自己株式・みなし配当・資本の払戻しの税務

事業承継のご相談では、「会社で株式を買い取れないか」という声がよく出てきます。

後継者以外の相続人が持つ株式を、会社が買い取る。先代経営者の保有株を、会社が自己株式として買い戻す。少数株主に株式を手放してもらい、後継者へ議決権を集中させる。相続税の納税資金を作るために、相続人が取得した非上場株式を発行会社へ譲渡する。あるいは、会社に蓄積した資金を、資本の払戻しという形で株主へ戻す。

いずれも、会社の資本構成を整えるうえで有効な選択肢になり得るものです。

ただし、自己株式取得や資本の払戻しは、通常の株式売買や通常の配当とは、税務の見え方が違います。とりわけ注意していただきたいのが「みなし配当」です。

「株式を売ったのだから譲渡所得だろう」「資本を払い戻すのだから税金は軽いはずだ」「会社に資金があるのだから会社で買えばよい」——こうした感覚のまま進めてしまうと、思いがけない所得区分、源泉徴収、法人税、贈与税、分配可能額、既存株主との利害調整といったところで、後々つまずくことになりかねません。

自己株式は、株主構成の変更や事業承継時の相続対策に活用できる、資本戦略の一つです。もっとも、資本戦略は会社の将来を左右する判断でもあります。選択を誤れば、会社の資金繰りや支配関係に大きな影響を及ぼします。

この記事では、事業承継・非上場株式・資本政策という文脈のなかで、自己株式取得、みなし配当、資本の払戻しをどのように整理すべきかを、順を追って解説します。

目次

自己株式取得は「株式売買」である前に「資本取引」である

自己株式取得とは、会社が自社の株式を株主から取得することをいいます。

一般の株式譲渡であれば、売主が買主に株式を売り、買主が新たな株主になります。ところが自己株式取得の場合、買主は発行会社自身です。会社が自ら発行した株式を取得するわけですから、これは単なる第三者間の売買ではなく、会社法上も税務上も「資本取引」として扱われます。

会社法上、株式会社が自己株式を取得できる場面は限られています。取得方法、決議、取得価額、分配可能額といった制約もかかります。会社が自由に株主から株式を買い取れる、というものではないのです。
出典:e-Gov法令検索|会社法

事業承継の実務で自己株式取得が検討される場面は、おおむね次のように整理できます。

場面自己株式取得が検討される理由主な注意点
後継者以外の相続人が株式を持っている株式分散を防ぎ、後継者に支配権を集めたい買取資金、価格の妥当性、相続人間の公平
先代経営者が引退する先代保有株を会社が買い戻し、承継を進めたいみなし配当、源泉税、会社資金の流出
少数株主がいる将来の経営紛争やM&Aの障害を減らしたい会社法手続、買取価格、少数株主保護
相続税の納税資金が必要相続人が相続株式を会社へ売却して現金化したいみなし配当課税の特例、届出期限
資本構成を整理したい自己株式取得後に消却・保有・再交付を検討したい資本金等の額、利益積立金額、会計処理

ここで押さえておきたいのは、自己株式取得は「会社のお金で株主に現金を渡す取引」だという点です。

だからこそ税務上は、「株式を売った」という譲渡の側面だけでなく、「会社に蓄積した利益を株主に払い戻した」という配当の側面からも見られます。この配当の側面を税法上とらえたものが、みなし配当にほかなりません。

みなし配当とは何か

みなし配当とは、会社法上は通常の配当ではないものの、税務上は実質的に配当と同じ性質を持つとして、配当とみなして課税する仕組みです。

法人税法24条1項と所得税法25条1項では、みなし配当に該当し得る事由として、非適格合併、非適格分割型分割、株式分配、資本の払戻し、自己の株式または出資の取得などが挙げられています。実務では、会社法上の取引名にとらわれるのではなく、株主が受け取った金銭等のうち、会社の資本金等の額に対応する部分を超える金額があるかどうかを確認していきます。
出典:e-Gov法令検索|法人税法
出典:e-Gov法令検索|所得税法

大まかにいえば、自己株式取得において株主が会社から受け取る金銭等のうち、「その株式に対応する資本金等の額」を超える部分——すなわち会社に蓄積された利益の払戻しに近い部分——が、みなし配当として扱われる可能性があります。

一方、みなし配当以外の部分は、株式の譲渡対価として扱われます。ここから株式の取得費などを差し引いて、譲渡所得または譲渡損益を計算していくことになります。

つまり、自己株式取得の対価は、税務上、そのすべてが譲渡収入になるわけではないのです。

自己株式取得の対価は「みなし配当」と「譲渡」に分かれる

自己株式取得で株主が会社から現金を受け取る場合、税務上は次のように整理します。

区分税務上の性質主な課税関係
資本金等の額に対応する部分資本の払戻しに近い部分譲渡対価の一部として整理
それを超える部分会社の利益の払戻しに近い部分みなし配当
譲渡対価部分から取得費等を差し引いた部分株式譲渡による損益個人は株式等譲渡所得等、法人は有価証券譲渡損益

国税庁のタックスアンサーでも、法人の株主等が自己株式または出資の取得により交付を受ける金銭等の合計額は、一定の除外事由を除いて、株式等に係る譲渡所得等の収入金額とみなされる、と整理されています。
出典:国税庁|No.1536 株式等に係る譲渡所得等の収入金額とみなされる場合-法人の合併等、自己株式の取得等の場合-

ただし、自己株式取得により交付を受ける金銭等のうち、所得税法25条1項によってみなし配当額に該当する部分については、譲渡所得等の収入金額とは切り分けて扱います。国税庁の解説でも、交付を受ける金銭等の合計額からみなし配当額を除いた部分が、株式等に係る譲渡所得等の収入金額とみなされる旨が示されています。
出典:国税庁|法人の自己の株式等の取得から除かれる措置法令第25条の8第8項第3号の「購入」

じつは、ここが、自己株式取得を節税目的で検討するときに最初に足をすくわれやすいところです。

個人株主の場合、株式譲渡所得であれば分離課税で整理されることが多く、配当所得よりも税負担が軽く見えることがあります。しかし自己株式取得では、対価の一部がみなし配当になり得ます。みなし配当部分は通常の配当と同じく配当所得として扱われますから、結果として税負担が想定より重くなることも珍しくありません。

「会社に売れば譲渡所得で済む」という理解は、危ういのです。

個人株主の場合:総合課税・源泉徴収・相続株式の特例を確認する

非上場会社のオーナーや相続人が自己株式取得に応じるケースでは、その多くが個人株主です。

個人株主にみなし配当が生じると、その部分は配当所得として扱われます。国税庁のタックスアンサーによれば、上場株式等以外の配当等については、20.42%(地方税なし)の税率で所得税および復興特別所得税が源泉徴収されます。また、上場株式等以外の配当等は原則として総合課税の対象となり、一定の少額配当を除いて、申告分離課税や確定申告不要制度は選択できません。
出典:国税庁|No.1330 配当金を受け取ったとき(配当所得)

こうしたことから、非上場会社の自己株式取得では、次のような確認が欠かせません。

第一に、対価のうちどの部分がみなし配当になるのか。第二に、そのみなし配当部分について、会社側で源泉徴収が必要になるのか。第三に、譲渡所得部分の取得費をどのように計算するのか。そして第四に、相続により取得した非上場株式を発行会社へ譲渡する特例が使えるのか。

とりわけ重要なのが、この最後の点、相続により取得した非上場株式を発行会社に譲渡する場合の特例です。

相続または遺贈により非上場株式を取得し、その相続等について納付すべき相続税額がある個人が、一定の手続を経たうえで発行会社に株式を譲渡する場合には、みなし配当課税ではなく、その譲渡対価の全額を非上場株式の譲渡所得の収入金額として扱う特例があります。適用にあたっては、譲渡日までに所定の届出書を発行会社へ提出し、発行会社がこれを翌年1月31日までに所轄税務署長へ提出するといった手続が必要です。
出典:国税庁|No.1477 相続により取得した非上場株式をその発行会社に譲渡した場合の課税の特例

この特例は、相続税の納税資金を作る場面では、有力な選択肢になります。

ただし、使えるかどうかは、相続税の納税義務、取得原因、譲渡先、提出期限、取得費加算との関係などによって判断が分かれます。相続が起きてから慌てて検討し始めると、届出期限や資金繰りに追われることになりがちです。

法人株主の場合:受取配当等の益金不算入と源泉徴収の有無を分ける

売主が法人株主である場合、みなし配当部分は、法人税法上、受取配当等として扱われます。法人税法上のみなし配当は、法人税法23条の受取配当等の益金不算入との関係のなかで検討していくことになります。
出典:e-Gov法令検索|法人税法

もっとも、法人株主だからといって、単純に「税金がかからない」と言い切れるわけではありません。

持株割合、保有期間、そして完全子法人株式等・関連法人株式等・非支配目的株式等といった区分によって、益金不算入の範囲は変わってきます。加えて、みなし配当以外の部分については、有価証券譲渡損益を計算することになります。

さらに、令和5年10月1日以後に支払を受けるべき配当等については、一定の内国法人が支払いを受ける完全子法人株式等に係る配当等や、基準日等において発行済株式等の3分の1超を直接保有する他の内国法人の株式等に係る配当等について、所得税を課さず、源泉徴収を行わないこととされています。
出典:国税庁|令和4年版 源泉所得税の改正のあらまし

したがって、法人株主への自己株式取得や資本の払戻しでは、次の順序で確認していきます。

まず、みなし配当が生じるかどうか。次に、そのみなし配当部分が受取配当等の益金不算入の対象になるかどうか。さらに、源泉徴収が必要か、あるいは源泉徴収を要しない配当等に該当するか。最後に、譲渡損益がどの程度生じるか。

「法人株主なら有利」と決めてかかるのではなく、株主属性と持株割合を前提に、税負担を実際に試算しておくことが大切です。

発行会社側:自己株式取得は損金にならず、資金流出を伴う

自己株式取得で見落とされがちなのが、発行会社側の資金繰りです。

会社が株主から株式を買い取れば、当然、会社から株主へ現金が出ていきます。しかし、その支払額は、通常の仕入や経費のように損金になるわけではありません。

自己株式取得は資本取引です。損益計算書上の費用ではなく、純資産・資本構成に関わる取引として扱われます。

ですから、自己株式取得を「会社の利益を減らす節税」と考えるのは、そもそもの見立てが違います。会社にとってこれは、税金を減らすための支出ではなく、株主構成を整理するための資金流出なのです。実行後に、運転資金、設備投資資金、借入返済資金、賞与原資、納税資金が不足しないか——ここを事前に確かめておかなければなりません。

金融機関の視点から見ても、多額の自己株式取得は慎重にチェックされます。

株主への資金流出によって自己資本が減る。手元資金が細る。借入返済能力が下がる。後継者の経営余力が小さくなる。さらには、会社の将来投資よりも株主への支払いを優先したように映ってしまう——こうした見え方は、避けられません。

事業承継の場面で自己株式取得を行うのであれば、税務上の計算だけでなく、実行後の資金繰り表、借入返済計画、金融機関への説明資料まで、あらかじめ整えておく必要があります。

分配可能額を超える自己株式取得はできない

会社法上、自己株式取得や剰余金の配当のように、株主へ会社財産を払い戻す行為には、分配可能額の制限がかかります。

分配可能額とは、簡単にいえば、会社が株主へ払い戻しても会社債権者を害しない範囲を測るための、会社法上の枠です。会計上は利益が出ているように見えても、自己株式の帳簿価額、臨時計算書類、その他の調整項目によって、実際の分配可能額は想定より小さくなることがあります。

事業承継の場面でよく見かける危うい判断が、次のようなものです。

「現金があるから買い取れる」「利益剰余金があるから買い取れる」「税理士が株価を計算したから実行できる」——残念ながら、これだけでは足りません。

自己株式取得では、会社法上の手続、分配可能額、取締役の責任、株主総会決議、譲渡制限株式の承認手続、そして少数株主との公平性まで確認する必要があります。税務計算が正しくても、会社法上の手続が不十分であれば、取引全体の説明可能性が弱くなってしまうのです。

買取価格を誤ると、贈与・寄附金・既存株主への利益移転が問題になる

自己株式取得では、買取価格が妥当かどうかが、きわめて重要になります。

非上場株式には市場価格がありません。そのため、相続税評価、所得税・法人税上の時価、会社法上の公正な価格、M&A価格、純資産価額、収益価値など、目的に応じた評価を整理しておく必要があります。

非上場株式の評価では、相続税法上の評価にとどまらず、会社法上の公正価値評価、法人税法上の時価、所得税法上の時価が問題になる場面があります。自己株式の買取りにおいても、株主側と発行法人側それぞれの税務上の取扱い、そして低額取得時の処理が検討対象になります。

高すぎる価格で会社が特定株主から自己株式を買い取れば、その売主株主への利益供与、既存株主の不利益、会社財産の流出が問題になります。逆に、低すぎる価格で買い取れば、売主から会社または残存株主への経済的利益の移転が問題になり得ます。

とくに同族会社では、次の点を確認しておきたいところです。

売主株主と後継者の関係。残存株主の持株割合の変化。買取前後の1株当たり価値の変化。売主が親で、買主会社の株主が子であるような場合の利益移転。会社が高額で買い取ることにより、売主に過大な経済的利益が移っていないか。あるいは低額取得により、残存株主の株式価値が上昇していないか。

こうした点を整理しないまま、「株価を下げたい」「相続税を減らしたい」という目的だけで自己株式取得に踏み切ると、後になって贈与税、法人税、所得税、そして会社法上の責任が問題になることがあります。

資本の払戻しは、通常の配当と同じではない

資本の払戻しとは、資本剰余金の減少を伴う剰余金の配当などによって、株主へ会社財産を払い戻す取引をいいます。

通常の利益配当は、会社が稼いだ利益を株主へ分配する取引です。これに対して資本の払戻しには、会社に払い込まれた資本に対応する部分を株主へ戻す、という側面があります。

とはいえ、税務上は「資本を戻すのだから全額非課税」というわけではありません。

資本の払戻しであっても、株主が受け取る金銭等のうち、資本金等の額に対応する部分を超える金額があれば、みなし配当が生じます。また、株主側では株式の一部譲渡に近い処理が生じ、発行会社側では資本金等の額と利益積立金額の減少を整理していくことになります。

国税庁の質疑応答事例では、2種類以上の株式を発行していない法人が、資本の払戻し等によって株主等へ金銭および金銭以外の資産を交付した場合に、一定の算式によって資本金等の額および利益積立金額から減算する金額を計算する旨が示されています。
出典:国税庁|適格現物分配による資本の払戻しを行った場合の税務上の処理について

さらに令和4年度税制改正では、令和4年4月1日以後に行われる資本の払戻しについて、みなし配当額の計算の基礎となる払戻等対応資本金額等、および資本金等の額の計算の基礎となる減資資本金額を、その資本の払戻しにより減少した資本剰余金の額を限度とする、という見直しが行われています。あわせて、種類株式を発行する法人が資本の払戻しを行った場合の計算についても、各種類資本金額を基礎として計算する見直しがなされました。
出典:国税庁|令和4年版 源泉所得税の改正のあらまし

資本の払戻しは、形式上「資本剰余金の配当」と表示されているという一点だけで判断できるものではありません。利益剰余金と資本剰余金の双方を原資とする配当、いわゆる混合配当については、最高裁令和3年3月11日判決を題材として、会社法上の配当概念と法人税法上のみなし配当の関係が、国税庁税務大学校論叢のなかでも整理されています。
出典:国税庁税務大学校|資本剰余金と利益剰余金の双方を原資とする配当を受けた場合の法人税法上の区分について

自己株式取得と資本の払戻しは、目的が違う

自己株式取得と資本の払戻しは、どちらも株主へ会社財産が移る取引です。ただし、事業承継上の意味合いは異なります。

項目自己株式取得資本の払戻し
主な目的特定株主から株式を取得し、株主構成を変える株主全体または一定の株式区分に資金を戻す
株主構成への影響大きい。売主は株主から離脱し、残存株主の持分割合が上がる原則として株主構成は変わりにくい
承継上の使い方少数株主整理、後継者への議決権集中、相続人株式の買取り過大資本の整理、資金還元、持株会社・種類株式設計との連動
税務上の中心論点みなし配当、譲渡所得、源泉税、買取価格みなし配当、資本金等の額、利益積立金額、プロラタ計算
資金繰りへの影響特定株主へのまとまった資金流出株主全体への資金流出になりやすい
説明すべき相手売主株主、残存株主、後継者、金融機関全株主、金融機関、税務署

事業承継で「株主を整理したい」のであれば、自己株式取得が候補になります。会社に余剰資金があり、株主全体へ資金を戻す設計であれば、資本の払戻しが候補になります。そして相続税の納税資金を作るのが目的であれば、相続人が取得した非上場株式を発行会社へ譲渡する特例まで含めて検討します。

目的を取り違えてしまうと、税務上は処理できたとしても、承継上の問題が残ってしまいます。

危険な節税になる自己株式取得・資本払戻し

次のような自己株式取得や資本の払戻しは、危険な節税になりやすいものです。

1. 配当課税を避けるためだけに自己株式取得を使う

「配当だと総合課税になるから、自己株式取得にして譲渡所得にしたい」という発想は、みなし配当制度に正面からぶつかります。

税法は、自己株式取得によって会社の利益が株主に払い戻される部分を、配当と同じ性質のものとして扱います。ですから、形式を株式売買に整えただけで配当課税を避けられるとは限りません。

2. 後継者に有利な価格で少数株主を買い取る

少数株主から安く買い取れば、残存株主である後継者の持株価値は上がります。反対に、高く買い取れば、会社財産が特定株主へ過大に流出します。

いずれの場合も、価格の根拠がなければ、税務上の問題にとどまらず、株主間の紛争や会社法上の問題にまで発展しかねません。

3. 会社の資金繰りを無視して先代株主へ現金を払う

先代経営者や相続人へ多額の現金を支払えば、会社の手元資金は減ります。

事業承継で本当に大切なのは、後継者が承継後も事業を続けられることです。株式整理のために会社資金を使いすぎると、設備投資、採用、借入返済、賞与支給にまで影響が及びます。

4. 相続税の納税資金だけを見て特例の期限を見落とす

相続株式を発行会社へ譲渡する特例は、納税資金対策として有効な場合があります。ただし、届出期限、発行会社側の提出義務、取得費加算、買取資金、分配可能額を確認しておかなければ、そもそも使えません。

5. 資本の払戻しを「非課税の資金還元」と誤解する

資本の払戻しであっても、みなし配当は生じ得ます。資本金等の額と利益積立金額の減少、株主側の譲渡損益、源泉徴収の有無、そして種類株式がある場合の計算まで、確認しておく必要があります。

実行前に確認すべき資料

自己株式取得や資本の払戻しを検討する際には、少なくとも次の資料を整理しておきます。

資料確認する理由
直近3期程度の決算書・申告書純資産、利益剰余金、資本金等の額、利益積立金額を確認するため
株主名簿売主、残存株主、同族関係、持株割合を確認するため
定款譲渡制限株式、種類株式、自己株式取得手続を確認するため
株主総会議事録・取締役会議事録案会社法上の意思決定を記録するため
非上場株式評価資料買取価格の妥当性を説明するため
分配可能額計算資料会社法上、取得・払戻しが可能か確認するため
資金繰り表会社資金の流出に耐えられるか確認するため
相続税申告書・遺産分割資料相続株式の取得原因、納税義務、特例適用を確認するため
源泉徴収税額の計算資料みなし配当部分の源泉徴収漏れを防ぐため
金融機関説明資料自己資本・手元資金への影響を説明するため

税務上の申告だけでなく、意思決定の経緯、価格の根拠、資金の流れを、後からきちんと説明できる状態にしておくこと。これが何よりも重要です。

実行判断の順番

自己株式取得や資本の払戻しを検討するときは、次の順番で判断していきます。

第1段階:目的を明確にする

まずは、何のために行うのかを整理します。

株式分散を防ぐためか。後継者に議決権を集中させるためか。相続税の納税資金を作るためか。少数株主との関係を整理するためか。余剰資金を株主へ戻すためか。あるいは、将来のM&Aに備えるためか。

目的が曖昧なまま進めてしまうと、税務上の処理だけがひとり歩きすることになります。

第2段階:会社法上できるか確認する

自己株式取得や資本の払戻しは、会社法上の制約を受けます。

分配可能額は足りるか。必要な決議は何か。譲渡制限株式の承認は必要か。特定株主から取得する場合、他の株主への通知や売主追加請求といった論点はないか。種類株式がある場合、種類株主総会は必要か。取締役の責任が問題にならないか。

税務上いくら有利であっても、会社法上実行できなければ、意味がありません。

第3段階:税務上の所得区分を分解する

続いて、株主側で、みなし配当、譲渡所得、譲渡損益を切り分けて計算します。

個人株主か、法人株主か。相続により取得した株式か。非上場株式を発行会社へ譲渡する特例が使えるか。みなし配当部分の源泉徴収は必要か。法人株主の場合、受取配当等の益金不算入や源泉徴収不要制度の対象になるか。譲渡損益はどのように出るか。

「総額でいくら払うか」ではなく、「その総額が税務上どう分かれるか」を見ること。これが肝心です。

第4段階:既存株主への影響を確認する

自己株式取得の後は、残存株主の持株割合が変わります。

後継者の議決権割合はどう変わるか。少数株主の権利はどう変わるか。相続人間の公平は保てるか。価格が低すぎたり、高すぎたりしていないか。贈与税や寄附金課税が問題にならないか。

事業承継においては、税務だけでなく、家族・株主・経営権をめぐる納得感が、同じくらい重要になります。

第5段階:会社の資金繰りと金融機関対応を確認する

最後に、実行後の会社そのものを見ます。

手元資金はいくら残るか。借入返済は継続できるか。設備投資や人件費に影響しないか。自己資本比率はどう変わるか。金融機関へ説明できるか。将来M&Aを行う場合、買主に説明できるか。

自己株式取得は、会社にとって資金流出です。税務上の有利・不利だけでなく、承継後の経営余力まで確認しておかなければなりません。

まとめ:自己株式取得は、節税策ではなく資本政策である

自己株式取得や資本の払戻しは、事業承継において有効な選択肢になり得ます。

しかし、それは「税金を減らすテクニック」ではありません。

自己株式取得は、株主構成を変える資本政策です。みなし配当は、株式売買という形式のなかに潜む配当課税です。資本の払戻しは、通常配当とは異なる、資本と利益の整理です。発行会社側では、損金ではなく資本取引として資金が流出します。既存株主には、持株割合や株式価値の変化が生じます。そして後継者には、承継後の資金繰りと経営権への影響が残ります。

ですから、自己株式取得や資本の払戻しを検討する際には、次の問いに答えられる状態で実行に移す必要があります。

なぜこの取引を行うのか。誰の株式を、いくらで、どの根拠で取得するのか。みなし配当と譲渡所得はどう分かれるのか。源泉徴収や届出は必要か。会社法上の分配可能額と手続は満たしているか。残存株主と相続人に説明できるか。会社の資金繰りと金融機関対応に耐えられるか。将来のM&Aや次の承継に支障を残さないか。

これらを整理しないまま、「会社で買えばよい」「資本を戻せばよい」と進めてしまうのは、やはり危険です。

犬飼公認会計士・税理士事務所では、自己株式取得、みなし配当、資本の払戻しについて、非上場株式評価、株主構成、相続税・贈与税、法人税、源泉所得税、会社法手続、資金繰りを一体で整理いたします。事業承継や少数株主対策として自己株式取得をお考えの場合は、実行前に、買取価格・税負担・資金流出・必要手続を比較できる状態にしておくことが大切です。具体的な株主構成や決算数値を前提に検討したい場合は、犬飼公認会計士・税理士事務所HPのお問い合わせページよりご相談ください。

振り返り

論点重要ポイント実行前の確認事項
自己株式取得株式売買であると同時に資本取引会社法手続、分配可能額、買取目的
みなし配当対価の一部が配当所得・受取配当等になる資本金等の額に対応する部分の計算
個人株主みなし配当は総合課税・源泉徴収の対象になり得る源泉税、譲渡所得、取得費、確定申告
相続株式の発行会社譲渡納税資金対策として特例が使える場合がある届出期限、相続税額、取得原因
法人株主受取配当等の益金不算入と譲渡損益を分ける持株割合、保有期間、源泉徴収不要制度
発行会社側支払額は通常の損金ではなく資本取引資金繰り、純資産、金融機関説明
買取価格時価から乖離すると利益移転が問題になる評価方法、株主間公平、贈与・寄附金リスク
資本の払戻し通常配当とは異なり、資本金等の額・利益積立金額を整理する減少資本剰余金額、種類株式、みなし配当
既存株主への影響自己株式取得後に持株割合・議決権が変わる後継者支配権、少数株主、相続人間公平
最終判断節税ではなく資本政策として判断する税額、資金、手続、説明可能性、将来の選択肢
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