合理的保証・重要性・監査リスクの基本構造|監査判断を支える3つの軸

財務諸表監査を理解しようとするとき、合理的保証、重要性、監査リスクの三つは、切り離して考えることができません。

合理的保証は、監査がどの程度の保証を提供するのかを示す概念です。重要性は、どの虚偽表示を監査上の問題として扱うのかを画する判断基準です。そして監査リスクは、重要な虚偽表示があるにもかかわらず、監査人が不適切な意見を表明してしまうリスクを指します。

ただ、この三つを別々に理解しているだけでは、実務判断にはつながりません。

監査計画で重要性を設定し、重要な虚偽表示リスクを識別・評価する。発見リスクの水準を決め、内部統制に依拠するかどうかを判断する。運用評価手続と実証手続を組み合わせ、未修正虚偽表示を評価する。そして最後に、十分かつ適切な監査証拠に基づいて意見を形成する。

この一連の流れは、すべて「合理的保証を得るために、監査リスクを合理的に低い水準に抑える」という考え方に接続しています。

本稿では、合理的保証、重要性、監査リスクの基本構造を、監査現場で説明可能な判断軸として整理します。なお、重要性の具体的な設定方法、重要な虚偽表示リスクの識別、リスク対応手続の詳細については、後続の記事で個別に深掘りします。本稿では、監査判断の基礎概念に範囲を限定してお話しします。

目次

合理的保証とは「絶対ではないが高い水準の保証」である

財務諸表監査の目的は、経営者が作成した財務諸表について、一般に公正妥当と認められる企業会計の基準に準拠し、企業の財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況をすべての重要な点において適正に表示しているかどうかを、監査人が自ら入手した監査証拠に基づいて判断し、その結果を意見として表明することにあります。

そして監査基準は、適正である旨の監査意見には、財務諸表全体として重要な虚偽表示がないことについて合理的な保証を得たという監査人の判断が含まれる、としています。
出典:金融庁・企業会計審議会|監査基準

もっとも、合理的保証とは、監査人が「すべてを確認した」という意味ではありません。日本公認会計士協会の監査基準報告書200は、合理的な保証を「絶対的ではないが高い水準の保証」と定義しています。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書200 財務諸表監査における総括的な目的

ここで押さえておきたいのは、合理的保証が「低い保証」ではない、という点です。

合理的保証は、たしかに絶対的保証ではありません。しかし同時に、単なる納得感や形式的な確認でもありません。監査人が十分かつ適切な監査証拠を入手し、監査リスクを許容可能な低い水準に抑えたうえで得られる、高い水準の保証です。

監査基準報告書200も、合理的保証は、監査人が監査リスクを許容可能な低い水準に抑えるために十分かつ適切な監査証拠を入手した場合に得られるものと説明しています。そのうえで、監査には固有の限界があり、監査証拠の大部分は絶対的というより心証的なものとなるため、合理的保証は絶対的な水準の保証ではないとしています。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書200 財務諸表監査における総括的な目的

つまり合理的保証とは、「監査をしても分からないことがある」という言い訳ではありません。監査の限界を前提としながらも、監査人として必要なリスク評価、監査手続、証拠評価、意見形成を尽くした、という説明可能な状態を意味しています。

合理的保証は、財務諸表全体に対する保証である

合理的保証を理解するうえで、保証の対象を取り違えないことが大切です。

監査意見は、原則として財務諸表全体に対するものです。個々の勘定科目、個々の取引、個々の注記項目について、すべてに個別の保証を付しているわけではありません。

監査基準報告書200も、監査意見は財務諸表全体に対するものであり、監査人は財務諸表全体にとって重要でない虚偽表示についてまで発見する責任を負うものではない、としています。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書200 財務諸表監査における総括的な目的

この点は、実務上の説明において非常に重要です。

売掛金を確認したからといって、すべての売掛金の回収可能性を個別に保証したわけではありません。棚卸立会を実施したからといって、すべての棚卸資産の数量・評価を絶対的に保証したわけでもありません。減損、税効果、退職給付、引当金などを検討したからといって、将来予測が必ず実現することを保証したことにはなりませんし、不正リスクに対応した手続を実施したからといって、すべての不正を発見したと保証したわけでもありません。

監査人が意見を表明するのは、あくまで、財務諸表全体としてすべての重要な点において適正に表示されているかどうかについてです。

そのため監査判断では、常に「この論点は財務諸表全体の適正表示にどの程度影響するのか」を考える必要があります。個別論点だけを精密に見ていても、財務諸表全体への影響を見失えば、監査判断は歪んでいきます。

重要性は、監査の範囲を狭めるためではなく、判断を集中させるためにある

重要性は、監査のなかで最も誤解されやすい概念の一つでしょう。

重要性を「この金額以下なら見なくてよい」という機械的な線引きとして捉えてしまうと、監査判断は途端に危うくなります。重要性とは、監査資源を有効に配分し、財務諸表利用者の意思決定に影響する虚偽表示を見逃さないための判断軸です。

監査基準報告書200は、一般に、脱漏を含む虚偽表示は、個別に又は集計すると財務諸表利用者の経済的意思決定に影響を与えると合理的に見込まれる場合に、重要性があると判断されると説明しています。また、重要性の判断はそれぞれの状況を考慮して行われ、虚偽表示の金額、内容、又はそれらの組合せによる影響を受けるとされています。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書200 財務諸表監査における総括的な目的

重要性には、少なくとも次の三つの側面があります。

重要性の側面実務上の意味
量的重要性金額規模が財務諸表利用者の判断に影響するか
質的重要性金額が小さくても、不正、法令違反、契約条項、開示、業績指標、経営者報酬等との関係で重要となるか
文脈上の重要性会社の状況、業種、資金調達、継続企業、上場維持、KAM候補、内部統制不備等との関係で重要となるか

実務上、金額が大きい勘定科目が注意を要するのは当然です。しかし、金額が小さいからといって、監査上重要でないとは限りません。

不正に利用されやすい勘定科目、異常な変動がある勘定科目、評価・見積りに関する勘定科目、重要な取引・事象に関連する勘定科目。これらは、量的重要性だけでなく質的重要性を含めて検討すべき領域です。

監査基準報告書320も、監査の過程で識別した虚偽表示の評価に際しては、虚偽表示が重要性の基準値を下回っていても、状況によっては重要性があると評価することがあるとしています。さらに、未修正の虚偽表示が財務諸表に与える影響を評価する際には、金額だけでなく、その内容や虚偽表示が生じた特有の状況も考慮するとされています。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書320 監査の計画及び実施における重要性

したがって重要性は、「監査を省略するための基準」ではありません。どこに注意を向け、どこまで証拠を積み上げ、どの虚偽表示を財務諸表全体の適正表示との関係で評価するのか。それを決めるための基準です。

重要性には複数の水準がある

監査実務では、重要性を一つの数値だけで捉えていては不十分です。

監査基準報告書320は、重要性の基準値、特定の取引種類・勘定残高・注記事項に対する重要性の基準値、手続実施上の重要性、合算リスクを定義しています。

重要性の基準値とは、監査計画の策定時に決定した、財務諸表全体において重要であると判断する虚偽表示の金額です。これに対して手続実施上の重要性は、未修正の虚偽表示及び未発見の虚偽表示の合計が財務諸表全体としての重要性の基準値を上回る可能性、すなわち合算リスクを適切な低い水準に抑えるために、重要性の基準値より低い金額として設定されます。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書320 監査の計画及び実施における重要性

この構造を実務の言葉に置き換えると、次のように整理できます。

概念役割
財務諸表全体の重要性財務諸表全体として重要な虚偽表示かどうかを評価する基準線
特定項目に対する重要性財務諸表全体の重要性より小さくても、利用者の判断に影響し得る特定項目に適用する基準線
手続実施上の重要性未発見の虚偽表示が累積して重要性の基準値を超えないよう、監査手続の設計に用いる低めの基準
明らかに僅少な金額集計対象から除外し得る、ごく些細な虚偽表示を識別するための水準

重要性の基準値を決めれば、それで監査計画が完成するわけではありません。

監査基準報告書320は、監査の基本的な方針を策定する際に重要性の基準値を決定すること、そして重要な虚偽表示リスクを評価し、リスク対応手続の種類・時期・範囲を決定するために手続実施上の重要性を決定することを、監査人に求めています。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書320 監査の計画及び実施における重要性

さらに、監査の実施過程で、当初決定した重要性の基準値を改訂すべき情報を認識した場合には、基準値を改訂する必要があります。加えて、重要性に関する金額とその決定に際して考慮した要因、監査の進捗に伴う改訂は、監査調書に記載しなければなりません。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書320 監査の計画及び実施における重要性

つまり重要性は、期首に一度決めて終わりという固定値ではないのです。監査の進捗、業績の変動、重要な取引、見積りの不確実性、開示上の論点、不正リスクの発現などに応じて、必要があれば見直される判断基準だといえます。

監査リスクとは、重要な虚偽表示を看過して誤った意見を形成するリスクである

監査リスクとは、監査人が財務諸表の重要な虚偽表示を看過し、誤った意見を形成してしまう可能性をいいます。監査基準報告書200は、監査リスクが重要な虚偽表示リスクと発見リスクの二つから構成されると説明しています。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書200 財務諸表監査における総括的な目的

監査リスクの基本構造は、次のように整理できます。

構成要素意味誰の側に存在するリスクか
固有リスク内部統制がないと仮定した場合に、取引種類・勘定残高・注記事項に重要な虚偽表示が生じるリスク会社側
統制リスク重要な虚偽表示が、会社の内部統制によって防止又は適時に発見・是正されないリスク会社側
重要な虚偽表示リスク監査が実施されていない状態で、財務諸表に重要な虚偽表示が存在するリスク会社側
発見リスク監査人が実施する手続によって重要な虚偽表示を発見できないリスク監査人側
監査リスク重要な虚偽表示があるにもかかわらず、監査人が不適切な意見を表明するリスク監査全体

監査基準報告書315は、監査リスクが重要な虚偽表示リスクと発見リスクから構成されること、重要な虚偽表示リスクは財務諸表全体レベルとアサーション・レベルに存在する可能性があること、そしてアサーション・レベルの重要な虚偽表示リスクは固有リスクと統制リスクで構成されることを整理しています。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書315 重要な虚偽表示リスクの識別と評価

この関係を押さえると、監査リスク・アプローチの意味がはっきりしてきます。

会社側に重要な虚偽表示リスクが高い領域では、監査人は発見リスクを低く抑える必要があります。そのためには、より証明力の高い監査証拠、より深い手続、より適切な時期、より広い範囲の監査手続が求められます。

逆に、会社側の重要な虚偽表示リスクが低く、内部統制の運用状況も有効と判断できる場合には、監査手続の種類・時期・範囲を合理的に調整することができます。

監査リスクの考え方は、監査資源を節約するための理屈ではありません。重要な虚偽表示が生じる可能性が高い領域に、監査人の注意と証拠形成を集中させるための考え方です。

リスク・アプローチは「効率化」ではなく「重点化」である

リスク・アプローチは、監査実務のなかで効率化の文脈で語られることがあります。もちろん、重要な虚偽表示が生じる可能性が高い領域に監査資源を重点的に配分することで、監査を効果的かつ効率的に実施することは可能です。

金融庁の監査基準の改訂に関する意見書も、リスク・アプローチに基づく監査は、重要な虚偽表示が生じる可能性が高い事項に監査の人員や時間を重点的に充てることにより、監査を効果的かつ効率的に実施できると説明しています。
出典:金融庁・企業会計審議会|監査基準の改訂に関する意見書

しかし、リスク・アプローチを「低リスクなら見なくてよい」という単純な発想に落とし込んではいけません。

リスク・アプローチの本質は、財務諸表全体、事業環境、内部統制、会計上の見積り、非定型取引、不正リスク、開示上の影響を踏まえたうえで、監査上どこに注意を向けるべきかを決めることにあります。

金融庁は、会計基準の改訂等により会計上の見積りが複雑化する傾向にあり、財務諸表項目レベルにおける重要な虚偽表示リスクの評価が一層重要となっていること、固有リスクと統制リスクを分けて評価すること、会計上の見積りについては経営者が採用した手法・仮定・データを評価する手続が必要であることを明確にしたと説明しています。
出典:金融庁・企業会計審議会|監査基準の改訂に関する意見書

つまりリスク・アプローチとは、作業量を減らす考え方ではなく、判断の深度を変える考え方なのです。

監査は、財務諸表全体から事業・内部統制・勘定科目・アサーションへと掘り下げていく必要があります。実務においても、財務分析を起点に異常な変動や違和感を把握し、質問・閲覧等の手続を通じて証拠を積み上げ、合理的と判断した理由を監査調書に残していく。この流れが重要になります。

重要性とリスクは似ているが、同じではない

監査現場では、重要性とリスクが混同されることがあります。

「金額が大きいからリスクが高い」
「金額が小さいからリスクが低い」
「重要性の基準値を下回るから監査上問題ない」

こうした整理は、部分的には正しいものの、それだけでは十分ではありません。

重要性は、虚偽表示が財務諸表利用者の意思決定に影響するかどうかの判断基準です。一方でリスクは、重要な虚偽表示が生じる可能性、又はそれを監査人が発見できない可能性に関する概念です。

両者の関係は、次のように整理できます。

状況重要性リスク監査上の見方
金額が大きく、取引も複雑高い高い可能性重点領域になりやすい
金額は大きいが、変動が少なく統制も有効高い相対的に低い可能性基本的手続は必要だが、リスク対応の深度は状況次第
金額は小さいが、不正・法令違反・関連当事者・開示に関係量的には低いが質的に高い可能性高い可能性金額だけで軽視できない
金額は小さく、取引も単純で統制も有効低い可能性低い可能性監査資源の投入は限定的になり得る
見積りの不確実性が高い金額次第で高い高い可能性仮定・データ・感応度・開示の検討が必要

重要性は、監査対象を財務諸表利用者の意思決定との関係で評価する軸です。リスクは、虚偽表示の発生可能性や発見可能性を評価する軸です。

たとえば土地は、期中変動が少ないため、残高の動きだけを見るとリスクが低いように見えることがあります。しかし、減損の兆候がある場合には、前期末と当期末の残高が同額であっても、評価に関するリスクが高くなる可能性があります。量的重要性だけでなく、質的重要性、評価・見積り、不正利用の可能性まで含めて判断する必要があるということです。

試査は監査の弱点ではなく、合理的保証の前提である

監査は、原則として試査に基づいて実施されます。監査基準は、監査人に対し、財務諸表における重要な虚偽表示リスクを暫定的に評価し、リスクに対応した監査手続を原則として試査に基づき実施することを求めています。
出典:金融庁・企業会計審議会|監査基準

試査は、監査の手抜きではありません。

たしかに、すべての取引を精査しない以上、試査には限界があります。しかし、母集団、アサーション、リスク、内部統制、重要性、証拠力を踏まえて設計された試査は、合理的保証を得るための監査手続として重要な意味を持ちます。

監査において問われるのは、「全件見たか」ではありません。「評価したリスクに対して、その手続の種類・時期・範囲が適切か」です。

リスクが高い領域では、サンプル数を増やすだけでは足りないことがあります。外部証拠、確認、再計算、再実施、専門家の利用、期末日後の実績確認、経営者の仮定の検証など、証拠の質そのものを高める必要があります。

逆に、リスクが低い領域で過度に詳細な手続を行えば、監査資源が本当に重要な論点から逸れてしまいます。

試査は、監査の限界を示す概念であると同時に、重要性とリスクに応じて監査資源を配分するための合理的な手段でもあるのです。

内部統制は監査リスクを下げるが、虚偽表示リスクをなくすものではない

内部統制は、重要な虚偽表示リスクの評価に大きく影響します。

監査基準報告書200は、統制リスクについて、財務諸表の作成に関連する企業目的の達成を妨げるおそれがあると識別したリスクに対応するために、経営者が整備・運用する内部統制の有効性によって影響を受けると説明しています。そのうえで、内部統制はいかに良好に整備・運用されていても、重要な虚偽表示リスクを低減することはできるが、それをなくすことはできないとしています。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書200 財務諸表監査における総括的な目的

内部統制には限界があります。人為的ミス、判断誤り、共謀、経営者による内部統制の無効化などが起こり得るためです。

監査基準報告書330は、監査人が内部統制に依拠しようとする場合には、運用評価手続を実施し、内部統制の運用状況の有効性に関する監査証拠を入手することを求めています。また、内部統制への依拠の程度が高いほど、より確かな心証が得られる監査証拠を入手しなければならないとされています。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書330 評価したリスクに対応する監査人の手続

さらに、特別な検討を必要とするリスクに対する内部統制に依拠しようとする場合には、当年度の監査において、関連する内部統制の運用評価手続を実施しなければなりません。実証手続によって虚偽表示が発見されていないという事実は、内部統制が有効であることの監査証拠にはならない。この点にも注意が必要です。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書330 評価したリスクに対応する監査人の手続

このため、内部統制に関する監査判断では、次の問いが重要になります。

問い実務上の意味
統制は設計上、リスクに対応しているかその統制が本当に虚偽表示リスクを防止又は発見・是正する仕組みになっているか
統制は運用されているかルールとして存在するだけでなく、実際に一貫して実施されているか
誰が運用しているか権限、能力、独立性、レビューの実効性があるか
逸脱がある場合、原因は何か単発の例外か、統制不備か、潜在的な虚偽表示リスクか
統制に依拠できない場合、実証手続をどう変えるか発見リスクを下げるため、手続の種類・時期・範囲を見直す必要があるか

内部統制の有効性は、監査手続を減らすための形式的な根拠ではありません。監査人が発見リスクをどの水準まで許容できるかを判断するための、重要な証拠です。

監査証拠は「量」と「質」の両方で評価する

合理的保証を得るためには、十分かつ適切な監査証拠が欠かせません。

監査基準報告書500は、監査証拠の十分性を量的尺度、適切性を質的尺度と定義し、必要とされる監査証拠の量は、評価した重要な虚偽表示リスクの程度及び監査証拠の質によって影響を受けるとしています。また、監査人は、十分かつ適切な監査証拠を入手するために、個々の状況において適切な監査手続を立案・実施し、監査証拠として利用する情報の適合性と信頼性を考慮しなければならないとされています。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書500 監査証拠

証拠の量だけを増やしても、証拠の質が低ければ十分とはいえません。

質問を何度も重ねても、それを裏付ける外部証拠や文書がなければ弱い。会社作成資料を多数入手しても、正確性・網羅性を検証しなければ弱い。チェックリストに多く回答しても、重要論点の判断過程が残っていなければ弱い。大量の証憑を閲覧しても、リスクに対応していなければ、監査意見を支える証拠にはなりにくい。

監査基準報告書500は、企業が作成した情報を利用する場合、監査人の目的に照らして十分に信頼性を有しているかどうかを評価する必要があるとしています。そして必要に応じて、企業作成情報の正確性及び網羅性に関する監査証拠を入手し、その情報が監査人の目的に照らして十分に正確かつ詳細であるかどうかを評価することを求めています。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書500 監査証拠

合理的保証は、証拠の束によって形づくられます。

しかしその束は、単に分厚ければよいというものではありません。評価したリスク、アサーション、重要性、内部統制、開示、意見形成に結びついている必要があります。

監査リスクを合理的に低い水準に抑える流れ

合理的保証、重要性、監査リスクを実務の流れに落とし込むと、次のようになります。

段階判断内容重要性・リスクとの関係
監査契約・前提理解会社、制度、財務報告の枠組み、利用者を理解する何に対して合理的保証を得るかを明確にする
重要性の設定財務諸表全体及び必要に応じて特定項目の重要性を決めるどの虚偽表示が重要かを判断する基準を置く
企業及び企業環境の理解事業、業界、規制、経営環境、内部統制を理解する重要な虚偽表示リスクの識別につなげる
リスク評価財務諸表全体レベル、アサーション・レベルでリスクを評価する固有リスク・統制リスクを評価する
発見リスクの設計評価したリスクに応じて監査手続の深度を決める監査リスクを許容可能な低い水準に抑える
監査手続の実施運用評価手続、実証手続、分析的手続等を実施する十分かつ適切な証拠を入手する
虚偽表示の評価識別した虚偽表示、未修正虚偽表示、質的重要性を評価する重要性との関係で意見への影響を判断する
意見形成財務諸表全体として重要な虚偽表示がないか判断する合理的保証が得られたかを総括する
調書化・報告判断過程、証拠、結論を文書化し、監査役等や審査へ説明する後から説明できる状態にする

監査基準は、監査人に対し、監査リスクを合理的に低い水準に抑えるために、財務諸表における重要な虚偽表示リスクを評価し、発見リスクの水準を決定し、監査上の重要性を勘案して監査計画を策定したうえで、これに基づき監査を実施することを求めています。
出典:金融庁・企業会計審議会|監査基準

この流れを一言でいえば、監査とは「重要性を基準に、リスクに応じて証拠を集め、合理的保証を得るプロセス」だということです。

未修正虚偽表示の評価は、監査終盤の形式手続ではない

重要性の概念は、監査計画の場面だけで使うものではありません。監査の終盤で、識別した虚偽表示や未修正虚偽表示を評価するときにも、同じように重要な役割を果たします。

監査基準報告書450は、未修正の虚偽表示の内容と、それが個別に又は集計して監査意見に与える影響について、監査役等に報告することを求めています。未修正の虚偽表示のうち重要な虚偽表示がある場合には、監査役等が経営者に修正を求めることができるよう、未修正の重要な虚偽表示であることを明示して報告しなければなりません。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書450 監査の過程で識別した虚偽表示の評価

同報告書は、経営者確認書に、未修正の虚偽表示の影響が個別にも集計しても財務諸表全体に対して重要性がないと判断しているかどうかを記載することを求めています。さらに、未修正の虚偽表示が重要であるかどうかに関する監査人の結論と、その根拠を監査調書に記載することも求めています。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書450 監査の過程で識別した虚偽表示の評価

未修正虚偽表示の評価で避けたいのは、単純な足し算だけで終えてしまうことです。

  • 重要性の基準値を下回っているか
  • 同方向の虚偽表示が累積していないか
  • 質的重要性はないか
  • 経営者バイアスの兆候ではないか
  • 業績指標、財務制限条項、配当可能額、上場維持、役員報酬、税務、開示に影響しないか
  • 注記や記述情報との整合性に影響しないか
  • 監査役等や審査担当者に説明できるか

これらを踏まえたうえで評価する必要があります。

「明らかに僅少」な虚偽表示についても、注意が必要です。監査基準報告書450は、「明らかに僅少」とは「重要性がない」ということではないとしています。重要性があると判断される虚偽表示と比べて金額的にごく少額、又は内容が全く異なる虚偽表示であり、個別にも集計しても、金額・内容・状況のいずれにおいても明らかに些細なものをいう、という整理です。疑義がある場合には、「明らかに僅少」ではないと判断することになります。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書450 監査の過程で識別した虚偽表示の評価

合理的保証を得たと説明するために必要な調書化

合理的保証は、監査人の頭の中にある納得感だけでは足りません。監査調書として、後から説明できる形になっている必要があります。

監査基準は、監査人に対し、監査計画及びこれに基づき実施した監査の内容、並びに判断の過程及び結果を記録し、監査調書として保存することを求めています。
出典:金融庁・企業会計審議会|監査基準

合理的保証、重要性、監査リスクの関係を踏まえると、監査調書で説明すべきことは、次のように整理できます。

調書化すべき事項説明すべき内容
重要性の判断どの指標を用い、なぜその水準を適切と判断したか
リスク評価財務諸表全体レベル・アサーションレベルでどのリスクを識別したか
固有リスク複雑性、主観性、不確実性、変化、経営者バイアス、不正リスク要因をどう評価したか
統制リスク内部統制の整備・運用をどう評価したか
発見リスク監査リスクを低く抑えるため、監査手続の深度をどう設定したか
監査証拠どの証拠を入手し、その証拠が十分かつ適切と判断した理由は何か
虚偽表示評価未修正虚偽表示が個別・集計・質的に重要でないと判断した根拠は何か
意見形成財務諸表全体として合理的保証を得たといえる理由は何か

審査担当者、監査役等、協会レビュー、当局検査を意識するのであれば、調書は「手続をした記録」ではなく、「なぜその監査判断に至ったかを説明する文書」でなければなりません。

とりわけ、会計上の見積り、収益認識、不正リスク、関連当事者、継続企業、内部統制不備、KAM候補といった論点については、調書上で重要性・リスク・証拠・開示・意見形成のつながりを明確にしておく必要があります。

実務上、誤りやすい整理

合理的保証、重要性、監査リスクをめぐって、実務でよく見られる誤りを整理すると、次のようになります。

誤った整理何が問題か
合理的保証だから、多少の未検討は許される合理的保証は高い水準の保証であり、監査リスクを低く抑える証拠形成が必要
重要性の基準値未満だから問題ない質的重要性、集計影響、開示影響、経営者バイアスを見落とす可能性がある
金額が小さいのでリスクは低い不正、法令違反、関連当事者、KAM、内部統制不備との関係で重要となる場合がある
内部統制があるので実証手続は軽くてよい統制に依拠するには運用評価手続による監査証拠が必要
実証手続で虚偽表示が出ていないから統制は有効実証手続で虚偽表示が発見されていないこと自体は、統制有効性の証拠ではない
サンプル件数を増やせば十分証拠の量だけでなく、関連性・信頼性・証明力が必要
期首に決めた重要性を最後まで使えばよい監査の進捗や業績変動に応じて重要性の見直しが必要になる場合がある
未修正差異は合計額だけ見ればよい個別・集計・質的重要性、過年度影響、開示影響を評価する必要がある
監査計画と意見形成は別物重要性、リスク評価、監査証拠、虚偽表示評価は意見形成まで一貫してつながる

これらの誤りに共通しているのは、概念を形式的に扱ってしまっている点です。

合理的保証、重要性、監査リスクは、監査調書上の用語ではありません。監査人が限られた時間のなかで、どこに注意を向け、どの証拠を入手し、どの判断を説明できる状態にするのかを決めるための、基礎構造そのものです。

合理的保証・重要性・監査リスクを一体で理解する

三つの関係を一つの流れとして整理すると、次のようになります。

監査人は、財務諸表全体に重要な虚偽表示がないかどうかについて、合理的保証を得る必要があります。そのために、財務諸表利用者の意思決定に影響する虚偽表示を「重要性」として捉えます。

そして、重要な虚偽表示が生じる可能性を、財務諸表全体レベル及びアサーション・レベルで評価します。アサーション・レベルでは、固有リスクと統制リスクを踏まえて重要な虚偽表示リスクを評価します。

評価したリスクに応じて、発見リスクを許容可能な水準に抑える監査手続を設計し、その手続によって十分かつ適切な監査証拠を入手します。識別した虚偽表示と未修正虚偽表示を評価し、最終的に、財務諸表全体として合理的保証を得たかどうかを判断して、監査意見を形成する。

この流れが崩れると、監査判断は説明しにくくなります。

重要性の設定が弱ければ、監査資源配分の根拠が弱くなります。リスク評価が形式的であれば、監査手続の設計が弱くなります。証拠の質が弱ければ、発見リスクを下げることはできません。未修正虚偽表示の評価が浅ければ、意見形成の根拠が弱くなります。そして調書化が弱ければ、審査・レビュー・監査役等への説明が難しくなります。

監査は、作業の積み上げではなく、判断の積み上げです。その中心にあるのが、合理的保証、重要性、監査リスクという三つの概念なのです。

監査判断の整理で迷ったときは

合理的保証、重要性、監査リスクは、監査人だけの概念ではありません。

会社側にとっても、監査対応、決算資料、内部統制、会計上の見積り、開示、監査役等への説明を整理するうえで重要な視点です。会社が監査人に提出する資料も、単に要求資料一覧を埋めるだけでは足りません。どの財務諸表項目に、どのような重要な虚偽表示リスクがあり、どの内部統制や証拠によって説明できるのか。そこまで整理しておく必要があります。

特に、次のような場面では、合理的保証・重要性・監査リスクの関係を踏まえた論点整理が力を発揮します。

  • 会計上の見積りについて、どこまで証拠を積み上げるべきか迷う
  • 内部統制に不備があり、実証手続への影響を整理したい
  • 未修正差異が重要性の基準値を下回るものの、質的重要性が気になる
  • KAM候補となり得る論点について、会社の開示と監査人の判断の関係を整理したい
  • 監査役等や審査担当者に、重要性・リスク・証拠の関係を説明する必要がある
  • 過年度訂正や不正リスクが絡み、監査意見への影響を慎重に見極めたい

犬飼公認会計士・税理士事務所では、法定監査、内部統制、財務報告、開示に関する実務判断について、重要性、リスク評価、監査証拠、内部統制、開示上の説明可能性を横断して整理する支援を行っています。

監査対応や決算・開示の過程で、社内だけでは判断過程を整理しきれない論点がある場合には、個別のご事情を確認したうえで、どの事実、基準、証拠、統制、開示を結びつけて説明すべきかを一緒に検討することができます。

振り返り

論点押さえるべきポイント
合理的保証絶対的ではないが高い水準の保証であり、監査リスクを許容可能な低い水準に抑える証拠形成が必要である
監査意見の対象個別取引や個別勘定科目ではなく、原則として財務諸表全体に対する意見である
重要性財務諸表利用者の経済的意思決定に影響するかどうかを基礎に、金額・内容・状況を踏まえて判断する
重要性の水準財務諸表全体の重要性、特定項目の重要性、手続実施上の重要性、明らかに僅少な金額を区別する
監査リスク重要な虚偽表示があるにもかかわらず、監査人が不適切な意見を表明するリスクである
重要な虚偽表示リスク監査が実施されていない状態で重要な虚偽表示が存在するリスクであり、財務諸表全体レベルとアサーション・レベルで評価する
固有リスク内部統制がないと仮定した場合に虚偽表示が生じるリスクであり、複雑性、主観性、不確実性、経営者バイアス等の影響を受ける
統制リスク重要な虚偽表示が内部統制によって防止又は適時に発見・是正されないリスクである
発見リスク監査人の手続によって重要な虚偽表示を発見できないリスクであり、監査手続の種類・時期・範囲により管理する
試査監査の手抜きではなく、重要性とリスクに応じた合理的な証拠入手方法である
監査証拠十分性は量、適切性は質であり、証拠の量だけでなく関連性・信頼性・証明力が重要である
未修正虚偽表示金額だけでなく、集計影響、質的重要性、開示影響、監査意見への影響を評価する
調書化重要性、リスク評価、監査手続、監査証拠、結論のつながりを後から説明できるように記録する
次に深掘りすべき論点重要性の具体的設定、重要な虚偽表示リスクの識別、リスク対応手続、監査証拠、未修正虚偽表示の評価
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