遺留分侵害額請求と相続税申告への影響|遺言で特定の人に多く承継させる場合の税務・法務の注意点

「長男に会社株式と事業用不動産を集中させたい」 「同居してくれた子に自宅を残したい」 「配偶者に全財産を相続させる遺言を書いている」 「疎遠な相続人には、できるだけ渡したくない」

こうしたお考えから、遺言によって特定の人に多くの財産を承継させようとされる方は少なくありません。

遺言は、被相続人の意思を実現し、遺産分割協議を不要に、あるいは簡略にできる強力な手段です。ただし、相続人に最低限保障された取り分である「遺留分」を侵害している場合には、遺留分権利者から遺留分侵害額請求を受けることがあります。

この請求が起こると、家族間の紛争にとどまらず、相続税の申告にまで影響が及びます。

ここで押さえておきたいのが、現行民法では、遺留分侵害額請求は原則として「金銭請求」であり、不動産や株式が当然に共有になる制度ではない、という点です。令和元年7月1日以後に開始した相続については、遺留分に関する権利を行使することで、遺留分侵害額に相当する金銭債権が生じる仕組みに改められています。

出典:法務省|民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律について(相続法の改正) 出典:e-Gov法令検索|民法

つまり遺留分は、「相続人間の感情の問題」だけにとどまるものではないのです。

誰が、いつ、いくら支払うのか。相続税の申告期限までに金額が確定するのか。確定した後に、修正申告や更正の請求をどう行うのか。金銭で払えず不動産や株式を渡したときに、譲渡所得税は生じないのか。小規模宅地等の特例や二次相続に影響しないのか。

これらは、ひとつながりの問題として整理しておく必要があります。

目次

まず結論|遺留分侵害額請求が相続税申告に与える影響

遺留分侵害額請求と相続税申告の関係は、おおよそ次のように整理できます。

論点実務上のポイント
遺留分権利者兄弟姉妹以外の相続人。配偶者、子、直系尊属など
請求の内容現行法では、原則として遺留分侵害額に相当する金銭の支払請求
請求期限相続開始および遺留分侵害を知った時から1年。相続開始から10年経過でも消滅
相続税申告期限遺留分の協議・調停中でも、原則として相続開始を知った日の翌日から10か月以内
申告期限までに未確定の場合遺留分侵害額請求がなかったものとして当初申告する扱い
後日確定した場合支払う側は更正の請求、受け取る側は修正申告または期限後申告を検討
更正の請求期限支払うべき金額が確定したことを知った日の翌日から4か月以内
金銭で支払う場合相続税の課税価格を調整する問題が中心
不動産等で支払う場合支払う側に譲渡所得税が生じる可能性
小規模宅地等遺留分侵害額請求の代物弁済で宅地を取得した側は、相続または遺贈による取得ではないため、原則としてその宅地について小規模宅地等の特例を受けられない
実務上の重要点遺言、財産評価、納税資金、相続税申告、所得税申告、二次相続まで一体で検討する

相続税の申告と納税は、原則として、相続の開始があったことを知った日の翌日から10か月以内に行わなければなりません。遺留分をめぐって親族間で話し合いが続いている、調停を検討している――そうした事情があるからといって、申告期限が自動的に延びるわけではない点には注意が必要です。

出典:国税庁|No.4205 相続税の申告と納税

遺留分とは何か

遺留分とは、一定の相続人に法律上保障された、最低限の取り分のことです。

被相続人は、遺言によって財産の承継先を自由に決めることができます。とはいえ、配偶者や子といった被相続人と近い関係にある相続人については、その生活保障や、相続財産の形成に対する期待を一定程度まで守る必要があります。

そのため、たとえ遺言に「全財産を長男に相続させる」と書いてあっても、他の子や配偶者に遺留分があれば、その人から遺留分侵害額請求を受けることがあります。

遺留分の基本的な構造は、次のとおりです。

相続人の構成総体的遺留分
直系尊属のみが相続人被相続人の財産の3分の1
それ以外の場合被相続人の財産の2分の1
兄弟姉妹遺留分なし

相続人が複数いる場合は、この総体的遺留分に各人の法定相続分を乗じて、それぞれの個別的遺留分を考えます。

兄弟姉妹には遺留分がありません。したがって、たとえば相続人が兄弟姉妹だけというケースでは、遺言によって特定の人や法人へ財産を遺贈しても、兄弟姉妹から遺留分侵害額請求を受けることはありません。遺留分は、兄弟姉妹以外の相続人について、最低限の取り分を確保するための制度だと整理できます。

遺留分侵害額請求は「現物を返せ」ではなく「金銭を払え」が原則

現在の制度を理解するうえで、最も大切なのが、遺留分侵害額請求は金銭請求である、という点です。

令和元年7月1日以後に開始した相続では、遺留分権利者は、受遺者や受贈者に対して、遺留分侵害額に相当する金銭の支払を請求できます。

出典:e-Gov法令検索|民法

この改正によって、旧制度のように遺留分減殺請求で不動産や株式が当然に共有化する、という考え方から、金銭債権を発生させる仕組みへと変わりました。

項目令和元年7月1日前に開始した相続令和元年7月1日以後に開始した相続
制度名遺留分減殺請求遺留分侵害額請求
効果物権的効果が問題となり、財産の返還・共有化が生じ得た原則として金銭債権が発生
不動産・株式当然に共有化する場合があった金銭支払が原則。現物交付は代物弁済等として別途整理
税務上の注意点現物の取得関係が変わりやすい金銭債権の相続税処理と、現物弁済時の譲渡所得が重要
小規模宅地等現物取得として整理される場面があった代物弁済で取得した宅地は相続・遺贈取得ではない点に注意

国税庁も、令和元年7月1日以後に開始した相続については、遺留分侵害額請求によって生じるのは金銭債権であり、金銭に代えて宅地の所有権を移転した場合には、遺贈により取得した宅地を譲渡、すなわち代物弁済したものと考えられる、と整理しています。

出典:国税庁|遺留分侵害額の請求に伴い取得した宅地に係る小規模宅地等の特例の適用の可否(令和元年7月1日以後に開始した相続)

この違いは、税務上きわめて大きな意味を持ちます。

たとえば、長男が遺言によって自宅土地を取得し、長女が遺留分侵害額請求をしたとしましょう。このとき長女は、当然にその土地の共有持分を取得するわけではありません。長女が取得するのは、原則として金銭請求権です。

仮に長男が金銭で支払えず、土地の一部を渡す場合には、それは相続による取得ではなく、金銭債務を不動産で弁済したものとして、譲渡所得税などの検討が必要になります。遺留分侵害額請求権は物権的効果を持つものではなく、あくまで金銭の支払請求権だと整理されるわけです。

遺留分侵害額請求は、いつまでに行う必要があるか

遺留分侵害額請求には、期限があります。

民法上、遺留分侵害額の請求権は、遺留分権利者が相続の開始および遺留分を侵害する贈与または遺贈があったことを知った時から1年間行使しないときは、時効によって消滅します。あわせて、相続開始の時から10年を経過したときも、同じく消滅します。

出典:e-Gov法令検索|民法

実務上は、単に家族間で話し合っているだけでは不十分です。裁判所も、遺留分侵害額請求について、家庭裁判所の調停を申し立てただけでは相手方に対する意思表示にはならず、調停申立てとは別に、内容証明郵便等によって意思表示を行う必要がある、と案内しています。

出典:裁判所|遺留分侵害額の請求調停

行為期限管理上の意味
遺言内容を知る遺留分侵害を知った時点の起算に関係する
口頭で不満を伝える証拠が残りにくく、請求意思表示として不十分になるリスク
内容証明郵便で請求する請求意思表示と到達時期を証拠化しやすい
調停を申し立てる金額確定に向けた手続。ただし申立てだけで請求意思表示になるとは限らない
合意書・調停調書を作成する支払金額・支払期限・税務処理の基礎資料になる
相続税申告を行う請求の有無や確定状況に応じて当初申告・後日修正を整理する

遺留分侵害額請求は、する側も受ける側も、「法的な請求期限」と「税務上の申告期限」を、それぞれ別のものとして管理しておく必要があります。

相続税申告期限までに遺留分額が確定していない場合

遺留分侵害額請求がされていても、相続税の申告期限までに支払額が確定しない――こうしたことは、決して珍しくありません。

この場合でも、相続税申告を待つことはできません。相続税法基本通達11の2-4では、相続税申告書を提出する時に、相続税法32条1項2号・3号等に掲げる事由が未確定であるときは、その事由がないものとした場合の各相続人の相続分を基礎として課税価格を計算する、という取扱いが示されています。

出典:国税庁|第11条の2《相続税の課税価格》関係

遺留分侵害額が未確定であれば、原則として、当初申告では遺留分侵害額請求がなかったものとして申告します。

たとえば、遺言によって長男が全財産を取得することになっている場合、長女が遺留分侵害額請求をしていても、その金額が未確定であれば、当初申告では長男が遺言どおり財産を取得したものとして申告する扱いになります。

状況当初申告での基本的な考え方
遺留分侵害額請求がされていない遺言・遺産分割の内容に従って申告
請求はされたが金額未確定原則として、請求がなかったものとして申告
申告期限前に金額確定確定した遺留分侵害額を反映して申告
申告期限後に金額確定更正の請求、修正申告、期限後申告を検討

ここで大切なのは、「遺留分で揉めているのだから、相続税申告は後でよい」と考えないことです。

未確定のまま期限を迎えるとしても、まずは当初申告を行います。そのうえで、後日、遺留分侵害額が確定した段階で、税務上の調整を検討していくことになります。

後日、遺留分侵害額が確定した場合の相続税申告

相続税申告の後に遺留分侵害額が確定した場合、税務上の対応は、支払う側と受け取る側とで分かれます。

立場税務上の影響手続
遺留分侵害額を支払う側実質的に取得した相続財産が減少する更正の請求を検討
遺留分侵害額を受け取る側相続税の課税価格が増加する修正申告または期限後申告を検討
申告していなかった受取側新たに申告要否が生じる可能性期限後申告を検討
すでに申告していた受取側課税価格が増加する可能性修正申告を検討
双方税額・納税資金・合意内容を整合させる必要合意書、調停調書、支払記録の保存

国税庁は、相続時精算課税適用財産に関する質疑応答事例のなかで、遺留分侵害額請求に基づき支払うべき金銭の額が確定した場合、金銭の支払を受けた者は期限後申告または修正申告をすることができ、金銭を支払った者は更正の請求をすることができる、と説明しています。

出典:国税庁|特定贈与者から贈与を受けた財産について遺留分侵害額の請求に基づき支払うべき金銭の額が確定した場合の課税価格の計算

また、更正の請求手続については、後発的な理由などにより更正の請求を行う場合、その事実が生じた日の翌日から2か月または4か月以内とされています。遺留分侵害額請求に基づき支払うべき金額が確定した場合には、実務上、この4か月という期限を厳格に管理する必要があります。

出典:国税庁|B1-27 相続税及び贈与税の更正の請求手続

更正の請求は「できる」規定だが、放置してよいとは限らない

遺留分侵害額が確定した後の更正の請求や修正申告・期限後申告については、条文上「できる」とされている場面があります。

そのため、「必ず修正申告しなければならないのか」「家族間で税負担を調整すれば足りるのか」といった実務判断が問題になります。

ここで重要なのは、税務手続を行うかどうかを、目先の税額だけで判断しないことです。

税務手続を行わない場合に残る論点なぜ問題になるか
支払側の相続税が過大なまま残る還付を受けられる機会を失う可能性
受取側の相続税が申告に反映されない二次相続・税務調査時に説明が必要
家族間で税負担を調整しただけ支払事実と申告内容の整合性が弱い
合意書に税負担の扱いがない後日、誰が追加税額を負担するかで争いになりやすい
4か月期限を徒過する更正の請求ができなくなる可能性
代物弁済したのに所得税申告をしていない譲渡所得税の申告漏れになり得る

更正の請求や修正申告、期限後申告が「できる」規定であったとしても、相続税申告全体の整合性、二次相続、そして税務調査時に説明できるかどうかまで考えれば、手続を行うべきかどうかは慎重に検討すべきです。実務上も、遺留分侵害額確定後の更正の請求や期限後申告は「できる」規定である一方で、税負担の調整や課税価格の整合性を確認すべきものとして整理されています。

遺留分侵害額に相当する価額は、単純に支払額だけでよいとは限らない

遺留分侵害額請求では、民法上の金額算定にあたって、相続開始時の時価や特別受益、生前贈与、債務などが問題になることがあります。

一方、相続税申告では、相続税評価額を用いて課税価格を計算します。

このため、民法上の遺留分侵害額が「時価」を基に決まっている場合に、相続税の課税価格へ反映する金額をそのまま同額としてよいのか、という点が問題になります。

実務上は、代償分割に準じた考え方によって、次のような調整を検討することがあります。

項目内容
A遺留分侵害額として確定した金銭額
B遺留分侵害額の決定の基礎となった財産の相続開始時の時価
Cその財産の相続開始時の相続税評価額
相続税上反映する価額A × C ÷ B

たとえば、遺留分侵害額が5,000万円、対象不動産の時価が2億円、相続税評価額が1億6,000万円であれば、相続税上の遺留分侵害額相当額は、5,000万円×1億6,000万円÷2億円=4,000万円として整理する余地があります。

この考え方は、相続税法基本通達11の2-10の代償財産の価額に関する取扱いに準じて説明されることがあります。

出典:国税庁|第11条の2《相続税の課税価格》関係

ただし、これは機械的に当てはめれば足りる、というものではありません。

確認すべき点実務上の意味
遺留分侵害額が何を基礎に決まったか時価、相続税評価額、合意額、調停額のどれか
対象財産が特定されているか不動産、株式、金融資産などの内訳
相続税評価額と時価に差があるか土地・非上場株式では差が大きくなりやすい
合意書に清算方法が明記されているか税務上の説明資料になる
共同相続人・包括受遺者等の協議があるか合理的な方法による申告の前提になる
小規模宅地等適用前後の価額をどう扱うか適用前価額を基礎にする場面がある

相続税申告で大切なのは、「支払った金額」だけではありません。「その金額を、相続税上どの課税価格に反映させるのか」を、きちんと説明できることなのです。

金銭で支払う場合の税務

遺留分侵害額を金銭で支払う場合、税務上の中心となるのは、相続税の課税価格の調整です。

たとえば、父が「全財産を長男に相続させる」と遺言し、長女が遺留分侵害額請求を行い、長男が長女へ2,000万円を支払うことで確定した、というケースを考えてみましょう。

この場合、基本的には次のように整理します。

立場税務上の考え方
長男遺言により取得した財産の価額から、遺留分侵害額相当額を控除する方向で更正の請求を検討
長女遺留分侵害額相当額を相続税の課税価格に加算する方向で修正申告または期限後申告を検討
所得税金銭支払だけであれば、通常、支払者に譲渡所得税は生じにくい
資金面長男に支払資金があるか、生命保険金・預貯金・借入れ等で対応できるかを確認
合意書支払額、支払期限、遅延損害金、税負担の扱いを明記

金銭で支払えるのであれば、相続財産の現物移転を避けられます。その結果、不動産や同族会社株式の権利関係を、無用に複雑にしなくて済むという利点があります。

一方で、不動産や非上場株式を多く取得した人が、現金を十分に持っていないケースでは、遺留分侵害額の支払いそのものが納税資金の問題になってきます。

不動産や株式で支払う場合は、譲渡所得税に注意する

遺留分侵害額は、金銭請求です。

そのため、金銭の代わりに不動産、株式、その他の財産を渡す場合には、「相続でその財産を渡した」のではなく、金銭債務を財産で弁済したもの、すなわち代物弁済として整理される可能性があります。

国税庁の所得税基本通達33-1の6では、民法1046条1項の遺留分侵害額請求に基づく金銭の支払に代えて、その債務の全部または一部の履行として資産の移転があったときは、履行した者は、原則として、その履行があった時に、その履行によって消滅した債務の額に相当する価額で資産を譲渡したことになる、とされています。

出典:国税庁|法第33条《譲渡所得》関係

支払方法税務上の主な注意点
現金で支払う相続税の課税価格調整が中心
相続した不動産で支払う支払者に譲渡所得税が生じる可能性
支払者固有の不動産で支払う支払者に譲渡所得税が生じる可能性
非上場株式で支払う株式評価、譲渡所得、会社法上の制限、株主構成を確認
上場株式で支払う譲渡所得、取得価額、時価、証券口座移管を確認
遺留分額より高い財産を渡し清算金を受ける譲渡収入、清算金、贈与性を個別に検討

実務上、とりわけ注意したいのが、「不動産を渡せば税金は相続税だけで済む」という誤解です。

遺留分侵害額請求によって不動産を取得した人は、その不動産を相続または遺贈で取得したのではなく、金銭債権の弁済として取得したものと整理されます。支払者の側では、不動産を譲渡したものとして、譲渡所得税が生じることがあります。さらに、取得した側が将来その不動産を売却する場合の取得費も、相続による取得費の引継ぎではなく、消滅した遺留分侵害額請求権の額に相当する価額として整理される点にも、留意が必要です。

小規模宅地等の特例への影響

遺留分侵害額請求と小規模宅地等の特例の関係も、見過ごせない論点です。

現行制度では、遺留分侵害額請求に基づいて金銭の代わりに宅地を取得したとしても、その取得は相続または遺贈による取得ではなく、代物弁済による取得として整理されます。

国税庁は、令和元年7月1日以後に開始した相続について、遺留分侵害額請求を受けた者が金銭に代えて宅地を移転した場合、その宅地を取得した遺留分権利者は、当該宅地を相続または遺贈によって取得したわけではないため、小規模宅地等の特例の適用を受けることはできない、と説明しています。

出典:国税庁|遺留分侵害額の請求に伴い取得した宅地に係る小規模宅地等の特例の適用の可否(令和元年7月1日以後に開始した相続)

これは、実務上かなり重要な点です。

たとえば、被相続人の自宅敷地について、長男が遺言によって取得し、小規模宅地等の特例を適用して申告したとします。その後、長女への遺留分侵害額の支払いに代えて一部の宅地を移転した場合、長女はその宅地について小規模宅地等の特例を使えるとは限りません。

取得形態小規模宅地等の検討
遺言により宅地を取得要件を満たせば適用を検討
遺産分割協議により宅地を取得要件を満たせば適用を検討
遺留分侵害額請求の代物弁済で宅地を取得相続・遺贈取得ではないため、原則として適用困難
金銭で遺留分を受け取る宅地取得ではないため、小規模宅地等の問題は通常生じない
申告期限前に宅地の所有・利用状況が変わる継続要件・所有要件への影響を個別確認

小規模宅地等の特例を前提に相続税を試算している場合、遺留分対応として宅地を移転することは、慎重に判断すべきです。

配偶者の税額軽減と二次相続への影響

「配偶者に全財産を相続させる」という遺言は、実務上よく見られます。

配偶者の生活保障や手続の簡便化を考えれば、合理性がある場合もあります。ただし、子が遺留分侵害額請求をする可能性があるときには、相続税申告と二次相続を、同時に検討しておく必要があります。

論点注意点
一次相続の配偶者軽減配偶者が実際に取得する財産を基礎に判断
子からの遺留分請求配偶者の取得財産が後日減少する可能性
子の相続税申告遺留分侵害額を受け取った場合、修正申告・期限後申告を検討
配偶者の納税資金配偶者が遺留分を現金で払えるか確認
二次相続配偶者が取得しすぎると、次の相続で課税・分割問題が残る
家族関係「配偶者に全部」は一時的な安心に見えて、子の不満を残すことがある

配偶者に全財産を集めると、一次相続の税負担は抑えられるように見えることがあります。しかし、子が遺留分侵害額請求をすれば、配偶者は金銭での支払を求められます。さらに、その配偶者が後に亡くなる二次相続では、残された財産の承継、納税資金、そして兄弟間の公平性が、あらためて問題になります。

遺留分は、相続税額だけにとどまらず、家族間の納得感や二次相続の設計にまで、直結する論点なのです。

生命保険で遺留分・代償資金を準備する場合

遺留分対策として、生命保険を活用することがあります。

たとえば、事業用不動産や同族会社株式を後継者に集中させたい場合に、後継者を死亡保険金の受取人としておき、その保険金を遺留分侵害額の支払資金や、代償金の原資にあてる、という設計です。

ただし、生命保険は万能ではありません。

確認事項実務上の意味
保険金受取人誰が現金を受け取るか
保険料負担者相続税・贈与税・所得税の課税関係に影響
保険金額遺留分・納税資金に足りるか
非課税枠相続税計算上の効果を確認
遺留分との関係保険金が特別受益的に問題になる可能性
家族の納得保険金受取人だけが多く受け取るように見えないか
二次相続配偶者受取の場合、次の相続財産になる可能性

保険は「節税商品」としてではなく、遺留分侵害額や代償金を支払うための資金設計として検討する。これが、実務的な向き合い方だと考えています。

遺留分侵害額請求を受けやすい相続設計

次のような相続設計では、遺留分侵害額請求の可能性を、あらかじめ検討しておくべきです。

相続設計遺留分リスク
長男に全財産を相続させる他の子の遺留分を侵害しやすい
配偶者に全財産を相続させる子が遺留分請求する可能性
後継者に会社株式を集中させる非後継者の遺留分・公平感が問題
自宅を同居子に残す別居子への調整が必要
内縁の配偶者や第三者に遺贈する法定相続人の遺留分を侵害しやすい
公益法人や会社へ遺贈する相続人の遺留分、法人税、譲渡税等を確認
生前贈与を多く行っている遺留分算定財産への組込みが問題
生命保険金が一人に偏っている特段の事情がある場合、相続人間の不公平感が生じやすい

遺留分の問題は、「遺言を書けば解決する」というほど、単純なものではありません。

むしろ、遺留分を考慮しない遺言は、相続発生後の紛争を誘発します。遺言書は相続対策の中心的な手段ですが、遺留分対策、付言事項、遺言執行者、遺留分侵害額の請求順序まで含めて設計する必要があります。遺言書のなかで遺留分対策や遺留分侵害額請求の順序を検討しておく意義は、こうした点にあります。

遺留分対策で確認すべき実務上の判断軸

遺留分対策では、「遺留分を侵害しないようにする」ことだけが正解ではありません。

事業承継や配偶者の居住保障のために、あえて特定の人へ財産を集中させる必要がある場合もあります。そうしたケースでは、遺留分侵害額請求を受ける可能性を前提に、支払資金と税務処理を準備しておくことが重要になります。

判断軸確認する内容
誰が遺留分権利者か配偶者、子、直系尊属、代襲相続人の有無
遺留分割合はいくらか総体的遺留分と各人の法定相続分
対象財産は何か不動産、非上場株式、金融資産、保険、過去贈与
相続税評価額と時価の差土地・非上場株式で特に重要
遺言の内容全財産包括指定か、個別財産指定か
納税資金相続税と遺留分支払の両方に耐えられるか
代物弁済の可能性不動産・株式交付時の譲渡所得を確認
小規模宅地等取得者・継続要件・代物弁済の影響
二次相続配偶者に集中させた後の次の相続
税務手続当初申告、更正の請求、修正申告、期限後申告
証拠化合意書、調停調書、支払記録、評価資料

相続税申告で特に注意すべき資料

遺留分侵害額請求がからむ相続税申告では、通常の相続税申告以上に、資料と経緯の整理が重要になります。

資料確認する内容
遺言書取得者、遺贈内容、遺言執行者、付言事項
戸籍一式遺留分権利者の確定
財産目録遺留分算定と相続税評価の基礎
不動産評価資料相続税評価額、時価、査定書、鑑定評価
非上場株式評価資料株主構成、評価額、支配権、会社資料
預貯金・証券資料納税資金、支払原資
生命保険資料受取人、保険料負担者、代償資金
贈与契約書・贈与税申告書生前贈与、特別受益、相続税加算
遺留分請求通知請求時期、時効管理
合意書・調停調書支払額、支払期限、代物弁済内容
支払記録振込記録、領収書、清算金
所得税資料代物弁済した資産の取得費・譲渡価額
税務申告書控え当初申告、修正申告、更正の請求の整合性

税務調査では、遺留分侵害額そのものだけでなく、なぜその金額になったのか、どの財産を基礎に計算したのか、金銭支払なのか財産交付なのか、相続税評価額と時価の差をどう整理したのか――こうした点まで説明できることが求められます。

避けたい短絡的な判断

遺留分と相続税申告では、次のような判断は避けるべきです。

避けたい判断問題点
遺言を書けば遺留分は無視できる遺留分侵害額請求を受ける可能性がある
家族が揉めているので申告しない相続税申告期限は原則として延びない
請求額が未確定だから何も申告しない未確定なら未確定として当初申告を行う必要がある
金銭がないので不動産を渡せばよい支払者に譲渡所得税が生じる可能性
不動産を渡したから相続取得になる現行法では代物弁済として整理される可能性
小規模宅地等を当然使えると思う代物弁済取得では適用困難な場合がある
更正の請求期限を後で確認する4か月期限を過ぎると還付機会を失う可能性
税務手続を片方だけで考える支払側・受取側の申告整合性が崩れる
二次相続を見ない配偶者集中・金銭支払後の財産構成が次に影響

生前対策としてできること

遺留分侵害額請求は、相続が発生してから初めて考えるのでは、遅い場合があります。

生前の段階で、遺留分を意識した承継設計をしておくことが大切です。

生前対策実務上のポイント
財産の棚卸し相続税評価額と時価を把握
相続税試算一次相続・二次相続を比較
遺留分試算誰にいくら請求され得るかを確認
遺言書作成遺留分、付言事項、遺言執行者を検討
生命保険活用代償資金・納税資金を準備
生前贈与贈与加算・特別受益・遺留分算定を確認
遺留分放棄生前放棄には家庭裁判所の許可が必要
事業承継設計後継者への集中と非後継者への調整
不動産整理売却、共有解消、代償金原資を検討
家族への説明付言事項や生前の話し合いで納得感を高める

遺留分対策とは、「請求されないように隠す」ことではありません。

誰にどの財産を残すのか、その理由は何か、他の相続人にはどのように配慮するのか、税金と資金はどう手当てするのか。これらを、説明できる形に整えておくことなのです。

まとめ|遺留分は、法務・税務・資金繰りを同時に動かす論点

遺留分侵害額請求は、単なる親族間のトラブルではありません。

現行法では金銭請求として整理されるため、相続税申告では、当初申告、後日の更正の請求、修正申告、期限後申告、附帯税、代物弁済時の譲渡所得、そして小規模宅地等の適用可否にまで、影響が及びます。

遺言で特定の人に多くの財産を承継させる場合には、次の点をあらかじめ確認しておく必要があります。

確認すべき問い意味
誰が遺留分権利者か請求リスクのある人を把握する
遺留分額はいくらか相続税評価額と時価の両方で試算する
請求された場合、誰が払うか財産取得者と支払義務者を整理する
現金で払えるか納税資金と遺留分支払資金を区別する
不動産等で払う可能性があるか譲渡所得税、小規模宅地等への影響を確認する
申告期限までに確定するか当初申告と後日調整を分ける
更正の請求期限を管理できるか4か月期限に注意する
受取側の申告をどうするか修正申告・期限後申告の要否を検討する
二次相続に影響しないか配偶者・子世代への資産移転を長期で見る
後から説明できるか家族間・税務調査の双方に耐える判断にする

遺留分は、感情と税務とが交差する論点です。

遺言の文言だけを整えても、支払資金がなければ実行できません。相続税評価額だけを見ていても、民法上の時価とのズレを説明できなければ、相続人間の納得は得にくくなります。そして、金銭で払えないからといって不動産を渡せば、今度は譲渡所得税や特例適用の問題が生じてきます。

ですから遺留分対策では、「遺言」「財産評価」「納税資金」「相続税申告」「所得税」「二次相続」を切り離さず、ひとつながりのものとして検討することが重要なのです。

遺留分侵害額請求と相続税申告のご相談について

犬飼公認会計士・税理士事務所では、遺留分侵害額請求が想定される相続について、遺言内容、相続人関係、財産評価、相続税申告、納税資金、そして財産交付時の譲渡所得まで含めて整理いたします。

とりわけ、次のような場合には、相続発生前あるいは申告期限前の、できるだけ早い段階で検討しておくことが大切です。

相談を検討したい場面理由
特定の相続人に多く財産を残す遺言がある遺留分侵害額請求を受ける可能性
不動産や非上場株式が遺産の中心金銭支払が難しく、代物弁済・譲渡所得が問題になりやすい
配偶者に全財産を相続させる予定子の遺留分、二次相続、納税資金を確認
後継者に株式や事業用資産を集中させたい事業承継と非後継者への公平性調整が必要
遺留分請求の通知を受けた申告期限、更正の請求期限、支払資金を早急に整理
金銭ではなく不動産で支払う案がある譲渡所得税、小規模宅地等、登記の検討が必要
相続税申告後に遺留分額が確定した更正の請求、修正申告、期限後申告を検討

遺留分の問題は、相続人間の話し合いだけで完結しないことがあります。税務上の処理を誤れば、当初申告、後日の修正、譲渡所得、二次相続にまで、影響が残ってしまいます。

遺言で特定の人に多く承継させたいとお考えの場合、あるいは遺留分侵害額請求を受けた・請求を検討しているという場合は、犬飼公認会計士・税理士事務所HPのお問い合わせページからご相談ください。

財産構成と家族関係を踏まえ、法務上の請求関係と税務申告上の整理を切り離さず、後からきちんと説明できる対応方針を、ご一緒に検討してまいります。

重要ポイントの振り返り

項目重要ポイント
遺留分兄弟姉妹以外の相続人に保障される最低限の取り分
現行制度令和元年7月1日以後開始の相続では、原則として金銭請求
旧制度との違い旧遺留分減殺請求のように、当然に物権的効果が生じる制度ではない
請求期限相続開始と侵害を知った時から1年、相続開始から10年
調停申立て申立てだけでは請求意思表示にならないため、内容証明等での意思表示を検討
相続税申告期限遺留分協議中でも、原則として相続開始を知った日の翌日から10か月以内
未確定時の当初申告遺留分侵害額請求がなかったものとして申告する扱い
後日確定支払側は更正の請求、受取側は修正申告または期限後申告を検討
更正の請求期限支払額確定を知った日の翌日から4か月以内に注意
金銭支払相続税の課税価格調整が中心
財産交付代物弁済として、支払者に譲渡所得税が生じる可能性
小規模宅地等代物弁済で宅地を取得した側は、相続・遺贈取得ではないため適用困難
附帯税遺留分額の後日確定に基づく申告では、延滞税・加算税の取扱いに特例的整理があるが、申告・納税時期の管理が必要
配偶者軽減配偶者に全財産を集める場合も、子の遺留分と二次相続を確認
生命保険遺留分支払資金・代償資金として有効な場合があるが、受取人・保険料負担者を確認
実務上の本質遺留分は、法務・税務・納税資金・家族の納得を同時に動かす論点
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