認知症と相続対策で最初に確認すべきこと|本人意思・判断能力・財産管理の整理

相続対策と聞くと、多くの方はまず生前贈与や遺言、不動産活用、生命保険、小規模宅地等の特例、相続税の試算といった話を思い浮かべるのではないでしょうか。

けれども、親の物忘れが増えてきた、預金の管理が少し不安になってきた、不動産や会社の株式をどうするか早めに決めておきたい——。こうした段階で最初に確認すべきなのは、「どの節税策を使うか」ではありません。

まず確かめるべきは、ご本人が自分の財産について理解し、自分の意思で判断できる状態にあるかどうかです。

相続対策の多くは、ご本人の意思に基づく法律行為です。贈与は契約であり、遺言は本人だけができる単独行為です。不動産の売却、信託契約、任意後見契約、財産管理委任契約、生命保険の契約変更、同族会社株式の移転なども、いずれも本人の意思と判断能力が前提になります。

民法では、法律行為の当事者が意思表示をした時に意思能力を有していなかった場合、その法律行為は無効とされています。また、贈与は、財産を無償で与えるという意思表示と、相手方の受諾によって効力を生じる契約です。

つまり、本人の意思が確認できないまま「相続税対策だから」と財産を動かしてしまうと、後になって法務上も税務上も大きな問題に発展しかねません。出典:e-Gov法令検索|民法

本稿では、医学的な診断そのものではなく、相続・贈与・財産管理の実務判断という観点から、認知症が心配になってきた段階でまず何を確認すべきかを整理していきます。

目次

認知症対策は「相続税対策の前提」である

認知症対策は相続対策の一部ではありますが、決して補助的な論点ではありません。

相続税を軽くする工夫を考える前に、本人が財産を管理できるのか、贈与や遺言の意味を理解できるのか、相続人どうしで後から争いにならないか、金融機関や税務署に説明できる資料が残るのか。これらを先に確認しておく必要があります。

たとえば、次のような対策は、いずれも本人の判断能力と本人の意思が前提になります。

  • 子や孫への生前贈与
  • 不動産や金融資産の名義変更
  • 収益不動産の売却や建替え
  • 遺言書の作成
  • 任意後見契約の締結
  • 財産管理委任契約の締結
  • 家族信託の設定
  • 生命保険契約の変更
  • 同族会社株式の移転
  • 会社への貸付金や不動産貸付関係の整理

これらは、税額だけを見れば有効に思えることがあります。しかし、本人が理解しないまま実行された場合には、贈与や契約の有効性、遺言能力、親族間の不公平感、名義財産の認定、税務調査での説明可能性といった問題が次々に浮かび上がってきます。

大切なのは、認知能力・判断能力に応じて、財産管理契約、任意後見契約、法定後見制度などの手段を選んでいくという発想です。判断能力がまだ保たれている段階であれば、本人の意思を契約や遺言に反映できる可能性があります。一方で、判断能力が大きく低下した後は、選べる手段が法定後見などに限られていきます。

「認知症の診断」と「法律上の判断能力」は同じではない

認知症という診断があるからといって、ただちにすべての法律行為ができなくなるわけではありません。

逆に、認知症と診断されていないからといって、常に有効な贈与・遺言・契約ができるとも限りません。

ここで大切なのは、医学上の診断名と、法律上の意思能力・判断能力を分けて考えることです。

法律上問題になるのは、その時点で本人が、その行為の意味、財産の内容、相手方、効果、不利益、家族への影響を、どの程度理解していたかという点です。さらに、その行為が単純なものか複雑なものかによって、求められる判断能力の程度も変わってきます。

少額の日常的な支払いと、不動産の売却とでは、求められる理解の水準は同じではありません。単純な預金管理と、複数の相続人間の公平や遺留分、二次相続まで見据えた遺言作成とでは、判断の難しさがまったく違います。

厚生労働省も、認知症についての知識や相談先、MCI(軽度認知障害)に関する情報、本人向けのガイドなどを公表しています。認知症への支援は、医療・介護・福祉・生活支援を含む広い枠組みで考える必要があります。令和6年1月1日には、共生社会の実現を推進するための認知症基本法が施行され、令和6年12月3日には認知症施策推進基本計画が閣議決定されました。出典:厚生労働省|認知症施策

相続対策の場面では、医師の診断書だけで結論を決めるのではなく、本人の理解状況、面談時の受け答え、財産内容の把握、家族関係への認識、過去の意思との整合性、手続時の記録などを総合して確認していくことが求められます。

最初に確認すべき6つの論点

認知症が心配な段階で相続対策を考えるとき、最初に整理すべきは制度選択ではありません。

任意後見にするか、家族信託にするか、遺言を書くか、贈与するか。それらを検討する前に、次の6つを確認しておく必要があります。

1. 本人は何を望んでいるのか

最初に確認すべきは、本人の意思です。

誰に財産を承継させたいのか。自宅に住み続けたいのか。収益不動産を残したいのか、それとも売却して管理の負担を減らしたいのか。介護費用はどの財産から支払いたいのか。事業や会社株式は誰に引き継がせたいのか。相続人の間でどのような公平を実現したいのか。

これらは、家族が「こうしたほうがよい」と考えることと、必ずしも一致するとは限りません。

相続対策では、本人の財産を本人のためにどう使い、本人の意思に沿ってどう承継するか。ここが出発点です。税額を下げることだけを目的にしてしまうと、本人の生活保障や相続人間の納得感が後回しになりがちです。

特に、家族の一部だけが本人の預金通帳、不動産資料、保険証券を管理しているような場合には、他の相続人から「本人の意思ではなく、特定の家族の都合で財産が動かされた」と見られてしまうリスクがあります。

本人の意思を確認するときには、「長男に任せたい」「孫に渡したい」といった結論だけでなく、その理由や背景、過去の発言との整合性、他の相続人への配慮までを整理しておくことが大切です。

2. 本人は何をどこまで理解できているのか

次に確認すべきは、本人の判断能力です。

ここで見るべきは「認知症かどうか」というラベルではありません。実際にしようとしている行為について、本人がどこまで理解できているか、という点です。

贈与であれば、何を、誰に、無償で渡すのか。渡した後、その財産は自分のものではなくなるのか。贈与税や将来の相続税にどう影響しうるのか。

遺言であれば、自分の財産のおおよその内容、相続人の範囲、誰に何を承継させるのか、その結果として他の相続人にどのような影響が及ぶのか。

不動産売却であれば、売却の対象、価格、売却後の居住先、譲渡税、介護費用、相続税の納税資金への影響。

家族信託であれば、誰が受託者となり、どの財産を信託し、誰のために管理し、本人の死亡後にどう承継させるのか。

任意後見契約であれば、将来、判断能力が不十分になった場合に、誰にどのような事務を任せるのか。

こうした理解が不十分なまま形式だけを整えても、後になって有効性を争われる可能性が残ります。

なお任意後見契約は、本人が十分な判断能力を有している時に、任意後見人となる人や将来委任する事務を定めておき、本人の判断能力が不十分になった後に任意後見人が事務を行う制度と説明されています。出典:法務省|成年後見制度・成年後見登記制度 Q&A

3. 誰が財産を管理しているのか

認知症が心配な場面では、財産の名義だけでなく、実際に管理している人を確認する必要があります。

預貯金の通帳やキャッシュカードを誰が持っているのか。インターネットバンキングや証券口座のID・パスワードを誰が管理しているのか。収益不動産の賃料はどの口座に入り、修繕費や固定資産税は誰が支払っているのか。生命保険契約の内容や受取人を本人が把握しているのか。同族会社への貸付金や不動産の賃貸借関係を本人が理解しているのか。

財産管理の実態が曖昧なまま相続が発生すると、相続税の申告では、名義財産、使途不明金、過去の贈与、貸付金、債務控除、収益の帰属などが問題になってきます。

特に、親族が本人の預金を引き出して生活費や介護費に充てている場合には注意が必要です。その支出が本人のためのものなのか、家族への贈与なのか、相続財産から不当に流出したものなのか。後から説明できるようにしておかなければなりません。

「親のために使ったのだから問題ない」という感覚だけでは不十分です。金額、日付、使途、領収書、そして介護費・医療費・生活費との対応関係を記録しておくこと。これが、相続人間の紛争予防にも、税務調査への対応にもつながります。

4. これから実行したい行為は何か

ひと口に認知症対策といっても、実行したい内容によって必要となる制度は異なります。

預貯金の支払いを手伝いたいだけなのか。不動産を売却したいのか。賃貸物件の修繕や管理を続けたいのか。将来の相続人を指定したいのか。贈与を進めたいのか。本人の死亡後の葬儀・納骨・死後事務まで決めておきたいのか。障害のある家族の生活保障まで設計したいのか。

目的が異なれば、選ぶべき手段も変わります。

たとえば遺言は、主に死亡後の財産承継を定める制度です。本人の生前の預金管理や不動産修繕を直接進めるための制度ではありません。

任意後見は、将来の判断能力低下に備える制度ですが、効力が発生するには任意後見監督人の選任が必要です。任意後見契約は公正証書によってしなければならず、任意後見監督人が選任された時から効力が生じます。出典:e-Gov法令検索|任意後見契約に関する法律

家族信託は、信託財産について受託者が管理・運用・処分を行う仕組みを設計できますが、本人の身上監護全般を担う制度ではありません。また、信託契約そのものにも本人の理解と意思が必要です。財産承継のための家族信託では、高齢者を委託者兼受益者とし、信頼する親族等を受託者として、信託財産を管理しながら、本人死亡後の帰属先を定めるという設計が考えられます。

このように、制度は目的に合わせて選ぶものであって、制度名から先に決めるものではありません。

5. 親族間で対立が生じる可能性はないか

認知症が関わる相続対策では、親族間の信頼関係が大きな意味を持ちます。

本人の財産を誰が管理するのか、誰が通帳を預かるのか、誰が不動産を売るのか、誰が同居や介護をしているのか、過去に誰が贈与を受けているのか。こうした事情は、将来の遺産分割で感情的な対立につながりやすい論点です。

特に注意したいのは、特定の相続人だけが本人の近くにいて、他の相続人が財産状況を把握していない場合です。

本人の生活費や介護費を支払っているつもりでも、記録が残っていなければ、後から「勝手に引き出した」「自分に有利なように財産を移した」と疑われてしまうことがあります。

また、本人の判断能力が低下した後に作成された遺言、特定の家族に有利な贈与、急な不動産売却、生命保険受取人の変更などは、相続開始後に争われやすい行為です。

相続対策は、本人の意思を尊重するものでなければなりません。それと同時に、後から他の相続人にも説明できる形で進めていく必要があります。

6. 相続税申告・納税資金・二次相続にどう影響するか

認知症対策は、法務や財産管理だけの問題にとどまりません。相続税の申告にも直結します。

本人の判断能力が低下してから財産を動かすと、次のような税務上の論点が生じます。

  • 贈与が有効に成立しているか
  • 名義財産と判断されないか
  • 相続開始前贈与として相続財産に加算されるか
  • 不動産売却による譲渡所得税が発生するか
  • 収益不動産の賃料収入が誰に帰属するか
  • 相続税の納税資金が確保されているか
  • 二次相続で税負担が大きくならないか
  • 遺産分割が申告期限までにまとまるか
  • 小規模宅地等の特例や配偶者の税額軽減に影響しないか

たとえば、判断能力の低下後に不動産を売却して現金化した場合、納税資金の確保には役立つかもしれません。しかしその一方で、その売却が本当に本人のために必要だったのか、売却代金はどのように管理されたのか、譲渡所得税はどうなるのか、相続開始時点で残っている財産は何か。これらを整理しておかなければなりません。

また、将来の相続税申告では、相続開始時の財産だけでなく、過去の贈与、名義財産、保険契約、同族会社関係、収益不動産の賃料、本人名義口座からの出金履歴なども確認の対象になります。

つまり認知症対策とは、「今困っている財産管理」を解決するだけでなく、将来の相続税申告で説明できる状態をつくることでもあるのです。

判断能力が低下する前にできること

本人の判断能力が十分にある段階であれば、相続対策の選択肢は比較的広く残されています。

この段階で大切なのは、いきなり財産を移すことではありません。本人の意思と財産状況を整理し、将来の管理不能リスクに備えておくことです。

具体的には、財産一覧の作成、相続税の概算試算、贈与方針の整理、遺言書の検討、任意後見契約、財産管理委任契約、見守り契約、家族信託、生命保険の受取人確認、不動産の管理方針、同族会社株式の承継方針などを検討していきます。

ただし、これらをすべて一度に行う必要はありません。

優先すべきは、本人の生活保障、財産管理の安定、そして家族間の説明可能性です。節税効果は、その土台が整ったうえで検討すべきものです。

任意後見制度では、本人に判断能力があるうちに契約を締結し、代理権目録等で本人の希望や委任事項を明確にしておくことが大切です。もっとも、あえて代理権目録に定めなかった事項については、任意後見人は代理権を持てません。だからこそ、何を任せるのかを具体的に設計しておく必要があります。

判断能力が低下し始めた段階で注意すべきこと

判断能力が低下し始めた段階では、実行できる対策と避けるべき対策を、慎重に分けていく必要があります。

この段階で無理に贈与、不動産売却、遺言、信託契約を進めると、後から「その時点で本人は理解していなかった」と争われる可能性があります。

ただし、軽度認知障害や初期の段階であれば、本人の理解力が保たれている場面もあります。大切なのは、診断名だけで判断するのではなく、行為ごとに本人がどこまで理解できるかを確認することです。

この段階では、次のような対応が重要になります。

  • 本人との面談記録を残す
  • 財産内容を本人に説明し、理解状況を確認する
  • 家族だけでなく、必要に応じて第三者である専門家を交えて確認する
  • 医師の診断書や介護認定資料だけに依存せず、実際の意思確認を記録する
  • 不自然に特定の相続人だけが利益を受ける内容になっていないか確認する
  • 契約や遺言の内容を、本人が理解できる複雑さに調整する
  • 将来争われやすい行為については、法務・税務の双方から慎重に検討する

任意後見契約は、判断能力が不十分になる前に締結する制度です。契約締結時に意思能力に疑いがある場合には、医師の診断書等によって本人の意思能力を確認したり、法定後見制度の利用を検討したりすべき場面もあります。

判断能力が大きく低下した後にできること・できないこと

判断能力が大きく低下した後は、生前贈与、遺言、信託契約、任意後見契約、不動産売却などを、本人が単独で有効に行うことが難しくなります。

この段階では、相続税対策として何かを新たに始めるというよりも、本人の生活と財産を守るための制度利用を検討する段階に入ります。

その代表が法定後見制度です。

法務省の説明によれば、法定後見制度には、本人の判断能力の程度に応じて、後見、保佐、補助という3つの制度が用意されています。後見は判断能力が欠けているのが通常の状態の方、保佐は判断能力が著しく不十分な方、補助は判断能力が不十分な方を対象とする制度として整理されています。出典:法務省|成年後見制度・成年後見登記制度 Q&A

成年後見制度は、認知症、知的障害、精神障害などの理由で判断能力が不十分な方が、不動産や預貯金の管理、介護サービスや施設入所の契約、遺産分割協議などを自分で行うことが難しい場合に、本人を保護し支援するための制度です。出典:法務省|成年後見制度・成年後見登記制度 Q&A

ここで注意していただきたいのは、法定後見制度はあくまで本人保護のための制度であって、相続税を下げるための制度ではない、という点です。

成年後見人等は、本人の財産を本人のために管理します。相続人の相続税負担を減らすために本人の財産を移転することや、将来の遺産分割を有利にするために特定の相続人へ贈与することは、本人の利益と一致しない限り、通常は慎重に扱われます。

ですから、「認知症になったら後見人をつけて相続税対策をすればよい」という発想は危険です。

判断能力が低下した後にできることは、相続税対策の実行ではありません。本人の財産保全、生活費・医療費・介護費の支払い、不動産管理、必要な契約手続、相続発生後の申告に備えた資料整理などが中心になります。

なお成年後見制度については、近年、制度の利用しやすさや本人意思の尊重という観点から見直しが進められており、2026年4月3日には民法等の一部を改正する法律案が国会に提出されています。実際に制度を利用する際には、施行時期、経過措置、現行制度との関係を、最新の法令や公的情報で確認しておく必要があります。出典:内閣法制局|民法等の一部を改正する法律案

生前贈与で最初に確認すべきこと

認知症が心配な段階で、生前贈与を検討したいというご相談は少なくありません。

しかし、生前贈与は、本人の意思が特に重要になる行為です。

贈与は、贈与者が財産を無償で与える意思を表示し、受贈者がそれを受諾することで成立します。したがって、本人が贈与の内容を理解していない、誰に何を渡すのか認識していない、渡した後に自分の財産ではなくなることを理解していない、といった場合には、贈与の成立そのものが問題になります。出典:e-Gov法令検索|民法

税務上も、贈与契約書を作った、贈与税の申告をした、名義を変えた、という形式だけで安全とはいえません。

実際の管理が本人のままであれば、名義預金・名義株式・名義財産として、相続開始時に本人の相続財産と判断される可能性があります。

認知症が疑われる段階で贈与を行う場合には、少なくとも次の点を確認しておく必要があります。

  • 本人が贈与する財産を理解しているか
  • 本人が贈与先を理解しているか
  • 本人が贈与後に自分の財産でなくなることを理解しているか
  • 受贈者が贈与を受けることを認識し、管理しているか
  • 贈与契約書、送金記録、贈与税申告、管理状況が整っているか
  • 特定の相続人だけに不自然に有利な内容になっていないか
  • 遺留分や特別受益、将来の遺産分割に影響しないか
  • 相続税申告時に説明できるか

相続税を減らすために急いで贈与をするよりも、その贈与が本人の意思に基づいて有効に成立しているか、後から親族関係と税務の双方に耐えられるか。それを確認することのほうが、はるかに大切です。

遺言で最初に確認すべきこと

認知症が心配な段階では、遺言の作成も重要な選択肢になります。

遺言は、本人の死亡後に財産をどのように承継させるかを定める制度です。相続人間の争いを防ぎ、手続を円滑にし、財産承継の意思を明確にするうえで有効です。

ただし、遺言もまた、本人の意思能力・遺言能力が前提になります。

認知症が疑われる場合には、遺言の内容が、本人の財産状況、家族関係、過去の発言、生活状況、介護状況と整合しているかが重要になります。

特定の相続人だけが立ち会って作成された遺言、本人のこれまでの意思と大きく異なる遺言、内容が複雑で本人には理解しにくい遺言、作成の直前に急に財産内容が変更されている遺言——。こうした遺言は、後から無効の主張や遺留分の問題につながることがあります。

公正証書遺言であっても、遺言能力の争いが完全になくなるわけではありません。公証人が関与することは有効性を支える重要な事情になり得ますが、本人の理解状況、遺言内容の合理性、医師の診断資料、作成経緯の記録もまた重要です。

認知症高齢者の遺言では、遺言能力の判断、立証の方法、遺言内容の難易度、そして遺言能力が後に争いにならないための留意点が、実務上の重要な論点になります。

家族信託で最初に確認すべきこと

家族信託は、認知症対策として注目されることの多い制度です。

特に不動産や収益物件をお持ちの場合には、本人が認知症になった後も、受託者が信託財産を管理・処分できるように設計できることがあります。

しかし、家族信託は万能ではありません。

信託契約を締結する時点で、本人が信託の意味を理解している必要があります。信託する財産、受託者の権限、受益者、信託終了時の帰属先、受託者の管理責任、税務上の取扱い。これらを理解しないまま契約すれば、有効性や親族間の納得に問題が残ります。

また、家族信託は信託財産の管理には有効でも、本人の介護契約、医療同意、身上監護、日常生活全般をすべてカバーする制度ではありません。必要に応じて、任意後見、財産管理委任、見守り契約、遺言、死後事務委任などと組み合わせて考える必要があります。

信託を設計する際には、少なくとも次の点を確認しておく必要があります。

  • 本人が信託の仕組みを理解しているか
  • 信託する財産と信託しない財産を分けているか
  • 受託者に財産管理能力と信頼性があるか
  • 他の相続人に説明できる内容か
  • 受託者が自分の利益と本人の利益を混同しない仕組みになっているか
  • 本人死亡後の承継と遺留分への影響を検討しているか
  • 相続税評価、贈与税、所得税、不動産登記への影響を確認しているか

家族信託を使うかどうか、ではありません。本人の財産管理と将来の承継にとって、信託が本当に適した手段なのか。そこを見極めることが大切です。

任意後見・財産管理委任・見守り契約で最初に確認すべきこと

任意後見、財産管理委任、見守り契約は、似ているようでいて、それぞれ役割が異なります。

見守り契約は、本人の生活状況や判断能力の変化を継続的に確認するためのものです。

財産管理委任契約は、本人の判断能力がある段階で、預貯金の管理、支払い、不動産賃料の管理、修繕の手配などを代理人に委任する契約です。

任意後見契約は、将来、本人の判断能力が不十分になった後に備えて、あらかじめ任意後見人となる人と代理権の範囲を決めておく制度です。

任意後見では、契約の締結時には本人の判断能力がありますが、その段階ですぐに効力が発生するわけではありません。判断能力が低下し、任意後見監督人が選任された時から効力が発生します。将来型の任意後見の場合には、任意後見が発効するまでの間に本人の状況を把握するため、見守り契約を併用することが実務上検討されます。

ここで大切なのは、誰に何を任せるか、です。

親族だから安心とは限りません。専門家だから、すべて任せておけばよいというものでもありません。本人の財産内容、家族関係、管理の難度、利益相反の可能性、定期的な報告体制を見ながら判断していく必要があります。

特に、本人の財産が不動産、同族会社株式、賃貸物件、貸付金、海外資産などを含む場合には、単なる預金管理よりも高度な判断が求められます。

認知症対策を相続税対策と分断しない

認知症対策と相続税対策を別々のものとして考えると、判断を誤りやすくなります。

認知症対策だけを見れば、本人の財産を凍結させないことが重要です。相続税対策だけを見れば、贈与や不動産活用、保険設計、株式承継などが検討されます。

しかし実務では、この両者はつながっています。

本人の判断能力が低下する前に贈与を行った場合、その贈与は相続税申告で加算の対象になることがあります。名義預金と判断されれば、相続財産に戻される可能性があります。不動産を信託した場合も、信託財産の帰属、所得の帰属、相続税評価を確認しなければなりません。任意後見を利用したとしても、本人の財産を相続人のために自由に移転できるわけではありません。

また、本人の介護費用や生活費を確保しないまま財産を移してしまうと、本人の生活保障が弱くなります。反対に、納税資金を考えずに不動産や非上場株式を残し続けると、相続が発生した後に相続人が納税で苦しむことになりかねません。

相続・贈与・認知症対策は、次の順番で考えると整理しやすくなります。

  1. 本人の生活と医療・介護費用を守る
  2. 本人の意思を確認し、記録する
  3. 財産管理が止まらない仕組みを整える
  4. 遺言・信託・任意後見などの制度を、目的別に選ぶ
  5. 相続人間の納得と説明可能性を確認する
  6. 相続税・贈与税・譲渡所得税・納税資金への影響を試算する
  7. 将来の相続税申告で説明できる資料を残す

この順序を崩して、先に節税策から入ってしまうと、本人の意思、親族関係、税務リスクのどこかに無理が生じやすくなります。

専門家に相談する前に整理しておきたい資料

認知症と相続対策をご相談いただく場合、最初の面談では、制度を選ぶ前に事実関係を整理することが大切です。

可能であれば、次の資料や情報を準備しておくと、その後の判断がスムーズに進みます。

  • 本人の財産一覧
  • 不動産の固定資産税課税明細書
  • 登記事項証明書、公図、測量図
  • 預貯金口座、証券口座、保険契約の概要
  • 過去の贈与履歴
  • 本人の収入、年金、賃料収入
  • 医療費、介護費、施設費用の見込み
  • 同族会社株式、役員貸付金、会社への不動産貸付の有無
  • 遺言書の有無
  • 既存の任意後見契約、財産管理委任契約、信託契約の有無
  • 本人の判断能力に関する診断書、介護認定資料、日常生活の状況
  • 誰が財産を管理しているか
  • 相続人となる予定の方々の関係性、紛争の可能性
  • 本人がこれまで話していた承継方針

すべてを完璧にそろえる必要はありません。重要なのは、本人の意思、財産、家族関係、税務リスクを同じテーブルに置いて整理することです。

まとめ:認知症が心配な相続対策では、最初に「本人意思」と「判断能力」を確認する

認知症が心配な段階の相続対策では、急いで贈与をすることや、制度名だけで家族信託・任意後見を選ぶことが目的ではありません。

最初に確認すべきは、本人が何を望んでいるのか、どこまで理解できているのか、財産管理がどのように行われているのか、親族間で後から説明できるのか、そして将来の相続税申告に耐えられる資料が残るのか、ということです。

相続対策とは、本人のための財産管理と、家族への承継設計を両立させる作業です。

そのためには、医療・介護の視点だけでなく、法務、税務、財産評価、納税資金、遺産分割、税務調査リスクまでを含めて整理していく必要があります。

節税効果だけを先に追いかけるのではなく、本人の意思に基づいて、後から説明できる形で進めること。それこそが、認知症と相続対策を考えるうえで、最も重要な出発点になります。

重要ポイントの振り返り

確認すべき事項実務上の意味放置した場合のリスク
本人の意思誰に何を承継させたいか、本人の生活をどう守るかを確認する家族都合の対策と見られ、遺産分割や遺言の争いにつながる
判断能力贈与・遺言・契約・信託を理解できるかを行為ごとに確認する法律行為の無効、遺言無効、親族間紛争の原因になる
財産管理の実態通帳、賃料、保険、証券、不動産を誰が管理しているかを把握する名義財産、使途不明金、相続財産の漏れが問題になる
実行したい行為贈与、遺言、任意後見、信託、不動産売却など目的別に整理する制度選択を誤り、本人保護にも税務対策にもならない
親族間の関係介護者、同居者、相続人間の納得感を確認する特定の相続人だけが有利と見られ、争族化する
相続税・納税資金将来の申告、評価、納税、二次相続まで確認する相続発生後に納税資金不足や税務調査対応で困る
記録と資料本人意思、支出、贈与、契約、財産管理の根拠を残す後から説明できず、法務・税務の双方で不利になる

認知症が心配な段階での相続対策は、早く始めるほど選択肢が広がります。一方で、本人の意思や判断能力を確認しないまま進めてしまうと、後から取り返しのつかない問題になることがあります。

犬飼公認会計士・税理士事務所では、相続税の試算や申告だけでなく、本人の意思、財産構成、贈与履歴、不動産、同族会社株式、納税資金、将来の遺産分割まで含めて、相続・贈与の論点を整理する支援を行っています。

親御さんの判断能力が不安になってきた段階で、何から確認すればよいか分からないという場合は、まず現在の財産状況とご家族の関係、そして本人のご意向を整理するところから、お気軽にご相談ください。

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