株価を下げる前に、経営権と将来の選択肢を守る
事業承継のご相談では、最初に「自社株の相続税を下げたい」というお話が出ることが少なくありません。
非上場会社の株式は、現金のように簡単に換金できるものではありません。それにもかかわらず、業績が良く、内部留保が厚く、不動産や有価証券を保有していると、相続税・贈与税の評価額は大きくなっていきます。後継者に株式を移したいのに、税負担や買取資金が重く、思うように進まない。多くのオーナー会社に共通する悩みです。
ただ、事業承継を「自社株評価を下げる話」としてだけ捉えてしまうと、判断を誤ります。
株式は、税務上の財産であると同時に、会社の支配権そのものです。誰が何株を持つのか。議決権を誰に集中させるのか。先代経営者はいつ退くのか。後継者に資金力があるのか。他の相続人や少数株主が納得するのか。将来M&Aを選べる状態を残すのか。
これらを整理しないまま株価だけを下げても、会社を守る承継にはなりません。
事業承継には、親族内承継、従業員承継、社外への引継ぎ、いわゆるM&Aという道筋があります。そして準備段階では、経営状況・経営課題の見える化、経営改善、事業承継計画の策定などを進めていくことになります。つまり事業承継は、税務だけの問題ではなく、経営そのものを次世代へ引き継げる状態に整えるプロセスだと言えます。
出典:中小企業庁|事業承継ガイドライン
この第十テーマでは、事業承継における節税判断を、非上場株式評価、株価対策、オーナー貸付金・借入金、自己株式、種類株式、持株会社、信託、事業承継税制、従業員持株会、少数株主対策まで含めて整理していきます。
個別コラムでは、それぞれ一つの論点を深く掘り下げます。このテーマトップではまず全体像をつかみ、どの順番で読み進めればよいかを確認してください。
このテーマで最初に持つべき視点
事業承継で考えるべきことは、大きく分けると三つあります。
一つ目は、税負担です。自社株の評価額がどの程度で、相続税・贈与税がどれくらい発生し、納税資金をどのように確保するのか。ここを避けて事業承継は進められません。
二つ目は、経営権です。後継者が会社を安定して運営するには、議決権をどの程度確保する必要があるのか。先代、後継者、他の親族、従業員、少数株主の関係をどう整理するのか。税負担だけを見て株式を分散させると、後継者が意思決定できない会社になってしまうことがあります。
三つ目は、将来の選択肢です。親族内承継で進めるのか、従業員承継を検討するのか、将来M&Aを選ぶ余地を残すのか。今の株式設計や資本政策が、将来の売却、組織再編、金融機関対応、後継者の再挑戦を妨げないか。ここも見ておく必要があります。
この三つを分けて考えると、「節税になるか」だけでは足りないことが見えてきます。
事業承継における正しい節税とは、税額を下げる処理のことではありません。後継者が会社を引き継ぎ、資金繰りを維持し、関係者に説明でき、将来の選択肢を狭めない形で税負担を設計することです。
非上場株式は、評価額だけで判断しない
非上場株式の評価は、事業承継の中心にある論点です。
取引相場のない株式については、株式を取得した株主が経営支配力を持つ同族株主等か、それ以外の株主かによって、原則的評価方式または特例的な評価方式である配当還元方式で評価します。原則的評価方式では、会社規模に応じて類似業種比準方式、純資産価額方式、あるいはその併用によって評価する、という考え方が採られています。
出典:国税庁|No.4638 取引相場のない株式の評価
ただし、相続税・贈与税の評価額は、あくまで相続や贈与の場面で税額を計算するための評価にすぎません。
親族間で株式を売買する価格、会社が自己株式として買い取る価格、M&Aで第三者が買う価格、会社法上の公正な価格。これらが同じ金額になるとは限りません。評価の目的が違えば、見るべき価値も変わってきます。
そのためこのテーマでは、「評価額を下げる方法」を単独では扱いません。評価額がどう決まるかを理解したうえで、議決権、資金、税務上の時価、株主間の公平、将来のM&Aへの影響を、それぞれ分けて考えていきます。
第十テーマの読み進め方
このテーマは、10-1から10-8までを順番に読むと、事業承継の全体像から個別スキーム、そして株主構成の整理まで、段階的に理解できる構成になっています。
すでに特定の悩みを抱えている場合は、該当するコラムから読んでいただいても構いません。ただし、自社株評価や事業承継税制だけを先に検討すると、経営権や資金繰りの問題を見落とすことがあります。迷われる場合は、10-1と10-2から読み進めることをおすすめします。
10-1. 事業承継を節税だけで考えてはいけない理由
最初に読むべき総論記事です。
自社株の相続税を下げたい。後継者に株式を移したい。事業承継税制を使いたい。こうした悩みに入る前に、事業承継で何を引き継ぐのかを整理します。
事業承継では、株式だけでなく、経営権、金融機関との関係、従業員、取引先、家族関係、後継者の覚悟、先代経営者の関与の仕方が問題になります。税額を下げても、後継者が経営できない会社になってしまえば意味がありません。
このコラムでは、親族内承継、従業員承継、第三者承継の違いを踏まえながら、事業承継を「税金の問題」ではなく「会社を次世代に渡せる状態にする経営判断」として捉えるための入口を示します。
自社株対策を始める前に、まずはこのコラムで全体像を確認してください。
10-2. 非上場株式評価の基本と節税判断
次に読むべき基礎記事です。
自社株の評価がどのように決まるのかが分からなければ、株価対策の効果もリスクも判断できません。
非上場株式評価では、会社規模、株主区分、類似業種比準価額、純資産価額、配当還元方式などが関係してきます。とはいえ、評価方法を暗記することが目的ではありません。重要なのは、どの評価要素が株価を押し上げているのか、どの対策が一時的な評価引下げに過ぎないのか、評価額と実際の資金負担がどうつながるのかを理解することです。
このコラムでは、非上場株式評価の基本構造を、事業承継の判断に使える形で整理します。
自社株の評価額を初めて確認する経営者、株価対策の提案を受けている方、事業承継税制の適用を検討する前提を整理したい方に向いた内容です。
10-3. 株価引下げ策が危険な節税になる場合
株価対策に進む前に読んでおきたい注意点の記事です。
退職金を支給する。不動産を購入する。配当を調整する。組織再編を行う。債務免除をする。これらはいずれも、結果として自社株評価に影響を与えることがあります。
しかし、事業目的や資金の流れが伴わない株価引下げ策は危険です。評価額は下がっても、会社の資金繰りが悪化する、金融機関から不自然に見られる、税務調査で取引実態を問われる、後継者に不要な負担を残す。そうした事態を招きかねません。
このコラムでは、株価を下げる処理がどのような場合に危険な節税になるのかを整理します。
「株価を下げられる」と提案されたものの、その対策が本当に会社の将来に合っているのか不安がある方に読んでいただきたい記事です。
10-4. 役員借入金・貸付金が事業承継で問題になる理由
オーナー会社にとって、とりわけ重要な実務記事です。
会社に対する社長からの貸付金、会社から社長への貸付金は、日常の資金繰りの中で発生しやすいものです。ところが事業承継の段階になると、これが大きな問題になります。
社長から会社への貸付金は、相続財産になります。会社から社長への貸付金は、回収可能性や認定給与、相続時の整理が問題になります。さらに、債権放棄、DES、退職金との相殺、親族への贈与などを検討し始めると、法人税、所得税、相続税、贈与税、会社法、金融機関対応が一度に絡んできます。
このコラムでは、オーナー貸付金・借入金が、株価、相続財産、会社財務、後継者負担にどのように影響するかを整理します。
決算書に役員借入金や役員貸付金が残っている会社であれば、株価対策よりも先に読んでいただきたい記事です。
10-5. 自己株式・みなし配当・資本の払戻しの税務
資本取引を検討する前に読むべき記事です。
事業承継では、会社が株式を買い取る、少数株主から株式を集める、相続人から自己株式として取得する、資本の払戻しを行うといった選択肢が出てきます。会社の支配権を整理するうえで有効に働くこともありますが、税務上は単純な株式売買では済みません。
自己株式取得や資本の払戻しでは、譲渡所得、みなし配当、源泉税、会社側の資本金等の額・利益積立金額、既存株主への影響を、それぞれ整理する必要があります。
みなし配当は、会社法上の配当ではなくても、実質的に配当と変わらないものを税法上配当とみなす制度です。自己株式取得などが絡む場面では、単に売買代金を払えば終わりということにはならず、株主側・会社側の課税関係を事前に確認しておかなければなりません。
出典:e-Gov法令検索|会社法
このコラムは、自己株式取得や資本取引を事業承継や少数株主整理に使えるかどうか検討している方のための入口です。
10-6. 種類株式・持株会社・信託を使った承継設計
承継スキームを検討する段階で読む記事です。
後継者に経営権を渡したいが、先代経営者の一定の関与も残したい。議決権と財産権を分けたい。複数の相続人に公平感を持たせたい。親族内で株式を直接分散させず、持株会社や信託を活用したい。
こうした場合には、種類株式、持株会社、民事信託などが検討対象になります。
ただし、これらは「便利な節税スキーム」ではありません。会社法上の手続、税務上の評価、議決権設計、配当設計、家族関係、金融機関対応、そして将来の出口まで含めて検討する必要があります。
事業承継の円滑化に資する手法としては、種類株式、信託、生命保険、持株会社の活用が取り上げられています。
出典:中小企業庁|事業承継ガイドライン
このコラムでは、複雑な承継スキームを使う前に、何を目的として、どこまで設計すべきかを整理します。
10-7. 事業承継税制を使う前に整理すべきこと
納税猶予制度を検討する前に読んでいただきたい、相談前の整理記事です。
法人版事業承継税制の特例措置は、一定の要件を満たす場合に、非上場株式等に係る贈与税・相続税の納税猶予を受けられる制度です。特例措置については、対象株式数の上限撤廃、猶予割合100%、後継者の拡充、雇用要件の見直しなどが示されています。また、特例承継計画は令和9年9月30日までに提出し、令和9年12月31日までに事業承継を行う必要があるとされています。
出典:中小企業庁|法人版事業承継税制(特例措置)
出典:中小企業庁|法人版事業承継税制(特例措置)の前提となる認定に関する申請手続関係書類
ただし、事業承継税制は税金が消える制度ではなく、原則として納税が猶予される制度です。継続保有、代表者要件、報告・届出、取消事由、将来の売却・廃業時の扱いなどを、あらかじめ確認しておく必要があります。
このコラムでは、制度を使うかどうかを判断する前に、後継者の覚悟、会社の継続可能性、家族関係、他の承継策との比較を整理します。
「適用できるか」だけでなく、「使い続けられるか」を考えたい方に読んでいただきたい記事です。
10-8. 従業員持株会・少数株主対策と節税判断
第十テーマの出口にあたる実務記事です。
株式が親族、役員、従業員、退職者、相続人に分散している会社では、後継者が経営権を確保できないことがあります。少数株主がいること自体が悪いわけではありませんが、株主構成を管理できていない状態は、事業承継やM&Aの大きな障害になります。
従業員持株会は、従業員の経営参加意識や安定株主形成に役立つことがあります。その一方で、退職時の買取、会員資格、配当、議決権行使、株価算定、税務上の時価などを設計しておかなければ、将来の火種になりかねません。
中小M&Aガイドライン第3版では、中小M&Aに関する手続や支援機関の説明、最終契約の不履行リスク、経営者保証の扱いなどが整理されています。将来M&Aの可能性を残す会社であれば、株主構成、名義株、所在不明株主、少数株主との関係を早めに整理しておく必要があります。
出典:中小企業庁|中小M&Aガイドライン
このコラムでは、従業員持株会や少数株主対策を、節税策ではなく資本政策として整理します。
どの記事から読めばよいか
自社株対策をこれから考える場合は、10-1で全体像をつかみ、10-2で非上場株式評価の基本を確認してください。そのうえで、すでに株価対策の提案を受けているのであれば10-3へ進むと、危険な判断を避けやすくなります。
会社とオーナーの間に貸付金・借入金が残っている場合は、10-4を優先してください。自社株評価だけを見ていても、役員借入金が相続財産として残る問題や、役員貸付金の回収可能性は解決しません。
自己株式取得、資本の払戻し、少数株主からの買取りを検討している場合は、10-5を先に読むべきです。資本取引は、会社法と税務の両面で確認すべき事項が多く、実行後にやり直しにくい領域です。
議決権と財産権を分けたい、先代の関与を一定程度残したい、持株会社や信託を使いたい。そうした場合は、10-6で設計の方向性を整理してください。
事業承継税制を検討している場合は、10-7です。制度の適用可否だけでなく、取消リスクや継続管理まで考える必要があります。
株式が分散している、退職者株主や少数株主がいる、将来M&Aも視野に入れている。こうした状況では、10-8が入口になります。
第十テーマで一貫して確認する判断軸
第十テーマの記事では、制度ごとの細かな要件を並べるのではなく、次の判断軸を一貫して使っていきます。
まず、その対策が税額だけを下げるものなのか、それとも後継者の資金負担や会社の資金繰りも改善するものなのかを確認します。
次に、議決権の設計です。株式を移した結果、後継者が経営判断できるのか。重要な決議が通るのか。少数株主との関係が悪化しないか。ここを見ます。
さらに、取引の実態と資料を確認します。贈与契約書、株式譲渡契約書、株主総会議事録、取締役会議事録、株主名簿、評価資料、入出金記録。これらが整っていなければ、後から説明することができません。
そして、家族・従業員・金融機関・将来の買主に説明できるかどうかを確認します。税務署にさえ説明できればよい、というものではありません。事業承継は、関係者の納得がなければ実行後に崩れます。
最後に、将来の選択肢を狭めないかを確認します。親族内承継で進めるとしても、将来M&Aや組織再編が必要になる可能性はあります。今の節税策が、将来の売却、資金調達、再編、後継者交代の障害にならないか。ここを見ておくことが重要です。
このテーマで深掘りしすぎない論点
第十テーマは、事業承継と資本政策を扱います。ただし、隣接するテーマとの重複を避けるため、次のように範囲を分けています。
相続対策全体、遺産分割、名義財産、生命保険、小規模宅地等の特例は、第九テーマで扱います。第十テーマでは、自社株と経営権に関係する範囲に絞ります。
不動産の時価、評価通達、鑑定評価、借入建築による相続税対策は、第八テーマで扱います。第十テーマでは、不動産の取得や保有が非上場株式評価や株価対策に与える影響として取り上げます。
M&Aのストラクチャー、株式譲渡、事業譲渡、会社分割、合併、適格・非適格組織再編は、第十一テーマで扱います。第十テーマでは、M&Aに進む前の株主構成・資本政策の整理にとどめます。
税務調査、否認、重加算税、附帯税、専門家活用は、第十三テーマで扱います。第十テーマでは、各対策を実行する前に、どの資料と説明が必要かを意識します。
事業承継で専門家に相談すべきタイミング
事業承継は、相続の直前や株式移転の直前になってご相談いただいても、選択肢が限られてしまうことがあります。
特に、次のような状況では早めの整理が必要です。
- 自社株評価額が大きく、後継者に納税資金や買取資金がない
- 株式が複数の親族や退職者に分散している
- 会社に役員借入金や役員貸付金が残っている
- 自己株式取得や資本の払戻しを検討している
- 種類株式、持株会社、信託を提案されている
- 事業承継税制を使うべきか迷っている
- 将来M&Aも選択肢として残したい
- 株価対策のために不動産購入、退職金支給、組織再編を検討している
- 金融機関や後継者に説明できる事業承継計画を作りたい
これらはいずれも、単なる申告処理ではありません。税務・会計・会社法・相続・資金繰り・金融機関対応を横断する判断です。
節税額だけで判断すると、会社の支配権や信用を損なうことがあります。逆に、早い段階で整理しておけば、株価対策、納税資金、議決権設計、家族間調整、金融機関対応を組み合わせて考える余地が生まれます。
まとめ:事業承継の節税は、会社を渡せる状態にして初めて意味がある
事業承継における節税は、税額を下げること自体が目的ではありません。
- 後継者が会社を引き継げること
- 必要な議決権を確保できること
- 納税資金や買取資金を準備できること
- 家族、従業員、金融機関、少数株主に説明できること
- 将来のM&Aや組織再編の選択肢を残せること
- 税務調査で、取引実態と資料を示せること
これらを満たして初めて、事業承継における節税は「会社を守る判断」になります。
犬飼公認会計士・税理士事務所では、非上場株式評価、株価対策、事業承継税制、自己株式取得、役員借入金・貸付金の整理、持株会社・種類株式・信託の検討、少数株主対策、M&A前の資本政策まで、税務・会計・会社法・資金繰りを一体で整理します。
自社株の評価額や株主構成に不安がある場合、事業承継税制を使うべきか迷っている場合、後継者に会社を渡す前に何を整理すべきか確認したい場合は、犬飼公認会計士・税理士事務所HPのお問い合わせページよりご相談ください。
振り返り
| 項目 | このテーマで確認すること | 詳細コラム |
|---|---|---|
| 事業承継の全体像 | 税額だけでなく、株価、議決権、後継者、資金、家族、経営継続性を整理する | 10-1 |
| 非上場株式評価 | 自社株評価の基本構造と、評価額を判断材料として使う考え方を理解する | 10-2 |
| 株価引下げ策 | 事業実態や資金の流れを欠く株価対策が危険な節税にならないか確認する | 10-3 |
| 役員借入金・貸付金 | オーナーと会社間の貸借が、相続財産、株価、後継者負担に与える影響を整理する | 10-4 |
| 自己株式・資本取引 | 自己株式取得、みなし配当、資本の払戻しの税務と会社法上の論点を確認する | 10-5 |
| 種類株式・持株会社・信託 | 議決権と財産権、先代関与、家族関係、会社法手続を含めて承継設計を考える | 10-6 |
| 事業承継税制 | 納税猶予の効果だけでなく、継続要件、取消リスク、後継者の覚悟を確認する | 10-7 |
| 従業員持株会・少数株主 | 株式分散、買取価格、譲渡制限、将来のM&Aへの影響を整理する | 10-8 |
| 判断軸 | 税額、資金繰り、経営権、説明資料、税務調査、将来の選択肢を分けて検討する | 第十テーマ全体 |
| 相談の目安 | 自社株評価、株主構成、資本取引、事業承継税制、M&A可能性が絡む場合は早めに整理する | 個別相談 |