財務DD・税務DDは「数字の確認作業」ではない
M&Aのデューデリジェンス、いわゆるDDというと、法務DDや事業DDと並んで、財務DD・税務DDが実施されることがあります。
ただ、財務DD・税務DDを「会計士や税理士が決算書と申告書を確認する作業」とだけ捉えてしまうと、M&A判断の中での本来の意味を見誤ってしまいます。
財務DD・税務DDの役割は、対象会社の過去の数字が正しいかを細かく確かめることだけにとどまりません。むしろ大切なのは、次のような問いに答えていくことだと考えています。
- この会社の収益力は、買収後も続いていくものなのか
- 提示価格の前提となった利益や純資産は、実態を反映しているのか
- クロージング時に、想定外の負債や資金流出が生じないか
- 価格調整や支払条件に反映すべき項目はないか
- 税務リスクやスキーム上の課税関係が、取引条件や実行可否に影響しないか
- 買収後の管理体制やPMIに引き継ぐべき財務・税務課題は何か
つまり財務DD・税務DDは、単なる「問題探し」ではありません。M&Aを実行してよいのか、どの価格・条件であれば実行できるのかを見極めるための、検証工程なのです。
財務DDはM&Aのディール実行段階における中核的な手続です。買収前に対象会社・事業の財務状況を深く把握できる、貴重な機会と位置づけられます。
財務DD・税務DDは、価格・契約・スキーム・PMIの間に置かれる
財務DD・税務DDの結果は、それ単独で完結するものではありません。
たとえば財務DDで正常収益力に問題が見つかれば、バリュエーションの前提そのものが変わってきます。運転資本に不足が見つかれば、価格調整やクロージング後の追加資金需要に影響します。
ネットデットに未払税金や役員貸借、リース債務、簿外債務に近い項目が含まれると判断されれば、最終支払額が変わる可能性も出てきます。税務DDで過年度の税務処理や組織再編税制上のリスクが見つかれば、補償、表明保証、スキーム変更、クロージング条件をめぐる論点になります。
このように、DDの結果を踏まえて買収価格や条件を契約に反映し、クロージングに向けて準備を進めていく。これがM&A実務の基本的な流れです。
ですから、財務DD・税務DDの報告書を読んだだけで満足してはいけません。本当に重要なのは、発見した事項を次のどこに反映するのかを見定めることです。
- 価格に反映するのか
- 価格調整に反映するのか
- 支払条件に反映するのか
- 表明保証・補償に反映するのか
- クロージング条件にするのか
- スキームを見直すのか
- PMI課題として引き継ぐのか
- それでも受け入れられないなら、撤退するのか
中小企業庁の中小M&Aガイドライン(第3版)でも、表明保証についてはDD結果を踏まえ、問題が顕在化する可能性や影響の大きさ、譲渡対価への織込み状況を勘案しながら、譲り渡し側・譲り受け側の双方が認識を擦り合わせていくことが重要とされています。あわせて、最終契約後に譲渡額を調整・修正する条項が設けられる場合があることも示されています。
財務DDで確認する中心論点
財務DDは、対象会社の財務諸表をそのまま信じてよいかを確かめるだけの作業ではありません。M&Aの意思決定に使える数字へと、変換していく作業です。
主な確認論点は、次の5つに整理できます。
- 正常収益力
- 運転資本
- ネットデット
- 実態純資産
- 資金繰り・キャッシュフロー・管理体制
これらは、互いに独立しているわけではありません。正常収益力が弱い会社では、運転資本や資金繰りにも問題が出やすくなります。在庫評価に問題があれば、損益、純資産、運転資本、税務処理のすべてに影響が及びます。役員貸借や関連当事者取引がある場合には、正常収益力、ネットデット、税務リスク、契約条件が同時に問題になってきます。
財務DDの実務では、運転資本調整、Net Debt調整、実態純資産調整、継続企業の前提、資金繰り、一過性損益、会計方針、そして税務・法務・労務に関連する財務影響などが、レポート上の重要論点として整理されていきます。
正常収益力は、過去利益をそのまま見るものではない
財務DDでまず重要になるのが、正常収益力です。
正常収益力とは、対象会社が通常の状態でどの程度の利益を生み出せるのかを把握する考え方です。直近決算の営業利益やEBITDAを眺めるだけでは、不十分なのです。
中小・中堅企業では、決算書上の利益に、次のような要因が含まれていることがあります。
- 一過性の大口売上が含まれている
- 一時的な補助金収入が含まれている
- 役員報酬が市場水準より高い、あるいは低い
- オーナー個人との取引が通常条件になっていない
- 家族従業員への給与が実態と合っていない
- 本来必要な人件費が計上されていない
- 一時的な広告費削減によって利益が出ている
- 在庫評価損や貸倒損失が未計上である
- 設備修繕費を先送りしている
- 特定顧客への依存によって利益が維持されている
買い手が知りたいのは、「過去にいくら利益が出たか」だけではありません。買収後、自社がその会社を保有したときに、どの程度の利益を再現できるのか。ここに関心があります。
そのため財務DDでは、過去の損益を通常の状態へと補正して見ていきます。これが、バリュエーション、買収価格、投資回収期間、借入返済能力、PMI計画の基礎になります。
ここで気をつけたいのは、正常収益力の補正は「売り手に有利な調整」でも「買い手に有利な減額作業」でもない、ということです。あくまで、M&A判断に使える利益水準へ整えるための作業にすぎません。
これは売り手側から見ても重要です。一過性損失を除けば利益が安定しているのか、それとも一過性利益に依存しているのか。あらかじめ整理して説明できる状態にしておかなければ、買い手からの価格引下げ主張に十分対応できなくなってしまいます。
運転資本は「クロージング後に必要な資金」を見る論点である
運転資本は、M&Aで見落とされやすい一方、実行後の資金繰りに直結する重要な論点です。
運転資本とは、大まかにいえば、売掛金、棚卸資産、買掛金、未払費用、前受金など、日常的な営業活動に必要な資金のことです。利益が出ている会社であっても、運転資本が不足していれば、買収後に追加の資金が必要になります。
たとえば、次のような会社では注意が必要です。
- 売掛金の回収サイトが長い
- 滞留債権がある
- 在庫が多く、陳腐化している
- 季節要因で在庫や売掛金が大きく変動する
- 買掛金の支払を遅らせて資金繰りを維持している
- 未払費用や未払賞与が十分に計上されていない
- 前受金を受け取っているが、将来の履行義務が残っている
- クロージング前に売り手側が現預金を引き出す予定がある
買収価格が合意されていても、クロージング時点の運転資本が通常水準を下回っていれば、買い手は実質的に不足資金を追加で負担することになります。
そこで一定の案件では、基準運転資本を設定したうえで、クロージング時点の運転資本との差額を価格調整する仕組みが使われます。
中小企業では、そもそも月次で運転資本を把握していないことも少なくありません。それでも、売掛金、在庫、買掛金、未払費用といった主要項目だけでも、直近数期間の推移、季節性、滞留・未計上リスクを確認しておく必要があります。
運転資本の検討は、細かな会計計算というよりも、「買収後、この会社を通常どおり運営するために、どれだけ資金が必要になるか」という経営判断そのものなのです。
ネットデットは「借入金だけ」ではない
M&Aの価格条件では、ネットデットという考え方が使われることがあります。
ネットデットとは、一般には有利子負債から現預金等を差し引いた純負債を指します。ただ、実務で本当に大切なのは、借入金だけを見ない、という点です。
買い手が引き受ける経済的負担には、借入金以外にもさまざまなものがあります。
- 未払税金
- 未払賞与
- 未払社会保険料
- 退職給付債務
- リース債務
- 役員借入金
- 役員貸付金の回収不能リスク
- 保証債務
- 訴訟・クレーム関連債務
- 未払残業代
- ファクタリングや債権譲渡に伴う実質的な金融負債
- 過年度の費用計上漏れ
- 閉店・撤退・原状回復費用
- 買収前に発生した税務リスク
これらをDebt-like item、すなわち負債類似項目として扱うかどうかが、価格交渉上の重要な論点になります。
反対に、現預金についても、そのすべてを自由に使えるとは限りません。拘束預金、担保提供、特定口座、納税資金、顧客預り金に対応する資金などは、Cash-like itemとして扱えるかを慎重に確かめます。
中小企業では、役員貸借、個人保証、関連当事者取引、未払費用、未計上債務が、ネットデット調整に影響することが少なくありません。提示価格が一見明確に見えても、ネットデットの範囲を整理しておかなければ、最終支払額をめぐって後から対立しやすくなります。
実態純資産は、帳簿上の純資産とは異なる
財務DDでは、実態純資産の確認も重要です。
実態純資産とは、帳簿上の資産・負債を、M&A判断に使える実態ベースへと見直したものです。
帳簿上は資産として計上されていても、実際には価値が低いものがあります。回収困難な売掛金、滞留在庫、陳腐化した商品、使用見込みの低い設備、回収不能な役員貸付金などが、その例です。
一方で、帳簿に十分反映されていない負債もあります。未払残業代、退職給付、未払税金、原状回復義務、訴訟・クレーム、保証債務、関連当事者取引の未整理項目などがこれにあたります。
株式譲渡では、法人格をそのまま引き継ぐため、買い手は対象会社の資産だけでなく、負債や潜在債務まで引き受けることになります。そのため実態純資産は、価格、補償、表明保証、クロージング条件の検討に深く関わってきます。
とりわけ、純資産を価格算定の重要な根拠としている中小M&Aでは、帳簿純資産と実態純資産の差を見落とすと、価格の意味そのものを誤ってしまいます。純資産が大きい会社であっても、在庫や貸付金に実態がなければ、支払うべき価格は変わってきます。逆に、帳簿上は利益が小さくても、不要な役員報酬や一過性費用を除けば、実態としての収益力が高い場合もあります。
財務DDでは、損益と貸借対照表を別々に見るのではなく、収益力、資産性、負債性、資金繰りを一体として確認していくことが大切です。
資金繰り・キャッシュフローは、買収後の耐久力を見る
利益が出ていても、資金繰りが厳しい会社があります。M&Aでは、この点を軽視するわけにはいきません。
たとえば、次のような会社です。
- 売上は伸びているが、売掛金の回収が遅い
- 在庫投資が先行している
- 設備投資や修繕が必要になっている
- 借入返済が重い
- 仕入先への支払条件が悪化している
- 金融機関から追加融資を受けにくい
- 税金や社会保険料の支払が遅れている
- 経営者個人からの資金補填に依存している
こうした会社を買収すると、買収代金とは別に、運転資金や再建資金が必要になる場合があります。
財務DDでは、過去損益だけでなく、営業キャッシュフロー、借入返済、資金繰り表、最低現預金水準、金融機関との関係まで確認していきます。
買い手側にとっては、「買えるか」だけでなく、「買った後に資金を支えられるか」が問われます。これは売り手側にとっても無関係ではありません。買い手が資金負担を過小評価していれば、クロージング後に従業員・取引先・金融機関との関係が不安定になる恐れがあるからです。
税務DDは「節税策を探す作業」ではない
税務DDは、M&Aにおける税務リスクと税務コストを把握するための調査です。「税務DD=節税策を見つける作業」と考えてしまうのは、危険だと思います。
もちろん、M&Aのスキームによって税務コストが変わることはあります。しかし税務DDの中心にあるのは、次のようなリスクと前提を確認することです。
- 過年度の法人税・消費税・源泉所得税・地方税の申告処理に問題がないか
- 税務調査で指摘され得る論点はないか
- 役員報酬、役員貸借、関連当事者取引に税務上の問題がないか
- 交際費、寄附金、貸倒損失、棚卸資産評価、固定資産、減価償却に問題がないか
- 消費税の課税区分やインボイス対応に不備がないか
- 源泉徴収、外注費と給与の区分、非居住者・海外取引に問題がないか
- 組織再編やグループ内取引に税務上のリスクがないか
- 繰越欠損金や含み損の利用可能性に制限がないか
- 買収後のスキームで想定外の課税が生じないか
税務コストは、M&Aストラクチャリングにおける重要な検討要素です。取引時・取引後の課税関係、買収会社による減価償却や繰越欠損金の扱い、専門家費用などが検討の対象になります。
ただし、税務DDの目的は、無理に税負担を軽く見せることではありません。税務リスクを正しく把握し、価格、契約、スキーム、クロージング後の対応にどう反映するかを見極めることにあります。
税務DDで特に注意すべき中小企業特有の論点
中小・中堅企業の税務DDでは、上場会社や大企業とは異なる論点が数多く出てきます。
役員・株主・親族との取引
中小企業では、会社と経営者個人、親族、関連会社との関係が密接です。たとえば、役員貸付金や役員借入金、社長個人所有不動産の賃借、親族への給与、関連会社への業務委託、個人資産の会社利用、そして会社資金と個人支出の混在などが挙げられます。
これらは、財務DDでは正常収益力やネットデットの論点になり、税務DDでは役員給与、寄附金、受贈益、所得区分、源泉税、消費税などの論点になります。
消費税・源泉税
どうしても法人税に目が向きがちですが、税務DDで見落とせないのが消費税と源泉税です。
消費税の課税・非課税・不課税の区分、簡易課税の適用、インボイス対応、課税売上割合、資産譲渡の消費税処理などは、スキームにも影響してきます。また、外注費として処理している支払が、実態としては給与に近いという場合には、源泉所得税や社会保険の問題へと広がっていくことがあります。
税務調査履歴と未解決事項
過去の税務調査で指摘を受けている場合には、その指摘事項が現在も残っていないかを確認する必要があります。
指摘事項が単年度で終わるものなのか、それとも継続的な処理方針に関わるものなのか。これによって、買い手のリスク認識は大きく変わってきます。
繰越欠損金・組織再編税制
買い手が買収後に合併や会社分割を予定している場合には、繰越欠損金の引継ぎ・使用制限、特定資産譲渡等損失額、適格組織再編成の要件などが重要になります。
法人税法では、適格合併や欠損金の繰越し・引継ぎ等について詳細な定めが置かれており、国税庁の質疑応答事例でも、適格合併に伴う未処理欠損金の引継制限等が扱われています。実際の適用にあたっては、支配関係、事業継続、共同事業要件、資産・負債の内容などによって、慎重な確認が欠かせません。
出典:e-Gov法令検索|法人税法
出典:国税庁|被合併法人から引継ぎを受ける未処理欠損金額に係る制限の特例
組織再編税制は、適格組織再編成に該当する場合には簿価移転、非適格組織再編成に該当する場合には時価移転を基本とする制度です。そのうえで、繰越欠損金の引継制限や特定資産譲渡等損失額の損金不算入といった制限規定が設けられています。
スキームにより、財務DD・税務DDの見方は変わる
財務DD・税務DDは、スキームと切り離して実施するものではありません。
株式譲渡では、対象会社の法人格をそのまま取得するため、過去の税務リスクや簿外債務、契約関係、雇用関係も、基本的には会社に残ります。事業譲渡では、譲受の対象を選べる一方で、資産・負債の個別移転、消費税、契約承諾、許認可、従業員移転などが問題になります。会社分割や合併では、資産・負債の承継、税制適格要件、会計処理、許認可、労務承継、繰越欠損金などの検討が必要になります。
同じ「未払税金リスク」ひとつをとっても、スキームによって扱いは変わります。株式譲渡であれば、対象会社に残るリスクとして、補償や表明保証の論点になります。事業譲渡であれば、譲受の対象から除外できるか、ただし実質的に承継するリスクがないかを検討します。合併であれば、包括承継や税務属性への影響を考慮する必要があります。
M&A費用の税務上の取扱いについても、株式取得か、事業譲受か、組織再編かによって整理が変わってきます。DD費用などのM&A関連費用が取得価額に含まれるのか、損金算入できるのかは、スキームや意思決定のタイミングを踏まえた検討が必要です。
そのため、財務DD・税務DDを依頼する際には、「この会社を調べてください」というだけでは不十分です。
買い手であれば、予定スキーム、価格前提、資金調達方針、買収後の統合方針を、専門家に伝える必要があります。売り手であれば、想定スキーム、株主構成、会社と個人の関係、譲れない条件を整理しておかなければ、DDの段階で論点が後出しになってしまいます。
財務DDと税務DDは、似ているが役割が違う
財務DDと税務DDは一体で扱われることもありますが、その役割は異なります。
財務DDは、主に会計・財務の視点から、対象会社の収益力、財政状態、キャッシュフロー、実態純資産、価格調整項目を確認します。税務DDは、主に税法・申告実務の視点から、過年度税務リスク、取引時・取引後の税務コスト、スキーム上の課税関係、そして補償・表明保証に反映すべき税務論点を確認します。
ただ、両者は密接に関係し合っています。
棚卸資産の評価損は、財務DDでは正常収益力や純資産に影響し、税務DDでは損金算入時期や税務否認リスクに関わります。役員貸付金は、財務DDでは回収可能性やネットデットに関係し、税務DDでは役員給与、認定利息、貸倒処理、関連当事者取引に関わります。未払賞与や未払残業代は、財務DDではDebt-like itemや損益補正に関係し、税務DDでは損金算入時期や源泉税、社会保険に関わります。組織再編は、財務DDでは承継資産・負債とプロフォーマ数値に関係し、税務DDでは適格要件、欠損金、時価課税、消費税、不動産取得税等に関わってきます。
したがって、財務DDと税務DDを、別々の報告書として受け取るだけでは足りません。両者を横断しながら、どの発見事項が価格、契約、スキーム、クロージング条件に影響するのかを整理していく必要があります。
財務DD・税務DDは監査ではない
財務DD・税務DDについて、もう一つ大切な注意点があります。
財務DDは、会計監査ではありません。税務DDも、税務調査の代替ではありません。
DDは、限られた時間、限られた資料、限られた目的のもとで、M&A判断に重要な論点を把握するために行われます。ですから、DDを実施したからといって、すべての誤謬、簿外債務、税務リスク、不正、将来損失が発見されるわけではないのです。
中小・中堅企業のM&Aでは、DD期間が短く、資料が十分にそろわないこともあります。月次決算の精度が低い、部門別損益がない、在庫管理が弱い、契約書が未整備である、税務申告書と管理資料が一致しない、といった状況も珍しくありません。
そうした場合であっても、DDを十分に実施できないからといって、直ちに撤退すべきというわけではありません。ただし、未確認の事項が残るのであれば、その不確実性を、価格、契約、補償、前提条件、追加調査、PMI課題に反映していく必要があります。
資料開示が不十分な場合でも、可能な範囲でDDを行う。そのうえで、認識できないリスクがあり得ることを踏まえ、価格算定や契約上のプロテクションを設計していく。こうした考え方が、実務では重要になります。
買い手側は「DD報告書を読む力」が必要になる
買い手側にとって、財務DD・税務DDを専門家に依頼することは重要です。とはいえ、専門家に任せれば経営判断が完了する、というわけではありません。
買い手自身が、少なくとも次のような問いを持っておく必要があります。
- この会社の利益は、何によって生まれているのか
- DDで補正された正常収益力は、投資仮説と整合しているか
- 買収後に必要な運転資金は、資金計画に織り込まれているか
- ネットデットの調整項目は、価格交渉に反映されているか
- 税務リスクは、金額化できるのか、それとも補償で対応するのか
- クロージング前に解消すべき論点は何か
- 買収後に改善すべき管理課題は何か
- それらを踏まえても、買収の目的は達成できるのか
財務DD・税務DDは、専門家が作る報告書であると同時に、買い手が意思決定に使うための資料でもあります。
とりわけ、事業会社が買い手となる中小M&Aでは、経理・財務部門、経営企画、事業部門、外部専門家が連携していく必要があります。財務・税務上の問題が小さくても、事業の将来性が乏しければ、買収する意味はありません。反対に、事業としての魅力が高くても、財務・税務リスクが大きすぎれば、価格やスキームを見直す必要が出てきます。
DDには、事業、財務・税務、法務のほか、IT、人事、知的財産、環境など、多様な分野があります。財務・税務DDでは、経理・財務部門と会計・税務の専門家が協働して進めるのが一般的です。
売り手側にとっても、財務DD・税務DDは重要である
財務DD・税務DDは、買い手だけのものではありません。売り手側にとっても、自社の数字や税務論点を整理する貴重な機会になります。
売り手側が準備不足のままDDに入ると、次のような問題が起きがちです。
- 資料の提出が遅れる
- 月次数値の説明ができない
- 役員貸借の経緯を説明できない
- 一過性損益と通常損益を分けられない
- 関連当事者取引の条件を説明できない
- 過年度税務処理の確認に時間がかかる
- 買い手から価格引下げを求められても、反論の材料がない
- 表明保証や補償の範囲が過大になる
- クロージング条件が増えていく
- 最終契約の交渉が長期化する
売り手側は、DDを「買い手から調べられる場」と捉えるのではなく、自社の価値とリスクを説明する場と考えるべきです。
特に、次の資料は早めに整理しておくことが望ましいといえます。決算書・税務申告書、月次試算表、売上・粗利・顧客別の推移、借入金明細、役員貸借の明細、関連当事者取引一覧、固定資産台帳、在庫明細、売掛金・買掛金の年齢表、税務調査履歴、未払税金・社会保険料、事業計画、資金繰り表などです。
売り手があらかじめ財務・税務の論点を把握していれば、買い手からの指摘を受け身で待つのではなく、価格・条件・契約の中で適切に整理していくことができます。
中小M&Aでは、過剰でも不足でもない確認水準が必要である
中小・中堅企業のM&Aでは、すべての案件で大型案件並みの財務DD・税務DDを実施することは、現実的ではありません。
取引金額が小さい、資料が十分に整っていない、管理部門が少人数である、経営者への依存が強い、スケジュールが短い、専門家費用に制約がある。こうした事情は、確かにあります。
ただ、だからといって、財務DD・税務DDを省略してよいということにはなりません。
大切なのは、案件の規模、目的、スキーム、リスクに応じて、過剰でも不足でもない確認水準を設計することです。
非上場・中小規模のM&Aでは、取引規模やリスクの性質を踏まえ、簡易的な手法で済ませるケースもあります。それでも、少なくとも基本合意の前提となった財務情報の信頼性や買収リスクを確認し、発見した事項を契約・価格・支払条件・スキーム・撤退判断へと反映していく視点は欠かせません。
たとえば小規模な案件であっても、次の論点は省略しにくいものです。
- 直近の利益が再現可能か
- 売上・粗利に大きな変動がないか
- 借入金・役員貸借・未払税金が整理されているか
- 売掛金や在庫に実態があるか
- 税務申告に大きなリスクがないか
- 買収後に追加資金が必要にならないか
- 経営者保証や個人資産の整理が必要ないか
一方で、詳細な税務論点、精緻な価格調整メカニズム、PPA、複雑な繰越欠損金の検証、海外税務、移転価格などは、案件ごとに必要性を判断していきます。
「DDをするか、しないか」ではなく、「何を、どの深さで、どの判断に使うために確認するのか」を決めること。ここが重要なのです。
会計処理・PPAへの接続も意識する
買い手側が会計基準上、企業結合会計の適用を受ける場合には、買収後の会計処理も視野に入ってきます。
日本基準では、企業会計基準第21号「企業結合に関する会計基準」が、企業結合に関する会計処理及び開示を定めることを目的としており、企業会計基準適用指針第10号もあわせて参照する必要があるとされています。また、同基準では、共同支配企業の形成および共通支配下の取引以外の企業結合は「取得」とされ、パーチェス法による会計処理が定められています。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準第21号 企業結合に関する会計基準
企業会計基準適用指針第10号は、企業結合会計基準および事業分離等会計基準を適用する際の指針を定めるものです。取得、共同支配企業の形成、共通支配下の取引といった会計上の分類や、合併、会社分割、事業譲渡・譲受、株式交換、株式移転等の形式ごとの会計処理が示されています。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準適用指針第10号 企業結合会計基準及び事業分離等会計基準に関する適用指針
本シリーズでは、PPAやのれん評価の詳細までは扱いません。
ただ、財務DDの段階で、取得対象の資産・負債、無形資産、簿外債務、事業計画、将来収益力をどの程度把握できているか。これは、買収後の会計処理や減損リスクを初期段階で理解するうえでも、つながってきます。
とりわけ、買収価格に大きなのれんが含まれる案件では、財務DDで確認した正常収益力と、買収後の事業計画とが乖離していないかを、慎重に確かめておくべきです。
財務DD・税務DDの発見事項をどう判断に使うか
財務DD・税務DDで発見された事項は、次のように分類すると、判断に使いやすくなります。
価格に直接反映する項目
正常収益力の低下、在庫評価損、貸倒引当不足、未計上費用、実態純資産の減少、将来損失見込み、過大な役員報酬の補正、事業撤退費用などが、これにあたります。
これらは、評価前提や買収価格そのものに反映します。
価格調整に反映する項目
ネットデット、運転資本、現預金、借入金、未払税金、役員貸借、そしてクロージング日までに変動する資産・負債などが該当します。
これらは、クロージング時点の実際数値に基づいて調整する設計が考えられます。
契約でリスク配分する項目
過年度税務リスク、簿外債務、偶発債務、未払残業代、訴訟・クレーム、税務調査リスク、開示資料の正確性、関連当事者取引の未整理事項などが挙げられます。
これらは、表明保証、補償、特別補償、開示別紙、誓約事項によって整理します。
クロージング条件にする項目
金融機関承諾、経営者保証の解除、未払税金の精算、重要契約の承諾、役員貸借の整理、特定資産の移転、税務上の事前確認、組織再編実行前の前提条件などです。
これらは、未解消のままクロージングすると危険な項目です。
PMIへ引き継ぐ項目
月次決算の早期化、会計方針の統一、在庫管理の改善、与信管理、税務申告体制、経理人員の不足、関連当事者取引の解消、資金繰り管理、システム統合などが該当します。
これらは、クロージング後の管理課題として、明確に引き継いでいきます。
税務DDの結果は、表明保証・補償での扱いに注意する
税務リスクは、金額化できるものと、金額化しにくいものとに分かれます。
たとえば、未払税金や明らかな申告漏れは、金額として反映しやすい論点です。一方で、過去の税務処理が将来の税務調査で否認される可能性、組織再編の適格性、関連当事者取引の時価性などは、リスクの発生可能性や金額を簡単には確定できない場合があります。
このような論点を、価格だけで処理しようとすると、どうしても無理が出ます。表明保証、税務補償、特別補償、クロージング前対応、専門家意見の取得、税務当局への事前照会など、複数の手段を組み合わせて検討する必要があります。
特に注意したいのは、直近期からクロージング日までの期間に、重要な税務取引がある場合です。
一般的な税務表明保証だけでは、その取引の税務処理の適正性まで明確にカバーできないことがあります。重要な組織再編や特殊取引がある場合には、個別の税務表明保証や補償を検討すべき場面が出てきます。
財務DD・税務DDで「撤退すべき論点」は何か
財務DD・税務DDで問題が出たからといって、直ちに撤退すべきとは限りません。
ただし、次のような場合には、条件変更や撤退を真剣に検討すべきだと考えます。
- 正常収益力が、買収目的を支えられない
- 売上・利益の重要な前提が崩れている
- 簿外債務が大きく、その金額を合理的に見積もれない
- 税務リスクが重大で、売り手が補償に応じない
- 資金繰りが著しく不安定で、追加の資金負担が大きい
- 運転資本の不足が、想定以上である
- 主要な財務資料の信頼性が、著しく低い
- 売り手の説明が一貫しない
- スキームを変更しても、リスクを遮断しにくい
- 買収後の管理体制を構築する人員・資金がない
ここで大切なのは、「問題があるか」ではなく、「その問題を価格・契約・スキーム・PMIで管理できるか」という視点です。
管理できるリスクであれば、条件を調整して進める余地があります。管理できないリスクであれば、撤退もまた、合理的な判断です。
財務DD・税務DDを依頼する前に整理すべきこと
財務DD・税務DDを有効なものにするには、依頼前の整理が重要になります。
買い手側であれば、買収目的、投資仮説、想定価格と評価前提、予定スキーム、資金調達方針、クロージング時期、買収後の経営関与方針、PMIで重視する事項、撤退基準、そして専門家に重点的に見てほしい論点を整理しておきます。
売り手側であれば、売却目的、希望条件、譲れない条件、直近決算と月次資料、役員貸借・関連当事者取引、税務調査履歴、未整備の資料、買い手に説明すべきリスク、事前に解消できる論点、契約で整理すべき論点を整理しておきます。
専門家に依頼する際には、「財務DDをお願いします」「税務DDをお願いします」ではなく、「このM&A判断のために、何を検証してほしいのか」を明確に伝えること。これが重要です。
財務DD・税務DD報告書を読むときの視点
財務DD・税務DDの報告書は、すべてを同じ重みで読むべきものではありません。
経営者や管理部門が読むべきポイントは、次の5つに整理できます。
第一に、価格に影響する項目です。正常収益力、ネットデット、運転資本、実態純資産の調整額を確認します。
第二に、契約に反映すべき項目です。表明保証、補償、特別補償、開示別紙、前提条件に落とすべき論点を確認します。
第三に、クロージング前に解消すべき項目です。未払税金、役員貸借、金融機関承諾、保証解除、重要契約の承諾などが該当します。
第四に、買収後に引き継ぐべき項目です。月次決算、税務申告、会計方針、資金繰り、内部管理、システム、経理人員などです。
第五に、撤退ラインに関わる項目です。買収目的そのものを損なう収益力不足、重大な税務リスク、説明できない数値の不整合、資金繰り破綻のリスクなどが含まれます。
報告書を受け取ったら、単に「問題あり・なし」で読むのではなく、発見事項ごとに、価格、契約、スキーム、クロージング、PMI、撤退判断のどこに反映するのかを整理していくべきです。
財務DD・税務DDは、後から説明できる判断のために行う
M&Aでは、価格交渉の勢いや相手方との関係、仲介者からの進行圧力、社内の期待によって、DDで見つかった論点が曖昧なまま進んでしまうことがあります。
しかし、財務DD・税務DDで確認した内容は、最終判断の重要な根拠です。
なぜこの価格で買うのか。なぜこの価格で売るのか。なぜこの税務リスクを受け入れるのか。なぜ補償で足りると判断したのか。なぜスキームを変えないのか。なぜクロージング条件にしないのか。なぜ撤退しないのか。あるいは逆に、なぜ条件変更や撤退を選ぶのか。
こうした問いに後から説明できる状態にしておくこと。これこそが、財務DD・税務DDの本質だと考えています。
DD報告書は、専門家が作成する資料です。しかし、最終的に判断するのは、経営者・株主・取締役、そして買い手側の意思決定者です。
専門家の役割は、判断材料を整え、見落としを減らし、必要な場面では率直に論点を提示することにあります。経営者の役割は、その材料をもとに、自社にとって実行すべき条件が満たされているかを見極めることにあります。
財務DD・税務DDに不安がある場合は、早い段階で相談する
財務DD・税務DDは、M&Aプロセスの中でも、発見事項が条件に直結しやすい領域です。
買い手側であれば、買収価格、資金調達、契約条件、撤退判断に影響します。売り手側であれば、希望価格、開示対応、表明保証、補償、クロージング条件に影響します。
次のような場合には、早い段階で専門家と整理しておくことをおすすめします。
- 提示価格の前提となる利益が妥当か分からない
- 正常収益力、運転資本、ネットデットの見方が分からない
- DDで見つかった財務論点を、価格にどう反映すべきか迷っている
- 税務リスクを補償で受け入れてよいか判断できない
- 買収後に合併・会社分割・事業譲渡を予定している
- 役員貸借、経営者保証、個人資産、関連当事者取引がある
- 税務調査履歴や過去の処理に不安がある
- 仲介者や相手方の説明だけで判断することに不安がある
犬飼公認会計士・税理士事務所では、M&Aの検討段階から、財務DD・税務DDのスコープ設計、DD結果の読み解き、価格・価格調整・契約条件への反映、税務リスクやスキーム影響の整理について、ご相談を承っています。
「DD報告書を受け取ったが、経営判断にどう使えばよいか分からない」「価格や契約条件に反映すべき論点を整理したい」「買う・売るの結論に進む前に、数字と税務リスクを客観的に確認しておきたい」。そうした場合は、お問い合わせページよりご相談ください。
この記事の振り返り
| 論点 | 押さえるべき考え方 |
|---|---|
| 財務DD・税務DDの位置づけ | 会計・税務の確認作業ではなく、価格・契約・スキーム・実行判断に使う検証工程 |
| 正常収益力 | 過去利益をそのまま見るのではなく、買収後も再現可能な利益水準を確認する |
| 運転資本 | クロージング後に通常運営するために必要な資金水準を確認する |
| ネットデット | 借入金だけでなく、Debt-like item、Cash-like item、役員貸借、未払税金等を確認する |
| 実態純資産 | 帳簿純資産ではなく、回収可能性、在庫評価、簿外債務等を踏まえて実態を確認する |
| 税務DD | 節税策を探す作業ではなく、過年度税務リスク、取引時・取引後の税務コスト、スキーム影響を確認する |
| スキームとの関係 | 株式譲渡、事業譲渡、合併、会社分割で、財務・税務リスクの見方が変わる |
| DDの限界 | 監査や税務調査の代替ではなく、時間・資料・範囲の制約を踏まえて重要論点を確認する |
| 発見事項の使い方 | 価格、価格調整、表明保証、補償、クロージング条件、PMI、撤退判断に分類して反映する |
| 最終目的 | 財務DD・税務DDを通じて、後から説明できるM&A判断を行う |