非上場株式の評価において、実務でもっとも頻繁に登場するのが、財産評価基本通達による評価です。
相続や贈与、事業承継はもちろん、親族間の売買、同族株主間での株式移転、自己株式取得の検討といった場面では、「類似業種比準価額」「純資産価額」「配当還元価額」という言葉が、ほぼ例外なく出てきます。
ただ、この評価体系の全体像をつかまないまま使ってしまうと、判断を誤りやすくなります。
財産評価基本通達による評価は、主として相続税・贈与税における取引相場のない株式の評価ルールです。M&Aの取引価格そのものではありませんし、会社法上の公正価格そのものでもありません。
たとえば、同じ会社の同じ普通株式であっても、取得する株主が同族株主なのか少数株主なのかによって、評価方式が変わることがあります。会社規模によっても、類似業種比準方式を中心に見るのか、純資産価額方式を中心に見るのかが分かれます。資産保有会社や土地保有会社、あるいは開業後間もない会社などでは、通常の評価体系とは別の扱いになることもあります。
この記事では、財産評価基本通達による非上場株式評価の全体構造を、M&A・承継・資本政策の価格判断とどう関係するのか、という観点から整理していきます。個別の評価明細書の記載方法や、類似業種比準価額・純資産価額・配当還元価額の細かな計算手順までは立ち入りません。あくまで、評価方式の位置づけと、実務上の判断軸に絞ってお話しします。
財産評価基本通達による評価は、何のための評価か
財産評価基本通達による評価を理解するうえで、最初に確認しておきたいのが「評価目的」です。
相続税法上、相続、遺贈または贈与によって取得した財産の価額は、特別の定めがあるものを除き、取得時の時価によることとされています。財産評価基本通達は、この時価について、課税時期における財産の現況に応じ、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額とし、その価額は通達の定めによって評価した価額による、と位置づけています。
つまり、財産評価基本通達による評価は、相続税・贈与税の課税実務において、多数の財産を統一的に評価するための実務ルールなのです。
この点は、M&A価格との関係を考えるうえで、非常に重要になります。
M&A価格は、売主と買主が、将来収益、キャッシュ・フロー、リスク、シナジー、交渉条件、DDで見つかった事項、支払条件などを踏まえて合意していく価格です。
一方、財産評価基本通達による評価額は、相続税・贈与税の課税価格を算定するための評価額にすぎません。ですから、通達評価額があるからといって、それがそのまま第三者M&Aの売買価格になるわけではないのです。
逆もまた然りで、M&Aで合意した価格があるからといって、親族間贈与、同族株主間売買、自己株式取得、事業承継税務といった場面で、財産評価基本通達による検討が不要になるわけでもありません。
非上場株式の評価では、まず次の3つを分けて考える必要があります。
| 区分 | 主な目的 |
|---|---|
| 財産評価基本通達による評価 | 相続税・贈与税における課税価格の算定 |
| 税務上の時価 | 法人税・所得税・相続税等における低額譲渡、高額譲渡、受贈益、寄附金、みなし贈与等の検討 |
| M&A取引価格 | 売主・買主間の交渉、事業価値、リスク、シナジー、契約条件を踏まえた合意価格 |
この3つを混同しないこと。それが、非上場株式評価の出発点になります。
取引相場のない株式評価は、まず「誰が取得するか」を見る
財産評価基本通達による非上場株式評価では、いきなり類似業種比準方式や純資産価額方式の計算に入ってはいけません。
最初に確認すべきは、株式を取得する人が、評価会社を支配する立場にある株主なのか、それとも経営支配力の乏しい少数株主なのか、という点です。
通達上、取引相場のない株式は、評価会社の会社規模に応じて大会社・中会社・小会社に区分されます。ただし、同族株主以外の株主等が取得した株式や、特定の評価会社の株式については、それぞれ別の定めにより評価することとされています。
出典:国税庁|財産評価基本通達 第8章 その他の財産 第1節 株式及び出資
この「誰が取得するか」という視点が抜け落ちると、評価方式の選択を誤ってしまいます。
非上場株式は、上場株式のように市場で自由に売買できるわけではありません。また、少数株主が単独で経営方針、役員選任、配当政策、事業再編を決められるわけでもありません。
だからこそ、相続税・贈与税の評価では、同じ会社の株式であっても、取得者が会社を支配する側にいるのか、それとも少数株主として配当期待を中心に見るべき立場なのかによって、評価方式が変わってくるのです。
ここで押さえておきたいのは、「会社の価値」と「その株主にとっての株式の価値」は、必ずしも同じではない、ということです。
支配株主にとっての株式は、会社経営を動かせる株式です。一方、少数株主にとっての株式は、経営支配力が限られ、配当や将来の換金可能性に依存しやすい株式です。
この違いが、原則的評価方式と配当還元方式の違いへとつながっていきます。
原則的評価方式と特例的評価方式
財産評価基本通達による取引相場のない株式の評価は、大きく「原則的評価方式」と「特例的評価方式」に整理できます。
原則的評価方式は、同族株主等、つまり会社の経営支配力を持つ株主が取得する株式について用いられます。会社全体の経済価値に着目し、会社規模に応じて、類似業種比準価額、純資産価額、またはその併用によって評価します。
特例的評価方式は、同族株主以外の株主等が取得する株式について用いられるもので、配当還元方式が中心になります。これは、経営支配力を持たない少数株主について、会社全体の支配価値ではなく、配当期待を中心に評価しようという考え方です。
国税庁の税務大学校論叢でも、取引相場のない株式について、会社規模に応じて大会社は類似業種比準方式、小会社は純資産価額方式、中会社は併用方式により評価し、少数株主等については配当還元方式により評価すること、さらに株式等保有特定会社、土地保有特定会社、開業後3年未満の会社などの特定の評価会社については純資産価額方式などにより評価することが整理されています。
出典:国税庁 税務大学校|相続税法64条と財産評価基本通達6項との関係について―取引相場のない株式を中心として―
したがって、評価方式の選択は、次の順番で考えていく必要があります。
まず、取得者が同族株主等に該当するか。次に、評価会社が一般の評価会社か、それとも特定の評価会社か。そのうえで、会社規模が大会社・中会社・小会社のどれに当たるか。最後に、類似業種比準価額、純資産価額、配当還元価額のどれを使うのかを判断する。
計算式そのものよりも、この入口の判定のほうが、はるかに重要です。
会社規模判定の意味
原則的評価方式では、評価会社を大会社・中会社・小会社に区分します。
会社規模は、総資産価額、従業員数、直前期末以前1年間の取引金額などに基づいて判定されます。通達178は、取引相場のない株式について、評価会社が大会社・中会社・小会社のいずれに該当するかに応じて評価することを定めています。
出典:国税庁|財産評価基本通達 第8章 その他の財産 第1節 株式及び出資
では、なぜ会社規模を見るのでしょうか。
大会社は、一般的に事業規模が大きく、公開会社に近い性格を持つものとして、類似業種比準方式を中心に評価します。市場性のある上場会社の株価を参考にすることで、会社の収益力・配当・純資産を総合的に反映しようという考え方です。
小会社は、上場会社との比較可能性が低く、オーナー会社・資産保有会社的な性格が強く出やすいため、純資産価額方式を中心に評価します。会社を清算、あるいは資産保有体として見た場合の価値に近い考え方といえます。
中会社は、ちょうどその中間に位置するため、類似業種比準価額と純資産価額を一定割合で併用します。
通達179は、大会社は原則として類似業種比準価額、中会社は類似業種比準価額と純資産価額の併用、小会社は原則として純資産価額によって評価することを定めています。
出典:国税庁|財産評価基本通達 第8章 その他の財産 第1節 株式及び出資
会社規模判定は、単なる形式的な区分ではありません。
同じ会社であっても、大会社・中会社・小会社のどれに該当するかで、採用される評価方式が変わり、評価額も大きく動くことがあります。
ですから、事業承継、持株会社化、合併、会社分割、グループ再編、資産整理などを行う場合には、会社規模判定への影響を事前に確認しておく必要があります。
類似業種比準方式の位置づけ
類似業種比準方式は、評価会社と類似する業種の上場会社の株価を基準に、評価会社の配当、利益、純資産を比準して評価する方式です。
この方式は、会社の価値を、上場会社の市場評価に一定程度連動させる考え方に立っています。評価会社単独の純資産だけを見るのではなく、収益力や配当実績も反映される点が特徴です。
国税庁は、毎年、類似業種比準価額の計算に必要となる業種目別の1株当たり配当金額、利益金額、簿価純資産価額および株価を公表しています。令和7年分についても、相続税および贈与税の申告のため、取引相場のない株式を類似業種比準方式により評価する場合に必要となる業種目別株価等が、法令解釈通達として公表されています。
出典:国税庁|令和7年分の類似業種比準価額計算上の業種目及び業種目別株価等について
類似業種比準方式の特徴は、評価会社の利益水準が評価額に大きく影響する点にあります。
利益の大きい会社では評価額が高くなりやすく、利益の低い会社では評価額が低くなりやすい傾向があります。配当実績や簿価純資産も反映されますが、実務上は、利益要素の影響が大きく出る場面が少なくありません。
ただし、類似業種比準方式は、M&Aのマルチプル評価と同じものではありません。
M&Aの類似会社比較法では、EV/EBITDA倍率、PER、PBRなどを使い、買主・売主の視点、支配権、シナジー、成長性、リスク、負債、非事業資産などを検討していきます。
これに対して、類似業種比準方式は、あくまで財産評価基本通達に定められた相続税・贈与税評価上の方式です。上場会社の市場評価を利用する点では共通していますが、評価目的、計算構造、使用する指標、調整の考え方は、いずれも異なります。
したがって、類似業種比準価額が出たからといって、それをそのままM&A価格として使うことはできません。
M&A価格の判断では、正常収益力、将来キャッシュ・フロー、買主固有のシナジー、DDで見つかった事項、価格調整、契約条件まで見ていく必要があります。通達評価は、そのうち税務上の説明可能性を確認するための重要な材料として位置づけるのが適切です。
純資産価額方式の位置づけ
純資産価額方式は、評価会社の資産と負債を相続税評価額ベースで評価し、純資産価額を算定する方式です。
通達185は、課税時期における各資産を通達の定めにより評価した価額の合計額から、負債の金額および評価差額に対する法人税額等相当額を控除し、発行済株式数で除して1株当たり純資産価額を計算する旨を定めています。
出典:国税庁|財産評価基本通達 第8章 その他の財産 第1節 株式及び出資
純資産価額方式は、会社を資産負債の集合体として見る評価です。
この方式では、会社が保有する不動産、有価証券、貸付金、保険積立金、棚卸資産、固定資産などの評価が重要になります。帳簿上の純資産ではなく、相続税評価上の資産価額・負債価額に引き直す点が、大きな特徴です。
特に、次のような会社では、純資産価額方式の影響が大きく出ます。
- 不動産を多く保有する会社
- 投資有価証券を多く保有する会社
- 現預金や保険積立金が多い会社
- 事業収益よりも資産保有の性格が強い会社
- 休眠会社、清算予定会社、開業後間もない会社
- 含み益または含み損が大きい会社
ただし、純資産価額方式も、M&Aの時価純資産法とは同じではありません。
M&Aで時価純資産を考える場合には、買主が引き受ける実際の資産・負債、簿外債務、偶発債務、正常運転資本、ネットデット、非事業資産の切り分け、譲渡対象となる資産負債の範囲などを検討します。
一方、財産評価基本通達の純資産価額方式は、相続税・贈与税評価上のルールに従って計算するものです。税務評価上の資産価額と、M&Aで実際に価格交渉に使う資産価値とが、一致しないこともあります。
たとえば、不動産の相続税評価額と実際の売却可能価額が乖離することがあります。帳簿には計上されていない税務リスクや係争リスクが、M&A価格には影響することもあります。反対に、事業シナジーや将来成長性は、通達上の純資産価額には直接反映されません。
純資産価額方式は、「会社の資産価値を見るための重要な税務評価方式」ではありますが、「M&Aでの会社価値を完全に表す方式」ではない。この点は、しっかり区別しておきたいところです。
評価差額に対する法人税額等相当額は、改正情報の確認が必要
純資産価額方式では、資産を相続税評価額に引き直した際の評価差額について、一定の法人税額等相当額を控除する、という考え方があります。
この論点は、非上場株式評価の実務において、非常に重要です。評価額に直接影響するうえ、税制改正や通達改正によって取扱いが変わる可能性があるからです。
国税庁は、令和8年3月25日付で、取引相場のない株式等の評価について、純資産価額方式における法人税額等相当額に関する財産評価基本通達の一部改正情報を公表しています。
出典:国税庁|『財産評価基本通達の一部改正について』通達のあらましについて(情報)
このような改正情報がある以上、過去の評価明細書や過年度の社内資料、以前の書籍に基づく計算を、そのまま使い回すのは危険です。
非上場株式評価では、評価基準日時点の法令・通達・個別通達・様式を確認する必要があります。特に、純資産価額方式を用いる場合は、法人税額等相当額、土地・建物の評価、有価証券の評価、負債控除、特定の評価会社への該当性について、最新の取扱いを確認しておくことが大切です。
配当還元方式の位置づけ
配当還元方式は、同族株主以外の株主等が取得した株式について用いられる、特例的な評価方式です。
通達188-2は、同族株主以外の株主等が取得した株式について、年配当金額を基礎に一定の算式で評価することを定めています。無配の場合や配当金額が一定額未満の場合にも、最低限の年配当金額を用いる仕組みが設けられています。
出典:国税庁|財産評価基本通達 第8章 その他の財産 第1節 株式及び出資
配当還元方式は、少数株主の立場を反映する評価方式です。
少数株主は、会社の経営を支配できません。会社の資産を自由に処分することもできず、役員を自由に選任することもできず、配当政策を単独で決めることもできません。加えて、非上場株式には市場性が乏しく、自由に売却できるとは限りません。
そのため、少数株主にとっての株式価値については、会社全体の純資産や収益力よりも、実際に受け取れる配当に着目する考え方が採られるのです。
ただし、配当還元方式を「少数株主なら常に使える」と考えてしまうのは危険です。
同族株主の判定、中心的な同族株主の有無、取得者の議決権割合、同族関係者の範囲、自己株式、相互保有株式、種類株式、議決権制限株式などを確認しなければ、配当還元方式が適用できるかどうかは判断できません。
また、配当還元価額は、M&A価格や会社法上の少数株主買取価格と一致するとは限りません。
税務上は配当還元方式で評価できる場面であっても、少数株主に対する説明や会社法上の公正価格の検討では、別の評価視点が必要になることがあります。
特定の評価会社は、通常の評価体系から外れる
財産評価基本通達では、一般の評価会社とは異なる会社について、「特定の評価会社」として別の評価ルールを設けています。
代表的なものとしては、比準要素数1の会社、株式等保有特定会社、土地保有特定会社、開業後3年未満の会社、開業前または休業中の会社、清算中の会社などが挙げられます。
通達189以降は、こうした特定の評価会社の株式について、通常の大会社・中会社・小会社の評価体系とは別に、純資産価額方式などによる評価を定めています。
出典:国税庁|財産評価基本通達 第8章 その他の財産 第1節 株式及び出資
特定の評価会社の判定は、実務上、評価額に大きく影響します。
たとえば、通常であれば類似業種比準方式を使える会社であっても、株式等保有特定会社や土地保有特定会社に該当すれば、純資産価額方式を中心とした評価になることがあります。
これは、会社の実態が通常の事業会社というより、株式や土地などの資産保有会社に近い場合、上場会社の収益・配当・純資産に比準する評価では、その実態を反映しにくいからです。
特定の評価会社の判定で注意したいのは、決算書の表面だけでは判断できない、という点です。次のような事項を、ひとつずつ確認していく必要があります。
- 保有資産の評価額
- 株式等の保有割合
- 土地等の保有割合
- 直前期末以前の配当・利益・純資産の状況
- 開業後の経過年数
- 事業活動の実態
- 休業または清算の状況
- 評価基準日前後の資産移動
事業承継や相続対策のために、持株会社化、資産移転、組織再編、株式集約などを行う場合には、特定の評価会社に該当するかどうかを、事前に確認しておかなければなりません。
評価明細書は「計算書」ではなく、判定過程を示す資料である
財産評価基本通達による非上場株式評価では、「取引相場のない株式(出資)の評価明細書」を作成することがあります。
国税庁は、相続税または贈与税の申告に際し、取引相場のない株式および持分会社の出資等、ならびにこれらに関する権利の価額を評価するための明細書を公表しています。この評価明細書は、相続税または贈与税の申告書に添付するものとされています。
出典:国税庁|B2-1 取引相場のない株式(出資)の評価明細書
評価明細書は、単に評価額を記入するための紙ではありません。次のような判定過程を示す資料です。
- 同族株主の判定
- 会社規模の判定
- 特定の評価会社の判定
- 類似業種比準価額の計算
- 純資産価額の計算
- 配当還元価額の計算
- 評価方式の選択
- 株式数・議決権数の整理
したがって、評価明細書を作る際に重要なのは、最終的な株価だけではありません。次のような点を、きちんと説明できる状態にしておくことが大切です。
- なぜその評価方式を使ったのか
- 取得者はどの株主区分に該当するのか
- 会社規模判定は正しいのか
- 特定の評価会社に該当しないか
- 類似業種の選定は妥当か
- 純資産価額に含める資産負債は正しいか
- 配当還元方式を使える根拠はあるか
- 評価基準日は正しいか
- 現行の通達・様式に対応しているか
財産評価基本通達とM&A価格の関係
財産評価基本通達による評価は、M&A価格の判断にも関係します。
ただし、それは「通達評価額=M&A価格」という意味ではありません。
M&Aでは、会社の将来収益力、キャッシュ・フロー、正常EBITDA、運転資本、設備投資、ネットデット、非事業資産、買主のシナジー、DDで見つかった事項、契約条件が、価格に影響します。
一方、通達評価は、あくまで相続税・贈与税評価のためのルールです。
では、M&A価格の判断において、通達評価は不要なのでしょうか。そうではありません。
特に、親族内承継、同族関係者間売買、役員・従業員への株式譲渡、自己株式取得、持株会社化、グループ再編、少数株主整理などの場面では、M&A価格と税務上の評価が交差します。
たとえば、親族間で株式を売買する場合、当事者間で合意した価格があっても、税務上、低額譲渡やみなし贈与が問題になる可能性があります。法人が絡む売買では、受贈益、寄附金、役員給与、みなし配当といった論点も生じ得ます。
そのため、通達評価額は、税務上の説明可能性を検討するための重要な基準になります。
ただし、通達評価額だけでM&A価格を決めてしまうと、事業価値や取引条件を見落とすおそれがあります。反対に、M&A価格だけで税務上の時価を説明しようとすると、同族関係者間取引や親族間移転では説明が足りなくなることがあります。
大切なのは、両者を混同せず、目的ごとに使い分けることです。
通達評価を使う際に誤りやすいポイント
財産評価基本通達による非上場株式評価では、実務上、次のような誤りが起こりやすいものです。
同族株主の判定を軽く見る
最も危険なのは、同族株主の判定を十分に行わないまま、評価方式を決めてしまうことです。
親族関係、法人株主、議決権の委任、自己株式、相互保有株式、種類株式などがある場合、議決権割合の判定は複雑になります。
取得者が同族株主等に該当するかどうかで、原則的評価方式になるのか配当還元方式になるのかが変わり、評価額に大きな差が生じることがあります。
会社規模判定を形式的に行う
会社規模は、評価方式を決める重要な分岐点です。
大会社・中会社・小会社の判定を誤ると、類似業種比準価額と純資産価額の使い方が変わり、評価額に直接影響します。
合併、会社分割、資産移転、事業譲渡、持株会社化の前後では、会社規模そのものが変わることもあります。
特定の評価会社を見落とす
株式等保有特定会社、土地保有特定会社、開業後3年未満の会社などに該当するかどうかは、評価額を大きく左右します。
特に資産保有会社や持株会社では、通常の事業会社と同じ感覚で評価してしまうと、誤りやすくなります。
類似業種比準方式を「M&Aの相場倍率」と混同する
類似業種比準方式は、あくまで相続税・贈与税評価上の方式です。
M&Aで用いる類似会社比較法とは、目的も計算構造も異なります。
「類似業種比準価額がこの金額だから、会社のM&A価格もこの金額でよい」とは判断できません。
純資産価額を帳簿純資産と混同する
純資産価額方式は、帳簿上の純資産額をそのまま使う方式ではありません。
資産を相続税評価額に引き直し、負債や評価差額に対する法人税額等相当額を考慮して計算します。
不動産、有価証券、保険積立金、貸付金、簿外債務などがある場合は、帳簿純資産との差が大きくなることがあります。
配当還元方式を安易に使う
配当還元方式は、同族株主以外の株主等が取得した株式についての特例的評価方式です。
「少数株主っぽいから配当還元でよい」という判断は危険です。取得者と同族関係者の議決権割合、同族株主の有無、中心的な株主、自己株式、種類株式などを確認する必要があります。
過去の評価明細をそのまま流用する
評価基準日、株主構成、会社規模、資産構成、通達改正、業種目別株価等が変われば、評価額も変わります。
過年度の評価明細書をそのまま使うのではなく、評価基準日時点で、改めて判定し直す必要があります。
財産評価基本通達6項にも注意が必要
財産評価基本通達には、通達の定めにより難い場合の評価に関する総則6項があります。
通達評価は、相続税・贈与税評価における基本的な評価方法ですが、常に形式的に適用すれば足りる、というわけではありません。取引相場のない株式についても、評価通達による評価額が、取引実態や課税上の公平に照らして問題となる場面では、総則6項の適用が論点になることがあります。
国税庁の税務大学校論叢では、評価通達6項と取引相場のない株式評価の関係について、評価通達の意義、相続税法22条の時価との関係、特別の事情の判断などが整理されています。
出典:国税庁 税務大学校|相続税法64条と財産評価基本通達6項との関係について―取引相場のない株式を中心として―
これは、通達評価を否定的に見るべきだ、という意味ではありません。
むしろ、通常は財産評価基本通達に基づく評価が、実務上の基礎になります。ただし、通達評価額を利用して形式的に評価額を下げるだけの取引や、経済実態から著しく乖離した評価が問題になり得る、ということは理解しておく必要があります。
非上場株式評価では、「通達どおりに計算したか」だけでなく、「その評価をその目的で使うことが説明できるか」まで考えることが重要です。
事業承継・資本政策で通達評価を使うときの注意点
事業承継や資本政策の場面では、財産評価基本通達による評価が、非常に重要になります。
具体的には、次のような場面が考えられます。
- 後継者への贈与
- 親族間売買
- 持株会社化
- 種類株式の導入
- 従業員持株会
- 少数株主からの買取り
- 自己株式取得
- 合併・会社分割・株式交換
- 株式の集約や分散防止
こうした場面では、株式評価額が、税負担、資金負担、議決権、後継者支配、株主間の公平性に直結します。
しかし、通達評価額を下げることだけを目的に制度設計を行うと、別の問題が生じます。たとえば、次のようなことです。
- 後継者が必要な議決権を確保できない
- 少数株主との関係が悪化する
- 自己株式取得の財源規制やみなし配当を見落とす
- 会社法上の手続や説明責任が不足する
- M&A時の売却価格と税務評価額の差を説明できない
- 金融機関や社内関係者に取引目的を説明できない
財産評価基本通達による評価は、承継・資本政策の重要な前提です。しかし、評価額だけで設計を決めてしまうべきではありません。
通達評価、税務上の時価、会社法上の手続、株主間の納得、将来のM&A価格、後継者の経営権を一体で見て、判断していく必要があります。
相談前に整理しておきたい事項
財産評価基本通達による非上場株式評価を専門家に相談する前には、次の事項を整理しておくと、検討がスムーズに進みます。
まず、評価目的は何か。相続税申告、贈与、親族間売買、自己株式取得、事業承継、少数株主整理、組織再編、M&A価格検討のうち、どれに当たるのかを確認します。
次に、評価基準日はいつか。相続開始日、贈与日、売買予定日、自己株式取得日、組織再編の効力発生日などを明確にしておく必要があります。
そして、取得者は誰か。個人か法人か、同族株主か、少数株主か、後継者か、役員・従業員か、グループ会社かを確認します。
株主構成も重要です。株主名簿、議決権割合、自己株式、種類株式、相互保有株式、議決権制限の有無を押さえておきます。
評価会社の事業実態はどうか。通常の事業会社か、資産保有会社か、土地保有会社か、持株会社か、休業中か、開業後間もない会社かを確認します。
会社規模判定に必要な情報としては、総資産価額、従業員数、直前期末以前1年間の取引金額を確認します。
類似業種比準方式に必要な情報としては、事業内容、業種目、配当、利益、簿価純資産、直前期・直前々期の資料が必要になります。
純資産価額方式に必要な資料としては、不動産、有価証券、保険積立金、貸付金、借入金、含み損益、負債、法人税額等相当額に関する資料を確認します。
配当還元方式を使える可能性があるかどうかも確認しておきましょう。同族株主以外の株主等に該当するか、過去の配当状況はどうかがポイントになります。
最後に、通達評価額を何に使うのか。税務申告に使うのか、売買価格の参考にするのか、株主説明に使うのか、M&A価格との比較に使うのかを明確にします。
この整理を行うことで、単なる株価計算ではなく、税務・会計・会社法・取引価格判断に耐えうる評価検討へと近づいていきます。
財産評価基本通達による評価は、税務評価の出発点である
財産評価基本通達による非上場株式評価は、相続税・贈与税の実務における重要な評価体系です。
類似業種比準方式は、市場性のある上場会社との比較を通じて、配当・利益・純資産を反映する方式です。純資産価額方式は、会社の資産・負債を相続税評価額に引き直して、資産価値を把握する方式です。配当還元方式は、経営支配力の乏しい少数株主について、配当期待を中心に評価する方式です。
ただし、これらは万能の価格決定ルールではありません。
M&A価格、税務上の時価、相続税評価、会社法上の公正価格は、それぞれ目的が異なります。財産評価基本通達による評価額は重要な判断材料ですが、それをそのまま取引価格や少数株主買取価格として使えるとは限りません。
大切なのは、どの目的で、どの評価方式を使い、その評価額を誰に対して説明するのかを、明確にすることです。
非上場株式の評価は、評価額を出して終わり、ではありません。評価目的、株主構成、会社規模、特定の評価会社への該当性、財務実態、通達改正、M&A価格との関係を整理して、はじめて経営判断に使える評価になります。
犬飼公認会計士・税理士事務所では、非上場株式の財産評価基本通達による評価、税務上の時価、M&A価格の判断、自己株式取得、事業承継・組織再編に関する論点について、会計・税務・会社法上の説明可能性を踏まえて整理します。
「相続税評価額を売買価格に使ってよいのか」「配当還元方式を使えるのか」「類似業種比準価額と純資産価額のどちらを重視すべきか」「M&A価格と税務評価額の差をどう説明すべきか」を整理したい場合は、当事務所HPのお問い合わせページからご相談ください。評価額を出すこと自体ではなく、後から説明できる判断材料を整えることを重視して対応いたします。
振り返り|財産評価基本通達による非上場株式評価の基本整理
| 論点 | 押さえるべき考え方 |
|---|---|
| 財産評価基本通達の位置づけ | 主として相続税・贈与税における取引相場のない株式の評価ルール |
| M&A価格との関係 | 通達評価額はM&A価格そのものではなく、税務上の説明可能性を確認する材料 |
| 最初に見るべき点 | 取得者が同族株主等か、同族株主以外の株主等かを確認する |
| 原則的評価方式 | 同族株主等が取得する株式について、会社規模に応じて類似業種比準・純資産・併用方式で評価 |
| 特例的評価方式 | 同族株主以外の株主等が取得する株式について、配当還元方式を中心に評価 |
| 類似業種比準方式 | 類似業種の上場会社株価を基礎に、配当・利益・簿価純資産を比準して評価 |
| 純資産価額方式 | 資産・負債を相続税評価額に引き直して、1株当たり純資産価額を算定 |
| 配当還元方式 | 経営支配力の乏しい少数株主について、配当期待を中心に評価する方式 |
| 特定の評価会社 | 株式等保有特定会社、土地保有特定会社、開業後3年未満の会社等は通常評価とは別の扱い |
| 実務上の注意点 | 評価方式の選択、会社規模、株主区分、特定会社該当性、通達改正を確認する |
| 相談前整理 | 評価目的、評価基準日、株主構成、決算・申告資料、資産負債、配当実績、取引目的を整理する |