監査報告書は、監査手続の最後に機械的に作成される定型文ではありません。
監査計画、重要性、リスク評価、内部統制への依拠、監査証拠、会計上の見積り、不正リスク、未修正虚偽表示、開示評価、監査役等とのコミュニケーション、審査対応。これらすべてを経たうえで、監査人が「この財務諸表についてどのような意見を表明できるか」を制度上の文書として表したものが、監査報告書です。
したがって、監査報告書を読むときに重要なのは、単に「無限定適正意見かどうか」を確認することではありません。むしろ、次のような視点で読む必要があります。
- この監査意見は、どの範囲の財務諸表に対して表明されているのか
- 意見の根拠として、十分かつ適切な監査証拠が入手されたといえるのか
- 無限定適正意見であっても、継続企業、KAM、強調事項、その他の記載内容に重要な注意喚起がないか
- 除外事項付意見である場合、その原因は虚偽表示なのか、監査証拠の不足なのか
- 限定付適正意見、不適正意見、意見不表明の違いは、重要性と広範性のどの判断に基づいているのか
- 監査人の判断は、監査役等、審査担当者、会社、財務諸表利用者に説明できる構造になっているのか
監査基準は、経営者が作成した財務諸表について、一般に公正妥当と認められる企業会計の基準に準拠し、企業の財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況をすべての重要な点において適正に表示しているかどうか、監査人が意見を表明することを求めています。
出典:金融庁・企業会計審議会|監査基準
本稿では、監査意見と監査報告書の基本的な読み方を整理します。KAM、除外事項、継続企業、内部統制監査報告書の詳細な判断は第11テーマで扱いますので、ここでは第1テーマの締めくくりとして、監査報告書を「監査判断の出口」として読むための基礎構造に焦点を当てます。
監査報告書は、監査判断の成果物である
監査報告書は、監査人が財務諸表全体について形成した結論を、利用者に伝える文書です。
ここでいう「結論」とは、単に手続が終わったという意味ではありません。監査人がリスク評価に応じた監査手続を実施し、入手した監査証拠を評価し、未修正虚偽表示や開示の影響を検討したうえで、意見表明に足る基礎を得たかどうかを判断した結果です。
監査基準報告書700は、監査人の目的として、入手した監査証拠から導いた結論の評価に基づいて財務諸表に対する意見を形成すること、そして監査報告書において監査意見を明瞭に表明することを掲げています。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書700 財務諸表に対する意見の形成と監査報告
実務上、監査報告書を読む際には、まず次の点を確認する必要があります。
| 確認する箇所 | 読み取るべき意味 |
|---|---|
| 表題・宛先 | 誰に対する独立監査人の報告書か |
| 監査意見 | どの財務諸表に対して、どのような意見が表明されているか |
| 監査意見の根拠 | どの監査基準に準拠し、どの証拠を基礎としているか |
| 継続企業 | 継続企業の前提に関する重要な不確実性が報告されているか |
| KAM | 監査上特に重要と判断された事項が記載されているか |
| その他の記載内容 | 有価証券報告書等の財務諸表以外の記載との重要な相違が示されていないか |
| 経営者及び監査役等の責任 | 財務諸表作成責任、内部統制、財務報告プロセス監視責任がどう示されているか |
| 監査人の責任 | 合理的保証、リスク評価、監査証拠、内部統制理解、見積り評価、監査役等とのコミュニケーションがどう説明されているか |
| 監査報告書日 | 監査人が意見表明の基礎となる十分かつ適切な証拠を入手した日付として妥当か |
監査報告書は監査の「出口」ですが、その出口だけを単独で読むことはできません。監査報告書に書かれた一文一文は、監査計画、リスク評価、監査証拠、監査調書、審査、監査役等とのコミュニケーションに支えられている必要があります。
監査意見が表明していること、表明していないこと
監査意見が表明しているのは、財務諸表が、適用される財務報告の枠組みに照らして、すべての重要な点において適正に表示されているか、又は準拠して作成されているかという判断です。
監査基準報告書700では、監査人は監査意見の形成に当たり、不正か誤謬かを問わず、財務諸表に全体として重要な虚偽表示がないという合理的な保証を得たかどうかを判断しなければならないとされています。その際には、十分かつ適切な監査証拠を入手したか、未修正の虚偽表示が重要かどうか、財務諸表の表示・注記・会計方針・会計上の見積り等をどう評価するかを踏まえる必要があります。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書700 財務諸表に対する意見の形成と監査報告
一方で、監査意見が表明していないことも、あわせて明確にしておく必要があります。
| 監査意見が表明していること | 監査意見が表明していないこと |
|---|---|
| 財務諸表全体がすべての重要な点において適正に表示されているか | 財務諸表に誤りが一切ないこと |
| 重要な虚偽表示がないことについて合理的保証を得たか | 絶対的保証 |
| 財務報告の枠組みへの準拠又は適正表示 | 経営成績や株価の将来保証 |
| 財務諸表に対する監査人の意見 | 会社の事業価値そのものへの意見 |
| 財務諸表監査における内部統制の理解 | 内部統制の有効性そのものへの意見。ただし内部統制監査を併せて実施する場合を除く |
| 監査した財務諸表に対する意見 | 有価証券報告書全体、決算短信、適時開示全体への包括的保証 |
この切り分けは、監査人だけでなく、会社、監査役等、投資家、金融機関、審査担当者にとっても重要です。
特に上場会社では、有価証券報告書の中に財務諸表、注記、監査報告書、内部統制報告書、記述情報、リスク情報等が含まれます。金商法は、投資家が適切に情報を入手できる環境を整備し、不公正な取引を防ぐことによって投資家保護を図る制度であり、投資家の利益を保証する制度ではありません。財務諸表監査も、この開示制度の中で財務情報の信頼性を支える役割を担っています。
監査報告書の基本構造をどう読むか
現行の監査報告書は、監査意見を簡潔に示すだけでなく、意見の根拠、責任区分、KAM、その他の記載内容などを区分して記載する構造になっています。
監査基準は、監査報告書において、監査人の意見、意見の根拠、経営者及び監査役等の責任、監査人の責任を明瞭かつ簡潔に区分して記載することを求めています。また、継続企業の前提、KAM、その他の記載内容、強調事項・その他の事項は、意見表明とは明確に区別して記載されます。
出典:金融庁・企業会計審議会|監査基準
主要な区分を実務的に読むと、次のようになります。
| 区分 | 読み方 |
|---|---|
| 監査意見 | 監査人が財務諸表全体についてどの意見を表明したかを最初に確認する |
| 監査意見の根拠 | 監査基準への準拠、独立性、十分かつ適切な監査証拠の入手が記載されているかを確認する |
| 継続企業 | 継続企業の前提に関する重要な不確実性がある場合、無限定適正意見でも重要な注意喚起となる |
| KAM | 無限定適正意見の下でも、監査上特に重要と判断された領域がどこかを読む |
| その他の記載内容 | 財務諸表以外の開示情報に、財務諸表又は監査過程で得た知識との重要な相違がないかを読む |
| 経営者及び監査役等の責任 | 二重責任の原則、内部統制、継続企業、財務報告プロセスの監視責任を確認する |
| 監査人の責任 | 合理的保証、重要性、監査証拠、リスク評価、内部統制理解、見積り評価、監査役等とのコミュニケーションを確認する |
| 監査報告書日 | 後発事象、承認手続、審査、監査証拠の入手完了時点との整合を確認する |
この構造は、単なる表示形式ではありません。監査人がどの責任を負い、経営者がどの責任を負い、監査役等がどの役割を果たし、財務諸表利用者がどこまでを監査意見として読めるのか。それを整理するための制度的な設計です。
無限定適正意見は「問題が何もない」という意味ではない
無限定適正意見は、財務諸表が適用される財務報告の枠組みに準拠し、すべての重要な点において適正に表示されていると監査人が認める場合に表明される意見です。
監査基準報告書700では、適正表示の枠組みに準拠して作成された財務諸表に対して無限定適正意見を表明する場合、監査意見において、財務諸表が適用される財務報告の枠組みに準拠して、すべての重要な点において適正に表示していると記載しなければならないとされています。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書700 財務諸表に対する意見の形成と監査報告
ここで注意したいのは、無限定適正意見は「何も論点がなかった」ことを意味しないという点です。
むしろ、重要な論点があったとしても、監査人が十分かつ適切な監査証拠を入手し、虚偽表示がない、又は未修正虚偽表示が重要ではないと判断し、必要な開示がなされていると結論付けた場合には、無限定適正意見が表明されます。
たとえば、次のような場合でも、結論として無限定適正意見となることがあります。
| 状況 | 無限定適正意見との関係 |
|---|---|
| 重要な会計上の見積りがある | 見積りの方法、仮定、データ、注記が合理的であれば無限定適正意見となり得る |
| 不正リスクが識別された | 適切な監査手続を実施し、重要な虚偽表示がないと判断できれば無限定適正意見となり得る |
| 内部統制に不備がある | 財務諸表に重要な虚偽表示がなく、必要な実証手続で補完できれば財務諸表監査の意見は無限定となり得る |
| KAMが記載されている | KAMは個別意見ではなく、無限定適正意見と併存する |
| 継続企業の前提に関する重要な不確実性がある | 財務諸表注記が適切であれば、無限定適正意見のまま監査報告書で注意喚起される場合がある |
| 未修正差異がある | 個別・集計・質的重要性の観点から重要でないと判断されれば無限定適正意見となり得る |
無限定適正意見を読む際には、「無限定だから安心」ではなく、「どの論点が検討され、その結果として無限定とされたのか」を読む必要があります。
特にKAMがある場合、監査報告書は、無限定適正意見のまま、監査人が当年度監査で最も重要と判断した領域を示します。KAMは、監査意見の代替でも、個別論点への意見でもありません。監査上の主要な検討事項は、財務諸表全体に対する監査の実施過程及び監査意見の形成において対応した事項であり、監査人が当該事項に個別の意見を表明するものではないのです。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書701 独立監査人の監査報告書における監査上の主要な検討事項の報告
「意見の根拠」は、監査調書と審査対応に直結する
監査報告書の「監査意見の根拠」は、単なる定型文ではありません。
監査基準報告書700は、監査報告書の「監査意見」区分に続けて「監査意見の根拠」区分を設けることを求めています。そこには、監査基準に準拠して監査を実施したこと、独立性を保持していること、意見表明の基礎となる十分かつ適切な監査証拠を入手したと判断したこと等が記載されます。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書700 財務諸表に対する意見の形成と監査報告
この区分を実務的に読み替えると、次の問いになります。
- 監査人は、監査リスクを合理的に低い水準に抑えたか
- 重要な虚偽表示リスクに対応する監査手続を設計・実施したか
- 内部統制への依拠を判断する場合、その運用状況の有効性を評価したか
- 実証手続で十分かつ適切な証拠を入手したか
- 見積りや経営者判断に対して、方法・仮定・データを検証したか
- 未修正虚偽表示を、量的重要性と質的重要性の双方から評価したか
- 審査担当者に説明できる判断過程が監査調書に残っているか
監査報告書に「十分かつ適切な監査証拠を入手した」と記載するためには、調書上、その証拠形成が説明できなければなりません。監査手続を実施した事実だけでは足りず、リスク評価、手続、証拠、結論が一貫している必要があります。
内部統制の運用状況が有効であれば、重要な虚偽表示リスクを低く評価し、実証手続の範囲を調整することができます。一方、内部統制が有効に運用されていない場合には、内部統制に依拠せず、実証手続によって十分かつ適切な監査証拠を入手する必要があります。
除外事項付意見を読むときの基本軸
無限定適正意見を表明できない場合、監査人は除外事項付意見を検討します。
監査基準報告書705によれば、除外事項付意見には、限定意見、否定的意見、意見不表明の3類型があります。どの類型を選択するかは、原因の性質が「財務諸表に重要な虚偽表示がある場合」なのか、「十分かつ適切な監査証拠が入手できず重要な虚偽表示の可能性がある場合」なのか、さらにその影響又は可能性が広範かどうかによって決まります。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書705 独立監査人の監査報告書における除外事項付意見
実務上は、次の2軸で読むと分かりやすくなります。
| 判断軸 | 内容 |
|---|---|
| 原因の性質 | 財務諸表に重要な虚偽表示があるのか、監査証拠が不足しているのか |
| 影響の範囲 | 重要だが広範ではないのか、重要かつ広範なのか |
この組み合わせにより、監査意見の類型は次のように整理されます。
| 原因 | 重要だが広範でない | 重要かつ広範である |
|---|---|---|
| 財務諸表に重要な虚偽表示がある | 限定意見。適正表示の枠組みでは限定付適正意見 | 否定的意見。適正表示の枠組みでは不適正意見 |
| 十分かつ適切な監査証拠が入手できず、重要な虚偽表示の可能性がある | 限定意見。適正表示の枠組みでは限定付適正意見 | 意見不表明 |
この整理は、監査人が意見形成前に必ず押さえておくべき基本構造です。
限定付適正意見は「除外事項を除けば適正」という判断である
限定付適正意見は、無限定適正意見と不適正意見・意見不表明の中間に位置する意見です。
ただし、「少し問題があるが大筋では問題ない」という曖昧な意味ではありません。限定付適正意見は、除外事項の影響が重要ではあるものの、広範ではないと判断された場合に表明されます。
原因は2つに分かれます。
| 原因 | 限定付適正意見となる典型 |
|---|---|
| 重要な虚偽表示 | 特定の会計処理、表示、注記が不適切であるが、財務諸表全体として不適正とまではいえない |
| 監査範囲の制約 | 特定の領域について十分かつ適切な監査証拠を入手できないが、未発見の虚偽表示の可能性が財務諸表全体に広範ではない |
限定付適正意見を読む際には、「何が限定されているのか」を読む必要があります。
- どの勘定科目、注記、会計処理、監査証拠が問題なのか
- その問題は財務諸表のどの範囲に影響するのか
- 重要性はどの程度か
- なぜ広範ではないと判断したのか
- 限定事項以外について、無限定と同様の結論を出せる監査証拠はあるのか
監査基準報告書705では、限定意見は、虚偽表示の影響が重要であるが広範ではない場合、又は無限定意見表明の基礎となる十分かつ適切な監査証拠を入手できず、未発見の虚偽表示の可能性が重要であるが広範ではない場合に表明されるとされています。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書705 独立監査人の監査報告書における除外事項付意見
限定付適正意見の実務上の難しさは、「重要だが広範ではない」という判断にあります。これは数値だけで決まるものではありません。特定の勘定科目に限定されるか、財務諸表全体の理解を歪めるか、注記の欠落が利用者の理解に不可欠か、複数の項目に波及するか。こうした質的判断が求められます。
不適正意見は「財務諸表全体として適正に表示していない」という判断である
不適正意見は、十分かつ適切な監査証拠を入手した結果、財務諸表に重要かつ広範な虚偽表示があると判断した場合に表明されます。
限定付適正意見との違いは、虚偽表示の影響が広範かどうかにあります。
たとえば、連結範囲の重大な誤り、売上の大規模な架空計上、広範な資産評価の不適切性、複数の財務諸表項目に波及する会計方針の誤適用、重要な注記の欠落。こうした事情により、財務諸表全体として適正表示が損なわれている場合には、不適正意見が問題となります。
監査基準報告書705は、十分かつ適切な監査証拠を入手した結果、虚偽表示が財務諸表に及ぼす影響が、個別に又は集計した場合に重要かつ広範であると判断する場合には、否定的意見、適正表示の枠組みでは不適正意見を表明しなければならないとしています。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書705 独立監査人の監査報告書における除外事項付意見
不適正意見において、監査人は「証拠が足りない」と言っているのではありません。むしろ、十分な証拠を得たうえで、財務諸表が適正に表示されていないと結論付けています。
この点は、意見不表明との大きな違いです。
| 区分 | 監査人の状態 |
|---|---|
| 不適正意見 | 十分かつ適切な証拠を得た結果、重要かつ広範な虚偽表示があると判断している |
| 意見不表明 | 意見表明の基礎となる十分かつ適切な証拠を入手できず、重要かつ広範な未発見虚偽表示の可能性があると判断している |
不適正意見は、会社、監査役等、投資家、金融機関、規制当局に極めて大きな影響を及ぼします。そのため実務上は、不適正意見に至る前に、会社との修正協議、監査役等とのコミュニケーション、審査、専門的見解の相談、開示影響の検討が集中的に行われることになります。
意見不表明は「適正とも不適正とも言えない」ではなく、証拠不足による意見形成不能である
意見不表明は、しばしば誤解されやすい意見類型です。
意見不表明は、「特に問題がないとも言えないが、問題があるとも言えない」という中立的な表示ではありません。監査人が、意見表明の基礎となる十分かつ適切な監査証拠を入手できず、未発見の虚偽表示がもしあるとすれば、その影響が重要かつ広範であると判断する場合に、意見を表明してはならない、というものです。
監査基準報告書705は、意見表明の基礎となる十分かつ適切な監査証拠を入手できず、未発見の虚偽表示がもしあるとすれば、それが財務諸表に及ぼす可能性のある影響が重要かつ広範であると判断する場合、監査人は意見を表明してはならないとしています。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書705 独立監査人の監査報告書における除外事項付意見
意見不表明が問題となる場面には、次のようなものがあります。
| 場面 | 意見不表明につながる可能性 |
|---|---|
| 重要な監査証拠が入手できない | 主要な残高、取引、連結子会社、見積り、在庫、債権等について証拠が不足する |
| 経営者確認書が入手できない | 経営者の責任確認、提供資料の網羅性、未開示事項の確認が得られない |
| 経営者の誠実性に深刻な疑義がある | 監査証拠全体の信頼性に影響する |
| 重要な記録が失われている | 代替手続でも証拠を補完できない |
| 複数の重要な不確実性がある | 個別には証拠を得ても、累積的影響が複合的・多岐にわたり意見形成できない |
| 監査範囲が経営者により制約される | 代替手続でも証拠を入手できない |
意見不表明は、監査人が責任を回避しているわけではありません。むしろ、意見形成に必要な基礎を得ていないにもかかわらず、無理に意見を表明することを避けるための制度的判断です。
実務上は、意見不表明に至る可能性がある時点で、経営者、監査役等、審査担当者とのコミュニケーションが極めて重要になります。監査基準報告書705も、除外事項付意見の表明が見込まれる場合には、その原因となる状況と除外事項付意見の文言について、監査役等に報告しなければならないとしています。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書705 独立監査人の監査報告書における除外事項付意見
強調事項・その他の事項は、監査意見を修正するものではない
監査報告書には、監査意見とは別に、強調事項区分やその他の事項区分が設けられることがあります。
ここで注意すべきなのは、強調事項やその他の事項は、監査意見そのものを修正するものではないという点です。
監査基準報告書706は、強調事項区分を、財務諸表に適切に表示又は開示されている事項について、利用者が財務諸表を理解する基礎として重要であると監査人が判断し、その事項を強調するために設ける区分と定義しています。また、その他の事項区分は、財務諸表に表示又は開示されていない事項について、監査、監査人の責任又は監査報告書について利用者の理解に関連すると監査人が判断し、説明するための区分とされています。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書706 独立監査人の監査報告書における強調事項区分とその他の事項区分
なお、強調事項区分を設ける場合には、強調事項が監査人の意見に影響を及ぼすものではないことを記載する必要があります。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書706 独立監査人の監査報告書における強調事項区分とその他の事項区分
| 区分 | 典型的な意味 |
|---|---|
| 強調事項 | 財務諸表に適切に表示又は開示されているが、利用者の理解上、特に注意を喚起すべき事項 |
| その他の事項 | 財務諸表には表示又は開示されていないが、監査、監査人の責任、監査報告書の理解に関連する事項 |
| 除外事項付意見 | 財務諸表の虚偽表示又は監査証拠不足により、監査意見そのものが修正されるもの |
たとえば、重要な後発事象や会計方針の変更などが財務諸表に適切に注記されている場合、強調事項として注意喚起されることがあります。一方、初年度監査で比較情報が監査されていない場合や、前任監査人が過年度財務諸表を監査していた場合などは、その他の事項として説明されることがあります。比較情報が監査されていない場合には、その事実が財務諸表利用者にとって重要な情報となるため、監査報告書のその他の事項区分で記載される場合があります。
KAMは「個別意見」でも「除外事項の代替」でもない
KAMは、監査報告書の読み方を大きく変えた制度です。
従来の短文式監査報告書は、監査意見を簡潔に伝える点では優れていました。しかし、監査人がどの論点に注意を払ったのか、どのような監査上の判断を行ったのかが利用者に見えにくいという課題がありました。近年は、監査報告書における情報価値向上の要請から、監査人が監査において特に重要であると判断した事項をKAMとして記載する方向に、監査報告書が長文化しています。
監査基準報告書701は、KAMを、当年度の財務諸表の監査において、監査人が職業的専門家として特に重要であると判断した事項と定義し、監査役等とコミュニケーションを行った事項から選択されるものとしています。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書701 独立監査人の監査報告書における監査上の主要な検討事項の報告
ただし、KAMの読み方には注意が必要です。
| 誤った読み方 | 正しい読み方 |
|---|---|
| KAMに記載された事項は問題がある | KAMは監査上特に重要だった事項であり、必ずしも虚偽表示や不備を意味しない |
| KAMは個別論点への適正意見である | KAMは財務諸表全体への監査意見形成過程で対応した事項であり、個別意見ではない |
| KAMがあれば除外事項付意見は不要である | KAMは除外事項付意見の代替にはならない |
| KAMが多いほど監査品質が高い | KAMは相対的に特に重要な事項を絞り込むものであり、件数だけで評価できない |
| KAMがない又は少ないから重要論点がない | 会社の状況、監査上の判断、法令適用対象により異なる |
監査基準報告書701は、KAMが除外事項付意見の表明の代替、継続企業の前提に関する重要な不確実性に関する報告の代替、個別事項への意見表明ではないことを明確にしています。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書701 独立監査人の監査報告書における監査上の主要な検討事項の報告
KAMは、第7テーマの会計上の見積り、第8テーマの主要会計領域、第9テーマの不正リスク、第10テーマの開示制度、第12テーマの監査役等コミュニケーションと接続する論点です。本稿では基本的な読み方にとどめ、KAMの決定プロセスと記載判断は第11テーマで詳しく扱います。
継続企業の前提は、無限定適正意見の中でも特別に読む
継続企業の前提に関する事項は、監査報告書の中でも特に慎重に読むべき部分です。
継続企業を前提として財務諸表を作成することが適切であり、かつ継続企業の前提に関する重要な不確実性が認められる場合。財務諸表に適切に注記されていれば、監査意見は無限定適正意見のままとなることがあります。しかし、その場合でも、監査報告書に継続企業に関する事項が記載され、財務諸表利用者への注意喚起が行われます。
監査基準は、継続企業の前提に関する重要な不確実性が認められる場合で、財務諸表に適切に記載されていると判断して無限定適正意見を表明するときには、監査報告書に継続企業の前提に関する事項を記載しなければならないとしています。
出典:金融庁・企業会計審議会|監査基準
一方で、継続企業に関する注記が適切でない場合には、限定付適正意見又は不適正意見の検討が必要になります。また、経営者が評価や対応策を示さず、監査人が十分かつ適切な監査証拠を入手できない場合には、監査範囲の制約に準じて意見表明の適否を判断します。
ここで重要なのは、継続企業に関する記載は、会社の存続を監査人が保証するものではないという点です。監査人の結論は、あくまで監査報告書日までに入手した監査証拠に基づくものです。監査基準報告書700も、監査人の責任区分において、将来の事象や状況により企業が継続企業として存続できなくなる可能性があることを記載することを求めています。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書700 財務諸表に対する意見の形成と監査報告
その他の記載内容は「監査対象外だが無関係ではない」
有価証券報告書には、監査対象である財務諸表以外にも、事業の状況、リスク情報、経営者による分析、サステナビリティ情報、コーポレート・ガバナンス情報などが含まれます。
これらは、財務諸表監査の対象そのものではありません。しかし監査人は、その他の記載内容を通読し、財務諸表又は監査の過程で得た知識との間に重要な相違があるかどうかを検討する必要があります。
監査基準は、監査人が、その他の記載内容を通読し、その他の記載内容と財務諸表又は監査の過程で得た知識との間に重要な相違があるかどうかを検討することを求めています。さらに、財務諸表や監査の過程で得た知識に関連しないその他の記載内容についても、重要な誤りの兆候に注意を払うことが求められます。
出典:金融庁・企業会計審議会|監査基準
この点は、近年の開示実務では特に重要です。
- 財務諸表上は減損の兆候なしとされているのに、事業等のリスクでは主要事業の収益性低下が強調されていないか
- 注記では重要な見積りの不確実性が記載されているのに、経営者による分析では過度に楽観的な説明になっていないか
- KAMで収益認識が取り上げられているのに、事業モデルや契約条件の説明と整合しているか
- 継続企業に関する注記があるのに、資金繰りリスクの説明が不十分でないか
- 内部統制報告書の内容と、監査人が識別した内部統制不備の理解が整合しているか
監査意見の対象は財務諸表ですが、その財務諸表は、有価証券報告書全体の中で読まれます。監査報告書を読む際には、「監査対象外だから見ない」のではなく、「監査意見の対象ではないが、財務諸表との整合性は監査人の検討対象となる」と理解する必要があります。
内部統制監査報告書との関係
上場会社等では、財務諸表監査と内部統制監査が併せて行われます。財務諸表監査報告書と内部統制監査報告書は目的が異なりますが、リスク評価や監査手続の設計においては密接に関係します。
内部統制基準では、経営者の作成した内部統制報告書が一般に公正妥当と認められる内部統制の評価の基準に準拠し、財務報告に係る内部統制の評価についてすべての重要な点において適正に表示していると監査人が認めるとき、内部統制監査報告書で無限定適正意見を表明するものとされています。また、開示すべき重要な不備がある場合で、その記載が適正であると判断して意見を表明するときには、その不備がある旨及び財務諸表監査に及ぼす影響を内部統制監査報告書に追記する必要があります。
出典:金融庁|財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準並びに実施基準
このため、監査報告書を読む際には、財務諸表監査の意見だけでなく、内部統制監査報告書も併せて確認することが重要です。
| 財務諸表監査 | 内部統制監査 |
|---|---|
| 財務諸表に重要な虚偽表示がないかについて意見を表明する | 経営者による内部統制評価の妥当性について意見を表明する |
| 監査証拠に基づき財務諸表全体の適正表示を判断する | 財務報告に係る内部統制の有効性を評価する |
| 内部統制を理解し、必要に応じて依拠する | 内部統制そのものの評価結果を監査する |
| 未修正虚偽表示、開示、見積り、意見形成に接続する | 開示すべき重要な不備、評価範囲、不備評価に接続する |
内部統制に開示すべき重要な不備がある場合でも、財務諸表が修正され、十分な実証手続により財務諸表監査の意見形成が可能であれば、財務諸表監査では無限定適正意見となることがあります。逆に、内部統制の不備が、財務諸表監査における監査証拠の入手可能性や虚偽表示リスクの評価に大きく影響する場合には、財務諸表監査の手続設計や意見形成にも波及します。
監査報告書を「読める」人は、監査プロセスを逆算できる
監査報告書を実務的に読む力とは、最終文書から監査プロセスを逆算する力です。
決算早期化の実務においても、経理担当者全員が有価証券報告書や決算短信等の最終成果物を把握し、そこから逆算して決算・開示業務を組み立てる「森を見る視点」が欠かせません。財務諸表監査でも同じです。監査報告書という最終成果物から、監査計画、リスク評価、証拠形成、開示評価を逆算できることが重要になります。
たとえば、監査報告書から次のように逆算します。
| 監査報告書上の記載 | 逆算して確認すべき監査プロセス |
|---|---|
| 無限定適正意見 | 重要な虚偽表示リスク、未修正差異、開示評価がどのように収束したか |
| 監査意見の根拠 | 十分かつ適切な監査証拠の入手、独立性、審査が説明できるか |
| KAM | 監査役等とのコミュニケーション、特別な検討を必要とするリスク、見積り、開示との接続が整理されているか |
| 継続企業 | 経営者評価、資金繰り、対応策、注記、監査証拠が整合しているか |
| その他の記載内容 | 財務諸表、注記、記述情報、監査過程で得た知識との重要な相違が検討されているか |
| 強調事項 | 財務諸表に適切に開示されているが、利用者の理解上、注意喚起が必要な事項は何か |
| 除外事項付意見 | 虚偽表示又は証拠不足の原因、重要性、広範性、監査役等への報告、審査対応が整理されているか |
監査報告書の読み方は、投資家だけの論点ではありません。監査人、監査役等、会社の経理財務部門、内部監査部門、開示担当者、審査担当者にとって、監査プロセスの整合性を確認するための共通言語です。
実務上、監査報告書を読むときの注意点
監査報告書を読む際には、次のような誤読を避ける必要があります。
| 誤読 | 実務上の正しい理解 |
|---|---|
| 無限定適正意見なら重要論点はなかった | 重要論点があっても、証拠評価と開示評価の結果、無限定となることがある |
| KAMは問題点の一覧である | KAMは監査上特に重要な事項であり、個別意見や不備指摘ではない |
| 強調事項があると監査意見は修正されている | 強調事項は意見には影響しない |
| その他の記載内容にも監査意見が及んでいる | 監査意見の対象ではないが、重要な相違の検討は行われる |
| 意見不表明は中立的な結論である | 意見形成に必要な証拠を入手できない重大な状態である |
| 限定付適正意見は軽微な問題である | 重要な問題だが広範ではないという判断であり、軽微とは限らない |
| 不適正意見は証拠不足で出る | 不適正意見は十分な証拠を得た結果、重要かつ広範な虚偽表示があると判断した場合に出る |
| 監査報告書日以後のすべての事象も監査人が保証している | 監査報告書日は、意見表明の基礎となる証拠を入手した時点であり、将来保証ではない |
特に専門職としては、監査報告書を読むだけでは足りません。「この報告書を出すために、どの判断過程が必要だったか」を説明できることが求められます。
監査報告書をめぐる関係者別の読み方
監査報告書は、関係者ごとに読むべきポイントが異なります。
| 関係者 | 読むべきポイント |
|---|---|
| 監査人 | 意見形成に必要な証拠、未修正虚偽表示、KAM、除外事項、審査対応が調書上説明できるか |
| 監査役等 | 監査人の重要判断、KAM候補、内部統制不備、未修正差異、継続企業、除外事項リスクを理解しているか |
| 経営者・経理部門 | 財務諸表作成責任、内部統制責任、見積り・注記・開示の妥当性を説明できるか |
| 内部監査部門 | 財務報告リスク、内部統制不備、改善状況が財務諸表監査にどう影響するか |
| 投資家・金融機関 | 監査意見の種類、KAM、継続企業、その他の記載内容を通じて財務情報の信頼性と重要論点を把握する |
| 審査担当者・レビュー担当者 | 監査判断、証拠形成、調書化、意見類型、KAM記載が基準に照らして説明可能か |
監査報告書は、監査人だけの文書ではありません。財務報告の信頼性をめぐる関係者の理解を接続する文書です。
監査役の実務においても、最終成果物である監査報告を理解し、そこから監査役として実施すべき仕事を具体化していく発想が重要になります。会計監査人の監査報告書についても、監査役等は、監査人の方法と結果の相当性、重要論点、内部統制、後発事象、不正リスク等を踏まえて読む必要があります。
監査報告書の読み方は、次のテーマへの入口になる
第1テーマでは、法定監査の全体像、二重責任、合理的保証・重要性・監査リスク、独立性・正当な注意・職業的懐疑心を整理してきました。
監査報告書は、これらの概念が最終的に現れる場所です。
- 二重責任は、経営者及び監査役等の責任と監査人の責任の区分に現れます
- 合理的保証と重要性は、監査意見の前提に現れます
- 監査リスクは、監査手続と証拠形成に現れます
- 独立性は、監査意見の根拠に現れます
- 職業的懐疑心は、監査人の責任区分やKAM、見積り評価に現れます
- 内部統制への理解は、リスク評価と監査人の責任に現れます
- 開示との接続は、KAM、その他の記載内容、強調事項、継続企業に現れます
ここから先の第2テーマ以降では、監査スケジュール、監査計画、重要性、リスク評価、監査証拠、内部統制、見積り、不正、開示、KAM、監査役等連携、品質管理へと進みます。
監査報告書を正しく読むことは、監査全体を逆算して理解するための入口です。
監査意見・監査報告書に関する判断整理で迷う場合
監査報告書の読み方は、制度上の用語を知るだけでは足りません。実務では、次のような判断に迷う場面が生じます。
- 無限定適正意見でよいのか
- 限定付適正意見を検討すべき状況なのか
- 虚偽表示なのか、監査範囲の制約なのか
- 影響は重要だが広範ではないのか、重要かつ広範なのか
- KAMで説明すべき事項なのか、除外事項付意見の検討が必要な事項なのか
- 継続企業、その他の記載内容、強調事項、内部統制監査報告書との整合をどう見るべきか
- 監査役等や審査担当者にどの粒度で説明すべきか
こうした論点では、会計処理、監査証拠、内部統制、開示、監査報告、ガバナンスを一体で整理する必要があります。
犬飼公認会計士・税理士事務所では、法定監査、内部統制、財務報告、開示に関する判断論点について、監査意見形成、監査報告書、KAM、内部統制不備、会計上の見積り、開示対応を横断して整理する支援を行っています。監査報告書に至る判断過程を、会社・監査役等・審査担当者・利用者に説明できる状態へ整えたい場合は、個別事情を確認したうえで、どの事実・基準・証拠・統制・開示を結びつけるべきかを検討できます。
振り返り
| 重要論点 | 実務上の要点 |
|---|---|
| 監査報告書の位置づけ | 監査計画、リスク評価、証拠形成、開示評価、審査を経た監査判断の成果物である |
| 監査意見が表明すること | 財務諸表がすべての重要な点において適正に表示されているか、又は準拠して作成されているか |
| 監査意見が表明しないこと | 絶対的保証、会社の将来保証、事業価値の保証、有価証券報告書全体への包括的保証 |
| 無限定適正意見 | 重要な論点がないことではなく、十分かつ適切な証拠に基づき、重要な虚偽表示がないと判断した結果である |
| 監査意見の根拠 | 監査基準への準拠、独立性、十分かつ適切な監査証拠の入手を示す区分である |
| 限定付適正意見 | 重要な虚偽表示又は監査証拠不足があるが、その影響が広範ではない場合に表明される |
| 不適正意見 | 十分な証拠を得た結果、重要かつ広範な虚偽表示があると判断した場合に表明される |
| 意見不表明 | 意見形成に必要な十分かつ適切な証拠を入手できず、未発見虚偽表示の可能性が重要かつ広範な場合に意見を表明しないもの |
| 強調事項 | 財務諸表に適切に表示又は開示されている事項について、利用者の注意を喚起する区分であり、意見を修正するものではない |
| その他の事項 | 財務諸表には表示又は開示されていないが、監査報告書の理解に関連する事項を説明する区分である |
| KAM | 監査役等とコミュニケーションした事項から選ばれる、当年度監査で特に重要な事項であり、個別意見や除外事項の代替ではない |
| 継続企業 | 無限定適正意見であっても、重要な不確実性がある場合には監査報告書上の重要な注意喚起となる |
| その他の記載内容 | 監査意見の対象ではないが、財務諸表又は監査過程で得た知識との重要な相違を検討する対象である |
| 内部統制監査報告書との関係 | 財務諸表監査とは目的が異なるが、リスク評価、証拠形成、開示すべき重要な不備の判断で接続する |
| 次に深掘りすべき論点 | 監査スケジュール、監査計画、重要性、リスク評価、監査証拠、KAM、除外事項、継続企業、内部統制監査報告 |