会計上の見積りの開示と説明可能性|注記・監査対応・KAMにつながる実務判断

会計上の見積りの開示は、注記をひとつ増やすだけの実務ではありません。

減損、税効果、貸倒引当金、棚卸資産評価、退職給付、金融商品の時価、引当金、訴訟、継続企業の前提。こうした見積りを伴う領域では、財務諸表本体に計上された金額だけを見ても、利用者がその不確実性を十分に理解できないことがあります。

監査人にとっても、この論点は「開示チェックリストを埋めれば終わり」というものではありません。見積り開示は、リスク評価から監査証拠、経営者バイアスの検討、内部統制、監査役等とのコミュニケーション、KAM候補の検討、審査対応、そして監査報告に至るまで、判断が連続していく領域です。

本稿では、会計上の見積りの開示を、財務諸表利用者に対する説明可能性という観点から整理します。個別の減損計算、税効果会計、退職給付計算、時価評価モデルなどの詳細は別稿で扱いますので、ここでは見積り開示に共通する判断軸と、監査上の接続を中心に取り上げます。

目次

会計上の見積りの開示は「金額の注記」ではなく「不確実性の説明」である

見積り開示を考える出発点は、「財務諸表に計上した金額だけでは、何が足りないのか」という問いです。

企業会計基準第31号「会計上の見積りの開示に関する会計基準」は、会計上の見積りを、資産・負債、収益・費用等の額に不確実性がある場合に、財務諸表の作成時点で入手可能な情報に基づいて合理的な金額を算出することと整理しています。そのうえで、計上した金額だけでは、当該金額が含まれる項目が翌年度の財務諸表に影響を及ぼす可能性を利用者が理解することは difficult であるとして、見積りの内容に関する開示を求めています。

すなわち、計上額のみでは翌年度への影響可能性を利用者が理解することは困難である、という前提に立った開示要求です。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準第31号 会計上の見積りの開示に関する会計基準

この考え方を実務に引き直すと、見積り開示の目的は、利用者に将来の結果を予言してみせることではありません。財務諸表の作成時点で経営者がどのような不確実性を抱え、どのような仮定と方法で金額を測定し、その結果が翌年度の財務諸表にどのような重要な影響を及ぼし得るのか。それを利用者が理解できる状態にすることが目的です。

見積り開示は、将来予測情報の開示義務ではありません。しかし、翌年度の財務諸表に及ぼす影響を踏まえて、開示対象項目を識別する判断を求めるものです。企業が置かれている状況と、その状況に対する企業自身の評価を、利用者が理解できるようにすること。ここが要になります。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準第31号 会計上の見積りの開示に関する会計基準

開示対象項目をどう識別するか

会計上の見積りを行った項目が、すべて開示対象になるわけではありません。

企業会計基準第31号では、当年度の財務諸表に計上した金額が会計上の見積りによるもののうち、翌年度の財務諸表に重要な影響を及ぼすリスクがある項目を識別することとされています。その項目は、通常、当年度の財務諸表に計上した資産及び負債です。また、翌年度の財務諸表に与える影響を検討する際には、影響の金額的な大きさと発生可能性を総合的に勘案します。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準第31号 会計上の見積りの開示に関する会計基準

実務では、次の順序で考えると整理しやすくなります。

判断ステップ確認すべきこと
1. 見積りを含む項目を把握する減損、税効果、引当金、時価、退職給付、棚卸評価など、見積りを伴う項目を網羅する
2. 金額的重要性を確認する財務諸表全体、重要性基準、主要指標、純資産・利益への影響を確認する
3. 不確実性の程度を評価する将来キャッシュ・フロー、課税所得、回収可能性、市場データ、訴訟結果などの不確実性を確認する
4. 翌年度影響を検討する見積りの更新や実績との差異により、翌年度の損益・財政状態に重要な影響が生じ得るかを確認する
5. 利用者の理解に資するかを判断する金額だけではリスクや不確実性が伝わらないのではないかを確認する
6. 他の注記・記述情報との関係を確認する減損注記、税効果注記、金融商品注記、事業等のリスク、KAM候補との整合を確認する

ここでいう「リスク」は、不利な影響だけを意味するものではありません。企業会計基準第31号は、有利となる場合及び不利となる場合の双方が含まれると明記しています。

したがって、翌年度に損失が発生する可能性だけを見ていては足りません。評価減の戻入れ、引当金の取崩し、税金費用の減少など、財務諸表に重要な影響を及ぼし得る方向性を、幅広く考える必要があります。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準第31号 会計上の見積りの開示に関する会計基準

「通常は資産・負債」だが、それだけではない

見積り開示の対象は、通常、当年度の財務諸表に計上した資産及び負債です。

しかし実務では、資産・負債に限って考えると不十分な場面があります。当年度に計上した収益・費用、会計上の見積りの結果として当年度に計上しないこととした負債、注記に開示する金額を算出するために見積りを行ったもの。これらについても、翌年度の財務諸表に重要な影響を及ぼすリスクがあるのであれば、開示対象として識別することは妨げられません。

たとえば、訴訟損失引当金を計上しないと判断した場合であっても、訴訟の結果によって翌年度の財務諸表に重要な影響が生じる可能性があるのなら、「計上していないから開示対象外」と単純に割り切ることはできません。減損損失を認識しないと判断した固定資産についても同様です。将来キャッシュ・フローの前提が翌年度に大きく変わり得るのであれば、開示対象になり得ます。

監査人が注意したいのは、見積り開示の判断を、財務諸表本体に計上した金額の有無だけで終わらせないことです。利用者にとって重要なのは、当年度の会計処理の結果だけではありません。その判断が翌年度にどのように変わり得るのか、という点にあります。

直近の市場価格による時価変動は、見積り開示の識別では扱いを分ける

見積り開示では、直近の市場価格により時価評価する資産及び負債の市場価格の変動は、開示対象項目を識別する際に考慮しないとされています。市場価格の変動は、見積りの不確実性に起因するものではないからです。

この点は、金融商品や時価評価の監査で誤解されやすいところです。

たとえば、上場株式の市場価格が翌年度に大きく変動する可能性があるとしても、それ自体は市場価格変動リスクであり、見積りの不確実性とは性質が異なります。他方で、観察可能でないインプットを用いる評価技法、流動性の低い金融商品、第三者価格の調整、非上場株式の評価、デリバティブの評価モデルなどでは、見積りの不確実性、複雑性、主観性が問題になり得ます。

したがって監査人は、「時価評価だから見積り開示」と短絡せず、何が市場価格の変動であり、何が見積りの不確実性なのかを切り分ける必要があります。

注記すべき事項は何か

企業会計基準第31号は、識別した項目について、項目名に加えて、当年度の財務諸表に計上した金額と、会計上の見積りの内容について財務諸表利用者の理解に資するその他の情報を注記することを求めています。その他の情報としては、計上した金額の算出方法、算出に用いた主要な仮定、翌年度の財務諸表に与える影響が例示されています。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準第31号 会計上の見積りの開示に関する会計基準

整理すると、注記の中心は次の4つです。

注記項目実務上の意味
識別した項目名どの見積り論点を開示対象としたか
当年度の財務諸表に計上した金額利用者が財務諸表本体との関係を把握するための金額
見積り内容を理解するための情報何を、どのように見積もったか
翌年度影響を理解するための情報見積りの更新や実績差異により、どのような影響が生じ得るか

ここで重要なのは、注記が定型文では足りない、ということです。

「将来の事業計画に基づき算定しております」

「回収可能性を合理的に見積もっております」

「利用可能な情報に基づき判断しております」

このような記載だけでは、利用者は見積りの内容も不確実性も理解できません。開示目的に照らせば、企業固有の状況、経営者が置いた主要な仮定、その仮定が変動した場合の影響が読み取れる必要があります。

「当年度の財務諸表に計上した金額」は本表残高そのものとは限らない

見積り開示で記載する「当年度の財務諸表に計上した金額」は、貸借対照表に表示された科目全体の残高そのものとは限りません。

たとえば、投資有価証券残高100百万円のうち、観察できない重要なインプットを用いて算定した20百万円だけが、翌年度の財務諸表に重要な影響を及ぼすリスクを有するとします。この場合、見積り開示では当該20百万円を開示対象金額として示すほうが、より適切と考えられます。

これは監査上も重要な論点です。開示対象金額が本表科目全体なのか、その一部なのか。ここが曖昧なままでは、利用者にも審査担当者にも説明しにくくなります。

実務上は、次のような切り分けが必要になります。

本表科目開示対象として切り出す可能性がある部分
固定資産減損リスクがある資産グループ
投資有価証券観察不能なインプットを用いて評価した部分
繰延税金資産回収可能性判断の重要な見積りが含まれる部分
棚卸資産滞留・陳腐化リスクが高い商品群
貸倒引当金個別評価対象の重要債権
引当金訴訟・保証・撤退など重要な見積りを含む部分

監査人は、会社が示す金額の粒度が開示目的と合っているかを確認する必要があります。単に勘定科目の残高を転載するだけでは、見積りの不確実性が利用者に伝わらないことがあるからです。

算出方法、主要な仮定、翌年度影響は一体で読む

見積り開示でありがちな弱点は、算出方法、主要な仮定、翌年度影響が分断されていることです。

たとえば減損に関する注記で、使用価値を算定したと記載していても、それだけでは足りません。将来キャッシュ・フローの基礎となる売上成長率、利益率、割引率、計画期間、残存価値の前提が示されなければ、利用者は不確実性を理解できないからです。さらに、それらの仮定が翌年度にどのように変動し得るのかが示されなければ、翌年度影響の理解にもつながりません。

見積り開示は、次の3層で組み立てる必要があります。

説明すべき内容
算出方法どの方法で金額を算定したか使用価値、正味売却価額、貸倒実績率、財務内容評価法、年金数理計算
主要な仮定どの仮定が金額に重要な影響を与えるか売上成長率、利益率、割引率、課税所得、回収率、担保処分見込額
翌年度影響仮定の変化がどのような影響を与え得るか減損損失、繰延税金資産の取崩し、引当金の追加計上、評価損

貸倒引当金であれば、債権区分、貸倒見積高の算定方法、貸倒実績率、担保処分見込額、保証による回収見込額、将来キャッシュ・フロー、感応度分析などが開示情報として問題になり得ます。訴訟であれば、訴訟損失引当金をどのように決定したか、又はなぜ計上しないこととしたか、将来の訴訟結果に対する見通し、合理的に予想される変動幅などが検討の対象になります。

「主要な仮定」と「すべての仮定」は違う

見積り開示では、すべての仮定を列挙する必要はありません。むしろ、重要でない仮定まで機械的に並べてしまうと、利用者にとって本当に重要な情報が埋もれてしまいます。

主要な仮定とは、見積額に重要な影響を与える仮定です。判断のポイントは、次のように整理できます。

判断軸主要な仮定に該当しやすい例
金額感応度が高い割引率、成長率、粗利率、回収率、処分価額
経営者判断が大きい事業計画、資金調達計画、訴訟見通し、再建計画
外部環境の影響を受けやすい市場需要、価格、金利、為替、規制、競争環境
過年度実績との差異が大きい過去未達の事業計画、回収遅延、訴訟進展
監査上の注意を要する特別な検討を必要とするリスク、KAM候補、審査論点

監査人は、会社が「主要な仮定」として何を選んだかだけでなく、何を選ばなかったかも確認する必要があります。たとえば減損の検討において、売上成長率のみを開示し、利益率や割引率に触れていない場合。利用者の理解にとって十分といえるかどうか、あらためて検討する必要があります。

翌年度影響は、将来予測ではなく「影響の理解」を支える情報である

翌年度影響の開示は、実務上もっとも迷いやすい領域です。

会社側には、「将来予測を出したくない」「数値を出すと独り歩きする」「翌年度の業績予想と誤解される」といった懸念があります。一方で監査人としては、翌年度の財務諸表に重要な影響を及ぼすリスクを識別した以上、その影響を利用者が理解できるだけの情報が必要になります。

ここで区別すべきなのは、翌年度の結果を予測することと、見積りの不確実性が翌年度に与え得る影響を説明することです。

開示として避けるべき方向開示として検討すべき方向
翌年度の損益を断定的に予測する仮定が変動した場合に影響が生じ得ることを説明する
過度に詳細な事業計画をそのまま開示する主要な仮定と不確実性の性質を説明する
漠然と「重要な影響が生じる可能性がある」と書くどの仮定が、どの科目に、どの方向で影響し得るかを示す
経営者の期待を強調する利用可能な情報と不確実性を中立的に説明する

感応度分析、合理的に予想される変動幅、重要な仮定の変化により生じ得る会計処理の方向性。これらは、利用者の理解に資する場合があります。ただし、どの程度まで定量情報を出すべきかは、重要性、情報の信頼性、競争上の機密、既存の注記との関係を踏まえて判断することになります。

他の注記を参照できるが、参照だけで足りるとは限らない

企業会計基準第31号は、会計上の見積りの開示以外の注記に必要な事項を含めて記載している場合、当該他の注記を参照することで記載に代えることができるとしています。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準第31号 会計上の見積りの開示に関する会計基準

この定めは、重複記載を避けるうえで有用です。減損、税効果、金融商品、退職給付、収益認識など、個別基準に基づく注記に見積りの内容が含まれているのであれば、見積り開示で同じ情報を繰り返す必要はありません。

しかし、参照さえしておけば開示目的を満たす、というものでもありません。

状況監査上の確認ポイント
他の注記に金額はあるが仮定がない見積りの内容を理解する情報として十分か
他の注記に算出方法はあるが翌年度影響がない翌年度の重要な影響を理解できるか
他の注記が一般的な記載にとどまる企業固有の状況が説明されているか
KAMが注記を参照する予定である参照先の注記が、KAMの背景を支えるだけの内容になっているか
複数注記に情報が散在している利用者が全体像を把握できる構成になっているか

監査人は、参照の可否を「規定上できるか」ではなく、「開示目的を満たすか」で評価する必要があります。

会社法計算書類における見積り注記との関係

会計上の見積りに関する注記は、金融商品取引法上の財務諸表だけの論点ではありません。

会社計算規則第102条の3の2は、会計上の見積りに関する注記として、会計上の見積りにより当該事業年度に係る計算書類又は連結計算書類にその額を計上した項目であって、翌事業年度に係る計算書類又は連結計算書類に重要な影響を及ぼす可能性があるもの、その項目に計上した額、及び会計上の見積りの内容に関する理解に資する情報を掲げています。
出典:e-Gov法令検索|会社計算規則

会社計算規則における見積り注記についても、考え方は同じだと私は理解しています。金額の表示だけでは、利害関係者が翌年度の計算書類への影響可能性を理解することは難しい。見積りの内容に関する理解に資する情報は、会社の財産又は損益の状態を正確に判断するために重要な事項である、ということです。

この点は、会社法監査、監査役等の監査、株主総会関連書類の監査手続にも関係してきます。金商法開示と会社法開示で、文言や粒度が完全に一致する必要はありません。しかし、重要な見積り、不確実性、翌年度影響に関する基本的な説明が矛盾していれば、監査人にとっても、監査役等にとっても、会社にとっても、説明が難しくなります。

見積り開示と監査対応の接続

見積り開示は、会社の注記作成だけの問題ではありません。監査人は、会計上の見積り及び関連する注記事項が、適用される財務報告の枠組みに照らして合理的か、又は虚偽表示であるかを評価しなければなりません。

監査基準報告書540は、会計上の見積り及び関連する注記事項について、監査基準報告書315、330、450、500等をどのように適用すべきかの指針を提供するものであり、注記事項に係る虚偽表示の評価や、経営者の偏向の兆候についても扱っています。また、会計上の見積りは金額を直接観察できない場合に経営者により行われるものであり、見積りの不確実性、複雑性、主観性が虚偽表示の可能性に影響するとされています。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書540 会計上の見積りの監査

監査上の接続は、次のように整理できます。

監査プロセス見積り開示との関係
リスク評価見積りの不確実性、複雑性、主観性、経営者バイアスを評価する
内部統制理解見積りプロセス、レビュー統制、データ統制、開示統制を理解する
監査手続方法、仮定、データ、専門家の利用、事後的検討を実施する
証拠評価見積額だけでなく、注記事項の合理性も評価する
虚偽表示評価金額の虚偽表示だけでなく、開示不足・誤解を招く記載も評価する
監査役等との連携見積りの重要性、不確実性、注記の十分性を共有する
KAM判断見積り論点が監査上特に重要な事項に該当するかを検討する
監査調書開示対象の識別、会社判断、監査人の評価、結論を記録する

監査基準報告書540は、適正表示の枠組みにおいては、具体的に要求されていない場合であっても、財務諸表全体の適正表示を達成するために必要な注記事項が記載されているかを評価することを求めています。また、準拠性の枠組みにおいては、利用者の誤解を招かないよう、必要な注記事項が記載されているかを評価することを求めています。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書540 会計上の見積りの監査

注記不足は「開示の虚偽表示」になり得る

見積りの監査では、金額が合理的な範囲内にあるかどうかに関心が集中しがちです。しかし会計上の見積りの開示では、たとえ金額が許容範囲内であっても、注記が不足していれば、財務諸表利用者の理解を妨げる可能性があります。

たとえば、次のような場合です。

状況問題となる可能性
減損損失を認識していないが、重要な減損リスクがある翌年度影響の理解に資する情報が不足する可能性
繰延税金資産の回収可能性判断が重要だが、主要な仮定が抽象的課税所得見込みやスケジューリングの不確実性が伝わらない可能性
訴訟損失引当金を計上していないが、訴訟結果の影響が大きい未計上負債に関する判断の説明が不足する可能性
非上場株式評価に重要な仮定があるが、評価方法だけを記載見積りの不確実性や感応度が伝わらない可能性
KAMで重要な見積りを取り上げるが、注記が一般論にとどまるKAMと財務諸表注記の接続が弱くなる可能性

監査調書の上でも、「金額は合理的」と「注記は十分」は、別の結論として整理すべきものです。金額評価に関する監査証拠が十分であったとしても、開示目的を満たす注記になっているかは、あらためて評価しなければなりません。

見積り開示と経営者バイアス

会計上の見積りの開示は、経営者バイアスの評価とも関係します。

経営者にとって不利な仮定や不確実性ほど、開示が抽象的になりやすいからです。減損リスクが高い事業、回収可能性に疑義がある債権、税効果の判断が微妙な繰延税金資産、進行中の訴訟、資金繰りの不安。こうした領域では、会社が明示的な記載を避けたいと考えることがあります。

しかし見積り開示は、会社にとって都合のよいストーリーを記載する場ではありません。財務諸表利用者が不確実性を理解するための情報を、中立的に示す場です。

バイアスの現れ方監査上の着眼点
楽観的な事業計画のみを強調過年度達成率、外部環境、不利な情報との整合
不確実性を一般論で記載企業固有のリスクが説明されているか
主要な仮定を限定的に記載本当に重要な仮定が省略されていないか
翌年度影響を曖昧に記載どの科目に、どのような影響が生じ得るか
他の注記や記述情報と矛盾有価証券報告書全体として一貫した説明になっているか

監査基準報告書540は、経営者の偏向を、情報作成における経営者の中立性の欠如と定義しています。監査人は、会計上の見積り及び関連する注記事項の選択も含めて、これを評価する必要があります。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書540 会計上の見積りの監査

開示統制として見積り注記を設計する

見積り開示の品質は、期末に開示担当者が文章を整えるだけでは確保できません。

見積り開示は、見積りそのものの決算プロセス、監査資料、開示基礎資料、レビュー統制と一体で設計する必要があります。決算早期化の実務においても、経理担当者が有価証券報告書や決算短信といった最終成果物を把握し、そこから逆算して決算・開示業務を組み立てる「森を見る視点」が重要になります。

見積り開示に関する開示統制としては、次の観点が重要です。

統制領域実務上の確認事項
見積り一覧の管理重要な見積り項目を網羅的に把握しているか
開示対象判定翌年度の重要な影響リスクを、誰が、どの基準で判定するか
基礎資料管理見積り計算資料と開示基礎資料が整合しているか
主要な仮定のレビュー事業部門、経営企画、経理、経営者の仮定が整合しているか
注記文案レビュー会計処理、監査証拠、記述情報、KAM候補と整合しているか
監査役等への報告重要な見積り、不確実性、開示判断を共有しているか
変更管理前期注記からの変更理由を説明できるか
最終承認注記の責任部署と承認者が明確か

内部統制の観点でいえば、リスクがあるからこそ統制が必要になります。業務フローを理解し、どこにリスクがあり、どの統制でそれを低減するのかを把握しなければ、見積り開示の統制も実効性を持ちません。

また、2023年4月に公表された改訂内部統制基準・実施基準では、内部統制の目的について、従来の財務報告の信頼性から、非財務報告や内部報告を含む「報告」の信頼性へと拡張が図られています。あわせて、不正リスクへの対応、ガバナンスや全組織的リスク管理との関連性も意識されています。
出典:金融庁|財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準並びに財務報告に係る内部統制の評価及び監査に関する実施基準の改訂について

見積り開示は、財務諸表注記の問題であると同時に、決算・財務報告プロセスと開示統制の実効性を示す領域でもあるのです。

監査役等とのコミュニケーションで何を説明するか

見積り開示は、監査役等とのコミュニケーションにも接続します。

監査基準報告書540は、会計上の見積りに関して監査役等とコミュニケーションを行うべき事項があれば検討することを求めています。その際には、重要な虚偽表示リスクの原因が、見積りの不確実性、複雑性、主観性、その他の固有リスク要因に関するものかを考慮することとされています。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書540 会計上の見積りの監査

監査役等に対しては、次のような説明が必要になります。

説明事項実務上の内容
重要な見積り項目どの見積りが財務諸表に重要な影響を与えるか
開示対象の識別理由なぜその項目を見積り開示の対象としたか、又はしなかったか
主要な仮定経営者判断が大きい仮定は何か
翌年度影響見積りの更新により、どのような影響が生じ得るか
経営者バイアス会社に有利な仮定や、情報選択の偏りがないか
注記の十分性利用者に不確実性が伝わる記載になっているか
KAM候補との関係監査上特に重要な事項として扱う可能性があるか
未解決事項監査意見の形成までに残る論点は何か

監査役等の役割は、会計監査人の判断を追認することではありません。経営者による見積りと開示が、会社の財務報告として説明可能な状態にあるかを、ガバナンスの観点から確認することです。監査役の監査手続においても、会計監査人との意思疎通、内部統制システムの理解、後発事象、不正への注意が重要な論点となります。

KAMとの接続:KAMは注記不足を補うものではない

会計上の見積りの開示は、KAMと密接に関係します。

金融庁は、KAMについて、2018年7月公表の「監査基準の改訂に関する意見書」により日本の監査実務に導入され、2021年3月期から、一部を除く金融商品取引法監査が適用される会社に対して監査報告書への記載が求められているとしています。KAMの記載は、監査人が実施した監査の透明性を向上させ、監査報告書の情報価値を高める点に意義があります。
出典:金融庁|「監査上の主要な検討事項(KAM)」の実務の定着と浸透に向けた取組みについて

見積り論点がKAM候補となる場合、財務諸表注記との整合が特に重要になります。

KAMは、監査人の監査上の対応を説明するものです。会社の開示不足を、監査報告書で補うためのものではありません。KAMにおいて注記を参照する場合、その参照先である財務諸表注記が、見積りの内容、主要な仮定、不確実性、翌年度影響を十分に説明していなければ、KAMの情報価値も低下してしまいます。

実務上の確認ポイントは、次のとおりです。

観点確認事項
KAM候補の見積り注記で開示対象に識別されているか
KAMの記載理由注記に記載された不確実性や仮定と整合しているか
監査上の対応注記で説明された見積りプロセスと対応しているか
監査役等との共有KAM候補、注記、監査上の対応が一体で説明されているか
審査対応KAMと注記の整合性を、審査担当者に説明できるか

KAMの詳細な決定プロセスと記載判断は、別稿で扱います。本稿で押さえておきたいのは、見積り開示がKAMの前提になるという点です。KAM候補になり得る見積り論点ほど、会社の注記が監査判断を支えるだけの説明力を持っているかを、早い段階で確認しておく必要があります。

有価証券報告書全体との整合性

見積り開示は、財務諸表注記だけで完結するものではありません。

有価証券報告書では、財務諸表、注記、記述情報、事業等のリスク、MD&A、監査報告書、内部統制報告書が一体のものとして読まれます。金融商品取引法は、企業情報の開示制度を整備し、投資家が適切に情報を入手できる環境を整えることを通じて、投資家保護と公正な価格形成を図る制度です。

そのため、次のような不整合は監査上の論点になります。

不整合の例問題点
注記では不確実性が小さいように見えるが、事業等のリスクでは重大リスクとして記載利用者への説明が一貫しない
減損注記では回復見込みを強調するが、MD&Aでは需要低迷を説明事業計画の整合性が問われる
税効果注記では将来課税所得を強く見るが、業績予想は保守的仮定間の整合性が問われる
KAMでは高い不確実性を説明するが、財務諸表注記は一般的記載KAMと会社開示の接続が弱い
内部統制報告書では有効とするが、見積り基礎資料の統制が弱い決算・財務報告プロセスの評価が問われる

監査人は、見積り注記を単独で読むのではなく、有価証券報告書全体の説明と整合しているかを確認する必要があります。この点は、「有価証券報告書と財務諸表監査の接続」を扱う別稿で、さらに深掘りしていきます。

監査調書に残すべき判断過程

見積り開示の監査調書では、注記チェックリストの結果だけでは足りません。

審査担当者や外部レビューが確認したいのは、なぜその項目を開示対象としたのか、又はしなかったのか。開示内容がどのように開示目的を満たしているのか。監査人がどの証拠に基づいて十分と判断したのか。こうした判断の道筋です。

監査基準報告書540は、監査調書に記載すべき事項として、会計上の見積りに関連する企業の内部統制を含む企業及び企業環境の理解、重要な虚偽表示リスクとリスク対応手続との関連性、見積りの不確実性への経営者の対応、経営者の偏向の兆候、そして会計上の見積り及び関連する注記事項が合理的か虚偽表示かを決定する際の重要な判断を挙げています。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書540 会計上の見積りの監査

実務上は、少なくとも次の事項を調書化すべきです。

調書化事項内容
見積り項目一覧重要な見積り項目をどのように把握したか
開示対象判定翌年度の重要な影響リスクをどう評価したか
開示しない項目の理由見積りはあるが開示対象外とした項目の判断理由
主要な仮定会社が主要と判断した仮定と、監査人の評価
翌年度影響金額的重要性、発生可能性、感応度等の検討
他の注記との参照関係参照先の注記で開示目的が満たされるか
記述情報との整合有価証券報告書全体、事業等のリスク、MD&Aとの整合
監査役等との共有重要論点として報告・協議した内容
KAM候補との接続KAM候補に該当するか、注記が十分か
最終結論注記が適正表示又は利用者の誤解防止に照らして十分か

監査調書は、見積り注記の文章を保存するだけの場所ではありません。開示対象を識別し、開示目的に照らして注記の十分性を評価した、その判断過程を残す場所です。

見積り開示を実務で検討するためのフレーム

会計上の見積りの開示を検討する際には、次のフレームで整理しておくと、監査計画、期末監査、審査、監査役等への報告、KAM判断につなげやすくなります。

ステップ実務判断
1. 重要な見積りを棚卸しする財務諸表本体、注記、未計上項目を含めて見積り項目を把握する
2. 翌年度影響リスクを評価する金額的重要性と発生可能性を総合的に検討する
3. 開示対象を決める通常は資産・負債を中心に、必要に応じて収益・費用、未計上負債、注記金額も検討する
4. 開示目的を確認する利用者が見積りの内容と不確実性を理解できるかを確認する
5. 注記内容を設計する金額、算出方法、主要な仮定、翌年度影響を整理する
6. 他の注記・記述情報と整合させる減損、税効果、金融商品、事業等のリスク、KAM候補と整合させる
7. 監査証拠を対応させる注記を支える証拠、矛盾する証拠、経営者の説明を評価する
8. 開示統制を確認する決算・財務報告プロセス、レビュー統制、承認統制を確認する
9. 監査役等・審査対応を準備する論点、判断理由、未解決事項を説明できるようにする
10. 監査報告との接続を確認するKAM、強調事項、除外事項への波及を検討する

このフレームの目的は、開示文案を作ることではありません。見積りの不確実性を、会社・監査人・監査役等・利用者に対して説明可能な形に整理することにあります。

専門家への相談を検討すべき場面

会計上の見積りの開示は、会社の経理部門、監査チーム、監査役等、審査担当者の間で判断が分かれやすい領域です。特に次のような場合には、早い段階で論点を整理しておくことが有効です。

状況相談を検討すべき理由
開示対象にすべきか判断が難しい見積りがある翌年度影響リスク、金額的重要性、発生可能性を整理する必要がある
注記が一般的・抽象的になっている開示目的に照らした記載内容の見直しが必要になる
減損、税効果、GC、KAM候補が同じ事業計画に依存している仮定間の整合性と説明可能性を確認する必要がある
監査人と会社で注記の粒度に見解差がある利用者理解、競争上の機密、監査証拠のバランスを整理する必要がある
KAM候補の注記が弱いKAMと財務諸表注記の接続を整える必要がある
審査やレビューで見積り開示を指摘された調書化、証拠、判断過程を再構成する必要がある
開示統制が属人的である決算・財務報告プロセスとして再設計する必要がある

犬飼公認会計士・税理士事務所では、会計上の見積りに関する開示対象項目の識別、注記文案の論点整理、監査調書の見直し、KAM候補との整合、監査役等・審査担当者への説明資料の整理を支援しています。

見積り開示で重要なのは、「どこまで書くか」だけではありません。なぜその項目を開示対象とし、どの仮定を主要な仮定とし、どの情報で利用者の理解を支え、どの証拠で監査判断を支えるのか。それを後から説明できる状態にしておくことです。

会計上の見積りの開示、注記の十分性、監査対応、KAM候補、開示統制の整理でお悩みの場合は、お問い合わせページよりご相談ください。会計・監査・内部統制・開示を横断して、実務判断を説明可能な形に整理します。

重要事項の振り返り

項目振り返り
見積り開示の本質財務諸表に計上した金額だけでは伝わらない不確実性を説明する注記である
開示目的翌年度の財務諸表に重要な影響を及ぼすリスクがある見積りについて、利用者の理解に資する情報を開示する
開示対象の識別金額的重要性と発生可能性を総合的に勘案して判断する
通常の対象通常は当年度の財務諸表に計上した資産及び負債が中心となる
対象になり得るもの収益・費用、未計上負債、注記金額の見積りも、重要な翌年度影響があれば検討対象になり得る
市場価格変動直近の市場価格による時価変動は、見積り開示の識別では原則として考慮しない
注記事項項目名、計上額、算出方法、主要な仮定、翌年度影響などを、開示目的に照らして記載する
主要な仮定すべての仮定ではなく、見積額に重要な影響を与える仮定を識別する
翌年度影響将来予測ではなく、見積りの不確実性が翌年度に与え得る影響を理解させる情報である
他注記の参照他の注記を参照できるが、参照先だけで開示目的を満たすかを確認する必要がある
監査対応金額だけでなく、関連する注記事項が合理的か、又は虚偽表示かを評価する
経営者バイアス不利な情報を省略する、仮定を楽観的に説明するなど、開示にもバイアスが現れ得る
開示統制見積り注記は、決算・財務報告プロセス、レビュー統制、開示基礎資料と一体で設計する必要がある
KAMとの関係KAMは会社の注記不足を補うものではなく、見積り注記がKAMの説明基盤となる
監査調書開示対象の識別、注記内容の評価、監査証拠、監査役等との共有、KAM候補との接続を残す必要がある
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