長年連れ添った配偶者に、自宅の土地や建物を生前のうちに移しておきたい。相続が起きたときに、配偶者が住まいを失わないようにしておきたい。あるいは、相続税対策として、自宅を配偶者へ贈与しておいた方がよいのではないか。
こうした場面で検討されるのが、贈与税の配偶者控除です。一般には「おしどり贈与」と呼ばれることもあります。
これは、婚姻期間が20年以上の夫婦の間で、居住用不動産またはその取得資金を贈与した場合に、基礎控除110万円とは別枠で、最高2,000万円まで贈与税の課税価格から控除できる制度です。
出典:国税庁|No.4452 夫婦の間で居住用の不動産を贈与したときの配偶者控除
ただ、この制度を「贈与税がかからない便利な節税策」とだけ受け止めてしまうと、判断を誤ることがあります。
贈与税が軽減されても、登録免許税や不動産取得税は別にかかります。一次相続の税額が下がったとしても、配偶者の財産が増えることで、二次相続の税額がかえって重くなることもあります。さらに、自宅を配偶者へ贈与したという事実が、将来の遺産分割、子との関係、小規模宅地等の特例、配偶者居住権、そして将来の売却や施設入所時の資産管理にまで影響することがあります。
相続対策は、相続税額の多寡だけでなく、争族の防止、納税資金の確保、税額の軽減、申告実務までを一体で考える必要があります。
本稿では、贈与税の配偶者控除について、制度の要件だけでなく、相続実務・不動産税務・家族関係・二次相続までを含めて整理していきます。
まず押さえておきたい制度の全体像
贈与税の配偶者控除は、夫婦間のあらゆる贈与に使える制度ではありません。対象は、居住用不動産またはその取得資金に限られます。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 対象となる夫婦 | 婚姻期間が20年を過ぎた後に贈与が行われた夫婦 |
| 贈与財産 | 居住用不動産、または居住用不動産を取得するための金銭 |
| 控除額 | 基礎控除110万円とは別に最高2,000万円 |
| 居住要件 | 贈与を受けた年の翌年3月15日までに現実に居住し、その後も引き続き住む見込みがあること |
| 回数制限 | 同じ配偶者からの贈与については一生に一度 |
| 申告 | 贈与税額がゼロでも申告が必要 |
| 相続税との関係 | 配偶者控除額に相当する部分は、暦年課税贈与の相続開始前贈与加算から除外される |
出典:国税庁|No.4452 夫婦の間で居住用の不動産を贈与したときの配偶者控除
出典:国税庁|No.4161 贈与財産の加算と税額控除(暦年課税)
ここで誤解しやすいのは、「2,110万円までなら何を贈与しても非課税」というわけではない、という点です。控除の対象はあくまで居住用不動産等であり、贈与後の居住、申告、資料の添付、評価のいずれもが求められます。
また、この制度はあくまで贈与税の制度です。登録免許税、不動産取得税、固定資産税、将来の譲渡所得税、相続税の小規模宅地等の特例については、それぞれ別に検討しておかなければなりません。
「居住用不動産」とは何を指すのか
この制度の対象となる居住用不動産とは、贈与を受けた配偶者が住むための、国内にある家屋またはその敷地を指します。敷地には借地権も含まれます。家屋と敷地を必ず一括で贈与する必要はなく、家屋のみ、あるいは敷地のみの贈与でも適用できる場合があります。
出典:国税庁|No.4455 配偶者控除の対象となる居住用不動産の範囲
たとえば、次のような贈与が検討の対象になります。
| 贈与の対象 | 配偶者控除の検討 |
|---|---|
| 自宅建物の全部または持分 | 対象となり得る |
| 自宅敷地の全部または持分 | 対象となり得る |
| 自宅建物と敷地の持分 | 対象となり得る |
| 居住用不動産を購入するための金銭 | 対象となり得る |
| 別荘 | 通常は対象外 |
| 賃貸アパート | 居住用部分以外は対象外 |
| 店舗兼住宅 | 居住用部分のみ対象 |
| 国内にない不動産 | 対象外 |
敷地だけを贈与する場合には、夫または妻が居住用家屋を所有していること、あるいは贈与を受けた配偶者と同居する親族が居住用家屋を所有していることが必要になります。
出典:国税庁|No.4455 配偶者控除の対象となる居住用不動産の範囲
さらに、自宅の敷地が複数の筆に分かれている場合や、家屋が一部の土地にしか建っていない場合であっても、社会通念上、居住用家屋の敷地として一体で利用されている部分であれば、居住用不動産として取り扱われることがあります。
出典:国税庁|贈与税の配偶者控除の対象となる居住用不動産の範囲(1)
実務では、まさにこの場面で土地評価の判断が入ってきます。登記簿上の筆単位ではなく、現況、利用状況、家屋との関係、駐車場・庭・通路の使われ方まで確認する必要があるのです。自宅の敷地に月極駐車場、店舗部分、賃貸部分が混在しているようなケースでは、どこまでが「居住用」にあたるのかを、資料できちんと説明できるようにしておくことが欠かせません。
店舗兼住宅・賃貸併用住宅は居住用部分の切り分けが必要
店舗兼住宅、事務所兼住宅、賃貸併用住宅などでは、建物全体や土地全体が当然に配偶者控除の対象になるわけではありません。
相続税法の基本通達では、店舗兼住宅等について、居住の用に供している部分とそれ以外の部分とを区分して判定する取扱いが示されています。持分を贈与する場合も、居住用部分の割合と贈与する持分との関係を確認しておく必要があります。
| 不動産の状況 | 確認すべきこと |
|---|---|
| 1階店舗・2階住宅 | 居住用部分と店舗部分の床面積区分 |
| 自宅兼事務所 | 実際の使用状況、図面、固定資産税資料 |
| 賃貸併用住宅 | 自宅部分と賃貸部分の区分 |
| 自宅敷地の一部を月極駐車場にしている | 居住用敷地か、貸付用土地か |
| 家族会社に一部を貸している | 使用実態、賃貸借契約、地代、法人との関係 |
| 敷地が複数筆に分かれている | 一体利用の範囲、居住用部分の面積 |
この切り分けは、贈与税の場面だけで終わる話ではありません。将来の相続で小規模宅地等の特例を検討する際にも、被相続人等の居住用部分をどう判定するかが問題になってきます。国税庁の措置法通達でも、店舗兼住宅等の敷地持分について贈与税の配偶者控除の適用を受けていた場合であっても、小規模宅地等の特例における居住用部分の判定は、相続開始の直前の現況によって行うこととされています。
出典:国税庁|措置法第69条の4《小規模宅地等についての相続税の課税価格の計算の特例》関係
つまり、贈与の時点で「居住用」と整理したからといって、相続時の小規模宅地等の判定までがそのまま固定されるわけではない、ということです。相続開始の直前の利用実態が、あらためて問われることになります。
申告しなければ、この制度は使えない
贈与税の配偶者控除は、要件を満たしていれば自動的に適用される制度ではありません。たとえ贈与税額がゼロになる場合であっても、贈与税の申告書を提出する必要があります。
申告書には、戸籍謄本または抄本、戸籍の附票の写し、登記事項証明書など、取得を証する書類を添付します。なお、土地・建物の登記事項証明書については、贈与税申告書に不動産番号を記載することなどによって、添付を省略できる場合があります。
出典:国税庁|No.4452 夫婦の間で居住用の不動産を贈与したときの配偶者控除
| 必要となる主な資料 | 実務上の意味 |
|---|---|
| 贈与契約書 | 贈与の意思と内容を明確にする |
| 振込記録または登記記録 | 金銭贈与・不動産移転の事実を示す |
| 戸籍謄本等 | 婚姻期間20年以上の確認 |
| 戸籍の附票 | 住所・居住関係の確認 |
| 登記事項証明書・不動産番号 | 受贈配偶者が不動産を取得したことの確認 |
| 固定資産税評価証明書 | 登録免許税・不動産取得税・贈与税評価の基礎 |
| 評価明細書 | 土地・建物の贈与税評価額の説明 |
| 図面・利用状況資料 | 店舗兼住宅、賃貸併用住宅、敷地一部贈与の説明 |
不動産の贈与は、預金の贈与と違って登記という形が残ります。そのぶん、後から税務署、相続人、司法書士、金融機関に対して説明を求められる場面が生じやすい財産移転です。
実感としては、「贈与税がゼロだから簡単」というより、「贈与税以外の資料が多い制度」と捉えておいた方が、実務に近いように思います。
相続開始前贈与加算からは外れる。ただし、相続税対策として必ず有利とは限らない
令和6年1月1日以後の暦年課税贈与については、相続税の課税価格に加算される期間が、段階的に7年へと延長されています。令和13年1月1日以後に開始する相続では、原則として、相続開始前7年以内の暦年課税贈与が加算の対象になります。
出典:国税庁|No.4161 贈与財産の加算と税額控除(暦年課税)
ただし、贈与税の配偶者控除の適用を受けた財産のうち、配偶者控除額に相当する金額については、この相続開始前贈与加算の対象から除かれます。
出典:国税庁|No.4161 贈与財産の加算と税額控除(暦年課税)
この点だけを見れば、配偶者への自宅贈与は相続税対策として有利に映ります。
しかし実際には、次のような比較を行う必要があります。
| 視点 | 贈与した場合 | 贈与しない場合 |
|---|---|---|
| 一次相続の財産額 | 贈与者の相続財産から外れる | 自宅が相続財産に残る |
| 相続開始前贈与加算 | 配偶者控除額相当部分は加算対象外 | そもそも贈与がない |
| 配偶者の税額軽減 | 一次相続では配偶者が取得する財産に軽減が使える場合がある | 自宅を相続で取得しても軽減対象になり得る |
| 二次相続 | 配偶者の固有財産が増える | 一次相続の分割次第 |
| 小規模宅地等 | 贈与済み部分は被相続人から相続した宅地ではなくなる | 要件を満たせば相続時に検討できる |
| 登録免許税・不動産取得税 | 贈与時に発生 | 相続時は登録免許税率が低く、不動産取得税は通常課されない |
| 家族間の納得感 | 配偶者保護として説明しやすい一方、子の相続期待と衝突する場合あり | 遺産分割時に配偶者の居住確保を検討 |
一次相続では、配偶者の税額軽減が使えます。配偶者が遺産分割や遺贈によって実際に取得した正味の遺産額が、1億6,000万円または法定相続分相当額のいずれか多い金額までであれば、配偶者に相続税はかかりません。
したがって、仮に贈与をしなくても、一次相続で配偶者が自宅を取得し、配偶者の税額軽減を使えば、一次相続における配偶者の税負担はそれほど大きくならないことがあります。
一方で、配偶者へ生前贈与をすると、その不動産は配偶者の固有財産になります。そして配偶者がその後亡くなったときには、今度はそれが配偶者の相続財産として、二次相続の対象になります。配偶者の税額軽減は、二次相続では使えません。
このように、配偶者への自宅贈与は「一次相続だけの節税」という視点では判断できないものです。通算の税額、納税資金、子が取得する財産、配偶者の生活資金までをまとめて試算する必要があります。配偶者への贈与が、必ずしも通算の相続税の軽減につながるとは限らない——この点は、実務上もとりわけ注意したいところです。
登録免許税は、相続よりも贈与の方が重い
不動産を贈与する場合には、所有権の移転登記が必要になります。そして、この登記に際して登録免許税がかかります。
不動産の所有権移転登記について、相続による移転登記は不動産価額の1,000分の4、贈与・交換等その他の原因による移転登記は1,000分の20とされています。
| 移転原因 | 登録免許税率 |
|---|---|
| 相続 | 不動産価額の0.4% |
| 贈与 | 不動産価額の2.0% |
| 売買による土地移転 | 原則2.0%、一定期間は軽減あり |
| 配偶者居住権の設定登記 | 不動産価額の0.2% |
たとえば、固定資産税評価額2,000万円の土地持分を贈与で移す場合、登録免許税だけで概算40万円です。同じ不動産を相続で移転すれば、こちらは概算8万円にとどまります。
贈与税がゼロであっても、登記にかかるコストまでゼロになるわけではありません。司法書士報酬、登録免許税、登記事項証明書、評価証明書などの実費も含めて、実行する前に見積もっておく必要があります。
不動産取得税も別にかかる
贈与税の配偶者控除を受けた場合でも、不動産取得税は別に課税されます。不動産取得税は、不動産の取得に対して課される都道府県税であり、有償か無償か、登記の有無、取得の原因を問いません。東京都主税局も、贈与や等価交換であっても課税の対象になる旨を案内しています。
また、北海道の公式案内でも、夫婦間で居住用不動産を贈与した際の配偶者控除によって贈与税が課税されない場合であっても、不動産取得税は課税の対象になると明記されています。
令和9年3月31日までの取得については、土地・住宅の取得税率は一般に3%、住宅以外の家屋は4%とされています。あわせて、宅地等については課税標準を2分の1とする特例が設けられています。
| 税目 | 贈与税の配偶者控除で消えるか | 注意点 |
|---|---|---|
| 贈与税 | 要件内で軽減される | 申告が必要 |
| 登録免許税 | 消えない | 贈与の所有権移転は原則2.0% |
| 不動産取得税 | 消えない | 都道府県税。住宅・土地の軽減要件を確認 |
| 固定資産税 | 消えない | 翌年以後の納税者・負担者を確認 |
| 都市計画税 | 消えない | 市街化区域等で課税される場合あり |
| 司法書士報酬等 | 消えない | 登記手続の実費が必要 |
不動産取得税には、住宅や住宅用土地についての軽減制度がかかわってくる場合があります。ただし、土地のみの贈与か、建物持分の有無、住宅の築年数、床面積、取得の時期、都道府県の手続によって、結果は異なってきます。
実務の感覚としては、「土地だけを贈与するのか」「建物持分も含めるのか」によって、不動産取得税の軽減を検討できる余地が変わってくることがあります。贈与税だけでなく、不動産取得税まで含めて設計しておく必要があるのです。
民法上は「持戻し免除」が推定される。ただし、税務とは別の話
配偶者への居住用不動産の贈与には、民法の上でも重要な意味があります。
平成30年の相続法改正により、婚姻期間20年以上の夫婦の一方が、他方に対してその居住用建物またはその敷地を遺贈または贈与した場合には、原則として、特別受益の持戻し免除の意思表示があったものと推定されることになりました。
これにより、相続開始後の遺産分割では、その居住用不動産を「配偶者がすでに先にもらった財産」として持ち戻さずに計算できる余地が、原則として広がりました。配偶者保護の観点から見て、重要な改正です。
ただし、ここで混同してはならない点があります。
| 項目 | 贈与税の配偶者控除 | 民法上の持戻し免除推定 |
|---|---|---|
| 目的 | 贈与税の負担軽減 | 遺産分割における配偶者保護 |
| 婚姻期間 | 20年以上 | 20年以上 |
| 対象 | 居住用不動産または取得資金 | 居住用建物またはその敷地 |
| 金銭贈与 | 対象になり得る | 当然には推定対象とならない |
| 効果 | 最高2,000万円控除 | 特別受益の持戻し免除の意思表示を推定 |
| 遺留分 | 直接消す制度ではない | 遺留分侵害額請求への影響は別途確認 |
とりわけ注意したいのは、贈与税の配偶者控除では「居住用不動産を取得するための金銭」も対象になる一方で、民法上の持戻し免除推定は、居住用建物またはその敷地そのものを対象としている、という違いです。金銭を渡して配偶者が自宅を購入した場合、税務上は配偶者控除の対象になり得ても、民法上の持戻し免除推定が及ぶかどうかは、別に確認しておくべきことになります。
また、持戻し免除が推定されるからといって、遺留分の問題が消えてなくなるわけではありません。特定の相続人の遺留分を侵害するような全体設計になっていないか、遺言や他の財産配分と合わせて確認しておく必要があります。
小規模宅地等の特例との関係を確認する
自宅の敷地は、相続税の申告において小規模宅地等の特例が問題になりやすい財産です。特定居住用宅地等に該当すれば、一定の要件のもとで、330㎡まで80%減額の対象となります。
出典:国税庁|No.4124 相続した事業の用や居住の用の宅地等の価額の特例(小規模宅地等の特例)
配偶者が被相続人の居住用宅地等を相続または遺贈によって取得する場合、特定居住用宅地等の取得者ごとの要件のうち、配偶者については居住の継続や所有の継続といった追加の要件が設けられていません。
出典:国税庁|No.4124 相続した事業の用や居住の用の宅地等の価額の特例(小規模宅地等の特例)
では、配偶者へ生前に自宅敷地を贈与していた場合は、どうなるでしょうか。
贈与済みの持分は、将来、贈与者の相続財産には含まれません。したがって、贈与者の相続において「相続または遺贈により取得した宅地」として小規模宅地等の特例を適用する対象にはならないことになります。国税庁の措置法通達でも、被相続人から贈与により取得したものは特例の対象宅地等に含まれない旨が示されています。
出典:国税庁|措置法第69条の4《小規模宅地等についての相続税の課税価格の計算の特例》関係
| 場面 | 小規模宅地等の検討 |
|---|---|
| 自宅敷地を贈与せず、相続で配偶者が取得 | 要件を満たせば特定居住用宅地等を検討 |
| 自宅敷地の一部を配偶者へ生前贈与 | 贈与済み部分は贈与者の相続財産ではない |
| 残りの持分を相続で配偶者が取得 | 残持分について要件確認 |
| 配偶者がその後亡くなる二次相続 | 子が取得者となるため、同居・家なき子要件等を別途確認 |
| 配偶者居住権を設定する | 所有権・居住権・敷地利用権の評価と特例を別途整理 |
「生前贈与で自宅を移しておけば安心」と考える前に、相続で取得した場合の小規模宅地等の特例、配偶者の税額軽減、そして二次相続で子が取得する場合の要件まで、あわせて比較しておく必要があります。
とりわけ、子が同居していない場合や、すでに自分の自宅を所有している場合には、二次相続で特定居住用宅地等の適用が難しくなることがあります。一次相続で配偶者へ寄せておけばよい、という単純な判断は避けたいところです。
配偶者居住権との違いも比較する
配偶者の住まいを守る方法は、居住用不動産の贈与だけではありません。令和2年4月1日からは、相続法改正によって配偶者居住権が施行されています。法務省は、これを、残された配偶者が住み慣れた住居で暮らし続けながら、老後の生活資金として預貯金等も確保したい——そうした場面に対応する制度として説明しています。
出典:法務省|残された配偶者の居住権を保護するための方策が新設されます。
| 方法 | 主な特徴 |
|---|---|
| 生前贈与 | 配偶者に所有権を移す。登記・不動産取得税が発生し、配偶者固有財産になる |
| 遺言で配偶者へ自宅を相続させる | 相続時に所有権を移す。配偶者の税額軽減・小規模宅地等を検討 |
| 配偶者居住権 | 所有権と居住権を分け、配偶者の居住を確保する |
| 使用貸借・同居継続 | 法的安定性は弱く、相続人間関係に左右されやすい |
| 家族信託 | 生前管理と承継を設計できるが、信託税務・契約設計が必要 |
贈与は、所有権を完全に移す方法です。配偶者は、将来その不動産を売却したり、担保に入れたり、遺言で別の人へ承継させたりできる立場になります。
これに対して配偶者居住権は、所有権を子に承継させながら、配偶者の居住を守るという設計が可能です。ただし、評価、登記、遺言や遺産分割での設定、そして二次相続への影響を、それぞれ確認しておく必要があります。
どちらがよいかは、「配偶者に所有権そのものを持たせたいのか」「住む権利を確保できればよいのか」「子へ所有権を早めに承継したいのか」によって変わってきます。
贈与した方がよい可能性がある場面
贈与税の配偶者控除が有効に働きやすいのは、次のような場面です。
| 場面 | 検討理由 |
|---|---|
| 配偶者の居住保障を明確にしたい | 生前に所有権を移すことで安心感を確保しやすい |
| 夫婦に子がいない | 兄弟姉妹等との相続関係を見据え、自宅を配偶者に確保する必要がある |
| 再婚で前婚の子がいる | 配偶者の住まいと子の相続権の調整が必要 |
| 自宅の一部を配偶者固有財産にしておきたい | 遺産分割対象から外す目的がある |
| 遺言と組み合わせて配偶者保護を設計したい | 持戻し免除推定や遺留分を踏まえた設計が可能 |
| 相続財産が大きく、二次相続も試算済み | 通算税額・納税資金を確認したうえで実行できる |
| 配偶者が今後自宅管理を担う予定 | 固定資産税、修繕、売却判断などの管理主体を明確にできる |
ただし、こうした場面であっても、贈与者の老後資金を削りすぎていないか、配偶者が先に亡くなるリスクに備えられているか、贈与後の持分が将来の相続で共有の問題を生まないか——こうした点はあわせて確認しておく必要があります。
贈与を急がない方がよい可能性がある場面
反対に、次のような場合には、贈与を急がず、相続時の取得、遺言、配偶者居住権、生命保険、代償資金などを比較してから判断した方がよいでしょう。
| 場面 | 注意点 |
|---|---|
| 一次相続で配偶者の税額軽減を十分使える | 生前贈与による税額軽減効果が小さい場合がある |
| 配偶者の固有財産がすでに多い | 二次相続の税負担が増える可能性 |
| 子が同居していない | 二次相続で小規模宅地等の適用が難しくなる可能性 |
| 自宅以外に流動資産が少ない | 贈与後も納税資金・生活資金の確保が必要 |
| 住宅ローンや抵当権がある | 金融機関承諾、負担付贈与、担保関係の確認が必要 |
| 店舗兼住宅・賃貸併用住宅である | 居住用部分の評価・区分が必要 |
| 将来売却や施設入所を想定している | 所有者変更により売却判断や税務が変わる |
| 相続人間の関係が複雑 | 遺留分・特別受益・説明可能性の検討が必要 |
| 配偶者の判断能力に不安がある | 贈与契約の有効性、贈与後の管理能力を確認 |
とりわけ高齢の夫婦間で贈与を行う場合には、意思能力の確認も重要になります。贈与は契約です。贈与者が「あげる」、受贈者が「もらう」という意思表示があってはじめて成立するものであり、単なる名義の変更では足りません。
親族名義の財産であっても、実質的には被相続人の財産と判断される場合があります。贈与契約、贈与の意思、受諾、名義変更、管理の状況、収益の帰属といった事情を総合して判断されることになります。
住宅ローン・抵当権がある場合は慎重に扱う
自宅に住宅ローンが残っている場合、配偶者へ持分を贈与するには、税務だけでなく、金融機関・登記・担保の確認が必要になります。
たとえば、住宅ローンの債務者を夫のままにして、妻へ不動産の持分だけを贈与するような場合には、金融機関との契約上、承諾が求められることがあります。また、贈与と同時に債務を引き受けるような形になると、負担付贈与として評価や課税の関係が変わってくる可能性もあります。
| 確認事項 | 内容 |
|---|---|
| 住宅ローン残高 | 贈与対象不動産の価額との関係 |
| 債務者 | 夫単独か、夫婦連帯債務か、連帯保証か |
| 抵当権 | 贈与後も担保権が残るか |
| 金融機関の承諾 | 契約上、名義変更に制限がないか |
| 負担付贈与 | 債務引受がある場合の評価・課税関係 |
| 団体信用生命保険 | 債務者死亡時のローン消滅と所有関係 |
| 住宅ローン控除 | 所得税上の影響 |
住宅ローンが絡む場面では、贈与税の配偶者控除だけを見て進めるのは危険です。税務、金融機関との契約、登記——この三つを確認したうえで進める必要があります。
共有持分を作ることの、将来のリスク
配偶者控除の範囲内に収めるために、自宅の一部の持分だけを贈与する、という方法がとられることがあります。
この方法そのものは、実務上もよく見られます。しかし、共有の持分を作るということは、将来の管理・売却・相続に影響を残すことでもあります。
| 共有化による影響 | 具体的な問題 |
|---|---|
| 売却 | 共有者全員の協力が必要になりやすい |
| 修繕 | 費用負担をどうするか |
| 固定資産税 | 代表納税者と実質負担者を整理する |
| 施設入所後の売却 | 判断能力低下時に手続が止まる可能性 |
| 二次相続 | 配偶者持分が子に相続され、共有者が増える |
| 再婚・前婚の子 | 持分承継先が複雑になる |
| 代償分割 | 自宅を取得する人が代償金を支払えるか |
共有の不動産は、相続の直後には公平に見えても、次の世代では管理・売却・費用負担をめぐる紛争につながることがあります。共有不動産では、使い方、収益の分配、費用の負担、共有関係の解消——このあたりが、典型的な紛争の火種になります。
自宅を配偶者と共有にする場合には、それが「配偶者を守るための共有」なのか、それとも「相続税対策として一部だけを移すための共有」なのかを明確にしたうえで、二次相続の後に誰がどの持分を持つことになるのかまで、確認しておくべきです。
実行する前の判断手順
贈与税の配偶者控除を検討するときは、次の順序で整理していくと、判断がぶれにくくなります。
1. 贈与の目的を明確にする
最初に確認すべきは、節税額ではありません。
| 目的 | 確認すべきこと |
|---|---|
| 配偶者の住まいを守りたい | 所有権移転が必要か、配偶者居住権で足りるか |
| 相続税を減らしたい | 一次・二次相続の通算税額 |
| 子との争いを避けたい | 遺言、遺留分、持戻し免除、付言事項 |
| 自宅管理者を明確にしたい | 固定資産税、修繕、売却判断 |
| 配偶者の生活資金を守りたい | 自宅だけでなく金融資産の配分 |
| 施設入所・売却に備えたい | 将来の意思能力と財産管理方法 |
2. 贈与の対象を決める
土地だけなのか、建物だけなのか、土地建物の持分なのか、それとも金銭贈与なのか。対象によって論点が変わります。
| 贈与対象 | 主な論点 |
|---|---|
| 土地のみ | 家屋所有者、不動産取得税軽減、小規模宅地等 |
| 建物のみ | 建物評価、敷地利用関係、固定資産税 |
| 土地建物の持分 | 登記・取得税・共有持分の将来承継 |
| 取得資金 | 取得期限、居住要件、民法上の持戻し免除推定との違い |
| 店舗兼住宅の持分 | 居住用部分の按分 |
| 賃貸併用住宅 | 賃貸部分を除外する整理 |
3. 税額とコストを並べる
贈与税だけでなく、少なくとも次の税目を並べて確認します。
| 税目・費用 | 確認内容 |
|---|---|
| 贈与税 | 配偶者控除後の課税価格 |
| 登録免許税 | 固定資産税評価額×贈与移転税率 |
| 不動産取得税 | 都道府県税。住宅・土地軽減の有無 |
| 司法書士報酬 | 登記手続費用 |
| 固定資産税・都市計画税 | 贈与後の負担者 |
| 相続税 | 一次相続・二次相続の試算 |
| 譲渡所得税 | 将来売却する場合の取得費・所有期間 |
4. 相続時の姿を確認する
贈与の後に相続が起きたとき、どのような状態になるのか。次の点を確認します。
| 確認事項 | 判断ポイント |
|---|---|
| 贈与者の相続財産 | 自宅持分がどれだけ残るか |
| 配偶者の固有財産 | 二次相続で課税される財産 |
| 子の取得財産 | 代償金・金融資産・不動産のバランス |
| 小規模宅地等 | 一次・二次相続で誰が適用できるか |
| 遺留分 | 子の遺留分を侵害していないか |
| 遺言 | 贈与後の財産構成に合わせて更新が必要か |
| 納税資金 | 不動産ばかりで現預金が不足しないか |
5. 資料と説明の記録を残す
贈与は、将来の相続税申告や、親族間での説明の場面で確認されるものです。次の資料を残しておくことが望ましいでしょう。
| 資料 | 残す理由 |
|---|---|
| 贈与契約書 | 贈与意思・受諾意思の確認 |
| 登記関係資料 | 所有権移転の確認 |
| 固定資産税評価証明書 | 税額計算・登録免許税の基礎 |
| 土地建物の評価明細 | 贈与税申告の根拠 |
| 住民票・戸籍附票 | 居住実態の確認 |
| 図面・写真 | 居住用部分、店舗部分、敷地利用の説明 |
| 税額試算資料 | 贈与実行時の判断根拠 |
| 家族への説明メモ | 配偶者保護の意図を残す |
| 遺言書 | 贈与後の承継方針を反映 |
相談の前に整理しておきたいこと
専門家に相談する際は、次のような情報があると、単なる制度適用の可否の確認にとどまらず、実行すべきかどうかまで踏み込んで検討しやすくなります。
| 分類 | 準備したい資料・情報 |
|---|---|
| 家族関係 | 夫婦、子、前婚の子、養子、同居親族、相続人候補 |
| 婚姻関係 | 婚姻日、戸籍、婚姻期間20年超の確認 |
| 不動産資料 | 登記事項証明書、固定資産税通知書、評価証明書、公図、測量図、建物図面 |
| 利用状況 | 自宅、店舗、事務所、賃貸、駐車場、空き部分 |
| 住宅ローン | 残高、債務者、連帯保証、抵当権、団信 |
| 贈与予定内容 | 土地、建物、持分、金銭、贈与時期 |
| 相続税試算 | 一次相続・二次相続の概算 |
| 配偶者固有財産 | 預貯金、有価証券、不動産、保険 |
| 子との関係 | 同居、別居、持家の有無、遺留分リスク |
| 遺言・信託・後見 | 既存の遺言、任意後見、家族信託の有無 |
| 納税資金 | 現預金、保険金、売却予定資産 |
贈与税の配偶者控除は、要件を確認すればそれで終わり、という制度ではありません。不動産の評価、登記、地方税、遺産分割、二次相続、そして配偶者の生活設計までを一体で検討して、はじめて「後から説明できる贈与」になります。
まとめ|配偶者への自宅贈与は、節税策ではなく、住まいと承継の設計
贈与税の配偶者控除は、長年連れ添った配偶者の住まいを守るうえで、有効な制度です。婚姻期間20年以上、居住用不動産またはその取得資金、翌年3月15日までの居住、そして申告手続といった要件を満たせば、基礎控除110万円とは別枠で、最高2,000万円まで控除を受けられます。
しかし、実務の判断にあたっては、次の点を必ず確認しておくべきです。
| 判断論点 | 要点 |
|---|---|
| 贈与税 | 控除は最高2,000万円。贈与税ゼロでも申告が必要 |
| 居住用不動産 | 国内の自宅家屋または敷地。店舗兼住宅は居住用部分を区分 |
| 相続税加算 | 配偶者控除額相当部分は相続開始前贈与加算から除外 |
| 一次相続 | 配偶者の税額軽減が使えるため、生前贈与の効果が限定的な場合あり |
| 二次相続 | 配偶者固有財産が増え、子の相続税が重くなる場合あり |
| 登録免許税 | 贈与による所有権移転は相続より税率が高い |
| 不動産取得税 | 贈与税の配偶者控除とは別に課税。軽減要件の確認が必要 |
| 持戻し免除 | 婚姻期間20年以上の居住用不動産贈与では民法上推定されるが、金銭贈与や遺留分は別途確認 |
| 小規模宅地等 | 贈与済み部分は贈与者の相続で小規模宅地等の対象にならない |
| 共有持分 | 二次相続・売却・管理で共有問題を生む可能性 |
| 配偶者居住権 | 所有権移転以外の選択肢として比較する価値がある |
| 説明可能性 | 贈与契約、評価資料、家族への説明、遺言との整合性を残す |
この制度は、「税金がかからないから使う」というものではありません。配偶者の居住をどう守るか、子への承継をどう設計するか、そして一次相続と二次相続の税負担をどう配分するか——それを考えるための選択肢のひとつです。
犬飼公認会計士・税理士事務所では、居住用不動産の配偶者贈与について、贈与税の要件確認にとどまらず、登録免許税・不動産取得税、相続税の試算、小規模宅地等、遺言・遺産分割、二次相続までを含めた検討を支援しています。配偶者へ自宅を贈与すべきか、相続で取得させるべきか、あるいは配偶者居住権や遺言と比較して考えたい方は、お問い合わせページよりご相談ください。
振り返り
| 項目 | 重要ポイント |
|---|---|
| 制度名 | 贈与税の配偶者控除 |
| 対象 | 婚姻期間20年以上の夫婦間の居住用不動産等の贈与 |
| 控除額 | 基礎控除110万円とは別に最高2,000万円 |
| 回数制限 | 同じ配偶者からは一生に一度 |
| 居住要件 | 翌年3月15日までに居住し、その後も引き続き居住見込み |
| 申告 | 贈与税額がゼロでも必要 |
| 居住用不動産 | 国内の自宅家屋・敷地・借地権。敷地のみも一定要件で対象 |
| 店舗兼住宅 | 居住用部分のみ対象。面積・利用実態の区分が必要 |
| 相続開始前贈与加算 | 配偶者控除額相当部分は加算対象外 |
| 登録免許税 | 贈与移転は原則2.0%、相続移転は0.4% |
| 不動産取得税 | 贈与税がゼロでも別に課税される |
| 持戻し免除 | 婚姻期間20年以上の居住用不動産贈与では民法上推定される |
| 遺留分 | 持戻し免除があっても遺留分リスクは別途検討 |
| 小規模宅地等 | 贈与済み部分は贈与者の相続で特例対象外 |
| 二次相続 | 配偶者の財産が増え、通算税額が増える場合がある |
| 実務判断 | 贈与税だけでなく、登記・地方税・相続税・家族関係を一体で確認 |