非財務情報やリスク情報は、かつては「財務諸表の外側」にある補足的な説明として扱われがちでした。しかし、上場企業の現在の開示実務を前提とすると、その理解だけでは足りません。
気候変動、人的資本、サプライチェーン、地政学リスク、サイバーリスク、規制変更、顧客行動の変化、事業ポートフォリオの見直し、研究開発、人権、品質、ガバナンス。これらの情報は、単なる記述情報にとどまるものではありません。
固定資産の減損、のれんの減損、棚卸資産評価、繰延税金資産の回収可能性、引当金、資産除去債務、退職給付、収益認識、金融商品の時価・信用リスク、継続企業の前提といった、財務諸表上の見積りや注記に直接影響します。
問題は、非財務情報をどれだけ多く開示するかではありません。重要なのは、経営者が外部に説明している事業リスクやサステナビリティ課題が、財務諸表の会計判断、見積り、注記、KAM、監査証拠と矛盾していないかという点です。
本稿では、日本基準を前提に、非財務情報・リスク情報と財務報告をどのように接続し、上場企業の決算・開示・監査対応に耐える判断資料へ落とし込むべきかを整理します。なお、サステナビリティ開示基準そのものの逐条解説ではなく、非財務情報が財務諸表・注記・監査対応にどう波及するかに焦点を当てます。
非財務情報は「財務諸表の外」ではなく、見積りの前提情報である
財務報告を財務諸表本表だけに限定して理解すると、非財務情報と会計判断の関係を見誤ります。財務報告は、投資者の意思決定に有用な情報を伝達する行為です。貨幣額情報と非貨幣額情報、定量情報と定性情報、強制開示情報と任意開示情報を含む、広い情報体系として捉える必要があります。
もっとも、非財務情報と財務情報の境界は明確ではありません。非財務情報については、財務情報との境界、さらに一般情報との境界をどこに引くかが難しく、制度上も理論上も一義的に整理しにくい領域です。
実務上は、次のように割り切ると整理しやすくなります。
| 区分 | 実務上の捉え方 | 財務報告との接点 |
|---|---|---|
| 事業等のリスク | 経営者が重要と考える不確実性 | 減損、税効果、引当金、GC、注記 |
| サステナビリティ情報 | 中長期の価値創造・リスク・機会 | 設備投資、減損、ARO、棚卸、金融商品 |
| 気候関連情報 | 移行リスク・物理的リスク・GHG排出 | 使用価値、耐用年数、除去義務、操業停止 |
| 人的資本情報 | 人材戦略、賃金、採用、育成、定着 | 人件費、退職給付、株式報酬、事業計画 |
| 知的資本・研究開発 | 技術、ブランド、顧客基盤、R&D | 無形資産、PPA、のれん、減損 |
| サイバー・ITリスク | システム停止、情報漏洩、統制不備 | 売上完全性、引当金、内部統制、開示 |
| サプライチェーン | 調達、物流、人権、規制、地政学 | 棚卸評価、原価、収益認識、偶発債務 |
| ガバナンス | 取締役会、監督、報酬、リスク管理 | 内部統制、KAM、会計上の判断プロセス |
非財務情報は、会計処理の代替物ではありません。しかし、会計上の見積りを支える事業計画、将来キャッシュ・フロー、割引率、税務上の課税所得、リスクシナリオ、感応度分析の前提になります。
したがって、非財務情報を「開示担当部門が書く文章」と捉えるのではなく、財務諸表に計上された金額や注記を説明するための前提情報として扱う必要があります。
制度上の現在地|サステナビリティ・人的資本開示は財務報告の一部として扱われる
日本の有価証券報告書では、2023年3月期から「サステナビリティに関する考え方及び取組」の記載欄が新設され、人材の多様性に関する指標についても開示が求められるようになりました。
出典:金融庁|サステナビリティ情報の開示に関する特集ページ
さらに、サステナビリティ基準委員会(SSBJ)は、2025年3月5日に「サステナビリティ開示基準の適用」「一般開示基準」「気候関連開示基準」を公表しました。その後、2026年3月13日に改正基準を、2026年6月11日に実務対応基準を公表しています。
出典:サステナビリティ基準委員会|サステナビリティ開示基準
2026年2月20日に公布された開示府令改正では、SSBJ基準に基づくサステナビリティ関連財務情報の開示を有価証券報告書等の記載事項とする改正が行われました。あわせて、東証プライム上場会社のうち時価総額一定規模以上の企業から段階的に適用する枠組みが示されています。
具体的には、平均時価総額3兆円以上の東証プライム上場会社は2027年3月31日以後に終了する事業年度から、平均時価総額1兆円以上の東証プライム上場会社は2028年3月31日以後に終了する事業年度から適用されるものとされています。人的資本関連の開示拡充については、2026年3月31日以後に終了する事業年度から適用される項目が含まれます。
出典:金融庁|「企業内容等の開示に関する内閣府令及び特定有価証券の内容等の開示に関する内閣府令の一部を改正する内閣府令」等の公布及びパブリックコメントの結果について
また、同改正では、SSBJ基準に基づく開示のうち、将来情報やScope3温室効果ガス排出量に関する開示について、適切な内部情報・外部情報の利用や仮定の合理的な説明など、一定の手続を踏んでいる場合の取扱いも示されています。
出典:金融庁|「企業内容等の開示に関する内閣府令及び特定有価証券の内容等の開示に関する内閣府令の一部を改正する内閣府令」等の公布及びパブリックコメントの結果について
制度改正は継続していますので、実務では毎期、適用対象、適用時期、開示府令、SSBJ基準、金融庁・取引所の公表情報を確認する必要があります。ただし、方向性は明確です。非財務情報は任意のPR情報ではなく、財務報告の信頼性を支える開示領域として扱われています。
「事業等のリスク」はリスク一覧ではなく、財務諸表への影響を説明する入口である
有価証券報告書の「事業等のリスク」は、単にリスクを網羅的に列挙する場所ではありません。経営者がどのリスクを重要と考え、そのリスクが事業戦略、業績、財政状態、キャッシュ・フロー、会計上の見積りにどのように影響し得るかを示す場所です。
金融庁は、記述情報の充実に向けて「記述情報の開示に関する原則」や「記述情報の開示の好事例集」を公表し、有価証券報告書における記述情報の充実を促しています。
出典:金融庁|企業情報の開示に関する情報(記述情報の充実)
2025年版の好事例集では、投資家・アナリスト・有識者が期待する主な開示のポイントや、有価証券報告書レビューの結果、投資家と企業の対話で使われている事例を踏まえ、サステナビリティ、人的資本、事業等のリスク、MD&A、重要な契約、コーポレート・ガバナンス、監査の状況などが取り上げられています。
出典:金融庁|「記述情報の開示の好事例集2025」の最終版公表
実務上、事業等のリスクは次の流れで整理すべきです。
| 検討段階 | 確認すべき内容 | 財務報告への接続 |
|---|---|---|
| 1. リスクの原因 | 外部環境、規制、技術、顧客、調達、人材、気候等 | どの事実がリスクを生じさせているか |
| 2. 発生シナリオ | どのような事象が、いつ、どの範囲で発生するか | 会計上の見積りに反映する期間・単位 |
| 3. 事業影響 | 売上、原価、投資、稼働率、資金繰りへの影響 | 将来CF、課税所得、引当金、減損 |
| 4. 経営対応 | 価格転嫁、設備投資、撤退、保険、ヘッジ、調達変更 | 見積り上の前提、対応策の実行可能性 |
| 5. 財務影響 | PL、BS、CF、注記、KAM、適時開示への影響 | 財務諸表との整合性 |
| 6. 監査証拠 | 取締役会資料、事業計画、外部データ、感応度分析 | 監査人への説明資料 |
たとえば「原材料価格が上昇するリスク」と記載している会社が、棚卸資産評価や売価改定、粗利率見込み、固定資産の減損、繰延税金資産の回収可能性に一切影響を反映していないとすれば、その理由を説明できなければなりません。価格転嫁が可能であるというのなら、その根拠となる契約条件、過去実績、顧客交渉、競争環境、価格改定時期が必要になります。
リスク情報と会計上の見積り、さらにKAMの関係については、開示項目の選定や記載順序が、外部から見た財務報告体制の一貫性に影響します。事業等のリスクで重要とされた項目と、会計上の見積りやKAMで重要とされた項目が異なる場合、それ自体が誤りではありませんが、合理的な説明が必要になります。
気候変動情報は、減損・耐用年数・ARO・棚卸資産・税効果に波及する
気候変動情報は、GHG排出量や目標数値だけの問題ではありません。財務諸表との関係では、物理的リスクと移行リスクがどの会計見積りに影響するかを検討する必要があります。
| 気候関連リスク | 会計上の主な影響 |
|---|---|
| 洪水、台風、熱波、干ばつ | 固定資産減損、棚卸資産評価、保険収益、災害損失 |
| 炭素税・排出規制 | 原価上昇、引当金、資産除去債務、減損、価格転嫁 |
| 脱炭素投資 | 設備投資、耐用年数、減価償却、資産化・費用化 |
| 既存設備の陳腐化 | 減損、耐用年数短縮、除却損、廃棄費用 |
| 顧客需要の変化 | 売上予測、棚卸資産評価、のれん減損 |
| サプライチェーン制約 | 原材料調達、在庫評価、工事損失、引当金 |
| GHG削減目標 | 将来CF、投資計画、コスト見積り、DTA回収可能性 |
| 再生可能エネルギー契約 | リース、金融商品、ヘッジ、費用配分 |
重要なのは、サステナビリティ開示で掲げた移行計画や削減目標が、財務諸表の前提と整合しているかどうかです。たとえば、2030年までに高排出設備を更新すると開示しているにもかかわらず、当該設備の耐用年数、減損判定、将来CF、除却費用にその前提が反映されていないのであれば、なぜ整合しているのかを説明する必要があります。
逆に、気候関連リスクを開示していても、財務諸表への影響がまだ重要ではない場合もあります。その場合は、「影響なし」と結論づけるだけで終わらせないことです。どのリスクについて、どの時間軸で、どの資産・負債・収益・費用に影響を検討し、なぜ現時点の会計処理に重要な影響がないと判断したのか。ここを文書化しておくことが重要になります。
財務報告における気候変動情報は、企業の財務状況を理解するうえで重要な背景情報として扱われ、事業戦略やビジネス環境との関係で説明されるべき情報です。
人的資本情報は、人件費の説明ではなく、将来収益力と見積りの前提である
人的資本情報は、採用人数、女性管理職比率、研修時間、離職率といった指標の開示だけで完結するものではありません。財務報告との関係では、人材戦略が将来の収益力、コスト構造、事業継続性、内部統制に与える影響を確認する必要があります。
2026年2月20日に公布された開示府令改正では、人的資本に関する開示拡充として、従業員・臨時従業員の状況、女性管理職比率、男性育児休業取得率、男女間賃金差異、役員・管理職の男女別人数、成長戦略との関連性や指標・目標といった項目が示されています。
出典:金融庁|「企業内容等の開示に関する内閣府令及び特定有価証券の内容等の開示に関する内閣府令の一部を改正する内閣府令」等の公布及びパブリックコメントの結果について
人的資本情報が財務諸表へ影響する典型例は、次のとおりです。
| 人的資本・労務リスク | 財務報告上の接続 |
|---|---|
| 採用難・離職率上昇 | 売上計画、稼働率、固定資産減損、DTA回収可能性 |
| 賃上げ・処遇改善 | 人件費計画、粗利率、将来CF、工事損失 |
| 人員再配置 | 構造改革費用、減損、引当金、退職給付 |
| スキル不足 | 研究開発、DX投資、ソフトウェア減損 |
| 労務コンプライアンス | 未払賃金、偶発債務、引当金、開示 |
| 人的資本投資 | 費用処理、教育研修費、採用費、将来収益力 |
| 株式報酬・業績連動報酬 | 株式報酬費用、権利確定見積り、報酬開示 |
| グループ人材戦略 | 連結範囲、セグメント、管理会計単位 |
人的資本開示で「人材投資により成長を実現する」と説明するのであれば、会計上は、その投資がどの事業計画に織り込まれているか、採用・育成の進捗はどうか、過去の計画未達はどう補正しているかを確認する必要があります。
人的資本情報は、経営企画・人事・サステナビリティ部門だけの情報ではありません。減損、税効果、退職給付、株式報酬、引当金、継続企業の前提を検討する経理・財務部門も、人的資本情報を会計見積りの基礎資料として利用する局面が増えています。
会計上の見積りは、非財務情報を数値へ変換する接点である
非財務情報と財務諸表を接続する中心にあるのは、会計上の見積りです。
企業会計基準第31号「会計上の見積りの開示に関する会計基準」は、当年度の財務諸表に計上した金額が会計上の見積りによるもののうち、翌年度の財務諸表に重要な影響を及ぼすリスクがある項目について、財務諸表利用者の理解に資する情報を開示することを目的としています。
同基準では、会計上の見積りを、資産及び負債や収益及び費用等の額に不確実性がある場合に、財務諸表作成時に入手可能な情報に基づき合理的な金額を算出することと定義しています。
そして、会計上の見積りに関する開示では、項目名、当年度の財務諸表に計上した金額、見積りの内容の理解に資するその他の情報を注記することが求められます。その他の情報には、算出方法、主要な仮定、翌年度の財務諸表に与える影響などが含まれます。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準第31号 会計上の見積りの開示に関する会計基準
実務上は、非財務情報を次のように会計上の見積りへ接続していきます。
| 非財務情報 | 接続する会計見積り | 確認すべき前提 |
|---|---|---|
| 気候移行計画 | 減損、耐用年数、ARO | 設備更新時期、除却費用、投資計画 |
| GHG削減目標 | 将来CF、原価、設備投資 | 削減施策、CAPEX、OPEX、価格転嫁 |
| 人材戦略 | 減損、DTA、退職給付 | 採用、離職、賃金、稼働率、退職率 |
| DX戦略 | ソフトウェア、減損、内部統制 | 開発計画、利用可能性、効果測定 |
| サプライチェーン | 棚卸資産、引当金、原価 | 調達先、在庫水準、代替調達、価格 |
| 地政学リスク | 減損、貸倒、棚卸、外貨 | 市場撤退、規制、為替、回収可能性 |
| 顧客行動変化 | 売上予測、返品、ポイント | 契約条件、購買データ、解約率 |
| 規制・法令変更 | 引当金、ARO、税効果 | 法的義務、発生可能性、見積可能性 |
| サイバーリスク | 引当金、内部統制、収益 | 事故発生、補償、復旧費、統制不備 |
| 事業撤退方針 | 減損、引当金、在庫評価 | 撤退決定、閉鎖費用、処分価額 |
会計上の見積りに使用される事業計画は、固定資産の減損だけでなく、繰延税金資産の回収可能性、関係会社投融資の回収可能性、継続企業の前提などにも利用されます。そのため、同じ会社の中で異なる見積りに使われる事業計画が、一致又は整合しているかを確認しておく必要があります。
たとえば、税効果会計では将来の製品切替や製造拠点統廃合を織り込んでいるのに、固定資産の減損では同じ前提を無視している。こうした場合には、監査上の争点になり得ます。事業計画の整合性は、非財務情報と財務報告をつなぐ実務上の中核です。
MD&Aは、財務数値の説明ではなく、非財務情報と財務数値の接続文章である
MD&Aや経営者による財政状態・経営成績の分析は、財務諸表の数値を文章で繰り返す場所ではありません。財務数値の変動が、どの事業環境、経営判断、リスク、施策、KPI、将来見通しに基づくものかを説明する場所です。
非財務情報と財務情報の接続が弱い会社では、次のような不整合が起こります。
| 開示箇所 | 不整合の例 |
|---|---|
| 事業等のリスク | 重大リスクとして記載しているが、見積り注記に反映されていない |
| サステナビリティ | 大規模投資を掲げているが、設備投資計画や減損に反映されていない |
| 人的資本 | 採用難を重要課題としているが、売上計画・人件費計画が楽観的 |
| MD&A | 業績変動を説明しているが、翌期見積りとの接続がない |
| 会計上の見積り | 主要な仮定が抽象的で、事業リスクとの関係が不明 |
| KAM | 監査人が重要視する仮定と会社開示の重点が一致しない |
| 適時開示 | 業績予想修正の理由と有報のリスク説明がつながらない |
MD&Aでは、次の問いに答えられる必要があります。
| 問い | 実務上の検討 |
|---|---|
| なぜ数値が変動したのか | 価格、数量、ミックス、為替、原価、稼働率、投資 |
| その要因は一過性か継続的か | 臨時要因か、構造的変化か |
| 経営者はどのように対応しているか | 価格転嫁、撤退、投資、再編、人員施策 |
| 将来見積りにどう反映したか | 将来CF、課税所得、DTA、減損、引当金 |
| 注記・KAMと整合しているか | 主要な仮定、感応度、監査人の重点 |
MD&Aと会計上の見積り注記は、別々に作成すべきものではありません。MD&Aで説明した事業環境の変化が、見積り注記で主要な仮定として扱われているか。見積り注記で重要とした仮定が、MD&Aや事業等のリスクで十分に説明されているか。この往復確認が必要です。
KAMとの関係|会社の開示が薄いほど、監査報告書との段差が目立つ
KAMは監査人の報告ですが、会社の開示と無関係ではありません。むしろ、KAMで取り上げられる論点は、会社にとっても重要な会計上の見積り、リスク、事業判断であることが多く、会社側の開示との整合性が外部から見られます。
KAMの実務分析では、企業の事業等のリスクにおいて、会計上の見積りに関する重要な仮定として、プロジェクト会社の生産状況、将来資源価格、可採埋蔵量、割引率、操業停止期間などが開示され、監査人のKAMとも認識が共通している例が示されています。こうした開示は、減損テストの状況や将来の減損可能性を利用者が理解するうえで有用です。
逆に、会社の開示が抽象的で、KAMだけが具体的な仮定や監査手続を示している場合はどうでしょうか。財務報告全体として、「会社が自ら説明していない重要論点を、監査人だけが説明している」ように見える可能性があります。
KAMと会社開示の関係では、次の点を確認します。
| 観点 | 確認事項 |
|---|---|
| 項目の一致 | 重要な会計上の見積りとKAMの対象が整合しているか |
| 重要度 | 事業等のリスク、見積り注記、KAMの重点に合理的な整合性があるか |
| 主要な仮定 | 会社と監査人が見ている仮定が大きくずれていないか |
| 記載粒度 | 会社の注記が抽象的すぎず、KAMと段差がないか |
| 監査証拠 | 会社が仮定を支える資料を準備しているか |
| 関係者説明 | 経営者、監査役等、開示担当、監査人が共通理解を持っているか |
KAMをボイラープレート化させないためには、会社側の開示でも、母集団を適切に階層化し、リスクや重要な仮定を書き分けることが有効です。事業等のリスクや会計上の見積りに関する記述情報で、どの事業、どの資産グループ、どの契約、どの地域、どの製品群にリスクがあるのかを分解しておく。それによって、監査上の対応もより直接的に説明しやすくなります。
監査対応では「非財務情報の根拠資料」を会計証拠として扱う
非財務情報は、監査証拠としてそのまま利用できるとは限りません。サステナビリティ部門、人事部門、経営企画部門、事業部門、IR部門が作成した情報を会計上の見積りに利用する場合には、情報の作成過程、根拠、承認、内部統制を確認する必要があります。
| 非財務情報 | 監査上の確認事項 |
|---|---|
| 中期経営計画 | 取締役会承認、過去計画との乖離、前提の合理性 |
| 気候移行計画 | 施策、投資額、実行可能性、時間軸 |
| 人的資本指標 | 定義、集計範囲、対象会社、雇用区分 |
| GHG排出量 | 算定範囲、係数、データソース、内部統制 |
| サプライチェーン情報 | 調達先、契約条件、代替調達、外部データ |
| 顧客KPI | 解約率、継続率、単価、顧客数、システム統制 |
| サイバーリスク | インシデント記録、復旧計画、保険、補償 |
| 法規制情報 | 法務見解、外部専門家意見、発生可能性 |
| 市場予測 | 外部機関データ、感応度、経営者補正 |
| 内部KPI | 管理会計との整合、財務諸表数値との連動 |
会計上の見積りにおいて、外部環境や内部環境との整合性を踏まえて経営者の仮定を検討することは重要です。過去の実績と計画の乖離、為替、固定費・変動費、人員計画、設備投資計画、有利子負債、金利といった前提が、事業計画と整合しているかを確認しておく必要があります。
監査人に説明する際には、「非財務情報として開示したから正しい」という説明では足りません。会計見積りに利用する以上、その情報がどのプロセスで作成され、誰が承認し、どのデータに基づき、どの統制を経ているかを示す必要があります。
内部統制|非財務情報のデータ品質が財務報告リスクになる
非財務情報の開示拡充に伴い、内部統制の範囲も実質的に広がります。GHG排出量、人的資本指標、サプライチェーン情報、顧客データ、リスク評価、KPIが財務諸表の見積りや注記に利用されるのであれば、それらは財務報告プロセスと無関係ではありません。
特に注意すべき内部統制上の論点は、次のとおりです。
| 統制領域 | 実務上の論点 |
|---|---|
| 定義 | 指標の定義、対象範囲、算定方法が明確か |
| データソース | 人事システム、環境データ、ERP、管理会計の信頼性 |
| 集計範囲 | 連結範囲、海外子会社、非連結会社、委託先 |
| 境界 | Scope1・2・3、正社員・臨時従業員、国内・海外 |
| 権限 | データ入力、修正、承認、開示判断の権限 |
| 証跡 | 計算根拠、変更履歴、承認記録、外部データ |
| 整合性 | 財務諸表、MD&A、サステナビリティ情報との一致 |
| 監査・保証 | 財務諸表監査、内部統制監査、サステナビリティ保証の関係 |
非財務情報に対する保証業務は、財務諸表監査と同じ前提で扱えるわけではありません。非財務情報の保証では、対象となる主題情報、作成基準、作成プロセス、合理的保証か限定的保証かといった点が、改めて問題になります。
上場企業では、サステナビリティ開示の制度化に伴い、任意開示時代の「集められる範囲で集める」という運用から、開示情報として耐え得るデータ・統制・承認プロセスへの移行が必要になります。
金融庁は、サステナビリティ情報の開示と保証について、国際的な開示基準や保証制度の導入動向を踏まえた議論を進めています。制度の詳細は今後の公表物を確認する必要がありますが、非財務情報についても、作成プロセスと保証可能性を意識した管理体制が求められる方向にあります。
出典:金融庁|事務局説明資料(サステナビリティ情報の開示・保証)
財務諸表注記と記述情報の「整合性チェック」を決算プロセスに組み込む
非財務情報と財務報告の接続は、期末の開示レビューだけで対応できるものではありません。決算プロセスの中に、記述情報と会計見積りの整合性チェックを組み込む必要があります。
実務上は、次の3層を突合することが有効です。
| 層 | 内容 | 確認ポイント |
|---|---|---|
| 経営者が外部に語る情報 | 経営方針、リスク、サステナビリティ、人的資本、MD&A | 重要課題・リスク・目標が何か |
| 社内の意思決定資料 | 中計、予算、取締役会資料、投資計画、撤退計画 | 実行可能性と承認状況 |
| 会計判断資料 | 見積りメモ、減損資料、税効果資料、引当金資料、注記案 | 財務諸表への反映状況 |
典型的な整合性チェックは、次のとおりです。
| 開示・資料 | チェックすべき整合性 |
|---|---|
| 事業等のリスク | 減損、棚卸評価、引当金、税効果に反映されているか |
| サステナビリティ方針 | 投資計画、耐用年数、将来CFと矛盾しないか |
| 気候目標 | 設備更新、除却、ARO、原価上昇を検討したか |
| 人的資本戦略 | 採用・賃金・離職率が事業計画に反映されているか |
| MD&A | 数値変動の原因と翌期見積りの前提がつながっているか |
| 会計上の見積り注記 | 主要な仮定が具体的か、リスク情報と整合しているか |
| KAM協議資料 | 監査人の着眼点と会社開示に段差がないか |
| 業績予想 | 適時開示、リスク、決算見積りと整合しているか |
整合性チェックで重要なのは、すべてのリスクを財務諸表に数値化することではありません。数値化しない場合であっても、検討した結果として重要な影響がないと判断した根拠を残しておくことです。
有価証券報告書レビューでも、サステナビリティ・人的資本は重点領域になっている
金融庁は、有価証券報告書レビューを通じて、サステナビリティに関する企業の取組の開示などを確認しています。令和6年度のレビューでは、サステナビリティ全般について、ガバナンス、リスク管理、戦略、指標及び目標に関する不明確な記載や、人的資本に関する方針・指標・目標・実績の関係が分かりにくい記載などが、共通課題として挙げられています。
出典:金融庁|有価証券報告書の作成・提出に際しての留意すべき事項等(令和6年度)
令和8年度の有価証券報告書レビューでは、法令改正関係審査として、人的資本に関する開示が重点テーマとされています。
出典:金融庁|有価証券報告書レビュー及び大量保有報告書等のレビューについて(令和8年度)
この流れを踏まえると、非財務情報・リスク情報については、次のような開示は避けるべきです。
| 避けるべき開示 | 問題点 |
|---|---|
| 抽象的なリスク一覧 | 会社固有の状況が分からない |
| 方針だけで指標・目標がない | 進捗管理が見えない |
| 指標だけで戦略との関係がない | なぜ重要か分からない |
| 財務影響への言及がない | 財務諸表との接続が不明 |
| 前年踏襲の文章 | 環境変化が反映されていない |
| サステナビリティ報告書との不整合 | 開示媒体間の信頼性が低下する |
| KAMとの段差 | 監査人の重点と会社説明がずれる |
| 重要な仮定が不明 | 投資家・監査人が見積りを理解できない |
非財務情報の開示は、充実させればよいというものではありません。事業戦略、リスク、KPI、財務諸表、注記、監査対応が一本の線でつながっていること。それが重要です。
実務で迷いやすい境界線
非財務情報と財務報告の接続では、次のような境界線が実務上の問題になります。
1. リスクを記載したら、必ず会計上の見積りに反映すべきか
必ずしもそうではありません。事業等のリスクは、財務諸表に直ちに重要な影響を与えるものだけに限定されるわけではないからです。
ただし、重要なリスクとして記載する以上、そのリスクがどの会計見積りに影響し得るかを検討し、影響がない、あるいは重要でないと判断した理由を整理しておく必要があります。
2. サステナビリティ目標は、減損や税効果の事業計画に反映すべきか
目標の性質によります。取締役会で承認された具体的な投資計画、撤退計画、設備更新計画、価格戦略、人員計画がある場合には、会計上の見積りに反映される可能性が高くなります。
一方、長期的な方向性にとどまり、具体的な実行計画や財務影響が未確定である場合には、その不確実性を含めて検討することになります。
3. 人的資本指標は、財務諸表監査の証拠になるか
そのまま証拠になるとは限りません。人的資本指標が事業計画や見積りに利用される場合には、定義、集計範囲、データソース、内部統制を確認する必要があります。たとえば離職率や採用計画を将来売上や人件費見積りに使うのであれば、算定方法と実績の信頼性が問われます。
4. 非財務情報は財務諸表注記にどこまで書くべきか
財務諸表注記では、財務諸表に計上された金額や翌期影響リスクの理解に必要な範囲で記載します。サステナビリティや事業等のリスクの全文を注記に移す必要はありませんが、会計上の見積りの主要な仮定として重要な場合には、財務諸表注記でも説明が必要になります。
5. KAMに取り上げられたら、会社の注記も増やすべきか
KAMに取り上げられたことだけを理由に、自動的に注記を増やすものではありません。
ただし、KAMが重要な見積り・主要仮定・不確実性を扱っている場合には、会社の注記や記述情報が十分かを再検討すべきです。会社の開示が薄いままKAMだけが具体的になると、財務報告全体として、説明の主導権を会社が持てていない印象を与えます。
専門家に相談する前に整理すべき資料
非財務情報・リスク情報と財務報告の接続についてご相談いただく際は、次の資料を整理しておくと、検討が具体化しやすくなります。
| 領域 | 相談前に整理すべき資料 |
|---|---|
| 事業等のリスク | 現行有報、リスク一覧、重要度評価、発生可能性・影響度マトリクス |
| サステナビリティ | 方針、ガバナンス、リスク管理、戦略、指標・目標 |
| 気候関連 | 移行計画、GHG排出量、削減目標、設備投資計画、シナリオ分析 |
| 人的資本 | 人材戦略、採用・離職・賃金・育成データ、指標定義 |
| 事業計画 | 中期経営計画、予算、取締役会資料、過去計画と実績の乖離分析 |
| 会計見積り | 減損、税効果、引当金、ARO、棚卸評価、GC資料 |
| KAM | 監査人との協議資料、前期KAM、当期候補論点 |
| MD&A | 経営成績分析、財政状態分析、キャッシュ・フロー分析 |
| 内部統制 | 非財務情報の作成プロセス、データソース、承認フロー |
| 外部データ | 市場予測、規制情報、業界統計、専門家レポート |
| 開示案 | 有報ドラフト、サステナビリティ報告書、統合報告書、決算説明資料 |
ご相談の際には、「このリスクをどう書くか」だけでなく、「このリスクはどの会計見積りに影響するか」「財務諸表に影響しないとするなら、その理由は何か」「監査人にどの証拠で説明するか」というところまで整理しておくことが重要です。
まとめ|非財務情報の本質は、財務数値の背景を説明することにある
非財務情報・リスク情報は、財務諸表の外側にある付属情報ではありません。投資者が財務諸表を理解し、将来の業績やキャッシュ・フローの不確実性を評価するための背景情報です。
上場企業実務で重要なのは、非財務情報を美しく書くことではありません。財務諸表に計上された金額、会計上の見積り、注記、KAM、監査証拠と矛盾なく接続させることです。気候変動、人材、サプライチェーン、技術、規制、ガバナンスの情報は、それぞれ固定資産、棚卸資産、繰延税金資産、引当金、金融商品、収益認識、継続企業の前提に影響し得ます。
「非財務情報だから経理部門の外の話」と整理してしまうと、開示の一貫性を失います。逆に、非財務情報を会計見積りの前提として整理できれば、経営者説明、監査人対応、投資家説明、注記、KAMの精度が高まります。
犬飼公認会計士・税理士事務所では、日本基準に基づく会計上の見積り、注記、KAM、事業等のリスク、サステナビリティ・人的資本開示、非財務情報と財務報告の整合性検討について、決算・開示・監査対応に耐える形で論点整理を支援しています。非財務情報と財務諸表の接続にご不安がある場合は、犬飼公認会計士・税理士事務所HPのお問い合わせページよりご相談ください。
振り返り|非財務情報・リスク情報と財務報告の重要論点
| 論点 | 実務上の確認ポイント |
|---|---|
| 非財務情報の位置づけ | 財務諸表の外側ではなく、会計見積りの前提情報として捉える |
| 事業等のリスク | リスク一覧ではなく、発生シナリオ・事業影響・財務影響を整理する |
| サステナビリティ開示 | 方針、ガバナンス、リスク管理、戦略、指標・目標を財務報告と接続する |
| 気候変動情報 | 減損、耐用年数、ARO、棚卸資産、税効果、引当金への影響を検討する |
| 人的資本情報 | 採用、離職、賃金、育成が事業計画・人件費・収益力に与える影響を見る |
| 会計上の見積り | 非財務情報を将来CF、課税所得、主要な仮定、感応度へ変換する |
| MD&A | 財務数値の説明にとどめず、事業環境・リスク・将来見通しと接続する |
| 注記 | 主要な仮定、算出方法、翌期影響リスクを利用者が理解できる粒度で示す |
| KAM | 会社の記述情報・見積り注記と監査人の着眼点に段差がないか確認する |
| 内部統制 | 非財務データの定義、範囲、算定方法、承認、証跡を整備する |
| 保証対応 | 非財務情報についても作成基準、データ品質、統制、保証可能性を意識する |
| 相談前整理 | リスク、事業計画、会計見積り、注記、KAM、データ統制を横断して準備する |