相続時精算課税制度の使いどころと注意点|令和6年以後の110万円基礎控除と制度選択の判断軸

生前贈与を考えはじめると、暦年課税と並んで必ず比較の対象に上がってくるのが「相続時精算課税制度」です。

相続時精算課税は、一定の父母・祖父母などから子・孫などへ贈与する場合に選択できる、贈与税の制度です。令和6年1月1日以後の贈与からは、この制度にも年110万円の基礎控除が設けられました。そのため、以前よりも使いどころが広がったと感じておられる方も多いのではないかと思います。

ただ、この制度を「2,500万円まで贈与税がかからない制度」とだけ理解してしまうのは、少し危ういところがあります。

相続時精算課税は、その名のとおり、贈与した時点で課税関係を完全に終わらせる制度ではありません。贈与者が亡くなったときに、相続時精算課税で取得した財産を相続財産に加算し、贈与税と相続税を通じて精算する。これが制度の基本的な仕組みです。しかも、一度選択すると、その贈与者からの贈与について暦年課税へ戻ることはできません。

つまり、相続時精算課税を選ぶかどうかは、単なる贈与税の節税判断ではないのです。将来の相続税申告、財産評価、遺産分割、納税資金、二次相続、さらには税務調査での説明可能性まで含めた、長い目で見た意思決定だとお考えください。

この記事では、相続時精算課税制度の基本から、令和6年以後の改正、暦年課税との比較、使いどころ、避けたい場面、そして申告実務上の注意点までを順に整理していきます。

目次

相続時精算課税は「贈与時に軽く、相続時に精算する」制度

相続時精算課税は、原則として、贈与をした年の1月1日において60歳以上の父母または祖父母などから、贈与を受けた年の1月1日において18歳以上の子または孫などへ財産を贈与した場合に選択できる制度です。贈与財産の種類、金額、贈与回数に制限はありません。

出典:国税庁|No.4103 相続時精算課税の選択

制度の大枠を整理すると、次のようになります。

項目内容
贈与者原則として、贈与年の1月1日に60歳以上の父母・祖父母など
受贈者原則として、贈与年の1月1日に18歳以上の子・孫など
選択単位贈与者ごとに選択
贈与財産種類・金額・回数に制限なし
贈与税の計算年110万円の基礎控除、累計2,500万円の特別控除、超過部分20%課税
相続時の扱い贈与者死亡時に、相続税の課税価格へ加算して精算
撤回一度選択すると、その贈与者からの贈与について暦年課税へ戻れない

この制度の本質は、「贈与税を非課税にする制度」ではなく、「贈与時点では一定の負担を抑えつつ、贈与者の相続時に相続税で精算する制度」だという点にあります。

ですから、相続税がかかる可能性のある方が大きな財産を贈与する場合、最終的な税負担は贈与時点では決まりません。贈与者の相続時に、改めて検証する必要があるのです。

令和6年以後は、相続時精算課税にも年110万円の基礎控除がある

令和6年1月1日以後の贈与から、相続時精算課税にも年110万円の基礎控除が設けられました。

この制度を選択した場合の計算は、特定贈与者ごとに、その年に贈与を受けた相続時精算課税適用財産の価額から、まず基礎控除額110万円を控除します。その後、累計2,500万円の特別控除額を控除し、残った金額に一律20%の税率を乗じて贈与税額を算出します。なお、令和5年12月31日以前の贈与については、この基礎控除額の控除はありません。

出典:国税庁|No.4103 相続時精算課税の選択

計算の流れは、次のとおりです。

段階計算の考え方
1その年に特定贈与者から受けた相続時精算課税適用財産を合計
2令和6年以後の贈与は、年110万円の基礎控除を控除
3残額から累計2,500万円までの特別控除を控除
4控除後の金額に20%を乗じて贈与税を計算
5贈与者死亡時に、基礎控除後の贈与時価額を相続税計算に反映

ここで気をつけたいのは、110万円の基礎控除と2,500万円の特別控除では、性質がまったく異なるという点です。

令和6年1月1日以後の贈与について、相続税の課税価格に加算される相続時精算課税適用財産の価額は、贈与を受けた年分ごとに、贈与時の価額の合計額から基礎控除額を控除した残額となります。言い換えれば、令和6年以後の年110万円の基礎控除部分は、原則として相続税の課税価格にも加算されません。

出典:国税庁|No.4301 相続時精算課税の選択と相続税の申告義務

これに対して、2,500万円の特別控除は、あくまで贈与税の計算上の控除にとどまります。特別控除によって贈与時点では贈与税がかからなかった部分であっても、贈与者の相続時には相続税の課税価格に加算されることになります。

控除贈与税への影響相続税への影響
年110万円の基礎控除贈与税の課税価格から控除令和6年以後の贈与では、相続税加算額からも控除される
累計2,500万円の特別控除贈与税を抑える効果がある相続税計算では、原則として加算対象になる
20%で納めた贈与税贈与時に納税相続税額から控除。控除しきれない場合は申告により還付対象

「2,500万円まで非課税」と表現されることがありますが、相続税まで含めて考えると、これは正確な言い方ではありません。実務の感覚としては、「贈与時の贈与税を一時的に抑え、相続時に精算するための枠」と捉えていただいたほうが、誤解が少ないように思います。

一度選択すると、その贈与者について暦年課税へ戻れない

相続時精算課税で最も注意していただきたいのは、撤回できないという点です。

この制度は、贈与者ごとに選択できます。たとえば、父からの贈与については相続時精算課税を選択し、母からの贈与については暦年課税を続ける、といった使い分けは可能です。

ところが、いったん父について相続時精算課税を選択すると、その後、父から受ける贈与はすべて相続時精算課税の対象になります。翌年以後に「やはり父からの贈与は暦年課税に戻したい」と考えても、それはできません。一度選択した贈与者から受ける財産については、選択した年分以降のすべてにこの制度が適用され、暦年課税へ変更する道は残されていないのです。

出典:国税庁|No.4103 相続時精算課税の選択

この不可逆性は、税額にとどまらず、その後の管理にも影響してきます。

選択後に起こり得ること実務上の注意点
少額の資金移動も相続時精算課税の管理対象になる贈与履歴の長期管理が必要
暦年贈与への切替えができない将来の制度変更や家族状況の変化に対応しにくい
贈与者死亡時に過去の贈与資料が必要になる贈与契約書、通帳、評価資料の保存が重要
受贈者が先に死亡することがある納税に係る権利義務の承継が問題になる
孫への贈与では2割加算の検討が必要一親等の血族・配偶者以外は加算対象になり得る

相続時精算課税は、制度を選択すること自体が、長期にわたる意思決定です。目先の贈与税額だけで選ぶ性質のものではない、とご理解ください。

相続時精算課税と暦年課税は、どちらが有利かではなく「目的」が違う

暦年課税と相続時精算課税は、同じ贈与税の制度ではありますが、使い方の発想がそもそも異なります。

比較項目暦年課税相続時精算課税
基本構造毎年の贈与をその年ごとに課税贈与時に課税し、相続時に精算
基礎控除年110万円令和6年以後、年110万円
相続時加算相続開始前一定期間の贈与が加算対象原則として選択後の贈与を相続税で精算
制度選択特別な選択届出なし選択届出が必要
撤回毎年の贈与として扱う同じ贈与者について暦年課税へ戻れない
向きやすい場面長期間にわたる柔軟な贈与、相続人以外への少額贈与大型贈与、収益資産移転、値上がり見込み資産、相続人への年110万円贈与
注意点相続開始前贈与加算、名義財産、定期贈与長期管理、贈与時価額での加算、撤回不可、相続時の申告

暦年課税には、柔軟性があります。誰に、いつ、いくら贈与するかを、年ごとに見直していけるからです。一方の相続時精算課税は、贈与者ごとに制度を固定してしまうため、どうしても柔軟性は下がります。

ただ、令和6年以後は、暦年課税の相続財産加算期間が段階的に7年へ延長される一方で、相続時精算課税には年110万円の基礎控除が創設されました。相続や遺贈で財産を取得する可能性が高い子への少額贈与については、相続時精算課税の基礎控除が検討の俎上に載りやすくなっています。

出典:国税庁|No.4161 贈与財産の加算と税額控除(暦年課税)
出典:国税庁|令和5年度 相続税及び贈与税の税制改正のあらまし

それでも、結論はそう単純ではありません。

孫や相続人以外の親族への贈与では、暦年課税のほうが柔軟で、相続税への加算関係も異なってくる場合があります。逆に、相続で取得する可能性が高い子に毎年贈与するのであれば、相続時精算課税の110万円基礎控除が有効に働くこともあります。

制度の有利・不利は、「贈与税だけ」「相続税だけ」を切り取って語れるものではありません。贈与先、相続での取得予定、財産の種類、将来の評価変動、親族関係。これらを合わせて見て、はじめて判断できるものだと考えています。

使いどころ1:相続税がかからない見込みで、早めに資産を移したい場合

相続税の基礎控除以下に収まることが比較的はっきりしている場合には、相続時精算課税を検討しやすい場面があります。

たとえば、将来の相続税負担は大きくないけれども、子が住宅資金や事業資金としてまとまったお金を必要としている、というケースです。相続まで待たずに資産を移すことで、受贈者側の生活設計や資産形成に役立つことがあります。

ただし、こうした場合でも、次の点は確認しておきたいところです。

確認事項理由
贈与後の親の生活資金贈与により老後資金・医療費・介護費が不足しないか
将来の相続税試算不動産評価、金融資産、保険金、贈与履歴により変わるため
他の相続人の納得感特定の子だけへの大型贈与は感情的対立を生みやすい
特別受益・遺留分税務上問題なくても、民法上の公平性が問題になる
証拠資料贈与契約書、振込記録、受贈者管理の資料が必要

相続税がかからない見込みであっても、贈与の事実そのものが曖昧であれば、名義財産や親族間紛争の問題は残ります。相続時精算課税の選択届出を出したからといって、贈与の成立や家族間の公平性まで自動的に整理されるわけではない、という点はお含みおきください。

使いどころ2:収益を生む資産を早めに移したい場合

実務上、相続時精算課税が検討されやすいのは、収益を生む資産を移す場面です。

たとえば、賃貸建物、高配当の上場株式、投資信託、同族会社株式などが挙げられます。財産そのものを子へ移すことで、その後の賃料や配当、分配金といった収益が受贈者に帰属していきます。結果として、贈与者側に収益が蓄積し続けるのを抑える効果が期待できます。

ただし、収益資産の贈与では、税額だけでなく、その資産を管理できる力と、将来の負担までを見ておく必要があります。

財産確認すべき論点
賃貸建物賃貸経営、修繕費、空室、借入金、敷金、所得税申告
賃貸土地・貸宅地借地権、地代、契約関係、小規模宅地等との関係
上場株式・投資信託取得費、評価時点、配当課税、売却時の譲渡所得
非上場株式株価評価、議決権、後継者、遺留分、納税資金
保険契約に関する権利契約者、被保険者、受取人、保険料負担者、評価額

収益資産の贈与では、「相続財産を減らす」効果よりも、「将来の収益の帰属を変える」効果に重きを置いて検討します。

なお、不動産を贈与すると、登録免許税や不動産取得税、司法書士費用、賃貸管理の変更、所得税申告の変更といった事柄も付随して生じます。収益資産は、もらった後も管理が続いていく財産です。受贈者が本当にそれを管理できるのかを確かめないまま贈与してしまうと、かえって家族の負担になってしまうこともあります。

使いどころ3:値上がりが見込まれる財産を、低い評価時点で移したい場合

相続時精算課税では、贈与者の相続時に加算される価額は、原則として贈与時の価額です。令和6年以後の贈与については、年分ごとに基礎控除額を控除した残額が加算対象になります。

出典:国税庁|No.4103 相続時精算課税の選択

ここから、将来値上がりが見込まれる財産を、評価が低い時点で贈与しておく、という発想が出てきます。

代表的なのは、次のような場面です。

場面検討理由
非上場株式の株価が一時的に下がっている退職金支給、業績変動、類似業種比準価額の変動など
収益不動産を建築・取得後に評価が安定している将来の収益・値上がりを受贈者へ帰属させる
上場株式の評価が低い時期評価方法・市場価格・取得費を確認する
事業承継で後継者へ株式を集中させたい議決権承継と納税資金を同時に検討する

ただ、この判断には、どうしても不確実性がつきまといます。

値上がりを見込んで贈与しても、ふたを開けてみれば値下がりしている、ということもあり得ます。その場合でも、相続税の計算では原則として贈与時の価額で加算されますから、結果的に不利になってしまう可能性があるのです。

また、非上場株式や不動産は、評価額そのものが税務調査で問題になりやすい財産でもあります。贈与時の評価明細、決算書、株主名簿、不動産資料、路線価、評価単位、賃貸借契約、現地確認資料などを残しておかなければ、相続が起きた後で贈与時価額を説明するのが難しくなります。

使いどころ4:高齢の贈与者が、相続人である子へ年110万円以内の贈与を続けたい場合

令和6年以後、相続時精算課税に年110万円の基礎控除が設けられたことで、新たに検討されやすくなったのが、高齢の親から相続人である子への、年110万円以内の贈与です。

暦年課税では、相続や遺贈により財産を取得した人が、被相続人から加算対象期間内に暦年課税贈与を受けていた場合、その贈与財産は相続税の課税価格に加算されます。しかも令和6年以後の暦年課税贈与については、加算対象期間が段階的に7年へ延長されていきます。

出典:国税庁|No.4161 贈与財産の加算と税額控除(暦年課税)

これに対して、相続時精算課税の年110万円基礎控除部分は、令和6年以後の贈与について、相続税の課税価格に加算される金額からも控除されます。

出典:国税庁|No.4301 相続時精算課税の選択と相続税の申告義務

ですから、相続で財産を取得する可能性が高い子に対して、高齢の親が毎年少額の贈与を行う場合には、相続時精算課税を選ぶことで、暦年課税の相続開始前贈与加算とは異なる効果が生じる可能性があります。

とはいえ、ここで安易に「高齢なら相続時精算課税が有利」と結論づけてしまうのは禁物です。

確認すべき点理由
贈与者ごとに撤回不可一度選択すると、その親からの贈与は暦年課税に戻れない
将来の大型贈与の可能性住宅資金、事業承継、不動産贈与などが後で出る場合がある
他の子や孫への贈与方針家族間の不公平感が生じることがある
贈与履歴の管理少額でも長期的な記録が必要
贈与者の意思能力高齢期の贈与では、本人意思と判断能力の記録が重要

年110万円以内の贈与であっても、贈与契約、振込記録、受贈者管理といった証拠は必要です。相続時精算課税を選択したからといって、贈与の実態確認まで省けるわけではありません。

注意点1:選択届出を忘れると、制度を使えない

相続時精算課税を選択するには、選択しようとする最初の贈与を受けた年の翌年2月1日から3月15日までの間に、納税地の所轄税務署長へ相続時精算課税選択届出書を提出しなければなりません。

出典:国税庁|No.4304 相続時精算課税選択届出書に添付する書類

ここは実務の上で、非常に大切なところです。

初年度の贈与が110万円以下で、贈与税申告書を提出しない場合であっても、相続時精算課税を選択するためには選択届出書の提出が必要になります。一方、特定贈与者からの贈与額が110万円を超えるなど、贈与税申告書を提出する場合には、選択届出書を贈与税申告書に添付して提出します。

出典:国税庁|No.4103 相続時精算課税の選択

手続を整理すると、次のようになります。

場面必要な対応
初めて相続時精算課税を選択する期限内に相続時精算課税選択届出書を提出
初年度の贈与額が110万円以下贈与税申告書が不要でも、選択届出書は必要
初年度の贈与額が110万円超贈与税申告書に選択届出書等を添付
特別控除2,500万円を使う期限内申告が必要
期限を過ぎた原則として、その贈与について相続時精算課税を選択できない

特別控除額は、贈与税の期限内申告書を提出した場合に限って控除できます。相続時精算課税の特別控除を受けるには、期限管理が欠かせません。

出典:国税庁|No.4103 相続時精算課税の選択

相続時精算課税は、制度の中身だけでなく、届出や申告の正確さがものを言います。選択届出の提出漏れは、贈与税額にも将来の相続税申告にも大きく響きますから、私どもとしても特に慎重に管理すべき論点だと考えています。

注意点2:相続時に加算される価額は、原則として贈与時の価額

相続時精算課税を選択した場合、特定贈与者が亡くなったときには、それまでに贈与を受けた相続時精算課税適用財産を相続税の計算に反映させます。

令和6年1月1日以後の贈与により取得した相続時精算課税適用財産については、贈与を受けた年分ごとに、贈与時の価額の合計額から基礎控除額を控除した残額を加算します。令和5年12月31日以前の贈与については、基礎控除額の控除はありません。

出典:国税庁|No.4301 相続時精算課税の選択と相続税の申告義務

この「贈与時の価額で加算する」という点は、財産評価の実務に直結します。

財産贈与時に残すべき資料
現金・預金贈与契約書、振込記録、通帳、受贈者管理資料
上場株式贈与日の評価資料、証券会社資料、移管記録
投資信託基準価額、口数、取引報告書
不動産登記、固定資産税評価、路線価、評価明細、賃貸借契約
非上場株式決算書、申告書、株主名簿、評価明細、議決権資料
保険契約に関する権利契約内容、保険料負担者、解約返戻金等の評価資料

相続が起きた後で、過去の贈与時評価を再現するのは、決して容易ではありません。とりわけ不動産や非上場株式では、贈与時点の資料が不足していると、相続税申告のときに評価根拠を示すのが難しくなります。

相続時精算課税を使う場合は、贈与した時点で、すでに将来の相続税申告を見据えた資料保存に取りかかっておく必要があります。

注意点3:土地を贈与すると、小規模宅地等の特例が使えない場合がある

相続時精算課税で土地を贈与する場合、とりわけ注意したいのが、小規模宅地等の特例との関係です。

小規模宅地等の特例は、相続や遺贈によって取得した一定の宅地等について、要件を満たす場合に評価額を減額する制度です。そして、相続時精算課税に係る贈与によって取得した宅地等については、この特例の適用を受けることができません。

出典:国税庁|No.4124 相続した事業の用や居住の用の宅地等の価額の特例(小規模宅地等の特例)

これは、相続税対策を考えるうえで、非常に大きな論点です。

贈与を検討している土地注意点
自宅敷地将来、特定居住用宅地等として小規模宅地等の特例を使える可能性を失わないか
事業用土地特定事業用宅地等の適用可能性を確認
同族会社に貸している土地特定同族会社事業用宅地等との関係を確認
賃貸不動産の敷地貸付事業用宅地等としての適用可能性を確認
駐車場・雑種地構築物、貸付実態、将来利用を確認

相続時精算課税で土地を早めに移すことが、そのまま相続税対策になるとは限りません。将来、小規模宅地等の特例を使えたはずの土地を生前に贈与してしまうと、かえって相続税負担が増えてしまうことすらあります。

土地の贈与では、相続時精算課税の効果だけでなく、小規模宅地等、登録免許税、不動産取得税、譲渡所得税、建築制限、共有化リスク、納税資金まで、一体で検討していく必要があります。

注意点4:孫への贈与では2割加算と相続での取得関係を確認する

相続時精算課税は、要件を満たせば孫も選択できます。

ただし、孫への贈与では、相続税額の2割加算に気をつけなければなりません。相続、遺贈、または相続時精算課税に係る贈与によって財産を取得した人が、被相続人の一親等の血族および配偶者以外である場合には、その人の相続税額に2割相当額が加算されます。孫については、代襲相続人となった場合などを除き、2割加算の対象になることがあります。

出典:国税庁|No.4157 相続税額の2割加算

孫へ財産を移す方法には、いくつかの選択肢があります。

方法税務・実務上の特徴
暦年課税で贈与孫が相続等で財産を取得しなければ、生前贈与加算の対象外となる余地がある
相続時精算課税で贈与贈与者死亡時に相続税で精算し、2割加算の確認が必要
遺言で孫へ遺贈相続税の対象となり、原則として2割加算を確認
養子縁組法定相続人、基礎控除、2割加算、実親との関係、他の相続人の感情を検討

孫に早く資産を移してあげたい、というお気持ちはよく分かります。しかし、相続時精算課税を選ぶと、暦年課税とは違った長期の管理が必要になります。

孫への贈与は、税負担だけでなく、親世代を飛ばすことへの家族間の納得、遺留分、教育資金・住宅資金制度との関係、そして贈与後の財産管理まで確認しておきたいところです。

注意点5:受贈者が先に亡くなるリスクを見落とさない

相続時精算課税は、贈与者が亡くなったときに精算する制度です。

そのため、多くの方は「親が亡くなったとき」の相続税だけを思い描きます。けれども現実には、受贈者である子が、特定贈与者である親より先に亡くなることもあり得ます。

この場合、相続時精算課税に係る納税の権利義務が受贈者の相続人に承継されることがあり、将来、特定贈与者が亡くなったときの相続税申告に影響します。特に、大型の不動産や株式を相続時精算課税で贈与しているケースでは、受贈者の相続人が制度の内容を把握していないと、申告のときに混乱が生じやすくなります。

このリスクは、家族の年齢構成によって重みが変わってきます。

家族状況注意点
親が高齢、子も高齢受贈者が先に亡くなる可能性を検討
子に配偶者・子がいる納税義務の承継者を確認
贈与財産が不動産・株式資産の管理者と評価資料の承継が必要
後継者へ株式を集中贈与後継者死亡時の事業承継リスクを確認
兄弟姉妹間で関係が複雑将来の相続人が制度を理解できるよう記録が必要

相続時精算課税は、贈与者と受贈者、双方の相続を視野に入れる制度です。贈与者だけでなく、受贈者側の家族構成や健康状態、後継者の有無も確認しておきたいところです。

注意点6:相続開始年の贈与は、贈与税と相続税の整理が変わる

贈与者が贈与をした年のうちに亡くなった場合には、贈与税と相続税の取扱いを整理しておく必要があります。

相続時精算課税の適用を受けている人、または受けようとする人について、死亡した年の相続時精算課税適用分の贈与財産は、相続税の課税対象となるため、贈与税の申告は不要とされています。その場合、相続税の計算上、相続時精算課税適用財産を加算して計算することになります。

出典:国税庁|No.4307 贈与者が贈与をした年に死亡した場合の贈与税及び相続税の取扱い

相続開始年の贈与は、暦年課税でも相続時精算課税でも、申告実務で間違いやすいところです。

場面注意点
相続時精算課税を既に選択済み死亡年の贈与は相続税側で整理
初めて相続時精算課税を選択しようとしていた所定の届出・手続を確認
暦年課税のまま贈与を受けた相続で財産を取得するかにより取扱いが変わる
贈与者死亡後に資料が見つかった贈与日、金額、財産内容、制度選択を確認

相続開始年に贈与がある場合は、贈与税申告だけで判断せず、相続税申告と一体で確認していく必要があります。

注意点7:災害で土地・建物が被害を受けた場合の特例もある

相続時精算課税で土地または建物を贈与した後、贈与者の相続税申告期限までの間に、災害によって一定の被害を受けた場合には、相続税の課税価格に加算される価額について特例が設けられています。災害により被害を受けた場合の、相続時精算課税に係る土地または建物の価額の特例です。

出典:国税庁|災害に関する相続税及び贈与税の取扱い

この特例は、相続時精算課税で贈与した土地・建物について、贈与後に災害が生じた場合の不合理を調整するためのものです。ただし、対象資産、被害の程度、所有の継続、承認手続といった要件がかかわってきます。

土地・建物を相続時精算課税で贈与する場合は、通常の評価だけでなく、災害・滅失・大規模修繕・建替え・売却といった、贈与後に起こり得る事実の変化までも考えに入れておきたいところです。

相続時精算課税を選ぶ前の判断手順

相続時精算課税を検討するときは、次の順序で考えていくと整理しやすくなります。

1. 贈与の目的を確認する

まずは、「なぜ今、贈与するのか」を確かめます。

目的相続時精算課税との相性
子の生活支援金額・時期・他の相続人との公平性を確認
住宅取得支援住宅取得等資金贈与の非課税制度との比較が必要
事業承継非上場株式評価、議決権、納税猶予制度を確認
収益資産の移転贈与後の収益帰属と管理能力を確認
相続税対策相続税試算、二次相続、特例適用を確認
高齢期の少額贈与令和6年以後の110万円基礎控除と撤回不可を確認

贈与の目的が曖昧なまま制度を選んでしまうと、後になって「なぜ相続時精算課税を選んだのか」を説明できなくなります。

2. 暦年課税との比較を行う

相続時精算課税を検討するときは、必ず暦年課税と比較します。

比較すべき項目は、贈与税額だけではありません。

比較項目確認内容
贈与税贈与時点の納税額
相続税相続時に加算される金額
相続財産加算暦年課税の7年加算、相続時精算課税の精算
受贈者相続人か、孫か、相続人以外か
財産評価贈与時価額と相続時価額の変動
特例小規模宅地等、事業承継税制、住宅取得資金制度
家族関係特別受益、遺留分、不公平感
手続選択届出、期限内申告、添付書類
将来変更撤回不可に耐えられるか

暦年課税と相続時精算課税のどちらが有利かは、単年度の贈与税だけでは判断できません。

3. 贈与する財産を選ぶ

相続時精算課税に向く財産もあれば、慎重に考えたほうがよい財産もあります。

財産判断の方向性
現金管理しやすいが、使途・贈与後の管理を確認
収益建物収益移転の効果があるが、管理負担も移る
自宅敷地小規模宅地等の特例を失わないか慎重に確認
非上場株式後継者承継に有効な場合があるが、評価・議決権・遺留分が重要
上場株式評価時点、取得費、配当、売却時課税を確認
保険契約契約者・保険料負担者・受取人の関係を整理
借入付き不動産負担付贈与、譲渡所得、不動産取得税を確認

財産の種類によって、税務リスクはまったく違ってきます。「現金なら簡単」「不動産なら評価が下がる」といった単純な割り切りは避けたいところです。

4. 贈与後と相続時の資料管理を決める

相続時精算課税を選択した場合、資料の管理は長期に及びます。

少なくとも、次の資料は整理しておきたいところです。

資料目的
贈与契約書贈与意思と受諾を確認
振込記録・移管記録財産移転の事実を確認
相続時精算課税選択届出書制度選択の証拠
贈与税申告書特別控除・税額控除の確認
評価明細・評価資料贈与時価額の説明
不動産登記・固定資産税資料不動産の権利・評価確認
株主名簿・決算書非上場株式評価の確認
贈与管理表年度別・贈与者別・受贈者別の整理
遺言・分割方針家族間の公平性確認

相続時精算課税は、贈与した年で終わる制度ではありません。相続税申告のときに、何十年も前の贈与を確認することもあります。贈与時の判断を、将来の相続人や専門家が理解できる形で残しておくことが大切です。

相続時精算課税を避けた方がよい可能性がある場面

相続時精算課税は有用な制度ですが、すべての贈与に向いているわけではありません。

避けたい場面理由
将来の贈与方針が固まっていない一度選択すると暦年課税へ戻れない
他の相続人との公平性を整理していない大型贈与が特別受益・遺留分問題になりやすい
小規模宅地等の対象になり得る土地を贈与したい生前贈与により特例適用を失う可能性がある
贈与時評価の根拠を残せない相続時の説明が困難になる
受贈者の管理能力に不安がある収益資産・不動産・株式は贈与後管理が必要
孫への大型贈与を税額だけで判断している2割加算や暦年課税との比較が必要
高齢者の意思能力に不安がある贈与契約の有効性や親族間紛争の問題が残る
税制改正リスクを受け入れられない最終税負担は相続時の制度に左右される

相続時精算課税は、「使えるか」だけでなく、「今選んでよいか」「将来説明できるか」までを確かめる制度だとお考えください。

相談前に整理しておきたい情報

相続時精算課税を専門家にご相談いただく際には、次の情報を整理しておいていただくと、判断の精度が大きく上がります。

分類準備したい資料・情報
家族関係推定相続人、孫、養子、代襲相続の可能性
財産全体不動産、預貯金、有価証券、保険、同族会社株式
贈与履歴過去の暦年贈与、相続時精算課税の有無、贈与税申告書
贈与予定財産現金、不動産、株式、収益資産、保険契約
相続税試算一次相続・二次相続の概算
特例候補小規模宅地等、配偶者軽減、事業承継税制
納税資金現預金、保険金、売却可能資産、借入
家族間の論点特別受益、遺留分、代償金、後継者
本人の意思能力高齢期の贈与では、意思確認・記録化が重要
将来方針遺言、事業承継、不動産活用、売却予定

資料がそろっていない段階でもご相談は可能です。ただ、相続時精算課税は将来に影響する制度です。財産全体と家族関係を見ないまま、贈与財産だけで判断してしまうのは避けていただきたいところです。

まとめ:相続時精算課税は「節税策」ではなく、承継時期を決める制度

相続時精算課税制度は、贈与税の負担を抑えながら、早い段階で財産を次世代へ移すうえで、有効な場面がある制度です。

特に令和6年以後は、年110万円の基礎控除が設けられたことで、高齢の親から相続人である子への少額贈与や、収益資産・値上がり見込み資産の移転など、検討できる場面が広がりました。

しかし、この制度は一度選択すると撤回できません。相続時には、贈与時価額を基に相続税で精算されます。不動産や非上場株式では評価根拠が問われ、土地では小規模宅地等の特例を失う可能性もあります。孫への贈与では、2割加算や暦年課税との比較も欠かせません。

相続時精算課税を選ぶべきかどうかは、結局のところ、次の問いに答えられるかどうかで判断していくことになります。

判断の問い確認すべき内容
なぜ今贈与するのか生活支援、事業承継、収益移転、納税資金、相続対策
誰に贈与するのか子、孫、後継者、相続人以外
何を贈与するのか現金、不動産、株式、収益資産
暦年課税と比較したか贈与税・相続税・相続時加算・撤回不可
相続時にどう精算されるか贈与時価額、基礎控除、贈与税額控除
他の特例に影響しないか小規模宅地等、事業承継税制、住宅取得資金
家族間で説明できるか特別受益、遺留分、不公平感
証拠を残せるか契約書、申告書、評価資料、贈与管理表
将来の税制変更に耐えられるか相続発生時まで最終負担が確定しない
受贈者が管理できるか不動産経営、株式管理、納税資金

相続時精算課税は、単に「2,500万円まで贈与税がかからない制度」ではありません。親の資産を、いつ、誰に、どのような形で承継させるかを決める制度です。

犬飼公認会計士・税理士事務所では、相続時精算課税を選ぶべきかどうかについて、暦年課税との比較、財産評価、贈与履歴、相続税試算、小規模宅地等や非上場株式評価への影響、そして将来の申告実務まで含めて整理いたします。すでに贈与を受けておられる方、これから制度選択を検討されている方、親族間で不公平感が出ない形で生前贈与を進めたい方は、お問い合わせページよりご相談ください。

振り返り

論点重要ポイント
制度の性格贈与時に課税し、相続時に精算する制度
対象者原則として60歳以上の父母・祖父母などから18歳以上の子・孫などへ贈与
選択単位贈与者ごとに選択できる
撤回不可一度選ぶと、その贈与者からの贈与は暦年課税へ戻れない
令和6年改正年110万円の基礎控除が創設された
特別控除累計2,500万円まで。期限内申告が必要
税率特別控除後の残額に一律20%
相続時加算原則として贈与時価額を相続税の課税価格に加算
110万円基礎控除の相続時扱い令和6年以後の贈与では、年分ごとに加算額から控除
贈与税額控除既に納めた相続時精算課税に係る贈与税は相続税額から控除
選択届出最初の贈与を受けた年の翌年2月1日から3月15日までに提出
小規模宅地等相続時精算課税で贈与された宅地等は特例対象外となるため注意
孫への贈与2割加算、遺贈・保険金取得、暦年課税との比較が必要
向きやすい財産収益資産、値上がり見込み資産、事業承継目的の株式など
向かない場面柔軟性を残したい場合、評価根拠を残せない場合、土地特例を失う場合
判断軸「贈与税が安いか」ではなく「相続時に説明できるか」で判断する
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