監査手続の種類と使い分け|リスク・アサーション・証拠力から考える監査手続の設計

監査手続は、監査調書を埋めるための作業項目ではありません。

監査人が最終的に説明しなければならないのは、「どの手続を実施したか」ではなく、「識別したリスクに対して、なぜその手続を選んだのか」「その手続から得た証拠によって、どのアサーションについてどこまで心証を得たのか」です。

そう考えると、監査手続の使い分けを検討するとき、最初から「質問するか」「閲覧するか」「確認状を送るか」「分析的手続で足りるか」といった手段の選択に入るのは、順序が逆だということになります。先に整理すべきなのは、監査上の問いのほうです。

その勘定科目・取引種類・注記事項について、どのアサーションに重要な虚偽表示リスクがあるのか。内部統制に依拠するのか、それとも実証手続で直接検証するのか。外部証拠が必要なのか。会社作成資料を利用する場合、その完全性・正確性はどのように確かめるのか。矛盾する証拠が出てきたとき、どの手続で解消するのか。

本稿では、監査手続の種類と使い分けについて、質問、閲覧、観察、確認、再計算、再実施、分析的手続、立会を中心に、リスク、アサーション、証拠力に応じた実務上の判断軸として整理します。個別勘定科目ごとの監査手続を網羅することが目的ではありません。どの監査手続を、どの場面で、どのように組み合わせるべきかを判断するための基礎を扱います。

なお本稿は、日本公認会計士協会が公表する監査基準報告書500「監査証拠」、監査基準報告書330「評価したリスクに対応する監査人の手続」、監査基準報告書501「特定項目の監査証拠」、監査基準報告書505「確認」、監査基準報告書520「分析的手続」、監査基準報告書230「監査調書」等の現行公表物を前提としています。基準や実務指針は改正される可能性がありますので、実際の監査実務では最新の公表物をご確認ください。
出典:日本公認会計士協会|監査実務指針等

目次

監査手続は「リスク対応手続」として設計する

監査手続は、単独で存在するものではありません。監査計画とリスク評価の結果を受けて、どのリスクにどう対応するかを具体化するものです。

監査基準報告書330では、監査人は、監査基準報告書315に従い識別・評価した重要な虚偽表示リスクに対応して、運用評価手続と実証手続を立案・実施することが整理されています。リスク対応手続とは、監査リスクを許容可能な低い水準に抑えるため、識別・評価したアサーション・レベルの重要な虚偽表示リスクに対応して実施する手続であり、運用評価手続と実証手続で構成されます。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書330「評価したリスクに対応する監査人の手続」

ここでいう運用評価手続とは、アサーション・レベルの重要な虚偽表示を防止、または発見・是正する内部統制について、その運用状況の有効性を評価するための監査手続です。

一方の実証手続は、アサーション・レベルの重要な虚偽表示を看過しないように実施する監査手続であり、詳細テストと分析的実証手続で構成されます。

つまり監査手続の選択とは、次の問いに答える作業にほかなりません。

・内部統制の有効性に依拠して、実証手続の種類・時期・範囲を調整するのか
・内部統制には依拠せず、実証手続で直接、重要な虚偽表示の有無を検証するのか
・詳細テストを中心にするのか、分析的実証手続を組み合わせるのか
・証拠の強度を高めるために、確認、再実施、立会、外部情報源を利用する必要があるのか

この順序を飛ばすと、監査手続はチェックリストになります。

チェックリスト自体が不要だという意味ではありません。問題は、チェックリストを実施したという事実だけで、リスク対応が完了したように見えてしまうことです。

監査手続は、リスク評価から切り離された作業ではありません。リスク評価の結論を証拠に変換する手段です。

監査手続の基本類型

監査基準報告書500では、監査証拠を入手する監査手続として、質問に加え、閲覧、観察、確認、再計算、再実施、分析的手続が挙げられており、多くの場合はこれらを組み合わせて実施するとされています。

また、質問は重要な監査証拠を提供することがあり、虚偽表示の証拠を提供する可能性もあるものの、通常、質問のみでは、アサーション・レベルの重要な虚偽表示がないこと、または内部統制の運用状況の有効性について、十分な監査証拠を提供しないとされています。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書500「監査証拠」

この整理から分かるのは、監査手続には「単独で完結しやすい手続」と「他の手続と組み合わせることではじめて意味を持つ手続」がある、ということです。

たとえば質問は、監査の入口として有効です。ただし、質問だけで結論を置くことは、多くの場面で危うさを伴います。

閲覧は、文書や記録の存在・内容を確認するうえで有効です。しかし、その文書が本当に正確なのか、網羅的なのか、改ざんされていないのかまでは、別途確認が必要になることがあります。

確認は、外部から直接回答を得るという点で証明力の高い手続になり得ます。ただし、確認する対象を誤れば、本当に欲しいアサーションを裏付けないという事態も起こります。

監査手続は、種類ごとの「強弱」を暗記するものではありません。監査目的、アサーション、情報源、内部統制、電子データの性質、リスクの程度に応じて、証拠力は変わります。

質問|監査の入口だが、通常は質問だけで終わらせない

質問は、監査の全過程で利用されます。事業内容の理解、業務フローの把握、内部統制の理解、異常な増減の理由、取引の背景、見積りの前提、経営者の意思、後発事象、不正リスクの兆候。質問なしに監査を進めることはできません。

質問の強みは、文書だけでは分からない背景を把握できる点にあります。

なぜその取引が発生したのか。なぜ前年と異なる会計処理になったのか。なぜ予算と実績が乖離したのか。なぜ例外処理が行われたのか。こうした問いは、まず質問によって糸口を得ることが多いといえます。

しかし質問は、回答者の知識、立場、利害、記憶、説明能力に影響されます。

経理担当者が説明できることと、営業部門が把握していることは異なるかもしれません。経営者の説明と取締役会議事録が整合しない場合もあります。内部統制担当者が「運用されている」と説明しても、実際の承認証跡を閲覧すると、例外処理が常態化していることもあります。

したがって、質問は他の監査手続と組み合わせて使うのが基本です。質問で得た説明は、契約書、請求書、議事録、稟議書、システムログ、外部確認、入出金資料、後続取引、非財務情報などによって裏付けます。

とりわけ、経営者の意思に関する質問は注意が必要です。

経営者が「売却予定はない」「資金調達できる見込みである」「事業計画は達成可能である」と説明したとしても、それだけで監査証拠として十分とはいえません。過去の実行実績、取締役会での意思決定、資金繰り資料、金融機関との交渉状況、外部環境との整合性などを検討する必要があります。

質問は、結論を得るための手続というより、追加でどの証拠を取りに行くべきかを決めるための手続でもある。そう捉えておくと、実務上の位置づけを見誤りにくくなります。

閲覧|文書や記録を確認するが、文書が証明する範囲を見誤らない

閲覧は、企業内外の記録や文書を確認する監査手続です。紙媒体だけでなく、電子データ、PDF、システム出力帳票、電子契約、ワークフロー承認履歴なども対象になります。

閲覧は、監査のなかで非常に頻繁に使われる手続です。契約書、請求書、検収書、稟議書、取締役会議事録、銀行明細、補助元帳、総勘定元帳、仕訳帳、固定資産台帳、棚卸表、見積り資料、開示基礎資料。監査人が確認する多くの資料は、閲覧の対象になります。

監査基準報告書500では、閲覧は、紙媒体、電子媒体その他の媒体による企業内外の記録や文書を確かめる監査手続とされています。また、記録や文書の性質、情報源、そして企業内部の記録や文書の場合には作成に係る内部統制の有効性によって、閲覧により入手する監査証拠の証明力は異なるとされています。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書500「監査証拠」

閲覧で重要なのは、文書が存在することと、その文書が監査要点を立証することを混同しないことです。

契約書を閲覧すれば、契約条件の一部は確認できます。しかし、その契約が実際に履行されたのか、収益認識の時点が適切か、契約変更が存在しないか、別途のサイドレターがないか。そこまでは、契約書だけでは判断できないことがあります。

請求書を閲覧すれば、請求が行われた事実は確認できます。しかし、役務提供が完了したか、顧客が検収したか、返品権や値引き条件があるか、回収可能性に問題がないか。これらには別の証拠が必要になることがあります。

取締役会議事録を閲覧すれば、一定の意思決定記録は確認できます。しかし、議事録に記載されていない実質的な合意、実行状況、反対意見、関連する社内検討資料との整合性も、検討対象になることがあります。

閲覧は有力な手続です。だからこそ、「何を閲覧したか」ではなく、「その文書によって、どのアサーションについて、どこまで証明できるか」を明確にする必要があります。

実査|現物を確認できるが、評価や権利義務までは別問題である

実査は、資産の現物を実際に確かめる手続です。現金、棚卸資産、有形固定資産、有価証券など、現物の存在を確認する場面で用いられます。

実査は、実在性に対して証明力のある監査証拠を提供しやすい手続です。ただし、実査によって確認できる範囲には限界があります。

監査基準報告書500では、有形資産の実査からは、資産の実在性に関する証明力のある監査証拠を入手できるものの、必ずしも資産に係る権利と義務または評価に関する監査証拠を入手できるわけではないとされています。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書500「監査証拠」

この点は、実務上見落とされやすいところです。

棚卸資産が現場に存在することを確認できたとしても、それが会社に帰属する在庫なのか、委託在庫なのか、担保に差し入れられているのか、評価減が必要な滞留品なのか、販売不能品なのか。これらは別途の検討を要します。

固定資産が存在することを確認できても、所有権、リース識別、減損兆候、耐用年数、遊休状態、除却予定、担保設定の有無までは、実査だけでは判断できません。

実査は、「ある」ことを確かめる手続として強い一方で、「誰のものか」「いくらで評価すべきか」「使用可能か」「開示すべき制限があるか」を直接証明するとは限らないのです。

観察|プロセスを確認できるが、観察時点に限定される

観察は、他の者が実施するプロセスや手続を監査人が確かめる手続です。棚卸資産の実地棚卸状況の観察、内部統制の実施状況の観察、入出庫手続の観察、承認プロセスの観察などが典型といえます。

監査基準報告書500では、観察は、他の者が実施するプロセスや手続を確かめる手続であり、これによりプロセスまたは手続の実施に関する監査証拠を入手できるとされています。一方でその証拠は、観察を行った時点に関するものに限定され、また、観察されているという事実がプロセスや手続の実施に影響を与えることがあるとされています。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書500「監査証拠」

観察の限界は、まさにここにあります。

監査人が見ているときには統制が適切に実施されていても、通常時にも同じように運用されているとは限りません。棚卸当日の手続が整っていても、日常の入出庫管理や継続記録が不正確であれば、期末残高の信頼性には影響します。承認プロセスを観察しても、過去の全期間にわたって一貫して承認されていたことまでは証明できません。

観察は、統制の理解や運用評価手続として有用です。ただし、期間全体の運用状況を評価するには、サンプル抽出による証跡確認、再実施、質問、システムログの閲覧などを組み合わせる必要があります。

確認|外部から直接証拠を得るが、確認対象を誤ると効かない

確認は、監査人が第三者から文書による回答を直接入手する監査手続です。銀行確認、売掛金確認、借入金確認、弁護士確認、保管在庫確認、契約条件の確認などが典型です。

監査基準報告書505では、確認は、紙媒体、電子媒体その他の媒体により、監査人が確認回答者である第三者から文書による回答を直接入手する監査手続と定義されています。また、確認に関する監査手続の目的は、適合性と証明力のある監査証拠を入手するために、確認に関する監査手続を立案し実施することとされています。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書505「確認」

確認の強みは、会社内部の記録や経営者の説明を、企業から独立した情報源によって裏付けられる点にあります。とくに、外部から直接回答を得る確認は、会社作成資料だけでは心証が十分でない場合に重要になります。

ただし、確認は万能ではありません。

売掛金確認で残高が一致しても、収益認識の期間帰属、履行義務の充足、返品権、サイドレター、回収可能性のすべてを確認できるとは限りません。銀行確認で残高を確認しても、資金使途制限、財務制限条項、偶発債務、担保設定、継続企業の前提に関する検討が完了するわけではありません。

また、確認差異が生じた場合、未回答の場合、経営者が確認に同意しない場合、確認回答の信頼性に疑義がある場合には、追加手続や代替手続の要否を判断する必要があります。

確認を使い分ける際には、次の点を明確にすべきです。

・何を確認するのか
・誰に確認するのか
・積極的確認か、消極的確認か
・未回答の場合の代替手続は何か
・確認差異をどう評価するか
・確認で得られる証拠が、どのアサーションに効くのか
・確認では証明できない論点を、別の手続で補う必要があるか

確認は強い手続になり得ます。しかし、確認対象とアサーションの対応を誤ると、強い証拠を取ったように見えて、必要な論点には効いていないという状態に陥ります。

再計算|計算の正確性には強いが、前提条件の妥当性は別途検討する

再計算は、記録や文書の計算の正確性を、監査人が自ら計算して確かめる手続です。減価償却費、利息計算、税効果計算、引当金計算、退職給付関連の一部計算、外貨換算、按分計算、注記数値の集計などで用いられます。

監査基準報告書500では、再計算は、記録や文書の計算の正確性を監査人自らが計算し確かめる監査手続であり、手作業またはITを用いて実施するとされています。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書500「監査証拠」

再計算は、計算の機械的正確性を確かめるうえで有効です。しかし、計算結果が正しいことと、計算に使った前提が妥当であることは、まったく別の話です。

たとえば、減価償却費を再計算して一致したとしても、耐用年数、残存価額、資産区分、事業供用開始日が適切かどうかは、別途検討が必要です。

税効果計算を再計算しても、繰延税金資産の回収可能性や将来課税所得の見積りが妥当かどうかについては、別の監査証拠が必要になります。貸倒引当金の計算式を再計算しても、債権区分、回収可能性、個別評価の前提が妥当かどうかは、追加の検討を要します。

再計算は「算式の正確性」に強い手続です。だからこそ、再計算を実施した場合には、計算前提の妥当性、基礎データの完全性・正確性、計算ロジックの適切性を、どこで確認したのかを明確にする必要があります。

再実施|内部統制の有効性を直接確かめるが、範囲と対象を誤らない

再実施は、企業が内部統制の一環として実施している手続または内部統制を、監査人が自ら実施することによって確かめる手続です。承認統制、照合統制、例外処理レビュー、システム処理後の照合、決算整理仕訳レビューなどの運用評価で使われることがあります。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書500「監査証拠」

再実施は、内部統制の運用状況に関して比較的強い証拠を得られる手続です。質問や閲覧だけでは、「統制があった」「承認印がある」という事実にとどまることがありますが、再実施であれば、監査人自身が同じ手続を行い、会社の統制結果と照合することができます。

ただし、再実施にも限界があります。

再実施した対象が少なすぎれば、期間全体の統制運用を評価するには不十分です。再実施の対象が重要なリスクに対応していなければ、統制評価としての意味は限定的なものにとどまります。

また、会社が本来実施すべき統制手続を監査人が再実施したとしても、それは会社の統制が運用されていたことの直接証拠ではなく、会社の手続結果が正しかったかを検証する性質に近くなることもあります。

再実施を運用評価手続として使う場合には、対象統制、統制頻度、母集団、抽出範囲、例外事項、補完統制、期中から期末までのロールフォワードを整理しておく必要があります。

分析的手続|大局を把握する強力な手続だが、異常を説明で終わらせない

分析的手続は、財務データ相互間、または財務データと非財務データとの関係を分析・検討することにより、財務情報を評価する手続です。リスク評価手続、分析的実証手続、監査の最終段階における総括的検討など、監査の複数の局面で使われます。

監査基準報告書520では、分析的手続は、財務データ相互間または財務データと非財務データとの間に存在すると推定される関係を分析・検討することによって財務情報を評価することとされています。また、他の関連情報と矛盾する、または監査人の推定値と大きく乖離する変動や関係についての必要な調査も含まれるとされています。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書520「分析的手続」

分析的手続の強みは、「森を見る」ことにあります。財務諸表全体、主要勘定、月次推移、予算実績、過年度比較、非財務情報との整合性を通じて、異常な変動、想定外の関係、リスクの高い領域を浮かび上がらせることができます。

しかし、分析的手続は、説明を得るだけで終わらせてはいけません。

監査基準報告書520では、分析的手続により、他の関連情報と矛盾する、または監査人の推定値と大きく乖離する変動や関係が識別された場合、監査人は、経営者への質問とその回答に関する適切な監査証拠の入手、そして状況に応じて必要な他の監査手続の実施により、その理由を調査しなければならないとされています。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書520「分析的手続」

分析的手続で異常な変動を把握し、担当者からもっともらしい説明を受けたとしても、それだけで完結させれば、監査証拠としては弱いものになります。説明を裏付ける契約、請求、検収、入出金、稟議、在庫移動、価格改定資料、非財務データなどを確認する必要があります。

分析的手続は、次のような場面でとくに有用です。

・財務諸表全体の異常な変動を把握する
・リスク評価の入口として重要な領域を絞り込む
・大量反復取引について、予測可能な関係を利用して実証手続を設計する
・売上高と出荷数量、給与費と人員数、原価と生産量など、非財務情報との整合性を見る
・監査の最終段階で、企業理解と財務諸表の整合性を確認する

一方で、非定型取引、重要な見積り、経営者判断、不正リスク、複雑な契約条件を伴う収益認識などでは、分析的手続だけでは足りないことが多くなります。詳細テスト、確認、契約書閲覧、質問、再計算、専門家の利用などを組み合わせる必要があります。

立会|棚卸資産では実査・観察・テストカウントを組み合わせる

立会は、典型的には棚卸資産の実地棚卸に対して実施される手続です。棚卸資産は、実在性、状態、数量、評価、カットオフ、所有権、滞留・陳腐化など、多くの監査要点が絡む領域といえます。

監査基準報告書501では、実地棚卸の立会には、棚卸資産の実在性を確かめ、状態を評価するために棚卸資産を実査し、テスト・カウントを実施すること、実地棚卸結果を記録・管理するために経営者が定めた指示と手続の遵守状況を観察すること、そして実施されている棚卸手続の信頼性に関する監査証拠を入手することが含まれるとされています。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書501「特定項目の監査証拠」

立会を「棚卸当日に現場へ行くこと」と理解すると、不十分です。立会で見るべきなのは、単に在庫があるかどうかではありません。

実地棚卸の指示書は適切か。カウント担当者と記録担当者は分離されているか。棚卸対象と対象外が明確か。入出庫停止やカットオフは管理されているか。未使用の棚卸票は管理されているか。カウント差異はどう処理されるか。滞留品、破損品、預り在庫、委託在庫、外部倉庫在庫はどう扱われるか。継続記録と実地棚卸結果の差異は、どのように調整されるか。

また、立会を実施する拠点の選定も重要です。棚卸資産の金額的重要性だけでなく、重要な虚偽表示リスク、在庫の性質、保管状況、過年度差異、内部統制の状況、外部倉庫の有無などを考慮します。

実地棚卸の立会が実務的に不可能な場合には、代替的な監査手続を実施する必要があります。代替手続も実施できない場合には、監査範囲の制約として監査意見に影響する可能性があります。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書501「特定項目の監査証拠」

突合・証憑突合は、方向性によって効くアサーションが変わる

実務上、「突合」という言葉は頻繁に使われます。請求書と売上明細を突合する。入金明細と売掛金台帳を突合する。総勘定元帳と補助元帳を突合する。契約書と請求書を突合する。いずれも日常的な表現です。

突合は、監査基準報告書上の独立した手続類型として列挙されることが多い用語ではありません。ただし、閲覧、再計算、分析、照合、詳細テストの実務的な実施方法として重要な位置を占めます。

ここで重要になるのは、突合の方向です。

帳簿から証憑へたどる場合は、記録された取引が実在するか、発生しているかを確認する方向になります。売上明細から請求書、出荷記録、検収書へたどる場合、主に発生・実在性に効きます。

一方、証憑から帳簿へたどる場合は、発生した取引が会計記録に漏れなく記録されているかを確認する方向になります。出荷記録、検収書、請求書、入庫記録などから会計記録へたどる場合、主に網羅性に効きます。

同じ「突合」でも、どちらの方向にたどるかによって、効くアサーションは異なります。したがって調書上も、「証憑突合を実施した」とだけ記載するのでは不十分です。

何を母集団としたのか。
どこからどこへたどったのか。
どのアサーションを検証したのか。
差異があった場合に、どう評価したのか。

この点を明確にしなければ、突合は作業記録にはなっても、監査証拠としての意味が不明確なままになってしまいます。

アサーション別に監査手続を選ぶ

監査手続を使い分ける最も実務的な軸は、アサーションです。

実在性を検討する場合、実査、確認、閲覧、立会、後続入金の確認などが候補になります。ただし、実査は存在には強い一方で、評価や所有権までは直接示さないことがあります。確認は外部証拠として強い場合がありますが、確認する相手と内容を適切に設計する必要があります。

網羅性を検討する場合、帳簿から証憑へたどるだけでは不十分です。取引発生源、連番管理、出荷記録、入庫記録、契約台帳、未請求取引、未払債務、後続支払、期末日後の処理などから帳簿へたどる手続が必要になります。

評価の妥当性を検討する場合、再計算、外部データの利用、見積り前提の検討、専門家の利用、過年度見積りの事後的検討、感応度分析などが重要になります。計算が合っているだけでは不十分で、前提の合理性と基礎データの信頼性を確認する必要があります。

期間帰属を検討する場合、期末日前後の出荷、検収、納品、請求、入出庫、サービス提供、契約条件、取引先の検収条件などを確認します。請求書日付だけで判断すると、実態と異なる場合があります。

権利と義務を検討する場合、契約書、登記、担保設定、リース契約、所有権留保、委託販売、預り在庫、保管契約などを確認します。現物が存在していても、会社に権利があるとは限りません。

表示・開示を検討する場合、開示チェックリストの実施だけでは不十分です。会計処理、注記、非財務情報、見積りの不確実性、KAM候補、記述情報との整合性、内部統制報告書との整合性を確認する必要があります。

監査手続の使い分けは、「勘定科目ごと」ではなく「アサーションごと」に考える。そうすることで、判断の精度は上がります。

内部統制に依拠する場合は、質問と閲覧だけでは足りないことが多い

内部統制に依拠する場合、監査人はその統制が有効に運用されているかを評価する必要があります。

監査基準報告書330では、内部統制の運用状況の有効性に関する監査証拠を入手するため、質問とその他の監査手続を組み合わせて実施することが求められています。確認すべき事項には、監査対象期間において内部統制がどのように運用されていたか、その運用が一貫していたか、誰がまたはどのような方法で運用していたかが含まれます。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書330「評価したリスクに対応する監査人の手続」

これは、内部統制評価においてとくに重要な点です。

担当者に「承認していますか」と質問し、承認印のあるサンプルを閲覧しただけでは、統制の運用状況を十分に評価できないことがあります。

承認者が適切な権限を持っていたか。承認日は処理前だったか。承認対象は十分に具体的だったか。例外処理はレビューされていたか。代理承認や事後承認が常態化していないか。対象期間を通じて一貫して運用されていたか。

内部統制に依拠するほど、統制の運用状況に対する心証は強くなければなりません。質問、閲覧、観察、再実施、サンプリング、システムログ確認などを組み合わせ、統制が実際に機能していたかを確認する必要があります。

リスクが高いほど、手続の種類・時期・範囲は変わる

監査手続の使い分けは、リスク評価に応じて変わります。

リスクが高い場合には、通常、証拠の量を増やすだけでは足りません。証拠の質を高める必要があります。

内部証拠だけでなく外部証拠を取得する。期中ではなく期末日または期末日に近い時点で手続を実施する。サンプル範囲を広げる。分析的手続だけでなく詳細テストを組み合わせる。経営者の説明を裏付ける証拠を複数入手する。専門家の利用を検討する。

一方、リスクが相対的に低く、内部統制が有効に機能しており、取引が大量・反復的で予測可能な場合には、分析的実証手続や限定的な詳細テストを組み合わせることで、効率的に監査証拠を入手できることがあります。

ここで重要なのは、効率化を理由に証拠の質を下げないことです。

監査の効率性とは、手続を省略することではありません。リスクが低い領域で過剰な手続を避け、リスクが高い領域に監査資源を集中させることです。逆に、リスクが高い領域で形式的な手続だけを実施すれば、効率的に見えても監査品質は低下します。

会社作成資料を利用する場合は、資料そのものを監査する意識が必要になる

監査手続の多くは、会社作成資料を利用して実施されます。売上明細、債権年齢表、棚卸一覧、固定資産台帳、仕訳データ、見積り資料、開示基礎資料、分析表などです。

監査基準報告書500では、監査人が企業作成情報を利用する場合、その情報が監査人の目的に照らして十分に信頼性を有しているかを評価し、必要に応じて、正確性および網羅性に関する監査証拠を入手すること、そして目的に照らして十分に正確かつ詳細であるかを評価することが求められています。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書500「監査証拠」

これは、監査手続の使い分けを考えるうえで極めて重要な視点です。

たとえば、売掛金年齢表を使って貸倒引当金を検討する場合を考えてみます。年齢表の合計が総勘定元帳と一致しているか。得意先別残高が補助元帳と一致しているか。入金消込が正確か。期日情報が正しいか。対象債権が網羅されているか。これらを確認しなければ、年齢表を使った分析や再計算の証明力は弱くなります。

棚卸一覧を使って評価損を検討する場合も同様です。棚卸一覧が全拠点を含んでいるか、数量が実地棚卸結果と一致しているか、単価が適切か、滞留判定の基礎となる最終出庫日が正しいかを確認する必要があります。

会社作成資料を利用した監査手続では、「資料に基づいて検討した」だけでは足りません。「その資料を監査証拠として利用できる前提を確認したか」が問われます。

電子データ環境では、手続の時期と保存にも注意する

監査手続の実施時期は、証拠の入手可能性に影響します。

監査基準報告書500では、実施する監査手続の種類および時期は、会計データやその他の情報が電子媒体のみであるか、ある時点またはある期間においてのみ利用可能であるかによって影響を受けるとされています。

また、ある種の電子情報は、ファイルが上書き保存され、バックアップ・ファイルがない場合には、一定期間経過後に再現できないことがあります。そのため、企業のデータ保存方針によっては、監査のために情報の保存を要請するか、情報が利用可能なときに監査手続を実施する必要があるとされています。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書500「監査証拠」

電子データ環境では、紙の証憑が残っている前提で監査手続を設計すると、必要な証拠を後から取得できないことがあります。

ワークフロー承認履歴、システムログ、電子契約、EDIデータ、クラウド上の取引記録、アクセス権限履歴、変更履歴、出力条件つきのレポート。これらは保存期間や権限設定によって、後日再現できない可能性があります。

そのため、監査計画段階で、どの電子データを、いつ、どの形式で、誰から、どの経路で入手するのかを整理しておく必要があります。電子データを用いる監査手続では、データの完全性・正確性・真正性・抽出条件・加工履歴を確認することが、監査手続そのものの一部になります。

監査手続の実施結果は、調書で説明できなければならない

監査手続は、実施して終わりではありません。監査人が何を実施し、どの証拠を入手し、どのような判断を行い、どの結論に至ったのか。それが監査調書上で追跡できる必要があります。

監査基準報告書230では、監査調書は、実施した監査手続、入手した関連する監査証拠および監査人が到達した結論の記録と定義されています。また、経験豊富な監査人が、以前にその監査に関与していなくても、実施した監査手続の種類・時期・範囲、監査手続の結果および入手した監査証拠、重要な事項とその結論および重要な判断を理解できるように監査調書を作成することが求められています。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書230「監査調書」

監査手続の調書化で重要なのは、証憑を添付することだけではありません。

リスク評価と手続が結びついているか。
対象母集団が明確か。
抽出方法が説明できるか。
手続の方向性がアサーションに合っているか。
入手した証拠の証明力を評価しているか。
例外事項や差異をどう処理したか。
質問回答をどの証拠で裏付けたか。
結論に至る判断過程が残っているか。

これらが不明確な調書は、たとえ手続を実施していても、審査・レビューに耐えにくくなります。

監査手続の使い分けで避けるべき落とし穴

監査手続の使い分けには、典型的な落とし穴があります。

第一に、手続名だけで証拠力を判断することです。確認だから強い、閲覧だから弱い、分析的手続だから簡便、再計算だから十分。こうした機械的な判断は危険です。証拠力は、監査目的、情報源、内部統制、入手経路、対象アサーションによって変わります。

第二に、質問で得た説明を、そのまま結論にすることです。質問は重要ですが、通常は他の手続による裏付けが必要になります。とくに、見積り、不正リスク、経営者の意思、内部統制の運用状況では、質問だけで完結させない姿勢が求められます。

第三に、閲覧した資料の生成過程を確認しないことです。会社作成資料を利用する場合、その資料が完全かつ正確で、監査目的に十分な粒度を有しているかを確認しなければ、当該資料に基づく監査手続全体が弱くなります。

第四に、分析的手続で把握した異常を、説明だけで閉じることです。異常な変動や予測値との乖離を識別した場合には、説明を裏付ける証拠や追加手続が必要になります。

第五に、突合の方向を意識しないことです。帳簿から証憑へたどるのか、証憑から帳簿へたどるのか。それによって、発生・実在性に効くのか、網羅性に効くのかが変わります。

第六に、実査や立会の限界を忘れることです。現物が存在しても、所有権、評価、担保、滞留、開示制限までは、別の証拠が必要になります。

第七に、調書上、手続と結論のつながりが見えないことです。実施手続が多くても、どのリスクに対応し、どのアサーションを裏付け、どの結論に至ったのかが追えなければ、監査判断としては弱くなります。

監査手続は、監査人の判断力を表す

監査手続の種類を知っているだけでは、実務判断としては不十分です。重要なのは、どの手続を、どの順番で、どの深度で、どの証拠と組み合わせるかです。

リスクが高い領域では、質問、閲覧、確認、再計算、再実施、分析的手続、立会を組み合わせ、複数の情報源から整合的な証拠を入手する必要があります。リスクが低い領域では、過度な手続を避けつつ、必要な心証を得るための効率的な手続設計が求められます。

監査手続の選択には、次の判断が含まれます。

・どのリスクに対応する手続か
・どのアサーションに効く手続か
・その手続だけで足りるのか、組み合わせが必要か
・証拠の信頼性は十分か
・会社作成資料の前提は確認されているか
・外部証拠を取得すべきか
・電子データの完全性・正確性は確認されているか
・矛盾する証拠が出た場合に、追加手続をどう設計するか
・審査担当者や監査役等に説明できるか
・調書上、判断過程を追跡できるか

監査手続の使い分けは、監査人の専門的判断そのものです。監査を「作業」として捉えるか、「説明責任を伴う判断」として捉えるか。その違いは、監査手続の設計と調書化に表れます。

監査手続の設計で迷う場合

監査手続の選択は、基準を読めば一律に決まるものではありません。重要性、リスク、アサーション、内部統制の実効性、会社作成資料の信頼性、電子データ環境、外部証拠の入手可能性、見積りや不正リスクの程度、開示への影響。これらを踏まえて判断する必要があります。

とくに、次のような場面では、早い段階で論点を整理しておくことが重要です。

・質問と閲覧だけで十分か、判断に迷っている
・確認手続を実施すべきか、代替手続で足りるかを整理したい
・分析的手続で把握した異常変動を、どう深掘りすべきか悩んでいる
・会社作成資料の完全性・正確性を、どこまで確認すべきか整理したい
・内部統制に依拠する場合の運用評価手続を見直したい
・立会、実査、再実施、再計算の証拠力と限界を、調書上どう説明するか確認したい
・審査やレビューで、リスク、手続、証拠、結論のつながりを説明できる状態にしたい

犬飼公認会計士・税理士事務所では、会計監査、内部統制、財務報告、開示、会計上の見積り、不正リスクを横断し、後から説明できる監査判断・論点整理を重視しています。

監査手続の設計、監査証拠の整理、内部統制評価、決算資料・開示基礎資料の整備、審査・レビューを見据えた説明資料の作成について相談したい場合は、犬飼公認会計士・税理士事務所HPのお問い合わせページからご相談ください。

振り返り|監査手続の種類と使い分け

論点実務上の確認ポイント
監査手続の位置づけリスク評価を監査証拠に変換するための手段であり、作業項目そのものが目的ではない
リスク対応手続運用評価手続と実証手続で構成され、評価した重要な虚偽表示リスクに対応して設計する
質問監査の入口として有効だが、通常は質問だけで十分な監査証拠とはならない
閲覧文書や記録を確認する手続だが、その文書がどのアサーションを裏付けるかを明確にする
実査実在性には強いが、権利義務や評価までは直接証明しないことがある
観察プロセスや手続の実施状況を確認できるが、観察時点に関する証拠に限定されやすい
確認第三者から直接回答を得るため証明力が高くなり得るが、確認対象とアサーションの対応が重要
再計算計算の正確性には有効だが、計算前提や基礎データの妥当性は別途検討する
再実施内部統制の運用評価に有効だが、対象統制・期間・母集団・例外事項を明確にする必要がある
分析的手続大局的な異常把握に有効だが、異常変動は質問と追加証拠で裏付ける
立会棚卸資産の実在性・状態・棚卸手続の信頼性を確認するため、実査・観察・テストカウントを組み合わせる
突合帳簿から証憑へたどるか、証憑から帳簿へたどるかで効くアサーションが変わる
会社作成資料完全性・正確性・十分な詳細性を確認しなければ、資料に基づく監査手続全体が弱くなる
調書化手続、証拠、判断、結論のつながりを、経験豊富な監査人が追跡できる状態にする
実務上の核心監査手続の使い分けは、リスク・アサーション・証拠力・説明可能性を統合する専門的判断である
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