企業価値評価や株式価値算定を専門家に相談するとき、すべての資料が完璧にそろっている必要はありません。
実際の現場はむしろ逆です。M&A・事業承継・資本政策・組織再編のいずれにおいても、資料が足りない、数字の整理が追いついていない、取引条件がまだ固まっていない、相手方から提示された金額の意味がつかめない——そうした段階だからこそ相談が必要になる、ということは少なくありません。
ただ、相談前に最低限の論点を言葉にしておくかどうかで、面談の質は大きく変わります。「会社はいくらですか」と尋ねるだけでは、実務でそのまま使える答えはなかなか返ってきません。
大切なのは、何のために評価するのか、誰に説明するのか、どの取引条件を判断したいのか、どの資料を根拠にできるのか、そしてどのリスクを価格に反映すべきなのか。この五つを整理しておくことです。
企業価値評価は、価格を言い当てる作業ではありません。会社の実態を数字と事実で捉え、大切な取引判断を誤らないための、いわば経営判断のインフラです。だとすれば、相談前の準備も単なる資料集めではなく、自社の判断材料を整えていく作業として位置づけたいところです。
まず整理したいのは「評価額がほしい理由」
企業価値評価の相談で最初に確認すべきなのは、評価手法ではありません。
入口で整理しておきたいのは、なぜ評価額が必要なのか、という点です。
同じ会社であっても、前提は目的によって変わります。M&Aで売却価格を検討するのか、買収価格の上限を見極めるのか、親族間で株式を移すのか、少数株主から株式を買い取るのか、合併比率や株式交換比率を考えるのか、あるいは取締役会や金融機関に説明するのか。それぞれで、確認すべき前提が違ってきます。
評価目的が曖昧なまま相談を始めると、表面的には評価額が出てきても、その数字を取引価格、税務上の時価、会社法上の公正価格、金融機関への説明資料、株主への説明資料——このどれに使えるのかが、後になって分からなくなってしまいます。
日本公認会計士協会の企業価値評価ガイドラインでも、評価業務にあたっては、提供された情報を無批判に用いるのではなく、専門家として慎重さや批判的な視点を働かせて検討・分析すべきことが示されています。これは、評価額そのものよりも、評価の目的・前提・利用範囲を確認することがいかに大切かを物語っています。
出典:日本公認会計士協会|経営研究調査会研究報告第32号『企業価値評価ガイドライン』の改正について
相談の前に、少なくとも次の点を言葉にしておくとよいでしょう。
| 整理項目 | 確認したいこと |
|---|---|
| 評価の目的 | 売却、買収、承継、株主整理、自己株式取得、組織再編、第三者説明など |
| 評価結果の使い道 | 交渉材料、意思決定資料、社内説明、株主説明、金融機関説明、税務検討など |
| 判断したい内容 | 価格レンジ、提示価格の妥当性、価格上限、譲れない条件、税務リスクなど |
| 説明相手 | 株主、後継者、取締役、金融機関、相手方、親族、社内関係者など |
| 相談の緊急度 | 価格提示前、基本合意前、DD前後、最終契約前、取引実行前など |
「企業価値」と「取引価格」のどちらを判断したいのか
相談前によく見られる混乱が、企業価値評価と取引価格判断を同じものとして扱ってしまうことです。
企業価値や株式価値は、一定の前提に基づいて算定される、いわば理論上の判断材料です。一方で実際の取引価格は、売主と買主の交渉、支払条件、リスク分担、DDで見つかった事項、価格調整、税務・会計上の影響、契約条項など、さまざまな要素を踏まえて決まっていきます。
たとえば、評価レンジの中に収まっている価格であっても、簿外債務、過大な事業計画、オーナーへの過度な依存、膨らんだ運転資本、老朽化した設備、保証債務、税務リスクといった事情があれば、そのまま受け入れてよいとは限りません。
逆に、評価レンジを超える価格であっても、買主固有のシナジー、競争環境、支払条件、アーンアウト、非事業資産、戦略上の必要性によって説明がつく場合もあります。
ですから相談の前に、自分が主に知りたいのは次のどれなのかを分けておく必要があります。
- 「会社の価値を知りたい」のか
- 「提示された価格を受け入れてよいか判断したい」のか
- 「交渉で主張できる価格レンジを知りたい」のか
- 「税務上問題になりにくい価格を確認したい」のか
- 「株主や金融機関に説明できる資料を整えたい」のか
この切り分けができているだけで、相談の精度は大きく高まります。
評価対象を曖昧にしない
次に整理しておきたいのは、何を評価するのか、という点です。
会社全体を評価するのか、株式を評価するのか、特定の事業を評価するのか、一部持分を評価するのか。対象が違えば、必要な資料も評価の考え方も変わってきます。
とりわけM&Aでは、口では「会社を買う」と言っていても、実際には株式譲渡、事業譲渡、会社分割、合併、株式交換、自己株式取得など、スキームによって評価の対象が異なります。
相談の前には、次の点を整理しておきたいところです。
| 評価対象 | 相談前に確認すべきこと |
|---|---|
| 会社全体 | 対象会社のすべての資産・負債・事業リスクを含むのか |
| 株式 | 発行済株式の全部か、一部持分か、議決権割合はどの程度か |
| 事業 | 譲渡対象となる資産・負債・契約・従業員・許認可は何か |
| 一部持分 | 支配権を伴うのか、少数株主持分なのか |
| 組織再編比率 | 現金価格ではなく、合併比率・株式交換比率・株式移転比率を検討するのか |
| 自己株式取得 | 会社が買い取るのか、株主間で売買するのか |
評価対象が曖昧なまま評価額を出してしまうと、「企業価値」「株主価値」「株式譲渡価格」「事業譲渡価格」が混ざり合ってしまいます。これは、後の交渉や税務・会計処理の段階で、大きな誤解につながりかねません。
相談前に用意したい基本資料
企業価値評価の相談では、最初からすべての資料がそろっていなくても構いません。
ただ、資料が少なければ少ないほど、評価の結果は粗くなります。逆に、資料がきちんと整理されていれば、評価額そのものだけでなく、価格交渉上の論点、税務上の注意点、DDで確認すべき事項まで見えやすくなります。
最初の相談の時点では、次の資料を可能な範囲で準備します。
| 資料区分 | 具体的な資料 |
|---|---|
| 会社基本資料 | 登記事項証明書、定款、株主名簿、会社案内、組織図、グループ図 |
| 財務資料 | 決算書、税務申告書、勘定科目内訳書、月次試算表、総勘定元帳の主要科目 |
| 税務資料 | 法人税申告書、消費税申告書、地方税申告書、税務調査結果、繰越欠損金の状況 |
| 資金資料 | 借入金一覧、返済予定表、担保・保証の内容、資金繰り表 |
| 事業資料 | 主要商品・サービス、売上構成、主要得意先、主要仕入先、契約一覧 |
| 計画資料 | 予算、事業計画、中期計画、設備投資計画、人員計画、資金計画 |
| 株主関係資料 | 株主構成、議決権割合、種類株式、新株予約権、株主間契約 |
| 取引関係資料 | 価格提示資料、仲介会社の査定書、基本合意書案、意向表明書、過去の評価資料 |
足りない資料があっても、無理に作り込む必要はありません。「まだ作成していない」「直近の月次は未確定」「株主名簿が古いかもしれない」といった状態を、そのまま正直に共有していただくことのほうが、はるかに大切です。
評価で本当に危ういのは、資料が不足していること自体ではなく、不確かな資料を確かなものとして扱ってしまうことだからです。
決算書だけでなく「財務実態」を整理する
相談の前に決算書を用意するのは当然として、それだけでは十分とは言えません。
M&Aや株式価値評価では、決算書上の利益や純資産をそのまま用いると、会社の実態を見誤ってしまうことがあります。
たとえば、こうした事情です。役員報酬が実態より高い、あるいは低い。一時的な特別利益や特別損失が混じっている。関連当事者との取引条件が通常と異なる。在庫や固定資産に含み損がある。回収が難しい売掛金が残っている。未払残業代、退職給付、保証債務、未計上の税務リスクを抱えている。オーナー個人の資産や費用が会社に紛れ込んでいる。
これらはいずれも、正常収益力、時価純資産、ネットデット、価格調整、表明保証、補償条項に影響してきます。
相談の前に、こうした「決算書だけでは見えてこない事項」をメモにまとめておくと、評価の精度が上がります。
| 確認項目 | 評価上の意味 |
|---|---|
| 一過性損益 | 継続的な収益力を見誤らないため |
| 役員報酬・親族給与 | 正常収益力を調整するため |
| 関連当事者取引 | 実態利益や独立第三者間価格との違いを確認するため |
| 遊休資産・非事業資産 | 事業価値と株主価値を切り分けるため |
| 役員貸付金・役員借入金 | 回収可能性・実質負債・税務リスクを確認するため |
| 簿外債務・偶発債務 | 価格控除、契約保護、DD論点に反映するため |
| 税務調査・更正リスク | 税務DDや価格交渉に接続するため |
事業計画は「数字」だけでなく「前提」を整理する
DCF法のように将来キャッシュ・フローに基づいて評価する場合、事業計画が大きな意味を持ちます。
とはいえ、相談前に求められるのは、見栄えのよい事業計画書ではありません。むしろ、売上、粗利、固定費、運転資本、設備投資、税金、資金繰りについて、どのような前提で数字を置いているのかを自分の言葉で説明できることが大切です。
事業計画書には、経営目標、ビジョン、戦略、活動計画、計数計画など、いくつもの要素が含まれます。そのなかで企業価値評価が特に重視するのは、将来キャッシュ・フローに結びつく計数計画と、その背後にある事業上の根拠です。
相談の前には、次の点を整理しておきましょう。
| 事業計画の項目 | 確認すべき前提 |
|---|---|
| 売上高 | 顧客別、商品別、地域別、数量・単価、継続率、新規獲得 |
| 売上総利益 | 原価率、仕入価格、外注費、在庫、製造効率 |
| 販管費 | 人件費、広告費、地代家賃、システム費、役員報酬 |
| 設備投資 | 維持更新投資、成長投資、老朽化対応 |
| 運転資本 | 売掛金、棚卸資産、買掛金、季節変動 |
| 借入・資金繰り | 返済予定、追加借入、資金不足時期 |
| 税金 | 繰越欠損金、実効税率、税務調整の有無 |
| リスク | 主要取引先依存、人材依存、許認可、競合、価格改定 |
「売上は毎年伸びる見込みです」という説明だけでは、評価にはなかなか使えません。問われるのは、なぜ伸びるのか、どこまでなら保守的と言えるのか、どこから先が楽観的になるのか。そこを一つずつ分解していくことです。
売主側が整理すべきこと
売主側の相談では、ただ高い価格を目指すだけでは足りません。
高く売ることと、後から説明できる価格で合意することは、同じではないからです。価格だけでなく、従業員、取引先、金融機関、経営者保証、退任の条件、引継ぎ期間、税務負担まで含めて判断していく必要があります。
中小企業庁の中小M&Aガイドライン第3版でも、中小M&Aに向けた事前準備として、支援機関への相談、後継者不在の確認、引退後のビジョンや希望条件の検討、そして株式・事業用資産等の整理・集約を含む「見える化」「磨き上げ」が示されています。
売主側では、次の点を整理しておくと相談がスムーズに進みます。
| 売主側の整理事項 | 確認すべき内容 |
|---|---|
| 売却理由 | 承継、成長、選択と集中、資金化、経営負担の軽減など |
| 希望条件 | 価格、支払時期、雇用維持、屋号維持、取引先対応、退任時期 |
| 譲れない条件 | 従業員、保証解除、取引先、親族、個人資産、役員退職金など |
| 対象範囲 | 株式全部、一部株式、事業、資産、関連会社、個人所有資産 |
| 株主関係 | 株主全員が売却に同意しているか、少数株主がいるか |
| 金融機関対応 | 借入、担保、保証、財務制限条項、借換えの必要性 |
| 税務影響 | 譲渡所得、みなし配当、役員退職金、低額譲渡・高額譲渡リスク |
| 引継ぎ | 経営者の関与期間、顧客引継ぎ、従業員説明、ノウハウ移転 |
売主側で大切なのは、「最低いくらなら売るか」だけでなく、「どの条件がそろえば価格を下げても受け入れられるか」「どの条件が残るなら高くても受け入れにくいか」まで整理しておくことです。
買主側が整理すべきこと
買主側の相談では、「いくらまで払えるか」を判断していくことになります。
このとき視野に入れるべきは、対象会社単体の価値だけではありません。自社にとっての投資価値、シナジー、買収後の追加投資、運転資金、借入返済、PPA・のれん、PMIの負担まで含めて考える必要があります。
買主側で整理しておきたいのは、次のような点です。
| 買主側の整理事項 | 確認すべき内容 |
|---|---|
| 買収目的 | 顧客獲得、商圏拡大、人材獲得、技術取得、内製化、競争力強化など |
| 対象会社の魅力 | 収益力、顧客基盤、ノウハウ、許認可、設備、人材、ブランド |
| 買収後の見通し | 単独継続、統合、追加投資、コスト削減、売上拡大 |
| シナジー | 売上シナジー、コストシナジー、実現可能性、実現時期 |
| 価格上限 | 自社単独の投資回収、資金調達、許容リスク、代替投資との比較 |
| DD論点 | 財務、税務、法務、労務、IT、環境、許認可、契約承継 |
| 契約条件 | 価格調整、表明保証、補償、エスクロー、アーンアウト |
| 買収後影響 | のれん、減損リスク、資金繰り、金融機関説明、管理体制 |
買主側で気をつけたいのは、シナジーを理由に高い価格を正当化しながら、そのシナジーを誰が、いつ、どの投資で、どの程度実現するのかが整理されていない、という状態です。
シナジーは、価格に織り込んでよい価値と、まだ織り込むべきでない期待とに分かれます。相談の前に、確実性の高い効果と、まだ仮説の段階にある効果を切り分けておくことが大切です。
事業承継・親族間取引で整理すべきこと
事業承継や親族間取引では、M&A価格、相続税評価、贈与税・所得税・法人税上の時価、会社法上の説明可能性が、複雑に交差します。
ここで特に危ういのが、「相続税評価額で売買すれば常に問題ない」「親族間だから価格は自由に決めてよい」「税務上の評価がそのままM&A価格になる」といった思い込みです。
国税庁の財産評価基本通達では、取引相場のない株式について、評価会社の規模や株主の属性に応じた評価区分が定められています。たとえば、同族株主以外の株主等が取得した株式や、特定の評価会社の株式については、それぞれ別の定めによって評価されることになります。
出典:国税庁|財産評価基本通達 178 取引相場のない株式の評価上の区分
事業承継・親族間取引では、相談の前に次の点を整理しておきましょう。
| 整理事項 | 確認すべき内容 |
|---|---|
| 株主構成 | 同族株主、少数株主、親族、役員、従業員持株会の有無 |
| 移転目的 | 後継者への承継、相続対策、株主整理、経営権集中など |
| 取引当事者 | 個人間、個人法人間、法人間、自己株式取得か |
| 価格の根拠 | M&A価格、税務評価、第三者評価、過去取引価格 |
| 税務論点 | 低額譲渡、高額譲渡、みなし贈与、受贈益、寄附金、みなし配当 |
| 支配権 | 議決権割合、拒否権、種類株式、後継者の支配可能性 |
| 将来の相続 | 遺留分、相続人間の不公平感、納税資金、株式分散リスク |
| 説明先 | 親族、後継者、他の株主、金融機関、税務当局 |
税務上の時価をどう判断するかは、取引当事者、株主の属性、評価の目的、取引形態によって、慎重な検討を要します。評価額を決める前に、まず課税関係を整理しておくことが欠かせません。
組織再編・自己株式取得で整理すべきこと
合併、会社分割、株式交換、株式移転、自己株式取得などでは、評価額だけでなく、比率、対価、税務適格性、会計処理、少数株主への説明、財源規制までもが問題になります。
組織再編では、会社法上の手続、税務上の適格・非適格、会計上の企業結合・共通支配下取引・事業分離といった論点が絡み合います。すべてを相談前に判断しておく必要はありませんが、少なくとも次の事項は整理しておきたいところです。
| 整理事項 | 確認すべき内容 |
|---|---|
| 予定スキーム | 合併、分割、株式交換、株式移転、自己株式取得など |
| 目的 | グループ再編、事業切出し、株主整理、完全子会社化、承継 |
| 対価 | 現金、株式、その他財産、混合対価 |
| 比率 | 合併比率、株式交換比率、株式移転比率 |
| 株主影響 | 少数株主、反対株主、株式買取請求、支配権変動 |
| 税務影響 | 適格要件、時価譲渡、繰越欠損金、含み損益、株主課税 |
| 会計影響 | 取得、共通支配下取引、事業分離、のれん、PPA |
| 手続 | 株主総会、債権者保護、公告、登記、契約書・計画書 |
組織再編税制では、適格組織再編成に該当するか、非適格組織再編成に該当するかによって、資産・負債の移転に関する税務上の取扱いが大きく変わります。ですから組織再編の評価相談では、価格や比率だけでなく、税務上の前提を同時に確認しておく必要があります。
相談前メモを1枚作る
資料を大量にそろえるよりも先に、まずは1枚の相談前メモを作ることをおすすめします。
このメモに書き留めておきたいのは、次のような内容です。
| 項目 | 書く内容 |
|---|---|
| 相談目的 | 何を判断したいのか |
| 取引背景 | なぜ今その取引を検討しているのか |
| 当事者 | 売主、買主、対象会社、株主、後継者、金融機関など |
| 想定スキーム | 株式譲渡、事業譲渡、自己株式取得、合併、分割など |
| 現在の状況 | 価格提示前、交渉中、基本合意前、DD中、契約前など |
| 価格情報 | 希望価格、提示価格、仲介査定、過去評価額 |
| 主要な不安 | 価格の妥当性、税務、説明責任、資料不足、交渉条件 |
| 期限 | いつまでに判断が必要か |
| 準備資料 | 既にある資料、まだない資料、不確かな資料 |
このメモが手元にあるだけで、専門家の側も、単なる評価計算にとどまらず、どの論点を優先して確認すべきかを判断しやすくなります。
資料が不足している場合の伝え方
相談前に資料が足りないとき、無理に整った資料に見せかける必要はありません。
むしろ、次のように整理して伝えていただくほうが、実務的です。
- 決算書はあるが、月次試算表は未確定
- 事業計画はあるが、売上前提が粗い
- 借入一覧はあるが、保証・担保の整理が未了
- 株主名簿はあるが、最新の名義と実質株主に差があるかもしれない
- 関連当事者取引はあるが、契約書が整理されていない
- 不動産は保有しているが、時価資料がない
- 過去に評価書を作成したが、評価基準日が古い
- 相手方から価格提示を受けたが、算定根拠が分からない
資料不足を隠してしまうと、かえって評価結果の信頼性が下がります。資料が足りないこと自体を前提条件として明示すれば、暫定評価、論点整理、追加資料リストの作成、セカンドオピニオンなど、段階に応じた対応が可能になります。
相談のタイミングは「価格を決めた後」では遅いことがある
企業価値評価の相談は、最終契約の直前でも行えます。ただ、理想を言えば、価格を固定する前に相談していただきたいところです。
特に次のような場面では、早めの相談が効いてきます。
- 相手方から初期的な価格提示を受けたとき
- 仲介会社の簡易査定額に違和感があるとき
- 基本合意書に価格レンジを入れる前
- DDを実施する前
- DDで価格に影響する事項が見つかったとき
- 自己株式取得や親族間譲渡の価格を決める前
- 合併比率や株式交換比率を関係者に説明する前
- 金融機関や株主に説明する前
- 税務申告や取締役会決議の前提資料を整える前
契約書に価格や価格調整の方法が書き込まれた後では、評価上の問題に気づいても、交渉の余地が限られてしまうことがあります。評価とは、価格を決めた後に正当化するためのものではなく、価格を決める前の判断材料として使うものなのです。
相談前チェックリスト
最後に、実際に相談の前に確認しておきたい事項をまとめておきます。
すべてが埋まらなくても構いません。空欄があれば、その空欄自体が、相談すべき論点になります。
| 区分 | チェック項目 |
|---|---|
| 評価目的 | 何のために評価するのか説明できるか |
| 利用目的 | 交渉、意思決定、株主説明、税務検討、金融機関説明など使い道を整理したか |
| 立場 | 売主側、買主側、会社側、株主側、後継者側のどの立場か |
| 評価対象 | 会社全体、株式、事業、一部持分、比率算定のどれか |
| 評価基準日 | いつ時点の価値を見たいのか |
| 取引状況 | 価格提示前、交渉中、基本合意前、DD中、契約前のどの段階か |
| 価格情報 | 希望価格、提示価格、査定額、過去評価額を整理したか |
| 決算資料 | 直近数期の決算書・申告書・勘定科目内訳書があるか |
| 月次資料 | 直近月次試算表、売上・利益推移を確認できるか |
| 事業計画 | 将来計画とその前提を説明できるか |
| 正常収益力 | 一過性損益、役員報酬、関連当事者取引を把握しているか |
| 資金繰り | 借入、返済予定、運転資本、資金不足時期を整理したか |
| 非事業資産 | 余剰現預金、遊休不動産、投資有価証券、保険積立金を把握しているか |
| 負債・リスク | 簿外債務、偶発債務、保証、未払税金、労務リスクを確認したか |
| 株主構成 | 株主名簿、議決権割合、少数株主、種類株式、新株予約権を整理したか |
| 税務論点 | 低額譲渡、高額譲渡、みなし配当、受贈益、組織再編税制を確認すべきか |
| 会計論点 | PPA、のれん、減損、連結、組織再編会計への影響があるか |
| 契約条件 | 価格調整、アーンアウト、表明保証、補償、エスクローの検討が必要か |
| 説明責任 | 誰に、何を、どの資料で説明する必要があるか |
| 期限 | いつまでに判断しなければならないか |
本記事の振り返り
| 重要論点 | 押さえるべき考え方 |
|---|---|
| 相談前準備の目的 | 資料を完璧にそろえることではなく、判断すべき論点を明確にすること |
| 評価目的 | 売却、買収、承継、資本政策、組織再編、第三者説明で前提が変わる |
| 価値と価格 | 評価額は判断材料であり、取引価格は交渉条件・リスク配分を踏まえて決まる |
| 評価対象 | 会社全体、株式、事業、一部持分、比率算定を混同しない |
| 財務資料 | 決算書だけでなく、月次、資金繰り、借入、税務申告書を確認する |
| 正常収益力 | 一過性損益、役員報酬、関連当事者取引を調整して見る |
| 事業計画 | 数字だけでなく、売上・利益・運転資本・投資の前提を確認する |
| 非事業資産・負債 | 余剰資産、簿外債務、保証、未払税金が価格に影響する |
| 税務論点 | M&A価格、税務上の時価、相続税評価、会社法上の公正価格を混同しない |
| 取引条件 | 価格だけでなく、支払条件、価格調整、補償、アーンアウトまで見る |
| 相談タイミング | 価格を固定した後ではなく、交渉・基本合意・契約前に相談する |
| 不足資料 | 不足や不確実性を隠さず、前提条件として整理する |
企業価値評価の相談は、評価額だけを受け取るためのものではありません。
本当に大切なのは、会社の実態、事業計画、財務リスク、税務・会計・会社法上の論点、価格交渉上の条件を整理し、「なぜその価格で判断できるのか」をきちんと説明できる状態にしておくことです。
犬飼公認会計士・税理士事務所では、M&A・事業承継・資本政策・組織再編における企業価値評価、株式価値算定、取引価格判断、評価報告書の読み方、相談前の論点整理に関するご相談を承っています。価格提示を受けて判断に迷っている場合、仲介会社の査定額に不安がある場合、あるいは株主・後継者・金融機関に説明できる価格根拠を整えたい場合は、お問い合わせページよりお気軽にご相談ください。