分析的手続と事業理解によるリスク把握|監査を「増減分析」で終わらせないための実務判断

把握|監査を「増減分析」で終わらせないための実務判断

分析的手続は、監査現場でもっとも頻繁に行われる手続の一つです。

前期と比較する。月次の推移を追う。予算実績差異を確認する。売上総利益率や回転期間を見比べる。異常な増減があれば、会社に質問する。

ここまでは、多くの監査調書で実際に行われていることでしょう。

しかし、分析的手続が単なる増減分析で終わってしまっているとすれば、その手続は監査計画を実質化する力を持ちません。

大切なのは、数値の変動を見つけることそのものではありません。その変動を、事業理解、内部統制、会計処理、アサーション、不正リスク、そして開示上の説明可能性へと接続していくことです。

監査基準報告書315では、リスク評価手続に、経営者等への質問、分析的手続、観察及び記録や文書の閲覧を含めることが求められています。分析的手続は、監査上留意すべき他の関連情報との矛盾、通例でない取引又は事象、金額、比率及び傾向を識別するうえで有益であり、とりわけ不正による重要な虚偽表示リスクの識別にも役立つことがあります。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書315 重要な虚偽表示リスクの識別と評価

分析的手続は、監査を「森」から「枝」へと深掘りしていくための入口です。

まず財務諸表全体を見渡して違和感を捉える。重要な増減や不整合のある領域について質問する。その回答を、証憑、契約、内部資料、非財務情報、外部情報で裏付けていく。監査とは、財務分析に始まり、違和感を一つずつ潰し、合理的と判断した証跡を調書に残していく作業でもあります。

本稿では、分析的手続を「数字を見る手続」ではなく、「事業理解を監査リスクに変換する手続」として整理していきます。

目次

分析的手続には三つの局面がある

分析的手続は、監査のなかで一つの役割だけを担うものではありません。大きく分けると、次の三つの局面で用いられます。

局面主な目的監査上の位置づけ
リスク評価手続としての分析的手続重要な虚偽表示リスクを識別・評価する監査計画・リスク評価の入口
分析的実証手続特定のアサーションについて監査証拠を入手するリスク対応手続の一部
最終段階の分析的手続監査人の企業理解と財務諸表が整合しているかを総括する意見形成前の全般的検討

監査基準報告書520は、実証手続としての分析的手続と、監査の最終段階で全般的な結論を形成するための分析的手続について、実務上の指針を示しています。一方、リスク評価手続としての分析的手続は、監査基準報告書315が扱う領域です。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書520 分析的手続

本稿で中心に扱うのは、リスク評価手続としての分析的手続です。

つまりここでの分析的手続は、「この残高が正しいことを直接立証する手続」ではありません。「どこに重要な虚偽表示リスクがあり得るかを見極める手続」です。実証手続としての分析的手続や、監査終盤の総括的レビューにも接続していきますが、軸足はあくまで監査計画とリスク評価にあります。

分析的手続は「事業理解」がなければ機能しない

分析的手続は、数字だけを眺めていても機能しません。

売上が増えている。粗利率が低下している。在庫が増えている。販管費が減っている。営業キャッシュ・フローが悪化している。

これらは、事実としての変動にすぎません。

監査上問われるのは、その変動が「事業上自然な変動」なのか、それとも「会計処理・内部統制・不正・開示上のリスクを示す変動」なのかという判断です。そして、その判断には事業理解が欠かせません。

たとえば、同じ売上増加であっても、その背景によって監査上の意味はまったく異なります。契約単価の上昇、販売数量の増加、顧客構成の変化、新規事業、販売条件の変更、収益認識単位の変更、検収条件の変更、代理人取引から本人取引への判断変更、期末押込み、関連当事者取引──どれも「売上増加」という結果は同じでも、見るべき論点は別物です。

同じ粗利率低下であっても同様です。原材料価格の上昇、価格転嫁の遅れ、棚卸資産評価、原価配賦の変更、低採算案件、売上カットオフ、返品・リベート、工事損失引当、原価の期間帰属。確認すべき論点は、原因によって変わります。

事業理解が浅いまま分析的手続を実施すると、監査調書は「前期比○%増加。会社に質問したところ、○○との回答を得た」という記録で終わってしまいます。これでは、なぜその変動が監査上重要なのか、どのアサーションに関係するのか、追加手続が必要かどうかを説明することができません。

業務フローを理解することも、リスクを具体化するうえで重要です。会社の業務フローには、共通する業務上の課題やリスクがあり、それを低減するための内部統制が組み込まれています。典型的な業務フローを知らなければ、どこにリスクが生じるのかを具体的にイメージすること自体が難しくなります。

分析的手続で見るべきものは「増減」ではなく「関係」である

分析的手続とは、財務データ相互間、あるいは財務データと非財務データとの間に存在すると推定される関係を分析・検討することによって、財務情報を評価する手続です。関連情報と矛盾する変動や関係、監査人の推定値と大きく乖離する変動や関係を調査することも、そこに含まれます。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書520 分析的手続

ここで押さえておきたいのは、分析的手続が「増えた・減った」を見るものではないという点です。見るべきは、「本来あるべき関係が保たれているか」です。

分析対象見るべき関係
売上高販売数量、単価、契約条件、顧客数、稼働率、受注残との関係
売上総利益売上構成、原価率、仕入価格、在庫評価、低採算案件との関係
棚卸資産売上、仕入、生産量、滞留、回転期間、評価損との関係
人件費人員数、給与水準、賞与方針、労働時間、組織再編との関係
減価償却費固定資産残高、取得・除却、耐用年数、稼働状況との関係
貸倒引当金売掛金残高、滞留債権、回収実績、与信管理との関係
繰延税金資産将来課税所得、業績計画、税務上の一時差異、回収可能性との関係
営業キャッシュ・フロー利益、運転資本、売上債権、棚卸資産、仕入債務との関係

分析的手続では、財務情報だけでなく、非財務情報との関係も重要になります。監査基準報告書315は、リスク評価手続として、売上高と売場面積や販売数量の関係など、財務情報と非財務情報の双方を用いた分析的手続を挙げています。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書315 重要な虚偽表示リスクの識別と評価

財務数値は、事業活動の結果です。

事業活動によって説明できない財務数値は、監査上の違和感として扱うべきものだと考えています。

過年度比較は入口であり、結論ではない

分析的手続の出発点として、過年度比較は有用です。

前期末残高と当期末残高を比較する。月次推移を見る。四半期推移を見る。前年同月比を確認する。過年度の比率推移を追う。

監査基準報告書315も、前期末残高と四半期末残高又は月次残高との増減比較によって、潜在的にリスクが高い領域を識別することがあるとしています。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書315 重要な虚偽表示リスクの識別と評価

ただし、過年度比較には限界もあります。

前期が誤っていれば、前期比で異常がないことは、なんら安心材料になりません。事業構造が変わっていれば、前期比の増減は自然な変動である可能性があります。経営者が利益調整を継続的に行っていれば、比率が安定していること自体が違和感になり得ます。決算整理仕訳で期末に調整されていれば、月次推移を追うだけではリスクが浮かび上がってきません。

過年度比較は、リスクを「発見する」ための入口です。リスクが「ない」と結論づけるための手続ではありません。

重要なのは、変動の有無ではなく、変動と事業実態との整合です。

「変動している」ことだけでなく「変動していない」ことも見る

分析的手続では、どうしても異常な増減に目が向きがちです。

しかし監査上は、「変動していないこと」がリスクを示す場合もあります。

  • 事業環境が悪化しているのに、貸倒引当率が変わっていない
  • 販売条件が変わっているのに、売上総利益率が変わっていない
  • 在庫回転が悪化しているのに、評価損が変わっていない
  • 将来計画が下方修正されているのに、減損判定や繰延税金資産の回収可能性に影響していない
  • 人員が増減しているのに、人件費が連動していない
  • システム変更があったのに、決算処理やエラー件数に変化がない

このような場合、問題はまさに「変動がないこと」にあります。

分析的手続は、大きく動いた項目を探すだけの手続ではありません。事業上当然に動くはずの項目が動いていない、あるいは動き方が不自然である場合にも、重要な虚偽表示リスクの兆候となり得ます。

予算実績差異は、経営者バイアスを見る手掛かりになる

予算実績差異は、分析的手続において有用な情報です。

ただし、予算が常に客観的な見積りであるとは限りません。予算には、達成すべき目標として作られたものと、現実的な予測として作られたものがあります。監査基準報告書520も、分析的手続に用いる情報の信頼性を判断するにあたり、予算が達成すべき目標ではなく予想される結果として策定されているかどうかを、検討事項に挙げています。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書520 分析的手続

予算実績差異を見る際には、次の観点が重要になります。

観点監査上の意味
予算の性格経営目標か、合理的な見込みか
予算策定プロセス事業部門主導か、経営企画主導か、トップダウンか
予算修正の頻度環境変化を反映しているか
差異分析の深度数値説明だけか、原因分析まで行っているか
決算見積りとの関係減損、税効果、引当金、継続企業の前提と整合しているか
業績達成圧力収益認識、不正リスク、経営者バイアスに影響していないか

予算を分析に用いる以上、予算そのものの信頼性を評価しなければなりません。

業績目標としての予算を、そのまま監査人の期待値として用いてしまえば、経営者の楽観的な見方を監査人が追認する結果になりかねません。とりわけ会計上の見積りでは、経営者の仮定、基礎データ、見積りの不確実性を、慎重に検討する必要があります。監査基準報告書540は、会計上の見積りについて、見積手法、仮定、データ、見積りの不確実性への対応、関連する内部統制などを理解することを求めています。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書540 会計上の見積りの監査

会計上の見積りは、将来事象を予測して金額を概算するものであり、経営者の偏向や見積りの不確実性を必然的に伴います。乖離が生じた場合には、乖離そのものではなく、その原因にこそ目を向けるべきです。

非財務情報との不整合は、リスク評価の質を高める

分析的手続でとりわけ重要なのが、非財務情報との整合です。

財務数値は、事業活動の結果として生じます。したがって、財務数値が非財務情報と整合していないのであれば、その不整合はそのまま監査上の違和感になります。

非財務情報関連する財務数値監査上の着眼点
販売数量売上高、売上総利益単価、期間帰属、返品、値引、収益認識
契約件数売上高、契約資産、前受金契約識別、履行義務、進捗度、請求条件
稼働率売上高、固定費、減損収益力、固定資産の回収可能性
人員数人件費、賞与引当金、退職給付費用計上、未払計上、見積り
生産量棚卸資産、売上原価原価配賦、滞留、評価損
顧客数売上高、売掛金、貸倒引当金特定顧客依存、回収可能性
店舗数・拠点数売上高、賃借料、固定資産減損兆候、閉鎖損失、リース
システム変更取引処理、決算データIT統制、データ移行、処理誤り

非財務情報を用いる分析では、その非財務情報自体の信頼性も評価しなければなりません。販売数量、稼働率、契約件数、人員数などが、誰によって、どのシステムから、どのような統制のもとで作成されているのか。そこを確認しないまま数字を並べても、分析結果の証明力は高まりません。

分析的実証手続を立案する際にも、利用するデータの情報源、比較可能性、性質、目的適合性、作成に係る内部統制を考慮したうえで、データの信頼性を評価することが求められています。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書520 分析的手続

分析結果はアサーションに落とし込む

分析的手続で違和感を捉えたら、それをアサーションへ落とし込む必要があります。

「売上が増えている」だけでは、監査リスクとしては不十分です。

売上の発生に関するリスクなのか。期間帰属に関するリスクなのか。取引価格に関するリスクなのか。表示・注記に関するリスクなのか。あるいは、不正による虚偽表示リスクなのか。

この切り分けを欠いたまま進めば、監査手続はどうしても一般的なものになってしまいます。

分析結果としての違和感関連し得るアサーション追加で確認すべき方向
期末月の売上が突出している発生、期間帰属、正確性契約、出荷、検収、請求、返品、カットオフ
売上は増加しているが営業CFが悪化している実在性、評価、回収可能性売掛金、回収状況、取引条件、貸倒リスク
在庫が売上に比べて増加している実在性、評価、網羅性滞留、棚卸差異、評価損、原価計算
粗利率が予算と大きく乖離している正確性、評価、期間帰属原価配賦、値引、リベート、低採算契約
費用が売上成長に比べて抑制されている網羅性、期間帰属未払計上、引当金、費用の資産計上
見積項目が事業環境の悪化を反映していない評価、表示・注記減損、税効果、引当金、主要な仮定
注記内容が財務数値の変動を説明していない表示・注記見積り開示、重要な会計方針、リスク情報

アサーションに落ちていない分析は、監査手続に接続しません。

逆に、アサーションまで落とし込めていれば、次に実施すべき手続はおのずと見えてきます。質問で足りるのか、証憑閲覧が必要か、確認が必要か、再計算が必要か、専門家の利用が必要か、内部統制の運用評価を見直すべきか。判断の輪郭がはっきりしてくるはずです。

分析的手続で識別した違和感は、質問だけで終わらせない

分析的手続で異常な変動や関係を識別した場合、会社に質問することは当然に必要です。

ただし、質問は監査手続の入口であって、結論ではありません。

監査基準報告書520では、分析的手続により、他の関連情報と矛盾する、又は監査人の推定値と大きく乖離する変動若しくは関係が識別された場合、監査人は、経営者への質問及び経営者の回答に関する適切な監査証拠の入手、状況に応じて必要な他の監査手続の実施により、その理由を調査しなければならないとされています。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書520 分析的手続

実務上問題になるのは、調書が次のような記載で終わっている場合です。

「会社に質問したところ、○○による増加との回答を得た。異常なし。」

この記載では、会社の回答を監査人がどのように評価したのかが、まったく読み取れません。

必要なのは、次の流れです。

手順内容
違和感の識別どの数値・比率・関係が不自然か
仮説の設定どのようなリスクがあり得るか
質問会社はどのように説明しているか
裏付け契約、証憑、内部資料、非財務情報、外部情報と整合するか
評価説明は十分か、追加手続が必要か
調書化判断過程、入手証拠、結論を説明できるか

質問への回答をそのまま結論に据えるのではなく、その回答を監査証拠で検証する。この一手間が、分析的手続の質を分けます。

分析的手続と不正リスク

分析的手続は、不正リスクを識別するうえでも重要な役割を果たします。

不正は、通常の誤謬とは異なり、意図的な虚偽表示です。証憑が形式的に整っていることもあれば、社内の説明が一見合理的に見えることもあります。だからこそ、不正リスクの把握には、財務数値、非財務情報、取引実態、内部統制、経営者の動機を横断して見る視点が求められます。

監査基準報告書240では、財務諸表の虚偽表示は不正又は誤謬から生じるものとされ、不正と誤謬は、虚偽表示の原因となる行為が意図的であるかどうかによって区別されるとされています。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書240 財務諸表監査における不正

分析的手続でとくに注意しておきたい不正リスクの兆候には、次のようなものがあります。

分析上の兆候想定されるリスク
期末月の売上・利益が不自然に大きい収益の早期計上、架空売上、押込み
売上増加に対して入金が遅れている売掛金の実在性、回収可能性、循環取引
在庫回転期間が悪化しているのに評価損が少ない棚卸資産の過大計上
利益目標に近い水準で着地している経営者バイアス、利益調整
非定型取引が期末に集中している取引実態、関連当事者、会計処理の恣意性
費用が不自然に抑制されている費用の先送り、未払漏れ、資産計上
決算整理仕訳が大きい通常処理ではない修正、統制回避

会計不正は、粉飾決算と資産の流用に大別されます。とはいえ両者は明確に線引きできるものではなく、重なり合う領域があります。粉飾決算には、財務諸表利用者を欺くために、計上すべき金額を計上しないことや、必要な開示を行わないことも含まれます。

分析的手続は、不正を直接発見する万能な手続ではありません。しかし、不正が起こり得る領域へ監査人の注意を向けさせるという点で、きわめて重要な手続です。

分析的手続と内部統制理解は切り離せない

分析的手続で把握した異常変動は、内部統制の理解にも接続していきます。

たとえば売上の異常増加を識別した場合、単に売上証憑を追加で閲覧するだけでは不十分なことがあります。受注、出荷、検収、請求、売上計上、返品、値引、リベート、マスタ管理、権限設定、システム連携、決算整理仕訳。このどこに統制上の弱点があるのかを確かめる必要があるからです。

監査基準報告書315では、監査人は、企業の情報システムにおける情報の流れ、すなわち取引の開始から記録、処理、修正、総勘定元帳への取り込み、財務諸表での報告に至るまでの流れを理解することが求められています。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書315 重要な虚偽表示リスクの識別と評価

また監査人は、アサーション・レベルの重要な虚偽表示リスクに対応する内部統制、特別な検討を必要とするリスクに対応する内部統制、非定型的な仕訳を含む仕訳入力に関する内部統制などを理解する必要があります。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書315 重要な虚偽表示リスクの識別と評価

分析結果が示すリスクを内部統制に立ち戻って考えることで、次のような判断が可能になります。

  • 統制に依拠できるのか
  • 運用評価手続を実施すべきか
  • 実証手続を厚くすべきか
  • IT全般統制やIT業務処理統制に問題があるのか
  • 決算・財務報告プロセスの統制不備として扱うべきか
  • J-SOX上の不備評価に波及する可能性があるか

監査基準報告書330では、内部統制への依拠を予定している場合、質問だけでなくその他の監査手続を組み合わせ、内部統制がどのように運用されていたか、運用が一貫していたか、誰が又はどのような方法で運用していたかについて、監査証拠を入手することが求められています。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書330 評価したリスクに対応する監査人の手続

分析的手続の限界

分析的手続は有用ですが、その限界もはっきりしています。

分析的手続だけで、すべての重要な虚偽表示リスクを把握できるわけではありません。とくに次のような領域では、分析的手続の結果だけで安心することはできません。

領域分析的手続の限界
非定型取引過年度比較や比率分析では異常性が見えにくい
関連当事者取引取引条件や経済実態の把握が必要
会計上の見積り主要な仮定、モデル、データ、感応度の検討が必要
不正リスク証憑偽装や共謀がある場合、数値分析だけでは不十分
ITシステム変更データ移行、アクセス権、変更管理の確認が必要
開示項目金額ではなく説明の不足が重要となる
経営者による内部統制の無効化通常の統制や通常の分析では検出困難な場合がある

分析的実証手続についても、一般的に、取引量が多く予測可能な取引にはより適合するとされています。一方で、売上高を確かめる手段として売上総利益率の比較のみに頼った場合、心証を形成するに足る監査証拠を入手できないことがあるとされています。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書520 分析的手続

分析的手続は、監査人に「どこを深掘りすべきか」を教えてくれます。

しかし、「深掘りした結果、十分かつ適切な監査証拠を得た」ところまで進まなければ、監査意見を支える証拠にはなりません。

事業理解から分析的手続を設計する視点

分析的手続を実務で使えるものにするには、分析項目を先に決めるのではなく、事業理解から設計していくことです。

収益モデルを理解する

まず、会社がどのように収益を得ているのかを理解します。

契約単価、販売数量、契約期間、履行義務、検収条件、請求条件、返品・値引・リベート、代理人取引、継続課金、成果報酬、複数要素取引。収益認識に影響する要素を、ひととおり押さえておきます。

そのうえで、売上高、売掛金、契約資産、前受金、返品負債、売上総利益率、営業キャッシュ・フローを分析していきます。

原価構造を理解する

原価は変動費中心か、それとも固定費中心か。

外注費、材料費、人件費、減価償却費、物流費、ロイヤリティ、共通費配賦が、どのように発生しているのか。原価計算や配賦が、どの程度まで見積りや手作業に依存しているのか。

ここを押さえることで、売上総利益率、売上原価率、在庫、仕掛品、低採算案件、工事損失、棚卸資産評価といった分析が、はじめて実質を持ちます。

運転資本の流れを理解する

売上債権、棚卸資産、仕入債務、前払費用、未払費用の動きは、事業の資金循環を映し出します。

利益が出ているのに営業キャッシュ・フローが悪化しているのであれば、売上債権の回収可能性、在庫の滞留、仕入債務の支払条件、収益認識の実在性、費用計上の網羅性を検討する必要があります。

投資と減損の関係を理解する

固定資産、のれん、ソフトウェア、使用権資産、投資有価証券などについては、事業計画、稼働率、収益性、撤退方針、資金計画と財務数値を結びつけて見ていく必要があります。

資産が増えているのに収益性が悪化している場合。あるいは、事業計画が下方修正されているのに減損検討に影響していない場合。こうした局面では、分析的手続から見積りの監査へとつなげていくべきです。

決算・開示プロセスを理解する

分析的手続は、試算表だけを見ていればよいというものではありません。

決算整理仕訳、連結修正、組替、注記、開示基礎資料、決算短信、有価証券報告書、そしてKAM候補まで。視野に入れるべき範囲は、想像以上に広がります。

決算早期化の実務においても、単体決算・連結決算・開示業務を分断せず、最終成果物から逆算して決算・開示業務を組み立てる「森を見る視点」が欠かせません。

分析結果を監査調書にどう残すか

分析的手続の調書化で重要なのは、表やグラフを貼ることではありません。

後から見返したときに、監査人が何に着目し、どのような仮説を置き、どの証拠で判断し、それをリスク評価や監査手続にどう反映したのかが分かること。これに尽きます。

調書上残すべき事項内容
分析の目的リスク評価、実証手続、最終段階のいずれか
分析対象財務諸表全体、勘定科目、取引種類、注記事項
使用データ情報源、作成者、期間、粒度、信頼性
比較対象前期、予算、月次、業界、非財務情報、監査人の推定
期待値監査人が合理的と考える水準や方向性
許容範囲どの程度の差異で追加調査するか
識別した異常金額、比率、傾向、非財務情報との不整合
会社回答誰に、何を質問し、どのような回答を得たか
裏付け証拠契約、証憑、議事録、内部資料、外部情報、再計算
リスク評価への影響重要な虚偽表示リスク、アサーション、内部統制への影響
監査手続への影響追加手続、実証手続の範囲、運用評価手続、専門家利用
結論監査上十分に説明可能か、未解決論点として残すか

分析的手続の調書でもっとも避けたいのは、「異常なし」「会社説明により合理的」といった結論だけが残っている状態です。

問われるのは、会社の説明を受けたあと、監査人がどのような証拠でその説明を裏付けたのかという点にあります。

分析的手続と監査役等・審査担当者への説明

分析的手続で識別した重要な変動や不整合は、監査チーム内で完結するとは限りません。

次のような論点は、監査役等とのコミュニケーションや審査対応へと接続していきます。

  • 重要な虚偽表示リスクの識別に影響する異常変動
  • 不正リスクや経営者バイアスを示唆する傾向
  • 内部統制不備を示す反復的な差異
  • 会計上の見積りに関する事業計画との不整合
  • KAM候補となる高リスク領域
  • 開示上の説明が不足している事項
  • 監査計画の更新や追加手続が必要となる事項

監査基準報告書315では、監査責任者と監査チームの主要メンバーが、適用される財務報告の枠組みの適用状況及び財務諸表の重要な虚偽表示の生じやすさについて討議することが求められています。監査チーム内の討議は、企業の事業内容と状況に関する理解に基づき、矛盾する情報を詳細に検討するうえでも役立つとされています。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書315 重要な虚偽表示リスクの識別と評価

分析的手続で識別した違和感は、監査チームの共通認識にしておくべきものです。とりわけ、不正リスク、会計上の見積り、収益認識、重要な非定型取引、開示上の不整合。これらは担当者の調書のなかに閉じ込めず、監査全体の論点として扱う必要があります。

分析的手続を形式化させないための判断軸

分析的手続を実務上有効なものにするには、次のような問いを持ち続けることが大切です。

その変動は、事業で説明できるか

事業上のイベント、契約条件、販売数量、単価、顧客構成、コスト構造、投資、資金繰り、組織変更と整合しているかを確認します。

その説明は、証拠で裏付けられるか

会社の説明を、契約書、請求書、検収書、議事録、稟議書、管理資料、外部情報、非財務データで裏付けます。

その変動は、どのアサーションに関係するか

発生、網羅性、正確性、期間帰属、評価、表示・注記。どこに関係するのかを明確にします。

その変動は、内部統制の問題を示していないか

差異は単発なのか、それとも反復しているのか。手作業処理、例外処理、マスタ管理、承認、レビュー、IT統制に問題がないかを検討します。

その変動は、不正リスクや経営者バイアスを示していないか

業績目標、資金調達、上場維持、財務制限条項、報酬、予算達成といったプレッシャーと結びついていないかを考えます。

その変動は、開示やKAMに波及するか

注記、見積り開示、有価証券報告書の記述情報、監査役等とのコミュニケーション、KAM候補との関係を検討します。

まとめ|分析的手続は、事業理解を監査判断に変換する手続である

分析的手続は、監査調書に増減表を作るための手続ではありません。

財務諸表全体を俯瞰し、事業実態と財務数値の整合を確認し、異常な変動や不整合を識別し、重要な虚偽表示リスクへと結びつけていく。そのための手続です。

分析的手続を有効に機能させるうえで、押さえておきたい点をあらためて整理します。

  • 増減そのものではなく、財務情報と非財務情報の関係を見る
  • 事業理解を前提に、期待される数値の動きを考える
  • 異常な増減だけでなく、変動すべき項目が変動していないことにも着目する
  • 予算実績差異を見る際には、予算の性格と信頼性を評価する
  • 会社への質問だけで終わらせず、回答を監査証拠で裏付ける
  • 分析結果をアサーション、内部統制、不正リスク、見積り、開示へ接続する
  • 調書上、分析の目的、使用データ、期待値、差異、裏付け、結論を説明できるようにする

監査の質は、細かい証憑をどれだけ多く見たかだけで決まるものではありません。

まず財務諸表全体という「森」を見る。事業理解に基づいて違和感を捉える。そして、重要なリスクがある「枝」へと深掘りしていく。その入口にあるのが、分析的手続です。

分析的手続を形式的な増減分析で終わらせないこと。それは、監査計画、リスク評価、監査証拠、内部統制評価、会計上の見積り、KAM、監査報告を、一つの判断体系としてつなげていくために欠かせません。

この記事の振り返り

論点実務上の要点
分析的手続の本質財務データ相互間、財務データと非財務データの関係を分析し、財務情報を評価する手続
リスク評価での役割重要な虚偽表示リスクを識別・評価し、監査計画を実質化する入口
事業理解との関係数値変動を事業モデル、契約条件、原価構造、資金循環、内部統制と結びつける
過年度比較有用な入口だが、前期誤謬や事業環境変化を踏まえないと誤った安心につながる
予算実績差異予算が目標か見込みかを評価し、経営者バイアスや見積りリスクを検討する
非財務情報販売数量、契約件数、人員数、稼働率、店舗数、システム情報などとの整合を見る
異常変動増減だけでなく、変動すべき項目が変動していないことにも注意する
会社への質問回答をそのまま結論にせず、契約・証憑・内部資料・外部情報で裏付ける
アサーションへの接続発生、網羅性、正確性、期間帰属、評価、表示・注記のどこに関係するかを明確にする
内部統制との接続異常変動が業務プロセス、IT統制、決算統制、不備評価に影響しないかを見る
不正リスク業績達成圧力、期末集中、非定型取引、費用先送り、資産過大計上の兆候を把握する
調書化分析目的、データ、期待値、差異、質問、裏付け、リスク評価への影響を残す

分析的手続と事業理解によるリスク把握は、監査計画、内部統制理解、会計上の見積り、不正リスク、開示、KAM、審査対応までをつなぐ、重要な判断プロセスです。

増減分析を形式的な調書で終わらせず、監査上説明できるリスク評価や追加手続に落とし込みたい。そうお考えの場合は、独立性・守秘義務・所属組織の品質管理方針にご配慮のうえ、犬飼公認会計士・税理士事務所HPのお問い合わせページからご相談ください。

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