虚偽記載責任と監査人・役員等のリスク|開示の信頼性をどう説明可能にするか

有価証券報告書等に虚偽記載があった場合、実務上の関心は、どうしても結論に向かいがちです。誰が損害賠償責任を負うのか。監査人は責任を問われるのか。役員はどこまで責任を負うのか。

しかし、監査現場で本当に重要なのは、その一歩手前にあります。

  • なぜ、その記載が重要だったのか
  • どの時点で、誰が、どの情報を把握していたのか
  • 会社の内部統制と開示統制は、虚偽記載を防ぐ設計・運用になっていたのか
  • 監査人は、重要な虚偽表示リスクをどのように識別し、どの証拠で対応したのか
  • 監査役等は、経営者・監査人・内部監査からどの情報を受け、どのように監視したのか
  • 審査担当者、当局、投資者、裁判所に対して、判断過程をどこまで説明できるのか

虚偽記載責任は、法律論だけで完結するテーマではありません。会計判断、監査証拠、内部統制、不正リスク、開示統制、監査報告、ガバナンスが一体となって問われる領域です。

本稿では、個別訴訟の詳細な戦略ではなく、公認会計士が監査判断として押さえるべき「責任構造」と「説明可能性」を中心に整理します。

目次

虚偽記載責任は、投資者保護と市場の信頼性から理解する

金融商品取引法は、企業内容等の開示制度を整備し、金融商品取引所の適切な運営を確保すること等により、有価証券の流通の円滑化、公正な価格形成、投資者保護等を図る制度です。

ここでいう投資者保護とは、投資損失そのものを防ぐことではありません。投資者が重要な事実を知らされないまま意思決定してしまう事態を防ぐための、制度的な保護です。
出典:e-Gov法令検索|金融商品取引法

したがって、虚偽記載責任を検討するときに、「誤った数字があったか」だけを見ていては足りません。その虚偽又は不記載が、投資者の意思決定、証券価格、会社の信用、監査報告書、内部統制報告書、適時開示にどのような影響を与えたのか。そこまで見ていく必要があります。

特に有価証券報告書は、財務諸表だけで読まれるものではありません。事業の状況、経営者による分析、リスク情報、ガバナンス、サステナビリティ情報、内部統制報告書、監査報告書とともに読まれます。

近年は有価証券報告書におけるサステナビリティ情報の記載欄も設けられており、開示責任は財務数値だけでなく、財務諸表利用者の判断に影響する記述情報にも広がっています。

「重要な虚偽記載」は、単なる誤記や軽微なミスとは違う

虚偽記載責任で問題になるのは、一般に、重要な事項について虚偽の記載がある場合、又は記載すべき重要な事項が欠けている場合です。

ここでの「重要」は、監査上の重要性と重なる部分はあるものの、完全に同じものではありません。

監査上の重要性は、財務諸表全体として重要な虚偽表示がないことについて合理的保証を得るための判断軸です。一方、開示書類上の重要性は、次のような観点を含みます。投資者がその情報を知っていれば投資判断を変えた可能性があるか。市場価格の形成に影響したか。開示制度の目的に照らして、その欠落を許容できるか。

たとえば、次のような事項は、金額だけでは判断できません。

  • 売上高又は利益を黒字に見せる処理
  • 継続企業の前提、重要事象等、財務制限条項への抵触に関わる記載
  • 減損、税効果、貸倒引当金、偶発債務などの見積り判断
  • 関連当事者取引、資金循環取引、連結範囲、特別目的会社に関する情報
  • 内部統制報告書の有効性評価
  • 不正調査、訂正報告、再発防止策に関する説明
  • リスク情報、事業等のリスク、サステナビリティ情報の重大な欠落

会計不正は、財務諸表に計上すべき金額を計上しないことだけで生じるものではありません。必要な開示を行わないことによっても生じます。

粉飾決算は、財務報告等の利用者を欺くために意図的な虚偽表示を行うものであり、不適切な収益認識、負債・費用の隠蔽、期間帰属の操作、不適切な資産評価、不適切な開示等として現れます。

責任は一つではない|民事・行政・刑事・会社法・専門職責任が重なる

虚偽記載が発覚した場合、責任は一つの制度だけで完結しません。

  • 投資者に対する損害賠償責任
  • 課徴金納付命令等の行政上の責任
  • 重要な虚偽記載に関する刑事責任
  • 会社法上の役員等の会社に対する責任・第三者に対する責任
  • 監査人に対する監査証明責任、専門職としての懲戒・品質管理上の問題
  • 取引所規則上の改善報告書、特設注意市場銘柄、上場維持への影響
  • 監査役等、内部監査、取締役会のガバナンス責任

これらは別々の論点に見えます。しかし実務上は、同じ事実関係から派生していきます。

したがって監査人は、「金融商品取引法上の責任だけ」「会社法上の責任だけ」と切り分けて考えるべきではありません。虚偽記載の原因、関与者、内部統制不備、監査証拠、開示影響を、一つの事実認定として整理する必要があります。

発行者の責任|開示した会社自身が問われる

有価証券報告書などの継続開示書類に虚偽記載等があり、その書類が閲覧可能な状態にある間に投資者が流通市場で有価証券を取得した場合、発行者は投資者に対して損害賠償責任を負う可能性があります。

流通市場では、開示書類の情報が価格形成に反映されます。そのため、虚偽記載等の影響を受けた価格で取得したこと自体が、損害評価の出発点になります。

発行開示、すなわち有価証券届出書や目論見書の局面では、発行者、役員、監査証明をした公認会計士・監査法人、元引受人等が責任主体となり得ます。発行開示は、投資者がその開示書類を前提に新たに有価証券を取得する局面であり、発行者責任は重い構造を持ちます。

一方、継続開示の虚偽記載では、発行者、役員、監査証明をした公認会計士・監査法人が責任主体となり得ます。

損害額については、推定規定が設けられています。虚偽記載等の事実が公表された日前1年以内に有価証券を取得し、公表日に引き続き保有している者について、公表日前後各1か月の平均価格差を基礎とする考え方です。ただし、虚偽記載等以外の事情による価格下落分は控除され得ます。損害額の評価は、決して機械的なものではありません。

ここで押さえておきたいのは、発行者責任は「会社が悪い」という抽象論ではなく、開示プロセス全体の問題として現れる、ということです。

  • 経理部門が誤った
  • 子会社からの報告が不正確だった
  • 会計上の見積りが楽観的だった
  • 内部統制評価の範囲外で不備が発生した
  • 監査人との協議が不十分だった
  • 監査役等への報告が遅れた

これらは、発行者の内部問題に見えます。しかし投資者から見れば、提出された開示書類の信頼性の問題にほかなりません。

発行者が責任を回避できるかどうかは、個別の法的判断によります。少なくとも会社としては、どのプロセスで虚偽記載が生じ、どの統制が機能せず、どのように是正したのかを説明できなければなりません。

役員等の責任|取締役だけでなく監査役等も射程に入る

虚偽記載責任を考えるとき、「役員」と聞いて取締役だけを想定していては不十分です。金融商品取引法上の開示責任では、取締役、執行役、監査役等が問題となり得ます。

また会社法上も、役員等が任務を怠って会社に損害を与えた場合には会社に対する責任が、悪意又は重大な過失により第三者に損害を与えた場合には第三者に対する責任が問題となります。
出典:e-Gov法令検索|会社法

実務上、役員責任の評価では、次の問いが中心になります。

  • 取締役会は、重要な会計論点や開示論点を把握していたか
  • 経営者は、財務諸表作成責任を果たすための体制を整備していたか
  • CFO、経理担当役員、開示担当役員は、会計処理・開示判断の根拠を確認していたか
  • 監査役等は、会計監査人及び内部監査から必要な情報を得ていたか
  • 不正の兆候、内部統制不備、訂正可能性を把握した後の対応は適切だったか
  • 専門家に相談すべき局面で、必要な相談を行ったか
  • 取締役会議事録、監査役等の監査調書、内部統制評価資料に、判断過程が残っているか

会社法上、役員等は会社に対する任務懈怠責任や第三者に対する責任を負う可能性があります。財務諸表への虚偽記載によって第三者に損害を与えた場合も、責任問題が生じ得ます。

監査役等については、「自ら財務諸表を作成していない」「会計監査人が監査している」というだけでは、十分な説明になりません。

監査役等には、取締役の職務執行を監査し、会計監査人との連携を通じて財務報告の信頼性を監視する役割があります。会計監査人から重要な監査上の論点、内部統制不備、不正リスク、KAM候補、未修正虚偽表示をどのように聞き取り、どのように取締役会へフィードバックしたのか。そこが問われます。

監査人の責任|虚偽記載の存在だけで直ちに責任が決まるわけではない

監査人の責任を考えるとき、まず確認すべきなのは、財務諸表監査の目的です。

監査基準は、財務諸表監査の目的について、経営者が作成した財務諸表が、一般に公正妥当と認められる企業会計の基準に準拠して、全ての重要な点において適正に表示しているかどうかを、監査人が自ら入手した監査証拠に基づいて判断し、その結果を意見として表明することにあるとしています。また、適正意見は、財務諸表全体として重要な虚偽表示がないことについて合理的保証を得たとの監査人の判断を含むものです。
出典:金融庁|監査基準

つまり、監査は絶対的保証ではありません。後に虚偽記載が判明したからといって、直ちに監査人の責任が確定するわけではないのです。

しかし、合理的保証であることは、監査人を免責する言葉でもありません。監査基準は監査人に対して、職業的懐疑心の保持、不正による重要な虚偽表示の可能性の考慮、監査計画及び判断過程の監査調書への記録を求めています。
出典:金融庁|監査基準

したがって監査人責任の評価では、次のような論点が中心になります。

  • 重要な虚偽表示リスクを適切に識別していたか
  • 不正リスク、経営者による内部統制の無効化、収益認識、会計上の見積りに十分対応していたか
  • 会社の内部統制への依拠が妥当だったか
  • 矛盾する証拠や例外事項に対して、追加手続を行ったか
  • 経営者説明を過度に信頼していなかったか
  • 監査役等と適切にコミュニケーションしていたか
  • 審査担当者にリスク評価・証拠・判断理由を説明できる調書になっていたか
  • 不適切な監査時間、専門家不利用、レビュー不足、独立性の問題がなかったか

有価証券報告書等に添付される監査報告書によって監査証明が行われる場合、監査証明をした公認会計士・監査法人も、虚偽記載等に関して投資者に対する損害賠償責任を負う可能性があります。ただし、監査証明をしたことについて故意又は過失がなかったことを証明できる場合には、責任を負わない構造になっています。

金融商品取引法193条の2は、上場会社等が提出する財務計算に関する書類等について、特別の利害関係のない公認会計士又は監査法人の監査証明を受けることを定めています。

監査証明の制度的な意味は、単に監査報告書を添付することにあるのではありません。投資者が利用する財務情報の信頼性を、独立した専門家の監査判断によって支えることにあります。
出典:e-Gov法令検索|金融商品取引法
出典:金融庁|財務諸表等の監査証明に関する内閣府令の取扱いに関する留意事項について

監査人にとって「説明可能性」は免責主張のためだけではない

監査人が後から問われるのは、「監査手続を実施したか」ではありません。「その手続で、なぜ十分だったのか」です。

たとえば、不正リスクのある収益認識について、売上明細をサンプリングして証憑突合しただけでは、リスク対応として不十分な場合があります。

循環取引、架空売上、未出荷売上、顧客とのサイドレター、期末直前の異常取引、返品・取消し、関連当事者を通じた取引。こうした兆候がある場合には、通常の実証手続に加えて、取引実態、資金循環、契約条件、出荷事実、入金、期後取消しを横断して確認する必要があります。

また、会計上の見積りでは、将来事象に依存する金額を経営者が見積もります。そこには経営者バイアスや見積りの不確実性が存在します。

見積額と実績に乖離が生じたとき、問題は乖離そのものではありません。見積時点で当然考慮すべき情報を考慮していたか、楽観的な仮定を置いていなかったか。そこが問われます。

このような局面で、監査人の説明可能性は次の形で現れます。

  • リスク評価調書:なぜ特別な検討を必要とするリスクとしたか、又はしなかったか
  • 監査計画:リスクに対応する手続の種類・時期・範囲をどう決めたか
  • 監査証拠:会社説明を、どの外部証拠・内部証拠・分析で裏付けたか
  • 例外事項:どの追加手続を行い、なぜ結論に影響しないと判断したか
  • 未修正虚偽表示:金額的重要性と質的重要性をどう評価したか
  • 監査役等とのコミュニケーション:どの論点を、どのタイミングで共有したか
  • 審査:代替案、反対証拠、残余リスクをどう説明したか

監査調書は、単なる作業記録ではありません。重要な虚偽記載が後に問題化したとき、監査人が当時どのような事実に基づき、どのように判断したかを示す、最も重要な説明資料になります。

損害額の推定と「公表」の意味を軽く見ない

虚偽記載責任では、損害額の立証が大きな論点になります。金融商品取引法上、一定の場合には、虚偽記載等の事実が公表された日の前後の市場価格を基準として、損害額を推定する制度が設けられています。

このとき、「公表」がいつ行われたのかは重要です。

訂正報告書の提出、TDnetによる適時開示、記者会見、第三者委員会報告書の公表、監査意見の変更、内部統制報告書の訂正。どの時点で市場が重要な事実を知り得る状態になったかが、損害額、株価下落、因果関係の議論に影響します。

監査人は、投資者の損害額を計算する立場にはありません。それでも、虚偽記載が疑われる局面では、会社がどのタイミングで何を市場に開示したか、監査人がいつ何を把握していたか、監査役等にいつ報告したかを、監査調書上も整理しておく必要があります。

課徴金・刑事責任|民事責任とは別に問われる

虚偽記載が重大な場合には、民事責任とは別に、課徴金や刑事責任も問題になります。

証券取引等監視委員会は、開示規制違反に係る課徴金制度について、継続開示書類等の虚偽記載等の場合、600万円又は時価総額の10万分の6のいずれか高い額を基本とする金額水準を示しています。半期報告書や臨時報告書等では、その2分の1とされる場合があります。
出典:証券取引等監視委員会|開示規制違反に係る課徴金制度について

また、開示規制違反に係る課徴金額の算定方法では、虚偽記載等のある有価証券報告書等を提出した発行者が課徴金の対象となることが整理されています。
出典:証券取引等監視委員会|開示規制違反に係る課徴金額の算定方法等

重要事項について虚偽記載のある開示書類を提出した場合には、刑事責任も問題となります。行為者本人だけでなく、法人に対する刑事責任も問われ得る点に注意が必要です。

ここで注意すべきなのは、課徴金や刑事責任の有無は、監査意見の有無とは別に判断されるということです。

無限定適正意見が付されていたからといって、開示規制違反が否定されるわけではありません。逆に、訂正報告書の提出や不適切会計の発覚があったからといって、直ちに刑事責任が成立するわけでもありません。

意図性、重要性、関与者、隠蔽行為、組織的関与、内部統制不備、監査人への説明内容。これらを丁寧に整理する必要があります。

現行制度では四半期報告書から半期報告書への読み替えに注意する

過年度の虚偽記載事案や実務資料では、四半期報告書という用語が頻繁に出てきます。

しかし、2024年4月1日から、金融商品取引法上の四半期報告書制度は見直されました。四半期開示は取引所規則に基づく四半期決算短信へ一本化され、第2四半期については半期報告書の提出が求められる制度へ移行しています。
出典:金融庁|令和5年金融商品取引法等改正に係る政令・内閣府令案等の公表について

したがって、虚偽記載責任を検討する際には、対象年度・対象期間にどの制度が適用されていたかを確認する必要があります。

旧制度下の四半期報告書、新制度下の半期報告書、取引所規則上の四半期決算短信、臨時報告書、適時開示。それぞれ提出根拠、監査・レビュー、責任関係が異なります。

「四半期の誤りだから軽い」「短信だから法定開示ではない」といった単純な整理は危険です。投資者がいつ、どの情報を見て意思決定したか。市場価格にどのように反映されたか。法定開示と適時開示の間で情報が整合していたか。そこを確認する必要があります。

内部統制報告書の虚偽記載も独立したリスクになる

虚偽記載責任は、財務諸表だけに関するものではありません。内部統制報告書に虚偽記載等がある場合も、役員や公認会計士・監査法人の責任が問題となり得ます。

内部統制報告書は、粉飾決算や有価証券報告書の虚偽記載を防止するため、財務書類の適正性を確保する企業内部の体制について評価した報告書です。上場会社等は、内部統制報告書を有価証券報告書と併せて提出し、内部統制監査報告書による監査証明を受ける必要があります。

2023年4月公表の改訂内部統制基準・実施基準では、財務報告に係る内部統制報告制度の実効性に対する懸念が背景として示されています。とりわけ、評価範囲外で開示すべき重要な不備が明らかになる事例や、内部統制の有効性評価が訂正される際に理由の開示が不十分な事例が挙げられています。
出典:金融庁|財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準並びに財務報告に係る内部統制の評価及び監査に関する実施基準の改訂について

虚偽記載が発覚した会社で、内部統制報告書を「有効」とした判断を維持できるかどうかは、必ず検討すべき論点です。

  • 誤りは評価範囲内で発生したのか
  • 評価範囲外で発生した場合、評価範囲の決定は妥当だったのか
  • 決算・財務報告プロセス、IT統制、子会社管理、経営者レビューは機能していたのか
  • 開示すべき重要な不備に該当しないと判断する根拠は何か
  • 訂正内部統制報告書の提出要否を、どのように判断したか
  • 監査人は、内部統制監査報告書にどのように反映したか

内部統制報告書の訂正を検討せずに、有価証券報告書だけを訂正する。それは投資者・当局・審査担当者から見れば、「原因分析が足りない」状態に映ります。

監査役等・取締役会・内部監査は、虚偽記載リスクをどう監視するか

虚偽記載責任は、経理部門と監査人だけの問題ではありません。取締役会、監査役等、内部監査は、財務報告の信頼性を支えるガバナンス機能として関与します。

取締役会

取締役会は、事業計画、資金繰り、会計上の見積り、重要な契約、関連当事者取引、子会社管理、開示方針を監督する立場にあります。

経営者が提示する財務情報を前提に意思決定している以上、その情報の信頼性を支える体制を整備・監督する責任を負います。

監査役等

監査役等は、会計監査人から監査計画、重要な虚偽表示リスク、内部統制不備、未修正虚偽表示、KAM候補、不正リスクを聞き取り、取締役の職務執行を監査します。

監査役等にとっても、監査調書は自らを守る文書です。監査計画、監査手続、会計監査人との意思疎通、不正に関する検討を記録しておくことが重要になります。

内部監査

内部監査は、業務プロセス、内部統制、リスク管理、コンプライアンス、開示基礎資料の整備状況を独立的に評価する機能を担います。

内部監査が発見した不備を、経理部門・監査役等・会計監査人・取締役会がどのように共有し、是正したか。それが、虚偽記載発覚時の説明可能性を左右します。

虚偽記載リスクに対して、監査人が調書に残すべき判断過程

虚偽記載責任を意識した監査調書は、法的責任を恐れて形式的に分厚くするものではありません。

後から第三者が読んでも、監査人がどの事実に基づき、どの基準に照らし、どの証拠で結論に至ったかを追える状態にする。それが本来の目的です。

特に、次の論点は調書上の説明が必要です。

1. 重要性判断

金額的重要性だけでなく、質的重要性をどう評価したか。利益の黒字・赤字、財務制限条項、上場維持、配当、役員報酬、継続企業、内部統制不備、不正疑義への影響を検討したか。

2. 不正リスク評価

経営者による内部統制の無効化、収益認識、会計上の見積り、関連当事者、非定型取引について、どのリスクを識別し、どの手続で対応したか。

3. 開示書類全体との整合

監査済財務諸表と、有価証券報告書の記述情報、決算短信、適時開示、内部統制報告書、監査報告書、KAMが整合しているか。財務諸表には修正がないとしても、記述情報に重要な不整合がないか。

4. 内部統制への影響

誤謬又は不正が、内部統制不備を示していないか。補完統制は機能していたか。評価範囲の見直しが必要か。開示すべき重要な不備に該当しないと判断する根拠は何か。

5. 監査役等とのコミュニケーション

重要論点を、いつ、誰に、どの資料で報告したか。監査役等からどのような質問・指摘があり、監査人がどう対応したか。

6. 審査対応

審査担当者に対し、リスク評価、監査手続、監査証拠、判断理由、未解決事項、代替的な見解を説明できる状態になっているか。

「監査対象外だから関係ない」という説明は通用しにくくなる

有価証券報告書には、財務諸表以外の記述情報が多く含まれます。監査人が、これら全てに監査意見を表明しているわけではありません。

しかし、だからといって「監査対象外なので確認していない」と整理するだけでは不十分です。

財務諸表監査では、監査した財務諸表が含まれる開示書類における「その他の記載内容」についても、監査上の責任が問題となる領域があります。日本公認会計士協会の監査実務指針等においても、監査基準報告書720「その他の記載内容に関連する監査人の責任」が示されています。
出典:日本公認会計士協会|監査実務指針等

実務上は、少なくとも次の点について適切に検討し、会社に修正を求めるべきか、監査報告へ影響するかを整理する必要があります。監査済財務諸表と記述情報との重要な不整合。監査人が監査の過程で得た知識との矛盾。財務諸表利用者を誤解させる可能性のある記載。

虚偽記載責任を防ぐ開示統制の設計

虚偽記載責任を「事後的な責任追及」としてだけ捉えると、実務対応はどうしても後手に回ります。本来は、責任が顕在化する前に、開示統制として予防すべきものです。

決算早期化を実現している会社では、経理担当者全員が有価証券報告書や決算短信などの最終成果物を把握しています。そして、最終成果物から逆算して決算・開示業務を組み立てています。

逆に、単体決算、連結決算、開示業務が縦割りになり、担当者が最終成果物を見ていない会社では、手戻り、重複、属人化が起きやすくなります。

虚偽記載リスクを低減するためには、次のような開示統制が必要です。

  • 会計論点管理表と開示論点管理表を分断しない
  • 重要な会計判断、見積り、注記、KAM候補を一体で管理する
  • 開示基礎資料と最終開示文案を紐づける
  • 決算短信、有価証券報告書、内部統制報告書、適時開示の数値・記述を整合させる
  • 子会社からの報告資料について、親会社がレビュー責任を持つ
  • 経営者レビュー、監査役等レビュー、会計監査人との協議を記録する
  • 訂正可能性や不正疑義を把握した場合のエスカレーションルールを明確にする
  • 開示後の訂正・適時開示・当局対応の責任部署を定める

開示統制は、チェックリストではありません。財務報告の信頼性を市場に対して説明するためのプロセスです。

監査人・役員等が避けるべき説明

虚偽記載が問題化したとき、次のような説明は危険です。

  • 「監査上の重要性を下回っていたので問題ありません」
  • 「会社が作成した資料を確認したので十分です」
  • 「監査役等には最終結果だけ報告しました」
  • 「内部統制報告書は有効なので、原因分析は不要です」
  • 「記述情報は監査対象外なので見ていません」
  • 「不正ではなく誤謬なので、責任問題にはなりません」
  • 「訂正報告書を提出したので、法的責任は整理済みです」
  • 「調査委員会報告書があるので、監査人として追加手続は不要です」

いずれも、判断過程の説明としては弱いものです。

責任判断は、最終的には個別事案により異なります。それでも少なくとも監査人・役員等は、事実、基準、証拠、統制、開示、コミュニケーションを接続して説明できる状態にしておく必要があります。

虚偽記載責任は、監査品質を事後的に検証する鏡である

虚偽記載責任は、発覚後に突然現れるものではありません。

  • 監査計画の段階で、重要な虚偽表示リスクを過小評価していなかったか
  • 期中監査で、内部統制の例外事項を軽視していなかったか
  • 期末監査で、未修正差異や質的重要性を十分に評価していたか
  • 見積り監査で、経営者バイアスに十分に向き合っていたか
  • 開示チェックで、財務諸表と記述情報の整合性を見ていたか
  • 監査役等とのコミュニケーションで、重要論点を早期に共有していたか
  • 審査で、リスクと証拠の不整合を解消していたか

これらの積み重ねが、虚偽記載責任が問題化したときに検証されます。

監査人にとって、虚偽記載責任の理解は、訴訟リスクを避けるためだけの知識ではありません。監査を、基準適用や手続消化ではなく、投資者に対する説明責任を伴う専門的判断として設計するための基礎です。

専門家への相談を検討すべき局面

次のような局面では、早い段階で専門家に相談し、会計・監査・内部統制・開示・法務の論点を切り分けておくことが重要です。

  • 有価証券報告書、半期報告書、臨時報告書、内部統制報告書に、重要な誤り又は不記載が疑われる
  • 不正会計、資金循環取引、関連当事者取引、連結範囲、見積り判断に疑義がある
  • 訂正報告書、訂正内部統制報告書、適時開示の要否を整理したい
  • 監査人、監査役等、取締役会、内部監査の説明資料を整備したい
  • 監査調書や審査資料が、虚偽記載リスクに対して十分な説明力を持つか確認したい
  • 開示統制・決算統制・J-SOX評価範囲を見直したい
  • 役員責任、監査人責任、会社法上の責任、金融商品取引法上の責任が交錯している

犬飼公認会計士・税理士事務所では、財務諸表監査、内部統制、開示、会計上の見積り、不正リスク、訂正対応を横断して、責任構造と説明可能性を重視した論点整理を支援しています。

虚偽記載責任が問題になり得る局面で、監査人・役員等・監査役等・経理財務部門に対して説明できる判断過程を整えたい場合は、犬飼公認会計士・税理士事務所HPのお問い合わせページからご相談ください。

振り返り|虚偽記載責任と監査判断の重要ポイント

論点実務上の意味確認すべき判断軸
重要な虚偽記載単なる誤記ではなく、投資判断や価格形成に影響する虚偽又は不記載金額的重要性、質的重要性、投資者への影響、開示制度上の重要性
発行者責任開示書類を提出した会社自身が投資者に対する責任を負い得る虚偽記載の内容、開示時点、損害額、訂正対応、内部統制不備
役員責任取締役、執行役、監査役等が責任主体となり得る任務懈怠、相当の注意、取締役会・監査役等の監視、意思決定記録
監査人責任監査証明をした公認会計士・監査法人も責任を問われ得る故意・過失の有無、リスク評価、監査証拠、職業的懐疑心、調書化
損害額の推定一定の場合、公表日前後の市場価格を基準に損害額が推定される公表日、取得日、保有状況、虚偽記載以外の価格下落要因
課徴金・刑事責任民事責任とは別に、行政上・刑事上の責任が問題となる重要性、意図性、組織的関与、訂正対応、当局対応
内部統制報告書財務諸表だけでなく、内部統制評価の虚偽もリスクとなる開示すべき重要な不備、評価範囲、補完統制、訂正内部統制報告書
記述情報財務諸表外の開示も投資判断に影響する財務諸表との整合、監査人が得た知識との矛盾、開示統制
監査役等連携ガバナンス上の監視機能として重要監査計画、リスク、不備、未修正差異、KAM候補の共有
監査調書後から判断過程を説明する中心資料リスク、手続、証拠、判断、結論、審査対応の一貫性
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