格をどう説明できるか。
この3つを混同すると、取引時には合意できても、後から税務調査、株主間紛争、会計処理、監査対応、金融機関への説明といった場面で問題になることがあります。
会計上の種類株式評価は、取引価格そのものではない
種類株式は、会計上も普通株式と同じようには扱えない場合があります。
ASBJの整理では、種類株式について、債券と同様の性格を持つと考えられるもの、市場価格のあるもの、市場価格のないものなどに分けて、保有者側の貸借対照表価額や減損処理の考え方が示されています。また、2025年改正の実務対応報告では、種類株式の定義について、会社法第108条第1項を参照する形に見直されています。出典:ASBJ|実務対応報告第10号 種類株式の貸借対照表価額に関する実務上の取扱い
ただし、会計上の貸借対照表価額や減損判定上の実質価額は、M&Aの交渉価格そのものではありません。
M&A価格を判断する場面では、取引目的、買主のシナジー、支配権、投資契約、株主間契約、税務上の時価、会計上の処理を、それぞれ分けて確認していく必要があります。
種類株式の評価で起こりやすい誤解
種類株式の評価では、次のような誤解が起こりやすくなります。
発行価額がそのまま現在価値であるという誤解
種類株式の発行価額は、発行時点の交渉条件を反映した価格です。
発行後に会社の業績、資金繰り、事業計画、出口可能性、資本政策、投資契約上の権利行使可能性が変われば、現在価値もまた変わります。
発行価額をそのまま現在の時価として使うには、発行時から評価時点までの変化が重要でないことを説明できなければなりません。
議決権割合だけで支配力を判断する誤解
種類株式がある場合、議決権割合だけでは支配力を判断しきれません。
拒否権、種類株主総会、取締役選任権、重要事項の承認権、投資契約上の同意権などがあれば、議決権割合が小さくても重要な影響力を持つことがあります。
逆に、議決権が多くても、経済的な分配順位では不利なこともあります。
優先株式は常に普通株式より高いという誤解
優先株式は、下振れ局面では普通株式より保護されやすい一方、上振れ局面では普通株式への転換をしなければアップサイドが限定されることがあります。
非参加型、償還上限付き、固定配当型の優先株式は、債券的な性格が強く、会社価値が大きく上昇しても、普通株式ほどには価値が伸びないことがあります。
無議決権株式は常に普通株式より安いという誤解
無議決権であっても、配当優先や残余財産分配優先があれば、経済的価値は普通株式を上回る可能性があります。
逆に、経済的権利が普通株式と同じで議決権だけがない場合には、支配権・流動性・譲渡可能性を踏まえた調整が問題になります。
税務上の評価方法をM&A価格にそのまま使えるという誤解
税務上の評価は、課税目的に応じた評価です。
M&A価格は、売主と買主の交渉、シナジー、リスク、契約条件、資金調達、DD発見事項を反映した取引条件です。
両者は接点を持ちますが、同じものではありません。
M&Aで種類株式がある場合に確認すべき事項
M&Aの対象会社に種類株式がある場合、普通株式だけの会社よりも、価格判断の前提確認が重要になります。
まず、定款を確認します。種類株式の内容は定款に定められるため、配当、残余財産分配、議決権、取得請求、取得条項、拒否権、取締役選任権などを押さえます。
次に、発行要項を確認します。払込金額、優先配当、累積・非累積、参加・非参加、取得価額、転換条件、調整条項といった内容が、価格に直結します。
さらに、株主間契約や投資契約を確認します。定款だけでは分からない拒否権、同意権、優先交渉権、共同売却権、売却請求権、みなし清算条項、希薄化防止条項が定められていることがあります。
そして、資本政策表を確認します。現在の株式数だけでなく、普通株式換算後の株式数、潜在株式、新株予約権、ストックオプション、将来ラウンドでの希薄化まで見ておきます。
最後に、M&A時の分配シミュレーションを行います。会社全体の売却価格が複数のレンジになった場合に、普通株主、優先株主、新株予約権者、その他投資家にいくら帰属するかを確認します。
この確認をしないまま会社全体の株式価値だけを見てしまうと、「会社の価格」と「各株主が実際に受け取る金額」とが大きくずれてしまうことがあります。
種類株式の評価は、価格交渉だけでなく説明責任の問題である
種類株式の評価は、買主と売主の価格交渉だけの問題ではありません。
資本政策上、既存株主にどう説明するか。投資家にどう説明するか。後継者や親族株主にどう説明するか。金融機関にどう説明するか。税務上の時価としてどう説明するか。会計処理上、保有株式や取得対価をどう整理するか。取締役会や株主総会で、なぜその価格・比率・分配が妥当と判断したのかをどう残すか。
ここまで見据えておく必要があります。
とくに、M&Aや資本政策の場面では、「全体として会社はいくらか」だけでは足りません。本当に重要なのは、その価値が誰に、どの順番で、どの条件で帰属するのかです。
種類株式がある会社では、同じ企業価値であっても、普通株主に帰属する価値と優先株主に帰属する価値は異なります。
この違いを説明できない評価は、実務判断の材料としては不十分だといえます。
普通株式と同じ価格で評価してよい場合、慎重に分けるべき場合
普通株式と同じ価格で評価してよい可能性があるのは、種類株式と普通株式の経済的権利が実質的に同じ場合です。
たとえば、配当、残余財産分配、議決権、転換条件、取得条件に実質的な差がなく、普通株式への転換も1対1で、追加的な優先権や拒否権が価格に重要な影響を与えない場合です。
一方で、次のような場合には、普通株式とは分けて評価する必要性が高くなります。
- 配当優先がある場合
- 累積配当がある場合
- 残余財産分配優先権がある場合
- M&Aをみなし清算事由とする条項がある場合
- 普通株式への転換権がある場合
- 転換価額の調整条項がある場合
- 金銭または普通株式を対価とする取得請求権がある場合
- 会社側の取得条項がある場合
- 議決権制限がある場合
- 拒否権や種類株主総会の承認事項がある場合
- 取締役選任権がある場合
- 投資契約や株主間契約に売却時の分配条項がある場合
このような権利がある場合、普通株式と同じ価格にするのであれば、「なぜ同じでよいのか」を説明できなければなりません。
同じ価格にすること自体が、常に誤りなのではありません。
問題は、権利内容を確認しないまま、同じ価格にしてしまうことにあります。
種類株式評価を相談する前に整理しておきたい資料
種類株式・優先株式の評価を専門家に相談する場合、少なくとも次の資料を整理しておくと、論点を把握しやすくなります。
- 定款
- 種類株式の発行要項
- 株主名簿
- 資本政策表
- 株主間契約
- 投資契約
- 新株予約権・ストックオプションの発行資料
- 過去の資金調達資料
- 過去の株式譲渡・第三者割当・自己株式取得の資料
- 直近決算書・申告書
- 月次試算表
- 事業計画
- 借入金一覧
- M&Aや資本政策を検討している場合の想定スキーム
- 希望する取引価格や評価目的
- 税務上、会計上、会社法上の説明先
このなかでもとくに重要なのが、定款、発行要項、株主間契約、投資契約です。
種類株式の価値は、決算書だけでは見えてきません。権利内容を定めた資料を確認して、はじめて普通株式との価値差を検討できるのです。
まとめ|種類株式の評価は、会社価値を誰に配分するかの判断である
種類株式・優先株式は、普通株式と同じ価格で考えてよい場合もあります。
ただし、それは権利内容を確認した結果として判断されるべきものです。
配当優先、残余財産分配優先、みなし清算条項、取得請求権、取得条項、転換権、拒否権、取締役選任権などがある場合、その株式は、普通株式とは異なるキャッシュ・フローや交渉力を持ちます。
ですから評価では、単に会社全体の価値を出すだけでは足りません。
会社全体の価値を把握したうえで、各種類株式にどの価値が帰属するのかを分解していく必要があります。
M&A、承継、資本政策、投資回収、自己株式取得、株主整理といった場面では、種類株式の評価を誤ると、価格交渉だけでなく、税務、会計、会社法、株主間の説明責任にまで影響が及びます。
「普通株式と同じでよいか」を判断するためには、少なくとも、権利内容、評価目的、会社全体の価値、将来シナリオ、分配順位、税務・会計上の取扱いを整理しておくことが欠かせません。
種類株式・優先株式が関係するM&A、資本政策、株主間取引、承継対策では、評価額を出すこと以上に、「なぜその価格で説明できるのか」を整理することが重要になります。
犬飼公認会計士・税理士事務所では、M&A・資本政策・非上場株式評価・種類株式評価に関する論点整理、価格判断、税務・会計面を踏まえた相談対応を行っています。種類株式や優先株式が関係する取引で、普通株式と同じ価格でよいのか、株主間でどのように説明すべきか、税務上の時価や会計上の取扱いも含めて整理したい場合は、お問い合わせページからご相談ください。
重要事項の振り返り
| 論点 | 確認すべきこと |
|---|---|
| 普通株式と同じ価格でよいか | 権利内容、転換条件、配当、残余財産分配、議決権に実質的な差があるか |
| 配当優先 | 優先配当率、累積・非累積、参加・非参加、分配可能額、支払可能性 |
| 残余財産分配優先 | 清算時・M&A時の分配順位、優先倍率、みなし清算条項の有無 |
| 議決権・拒否権 | 議決権割合だけでなく、種類株主総会、拒否権、取締役選任権を確認 |
| 取得請求権・取得条項 | 金銭取得、普通株式取得、取得価額、行使条件、会社の資金制約 |
| 転換権 | 転換価額、転換比率、希薄化防止条項、転換した方が有利となる水準 |
| 評価手法 | 普通株式基礎調整、期待キャッシュ・フロー、現在価値法、オプション価格法、確率加重法などを目的に応じて選択 |
| 税務上の評価 | M&A価格とは別に、相続・贈与・同族間取引・自己株式取得等の税務上の時価を確認 |
| 会計上の評価 | 保有者側の貸借対照表価額、減損、債券類似性、市場価格の有無を確認 |
| 実務上の結論 | 種類株式の評価は、会社全体の価値を各株主にどう配分するかを説明する作業である |