相続税の申告では、「特例さえ使えば税額は下がる」と考えてしまいがちです。確かに、配偶者の税額軽減や小規模宅地等の特例は、最終的な相続税額に大きく影響します。贈与税額控除、相次相続控除、障害者控除なども、該当する方にとっては見過ごせない税額調整です。
ただ、特例は「該当しそうだから使える」というものではありません。誰が、どの財産を、どのように取得したのか。相続開始時点での利用状況はどうだったのか。申告期限までに分割は調っているのか。申告書に必要な明細や添付書類はそろっているのか。こうした点を確かめないまま特例を織り込んでしまうと、申告後になって適用誤りや説明不足が問題になることがあります。
特例の適用漏れ、小規模宅地等の特例の適用誤り、土地や株式の評価誤りは、相続・贈与税分野における実務の品質管理上も、特に注意を要する論点です。特例を「税額を下げるための入力項目」として扱うのではなく、「要件・分割・資料・説明可能性を確認する実務」として管理していく姿勢が欠かせません。
この記事では、相続税申告で代表的な特例・税額控除を適用する際の注意点を、申告実務の流れに沿って整理していきます。
相続税の特例は「使えるか」だけでなく「使うべきか」まで確認する
相続税申告で特例を検討するときは、まず次の3段階で整理します。
| 確認段階 | 主な確認事項 | 実務上の意味 |
|---|---|---|
| ① 実体要件 | 人、財産、利用状況、取得方法、相続開始時点の事実 | そもそも特例の対象になるか |
| ② 分割・選択 | 誰が取得するか、申告期限までに分割されているか、複数財産の選択をどうするか | 税額だけでなく家族間の公平や二次相続に影響する |
| ③ 申告手続 | 申告書への記載、明細書、添付書類、同意書、見込書 | 要件を満たしていても手続不備で問題になることがある |
このうち、最も見落とされやすいのが「② 分割・選択」です。
たとえば、配偶者の税額軽減は一次相続の税額を大きく抑える効果があります。とはいえ、配偶者に財産を集中させると、二次相続で子の税負担や納税資金が重くなることもあります。
小規模宅地等の特例についても、1平方メートル当たりの減額が大きい土地を単純に選べばよいとは限りません。配偶者の税額軽減、取得者の納税資金、将来売却の可能性、そして二次相続まで含めて選ばなければ、目先の税額を下げた結果、将来の負担を増やしてしまうこともあるのです。
相続対策は、相続税の軽減だけでなく、争族の防止、納税資金、申告実務までを一体で考える必要があります。
特例で税額がゼロになっても、申告が不要になるとは限らない
相続税申告で特に押さえておきたいのは、「特例を適用した結果、納税額がゼロになること」と「申告が不要であること」は、決して同じではないという点です。
配偶者の税額軽減や小規模宅地等の特例は、相続税申告書に必要事項を記載し、一定の書類を添付して提出することが前提となる場面があります。特例適用後の税額だけを見て「納税額がないのだから申告は不要」と判断してしまうと、要件を満たしていても特例を受けられない、あるいは後日の説明が難しくなる、といった事態を招きかねません。
| 場面 | 注意点 |
|---|---|
| 配偶者の税額軽減で税額がゼロ | 申告書・明細・遺産分割協議書等の提出が必要 |
| 小規模宅地等の特例で基礎控除以下になる | 原則として特例を適用する申告手続が必要 |
| 贈与税額控除で納税額が減る | 生前贈与の加算・贈与税申告書・納税額の確認が必要 |
| 相続時精算課税で還付がある | 相続税申告により還付を受ける場面がある |
| 未分割で申告する | 特例を使えない財産があり、後日の更正の請求等を見据える |
国税庁も、配偶者の税額軽減については、税額軽減の明細を記載した申告書または更正の請求書に、戸籍謄本等、遺言書の写し、遺産分割協議書の写しといった一定の書類を添えて提出する必要があると案内しています。
小規模宅地等の特例も同様で、相続税申告書に特例の適用を受けようとする旨を記載したうえで、小規模宅地等に係る計算の明細書や遺産分割協議書の写しなど、一定の書類を添付することが求められています。
出典:国税庁|No.4124 相続した事業の用や居住の用の宅地等の価額の特例
配偶者の税額軽減は、二次相続と未分割に注意する
配偶者の税額軽減は、被相続人の配偶者が遺産分割や遺贈によって実際に取得した正味の遺産額が、1億6,000万円または配偶者の法定相続分相当額のいずれか多い金額までであれば、配偶者に相続税がかからないという制度です。
この制度は、一次相続では非常に大きな効果を発揮します。ただし、実務では次の点を確かめておかないと、判断を誤りかねません。
| 確認事項 | 注意点 |
|---|---|
| 配偶者が実際に取得した財産か | 未分割財産は原則として対象外 |
| 遺産分割協議書・遺言書で取得財産が明確か | 「誰が何を取得したか」を説明できる資料が必要 |
| 隠蔽・仮装財産がないか | 隠蔽・仮装されていた財産は対象に含まれない |
| 配偶者の年齢・健康状態 | 将来の資産管理や二次相続に影響する |
| 配偶者の生活資金 | 税額だけでなく生活保障を確認する |
| 二次相続の相続人構成 | 次の相続では配偶者軽減が使えない |
| 納税資金 | 子が取得する財産に納税資金があるか |
とりわけ大切なのは、配偶者が取得した財産だけを見て判断しないことです。一次相続で配偶者に多く取得させれば、その時点の納税額は下がるかもしれません。しかし、その分だけ配偶者自身の財産が増え、二次相続で子が相続する財産も大きくなります。子が不動産や非上場株式を多く引き継ぐ場合には、二次相続時の納税資金も避けて通れない論点になります。
さらに、相次相続控除との関係にも目を向けておきたいところです。国税庁は、前回の相続で配偶者の税額軽減により今回の被相続人が納めた相続税がない場合には、次の相続で相次相続控除額は算出されないと説明しています。
つまり、配偶者の税額軽減は「最大限使えば常に有利」とは言い切れません。一次相続と二次相続を通算した税額、配偶者の生活、子の納税資金、財産管理のしやすさを見比べたうえで、取得割合を検討していく必要があります。
小規模宅地等の特例は「土地の種類」だけで判断しない
小規模宅地等の特例は、相続税額に大きな影響を与える代表的な特例です。被相続人等の居住用・事業用・貸付事業用などに使われていた宅地等について、一定の面積まで一定割合を減額する制度です。
代表的な類型は次のとおりです。
| 類型 | 限度面積 | 減額割合 | 主な確認事項 |
|---|---|---|---|
| 特定居住用宅地等 | 330㎡ | 80% | 居住実態、取得者、居住・所有継続 |
| 特定事業用宅地等 | 400㎡ | 80% | 事業実態、取得者、事業・所有継続 |
| 特定同族会社事業用宅地等 | 400㎡ | 80% | 同族会社、役員、事業用、株式関係 |
| 貸付事業用宅地等 | 200㎡ | 50% | 貸付事業実態、相当の対価、継続性 |
国税庁は、小規模宅地等の特例の対象となる宅地等について、特定事業用宅地等、特定同族会社事業用宅地等、特定居住用宅地等、貸付事業用宅地等のいずれかに該当する必要があると説明しています。
出典:国税庁|No.4124 相続した事業の用や居住の用の宅地等の価額の特例
この特例で誤りやすいのは、「自宅だから使える」「アパートだから使える」「会社に貸している土地だから使える」と、土地の種類だけで判断してしまうことです。
実務では、少なくとも次の順序で確認していきます。
| 判断順序 | 確認すること |
|---|---|
| ① 対象宅地等か | 建物・構築物の敷地か、棚卸資産等ではないか |
| ② 利用区分 | 居住用、事業用、貸付事業用、同族会社事業用のどれか |
| ③ 被相続人等の利用か | 被相続人または生計一親族の居住・事業等か |
| ④ 取得者要件 | 配偶者、同居親族、別居親族、事業承継者などに該当するか |
| ⑤ 継続要件 | 申告期限までの所有継続・居住継続・事業継続を満たすか |
| ⑥ 面積・選択 | 限度面積、併用調整、複数宅地の選択をどうするか |
| ⑦ 申告手続 | 明細書、添付書類、取得者全員の同意を確認したか |
小規模宅地等の特例では、対象地の取得者が確定していること、納税者が選択して計算明細書に記載すること、添付書類をそろえることが、申告実務上の重要な手続となります。
また、複数の宅地がある場合には、どの宅地から特例を使うかによって税額が変わってきます。ここで気をつけたいのは、「減額単価が大きい宅地を選べば最適」とは限らない、ということです。配偶者の税額軽減がある場合、配偶者が取得する宅地に特例を使っても、納税額全体への効果は薄くなることがあります。反対に、子が取得する宅地に特例を使うことで、納税資金の負担を軽くできる場合もあるのです。
小規模宅地等の特例は、土地評価、取得者、遺産分割、二次相続、納税資金が幾重にも重なる特例です。税額だけを最小化しようとするのではなく、「誰が取得すれば、生活・事業・納税・将来の管理という面で合理的か」を見極めていく必要があります。
貸付事業用宅地等は、賃貸実態と3年以内貸付に注意する
貸付事業用宅地等は、賃貸アパート、貸駐車場、貸ビルなどで検討されることの多い類型です。ただ、この類型は、とりわけ実態の確認が重要になります。
国税庁は、貸付事業には、不動産貸付業、駐車場業、自転車駐車場業のほか、事業と称するに至らない不動産の貸付け等で相当の対価を得て継続的に行う準事業も含まれる一方、使用貸借により貸し付けられている宅地等は対象にならないと説明しています。
加えて、相続開始前3年以内に新たに貸付事業の用に供された宅地等は、一定の場合を除き、貸付事業用宅地等の対象になりません。相続の直前に形式的に貸付を始めたようなケースでは、特例の対象外となる可能性があります。
確認しておきたい資料は次のとおりです。
| 資料 | 確認する内容 |
|---|---|
| 賃貸借契約書 | 貸付の相手、賃料、期間、目的 |
| 賃料入金履歴 | 相当の対価を得て継続的に貸しているか |
| 管理会社資料 | 入居状況、空室状況、募集状況 |
| 固定資産税資料 | 土地・建物の所在、用途、評価 |
| 現地写真 | 駐車場、建物、構築物、利用実態 |
| 事業開始時期資料 | 3年以内貸付に該当しないか |
| 親族・同族会社との契約 | 使用貸借や低額貸付ではないか |
「賃貸物件だから対象になる」と早合点せず、実際に相当の対価を得て、継続的に貸付けを行っていたかを確かめることが肝心です。
贈与税額控除は、生前贈与の「加算」とセットで確認する
贈与税額控除は、過去に支払った贈与税を単純に差し引く制度ではありません。まず、相続税の課税価格に加算すべき贈与財産を確認し、その加算された贈与財産に対応する贈与税額を相続税額から控除する、という流れで整理していきます。
国税庁は、暦年課税に係る贈与について、相続等により財産を取得した人が、被相続人から加算対象期間内に贈与を受けていた場合には、その贈与財産の価額を相続税の課税価格に加算したうえで、加算された贈与財産に対応する贈与税額を控除すると説明しています。
出典:国税庁|No.4161 贈与財産の加算と税額控除(暦年課税)
令和6年以後の暦年贈与加算期間に注意する
令和6年1月1日以後の暦年課税贈与により取得した財産については、相続税の課税価格への加算対象期間が段階的に見直されています。
| 被相続人の相続開始日 | 加算対象期間 |
|---|---|
| 令和8年12月31日まで | 相続開始前3年以内 |
| 令和9年1月1日から令和12年12月31日まで | 令和6年1月1日から死亡日まで |
| 令和13年1月1日以後 | 相続開始前7年以内 |
令和9年1月2日以後の相続では、相続開始前3年以内以外の一定の贈与について、総額100万円まで加算対象から控除される取扱いもあります。実務では、「3年以内の贈与を確認すればよい」という従来の感覚だけでは足りなくなってきています。
出典:国税庁|No.4161 贈与財産の加算と税額控除(暦年課税)
贈与履歴を確認するときは、次の点を整理しておきます。
| 確認事項 | 実務上の注意点 |
|---|---|
| 贈与者 | 被相続人からの贈与か |
| 受贈者 | 相続・遺贈で財産を取得した人か |
| 贈与日 | 加算対象期間に入るか |
| 贈与時価額 | 相続開始時価額ではなく贈与時価額を使う |
| 贈与税申告 | 贈与税額控除の根拠になる |
| 贈与税納付 | 納税額・還付の有無を確認する |
| 非課税制度 | 住宅取得等資金、教育資金、結婚・子育て資金等の取扱い |
| 名義財産 | 贈与が成立していたか、名義預金ではないか |
「贈与税申告をしているから安全」とも、「110万円以下だから相続税には関係ない」とも言い切れません。加算対象期間内の贈与であれば、贈与税がかかっていない基礎控除以下の贈与であっても、相続税の課税価格に加算される場合があるからです。
相続時精算課税の贈与税額控除も別に確認する
相続時精算課税を選択している場合には、特定贈与者が亡くなった時に、相続時精算課税適用財産を相続財産に加算し、すでに納めた相続時精算課税に係る贈与税相当額を相続税額から控除します。控除しきれない場合には、相続税申告によって還付を受けることができます。
令和6年1月1日以後の贈与については、相続時精算課税にも年110万円の基礎控除が設けられました。相続税計算では、贈与を受けた年分ごとに、相続時精算課税適用財産の贈与時価額の合計額から基礎控除額を差し引いた残額を加算します。
相続時精算課税を選んでいたかどうかは、相続税申告の税額だけでなく、申告義務や還付の有無にも関わってきます。過去の贈与税申告書、相続時精算課税選択届出書、贈与契約書、贈与財産の評価資料は、必ず確認しておきましょう。
相次相続控除は「前回の相続で誰が税金を払ったか」を確認する
相次相続控除は、短期間に相続が続いた場合に、相続税の負担が過重にならないよう設けられた税額控除です。
国税庁は、今回の相続開始前10年以内に、今回の被相続人が相続・遺贈・相続時精算課税に係る贈与により財産を取得し、その財産について相続税が課されていた場合に、一定金額を控除すると説明しています。
相次相続控除で誤りやすいのは、次のような点です。
| 誤解しやすい点 | 正しい確認 |
|---|---|
| 前回の相続で家族が税金を払っていればよい | 今回の被相続人自身に相続税が課されていたかを確認する |
| 前回の相続から10年以内なら必ず使える | 前回の相続で今回の被相続人が財産を取得し、相続税が課されている必要がある |
| 配偶者軽減で前回税額ゼロでも使える | 前回の相続で今回の被相続人に納税額がない場合、控除額が算出されないことがある |
| 受遺者にも広く使える | 適用対象者は相続人に限定される |
| 申告書だけで確認できる | 前回申告書、納税額、取得財産、経過年数の確認が必要 |
一次相続と二次相続が近いと見込まれる場合には、一次相続で配偶者の税額軽減を最大限使うかどうかを、相次相続控除との関係も含めて検討します。ただし、相次相続控除を受けるために配偶者軽減をあえて使わない、という判断は、税額だけでなく、配偶者の生活資金、相続人間の納得、納税資金、将来の財産管理まで見渡したうえで、慎重に行うべきものです。
障害者控除は「障害者であること」だけでなく法定相続人性を確認する
障害者控除は、相続人が85歳未満の障害者である場合に、相続税額から一定金額を控除する制度です。一般障害者の場合は満85歳になるまでの年数1年につき10万円、特別障害者の場合は1年につき20万円で計算します。
この控除では、次の点を確認します。
| 確認事項 | 注意点 |
|---|---|
| 相続・遺贈で財産を取得しているか | 財産取得が前提 |
| 相続開始時に障害者であるか | 後日の認定ではなく相続時点の状況を確認 |
| 85歳未満か | 年齢要件を確認 |
| 法定相続人か | 相続放棄があっても放棄がなかったものとした場合の相続人を確認 |
| 一般障害者か特別障害者か | 控除額が変わる |
| 過去に障害者控除を受けているか | 控除額が制限されることがある |
| 控除しきれない金額があるか | 扶養義務者の相続税額から控除できる場合がある |
| 国内住所・国籍等 | 国際相続では適用範囲の確認が必要 |
障害者控除は、相続人本人の税額から引き切れない場合に、その障害者の扶養義務者の相続税額から差し引ける場合があります。この点は相続人間の税負担に影響するため、申告書を作成する際に見落とさないよう注意します。
なお、障害者控除に似た税額控除として、未成年者控除もあります。未成年者控除は、相続人が18歳未満で一定の要件を満たす場合に、満18歳になるまでの年数1年につき10万円で計算します。
未分割の場合は、特例を使えない前提で期限内申告を組み立てる
相続税の申告では、遺産分割がなかなかまとまらないこともあります。ここで何より大切なのは、遺産分割が終わっていなくても、相続税の申告期限は延びないという点です。
国税庁は、相続財産が分割されていない場合でも、相続税の申告と納税は期限までにしなければならず、分割協議が成立していないときは、各相続人等が民法上の相続分または包括遺贈の割合に従って財産を取得したものとして相続税を計算すると説明しています。
出典:国税庁|No.4208 相続財産が分割されていないときの申告
未分割の状態では、原則として次の特例に制限がかかります。
| 特例 | 未分割時の取扱い |
|---|---|
| 配偶者の税額軽減 | 未分割財産については原則として対象外 |
| 小規模宅地等の特例 | 未分割の特例対象宅地等については原則として対象外 |
| 特例選択 | 取得者・対象地が確定しないため選択できない場合がある |
| 申告後の適用 | 申告期限後3年以内の分割見込書、後日の更正の請求等を検討 |
申告期限までに遺産分割がまとまらない場合には、申告書に「申告期限後3年以内の分割見込書」を添付しておくことが重要です。そのうえで、申告期限から3年以内に分割が調えば、分割が行われた日の翌日から4か月以内に更正の請求を行うことで、配偶者の税額軽減や小規模宅地等の特例を適用できる場合があります。
出典:国税庁|No.4208 相続財産が分割されていないときの申告 Q&A
相続税の申告実務では、未分割の場合に「とりあえず法定相続分で出す」だけでは不十分です。次の点を記録に残しておく必要があります。
| 記録すべき事項 | 理由 |
|---|---|
| 未分割の範囲 | どの財産が分割済みで、どの財産が未分割かを区別する |
| 特例対象財産の有無 | 小規模宅地等や配偶者軽減に影響する |
| 分割協議の状況 | 見込書や後日の手続に必要 |
| 争点 | 不動産評価、代償金、遺留分、特別受益など |
| 申告期限後の対応予定 | 更正の請求、修正申告、承認申請の期限管理 |
| 相続人への説明 | 特例を使えない税額でいったん納税する可能性を共有する |
未分割申告では、申告期限後3年以内の分割見込書を添付しておくことが、配偶者軽減や小規模宅地等の後日適用にとって、大きな意味を持ちます。
特例適用では「添付書類の不足」が税務リスクになる
特例の適用で重要なのは、要件を満たすことだけではありません。その判断を申告書に反映し、必要な書類を添付し、申告後にもきちんと説明できる状態にしておくことです。
代表的な添付・保存資料は次のとおりです。
| 特例・控除 | 申告実務で確認する資料 |
|---|---|
| 配偶者の税額軽減 | 戸籍謄本等、遺言書、遺産分割協議書、印鑑証明書、取得財産明細 |
| 小規模宅地等の特例 | 計算明細書、遺産分割協議書、同意書、住民票関係資料、戸籍、賃貸借契約、事業継続資料 |
| 贈与税額控除 | 贈与税申告書、贈与契約書、通帳、贈与財産評価資料、納税確認資料 |
| 相続時精算課税 | 相続時精算課税選択届出書、贈与税申告書、贈与財産評価資料 |
| 相次相続控除 | 前回相続の申告書、納税額、取得財産、前回相続開始日 |
| 障害者控除 | 障害者手帳、判定資料、年齢、法定相続人確認資料 |
| 未分割対応 | 申告期限後3年以内の分割見込書、協議状況メモ、後日手続の期限管理表 |
小規模宅地等の特例では、特例区分や適用態様ごとに添付書類が異なります。取得者が確定していること、特例の選択、明細書への記載、添付書類の整備を、一体のものとして確認していく必要があります。
添付書類の不足は、単なる形式不備では済まないことがあります。とくに、特例対象宅地等を取得した相続人が複数いる場合には、選択についての同意が問題になります。未分割の後に分割が成立し、更正の請求や修正申告で小規模宅地等の特例を適用する場合には、相続人の選択同意書の提出が必要になる場面もあります。
特例適用で避けたい短絡的判断
相続税申告で特例を検討するとき、次のような判断は避けたいところです。
| 短絡的判断 | 実務上の問題 |
|---|---|
| 配偶者に全部渡せば相続税は安い | 二次相続、配偶者の管理能力、子の納税資金を見落とす |
| 自宅なら小規模宅地等が使える | 取得者要件、居住継続、二世帯住宅、老人ホーム入所等の確認が必要 |
| 賃貸物件なら貸付事業用宅地等になる | 相当の対価、継続性、3年以内貸付、使用貸借を確認する |
| 110万円以下の贈与は相続税に関係ない | 加算対象期間内なら相続税に加算される場合がある |
| 贈与税申告済みなら問題ない | 名義財産、管理状況、相続税への加算を確認する |
| 前回相続が10年以内なら相次相続控除が使える | 今回の被相続人が前回相続で相続税を課されている必要がある |
| 障害者手帳があれば自動的に控除できる | 法定相続人性、年齢、相続時点、控除残額を確認する |
| 未分割でも後で直せばよい | 見込書、期限管理、4か月以内の更正の請求を失念すると不利益が出る |
特例の適用判断は、税額計算の最後にチェックするものではありません。資料収集、財産評価、遺産分割案の検討、納税資金の確認と並行して進めていくべきものです。
特例適用の実務チェックリスト
相続税申告で特例適用を検討する際は、次のような管理表を作っておくと、適用漏れや誤適用を防ぎやすくなります。
| チェック項目 | 確認内容 |
|---|---|
| 特例候補の洗い出し | 配偶者軽減、小規模宅地等、税額控除、贈与加算、未分割対応 |
| 対象者の確認 | 配偶者、法定相続人、障害者、未成年者、過去相続の取得者 |
| 対象財産の確認 | 自宅敷地、事業用宅地、貸付用宅地、贈与財産、国外財産 |
| 評価額との整合 | 土地評価、株式評価、贈与時価額、相続時価額 |
| 遺産分割との整合 | 誰が取得するか、分割済みか、代償金はあるか |
| 申告期限との関係 | 申告期限までの継続要件、未分割時の見込書 |
| 二次相続の影響 | 配偶者取得額、子の納税資金、将来売却 |
| 添付書類 | 戸籍、遺産分割協議書、同意書、各種明細 |
| 説明記録 | なぜ適用したか、なぜ適用しなかったか |
| レビュー | 要件、計算、添付、期限を複数回確認 |
特例適用は「使うか、使わないか」の二択ではありません。どの財産に、誰の取得分として、どの範囲で、どのタイミングで適用するかを整理していく作業です。
まとめ|特例適用は、税額軽減ではなく申告品質の中核
相続税申告における特例適用は、税額を下げるためのテクニックではありません。家族関係、財産構成、遺産分割、財産評価、納税資金、二次相続、そして申告後の説明可能性が交差する、実務判断そのものです。
配偶者の税額軽減は、一次相続の税額を抑える一方で、二次相続や納税資金に影響します。小規模宅地等の特例は、土地の利用状況、取得者、継続要件、選択同意、添付書類を一つひとつ確認しなければなりません。贈与税額控除は、贈与財産の加算、贈与税申告、令和6年以後の改正を踏まえて整理する必要があります。相次相続控除や障害者控除は、対象者と過去の相続・本人の状況を正確に確かめることが求められます。未分割の場合には、申告期限後3年以内の分割見込書や後日の更正の請求まで見据えて、申告を組み立てていきます。
犬飼公認会計士・税理士事務所では、相続税申告における特例適用について、単に「使える特例」を探すのではなく、財産評価、遺産分割、二次相続、納税資金、申告後の説明可能性まで含めて整理しています。
配偶者の取得割合をどうするか。小規模宅地等の特例をどの宅地に使うか。生前贈与の加算や税額控除をどう確認するか。未分割のまま申告期限を迎えそうな場合に、何を準備しておくべきか。こうした論点を抱えていらっしゃる方は、申告期限が迫る前にご相談ください。特例を「使えるか」だけでなく、「後から説明できる形で使うべきか」まで、一緒に整理してまいります。
振り返り|相続税申告で特例を適用する際の重要ポイント
| 論点 | 確認すべきこと | 注意点 |
|---|---|---|
| 特例全般 | 実体要件、分割、申告手続 | 要件を満たしても手続不備があると問題になる |
| 配偶者の税額軽減 | 配偶者が実際に取得した財産、添付書類 | 二次相続と納税資金を確認する |
| 小規模宅地等 | 利用状況、取得者、継続要件、限度面積 | 土地の種類だけで判断しない |
| 貸付事業用宅地等 | 相当の対価、継続性、3年以内貸付 | 使用貸借や形式的貸付に注意する |
| 贈与税額控除 | 贈与財産の加算、贈与税申告、納税額 | 令和6年以後の加算期間見直しを確認する |
| 相続時精算課税 | 選択届出、贈与財産、令和6年以後の基礎控除 | 暦年課税へ戻れないことも踏まえる |
| 相次相続控除 | 前回相続から10年以内か、被相続人が前回税負担していたか | 配偶者軽減で前回税額ゼロの場合は要注意 |
| 障害者控除 | 障害者性、85歳未満、法定相続人性 | 引き切れない控除は扶養義務者に影響する |
| 未分割 | 申告期限後3年以内の分割見込書、後日の更正の請求 | 分割未了でも申告期限は延びない |
| 添付書類 | 遺産分割協議書、同意書、明細書、証明資料 | 申告後の説明可能性を意識して保存する |