相続対策を考えるとき、多くの方がまず知りたいと思われるのは、「相続税はいくらかかるのか」という点ではないでしょうか。
たしかに、相続税の概算を把握しておくことは大切です。税額の見通しがなければ、納税資金をどの程度準備すべきか、遺産分割で誰がどの財産を取得するのが望ましいか、あるいは生前贈与や遺言を検討すべきかといった判断が、いずれも難しくなってしまうからです。
とはいえ、相続税の試算は、通帳残高や固定資産税評価額を単純に合計する作業ではありません。
試算において本当に重要なのは、財産・債務・権利関係を整理したうえで、「税額に影響する財産は何か」「評価に不確実性がある財産はどれか」「納税資金として使える財産はどれか」「遺産分割で問題になりやすい財産はどれか」を、目に見える形にしておくことです。
つまり、財産の棚卸しは、相続税額を出すためだけの作業ではないということです。家族関係、納税資金、遺産分割、二次相続、財産評価、そして申告後の説明可能性までを整理する、いわば「現在地の確認」にあたります。
財産の棚卸しを行うことで、相続対策の必要性や問題点、そして取り得る対応策が見えてきます。被相続人と相続人が、ともに現在地を確認できる。ここに、棚卸しの実務上の意義があります。
財産の棚卸しは「相続税がかかるか」だけを見るものではない
相続税がかかるかどうかは、正味の遺産額が基礎控除額を超えるかどうかが出発点になります。
基礎控除額は、現在「3,000万円+600万円×法定相続人の数」で計算されます。正味の遺産額がこの金額を超える場合に、相続税の課税対象となります。
ここで一つ注意しておきたいのは、「基礎控除を超えるかどうか」だけで相続のリスクを判断しない、ということです。
たとえば、相続税がかからない見込みであっても、次のような問題は起こり得ます。
- 不動産を共有にしたことで、将来の管理や売却が難しくなる
- 過去の贈与をめぐって、相続人の間に不公平感が生じる
- 親族名義の預金が、実質的には被相続人の財産ではないかと問題になる
- 自宅や賃貸不動産の評価根拠を、後から説明できない
- 同族会社への貸付金や株式の扱いが整理されていない
- 相続登記や金融機関での手続きが、なかなか進まない
- 二次相続で、税負担や納税資金の問題が大きくなる
反対に、相続税が発生する見込みであっても、財産の内容、納税資金、遺産分割の方針が整理できていれば、相続が起きたあとの混乱を抑えられることがあります。
そこで財産の棚卸しでは、まず次の3つを分けて整理します。
- 相続税の課税対象になり得る財産
- 遺産分割や家族間の納得に影響する財産
- 納税資金や、相続後の生活・資産管理に影響する財産
この3つは重なり合う部分もありますが、同じではありません。たとえば生命保険金は、民法上の遺産分割の対象とは異なる扱いになりやすい一方で、相続税の上ではみなし相続財産として課税対象になる場合があります。生命保険金や死亡退職金は、本来の相続財産ではないものの、相続税法上は相続または遺贈により取得したものとみなして相続税額を計算するのです。
相続税試算の大まかな流れ
相続税の試算は、おおむね次の順序で進めていきます。
まず、相続人を確認します。次に、財産と債務を洗い出します。そのうえで、相続税評価額を概算します。
さらに、生命保険金・死亡退職金などのみなし相続財産、債務控除、葬式費用、生前贈与加算、相続時精算課税の贈与財産を反映させます。
最後に、基礎控除、相続税の総額、各人の税額、そして税額控除や特例の影響を確認します。
国税庁の整理でも、相続税の一般的な計算は、各人の課税価格を計算し、その合計額から基礎控除額を控除したうえで、法定相続分に応じて相続税の総額を求め、各人の取得割合に応じて税額を配分する、という流れになっています。
ただ、ここで重視したいのは、計算式そのものではありません。
試算の精度を左右するのは、計算ソフトに数字を入力する前の「事実確認」です。たとえば、次のような誤りです。
- 不動産の利用状況を取り違える
- 名義預金を見落とす
- 死亡保険金の受取人や保険料負担者を確認しない
- 同族会社株式を概算に入れていない
- 贈与履歴を整理していない
- 債務や保証債務を一括りに扱ってしまう
- 相続人の人数や養子の扱いを誤る
こうした前提のずれがあると、相続税試算は見た目こそ整っていても、実務の判断には使いにくいものになってしまいます。
棚卸しで最初に作るべき「財産一覧」は、金額表ではなく判断表
相続対策の相談で役立つ財産一覧は、単なる金額表ではありません。
次のような項目を備えた「判断表」として整理しておくことが大切です。
| 区分 | 整理すべき内容 |
|---|---|
| 財産の種類 | 不動産、預貯金、有価証券、保険、貸付金、同族会社株式など |
| 名義人 | 本人名義、配偶者名義、子・孫名義、共有名義、法人名義など |
| 実質所有者 | 名義と実質が一致しているか |
| 概算評価額 | 相続税評価額の概算、または時価の参考額 |
| 評価の不確実性 | 評価単位、利用状況、権利関係、資料不足など |
| 換金可能性 | すぐ使える資金か、売却が必要か、換金困難か |
| 取得予定者 | 誰が取得するのが現実的か |
| 分割リスク | 共有、不公平感、遺留分、代償金の問題 |
| 税務調査リスク | 名義財産、贈与履歴、評価根拠、同族取引など |
| 必要資料 | 通帳、登記簿、固定資産資料、保険証券、決算書など |
相続税試算では、数字を並べるだけでなく、「どの数字が確定に近いのか」「どの数字は仮置きなのか」「どの財産に追加調査が必要なのか」を分けておく必要があります。
とりわけ不動産や非上場株式は、現預金のように残高を確認すれば終わる、というわけにはいきません。
不動産は、現況、利用単位、地目、権利関係、法規制、賃貸状況によって評価が変わります。非上場株式も、株主構成、同族株主の判定、会社規模、決算内容、土地や有価証券の保有状況などによって評価方式が変わります。非上場株式の評価では、評価しようとする株主ごとに、その会社の経営に影響力を持つ同族株主に該当するかどうかを判定しなければなりません。
不動産の棚卸しで確認すべきこと
不動産は、相続税試算で最も差が出やすい財産の一つです。
固定資産税課税明細書に記載された評価額を、そのまま相続税評価額として使ってしまうと、実際の相続税評価とずれてしまうことがあります。
土地は、路線価方式または倍率方式で評価するのが基本です。家屋は、原則として固定資産税評価額に1.0を乗じて評価します。
分譲マンションは、敷地利用権と区分所有権の合計で評価しますが、令和6年1月1日以後に相続・遺贈・贈与で取得した居住用の区分所有財産については、区分所有補正率を用いた評価が必要となる場合があります。
出典:国税庁|No.4602 土地家屋の評価
出典:国税庁|No.4667 居住用の区分所有財産の評価
不動産の棚卸しでは、少なくとも次の資料を確認します。
- 固定資産税課税明細書
- 名寄帳
- 登記事項証明書
- 公図、地積測量図、建物図面
- 賃貸借契約書
- 地代・家賃の入金状況
- 共有者の有無
- 抵当権など担保権の有無
- 都市計画、用途地域、道路付け、建築制限
- 現況写真、利用状況
土地の評価では、地目判定、評価単位、路線価方式・倍率方式、画地補正、貸家建付地、貸宅地、借地権、使用貸借、不合理分割など、さまざまな論点が問題になります。評価通達7、7-2、9などに関連して、異なる地目の土地を一体で評価するか、同一地目の連続する土地をどこまで一つの単位とするか、土地に存在する権利をどう見るかが重要になってきます。
ですから、相続税試算の段階では、不動産について「評価額を確定させる」ことよりも、まず「どの不動産の評価に専門的な検討が必要か」を見分けることが大切です。
たとえば、次のような不動産は、簡易な試算だけで判断しない方がよい典型例です。
- 複数筆が一体で利用されている土地
- 自宅と駐車場、農地、山林、雑種地が隣接している土地
- 賃貸アパートや貸家の敷地
- 親族や同族会社に貸している土地
- 使用貸借の土地
- 共有不動産
- 無道路地、私道、セットバックがある土地
- 広い土地、地積規模の大きな宅地の可能性がある土地
- 農地、生産緑地、貸地、借地権
- 分譲マンション、タワーマンション
- 土壌汚染、埋蔵文化財、がけ地、高圧線下地など特殊事情のある土地
不動産は、税額だけでなく、遺産分割や納税資金にも直結します。評価額が大きいのに換金しにくい不動産、共有にすると管理が難しくなる不動産、売却までに時間がかかる不動産は、早い段階で整理しておく必要があります。
なお、令和6年4月1日から相続登記が義務化されており、不動産を相続したことを知った日から3年以内に登記しなければなりません。義務化前の相続も対象とされ、正当な理由なく義務に違反した場合には、10万円以下の過料が科される可能性があります。
相続税試算のための不動産整理は、将来の登記・売却・管理にもつながっていく作業だといえます。
預貯金の棚卸しで確認すべきこと
預貯金は、一見すると最も分かりやすい財産です。
ところが実務上は、申告漏れや名義財産の問題が最も出やすいのが、この預貯金の領域です。
本人名義の普通預金、定期預金、外貨預金だけでなく、配偶者名義、子名義、孫名義の預金についても、資金の原資や管理状況を確認しておく必要があります。
子や孫名義の財産であっても、実質的に被相続人の財産と認められる場合には、被相続人の相続財産に加算して相続税が計算されることになります。
名義預金を検討する際は、次の点が重要になります。
- 資金の出どころは誰か
- 贈与契約はあったか
- 受贈者は贈与を認識していたか
- 通帳・印鑑・キャッシュカードを誰が管理していたか
- 贈与税の申告や納税があったか
- 預金の利息や運用収益を誰が把握していたか
- 本人が自由に使える状態だったか
- 過去に大きな資金移動はなかったか
預貯金の調査では、通帳や残高証明書だけでなく、取引履歴が重要です。相続開始時点の残高だけを見ても、直前の引出し、家族名義口座への移動、保険料の支払い、有価証券の購入、貸付金の発生といった動きまでは分からないからです。
財産調査では、預貯金通帳、取引履歴、相続開始日の残高証明書、定期預金証書、貸金庫、確定申告書などを確認し、名義預金の有無や満期保険金、一時所得の有無まで調べていく必要があります。
試算の段階でも、預貯金については次のように分けて整理しておくと実務的です。
- 本人名義で、残高が明確なもの
- 本人名義だが、取引履歴の確認が必要なもの
- 家族名義だが、本人の資金が流入している可能性があるもの
- 贈与済みと考えているが、証拠の確認が必要なもの
- 貸金庫や現金保管の可能性があるもの
この区分をしないまま「本人名義の通帳残高だけ」で試算してしまうと、申告の要否や税額を誤る可能性があります。
有価証券の棚卸しで確認すべきこと
有価証券は、証券会社の残高報告書を確認すれば足りるように見えます。
しかし実務上は、上場株式、投資信託、債券、外貨建資産、NISA口座、特定口座、一般口座、未受領配当、貸株、FX取引と、確認すべき範囲が思いのほか広がっていきます。
有価証券の棚卸しでは、次の資料を確認します。
- 証券会社の残高報告書
- 特定口座年間取引報告書
- 取引明細書
- 配当金・利息の入金口座
- 確定申告書
- 贈与税申告書
- 過去の相続税申告書
- 外貨建資産の明細
- NISA口座の有無
- FXや信用取引の有無
有価証券には、上場株式、非上場株式、投資信託、国債、社債、FX取引などさまざまな種類があり、被相続人の運用状況を関係者から確認していくことが重要です。とくに、証券会社からの取引明細、残高報告書、特定口座年間取引報告書、確定申告書などを確認しておく必要があります。
ここで注意したいのは、相続税試算と、相続後の譲渡所得税は別の問題だということです。
相続税試算では相続開始時の評価額を確認しますが、相続後に売却する場合には、取得費、取得時期、譲渡所得税、取得費加算の特例などが関係してきます。含み益の大きい有価証券を誰が取得するかは、相続税だけでなく、相続後の資産処分や納税資金にも影響します。
ですから相続税試算の段階では、少なくとも「評価額」と「売却した場合の資金化可能額」を分けて見ておくべきです。
生命保険の棚卸しで確認すべきこと
生命保険は、相続対策でよく使われる財産ですが、棚卸しではとくに丁寧な確認が必要です。
死亡保険金は、被相続人が保険料を負担していた場合、相続等により取得したものとみなされ、相続税の課税対象になります。受取人が相続人である場合には「500万円×法定相続人の数」の非課税限度額がありますが、相続人以外が取得した死亡保険金には、この非課税の適用はありません。
出典:国税庁|No.4114 相続税の課税対象になる死亡保険金
生命保険の棚卸しでは、保険金額だけでなく、次の関係を確認します。
- 契約者
- 被保険者
- 受取人
- 保険料負担者
- 契約者変更の履歴
- 受取人変更の履歴
- 解約返戻金の有無
- 保険契約者貸付の有無
- 法人契約か個人契約か
- 死亡保険金か、生命保険契約に関する権利か
生命保険の税務では、保険料負担者と受取人の関係が重要になります。契約者や被保険者も登場するため、契約者変更があるたびに、課税関係を確認しておく必要があります。
相続対策では、生命保険を納税資金や代償金の原資として活用できる場合があります。ただし、受取人の指定の仕方によっては、相続人の間に不公平感が生じることもあります。
棚卸しでは、生命保険を次のように整理しておきます。
- 相続税上の課税対象になる死亡保険金
- 非課税枠の対象になる死亡保険金
- 相続人以外が受け取る死亡保険金
- 解約返戻金として評価すべき保険契約
- 契約者変更・保険料負担者に注意が必要な保険
- 納税資金や代償資金として使える保険
「保険に入っているから安心」ではなく、「誰が受け取り、何に使える資金なのか」まで確認しておくことが大切です。
債務・葬式費用の棚卸しで確認すべきこと
相続税試算では、財産だけでなく、債務も整理します。
相続税を計算するときは、被相続人が残した借入金などの債務を、遺産総額から差し引くことができます。控除できるのは、被相続人が死亡した時点で現に存在し、確実と認められる債務です。また、葬式費用は債務ではありませんが、相続税の計算上は遺産総額から差し引くことができます。
棚卸しで確認すべき債務には、次のようなものがあります。
- 金融機関からの借入金
- 住宅ローン、アパートローン
- 未払医療費、未払介護費用
- 未払固定資産税、住民税、所得税
- 事業上の未払金
- 同族会社からの借入金
- 保証債務
- 敷金・保証金の返還債務
- 葬式費用
注意したいのは、保証債務です。保証債務は、原則として債務控除の対象になりません。ただし、主たる債務者が弁済不能で、保証人が履行しなければならず、求償しても弁済を受ける見込みがない場合には、その弁済不能部分が債務控除の対象になることがあります。
出典:国税庁|No.4126 相続財産から控除できる債務(保証債務及び連帯債務)
相続税試算で債務を整理するときは、「契約上の債務」と「税務上控除できる債務」を分けて見ておく必要があります。
また、借入金がある場合には、債務控除で相続税が下がるという点だけを見るのではなく、相続人が返済を続けられるのか、収益不動産の収支が成り立つのか、売却が必要になるのかまで確認しておきます。
贈与履歴の棚卸しで確認すべきこと
相続税試算で見落とされやすいのが、過去の贈与履歴です。
「毎年110万円以内で贈与してきたから問題ない」とお考えの方もいらっしゃいますが、試算では、相続開始前贈与の加算や、相続時精算課税の適用状況まで確認しておく必要があります。
令和6年1月1日以後の暦年課税贈与については、相続開始前7年以内の贈与により取得した財産が加算対象になります。ただし、相続開始の日が令和9年1月2日以後となる場合には、相続開始前3年以内の贈与以外の部分について、一定の100万円控除があります。
出典:国税庁|No.4161 贈与財産の加算と税額控除(暦年課税)
また、相続時精算課税を選択している場合には、特定贈与者からの贈与について、原則として暦年課税へ戻ることはできません。なお、令和6年1月1日以後の贈与については、相続時精算課税に係る基礎控除額110万円が設けられています。
贈与履歴の棚卸しでは、次の資料を確認します。
- 贈与契約書
- 贈与税申告書
- 贈与税の納付書
- 通帳の資金移動
- 不動産登記の履歴
- 株式名義変更の履歴
- 保険料負担の履歴
- 教育資金・結婚子育て資金の管理残額
- 相続時精算課税選択届出書
- 過去の相続税申告書
贈与履歴は、税務だけでなく、遺産分割にも影響します。
相続税上の贈与加算と、民法上の特別受益は、同じものではありません。相続税の計算では加算対象にならない古い贈与であっても、相続人の間では、不公平感や特別受益の問題として意識されることがあります。遺産分割では、特別受益に該当する贈与の有無、贈与の時期、対象物件、相続開始時の価額などを整理しておく必要があります。
ですから贈与履歴は、「税金のための一覧」ではなく、「家族の間で説明できる履歴」として整理しておくことが大切です。
同族会社資産の棚卸しで確認すべきこと
同族会社がある場合、相続税試算は大きく変わってきます。
被相続人が会社株式を持っていれば、その株式は相続財産です。さらに、会社への貸付金、会社からの借入金、会社に貸している不動産、会社契約の生命保険、役員退職金、死亡退職金なども関係してきます。
同族会社資産の棚卸しでは、次の資料を確認します。
- 株主名簿
- 定款
- 直近3期程度の決算書
- 法人税申告書
- 勘定科目内訳明細書
- 会社所有不動産の資料
- 役員借入金・役員貸付金の明細
- 生命保険契約の内容
- 退職金規程
- 取締役会・株主総会議事録
- 事業承継計画や後継者の有無
非上場株式の評価では、同族株主かどうか、中心的な同族株主かどうか、会社規模、類似業種比準価額、純資産価額、特定の評価会社に該当するかどうかなどを確認します。特定の評価会社には、比準要素数1の会社、株式等保有特定会社、土地保有特定会社、開業後3年未満の会社、休業中の会社、清算中の会社などがあり、一般の評価会社とは異なる評価方法が用いられます。
同族会社がある場合の相続税試算では、株式の評価額だけに注目するわけにはいきません。次のような点を、あわせて確認する必要があります。
- 後継者に株式を集中させる必要があるか
- 他の相続人に渡せる財産があるか
- 株式を取得する相続人が納税できるか
- 会社が自己株式の取得を検討できるか
- 会社への貸付金をどう扱うか
- 会社所有不動産の評価が、株式評価に影響するか
- 事業承継税制を検討する余地があるか
同族会社株式は、分けにくく、換金しにくく、しかも経営権に直結します。試算では、税額だけでなく、議決権と納税資金の両方を見ておかなければなりません。
相続税試算で「概算」と「精査」を分ける
相続税試算には、段階があります。
最初から、すべての財産について詳細評価を行う必要はありません。むしろ初期の段階では、全体像をつかむために概算で十分な場面もあります。
大切なのは、概算でよい部分と、早めに精査すべき部分を分けることです。
現預金や上場有価証券は、残高資料があれば比較的概算しやすい財産です。一方で、不動産、非上場株式、名義財産、同族会社との貸借、海外資産、過去の贈与については、概算の段階でもリスクマークを付けておくべきです。
試算では、次の3区分で整理しておくと実務的です。
| 区分 | 内容 | 対応 |
|---|---|---|
| A:金額が比較的明確な財産 | 預貯金、上場株式、投資信託、残高証明があるもの | 残高・評価日を確認して概算 |
| B:評価判断が必要な財産 | 不動産、非上場株式、貸付金、保険契約に関する権利 | 専門的評価が必要な論点を抽出 |
| C:存在・帰属自体に確認が必要な財産 | 名義預金、贈与済み財産、同族会社との資金移動、海外口座 | 資金原資・管理状況・契約関係を確認 |
概算試算でありがちな誤りは、BやCの財産を、Aのように扱ってしまうことです。たとえば、次のような処理です。
- 固定資産税評価額をそのまま入れてしまう
- 家族名義だからと除外してしまう
- 贈与したつもりだからと除外してしまう
- 非上場株式は価値がないはずと考えてしまう
- 保険金は非課税だからと入れない
こうした処理は、初期の判断を誤らせます。
概算の段階では、金額を一つに決め込むよりも、「低め・標準・高め」と幅を持たせて、税額と納税資金への影響を見ておくことが有効です。
相続税試算で確認すべき納税資金
相続税試算では、税額が分かるだけでは十分とはいえません。
その税額を、誰が、どの資金で、いつまでに納めるのか。ここまで確認しておく必要があります。
相続税の申告書の提出期限は、相続の開始があったことを知った日の翌日から10か月以内です。申告期限の日が土日祝日にあたる場合は、その翌日が期限となります。
不動産や非上場株式の割合が高い場合、相続税額は試算できても、現金で納税できないことがあります。納税資金対策が不十分だと、相続人は換金しやすい優良資産から処分せざるを得ず、結果として、本来残したい資産や活用しにくい資産だけが手元に残ってしまうこともあります。相続対策では、節税対策、納税資金対策、争族対策という3つの柱を、一体として考える必要があります。
納税資金の確認では、次の視点が重要です。
- 相続人ごとの納税額はいくらか
- 取得財産の中に現預金がどれだけあるか
- 死亡保険金を納税資金に使えるか
- 代償金の支払いと納税資金が重ならないか
- 不動産を売却する場合、申告期限までに売れるか
- 同族会社株式を取得する相続人に、納税資金があるか
- 延納・物納を検討する必要があるか
- 相続後の生活資金や事業資金を圧迫しないか
試算では、「総額として払えるか」ではなく、「各相続人が払えるか」を確認していきます。
遺産分割の視点から財産を棚卸しする
相続税試算では、税額の計算だけでなく、遺産分割のしやすさも確認しておく必要があります。
現預金は、分けやすい財産です。不動産は、分けにくい財産です。非上場株式は、分けると経営権が分散します。生命保険金は受取人に直接支払われるため、遺産分割とは異なる扱いになりやすい財産です。同族会社への貸付金は、額面上は財産であっても、回収可能性や会社の資金繰りといった問題を抱えています。
遺産分割の場面では、相続人の範囲、遺産の範囲、遺言の有効性、使途不明金、葬儀費用、遺産から生じた果実など、解決が難しい争点が実にさまざまな形で生じ得ます。
ですから財産一覧には、「分割しやすさ」という観点を入れておくべきです。
たとえば、不動産を長男が取得し、他の相続人に代償金を支払う場合には、長男に代償資金があるかどうかを確認しなければなりません。賃貸不動産を共有にする場合には、将来の修繕、売却、賃料の分配、さらには次の相続まで見据えて考える必要があります。
共有不動産では、使用方法、収益不動産の経費負担、賃料収入の分配、管理方法、共有関係の解消などが、紛争の典型的な論点になります。
相続税試算の結果、「税額は下がるが、分割が難しい」という状況になることもあります。逆に、「税額は少し増えるが、分割と納税はしやすい」という選択肢が見えてくることもあります。
相続対策では、税額だけでなく、後から家族に説明できる分割方針を考えることが大切です。
二次相続まで見据えた試算が必要な場面
一次相続だけの試算では、判断を誤ることがあります。
とくに配偶者がいる場合、配偶者の税額軽減によって、一次相続の税額を抑えられることがあります。しかし、配偶者に多くの財産を集中させてしまうと、二次相続では相続人の数が減り、基礎控除も小さくなり、納税資金が不足してしまうことがあります。
二次相続まで見ておくべき典型例は、次のとおりです。
- 配偶者が高齢である
- 配偶者自身にも財産がある
- 自宅や収益不動産を誰が取得するか迷っている
- 小規模宅地等の特例の適用関係が変わる可能性がある
- 一次相続では配偶者が納税しないが、二次相続で子が多額の納税をする可能性がある
- 配偶者が不動産管理を継続できるか不安がある
- 認知症や判断能力の低下が心配である
二次相続の試算では、一次相続で誰が何を取得するかを、複数のパターンで比較します。
- 配偶者に多く渡す案
- 子に一定割合を承継させる案
- 自宅を配偶者、収益不動産を子に分ける案
- 納税資金を子に多めに残す案
- 生命保険金や代償金を使う案
ここでも、単純に税額が最小となる案が最善とは限りません。配偶者の生活保障、子の納税資金、不動産の管理、そして家族間の納得を、あわせて検討する必要があります。
財産棚卸しで見落としやすい財産
相続税試算では、次のような財産が見落とされやすい傾向があります。
- 家族名義の預金
- 現金、貸金庫内の財産
- ネット銀行、ネット証券、暗号資産
- 未収家賃、未収配当、未収給与
- 同族会社への貸付金
- ゴルフ会員権
- 著作権、特許権などの権利
- 海外預金、海外不動産、外国株式
- 保険契約に関する権利
- 死亡退職金、弔慰金、小規模企業共済
- 生前贈与加算の対象財産
- 相続時精算課税の適用財産
- 農地や事業用資産の納税猶予対象財産
国税庁は、相続税がかかる財産について、現金、預貯金、有価証券、宝石、土地、家屋のほか、貸付金、特許権、著作権など、金銭に見積もることができる経済的価値のあるものすべてを含む、と説明しています。また、死亡保険金、死亡退職金、生前贈与加算の対象財産、相続時精算課税の適用財産なども、相続税の対象になる場合があります。
とくに近年は、ネット銀行、ネット証券、暗号資産など、紙の資料だけでは把握しにくい財産も増えています。FX取引ではレバレッジがかかっている場合があり、強制決済によって、相続人が予想外の金銭債務を負う可能性にも留意が必要です。デジタル遺産については、パソコン、スマートフォン、USBメモリ等に保存されたデータから調査していく必要があります。
財産の棚卸しでは、「本人が説明してくれた財産」だけでなく、「資料から推測できる財産」まで確認していく姿勢が欠かせません。
相続税試算は「一つの数字」ではなく「判断材料」として使う
相続税試算の目的は、正確な税額を一円単位で出すことではありません。
もちろん、申告の段階では、正確な評価と計算が求められます。しかし、相続対策の初期段階においては、試算はあくまで意思決定のための道具です。
試算によって見えてくるのは、次のような点です。
- 相続税申告が必要になる可能性が高いか
- 税額は、おおむねどの水準か
- どの財産が、税額に大きく影響しているか
- 評価に不確実性がある財産はどれか
- 納税資金は足りるか
- 遺産分割で問題になりやすい財産はどれか
- 生前贈与や遺言を検討すべきか
- 二次相続で問題が大きくならないか
- 専門家による詳細評価が必要な財産はどれか
相続税試算を「節税策を探すための資料」とだけとらえてしまうと、どうしても短絡的な判断になりがちです。
むしろ試算は、家族・財産・税務・法務・納税資金を一つの表に並べ、どのリスクを受け入れて、どの選択肢を選ぶのかを考えるための資料です。
専門家に相談する前に準備しておきたい資料
相続税試算のご相談をされる前に、可能な範囲で次の資料を準備しておかれると、検討がスムーズに進みます。
| 区分 | 主な資料 |
|---|---|
| 家族関係 | 家族構成図、戸籍関係資料、相続人の住所・連絡先 |
| 不動産 | 固定資産税課税明細書、名寄帳、登記事項証明書、公図、測量図、賃貸借契約書 |
| 預貯金 | 通帳、残高証明書、取引履歴、定期預金証書、貸金庫情報 |
| 有価証券 | 証券会社の残高報告書、取引明細、特定口座年間取引報告書 |
| 生命保険 | 保険証券、契約内容のお知らせ、受取人・契約者変更履歴 |
| 債務 | 借入金返済予定表、金銭消費貸借契約書、未払金資料、保証債務資料 |
| 贈与履歴 | 贈与契約書、贈与税申告書、通帳の資金移動、相続時精算課税届出関係 |
| 同族会社 | 決算書、法人税申告書、株主名簿、定款、勘定科目内訳書、会社不動産資料 |
| 遺言・契約 | 遺言書、任意後見契約、信託契約、死因贈与契約 |
| 納税資金 | 現預金、保険金、売却可能資産、代償金支払予定 |
相続税申告に必要な資料としては、戸籍、相続関係図、準確定申告書、贈与税申告書、遺産分割協議書、贈与財産の明細、相続財産明細、債務明細などが挙げられます。
初回のご相談の時点で、すべてが揃っている必要はありません。大切なのは、「何があるか分からない」「資料がどこにあるか分からない」という状態から、少しずつ確認できる状態へと移していくことです。
財産の棚卸しは、本人が判断できるうちに始める
相続対策としての財産棚卸しは、できるだけ早い段階で行っておくことをおすすめします。
理由は、本人でなければ分からない情報が、数多くあるからです。たとえば、次のようなことです。
- どの口座を、何のために使っているのか
- どの預金が贈与済みなのか
- どの不動産に思い入れがあるのか
- 誰に、何を承継させたいのか
- 同族会社への貸付金を、どう考えているのか
- 保険契約に込めた意図は何か
- 過去の資金移動の理由は何か
認知症や判断能力の低下が進むと、こうした情報の確認が難しくなっていきます。認知症が疑われる親の財産管理では、不動産、預貯金、預金の引出し、親族間の紛争など、多くの法的リスクが生じ得ます。
財産の棚卸しは、家族が勝手に財産を動かすための作業ではありません。本人の意思を確認し、将来の相続税申告や遺産分割の場面で説明できるようにしておくための作業です。
まとめ:相続税試算は、数字を出す前の整理で質が決まる
相続税試算は、財産額を合計して税率を掛けるだけの作業ではありません。
適切な試算のためには、不動産、預貯金、有価証券、生命保険、債務、贈与履歴、同族会社資産を棚卸ししたうえで、それぞれについて次の点を確認していく必要があります。
- 誰の名義か
- 実質的に、誰の財産か
- 相続税評価額は、どの程度か
- 評価に不確実性はないか
- 換金できるか
- 誰が取得すべきか
- 納税資金に使えるか
- 遺産分割で問題にならないか
- 税務調査で説明できるか
相続税試算は、相続対策の結論ではなく、出発点です。
試算によって、家族関係、財産構成、納税資金、評価リスク、二次相続、贈与履歴、遺言の必要性が見えてきます。そこから初めて、贈与をするのか、遺言を書くのか、保険を見直すのか、不動産を整理するのか、同族会社株式の承継を検討するのか、といった判断ができるようになります。
大切なのは、「相続税がいくらか」だけではありません。「その税額を前提に、家族と財産をどう守っていくか」です。
財産棚卸しと相続税試算をご相談ください
財産の棚卸しや相続税試算は、ご自身で始めることもできます。
ただし、不動産、同族会社株式、名義預金、過去の贈与、生命保険、債務、二次相続といった要素が絡んでくる場合には、単純な概算だけでは判断を誤ってしまうことがあります。
犬飼公認会計士・税理士事務所では、相続税額の概算にとどまらず、財産評価の不確実性、納税資金、遺産分割、贈与履歴、同族会社資産、そして申告後の説明可能性まで含めて、相続対策の現在地を整理します。
- 「自分の家に相続税がかかるか知りたい」
- 「不動産や会社株式があり、概算でも不安がある」
- 「贈与してきた財産が、相続時にどう扱われるか確認したい」
- 「納税資金や二次相続まで見据えた試算をしたい」
このようなお考えがありましたら、犬飼公認会計士・税理士事務所HPのお問い合わせページよりご相談ください。資料の整理状況に応じて、まず何を確認すべきかというところから、ご一緒に整理していきます。
振り返り
| 重要事項 | 確認すべきポイント |
|---|---|
| 財産棚卸しの目的 | 相続税額だけでなく、分割・納税・評価リスク・二次相続を整理する |
| 不動産 | 固定資産税資料だけでなく、現況、利用状況、評価単位、権利関係を確認する |
| 預貯金 | 本人名義だけでなく、家族名義預金の資金原資・管理状況を確認する |
| 有価証券 | 残高報告書、取引明細、配当入金、外貨建資産、FX等を確認する |
| 生命保険 | 契約者、被保険者、受取人、保険料負担者、非課税枠、納税資金性を確認する |
| 債務 | 借入金、未払金、税金、葬式費用、保証債務の扱いを分けて確認する |
| 贈与履歴 | 暦年贈与、相続時精算課税、贈与契約書、資金移動、贈与税申告を確認する |
| 同族会社資産 | 株主名簿、決算書、申告書、役員貸付金、会社不動産、議決権を確認する |
| 納税資金 | 相続税総額ではなく、各相続人が納税できるかを確認する |
| 二次相続 | 配偶者への財産集中が、将来の税額・納税資金に与える影響を確認する |
| 試算の使い方 | 一つの税額を出すだけでなく、リスクのある財産と追加調査事項を明確にする |