非上場株式の売買では、「いくらで売るか」「いくらなら買えるか」という取引価格の話とは別に、もう一つの問いが必ず付いてまわります。それは、「その価格を、税務上の時価として説明できるか」という問いです。
とりわけ、親族間や同族株主間、代表者と会社の間、グループ会社間、あるいは会社と役員・従業員の間で株式を動かす場合には注意が必要です。当事者が合意した価格であっても、税務上そのまま認められるとは限らないからです。
第三者間のM&Aであれば、売主は少しでも高く売りたい、買主は少しでも安く買いたい、という利害の対立が自然に働きます。ところが、同族関係者間や個人と法人の間の取引では、その緊張関係が弱まります。価格を調整するだけで、財産や所得、利益を移転できてしまう余地が残るのです。だからこそ税務では、合意価格そのものだけを見るのではなく、時価との差額に経済的利益の移転が隠れていないかを確認します。
ここで押さえておきたいのは、税務上の時価は、M&Aの取引価格とも、相続税評価額とも、会社法上の公正な価格とも、完全には一致しないという点です。
M&A価格は、売主と買主が交渉の末に合意する取引条件です。これに対して税務上の時価は、課税の場面で、経済的利益が適正に認識されているかどうかを判断するための基準にあたります。評価の目的が違えば、確認すべき前提も変わってきます。
この記事では、非上場株式の「税務上の時価」を、法人税・所得税・相続税・贈与税という複数の角度から整理していきます。なお、評価明細の具体的な作成方法や、類似業種比準価額・純資産価額・配当還元価額の計算手順については、別の記事で改めて詳しく取り上げます。
税務上の時価で、最初に確認すべきこと
非上場株式の税務上の時価を考えるとき、私がまず確認するのは、「どの税目の、どの取引における時価なのか」という点です。
同じ株式の移転でも、誰から誰へ動くかによって、課税関係はまったく変わってきます。
- 個人が個人へ譲渡するのか
- 個人が法人へ譲渡するのか
- 法人が個人へ譲渡するのか
- 法人が法人へ譲渡するのか
- 会社が自己株式として取得するのか
- 相続・贈与で取得するのか
- 組織再編や株式交換・株式移転に伴う移転なのか
この整理を飛ばしたまま「税務上の時価はいくらか」と考え始めると、判断を誤りやすくなります。
たとえば、個人間で著しく低い価額により財産を譲り受けた場合には、対価と時価との差額について、贈与により取得したものとみなされることがあります。相続税法第7条は、著しく低い価額の対価で財産の譲渡を受けたときに、対価と譲渡時の時価との差額相当額を、贈与または遺贈により取得したものとみなす旨を定めています。
個人が法人へ著しく低い価額で譲渡する場合には、所得税の世界で、時価により譲渡したものとみなされることがあります。所得税法第59条は、法人に対する贈与や著しく低い価額の対価による譲渡などについて、その時における価額に相当する金額で譲渡があったものとみなす旨を定めています。
法人が関与する場合には、法人税の論点が加わります。無償または低額による資産の譲渡・譲受けが、益金・損金・寄附金・受贈益といった問題につながるためです。法人税法第22条は、無償による資産の譲渡や役務の提供、無償による資産の譲受けなどを含め、資本等取引以外の取引にかかる収益を益金の額に算入する、という基本構造を定めています。
つまり、非上場株式の税務上の時価は、「株価を一つ出せば終わり」というものではありません。取引の当事者、取引の形態、税目、株主の立場、支配関係。これらを整理して初めて、どの時価が問題になるのかが見えてきます。
M&A価格と税務上の時価は、なぜ違うのか
M&A価格は、売主と買主が交渉して合意する価格です。
そこには、事業計画や正常収益力、将来キャッシュ・フロー、買主固有のシナジー、デューデリジェンスで判明したリスク、支払条件、表明保証、価格調整、アーンアウトなど、実にさまざまな取引条件が織り込まれます。
一方、税務上の時価は、課税の公平を保つために、経済的利益の移転がないかを判断するための価額です。性格がまったく異なります。
たとえば、親族間で非上場株式を低い価格で売買すれば、実質的には売主から買主へ財産が移転したと見る余地が生まれます。法人が代表者から株式を安く買えば、法人側に受贈益が生じることがあります。法人が役員へ株式を安く譲渡すれば、今度は役員側で給与課税などが問題になることがあります。
ですから、M&A価格が成立しているからといって、それが常に税務上の時価として説明できるとは限りません。
逆もまた然りです。税務上の通達評価額があるからといって、それが第三者間のM&Aで成立する価格になるわけではありません。第三者M&Aでは、支配権やシナジー、競争環境、事業リスク、取引条件が価格に影響します。税務上の評価は、その取引価格の妥当性を考えるうえで重要な基準にはなりますが、M&A価格そのものではないのです。
この違いを理解しないままだと、次のような誤解が生まれがちです。
- 相続税評価額で売買すれば、税務上も必ず安全である
- M&Aで合意した価格だから、親族間売買でもそのまま使える
- 純資産価額を出したから、法人税・所得税・相続税のすべてで問題ない
- 税務上の時価を検討したから、少数株主にも公正な価格として説明できる
いずれも、個別の事情によっては大きなリスクを残しかねない考え方です。
低額譲渡と高額譲渡で、何が問題になるのか
税務上の時価が問題になる典型的な場面が、低額譲渡と高額譲渡です。
低額譲渡とは、時価よりも低い価格で財産を譲渡することをいいます。高額譲渡は、その反対で、時価よりも高い価格で譲渡することです。
非上場株式には、そもそも市場価格がありません。そのため、どの程度の差をもって「低額」あるいは「高額」といえるのかが、難しい論点になります。とくに当事者の間に親族関係や支配関係、資本関係、役員関係などがある場合には、その価格差が単なる交渉の結果なのか、それとも経済的利益の移転なのかを、慎重に見極める必要があります。
低額譲渡で問題になること
低額譲渡では、買主が時価より安く株式を取得することになります。その分、経済的利益を受けたと見られる可能性が出てきます。
個人間で著しく低い価額の譲渡が行われた場合には、譲受人に対する贈与税が問題になり得ます。相続税基本通達7-1は、相続税法第7条の「著しく低い価額」の判定について、譲渡された財産が複数あるときは、個々の財産ごとではなく、譲渡があった時ごとに一括して判定する旨を定めています。あわせて同通達7-2では、公開された市場で取得したような場合には、課税上の弊害があると認められるときを除き、相続税法第7条を適用しない取扱いが示されています。
出典:国税庁|相続税法基本通達 第7条《贈与又は遺贈により取得したものとみなす場合》関係
個人が法人へ低額で譲渡する場合には、譲渡人である個人側にみなし譲渡課税が生じることがあります。同時に、譲受法人の側でも、時価との差額が受贈益として課税の対象になり得ます。
法人が個人へ低額で譲渡する場合はどうでしょうか。法人側では、時価により譲渡したものとして収益認識が問題になります。個人側では、その利益が給与なのか、賞与なのか、役員給与なのか、あるいは寄附や贈与にあたるのか、という性質判断が問題になり得ます。
法人が法人へ低額で譲渡する場合には、譲渡法人側で寄附金、譲受法人側で受贈益が問題になり得ます。グループ法人間の取引であれば、完全支配関係の有無や、グループ法人税制の適用関係もあわせて確認しておく必要があります。
高額譲渡で問題になること
高額譲渡では、買主が時価より高い価格を支払います。その結果、今度は売主側に利益が移転したと見られる可能性が生じます。
たとえば、法人が代表者や同族株主から非上場株式を高く買い取る場合、時価を超える部分について、役員給与、寄附金、みなし配当、利益供与、さらには少数株主への影響などが問題になり得ます。
自己株式の取得も同じ構図です。会社が株主から自己株式を取得する際には、単に「株式を買う」だけで終わりません。みなし配当、譲渡所得、法人株主・個人株主それぞれの課税関係、発行法人側の資本等の額、財源規制、既存株主への経済的な影響まで、ひととおり整理しておく必要があります。
高額譲渡を検討するときに、「売主に課税されるのだから問題ない」と考えるのは早計です。買主側で過大な支出が損金になるのか、法人から特定の個人や法人へ経済的利益が移転していないか、既存株主との関係で不合理な利益移転が生じていないか。こうした点まで確認してこそ、検討が一巡したといえます。
個人から個人へ非上場株式を譲渡する場合
個人間の非上場株式の売買では、まず譲渡人側で株式譲渡所得の課税が問題になります。非上場株式は、通常、一般株式等として譲渡所得等の課税対象に含まれます。
そのうえで、個人間取引でとくに気をつけたいのが、著しく低い価額で譲渡した場合の贈与税です。
たとえば、親から子へ、あるいは兄弟間や親族間で、実質的に支配関係のある株主同士で株式を低い価格で譲渡したとします。たとえ売買契約書があり、代金の授受がきちんと行われていても、税務上は時価との差額について贈与があったとみなされることがあります。
ここで問われるのは、「売買代金があるか」という形式だけではありません。
- 売買価格はどのように決められたのか
- 売主と買主の関係はどうか
- 第三者間で成立し得る価格か
- 支配権の移転を伴うのか
- 少数株式の移転なのか
- 財産評価基本通達による評価額との関係はどうか
- 過去に類似の売買実例があるか
- 会社の純資産、収益力、含み益、配当状況はどうか
こうした事情を整理しなければ、「著しく低い価額」に当たるかどうかの判断にはたどり着けません。
なお、相続税法第7条の「著しく低い価額」は、機械的に一律の割合だけで線を引けるものではありません。取引の事情、当事者の関係、財産の性質、評価の方法、そして実質的な利益移転の有無まで含めて、総合的に検討していくことになります。
個人から法人へ非上場株式を譲渡する場合
個人が法人へ非上場株式を譲渡する場合には、所得税と法人税の両方に目を配る必要があります。
個人が法人へ時価より低い価格で譲渡したときは、所得税法第59条により、一定の場合に時価で譲渡したものとみなされることがあります。この点について、所得税基本通達59-3は、法人に対し時価の2分の1以上の対価で譲渡したのであれば所得税法第59条第1項第2号の適用はないものの、同族会社等の行為または計算の否認規定に該当する場合には、税務署長の認めるところにより時価相当額で所得計算をすることができる、という取扱いを示しています。
出典:国税庁|所得税基本通達 法第59条《贈与等の場合の譲渡所得等の特例》関係
また、所得税基本通達59-6は、株式等を贈与等した場合の「その時における価額」について、取引相場のない株式の評価に関し、財産評価基本通達の例により算定する際の読替え等を定めています。
出典:国税庁|所得税基本通達 法第59条《贈与等の場合の譲渡所得等の特例》関係
一方、譲受法人の側では、時価より低い価格で株式を取得した場合、時価との差額が受贈益として益金に算入されることがあります。
この取引で気をつけたいのは、個人側だけ、あるいは法人側だけを見て判断しないことです。
- 個人側では、譲渡所得の計算が問題になります
- 法人側では、取得価額、受贈益、将来の譲渡損益が問題になります
- 法人の株主側では、株式価値の増加を通じて、別途みなし贈与等の問題が生じることがあります
- 同族会社であれば、行為計算否認の観点も無視できません
個人が自分の支配する法人へ株式を売る場合は、とくに注意が要ります。形式上は個人と法人の取引であっても、経済的には同一グループ内での財産移転に近いことがあるからです。だからこそ、価格設定の根拠と取引の目的を、あらかじめ明確にしておくことが大切になります。
法人から個人へ非上場株式を譲渡する場合
法人が個人へ非上場株式を譲渡する場合には、法人側と個人側とで、異なる課税関係が生じます。
法人側では、たとえ時価より低い価格で譲渡したとしても、税務上は時価相当額で譲渡したものとして収益を認識すべきかどうかが問題になります。法人税法は、無償による資産の譲渡や無償による資産の譲受けまで含めて、資本等取引以外の取引にかかる収益を益金の額に算入する構造を採っているためです。
個人側では、法人から受けた経済的利益が、どのような性質のものかが問題になります。
- 役員であれば、役員給与または賞与
- 従業員であれば、給与課税
- 株主であれば、配当または利益供与
- 取引先や第三者であれば、一時所得、雑所得、贈与に類する課税
このように、誰が譲受人なのかによって、税務上の整理は大きく変わってきます。
とくに、法人が役員や同族株主に対して非上場株式を低額で譲渡する場合には、法人税、所得税に加え、会社法上の利益相反や役員給与の損金算入制限まで絡んできます。「時価との差額を課税すればよい」と単純に割り切るのではなく、支出の性質、取引の合理性、取締役会・株主総会などの手続、既存株主への影響まで確認しておきたいところです。
法人から法人へ非上場株式を譲渡する場合
法人間の非上場株式の売買では、法人税法上の時価が中心の論点になります。
法人が有価証券を譲渡した場合、法人税法第61条の2は、その譲渡にかかる譲渡利益額または譲渡損失額を、原則として、譲渡契約をした日の属する事業年度の益金または損金に算入する旨を定めています。
法人間で時価より低い価格で譲渡すれば、譲渡法人側では寄附金、譲受法人側では受贈益が問題になり得ます。反対に、時価より高い価格で譲渡すれば、譲受法人側で過大な支出が寄附金等とされることがあります。
評価の手がかりとしては、法人税基本通達9-1-13が、市場有価証券等以外の株式の価額について、売買実例、公募等価格、類似法人比準、純資産価額等を参酌して、通常取引されると認められる価額を整理しています。さらに法人税基本通達9-1-14は、一定の市場有価証券等以外の株式について、財産評価基本通達178から189-7までの例により算定した価額を、課税上の弊害がない限り、一定の条件のもとで認める取扱いを示しています。
ただ、ここで押さえておきたいのは、これらの通達は、あらゆる法人間の売買価格を機械的に決めてくれる万能のルールではない、ということです。実際には、次のような点を一つひとつ確認していくことになります。
- 売買実例があるのか
- その売買実例は適正といえるのか
- 類似法人の価額を参酌できるのか
- 純資産価額をどう見るのか
- 財産評価基本通達を参照する場合、どの条件を満たす必要があるのか
- 支配権の移転を伴うのか
- 完全支配関係にある法人間の取引なのか
- グループ法人税制の適用があるのか
法人間取引では、時価評価そのものにとどまらず、グループ内取引、寄附金、受贈益、完全支配関係法人間の譲渡損益調整、組織再編税制との関係まで視野に入れて確認していく必要があります。
相続税・贈与税での非上場株式評価
相続税・贈与税の場面では、取引相場のない株式について、財産評価基本通達に基づく評価が大きな意味を持ちます。
財産評価基本通達178は、取引相場のない株式について、評価会社が大会社・中会社・小会社のいずれに該当するかに応じて評価することを定めています。ただし、同族株主以外の株主等が取得した株式や、特定の評価会社の株式については、別途188や189の定めによることとされています。
財産評価基本通達179は、取引相場のない株式の評価の原則として、大会社では原則として類似業種比準価額、中会社では類似業種比準価額と純資産価額の併用、小会社では原則として純資産価額による評価を定めています。
また、財産評価基本通達188および188-2は、同族株主以外の株主等が取得した株式について、配当還元方式による評価を定めています。
相続税・贈与税の評価で見落としてはならないのは、会社の価値そのものだけでなく、「誰が取得した株式か」という視点です。
同じ会社の、同じ普通株式であっても、取得者が同族株主か、それとも同族株主以外の少数株主かによって、評価方法が変わることがあります。
ですから、非上場株式の相続税評価では、会社の財務数値だけを追うわけにはいきません。株主構成、議決権割合、同族関係者、中心的な同族株主、少数株主、自己株式、種類株式、相互保有株式といった要素の確認が欠かせないのです。
財産評価基本通達を使えば、常に安全なのか
非上場株式の税務評価において、財産評価基本通達はたしかに重要です。とはいえ、通達評価を使いさえすれば常に安全か、というと、そうとも言い切れません。
まず、財産評価基本通達は、相続税・贈与税における財産評価を中心としたルールです。法人税や所得税の時価判断で参照される場面はあるものの、その場合でも、どの税目の、どの文脈で通達評価を用いるのかを、はっきりさせておく必要があります。
次に、評価通達による評価額が取引の実態と著しくかけ離れているような場合には、評価通達6項の適用など、別の問題が生じることがあります。
さらに、通達そのものも改正されます。たとえば国税庁は、令和8年3月25日付で、取引相場のない株式等の評価について、純資産価額方式における法人税額等相当額に関する財産評価基本通達の一部改正の情報を公表しています。
出典:国税庁|『財産評価基本通達の一部改正について』通達のあらましについて(情報)
こうした事情から、非上場株式の評価では、過去の評価明細や過年度の申告書、以前の書籍や手元の資料をそのまま流用するのではなく、評価基準日時点の法令・通達・改正情報をその都度確認することが欠かせません。
とくに次のような会社では、通達評価の適用関係を慎重に確かめておきたいところです。
- 株式等保有特定会社
- 土地保有特定会社
- 比準要素数1の会社
- 比準要素数0の会社
- 開業後間もない会社
- 休業中または清算中の会社
- 種類株式を発行している会社
- 自己株式を保有している会社
- 大きな含み益・含み損を抱える会社
- 評価基準日前後に組織再編、増資、自己株式取得、資産売却がある会社
通達評価は重要な出発点です。ただ、それをどの目的で使うのか、現行の通達に沿っているのか、取引の実態と整合しているのか。この三点を確認して、はじめて意味を持ちます。
税務上の時価を検討するときの、実務上の判断軸
非上場株式の税務上の時価を検討する際には、少なくとも次の観点を整理しておきたいところです。
1. 取引当事者の関係
まずは、売主と買主の関係を確認します。
- 第三者間の取引なのか
- 親族間の取引なのか
- 同族株主間の取引なのか
- 代表者と会社の取引なのか
- 役員・従業員と会社の取引なのか
- 完全支配関係にある法人間の取引なのか
- グループ会社間の取引なのか
税務上の時価リスクは、当事者間の利害対立が弱いほど高まります。
第三者間で十分な交渉があり、複数の候補者が存在し、デューデリジェンスや価格交渉を経て成立した価格であれば、取引価格そのものが重要な参考資料になります。一方、親族間や同族会社間の取引では、合意価格だけでは説明が足りない場面が多くなります。
2. 取引目的
次に、なぜその取引を行うのかを確認します。
- M&Aによる第三者承継なのか
- 事業承継のための親族内移転なのか
- 株主整理なのか
- 自己株式取得なのか
- 持株会社化なのか
- グループ再編なのか
- 従業員持株会や役員インセンティブなのか
取引の目的が曖昧なまま価格だけを決めてしまうと、税務上、なぜその価格が合理的といえるのかを説明しづらくなります。
3. 評価対象
評価の対象も、はっきりさせておく必要があります。
- 会社全体の株式価値なのか
- 一部持分の価値なのか
- 支配権付きの株式なのか
- 少数株主の持分なのか
- 普通株式なのか
- 種類株式なのか
- 自己株式取得の対象となる株式なのか
とくに、支配権を伴う株式と少数株式とでは、経済的な意味が異なります。支配権があれば、役員の選任、配当政策、事業方針、資産処分にまで影響を及ぼせます。一方で少数株式の場合、経営への影響力や換金の可能性が限られることがあります。
4. 評価基準日
非上場株式の価値は、評価基準日によって変わります。
- 直近の決算日なのか
- 売買契約日なのか
- 譲渡日なのか
- 相続開始日なのか
- 贈与日なのか
- 自己株式取得日なのか
- 組織再編の効力発生日なのか
評価基準日の前後に、主要取引先の喪失、役員の退任、資産売却、増資、借入返済、税務調査、訴訟、組織再編といった出来事があれば、評価額に影響することがあります。
5. 評価方法
非上場株式の評価方法は、一つではありません。
- 財産評価基本通達による評価
- 法人税基本通達・所得税基本通達を踏まえた評価
- 売買実例の参照
- 類似会社比較法
- DCF法
- 時価純資産法
- 配当還元方式
- 第三者評価機関による株式価値算定
どの方法がふさわしいかは、評価の目的と取引の内容によって変わります。
税務上の説明では、単に「DCFで高い価値が出た」「純資産で低い価値が出た」というだけでは足りません。なぜその手法を採用したのか、採用しなかった手法があるならその理由は何か、税務上の取扱いとどう整合するのか。ここまで整理して、はじめて説明になります。
6. 価格差の税務上の処理
最後に、時価と取引価格に差がある場合、その差額をどう処理するのかを確認します。
- 譲渡所得か
- みなし譲渡か
- 受贈益か
- 寄附金か
- 給与か
- 役員給与か
- みなし配当か
- 贈与税の対象か
- 既存株主への利益移転があるか
ここを整理しないまま取引に踏み切ると、売主・買主の一方にとどまらず、発行会社、既存株主、後継者、グループ会社にまで税務影響が及ぶことがあります。
「時価より低い」と「著しく低い」は、同じではない
実務でとくに誤解されやすいのが、「時価より低い」と「著しく低い」の違いです。
相続税法第7条が問題にしているのは、「著しく低い価額」の対価で財産の譲渡を受けた場合です。これに対して、法人税や所得税では、低額譲渡について、別の規定や通達上の取扱いが問題になります。
注意したいのは、ある税目で問題にならないからといって、別の税目でも問題にならないとは限らない、という点です。
たとえば、所得税法第59条の低額譲渡に関する判定と、相続税法第7条の「著しく低い価額」の判定は、別物です。さらに、法人税上の受贈益・寄附金の問題も、それとは別に確認しておく必要があります。
加えて、相続税法第7条・第9条の適用について、国税庁の個別通達では、土地等および家屋等の負担付贈与や、個人間の対価を伴う取引が「著しく低い価額」に該当するかどうかを、個々の取引について取引事情や当事者間の関係等を総合的に勘案し、実質的に贈与を受けたと認められる金額があるかどうかで判定する旨が示されています。これは不動産等に関する通達ですが、低額譲渡を考えるうえで、単純な割合だけでなく、取引事情や当事者関係まで見るべきだという視点は、株式の評価にも通じる重要なものです。
出典:国税庁|負担付贈与又は対価を伴う取引により取得した土地等及び家屋等に係る評価並びに相続税法第7条及び第9条の規定の適用について
したがって、非上場株式の低額譲渡では、「時価の何%なら安全」といった単純な物差しではなく、税目ごとの規定、通達、評価方法、当事者関係、取引目的をひととおり整理することが求められます。
税務上の時価を検討せずに進めると、何が起きるか
非上場株式の税務上の時価を検討しないまま取引を進めてしまうと、後になって複数の問題が一度に噴き出すことがあります。
売主側では、想定していなかった譲渡所得、みなし譲渡、みなし配当が問題になることがあります。
買主側では、受贈益、給与課税、贈与税、取得価額の修正が問題になることがあります。
法人側では、寄附金、役員給与、損金不算入、受贈益、資本等取引、グループ法人税制が問題になることがあります。
既存株主側では、株式価値の移転を通じて、みなし贈与や経済的利益の移転が問題になることがあります。
さらには、後継者、少数株主、金融機関、税務署に対して、なぜその価格で取引したのかを説明できない、という状態に陥ることもあります。
非上場株式の価格は、一見すると当事者だけで自由に決められるように見えます。しかし税務上は、その価格が経済の実態に照らして合理的か、第三者に説明できるか、課税上の弊害がないか、という観点から問われることになります。
税務上の時価を整理するために必要な資料
税務上の時価を検討するには、少なくとも次の資料を手元に整えておきたいところです。
- 株主名簿
- 定款
- 種類株式の内容
- 直近数期分の決算書
- 法人税申告書・勘定科目内訳書
- 月次試算表
- 固定資産台帳
- 土地・建物・有価証券などの含み損益資料
- 借入金一覧
- 役員貸付金・役員借入金の明細
- 関連当事者取引の内容
- 過去の株式売買実例
- 配当実績
- 事業計画
- 組織再編や自己株式取得の予定資料
- 相続・贈与・承継の背景資料
- 売買契約書案または取引条件案
これらがそろわないまま評価額だけを出しても、税務上の説明力はどうしても弱くなります。
とりわけ、株主構成と議決権割合は重要です。同族株主に該当するのか、少数株主として配当還元方式が使える場面なのか、自己株式や相互保有株式が議決権判定にどう影響するのか。こうした点を確認しておく必要があります。
財務の実態も同じく重要です。決算書上の純資産や利益だけでなく、非事業資産、遊休不動産、含み損益、簿外債務、税務上の否認リスク、役員関連取引まで整理することで、評価額の意味合いが大きく変わることがあります。
税務上の時価とM&A価格を、どう接続するか
税務上の時価を検討する目的は、M&A価格を否定することではありません。
むしろ大切なのは、M&A価格と税務上の時価の違いを理解したうえで、その取引価格をきちんと説明できる状態にしておくことです。
第三者間のM&Aでは、売主・買主の交渉、デューデリジェンス、競争環境、シナジー、支払条件などを通じて、取引価格が形づくられます。その価格は、税務上の時価を考えるうえでも、重要な参考資料になります。
ただし、親族間売買、同族会社間売買、自己株式取得、事業承継、組織再編といった場面では、「M&A相場」や「仲介会社の査定額」をそのまま当てはめるだけでは足りません。税務上の時価として説明するためには、取引目的、当事者関係、評価方法、課税関係を、改めて整理する必要があります。
逆に、税務上の時価を意識するあまり、M&A価格として経済合理性を欠く価格を設定してしまうのも問題です。買主にとって将来キャッシュ・フローでは回収できない価格、売主にとって説明のつかない安値、少数株主に説明できない価格は、税務以外のリスクを残します。
非上場株式の価格を判断するうえでは、次の三つを切り分けて考えることが欠かせません。
- M&A・承継・資本政策のうえで、経済合理性のある価格
- 税務上、時価として説明できる価格
- 会社法・株主間の関係のうえで、手続と説明責任に耐えられる価格
この三つが、いつも一致するとは限りません。だからこそ、評価額を唯一の正解として扱うのではなく、どの目的で、どの価格を使うのかを、はっきりさせておく必要があるのです。
税務上の時価を検討する際に、避けるべき判断
非上場株式の税務上の時価を考えるとき、次のような判断は避けたいところです。
- 相続税評価額を、そのまま売買価格にしてしまう
- 過去の株価算定書を、評価基準日を確認せずに使う
- 親族間売買で、当事者の希望価格だけで決めてしまう
- 法人税・所得税・相続税の違いを整理しない
- 同族株主か少数株主かを確認しない
- 株式の支配権や議決権割合を見ない
- 自己株式取得を、通常の株式売買と同じように考える
- 時価との差額について、誰にどの課税が生じるかを確認しない
- 財産評価基本通達の改正や、現行の取扱いを確認しない
- 税務上の時価だけを見て、M&A価格や会社法上の説明責任を無視する
税務上の時価は、節税のために都合よく選ぶものではありません。取引の事実、資料、法令・通達、評価の目的、当事者の関係に基づいて、後から説明できるように整えていくもの。私はそう考えています。
相談の前に、整理しておきたい事項
非上場株式の税務上の時価について専門家に相談される前に、次の事項を整理しておくと、その後の検討がスムーズに進みます。
- 誰から誰へ株式を移転するのか
- 譲渡人と譲受人は、個人か法人か
- 親族関係、同族関係、資本関係、役員関係はあるか
- 取引の目的は、M&A、事業承継、自己株式取得、株主整理、組織再編のどれか
- 移転する株式は、支配権を伴うのか、少数持分なのか
- 普通株式か、種類株式か
- 評価基準日はいつか
- 希望価格、または合意予定価格は、どのように決まったのか
- 過去に株式の売買実例はあるか
- 直近決算と現在の財務状況に、大きな変化はないか
- 非事業資産、含み損益、簿外債務、役員貸付金・借入金はないか
- 取引後に、株主構成はどう変わるか
- 税務署、株主、後継者、金融機関、取締役会に説明する必要があるか
これらを整理しておくと、単に株価を計算するだけでなく、どの税目で、どの課税関係が問題になり、どの評価方法を採るべきかまで、踏み込んで検討できるようになります。
税務上の時価は、価格を守るための説明基盤である
非上場株式の税務上の時価は、単なる税務計算上の論点にとどまりません。
- M&A価格をどこまで受け入れられるか
- 親族間売買を、どの価格で行うべきか
- 自己株式の取得価格を、どう説明するか
- 後継者への株式移転を、どう設計するか
- 少数株主や既存株主に、どのように説明するか
- 将来の税務調査で、どの資料を根拠として示せるか
これらはすべて、重要な経営判断につながっていきます。
非上場株式の価格は、当事者の希望だけで決められるものではありません。かといって、税務上の評価額だけで経営判断を決めてしまうのも、適切とはいえません。
必要なのは、M&A価格、税務上の時価、相続税評価、会社法上の説明責任を切り分けたうえで、それぞれの目的に応じて、後から説明できる判断材料を整えておくことです。
非上場株式の売買や自己株式取得、親族間移転、事業承継、組織再編にあたって、「この価格で進めてよいのか」「税務上の時価として説明できるのか」「低額譲渡や高額譲渡のリスクはないか」を確かめたい。そうお考えであれば、できるだけ早い段階で論点を整理しておくことをおすすめします。
犬飼公認会計士・税理士事務所では、非上場株式の税務上の時価、M&A価格の判断、自己株式取得、事業承継・組織再編に関する論点について、会計・税務・会社法上の説明可能性を踏まえて整理いたします。
評価額を出すこと自体ではなく、その価格をどの目的で使い、誰に対して、どの根拠で説明するのかを明確にしたい。そのようなときは、当事務所ホームページのお問い合わせページから、お気軽にご相談ください。
振り返り|非上場株式の税務上の時価で押さえるべき事項
| 論点 | 確認すべきポイント |
|---|---|
| 税務上の時価 | M&A価格とは別に、課税上の経済的利益の移転がないかを確認するための基準 |
| 取引当事者 | 個人間、個人法人間、法人法人間、自己株式取得で課税関係が変わる |
| 低額譲渡 | 買主側の受贈益・贈与税、売主側のみなし譲渡・寄附金等が問題になり得る |
| 高額譲渡 | 売主側への利益移転、買主側の寄附金・役員給与・みなし配当等が問題になり得る |
| 個人から法人への譲渡 | 所得税法第59条、所得税基本通達59-6、法人側の受贈益を確認する |
| 法人間譲渡 | 法人税法上の有価証券譲渡損益、受贈益、寄附金、グループ法人税制を確認する |
| 相続税・贈与税評価 | 財産評価基本通達に基づき、会社規模、同族株主、少数株主、特定評価会社を確認する |
| 財産評価基本通達 | 相続税・贈与税では重要だが、あらゆる売買価格に機械的に使えるわけではない |
| 評価基準日 | 売買日、贈与日、相続開始日、自己株式取得日など、評価時点を明確にする |
| 実務上の結論 | 価格を一つに決める前に、評価目的、当事者関係、税目、評価方法、説明先を整理する |