上場申請書類の全体像|Ⅰの部・各種説明資料・添付資料の位置づけ

IPO準備がいよいよ申請期に入ると、会社は膨大な上場申請書類と向き合うことになります。

「Ⅰの部を作る」「Ⅱの部を作る」「各種説明資料を作る」「添付資料を集める」。こうした言葉を並べると、どうしても作業量の大きさにばかり目が向きがちです。経理、CFO、経営企画、法務、人事、内部監査、そして事業部門。それぞれが資料を作成し、主幹事証券会社、監査法人、印刷会社、弁護士などとのやり取りも一気に増えていきます。

しかし、私が実務を通じて感じてきたのは、上場申請書類の本質は「提出物をそろえること」ではない、ということです。

上場申請書類とは、会社の事業、成長戦略、リスク、資本政策、内部管理体制、ガバナンス、そして財務数値を、投資者保護と市場の信頼という観点から一貫して説明するための体系です。

東京証券取引所は、上場申請後の審査について、新規上場申請のための有価証券報告書である「Ⅰの部」「Ⅱの部」の記載内容などをもとに、質問事項への回答書やヒアリングを通じた質問・確認によって審査を進める、と説明しています。つまり申請書類は、単なる事務書類ではありません。審査の入口であり、会社理解の土台そのものなのです。

出典:日本取引所グループ|上場スケジュール

IPOを「会社を資本市場に開く経営判断」と捉えるなら、上場申請書類の作成は、会社を投資者に説明できる形へと再構成していく作業だといえます。ここを資料作成だけで乗り切ろうとすると、審査対応にとどまらず、経営そのものにひずみが出てしまいます。

目次

上場申請書類は「説明」と「証拠」の二層構造で見る

上場申請書類は、大きく二つの層に分けて考えると、ぐっと理解しやすくなります。

第一の層は、会社が何者であるかを説明する資料です。Ⅰの部、Ⅱの部、各種説明資料、事業計画、成長可能性に関する資料、リスク情報、資本政策説明資料などがここに当たります。事業内容、収益構造、成長ストーリー、主要なリスク、株主構成、内部管理体制、ガバナンスを、言葉と数字で語る部分です。

第二の層は、その説明を裏付ける資料です。定款、登記事項証明書、取締役会議事録、株主総会議事録、各種規程、契約書、監査役会資料、内部監査資料、業務フロー、証憑、監査報告書、監査概要書、株券等の分布状況表、反社会的勢力との関係がないことを示す確認書などが含まれます。

申請書類の作成で何より重要なのは、この二つの層が一致していることです。

たとえば、Ⅰの部では「内部管理体制を整備している」と書いているのに、添付資料を見ると承認の証跡が残っていない。事業計画では高い成長を見込んでいるのに、各種説明資料では営業体制や採用計画の裏付けが弱い。リスク情報では主要取引先への依存を記載しているのに、売上計画ではその依存先の変動が反映されていない。資本政策では安定株主を説明しているのに、株主間契約や売出し方針との整合性が取れていない。

こうした不整合は、単なる書類上のミスではありません。会社が自社の事業・数字・体制を統合して説明できていない、という状態を映し出しているのです。

Ⅰの部とは何か|投資者に向けた会社説明の中心資料

Ⅰの部は、正式には「新規上場申請のための有価証券報告書(Ⅰの部)」と呼ばれます。

名称に「有価証券報告書」とありますが、上場後に毎期提出する金融商品取引法上の有価証券報告書や、上場時ファイナンスで提出する有価証券届出書とは、しっかり区別して理解しておく必要があります。Ⅰの部は、あくまで上場申請のために取引所へ提出する資料です。そして上場承認後には公衆縦覧に供される、投資者向けの重要な開示資料でもあります。

東京証券取引所の提出書類の説明によれば、新規上場申請のための有価証券報告書にはⅠの部、Ⅱの部、半期報告書があり、このうちⅠの部および半期報告書は上場承認後に公衆縦覧に供されるとされています。審査においては、申請会社の事業内容やリスク情報などが正確で、投資者に分かりやすく記載されているか、開示府令に準じて正しく作成されているかが確認されます。

出典:日本取引所グループ|A 新規上場申請に係る提出書類等(内国株券)

Ⅰの部で求められるのは、会社の魅力を一方的に語ることではありません。投資者が合理的に投資判断を下せるよう、会社の実態を正確に説明することです。

事業の内容、事業等のリスク、経営者による財政状態・経営成績等の分析、設備の状況、提出会社の状況、株式等の状況、コーポレート・ガバナンスの状況、経理の状況。これらが、互いに矛盾なくつながっていなければなりません。

特に意識しておきたいのは、Ⅰの部が「投資者に見られる資料」だという点です。

取引所審査のためだけに作る資料ではありません。上場承認後は、投資家、金融機関、取引先、採用候補者、役職員、既存株主なども、目にする可能性があります。IPO後のIRや法定開示の基礎にもなっていきます。

そのためⅠの部では、次のような観点が大切になります。

  • 事業内容が、社内用語ではなく、投資者が理解できる言葉で説明されているか
  • 収益構造が、売上高の内訳、主要KPI、顧客、価格、取引条件、コスト構造と結びついているか
  • リスク情報が、一般論にとどまらず、自社固有の不確実性を反映しているか
  • 財務情報が、監査済みの数値、会計方針、注記、経営分析と整合しているか
  • 資本政策や株式の状況が、上場後の株主構成や流動性の説明につながっているか
  • コーポレート・ガバナンスの説明が、会議体、役員構成、監査体制、内部統制の実態と一致しているか

Ⅰの部は、いわば会社の「外向きの顔」です。その顔が整っていなければ、投資者に選ばれる会社としての信頼は、なかなか得られません。

Ⅱの部とは何か|取引所審査のための深掘り資料

Ⅱの部は、正式には「新規上場申請のための有価証券報告書(Ⅱの部)」と呼ばれます。

Ⅰの部が投資者向けの公開資料という性格を持つのに対し、Ⅱの部は取引所審査のための審査資料です。東京証券取引所は、Ⅱの部を、Ⅰの部の記載内容を確認したり、事業内容や内部組織の状況などを理解したりするために用いる「審査の柱となる資料」と位置づけています。Ⅰの部と異なり、上場承認後も公衆縦覧には供されない審査資料とされています。

出典:日本取引所グループ|A 新規上場申請に係る提出書類等(内国株券)

ここで誤解してはいけないのは、Ⅱの部は「非公開だから軽くてよい」資料ではない、ということです。むしろ、取引所審査における会社理解の中核を担います。

Ⅱの部では、Ⅰの部に書かれた内容が本当に会社の実態と合っているのかを、より細かく確認できるように記載していきます。事業内容、組織体制、内部管理体制、業務フロー、関係会社、関連当事者、役員、株主、取引、規程、リスク管理、コンプライアンス、内部監査。会社の中身が、具体的に問われる場です。

東京証券取引所の提出書類の説明では、Ⅱの部は記載要領に従って作成する一方、会社の業種業態によって様式に合わせることが適当でない場合には、申請会社の判断で適当な様式に変えて記載して差し支えないとされています。さらに、審査担当者はⅡの部を手掛かりに事業内容の理解を進めるため、会社の強み・弱みを飾ることなく、ありのままに記載するよう求めています。

出典:日本取引所グループ|A 新規上場申請に係る提出書類等(内国株券)

この「ありのまま」という表現は、実務の上で非常に重みを持ちます。

上場申請書類というのは、会社をよく見せようとするほど、かえって弱くなることがあります。なぜなら取引所審査では、弱点が存在すること自体よりも、会社がその弱点を把握し、対応方針を持ち、運用状況を説明できるかどうかが問われるからです。

たとえば、内部監査がまだ十分でないのなら、どこが不足していて、いつまでに、誰が、どの範囲を、どのように改善するのかを説明する。主要取引先への依存があるのなら、その依存関係の背景、契約条件、継続性、代替策、事業計画への影響を説明する。そうした姿勢が求められます。

Ⅱの部は、会社の弱点を隠すための資料ではありません。弱点を経営管理上の論点として整理し、きちんと説明できる状態に変えていく資料なのです。

各種説明資料|Ⅰの部・Ⅱの部をつなぐ実務説明

各種説明資料は、Ⅰの部やⅡの部だけでは把握しきれない論点を、より実務に即して説明するための資料です。

グロース市場の提出書類フォーマットには、「新規上場申請者に係る各種説明資料の記載項目について」が掲載されており、2026年3月25日改訂版の記載項目が公表されています。そこでは、事業の内容、業界の状況、許認可・免許・登録等、事務フロー、仕入・販売・外注等、経営管理体制等に関する事項などが整理されています。

出典:日本取引所グループ|グロース市場 提出書類フォーマット

各種説明資料を、単なる補足資料と見てはいけません。

これは、経営者の言葉、事業部門の実態、管理部門の資料、そして監査法人・主幹事証券会社・取引所への説明を、ひとつにつなぐための資料です。

たとえば事業の内容であれば、サービスの特徴だけでなく、創業の経緯、事業の沿革、顧客、競合、収益構造、販売方法、業界規制、許認可、主要取引先、事業所管理などにまで広がっていきます。

経営管理体制についても同様です。組織図や規程の有無だけではなく、取締役会、経営会議、内部監査、監査役、予算管理、リスク管理、コンプライアンス、適時開示体制、情報管理が、実際にどう運用されているかが問われます。

各種説明資料の質が低い会社は、たいていⅠの部やⅡの部にも矛盾が出てきます。逆にいえば、各種説明資料を丁寧に作り込む過程で、会社は自社の事業モデル、業務フロー、リスク、管理体制の不足を、はっきりと可視化することができます。

添付資料|説明の裏付けとなる証拠資料

添付資料は、上場申請書類のなかで、最も地味に見える存在かもしれません。

しかし審査実務の上では、非常に重要です。Ⅰの部、Ⅱの部、各種説明資料に記載された内容が、実際に会社のなかに存在し、運用されていることを裏付ける資料だからです。

たとえば内部管理体制を説明するなら、規程、職務分掌、業務フロー、承認権限表、取締役会議事録、経営会議議事録、内部監査計画、内部監査報告書、改善フォロー資料などが必要になります。

関連当事者取引を説明するなら、契約書、取締役会承認資料、取引条件の検討資料、解消方針、代替取引先の検討資料が求められることがあります。

資本政策を説明するなら、株主名簿、株券等の分布状況表、投資契約、株主間契約、ストック・オプション発行資料、継続所有に関する確約書、売出し方針などが関係してきます。

監査論点を説明するなら、監査報告書、監査概要書、会計方針資料、決算資料、リードシート、見積り資料、注記の根拠資料などが重要になります。

添付資料は、形式的にそろえればよいというものではありません。むしろ、説明内容と証拠資料の対応関係が、きちんと整理されているかどうかが問われます。

  • 規程はあるが、運用の証跡がない
  • 議事録はあるが、実質的な議論が記録されていない
  • 契約書はあるが、リスク情報との関係が整理されていない
  • 会計方針はあるが、過去の処理や監査法人との協議経緯が残っていない

こうした状態では、添付資料を提出しても、かえって説明の弱さが浮き彫りになってしまいます。

事業計画|成長ストーリーを数字で説明する中核資料

上場申請書類のなかでも、事業計画は特に重要な位置を占めます。

IPO準備会社は、成長性を説明しなければなりません。しかしその成長性は、「市場が大きい」「プロダクトが優れている」「顧客が増えている」といった抽象論だけでは、とても足りないのです。

売上計画、利益計画、KPI、人員計画、投資計画、資金計画、資金使途、主要リスク、感応度。これらがつながって初めて、投資者にも取引所にも説明できるものになります。

たとえば、売上高が急成長していく計画であれば、その成長を支える顧客獲得数、単価、継続率、解約率、営業人員、広告宣伝費、プロダクト開発、人材採用、システム投資が、互いに整合している必要があります。

利益率が改善していく計画であれば、原価率、外注費、固定費、人件費、広告効率、スケールメリットといった前提を、きちんと説明できなければなりません。

資金使途が研究開発や人材採用であれば、その投資がどのKPIを改善し、いつ売上・利益・キャッシュ・フローに反映されるのかを説明する必要があります。

事業計画は、Ⅰの部の事業内容、リスク情報、経営者による分析、資金使途、上場時ファイナンス、そして上場後IRへとつながっていきます。ここが弱いと、申請書類全体の説得力が一気に落ちてしまいます。

特にグロース市場を目指す会社では、上場後も「事業計画及び成長可能性に関する事項」の継続的な開示が求められます。上場申請時だけの資料、と考えてはいけません。

出典:日本取引所グループ|事業計画及び成長可能性に関する事項の開示

リスク情報|不利な情報ではなく、投資判断のための情報

上場申請書類のなかで、軽視されやすいのがリスク情報です。

リスク情報を「投資者に不安を与える情報」と捉えてしまうと、どうしても一般的で抽象的な記載に逃げがちになります。しかしリスク情報は、成長可能性を否定するためのものではありません。投資者が、会社の成長性と不確実性を同時に理解するための情報なのです。

金融商品取引法は、企業内容等の開示制度の整備や、金融商品取引所の適切な運営の確保などを通じて、有価証券の発行・取引等を公正にし、その流通を円滑にし、金融商品等の公正な価格形成を図ることを目的としています。そして、国民経済の健全な発展と投資者保護に資することを目指しています。

出典:e-Gov法令検索|金融商品取引法

投資者保護とは、投資者が損をしないようにすることではありません。投資者が、必要な情報に基づいて自ら判断できる状態をつくることです。

ですからリスク情報では、次のような視点が必要になります。

  • 主要顧客への依存があるなら、依存先、売上構成、契約条件、継続性、代替可能性を説明する
  • 特定サービスへの依存があるなら、そのサービスの収益構造、競合、技術変化、規制リスクを説明する
  • 人材採用が成長の前提なら、採用計画の未達が事業計画に与える影響を説明する
  • 許認可や法規制が事業の前提なら、許認可の内容、更新、取消しリスク、監督官庁との関係を整理する
  • 労務・法務・税務リスクがあるなら、発見状況、影響額、是正状況、再発防止策を整理する

リスク情報は、法務担当者だけで作るものではありません。経営者、CFO、事業責任者、経理、法務、人事、内部監査が連携し、事業計画と整合させながら作り上げていくべきものです。

資本政策|過去の資金調達と上場後の株主構成を説明する

上場申請書類では、資本政策も重要な説明領域のひとつです。

資本政策は、株主名簿や発行済株式数を単に整理する作業ではありません。誰から、いつ、どのような条件で資金を調達し、どのような株主構成になり、どの程度の希薄化が生じ、上場時にどのような公募・売出しを行い、上場後の流動性や支配権にどう影響するのか。これらを説明する領域です。

特に、VCやCVCから出資を受けている会社では、投資契約、株主間契約、優先株式、種類株式、拒否権、情報提供義務、取締役指名権、上場時終了条項などが、上場準備に影響してきます。

ストック・オプションを発行している会社では、付与対象者、付与時期、行使価格、発行決議、税制適格性、会計処理、潜在株式数、希薄化、退職者の取扱い、そして上場時の開示との整合性が問われます。

上場時に公募・売出しを行う場合には、会社に入る資金と、既存株主に入る資金を分けて説明する必要があります。公募は会社の成長資金に関係し、売出しは既存株主の流動化や、市場での流通株式の形成に関係します。

資本政策の説明が弱いと、投資者は判断に迷ってしまいます。「上場後に誰が株主として残るのか」「創業者やVCはどの程度売却するのか」「資金使途は成長戦略と結びついているのか」「株式報酬による希薄化はどの程度か」。こうした問いに答えにくくなるのです。

資本政策は、過去の資金調達の履歴であると同時に、上場後の株主との関係を設計するための資料でもあります。

内部管理体制|規程の有無ではなく運用実態が問われる

上場申請書類では、内部管理体制についても、詳細な説明が必要になります。

ここで問われるのは、規程があるかどうかだけではありません。実際に、会社が上場会社として必要な意思決定、会計処理、承認、証憑管理、リスク管理、開示判断を行える体制になっているかどうかです。

日本取引所自主規制法人の上場審査部は、株式が金融商品取引所に上場すると不特定多数の投資者の投資対象となるため、上場会社には投資者からの信頼を確保できる体制が求められる、と説明しています。

出典:日本取引所グループ|新規上場会社の適格性の維持

内部管理体制の説明では、少なくとも次のような観点が重要になります。

  • 取締役会や経営会議で、重要事項が審議・承認・記録されているか
  • 月次決算と予実管理が、経営判断に使われているか
  • 販売、購買、在庫、固定資産、資金、給与、契約などの業務フローが整備されているか
  • 職務分掌と承認権限が、実態に合っているか
  • 内部監査が、計画、実施、報告、改善フォローまで運用されているか
  • 監査役や監査等委員会が、会計監査人・内部監査と連携しているか
  • ITシステムの権限管理、変更管理、ログ管理が整備されているか
  • 子会社や関連会社を含むグループ管理ができているか

未上場の段階では、経営者の意思決定の速さが、会社の成長を支えていることがあります。しかし上場会社になると、速さだけでなく、透明性、再現性、牽制、そして記録が求められるようになります。

上場申請書類では、この転換が実際に行われているかどうかが、しっかりと見られます。

監査報告との関係|数字の信頼性が申請書類全体を支える

Ⅰの部、Ⅱの部、各種説明資料は、事業や体制の説明資料であると同時に、財務数値を前提とした資料でもあります。

売上、利益、キャッシュ・フロー、KPI、資金使途、財政状態、セグメント情報、主要な経営指標、設備投資、研究開発費、人件費、関連当事者取引、ストック・オプション費用、税効果、引当金、減損、収益認識。これらの数字が、会計方針、監査証拠、監査報告と整合していなければ、申請書類全体の信頼性が揺らいでしまいます。

東京証券取引所は、上場準備に必要な期間に関する説明のなかで、上場申請までに申請直前2期間分の監査証明が必要になる点に留意すべきだとしています。

出典:日本取引所グループ|上場スケジュール

監査報告は、単に財務諸表に添付するだけのものではありません。上場申請書類に記載される数字の信頼性を支える、基盤そのものです。

ですから、経理部門が作成した決算数値と、事業計画、KPI、リスク情報、資本政策、上場時ファイナンス資料とが分断されていると、危うい状態になります。

たとえば、収益認識の会計方針を変更した場合には、過年度比較、KPI、売上計画、リスク情報、監査法人との協議内容が、すべて整合していなければなりません。会計上の見積りが重要な会社では、見積りの前提、感応度、事業計画、監査上の論点が、ひとつにつながっている必要があります。

監査法人対応と申請書類作成は、別々の作業ではありません。監査に耐える数字を作り、その数字を投資者に説明できる形へ整えること。それこそが、上場申請書類作成の中心にあるものです。

有価証券届出書・目論見書との関係|上場審査資料から発行開示へつながる

上場申請書類を理解するうえでは、有価証券届出書や目論見書との関係も、あわせて整理しておきたいところです。

上場時に公募・売出しを行う場合、投資者に対する発行開示として、有価証券届出書や目論見書の作成が必要になります。これはⅠの部やⅡの部とは別の制度上の書類ですが、その内容は密接に関係しています。

財務局の説明によれば、金融商品取引法における企業内容等の開示制度は、有価証券の発行・流通市場において一般投資者が十分に投資判断を行えるよう、有価証券届出書などの開示書類の提出を義務付け、これらを公衆縦覧に供する制度とされています。発行者の事業内容・財務内容などを、正確、公正かつ適時に開示し、投資者保護を図ることを目的としています。

出典:財務省近畿財務局|企業内容等開示制度

つまり上場申請書類は、取引所審査のための資料であると同時に、その後の発行開示や投資家説明へとつながっていく資料でもあるのです。

Ⅰの部で説明した事業内容やリスク情報が、有価証券届出書や目論見書では別の表現になってしまう。事業計画や資金使途が、ロードショー資料と合っていない。監査報告書や財務情報の更新が、発行開示資料に反映されていない。

こうした不整合は、上場直前の重大な手戻りにつながります。

上場申請書類は、取引所審査で終わる資料ではありません。上場時ファイナンス、ロードショー、発行開示、そして上場後IRへと続いていく、説明体系の出発点なのです。

申請書類作成で起こりやすい失敗

上場申請書類の作成には、いくつか典型的な失敗があります。

第一に、書類ごとに担当者を分けすぎて、全体の整合性が崩れてしまうことです。経理は財務情報、法務は契約・リスク、人事は労務、事業部は事業説明、CFOは資本政策、IPO担当者は進行管理。こうして分担すること自体は必要です。ただし最終的には、ひとつの会社説明として統合されなければなりません。

第二に、過去の資料を流用しすぎることです。資金調達時のピッチ資料、VC向け説明資料、銀行向け事業計画、採用広報資料を、そのまま使ってしまう。すると、投資者保護や上場審査の観点から必要な情報が、どうしても不足します。IPOの申請書類は、販売資料ではなく、合理的な投資判断のための資料です。

第三に、弱点を後回しにすることです。労務問題、関連当事者取引、税務リスク、内部統制の不備、契約上の制約、許認可リスク、システム管理の不備。こうした論点が申請期に発覚すると、スケジュールに大きく影響します。早い段階で把握し、是正し、説明可能な状態に整えておく必要があります。

第四に、監査法人・主幹事証券会社・取引所への説明がずれてしまうことです。同じ論点について、相手によって説明が変わると、会社の管理能力や誠実性に疑義が生じます。説明の粒度は相手に応じて変わってもかまいません。しかし、事実関係と判断根拠は、一貫していなければなりません。

第五に、上場後を見据えていないことです。上場申請時だけ整えた資料は、上場後の決算短信、有価証券報告書、適時開示、IR、株主総会では使えません。上場申請書類は、上場後の説明責任を支える社内情報基盤として設計しておく必要があります。

申請書類を整える順番|最終成果物から逆算する

上場申請書類は、思いついた順に作っていくと、必ず混乱します。

実務の上では、最終的に投資者へ説明する内容から逆算していくことが大切です。

まず、会社として何を投資者に説明するのかを定義します。上場目的、成長戦略、事業計画、資金使途、競争優位、主要リスク、株主構成、ガバナンス、内部管理体制を、経営者自身の言葉で整理していきます。

次に、その説明をⅠの部、Ⅱの部、各種説明資料へと分解します。Ⅰの部には投資者が理解すべき内容を正確に記載し、Ⅱの部には審査上必要な深掘り情報を記載し、各種説明資料には実務運用や背景情報を整理する。こうして役割を分けていきます。

そのうえで、添付資料を証拠として紐づけます。説明内容ごとに、どの議事録、契約書、規程、監査資料、内部監査資料、業務フロー、証憑で裏付けるのかを整理していきます。

最後に、全体の整合性を確認します。Ⅰの部、Ⅱの部、事業計画、リスク情報、資本政策、監査報告、発行開示資料、ロードショー資料、取締役会資料が、互いに矛盾していないかを点検するのです。

この順番を誤ると、提出直前になって「数字が合わない」「説明が違う」「証拠がない」「リスク情報に反映していない」といった問題が噴き出します。

上場申請書類は、資料を作るプロジェクトではありません。会社の説明責任を設計するプロジェクトなのです。

相談前に整理しておきたいこと

上場申請書類の作成に不安を感じている場合、専門家に相談する前に、次のような論点を整理しておくと、その後の実務がぐっと進めやすくなります。

  • 現在の市場選択と、上場予定時期
  • 主幹事証券会社からの指摘事項
  • 監査法人との監査論点
  • Ⅰの部、Ⅱの部、各種説明資料の作成状況
  • 事業計画、KPI、予実管理の整備状況
  • リスク情報の棚卸し状況
  • 資本政策、株主構成、ストック・オプションの整理状況
  • 関連当事者取引、投資契約、株主間契約の有無
  • 内部管理体制、内部監査、取締役会運営の状況
  • 労務、法務、税務、コンプライアンス上の未整理論点
  • 上場後の開示体制やIR体制の整備状況

犬飼公認会計士・税理士事務所では、IPOを単なる申請書類作成とは捉えていません。成長戦略、資本政策、会計・監査、内部管理体制、ガバナンス、開示責任を、資本市場に耐えうる水準へと引き上げていく経営課題として向き合っています。

Ⅰの部・Ⅱの部・各種説明資料の作成にすでに着手しているものの、事業計画、リスク情報、資本政策、監査論点、内部管理体制の整合性に不安がある。そうした場合には、現在の資料一式と指摘事項を整理したうえで、犬飼公認会計士・税理士事務所HPのお問い合わせページからご相談ください。

「資料をどう書くか」だけでなく、「投資者に説明できる会社になっているか」を確認すること。それこそが、上場申請書類を整える本当の目的だと、私は考えています。

振り返り

論点確認すべきこと
上場申請書類の本質提出物をそろえる作業ではなく、事業・リスク・管理体制・数字を一貫して説明する体系である
Ⅰの部上場承認後に公衆縦覧される投資者向け資料であり、事業内容、リスク情報、財務情報を分かりやすく正確に記載する
Ⅱの部公衆縦覧されない審査資料であり、事業内容、内部組織、管理体制などを深掘りして説明する
各種説明資料Ⅰの部・Ⅱの部を補完し、事業内容、業界、許認可、業務フロー、経営管理体制などを実務的に説明する
添付資料説明内容を裏付ける証拠資料であり、議事録、規程、契約書、監査資料、内部監査資料などとの対応関係が重要である
事業計画売上・利益・KPI・人員・投資・資金使途・リスクが整合しているかを確認する
リスク情報不利な情報ではなく、投資者が成長可能性と不確実性を判断するための情報として整理する
資本政策株主構成、VC出資、投資契約、SO、公募・売出し、上場後の流動性を一体で説明する
内部管理体制規程の有無ではなく、取締役会、内部監査、月次決算、承認手続が実際に機能しているかを見る
監査報告との関係財務数値、会計方針、監査証拠、監査報告が申請書類全体の信頼性を支える
発行開示との接続Ⅰの部・Ⅱの部の説明は、有価証券届出書、目論見書、ロードショー、上場後IRへつながる
作成上の注意点担当者ごとの部分最適ではなく、会社全体の説明体系として整合性を確認する
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