相続税調査で最も問題になりやすい論点の一つが、名義預金・名義財産です。
たとえば、預金口座の名義が配偶者や子、孫になっている。証券口座や投資信託が家族名義になっている。生命保険の契約者や受取人は家族でありながら、その保険料は被相続人が負担していた。あるいは、生前贈与のつもりで毎年資金を移していたものの、通帳や印鑑は被相続人が管理し続けていた。
こうした財産については、相続税調査の場で「本当にその名義人の財産なのか」「実質的には被相続人の財産ではないのか」と確認されることがあります。
相続税は、相続や遺贈によって取得した財産にかかる税金です。その対象は、現金や預貯金、有価証券、土地、家屋といったものにとどまりません。金銭に見積もることのできる経済的価値のあるものは、広く相続税の対象になると考えておく必要があります。
出典:国税庁|No.4105 相続税がかかる財産
問題になるのは、財産の名義だけを見れば家族のものであっても、実質的には被相続人が所有し、管理していたと評価される場合です。
このようなケースでは、申告書に記載していなかった財産が相続財産に加算されます。その結果、相続税の修正申告や更正、加算税、場合によっては重加算税の問題にまで発展することがあります。
名義預金・名義財産とは何か
名義預金・名義財産という言葉は、相続税調査の実務でよく使われる表現です。
名義預金とは、預金口座の名義こそ配偶者や子などになっているものの、その資金原資、管理状況、使用状況などから見て、実質的には被相続人の財産と判断される預金をいいます。
名義財産は、もう少し広い概念です。預金に限らず、家族名義の有価証券、投資信託、生命保険、現金、貸付金、場合によっては不動産や同族会社関係の資産まで含め、名義と実質的な所有者が一致しているかが問題になる財産を広く指します。
ここで大切なのは、税務署が「家族名義だからすべて相続財産だ」と考えるわけではない、ということです。とはいえ、納税者側が「名義が家族だから相続財産ではない」とだけ説明しても、それで通るものではありません。
調査で問われるのは、形式上の名義ではなく、実質的な帰属です。具体的には、次のような点が見られます。
- 誰の資金で作られた財産か
- 誰が管理していたか
- 名義人は財産の存在を知っていたか
- 名義人が自由に使えたか
- 贈与があったというなら、贈与者と受贈者の意思表示があったか
- 贈与後の財産から生じる利息・配当・運用益を誰が受けていたか
こうした事情を総合したうえで、「その財産は本当に名義人のものか」が判断されることになります。
なぜ相続税調査で名義預金が見られるのか
相続税調査では、被相続人が亡くなった時点の財産だけでなく、過去の資金移動までさかのぼって確認されます。
死亡時の預金残高が少なかったとしても、過去に多額の収入や退職金、不動産売却代金、保険金、事業収入などがあった場合には、その資金がどこへ移ったのかが確認の対象になります。被相続人の口座から家族名義口座へ移った資金、定期預金の解約後に別名義で作られた預金、家族名義の証券口座への入金。このあたりは、調査で説明を求められやすい部分です。
国税庁は、令和6事務年度における相続税の調査等の状況を公表しています。これを見ると、実地調査や簡易な接触を通じて、申告漏れ等の把握が行われている実態がうかがえます。
出典:国税庁|令和6事務年度における相続税の調査等の状況
税務署側は、金融機関情報、過去の申告履歴、法定調書、贈与税申告の有無、国外送金情報、不動産登記情報などを踏まえて、確認すべき論点をあらかじめ持っていることがあります。
そのため、調査通知を受けた段階で重要になるのは、「名義が誰か」だけを確認することではありません。被相続人の財産形成から死亡時点までの資金の流れを、きちんと説明できるかどうかなのです。
判断軸1|資金原資は誰のものか
名義預金の判断で、まず確認されるのが資金原資です。
家族名義の預金であっても、その入金原資が被相続人の給与、役員報酬、事業収入、不動産収入、退職金、不動産売却代金、配当金、年金などである場合には、「なぜ家族名義になっているのか」を説明する必要が出てきます。
反対に、名義人自身に給与、事業収入、不動産収入、過去の贈与、相続、退職金などの資金源があり、その範囲で形成された財産であると説明できる場合には、名義人固有の財産として説明しやすくなります。
調査対応では、次のような資料を確認していきます。
- 被相続人の通帳、取引履歴
- 家族名義口座の通帳、取引履歴
- 入金元、出金先の一覧
- 退職金、不動産売却代金、保険金等の入金資料
- 給与や事業収入など名義人自身の収入資料
- 贈与契約書、贈与税申告書、振込記録
- 証券口座への入出金履歴
- 定期預金の作成・解約履歴
ここで大切なのは、個々の入金を孤立して見るのではなく、被相続人の財産全体の動きとして整理することです。
「親が出したお金だが、子どもの名義だから子どものもの」という説明では足りません。親から子へ財産が移ったというのであれば、それが贈与なのか、生活費なのか、管理上の預け替えなのか、それとも貸付けなのか。そこまで整理しておく必要があります。
判断軸2|通帳・印鑑・カードを誰が管理していたか
名義預金では、管理支配の状況も重要な判断材料になります。
預金口座の名義が子や孫であっても、通帳、印鑑、キャッシュカード、インターネットバンキングのID・パスワードを被相続人が管理していた場合には、名義人が自由に使える状態だったのかが疑われます。
特に、次のような事情があるときは注意が必要です。
- 名義人が口座の存在を知らない
- 通帳や印鑑を被相続人が保管している
- 入出金の判断を被相続人が行っている
- 名義人が自由に引き出したことがない
- 口座開設手続を被相続人が主導している
- 名義人が未成年の頃に作成された口座が、その後も被相続人管理のままになっている
- 被相続人の死亡後に初めて名義人が口座の存在を知った
預金は、名義人が金融機関に対して権利者として表示されている財産です。しかし相続税調査では、それだけで実質所有者が決まるわけではありません。
見られるのは、「誰が支配していたか」「誰が使うことができたか」「誰の意思で運用されていたか」です。
ですから調査前には、単に通帳を並べるだけでは足りません。誰が管理していたのか、いつから名義人が管理するようになったのか、管理が移ったことを示す資料や事実があるのか。こうした点を確認しておく必要があります。
判断軸3|名義人が財産の存在を認識していたか
名義人の認識も、名義預金・名義財産の判断では重要なポイントになります。
贈与が成立していたというためには、贈与者が財産を与える意思を持ち、受贈者がこれを受ける意思を持っていたことが前提になります。民法上、贈与は、当事者の一方が財産を無償で与える意思を表示し、相手方が受諾することによって成立する契約です。
出典:e-Gov法令検索|民法
相続税調査では、名義人がその財産を「もらった」と認識していたかが確認されることがあります。
たとえば、子名義の口座があったとしても、子がその存在を知らず、通帳も印鑑も親が持ち、子が自由に使ったこともない。このような状況では、贈与が成立していたと説明することは難しくなります。
一方で、贈与契約書があり、振込記録があり、贈与税申告も行い、受贈者が自分で管理し、その財産を自分の判断で使用・運用していた。そうした場合には、贈与の実態を説明しやすくなります。
ただし、贈与契約書があるから必ず安全、というわけではありません。調査で見られるのは、あくまで書類と実態が一致しているかどうかなのです。
判断軸4|贈与契約書や贈与税申告だけで足りるか
生前贈与については、よくある誤解があります。
- 「毎年110万円以下だから問題ない」
- 「贈与契約書を作っているから大丈夫」
- 「贈与税申告をしているから否認されない」
- 「親の口座から子の口座に振り込んだから贈与は完了している」
これらはいずれも、判断要素にはなります。しかし、それだけで結論が決まるわけではありません。
国税庁は、毎年基礎控除額以下の贈与について、毎年贈与契約を結びそれに基づいて毎年贈与が行われる場合と、最初から一定額を継続して給付する契約がある場合とを区別しています。また、贈与による財産の取得時期についても、口頭贈与、書面贈与、停止条件付贈与といった態様に応じた整理を示しています。
出典:国税庁|No.4402 贈与税がかかる場合
調査対応では、次の点を整理する必要があります。
- 贈与契約はその都度成立しているか
- 受贈者は贈与を認識し、受諾していたか
- 贈与された資金は受贈者が管理していたか
- 贈与後も被相続人が自由に引き出せる状態ではなかったか
- 贈与税申告書の内容と実際の資金移動が一致しているか
- 贈与後の運用益や配当を誰が受け取っていたか
- 贈与財産が、実質的には被相続人のために使われていないか
贈与契約書は、たしかに重要です。ただし、それはあくまで実態を裏付ける資料の一つにすぎません。実態と矛盾する場合には、かえって説明を難しくしてしまうこともあります。
判断軸5|利息・配当・運用益を誰が受けていたか
名義財産が預金だけでなく、有価証券、投資信託、保険、貸付金などである場合には、収益の帰属も確認されます。
家族名義の証券口座であっても、購入資金が被相続人から出ており、配当金や売却代金を被相続人が管理していた場合には、名義人固有の財産として説明しにくくなります。
確認すべきなのは、次のような点です。
- 有価証券の購入資金は誰が負担したか
- 証券口座の開設、売買判断、運用指示を誰が行っていたか
- 配当金や分配金はどの口座に入っていたか
- 売却代金を誰が使ったか
- 保険料を誰が負担していたか
- 貸付金の原資、契約、返済管理を誰が行っていたか
相続税調査では、名義だけでなく、資金の流れ、意思決定、管理、収益の帰属が一体のものとして見られます。
生活費・教育費として渡した資金はどう扱われるか
親族間では、生活費や教育費のために資金を渡すことがあります。
扶養義務者から生活費や教育費として通常必要と認められる範囲で、その都度直接これらに充てるために取得した財産には、贈与税はかからないものとされています。
出典:国税庁|No.4405 贈与税がかからない場合
ただし、ここにも注意点があります。
生活費や教育費の名目で渡した資金であっても、それが実際には預金として残っている、株式や投資信託の購入資金に充てられている、不動産購入資金になっている。こうした場合には、生活費・教育費として非課税という説明は難しくなります。国税庁も、非課税とされるのは生活費や教育費として必要な都度直接充てるためのものに限られ、預金や株式、不動産などの購入資金に充てた場合には贈与税がかかると整理しています。
出典:国税庁|No.4405 贈与税がかからない場合
相続税調査では、生活費として渡した資金が本当に生活費として使われたのか、それとも資産形成として残っているのかが確認されることがあります。
したがって、生活費・教育費の支援についても、金額、時期、使途、残高、家計の状況を整理できるようにしておくことが重要です。
有効な贈与でも、相続税に加算される場合がある
名義預金の議論では、「贈与が有効かどうか」と「相続税に加算されるかどうか」を分けて考える必要があります。
実質的に贈与が成立していない場合には、その財産はそもそも被相続人の相続財産として扱われる可能性があります。これが、名義財産の問題です。
一方で、贈与が有効に成立していたとしても、相続税の計算上、一定期間内の暦年課税贈与財産は相続税の課税価格に加算される場合があります。
令和6年1月1日以後の暦年課税贈与については、相続税への加算対象期間が段階的に見直されました。相続開始日に応じて、相続開始前3年以内、令和6年1月1日から死亡日まで、または相続開始前7年以内が加算対象期間となります。基礎控除額110万円以下の贈与財産であっても、加算対象期間内の贈与であれば、相続税の課税価格に加算されることがあります。
出典:国税庁|No.4161 贈与財産の加算と税額控除(暦年課税)
つまり、整理は二段階になります。
第一に、その財産は本当に名義人に贈与されていたのか。 第二に、贈与が有効だとしても、相続税の課税価格に加算すべき贈与財産ではないか。
この二つを混同すると、調査対応を誤ります。
「贈与は成立しているから相続税に関係ない」とは限りません。逆に、「相続税に加算されるから贈与が無効だった」ということでもありません。
名義財産の認定と、生前贈与加算の問題は、分けて整理する必要があります。
配偶者名義の預金で特に確認されること
配偶者名義の預金も、相続税調査で確認されやすい財産です。
長年の夫婦生活のなかで、生活費の余剰を配偶者名義口座に移していた、被相続人の収入を配偶者が管理していた、配偶者名義で定期預金を作成していた。こうしたことは、決して珍しくありません。
しかし調査では、次の点が確認されます。
- 配偶者自身に収入や固有財産があったか
- 被相続人の収入から形成された資金か
- 生活費として渡された資金の残りなのか
- 配偶者が自由に管理・使用していたか
- 被相続人が実質的に管理していたか
- 相続開始前に意図的に移された資金ではないか
- 贈与としての意思表示や申告があったか
「配偶者名義だから当然に配偶者の財産」という説明は危険です。
とはいえ、配偶者名義の財産がすべて名義財産になるわけでもありません。配偶者自身の収入、過去の相続、贈与、退職金、管理状況などを整理し、配偶者固有の財産であると説明できる場合もあります。
重要なのは、夫婦間の感覚ではなく、第三者に対して説明できる資料と事実関係です。
子・孫名義の預金で特に確認されること
子や孫名義の預金では、贈与の成立が中心論点になります。
特に未成年の子や孫名義の口座については、口座開設時に本人が意思表示できたのか、誰が通帳を管理していたのか、成人後に本人管理へ移ったのか、といった点が確認されます。
次のような点を整理しておく必要があります。
- 口座開設時の年齢
- 口座開設手続をした人
- 入金原資
- 贈与契約書の有無
- 贈与税申告の有無
- 名義人が口座の存在を知っていた時期
- 成人後の管理状況
- 資金の使用実績
- 親権者・祖父母による管理の範囲
- 運用判断を誰が行っていたか
子や孫の将来のために資金を積み立てること自体は、ごく自然なことです。ただし税務上は、財産の支配が本当に子や孫に移っていたかが問われます。
「子どものために置いておいた」という説明だけでは、被相続人の財産管理の一部と見られてしまう可能性があるのです。
生命保険と名義財産の関係
生命保険については、契約者、被保険者、保険料負担者、受取人の関係を確認する必要があります。
死亡保険金は、民法上の相続財産そのものではなくても、相続税法上のみなし相続財産として相続税の対象になることがあります。国税庁も、被相続人が保険料を負担していた生命保険契約の死亡保険金などを、相続税の対象になる財産として整理しています。
出典:国税庁|No.4105 相続税がかかる財産
保険で重要なのは、名義だけではなく、保険料を誰が負担していたかです。
契約者が子、受取人も子であっても、保険料を被相続人が実質的に負担していた場合には、相続税・贈与税・所得税のいずれの課税関係になるのかを、慎重に整理する必要があります。
保険について調査前に確認しておきたい資料は、保険証券、契約内容のお知らせ、保険料引落口座、保険料負担者、名義変更履歴、満期保険金や解約返戻金の受取履歴などです。
不動産や非上場株式にも名義財産の発想は及ぶ
ここまでは、主に預金や金融資産を中心に扱ってきました。
ただし、名義と実質の問題は、不動産や非上場株式にも関係します。
不動産には登記名義がありますが、購入資金を誰が負担したのか、親族間売買や低額譲渡がないか、使用貸借や賃貸借の実態はどうか、同族会社との取引がないか、といった点が問題になることがあります。
非上場株式についても、株主名簿上の名義、取得資金、議決権行使、配当の帰属、同族会社への貸付金・借入金、株式移転の経緯などが、調査対象になり得ます。
ただし、不動産評価や非上場株式評価については、名義財産とは別に、評価方法そのものが大きな論点になります。そのため、これらは財産評価の問題として、名義預金とは分けて整理する必要があります。
調査で説明が弱くなる典型的な状態
名義預金・名義財産の調査対応で説明が弱くなりやすいのは、次のような状態です。
- 家族名義の口座が多数あるが、誰の資金か整理されていない
- 被相続人の口座から家族口座への移動が多いが、使途説明がない
- 贈与契約書はあるが、通帳や印鑑は被相続人が保管している
- 贈与税申告はあるが、受贈者が財産を管理していない
- 名義人が口座の存在を知らなかった
- 死亡直前に大口出金があるが、現金や使途が確認できない
- 配偶者名義の預金について、配偶者自身の収入や財産形成過程を説明できない
- 子や孫名義の証券口座の運用を被相続人が行っていた
- 保険料負担者と契約名義が一致していない
- 相続人ごとに説明が異なる
このような場合、調査官から見ると、財産の帰属が不明確に映ります。
大切なのは、調査当日にその場で思い出しながら説明することではありません。事前に資料を確認し、時系列で整理し、不明点は不明点として切り分けておくことです。
名義預金を指摘されたときに整理すべきこと
相続税調査で名義預金を指摘された場合は、まず感情的に反論するのではなく、次の順番で整理していきます。
第一に、対象財産を特定します。どの口座、どの証券、どの保険、どの資産が問題になっているのかを、明確にします。
第二に、資金原資を確認します。入金元が被相続人なのか、名義人自身なのか、他の親族なのか、あるいは過去の贈与や相続なのかを確認します。
第三に、管理状況を確認します。通帳、印鑑、カード、ID、パスワードを誰が管理し、誰が入出金や運用判断をしていたのかを整理します。
第四に、贈与の有無を確認します。贈与契約書、振込記録、贈与税申告、受贈者の認識、受贈後の管理状況を確認します。
第五に、相続税上の処理を分けます。被相続人の相続財産に含めるべきものか、有効な贈与だが相続税に加算すべきものか、それとも名義人固有の財産として説明できるものか。これらを切り分けます。
第六に、加算税・重加算税リスクを検討します。単なる認識違いや評価判断なのか、それとも財産の存在を知りながら隠していたと見られる事情があるのかを整理します。
修正申告に応じるかどうかは、名義財産の整理後に判断する
税務署から名義預金を指摘されると、修正申告を勧められることがあります。
修正申告に応じることが合理的な場合もあります。たとえば、資料を確認した結果、実質的に被相続人の財産であることが明らかで、相続税申告から漏れていたようなケースです。
一方で、名義人固有の財産として説明できる資料がある場合や、贈与の成立を裏付ける事情がある場合には、すぐに修正申告に応じる前に、指摘内容をよく検討する必要があります。
国税庁の税務調査手続FAQでは、修正申告の勧奨に応じるかどうかは納税者の任意の判断であり、応じなかった場合には調査結果に基づいて更正等の処分が行われるとされています。また、修正申告を行った場合には不服申立てができず、更正の請求はできるという違いもあります。
出典:国税庁|税務調査手続に関するFAQ(一般納税者向け)
したがって、名義預金を指摘されたときは、次の点を確認してから判断すべきです。
- 税務署がどの財産を問題にしているか
- 指摘の根拠は何か
- 資金原資、管理、贈与意思について反証資料があるか
- 相続財産に含めるべき金額はいくらか
- 贈与財産として加算すべき金額との区別ができているか
- 相続人間の税負担や分割協議に影響するか
- 重加算税が示唆されていないか
- 更正を受けて不服申立てを検討する余地があるか
早く終わらせたいという理由だけで修正申告に応じてしまうと、後から争いにくくなることがあります。反対に、資料が乏しいまま争い続けても、税額、附帯税、相続人間の負担が大きくなる可能性があります。
必要なのは、事実と資料に基づく、現実的な判断です。
重加算税が問題になる場合
名義預金・名義財産の申告漏れがあったとしても、直ちに重加算税になるわけではありません。
重加算税は、国税通則法上、課税標準等または税額等の計算の基礎となるべき事実について、隠蔽または仮装があった場合に問題となる加算税です。
出典:e-Gov法令検索|国税通則法
名義預金の調査で重加算税が問題になりやすいのは、たとえば次のような場合です。
- 相続人が財産の存在を知っていたのに申告しなかった
- 税理士に資料を渡さなかった
- 調査時に財産の存在を否定した
- 通帳や証券資料を隠した
- 被相続人の財産であることを認識しながら家族名義と説明した
- 調査官から質問された際に、事実と異なる説明をした
- 贈与の実態がないのに、調査後に形式的な説明を整えようとした
一方で、単なる資料不足、財産帰属に関する認識違い、相続人が財産の存在を把握していなかった事情、税理士への資料提供状況などによっては、重加算税の要件を満たすかどうか慎重な検討が必要になります。
重加算税は、税額負担が増えるだけでなく、調査対応の評価、相続人間の関係、専門家との責任関係にも影響します。名義預金を指摘された場合には、「相続財産に入れるかどうか」だけでなく、「なぜ申告に含まれていなかったのか」を丁寧に整理する必要があります。
税務署に説明する前に、相続人間で事実を整理する
名義預金・名義財産の調査では、相続人の説明が非常に重要になります。
誰が被相続人の財産を管理していたのか。誰が通帳や印鑑を持っていたのか。誰が申告資料を集めたのか。誰が生前贈与の経緯を知っているのか。名義人本人は、その財産をいつから知っていたのか。
相続人ごとに説明が食い違うと、調査官の目には、事実関係が整理されていない、あるいは不自然な説明をしているように映ります。
ただし、これは相続人間で「口裏を合わせる」という意味ではありません。必要なのは、あくまで事実を正確に確認することです。
記憶が曖昧なものは、曖昧なまま断定しない。資料で確認できるものは、資料に基づいて説明する。分からないものは、いつ、誰に、どの資料で確認するかを決める。相続人間で認識が違う場合には、なぜ違うのかを整理する。
調査対応では、曖昧な記憶による断定が、後で不利な記録として残ることがあります。特に、質問応答記録書が作成される場面では、事実確認前の発言に注意が必要です。
調査前に作成しておきたい整理資料
名義預金・名義財産の論点がある場合、調査前に次のような整理資料を作成しておくと、説明の質が大きく変わります。
- 被相続人名義口座の一覧
- 家族名義口座のうち、被相続人資金との関係がある口座の一覧
- 各口座の入出金時系列表
- 大口入出金の使途説明
- 家族ごとの収入・財産形成の整理
- 贈与契約書、贈与税申告書、振込記録の対応表
- 通帳、印鑑、カード、ID等の管理者一覧
- 証券口座、保険契約、貸付金等の原資整理
- 死亡前後の現金出金の使途整理
- 相続人ごとの認識整理
- 税務署から指摘されそうな論点一覧
ここで重要なのは、資料を多く出すことではありません。
税務署の質問に対して、どの資料がどの事実を裏付けるのかを説明できる状態にしておくことです。
資料が多すぎても、整理されていなければ調査は混乱します。逆に、資料が限られていても、時系列と論点が整理されていれば、説明の方向性は見えやすくなります。
名義財産の問題は、次の相続対策にも直結する
名義預金・名義財産の問題は、いま目の前にある相続税調査だけの問題ではありません。
今回の調査で家族名義財産が問題になった場合、将来の相続でも同じ問題が繰り返される可能性があります。
次の相続に向けては、たとえば次のような見直しが必要になります。
- 家族名義口座の整理
- 贈与契約書と実際の資金移動の整合性確認
- 贈与後の財産管理方法の見直し
- 生活費・教育費支援と資産形成の区別
- 配偶者名義財産の原資整理
- 子・孫名義財産の管理移転
- 保険料負担者と契約内容の整理
- 同族会社への貸付金・借入金の整理
- 相続人間で共有すべき財産情報の整理
相続対策とは、単に税額を下げることではありません。相続争いの防止、納税資金の確保、そして財産の説明可能性を整えること。これらこそが重要です。
税務調査で問題になった論点を放置すれば、次の相続、贈与、事業承継、同族会社の株式承継においても、同じ不安が残り続けることになります。
専門家に相談すべきタイミング
名義預金・名義財産が問題になりそうな場合は、調査当日を迎える前に専門家へ相談することが望ましいといえます。
特に、次のような場合には、早めの相談が必要です。
- 家族名義の預金や証券口座が多い
- 被相続人の口座から家族口座への移動が多い
- 死亡前後に大口出金がある
- 贈与契約書はあるが管理状況に不安がある
- 贈与税申告と実際の資金移動が一致しているか不安がある
- 配偶者名義財産の原資を説明できない
- 税務署から名義預金を指摘された
- 重加算税を示唆された
- 修正申告に応じるべきか判断できない
- 相続人間で説明や認識が異なる
専門家の役割は、税務署に代わって強く主張することだけではありません。
事実関係を整理し、資料を確認し、贈与の成立、財産帰属、相続税加算、重加算税リスク、修正申告の判断を切り分けること。ここに専門家の意味があります。
名義預金の問題は、感覚で判断すると危険です。家族の中では自然な資金移動であっても、税務調査では、第三者に説明できる事実と証拠が求められます。
まとめ|名義預金の本質は「誰の財産だったのか」を説明できるか
名義預金・名義財産の問題は、単なる名義の問題ではありません。
問われているのは、その財産が誰の資金で形成され、誰に管理され、誰の意思で使われ、誰に利益が帰属していたのか、という実質です。
相続税調査では、次の視点が中心になります。
- 資金原資は誰か
- 通帳、印鑑、カードを誰が管理していたか
- 名義人は財産の存在を知っていたか
- 名義人が自由に使用・処分できたか
- 贈与の意思表示と受諾があったか
- 贈与後の財産管理が名義人に移っていたか
- 利息、配当、運用益を誰が受けていたか
- 相続税に加算すべき生前贈与ではないか
- 申告漏れについて重加算税が問題にならないか
名義が家族だから安全、という判断はできません。かといって、家族名義だから必ず相続財産、ということでもありません。
重要なのは、資料と事実に基づいて説明できる状態を作っておくことです。
名義預金・名義財産について税務署から確認を受けた場合や、相続税申告後に家族名義財産の整理に不安がある場合には、調査当日を迎える前に、資金原資、管理状況、贈与関係、申告内容を整理しておくことが大切です。
犬飼公認会計士・税理士事務所では、相続税調査における名義預金・名義財産の論点整理、資料確認、税務署への説明方針、修正申告や重加算税リスクの検討について、事実と証拠に基づいて冷静に整理する支援を行っています。
家族名義の預金や財産について不安がある場合は、まずは現在の資料と調査通知の内容を整理するところから、ご相談ください。
振り返り|名義預金・名義財産で確認すべき重要ポイント
| 論点 | 調査で確認されること | 実務上の確認ポイント |
|---|---|---|
| 資金原資 | 財産形成の元になった資金が誰のものか | 被相続人・名義人双方の通帳、収入、入出金履歴を確認する |
| 管理支配 | 通帳・印鑑・カード等を誰が管理していたか | 名義人が自由に使える状態だったかを整理する |
| 名義人の認識 | 名義人が財産の存在や贈与を知っていたか | 贈与の受諾、口座管理開始時期、使用実績を確認する |
| 贈与契約 | 贈与の意思表示と受諾があったか | 契約書、振込記録、贈与税申告、管理移転をセットで確認する |
| 収益帰属 | 利息・配当・運用益を誰が受けていたか | 証券口座、配当入金、売却代金の流れを確認する |
| 生活費・教育費 | 非課税となる支援か、資産形成か | 必要な都度の支出か、預金・投資に残っていないかを確認する |
| 生前贈与加算 | 有効な贈与でも相続税に加算されるか | 贈与時期、受贈者、暦年課税・相続時精算課税を確認する |
| 保険契約 | 契約名義と保険料負担者が一致しているか | 保険証券、引落口座、名義変更履歴を確認する |
| 修正申告 | 指摘を受け入れるべきか | 事実、資料、反証可能性、不服申立ての余地を整理する |
| 重加算税 | 隠蔽・仮装と評価される事情があるか | 認識、資料提出、調査時発言、税理士への資料提供状況を整理する |