遺言執行者を指定すべき場合|預貯金・不動産・有価証券・相続税申告まで見据えた実務判断

遺言を作成するとき、多くの方の意識は「誰に何を渡すか」に向かいます。 けれども相続の実務には、もう一つ忘れてはならない問いがあります。

その遺言は、相続開始後に誰が実行するのか。

財産の分け方が遺言書に書かれていても、いざ相続が始まると、預貯金が解約できない、不動産登記が前に進まない、有価証券の移管や売却に時間がかかる、といったことが現実に起こります。相続人同士の意見が合わずに金融機関の手続が止まる、受遺者が相続人ではないために手続を進めにくい、というケースも珍しくありません。

そうした場面で大きな意味を持つのが、遺言執行者です。

遺言執行者は、遺言者の意思を相続開始後に現実のものとする、いわば実務上の担い手です。遺言の内容、財産の構成、相続人の関係によっては、遺言執行者を指定しているかどうかで、その後の手続の進み方が大きく変わってきます。

とりわけ、不動産、預貯金、有価証券、非上場株式が関係する場合、相続人以外への遺贈や換価型遺言がある場合、あるいは海外居住者や判断能力に不安のある相続人がいる場合には、遺言執行者の有無が、遺産承継の実行可能性だけでなく、相続税申告、納税資金、税務調査時の説明可能性にまで影響します。

本稿では、遺言執行者を指定すべき場合を、法務と税務の両面から整理していきます。

目次

遺言執行者とは何か

遺言執行者とは、遺言の内容を実現するために、相続財産の管理や遺言の執行に必要な行為を行う者をいいます。

民法上、遺言者は遺言によって遺言執行者を指定でき、その指定を第三者に委託することも認められています。遺言執行者がいない場合や、指定された人が就任しない場合には、利害関係人の請求により、家庭裁判所が遺言執行者を選任することができます。なお、未成年者と破産者は遺言執行者になれません。

出典:e-Gov法令検索|民法

平成30年の相続法改正では、遺言執行者の権限が明確化されました。法務省は、遺言執行者がその権限の範囲内で遺言執行者であることを示して行った行為は相続人に直接その効力を生じること、また特定遺贈や特定財産承継遺言における遺言執行者の権限を明確化したことを説明しています。

出典:法務省|民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律について(相続法の改正)

つまり遺言執行者は、単なる「手続の代行者」ではありません。 遺言の内容を実現するために、相続人や受遺者、金融機関、法務局、証券会社、不動産関係者などとのあいだで、具体的な執行を進めていく立場にあります。

遺言執行者を指定すると何が変わるのか

遺言執行者を指定すると、遺言内容の実現について中心となる人が、はっきりと定まります。

特に、相続人全員の協力がすぐには得られない場面で、この有無は実務上の大きな違いとなって表れます。

項目遺言執行者がいない場合遺言執行者を指定している場合
預貯金相続人・受遺者が金融機関と個別に調整する必要がある遺言内容と権限に基づき、解約・払戻しを進めやすい
不動産登記手続で相続人・受遺者間の協力が必要になることがある遺言執行者が登記手続に関与しやすい
有価証券証券会社ごとの手続調整が必要移管・換価・分配の窓口を一本化しやすい
相続人間の対立手続が停滞しやすい遺言内容を基準に執行を進めやすい
受遺者がいる場合相続人と受遺者の間で履行調整が必要遺言執行者が遺贈履行の中心になる
相続税申告取得財産や換価状況の把握が遅れる可能性財産移転・換価・資料整理の進行管理がしやすい

もっとも、遺言執行者を指定すれば、すべての問題が片づくわけではありません。

遺言の内容そのものが不明確であれば、遺言執行者も動けません。遺留分侵害額請求のリスクが消えるわけでもなく、相続税申告の代理を当然に行えるわけでもありません。

遺言執行者は、あくまで**「遺言内容を実現する体制」を整えるための制度**です。遺言内容そのものの妥当性や、税務上の判断を肩代わりするものではない、という点は押さえておく必要があります。

遺言執行者を指定すべき代表的な場合

遺言執行者を指定すべきかどうかは、財産の種類、相続人の関係、遺言の内容、そして相続税申告の有無を踏まえて判断します。

次に挙げるような場合には、遺言執行者の指定を強くお勧めします。

1. 相続人以外に財産を遺贈する場合

内縁の配偶者、子の配偶者、孫、兄弟姉妹、甥姪、友人、法人、公益法人など、相続人以外に財産を渡す場合には、遺言執行者の指定が重要になります。

相続人以外の受遺者は、遺言がなければそもそも相続財産を取得できません。しかも、実際に財産を移すには、相続人側の協力が必要になる場面があります。

なかでも、不動産や預貯金を相続人以外の人へ遺贈する場合は、相続人の感情的な抵抗が出やすく、それを理由に手続が止まってしまうことがあります。

あらかじめ遺言執行者を指定しておけば、受遺者と相続人が直接ぶつかる構造をある程度避けられ、遺言の内容に沿って財産移転を進めやすくなります。

受遺者の例遺言執行者を置く意味
内縁の配偶者法定相続人ではないため、遺贈履行の体制が必要
長男の妻・介護者相続人ではない貢献者への財産移転を実現しやすくする
相続人でない場合や世代を飛ばす承継で手続を整理しやすい
法人・公益法人課税関係や受入手続が複雑になりやすい
友人・第三者相続人との直接交渉を避ける設計が重要

受遺者が相続人以外である場合には、相続税の納税義務、相続税の2割加算、法人への遺贈に伴う法人税やみなし譲渡課税など、税務上の検討も必要になることがあります。遺言執行者を指定するだけでなく、遺贈の相手方、財産の種類、課税関係を事前に確認しておくことが大切です。

2. 預貯金の解約・払戻しを円滑に進めたい場合

相続が始まると、被相続人名義の預貯金口座は、金融機関での相続手続の対象になります。

遺言があっても、金融機関は遺言書、戸籍、本人確認書類、印鑑証明書、そして遺言執行者の就任を示す資料などを確認します。遺言執行者がいなければ、相続人や受遺者がそれぞれ金融機関とやり取りすることになり、相続人間の関係が良くない場合には手続が滞りがちです。

遺言執行者を指定し、預貯金の解約・払戻し・分配、貸金庫の開扉・解約といった権限を遺言書に明確に書いておくと、相続開始後の実務がぐっと進めやすくなります。実務でも、清算型・換価型の遺言では、預貯金の解約、金融資産の名義変更や換価、不動産登記などの権限を遺言執行者に明示する設計が用いられています。

ただし、預貯金を誰が取得するのか、債務や葬儀費用、遺言執行費用をどの財産から支払うのかを、曖昧なまま残してはいけません。

相続税申告では、誰がどの財産を取得したのか、債務控除できるものは何か、遺言執行費用をどう整理するかが問題になります。遺言執行者が預貯金を動かす設計にするときほど、税務上の整理も併せて行っておく必要があります。

3. 不動産を特定の人に承継させる場合

不動産がある相続では、遺言執行者の指定を検討すべき場面が多くなります。

不動産は、預貯金のように単純には分けにくい財産です。誰が取得するかによって、相続登記、固定資産税、管理責任、小規模宅地等の特例、将来の売却、さらには二次相続にまで影響が及びます。

特に、次のような不動産がある場合には、遺言執行者の指定が有効です。

不動産の種類・状況遺言執行者を検討すべき理由
自宅配偶者の居住、相続登記、小規模宅地等の特例に影響
賃貸不動産賃料収入、管理契約、敷金、借入金、所得税申告が関係
共有にしたくない土地相続人間の共有化を避ける実行体制が必要
売却予定の不動産換価・譲渡所得・納税資金の管理が必要
農地・貸地・借地権付き土地法規制や権利関係の確認が必要
同族会社に関係する土地株式評価、小規模宅地等、法人税務と接続する

令和6年4月1日からは、相続登記の申請が義務化されています。相続により不動産の所有権を取得した相続人は、原則として、その取得を知った日から3年以内に相続登記を申請する義務を負い、正当な理由なく怠った場合には10万円以下の過料の対象となる可能性があります。施行日前に発生した相続も、一定の経過措置のもとで対象となります。

出典:法務省|相続登記の申請義務化について

遺言で不動産の取得者を明確にし、遺言執行者を指定しておくことは、相続登記義務化後の実務において、いっそう重要になっています。

ただし、不動産を誰に取得させるかは、登記の都合だけで決めるものではありません。評価額、納税資金、居住の継続、賃貸経営、将来の売却、そして二次相続まで見渡したうえで判断する必要があります。

4. 有価証券・投資信託・証券口座がある場合

有価証券や投資信託がある場合も、遺言執行者を指定しておく実務上の意味は小さくありません。

相続手続は証券会社ごとに必要となり、残高証明、取引履歴、相続開始日の評価額、移管先口座、売却の可否などを一つひとつ確認していくことになります。

相続税申告では、上場株式や投資信託の評価、配当・分配金、外貨建資産の換算、そして有価証券売却後の譲渡所得まで関係してきます。

遺言執行者がいれば、証券会社との連絡、相続人・受遺者への移管、換価のための売却、分配資料の整理を進めやすくなります。

もっとも、有価証券を売却する場合には、相続税とは別に譲渡所得税の問題が生じます。換価型遺言では、遺言執行者が有価証券や不動産を売却して金銭で分配する設計が用いられますが、その際には、相続税だけでなく、譲渡所得税や、法人への遺贈が絡む場合の法人税まで確認しておく必要があります。

「売って分ければ公平だ」という判断は、税引後の手取り、売却の時期、市場の変動、取得費加算の適用可能性まで見ておかないと、後になって不公平感を生むことがあります。

5. 換価型遺言を作成する場合

換価型遺言とは、不動産や有価証券などの遺産を売却し、その代金を相続人や受遺者に分配する遺言です。

分けにくい不動産がある場合、納税資金を確保したい場合、あるいは相続人間で金銭的な公平を図りたい場合に検討されます。

ただし換価型遺言は、遺言執行者を指定しておかなければ、実行そのものが難しくなります。

換価型遺言で必要になる実務検討事項
売却対象財産の特定不動産、有価証券、その他資産を明確にする
売却権限誰が売却契約を締結するか
売却代金の管理口座、費用控除、残額分配の方法
債務・費用の清算借入金、固定資産税、管理費、遺言執行費用
税務処理相続税、譲渡所得税、取得費加算、法人税
分配割合税引前か税引後か、費用控除後かを明確にする

実務上、清算型・換価型の遺言では、遺言執行者が不動産を売却し、債務や費用を清算したうえで、残金を割合に応じて分配する設計が用いられます。こうした遺言において、遺言執行者の指定は単なる形式ではなく、遺言内容を実現するための中核そのものです。

とりわけ注意したいのが、換価によって譲渡所得税が発生する可能性です。

相続税の納税資金を作るために不動産を売却したのに、譲渡所得税を考慮していなかったために、手取りが想定より少なくなってしまう。こうしたことは実際に起こります。遺言執行者を指定するのと同時に、相続開始後の売却時期、税額、納税資金の流れまで設計しておく必要があります。

6. 相続人が遠方・海外・高齢・判断能力に不安がある場合

相続人全員が近くに住み、関係も良好で、手続にすぐ協力できる——そうとは限りません。

次のような場合には、遺言執行者を指定しておくことで、相続手続の停滞をある程度抑えやすくなります。

相続人の状況起こり得る問題
遠方に住んでいる書類の取得・署名押印・面談調整に時間がかかる
海外居住者がいる署名証明、在留証明、翻訳、時差、現地手続が関係する
高齢の相続人がいる書類対応や金融機関手続の負担が重い
認知症・判断能力に不安がある遺産分割協議や手続同意が困難になる
未成年者がいる特別代理人などが必要になる場合がある
相続人同士が疎遠連絡・協力が得にくい

遺言執行の実務では、海外にいる子、前婚の子、高齢や認知症の家族がいる場合などが、遺言執行者を提案すべき典型的な場面として整理されます。

ただし、遺言執行者を指定したからといって、判断能力に問題のある相続人について、法律上の保護が不要になるわけではありません。遺産分割協議が必要な場面では、成年後見人や特別代理人の検討が必要になることがあります。

遺言でできることと、後見・信託・財産管理契約で備えるべきことは、分けて考える必要があります。

7. 前婚の子、相続人間の不和、遺留分リスクがある場合

再婚家庭、前婚の子がいる家庭、兄弟姉妹間に不和がある家庭、あるいは特定の相続人に多く財産を渡す遺言では、相続開始後に感情的な対立が起こりやすくなります。

こうした場合に遺言執行者を指定しておけば、遺言内容を実行する窓口を明確にできます。

ただし、遺言執行者は紛争の代理人ではありません。相続人同士の交渉や、遺留分侵害額請求への法的対応が必要になる場面では、弁護士の関与が必要になることがあります。

そして、遺言執行者を指定しても、遺留分リスクが消えるわけではありません。

むしろ、特定の相続人や受遺者に多く財産を渡す遺言では、次の点を事前に整理しておくべきです。

確認事項実務上の意味
遺留分権利者誰が遺留分を主張し得るか
遺留分侵害額金銭請求に備える資金があるか
生命保険代償資金や納税資金として使えるか
付言事項遺言者の考えを伝える補助になるか
過去の贈与特別受益や相続税の贈与加算との関係
相続税申告遺留分請求後の修正・更正が必要になるか

遺言執行者は、遺言者の意思を実行するための体制です。相続人全員を納得させるための制度ではありません。

ですから、相続人間の対立が予想される場合ほど、遺言執行者の指定だけにとどまらず、遺言内容の合理性、遺留分への備え、納税資金、説明資料まで整えておく必要があります。

8. 非上場株式・同族会社・事業承継がある場合

同族会社の株式や個人事業用資産がある場合、遺言執行者の指定は、とりわけ慎重に検討すべきです。

非上場株式の相続では、評価額だけでなく、議決権、後継者、相続人間の公平、納税資金、そして会社の資金繰りまでが関係してきます。

たとえば、後継者に株式を集中させる遺言を作成する場合、遺言執行者がいなければ、株主名簿の名義書換、会社との連絡、他の相続人への説明、代償金の準備などが停滞しかねません。

また、会社への貸付金、役員借入金、自己株式の取得、事業承継税制を検討するような場面では、遺言だけで完結することはありません。

論点確認すべきこと
株式の承継者後継者に議決権を集中できるか
株式評価相続税評価額がどの程度になるか
納税資金株式を取得する人が納税できるか
遺留分他の相続人への金銭対応が必要か
会社資料決算書、株主名簿、定款、議事録が整っているか
事業承継税制適用要件、認定、継続要件を満たせるか

公認会計士・税理士の視点から見ると、非上場株式を遺言で承継させる場合には、遺言執行者の指定だけでなく、会社法、株式評価、事業承継税制、納税資金、遺留分までを含めた全体設計が欠かせません。

9. 遺言による認知・推定相続人の廃除をする場合

遺言で認知をする場合や、推定相続人の廃除・廃除の取消しをする場合には、遺言執行者の関与がとりわけ重要になります。

これらは単なる財産の分配ではなく、身分関係や相続人の地位に関わる事項だからです。遺言執行者がいないと、家庭裁判所での遺言執行者の選任が必要になるなど、相続開始後の手続が増える可能性があります。

実務上も、認知や廃除・廃除取消しは、遺言執行者でなければ執行できない事項として整理されています。

こうした内容を遺言に盛り込む場合には、遺言執行者を誰にするかだけでなく、相続人関係、戸籍、遺留分、相続税申告への影響まで確認しておく必要があります。

遺言執行者を指定しなくてもよい場合

すべての遺言に遺言執行者が必須、というわけではありません。

たとえば次のような場合には、遺言執行者を指定しなくても、大きな支障が出にくいことがあります。

状況指定しなくても支障が小さい可能性がある理由
相続人が1人だけ取得者と手続主体が一致しやすい
財産が預貯金中心で少額手続が比較的単純な場合がある
相続人間の関係が良好協力が得られやすい
相続税申告が不要期限管理・評価判断の負担が小さい
不動産や株式がない登記・名義書換の複雑性が低い

ただし、「相続人が1人だから不要」と単純に判断するのは危険です。

相続人が1人でも、不動産、賃貸物件、同族会社株式、借入金、海外資産がある場合、あるいは相続人以外への遺贈や換価型遺言がある場合には、遺言執行者を置く意味があります。

また、高齢の配偶者が唯一の相続人であるようなケースでは、相続開始後にご自身で金融機関や登記の手続を進めるのが、現実には難しいこともあります。

必要かどうかは、相続人の人数ではなく、実行すべき手続の難易度で考えるべきです。

遺言執行者ができること・できないこと

遺言執行者を指定するときは、その役割に過大な期待を寄せすぎないことも大切です。

区分内容
できること遺言内容の通知、相続財産目録の作成、預貯金の解約・払戻し、財産の引渡し、不動産登記への関与、有価証券の移管・換価、遺贈の履行、換価代金の分配など
遺言内容次第で可能になること不動産売却、債務・費用清算、貸金庫の開扉、金融資産の換価、専門家への復任・委任など
できないこと遺言にない財産分配を勝手に決めること、相続人間の紛争代理、遺留分請求の解決、税務申告代理、後見人の代替、税額保証
注意が必要なこと権限を遺言書に明確に書いていないと、金融機関・法務局・証券会社で手続が滞る可能性がある

遺言執行者を指定するのであれば、遺言書には単に「遺言執行者に〇〇を指定する」と書くだけでなく、どの財産について、どのような手続を行う権限があるのかまで、具体的に書いておくことが重要です。

特に、次の権限は明示しておくと、実務の場面で役立ちます。

明示を検討すべき権限理由
預貯金の解約・払戻し金融機関手続を円滑にするため
有価証券の移管・売却証券会社手続と換価を進めるため
不動産登記手続相続登記・遺贈登記を進めるため
不動産の売却換価型遺言では不可欠
貸金庫の開扉・解約財産資料や権利証等の確認に必要
債務・費用の清算換価代金から何を控除するかを明確にするため
専門家への委任司法書士、弁護士、税理士、不動産業者等との連携のため

遺言執行者と相続人との関係

遺言執行者は、相続人のためだけに動く存在ではありません。

遺言者の意思を実現するために、遺言の内容に従って職務を行います。その結果として、相続人の一部にとっては不利に見える執行を行うこともあります。

たとえば、長男に不動産を相続させ、長女には預貯金を相続させる遺言がある場合、遺言執行者はその内容に従って手続を進めます。長女が「不動産も共有にしたい」と望んだとしても、遺言の内容を無視して分け直すことはできません。

その一方で、遺言執行者は、相続人に対して遺言内容を通知し、相続財産目録を作成するなど、透明性をもって職務を行う必要があります。

相続人との関係で大切なのは、次の点です。

論点実務上の注意点
通知遺言内容を相続人に知らせる必要がある
財産目録相続財産を整理して相続人に示す必要がある
利益相反受益者本人を遺言執行者にする場合は不信感が出やすい
情報共有相続税申告に必要な資料を誰が取得・共有するか決める
紛争化対立が強い場合、遺言執行者だけでは解決できない

相続人の一人を遺言執行者にすることは可能です。ただし、その相続人が大きな財産を取得する立場にある場合には、他の相続人から不信感を持たれることがあります。

家族関係が安定していれば親族を指定するのも一つの考え方ですが、対立が予想される場合や財産が複雑な場合には、第三者や専門家を指定するという選択肢も検討すべきです。

遺言執行者と相続税申告の関係

遺言執行者を指定しても、それで相続税申告が自動的に完了するわけではありません。

相続税の申告義務を負うのは、相続や遺贈によって財産を取得した人です。遺言執行者が税理士でない限り、相続税申告書の作成や税務代理を当然に行えるわけではありません。

とはいえ、遺言執行者の職務は、相続税申告の前提を整える作業と深く関わっています。

相続税申告との接点遺言執行者の関与が重要になる理由
取得財産の確定誰が何を取得したかが申告の基礎になる
預貯金資料残高証明、取引履歴、解約金額が必要
不動産登記・評価・取得者・小規模宅地等に関係
有価証券相続開始日の評価、売却、配当・分配金が関係
債務・費用債務控除できるものとできないものを区別する必要
換価売却譲渡所得税、取得費加算、分配金額に影響
受遺者相続税の納税義務や2割加算が問題になる場合がある
申告期限相続開始を知った日の翌日から10か月以内に申告・納税が必要

国税庁は、相続税の申告を、被相続人が死亡したことを知った日の翌日から10か月以内に行うこと、納税も同じ期限までに行うことを案内しています。期限までに申告しなかった場合や、実際より少ない額で申告した場合には、加算税や延滞税がかかることがあります。

出典:国税庁|No.4205 相続税の申告と納税

遺言執行に時間がかかると、相続税申告にも影響が及びます。

特に、次のような場合には注意が必要です。

場面税務上の注意点
不動産を売却して納税する売却時期、譲渡所得、取得費加算を確認する
預貯金を換価して分配する誰の取得財産として申告するか整理する
遺言執行費用がある相続税の債務控除とは区別して整理する
法人へ遺贈する法人税やみなし譲渡課税が問題になることがある
受遺者が相続人以外相続税の申告義務・2割加算を確認する
遺留分請求がある修正申告・更正の請求が必要になる可能性がある

換価型遺言では、遺言執行者が売却したという事実と、税務上その譲渡所得が誰に帰属するのかとを、混同しないことが重要です。実務上、遺言執行者による換価処分であっても、相続人・受遺者の側で譲渡所得税の申告が必要になる場合があります。

遺言執行者を指定する場合には、相続税申告を担当する税理士と、遺言執行者、司法書士、弁護士、不動産業者、証券会社とのあいだの情報連携を、早い段階で設計しておくべきです。

誰を遺言執行者に指定すべきか

遺言執行者には、相続人を指定することも、第三者を指定することもできます。法人を指定するという選択肢もあります。

ただし、「信頼できるから」という理由だけで決めるのは十分ではありません。

遺言執行者には、感情面での信頼だけでなく、実務を遂行する力が求められます。

候補者向いている場面注意点
配偶者相続人関係が単純で、財産も複雑でない場合高齢・判断能力・事務負担に注意
子の一人家族関係が良好で、手続能力がある場合他の相続人から不公平に見られる可能性
相続人以外の親族中立的に動ける場合法務・税務・登記の知識不足に注意
弁護士紛争可能性、遺留分、受遺者対応がある場合税務・評価は税理士等との連携が必要
司法書士不動産登記が中心の場合税務申告や紛争対応は別専門家との連携が必要
税理士・会計専門家相続税申告、財産評価、同族会社が重要な場合遺言執行業務の範囲・業際確認が必要
信託銀行等財産規模が大きく、継続的な執行体制が必要な場合費用・対応範囲・対象財産を確認する

実務上は、次のような観点で選ぶと、判断がしやすくなります。

判断軸確認すべきこと
年齢・健康遺言者より先に死亡する可能性や高齢化リスク
中立性特定相続人に偏って見えないか
事務能力金融機関、法務局、証券会社との手続を進められるか
専門性不動産、株式、税務、紛争に対応できるか
時間的余裕相続開始後に迅速に動けるか
コミュニケーション相続人・受遺者に説明できるか
費用報酬や実費の負担方法を明確にできるか
代替性予備的遺言執行者を置くべきか

遺言執行者が遺言者より先に亡くなる、就任を拒否する、あるいは職務を遂行できなくなる、といった事態もあり得ます。そのため、予備的遺言執行者を置いたり、遺言執行者の指定を第三者に委託したりする設計を検討することがあります。実務でも、予備的遺言執行者の指定や、指定の委託を遺言書に組み込む方法が用いられています。

遺言書に書いておきたい遺言執行者に関する事項

遺言執行者を指定する場合、遺言書には少なくとも次の事項を検討します。

記載事項実務上の意味
遺言執行者の氏名・住所等本人特定のため
予備的遺言執行者先死亡・辞任・就任拒否に備えるため
執行権限の範囲金融機関・法務局・証券会社で手続を進めるため
不動産売却権限換価型遺言で必要
預貯金解約権限納税資金・分配資金を確保するため
有価証券移管・換価権限証券会社手続を円滑にするため
貸金庫開扉権限財産資料・権利証・契約書確認のため
復任・専門家委任司法書士、税理士、弁護士等との連携のため
報酬・費用相続人間の不満を避けるため
清算・分配方法税引前後、費用控除後の分配方法を明確にするため

「遺言執行者に一切の権限を与える」とだけ書くよりも、預貯金、不動産、有価証券、貸金庫、換価、登記、専門家への委任など、想定される手続を具体的に書いておいたほうが、相続開始後の実務は進めやすくなります。

ただし、過度に広い文言を書けば何でもできるようになる、というものではありません。遺言の内容、法令、財産の性質、金融機関や登記の実務、税務上の取扱いに沿って設計する必要があります。

遺言執行者を指定する前に整理すべき資料

遺言執行者を指定するかどうかを判断するには、まず財産と家族関係を整理しておく必要があります。

整理項目確認資料・情報
相続人関係戸籍、家族関係図、前婚の子、養子、海外居住者
遺言内容誰に何を渡すか、遺留分への配慮、付言事項
不動産登記事項証明書、固定資産税課税明細書、公図、測量図、賃貸借契約
預貯金金融機関名、支店、口座種別、残高、取引履歴
有価証券証券会社、銘柄、評価額、移管先、売却予定
生命保険保険証券、受取人、保険料負担者、非課税枠
同族会社株主名簿、決算書、定款、役員貸付金・借入金
債務借入金、保証債務、未払税金、医療費、固定資産税
贈与履歴贈与契約書、贈与税申告書、名義預金リスク
納税資金現預金、保険金、売却予定資産、代償金原資
相続後の方針売却、賃貸継続、事業承継、二次相続対策

遺言執行者を誰にするかは、これらの情報を整理したうえで判断すべきです。

財産が複雑であればあるほど、親族内の信頼関係だけでは足りず、税理士、司法書士、弁護士、不動産専門家、金融機関との連携が必要になってきます。

遺言執行者の指定で避けたい短絡的判断

遺言執行者を指定する際には、次のような判断は避けるべきです。

避けたい判断問題点
長男だから当然に指定する他の相続人から不公平に見られる可能性
配偶者だから安心高齢・体力・事務負担を考慮していない
税理士に相談せず換価型遺言にする譲渡所得税・納税資金・相続税申告への影響を見落とす
遺言執行者を置けば揉めないと考える遺留分や感情面の対立は別途残る
報酬を決めない相続開始後に費用負担で不満が出る
権限を書かない金融機関・登記・証券手続で支障が出る
予備を置かない指定者が死亡・辞任した場合に手続が止まる
専門家連携を考えない税務・登記・紛争・売却の各論点が分断される

遺言執行者は、遺言の内容を実行するための重要な存在です。

しかし、遺言の内容そのものが不十分であれば、遺言執行者はその不十分な内容を抱えたまま動くことになります。

ですから、遺言執行者の指定は、遺言書作成の最後に形式的に付け加えるものではなく、財産承継設計の一部として検討すべきものなのです。

まとめ|遺言は「書くこと」より「実行されること」が重要

遺言は、作成しただけでは完結しません。

相続開始後に、預貯金を解約し、不動産を登記し、有価証券を移管・換価し、受遺者へ財産を引き渡し、相続税申告に必要な資料を整理し、納税資金を確保して——そこまで進んで初めて、遺言者の意思が現実の財産承継として実行されたことになります。

遺言執行者を指定すべきかどうかは、次の視点で判断します。

判断視点指定を検討すべき方向
財産が複雑か不動産、有価証券、非上場株式、事業用資産がある場合は検討
相続人関係が複雑か前婚の子、海外居住者、高齢者、判断能力不安がある場合は検討
受遺者がいるか相続人以外へ遺贈する場合は強く検討
換価が必要か不動産・有価証券を売却して分配する場合は原則として検討
相続税申告が必要か取得者確定、評価、特例、納税資金の整理のため検討
納税資金に不安があるか売却・保険・預貯金分配の実行体制が必要
紛争可能性があるか中立性・説明可能性のある執行体制を検討

遺言執行者を置くべき場面で置いていないと、相続開始後に家庭裁判所での選任を求める、相続人間で手続への協力を求める、金融機関や法務局で追加資料を求められる、といったかたちで、時間と負担が増えていく可能性があります。

その一方で、誰を遺言執行者にするか、どこまで権限を与えるか、税務・登記・紛争対応をどの専門家と連携するかを誤れば、かえって不信感を招くこともあります。

大切なのは、遺言執行者を「置くか置かないか」だけではありません。その遺言を、誰が、どの資料に基づき、どの順序で、税務上も説明できるかたちで実行するのかまで設計しておくことです。

遺言執行者・遺言内容・相続税申告のご相談について

犬飼公認会計士・税理士事務所では、遺言を単なる書面の作成ではなく、相続税申告、財産評価、遺産分割、納税資金、二次相続、同族会社株式や不動産の承継までを含めた意思決定として整理しています。

遺言執行者を指定すべきか。 相続人の一人を指定してよいか。 不動産や有価証券を売却して分ける遺言にしてよいか。 受遺者がいる場合の相続税や譲渡所得税をどう見込むべきか。 すでに作成した遺言が、相続開始後の登記・金融機関手続・相続税申告に耐えられる内容になっているか。

こうした点に不安がある場合は、遺言の文言だけでなく、財産資料、相続人関係、過去の贈与、納税資金、将来の二次相続を一体で確認することが大切です。

相続・贈与・遺言執行に関するご相談は、犬飼公認会計士・税理士事務所HPのお問い合わせページからご連絡ください。

遺言が「作成されている」だけでなく、将来きちんと実行され、税務上も説明できる内容になっているか——そうした視点から、論点を整理してまいります。

重要ポイントの振り返り

論点押さえるべきポイント
遺言執行者の役割遺言内容を相続開始後に実現するため、財産管理や執行行為を行う
指定方法遺言で指定するか、指定を第三者に委託できる
指定を強く検討すべき場合受遺者がいる、不動産がある、有価証券がある、換価型遺言、相続人関係が複雑な場合
預貯金解約・払戻し・分配を円滑にするため、権限を明確に書くことが重要
不動産登記、相続登記義務化、小規模宅地等、将来売却まで考える必要がある
有価証券評価、移管、売却、譲渡所得税を確認する
換価型遺言遺言執行者の指定が実務上重要で、譲渡所得税や費用控除も検討する
受遺者相続人以外に遺贈する場合は、相続人との履行調整を避けるため指定が有効
相続人との関係遺言執行者は相続人の代理人ではなく、遺言内容を実現する立場
相続税申告遺言執行者は税務申告代理人ではないが、取得財産・資料整理に大きく関係する
誰を指定するか中立性、事務能力、専門性、年齢、予備指定、報酬を確認する
最終判断遺言の手軽さではなく、相続開始後に実行でき、税務上も説明できるかで判断する
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