「贈与ではなく売買だから、贈与税はかからない」 「借入金も一緒に引き受けるので、贈与にはならない」 「親子間の貸付金を免除しても、家族内の話だから問題ない」 「自分の会社に安く売るだけなので、相続対策として使える」
相続・贈与の現場では、こうした判断にこそ注意が必要です。
贈与税は、典型的な「無償で財産をあげる」場面だけに課税されるわけではありません。形式の上では売買、債務引受、債務免除、法人取引、あるいは同族会社への資産移転であっても、ある人から別の人へ経済的な利益が移っていれば、税務上は「贈与により取得したもの」とみなされることがあります。
これが、いわゆる「みなし贈与」です。
とりわけ親族間や同族会社との取引では、第三者間のような価格交渉が働きにくいという特徴があります。そのぶん、時価の根拠、契約の内容、資金の決済、債務の負担、株式価値への影響といった点が、税務調査で確認されやすくなります。
本稿では、低額譲渡、負担付贈与、債務免除を中心に、みなし贈与が問題になる場面と、実行前に整理しておきたい判断軸を解説します。
まず押さえたい結論
みなし贈与で重要なのは、「贈与契約書があるかどうか」ではありません。
税務上は、おおむね次のように考えます。
| 取引の形 | 税務上の見方 |
|---|---|
| 時価より著しく低い価額で財産を売る | 時価と対価との差額が贈与とみなされる可能性 |
| 借入金や敷金債務を引き受ける条件で財産をもらう | 財産価額から負担額を控除した部分が贈与税の対象 |
| 親子間の貸付金を免除する | 免除された債務額が贈与とみなされる可能性 |
| 親が子の借金を肩代わりする | 子が債務弁済による利益を受けたと見られる可能性 |
| 個人が同族会社へ安く資産を売る | 法人税、所得税、株主へのみなし贈与が絡む可能性 |
| 会社の債務をオーナーが免除する | 会社だけでなく、株主の株式価値増加が問題になる可能性 |
判断の中心にあるのは「名目」ではなく「経済的利益」です。
売買であっても、債務免除であっても、会社を経由していても、誰かが時価より有利に財産や利益を取得していれば、贈与税をはじめとする課税関係を確認しておく必要があります。みなし贈与課税は、売買、賃貸、使用貸借、債務引受といった契約の形にとらわれず、経済的な利益を受けた人に着目する考え方なのです。
みなし贈与とは何か
贈与税は、個人から贈与により財産を取得したときにかかる税金です。
ただし、財産そのものを受け取らなくても課税される場面があります。国税庁も、債務免除などによって利益を受けた場合には、贈与を受けたものとみなされて贈与税がかかることがある、と説明しています。
みなし贈与が問題になる代表例は、次の3つです。
| 区分 | 根拠となる主な規定 | 典型例 |
|---|---|---|
| 低額譲受・低額譲渡 | 相続税法7条 | 親から子へ不動産を時価より著しく低い金額で売る |
| 債務免除等 | 相続税法8条 | 親が子への貸付金を免除する、子の借金を弁済する |
| その他の利益の享受 | 相続税法9条 | 負担付贈与、同族会社の株式価値増加、無利息貸付など |
一般には「低額譲渡」と呼ばれることが多いのですが、贈与税の条文構造で問題になるのは、財産を安く取得した側、つまり「低額譲受」による利益です。
たとえば、父が時価5,000万円の土地を子に2,000万円で売却したとします。形式の上では売買です。それでも、対価が時価に比べて著しく低いと判断されれば、子は父から3,000万円相当の経済的利益を受けたものとして、贈与税が問題になります。
低額譲渡で贈与税が問題になる場合
国税庁は、個人から著しく低い価額の対価で財産を譲り受けた場合、その財産の時価と支払った対価との差額に相当する金額は、財産を譲渡した人から贈与により取得したものとみなされる、と説明しています。
出典:国税庁|No.4423 個人から著しく低い価額で財産を譲り受けたとき
「著しく低い価額」は一律に決まらない
ここで最も誤解されやすいのが、「時価の2分の1以上なら安全」という考え方です。
国税庁は、相続税法7条における「著しく低い価額」にあたるかどうかは、個々の具体的な事案に基づいて判定するとしています。そして、この判定基準は、法人に対する譲渡所得課税で問題になる「時価の2分の1に満たない金額」とは別のものだと説明しています。
出典:国税庁|No.4423 個人から著しく低い価額で財産を譲り受けたとき
そのため、次のように整理しておく必要があります。
| 誤解 | 実務上の考え方 |
|---|---|
| 時価の2分の1以上なら贈与税は絶対にかからない | 相続税法7条では個別事情で判定 |
| 相続税評価額で売れば安全 | 土地・家屋等では通常の取引価額が問題になる |
| 親族間で合意していれば時価になる | 合意額と税務上の時価は一致しないことがある |
| 第三者との取引ならみなし贈与はない | 第三者間でも著しく低い価額なら問題になり得る |
| 贈与の意思がなければ贈与税はない | みなし贈与では贈与意思の有無だけで判断しない |
実務上も、相続税法7条は当事者に贈与の意思があるかどうかにかかわらず適用され得ると整理されています。つまり、親族間の取引に限らず、第三者間の取引であっても、みなし贈与が問題になる可能性があるということです。
低額譲渡で確認すべき「時価」
低額譲渡で最初に確認すべきなのは、売買価格ではなく時価です。
国税庁は、低額譲受における時価について、土地や借地権など、また家屋や構築物などの場合には通常の取引価額に相当する金額、それ以外の財産の場合には相続税評価額をいう、と説明しています。
出典:国税庁|No.4423 個人から著しく低い価額で財産を譲り受けたとき
この点は、相続税申告における土地評価の感覚と混同しやすいところです。
| 財産 | 低額譲渡・負担付贈与で特に確認すべき時価 |
|---|---|
| 土地 | 通常の取引価額、不動産鑑定、取引事例、路線価との乖離 |
| 建物 | 通常の取引価額、固定資産税評価額、再調達価額、減価状況 |
| 借地権・底地 | 借地契約、地代、権利金、無償返還届出、借地権割合 |
| 上場株式 | 取引日の市場価格等 |
| 非上場株式 | 株主区分、支配関係、会社規模、純資産、類似業種比準、取引目的 |
| 貸付金 | 回収可能性、債務者の資力、返済状況 |
| 同族会社資産 | 法人税・所得税・贈与税の時価の違い |
特に不動産では、相続税評価額が市場価格より低くなることがあります。ですから、「相続税評価額で売買すれば贈与税はかからない」とは限りません。
土地等・家屋等について、負担付贈与または個人間の対価を伴う取引によって取得したものの価額は、評価通達による評価額ではなく、取得時における通常の取引価額によって評価する。これは、実務上とても重要な取扱いです。
低額譲渡は「買主の贈与税」だけでは終わらない
低額譲渡では、買主側の贈与税だけを見ていると不十分です。
| 当事者 | 確認すべき税務 |
|---|---|
| 売主が個人 | 譲渡所得税、住民税、取得費、譲渡損益、法人への低額譲渡の場合の特例 |
| 買主が個人 | 贈与税、取得費、将来売却時の譲渡所得 |
| 買主が法人 | 法人税上の受贈益、消費税、株主への利益移転 |
| 売主が法人 | 法人税、役員・株主への給与・賞与・寄附金認定 |
| 同族会社の株主 | 株式価値増加によるみなし贈与 |
たとえば、親から子へ土地を安く売る場合には、子の贈与税が問題になります。
一方、個人が法人へ資産を時価より著しく低く譲渡する場合には、譲渡者側の所得税、法人側の受贈益、さらに同族会社の株主に対するみなし贈与が問題になることがあります。
同じ「安く売る」という行為でも、相手が個人か法人か、その法人が同族会社か、株主が誰かによって、関わる税目が変わってくるわけです。
負担付贈与とは何か
負担付贈与とは、受贈者に一定の債務を負担させることを条件として行う財産の贈与をいいます。国税庁は、個人から負担付贈与を受けた場合には、贈与財産の価額から負担額を控除した価額に贈与税が課税される、と説明しています。
典型例は、次のようなものです。
| 例 | 内容 |
|---|---|
| 借入金付き不動産の贈与 | 子が親の借入金を引き受ける条件で収益不動産を受け取る |
| 敷金付き賃貸物件の贈与 | 賃借人への敷金返還債務を子が承継する |
| 住宅ローン付き不動産の移転 | 債務負担と所有権移転を組み合わせる |
| 代償的な財産移転 | 他の相続人への支払義務を条件に財産を渡す |
| 事業用資産の承継 | 設備、借入金、買掛債務などを含めて承継する |
負担付贈与の課税価格
負担付贈与では、単純に「相続税評価額 − 借入金」で贈与税を計算できるとは限りません。
国税庁は、負担付贈与の課税価格について、贈与された財産が土地や借地権など、また家屋や構築物などの場合には、その贈与時における通常の取引価額に相当する金額から負担額を控除した価額による、としています。それ以外の財産については、相続税評価額から負担額を控除した価額とされています。
具体的には、次のようなイメージです。
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 賃貸不動産の通常の取引価額 | 8,000万円 |
| 相続税評価額 | 5,500万円 |
| 子が引き受ける借入金 | 4,000万円 |
| 贈与税上の課税価格の出発点 | 8,000万円 − 4,000万円 = 4,000万円 |
この場合に「相続税評価額5,500万円 − 借入金4,000万円 = 1,500万円」と考えてしまうのは危険です。土地や建物等の負担付贈与では、通常の取引価額を確認しておく必要があります。
贈与者側にも譲渡所得課税があり得る
負担付贈与では、財産をもらう側だけでなく、財産を渡す側の税務も重要になります。
国税庁は、負担付贈与をした贈与者について、負担額でその贈与財産を譲渡したことになるため、譲渡益が生じる場合には所得税の対象となる、と説明しています。
つまり、親が子に不動産を移した場合でも、親に譲渡所得税が発生することがあるのです。
| 見落としやすい点 | 確認すべきこと |
|---|---|
| 借入金を引き受けたから贈与税は少ないはず | 通常の取引価額から負担額を控除する |
| 贈与だから親には税金がない | 負担額による譲渡所得課税を確認 |
| 銀行借入金も当然に子へ移る | 金融機関の承諾、免責的債務引受かどうかを確認 |
| 敷金債務は少額だから無視できる | 賃貸借契約、敷金台帳、返還義務を確認 |
| 相続税対策として不動産を移せばよい | 取得者の管理能力、納税資金、将来売却も確認 |
負担付贈与は、贈与税だけでなく、所得税、不動産取得税、登録免許税、金融機関対応、賃貸借契約、相続人間の公平性が同時に問題になる取引です。
債務免除によるみなし贈与
親子間や同族会社の関係では、貸付金や立替金が長期間にわたって残っていることがあります。
たとえば、親が子に事業資金として2,000万円を貸し付けたものの、返済が進まず、相続対策として貸付金を免除する、といったケースです。
国税庁は、対価を支払わないで、または著しく低い対価で、債務の免除、引受け、第三者のためにする債務の弁済による利益を受けた場合には、その利益を受けた人が、債務免除等が行われた時に、その債務免除等に係る債務の金額を贈与により取得したものとみなされる、と説明しています。
債務免除で問題になる典型例
| 取引 | 税務上の注意点 |
|---|---|
| 親が子への貸付金を免除する | 子に贈与税がかかる可能性 |
| 親が子の銀行借入を代わりに返済する | 子が債務弁済による利益を受ける可能性 |
| 親が子の住宅ローンを肩代わりする | 資金贈与、債務弁済、住宅取得資金特例との整理 |
| 兄弟の一人だけ借金を免除する | 贈与税だけでなく特別受益・不公平感も問題 |
| 同族会社への貸付金をオーナーが放棄する | 会社の債務免除益、株主の株式価値増加 |
| 遺言で貸付金を免除する | 相続税・遺贈・債権評価との関係を確認 |
債務免除は、現金を渡しているわけではないため、見落とされがちです。しかし、債務者の側から見れば、返済しなければならなかった債務が消えるのですから、たしかに経済的な利益を受けています。債務免除があれば、債務者は免除額に相当する経済的利益を受けたものとして、贈与税が問題になります。
法人からの債務免除は贈与税ではなく所得税
債務免除については、債権者が誰かという点も重要です。
国税庁は、法人から債務免除等を受けた場合には、贈与税ではなく所得税の対象になる、と説明しています。
| 債権者 | 債務者 | 主に確認すべき税務 |
|---|---|---|
| 個人 | 個人 | 贈与税 |
| 法人 | 個人 | 所得税、給与課税、一時所得等 |
| 個人 | 法人 | 法人税、株主へのみなし贈与 |
| 法人 | 法人 | 法人税、寄附金、受贈益 |
「親族間だから贈与税だけ」とも、「会社取引だから贈与税はない」とも言い切れません。むしろ法人を挟むと、法人税、所得税、役員給与、寄附金、株式評価が絡んでくるため、判断はかえって複雑になります。
資力喪失の場合の例外
債務免除等によって利益を受けた場合でも、債務者が資力を失っていて債務を弁済することが困難であるときは、その弁済が困難な部分について、贈与により取得したものとはみなされない取扱いがあります。
ただし、この例外を安易に使うべきではありません。
| 確認事項 | 内容 |
|---|---|
| 債務者の資産 | 預金、不動産、株式、保険、事業用資産 |
| 債務者の収入 | 給与、事業所得、不動産所得、年金 |
| 債務総額 | 銀行借入、親族借入、保証債務、税金滞納 |
| 弁済可能性 | 返済計画、借換可能性、担保、保証人 |
| 免除の範囲 | 全額免除か、一部免除か |
| 扶養義務者の関与 | 親族による弁済・引受けの目的 |
| 証拠資料 | 財産一覧、債務一覧、返済状況、金融機関資料 |
単に「返済が苦しい」というだけでは足りません。債務を弁済することが困難な部分を、資料に基づいて説明できるかどうかが問われます。
親子間貸付は「借用書がある」だけでは足りない
債務免除の前段階として、親子間貸付そのものが問題になることもあります。
国税庁は、親子や祖父母・孫など特殊関係者間の金銭貸借について、借入金の返済能力や返済状況などから真に金銭の貸借であると認められる場合には、借入金そのものは贈与にならない、と説明しています。一方で、実質的には贈与であるにもかかわらず形式上は貸借としている場合や、「ある時払いの催促なし」「出世払い」のような貸借では、借入金そのものが贈与として取り扱われるとされています。
親子間貸付で確認しておきたいのは、次のような点です。
| 確認事項 | 実務上の意味 |
|---|---|
| 金銭消費貸借契約書 | 貸付日、金額、返済期限、利率、返済方法 |
| 返済能力 | 借主の収入・資産で返済できるか |
| 返済実績 | 契約どおり返済されているか |
| 利息 | 無利息・低利の場合の経済的利益 |
| 資金使途 | 住宅取得、事業資金、生活費、借金返済 |
| 催促・管理 | 貸主が債権として管理しているか |
| 相続時の扱い | 貸付金が相続財産に含まれるか |
親が貸したつもりでいても、返済実績がなく、返済能力も乏しく、返済期限も曖昧であれば、将来の相続税申告のときに、それが「貸付金」なのか「過去の贈与」なのかが問題になります。
同族会社取引で起こるみなし贈与
みなし贈与のなかでも、とりわけ複雑なのが、同族会社が関係する取引です。
たとえば、父が代表者を務める同族会社に、父個人が所有する土地を時価より低い価額で売却した場合を考えてみます。
一見すると、これは父と会社との取引です。しかし、会社が安く資産を取得すれば、会社の純資産が増え、株式価値が上昇します。その株式を子や他の親族が保有していれば、子や親族が間接的に利益を受けたことになります。
国税庁の相続税法基本通達9-2では、同族会社の株式または出資の価額が、会社への無償の財産提供、時価より著しく低い価額での現物出資、会社債務の免除・引受け・弁済、会社に対する時価より著しく低い価額での財産譲渡などによって増加した場合に、その株主または社員が、株式または出資の価額の増加部分に相当する金額を贈与により取得したものとして取り扱う旨が示されています。
同族会社の取引では、次のような課税関係が同時に問題になります。
| 取引 | 会社側 | 個人側 | 株主側 |
|---|---|---|---|
| 個人が会社へ資産を低額譲渡 | 受贈益課税の可能性 | 譲渡所得課税・みなし譲渡の確認 | 株式価値増加による贈与税 |
| 個人が会社債務を免除 | 債務免除益 | 貸付金の放棄・債権評価 | 株式価値増加による贈与税 |
| 会社が役員へ低額譲渡 | 法人税・役員給与・寄附金 | 給与所得・一時所得等 | 他株主への影響 |
| 会社が親族へ資産を低額譲渡 | 法人税・寄附金 | 所得税等 | 株主間の利益移転 |
会社の代表者が自ら主宰する法人に土地を低額で譲渡するような場合には、法人への受贈益だけでなく、法人株主が所有する株式価値の上昇を通じて、低額譲渡者から株主に対する贈与税が問題になることがあります。
ですから、同族会社を使った資産移転は、「会社に売っただけ」「会社への貸付金を放棄しただけ」とは考えられません。法人税、所得税、贈与税、株式評価、会社法上の手続、他の株主との関係を、横断的に確認しておく必要があります。
非上場株式の時価は特に難しい
不動産と並んで、非上場株式の低額譲渡も注意が必要です。
非上場株式には、上場株式のような市場価格がありません。そのため、税務上の時価をどう見るかが争点になります。
| 視点 | 確認すべきこと |
|---|---|
| 相続税・贈与税 | 財産評価基本通達による原則的評価・配当還元方式 |
| 所得税 | 譲渡者側の収入金額・時価認定 |
| 法人税 | 法人が取得・譲渡する場合の受贈益・譲渡損益 |
| 会社法 | 譲渡制限、株主総会・取締役会、自己株式取得 |
| 経済実態 | 支配権、少数株主性、配当、純資産、収益力 |
| 関係者 | 親族、役員、従業員、持株会、同族会社 |
非上場株式については、親族間、会社・役員間、従業員、取引先との売買で、価額の決定方法や課税関係の判断に迷う場面が多くあります。恣意性が入りやすいという点も、実務上は悩ましいところです。
特に、後継者へ株式を集中させたい場合、低額譲渡は一見すると有効な手段に見えることがあります。しかし、時価より著しく低い価額で株式を移転すれば、贈与税や所得税、法人税、他株主へのみなし贈与が問題になります。
さらに、他の相続人から見れば、後継者だけが大きな経済的利益を受けたように映るため、遺留分・特別受益・代償金の問題にもつながっていきます。
みなし贈与を検討するときの判断手順
低額譲渡、負担付贈与、債務免除を検討するときは、次の順番で整理していくと、税務と家族関係の両面から判断しやすくなります。
1. 誰から誰へ利益が移るのかを確認する
まず、取引の当事者を整理します。
| 当事者関係 | 注意点 |
|---|---|
| 親から子 | 贈与税、相続開始前贈与加算、特別受益 |
| 祖父母から孫 | 贈与税、相続税2割加算、遺贈との関係 |
| 兄弟姉妹間 | 遺産分割、代償金、不公平感 |
| 個人から同族会社 | 法人税、所得税、株主へのみなし贈与 |
| 同族会社から個人 | 給与・賞与・一時所得・役員取引 |
| 個人から後継者 | 非上場株式評価、遺留分、事業承継 |
| 債権者から債務者 | 債務免除益、資力喪失、返済実績 |
形式上の契約当事者だけでなく、最終的に誰の財産価値が増えたのかまで確認します。
2. 財産の時価を確認する
次に、移転する財産の時価を整理します。
| 財産 | 必要資料 |
|---|---|
| 土地 | 登記事項証明書、公図、測量図、固定資産税資料、路線価、取引事例、不動産鑑定 |
| 建物 | 固定資産税評価証明、建築価額、修繕履歴、賃貸状況、築年数 |
| 賃貸物件 | 賃貸借契約、敷金台帳、賃料収入、空室状況、借入金 |
| 非上場株式 | 決算書、申告書、株主名簿、定款、議事録、会社保有不動産資料 |
| 貸付金 | 金銭消費貸借契約、返済履歴、利息、債務者の資力 |
| 保険契約 | 契約者、被保険者、受取人、保険料負担者、解約返戻金 |
時価の根拠が弱いまま取引してしまうと、申告後に「なぜその価格でよいと判断したのか」を説明できなくなります。
3. 支払対価・負担額・免除額を確認する
みなし贈与では、時価と実際の対価との差額が問題になります。
| 区分 | 確認すべき金額 |
|---|---|
| 低額譲渡 | 売買代金、時価との差額 |
| 負担付贈与 | 財産の通常の取引価額、負担額 |
| 債務免除 | 免除された債務額、支払対価 |
| 債務引受 | 引き受けた債務額、免責的か重畳的か |
| 第三者弁済 | 誰の債務を誰が弁済したか |
| 同族会社取引 | 会社の受贈益、株式価値増加額 |
借入金については、単に「子が払う予定」というだけでは不十分です。金融機関との契約上、誰が債務者であり続けるのか、親が保証人として残るのか、担保はどうなるのかまで確認します。
4. 贈与税以外の税目を確認する
みなし贈与の相談では、贈与税だけを見ていると判断を誤ります。
| 税目 | 関係する場面 |
|---|---|
| 所得税 | 低額譲渡、負担付贈与、法人から個人への利益供与 |
| 法人税 | 法人の受贈益、寄附金、役員給与、債務免除益 |
| 消費税 | 事業用資産の低額譲渡、法人役員への低額譲渡 |
| 不動産取得税 | 不動産の贈与・売買 |
| 登録免許税 | 所有権移転登記 |
| 相続税 | 相続開始前贈与加算、貸付金の相続財産計上 |
| 住民税 | 譲渡所得、給与所得、一時所得等 |
| 印紙税 | 契約書作成 |
特に不動産や同族会社株式では、贈与税を少なく見せようとした取引が、所得税・法人税・将来の相続税で不利になることがあります。
5. 家族関係と相続時の説明可能性を確認する
低額譲渡や債務免除は、家族間の納得感にも影響します。
| 場面 | 将来起こり得る問題 |
|---|---|
| 長男にだけ不動産を安く売る | 他の相続人から不公平と見られる |
| 後継者に株式を安く譲る | 遺留分・代償金・会社支配権が問題 |
| 子の借金だけを親が免除する | 特別受益として争われる可能性 |
| 孫へ資産を移す | 子世代間で不満が生じる |
| 同族会社を経由して資産を動かす | 株主間の利益移転が見えにくくなる |
| 相続直前に取引する | 税務調査で目的・時価・資金移動が確認されやすい |
相続対策では、相続争いの防止、納税資金対策、税額軽減を一体で考える必要があります。税額軽減だけを先行させると、相続人間の感情と勘定が交錯し、遺産分割の場で紛争化することがあります。
避けたい判断
みなし贈与の実務で避けたいのは、次のような判断です。
| 避けたい判断 | 理由 |
|---|---|
| 相続税評価額で売れば問題ない | 土地・家屋等では通常の取引価額が問題になる |
| 親族間で合意した価格だから時価である | 税務上の時価とは限らない |
| 売買契約書があるから贈与ではない | 低額譲渡は売買でもみなし贈与になり得る |
| 借入金付きで渡すから贈与税はかからない | 負担額控除後の経済的利益が課税対象 |
| 貸付金を免除しても現金移動がないから問題ない | 債務消滅による利益がある |
| 会社を通せば個人間贈与にならない | 法人税・所得税・株主へのみなし贈与が発生し得る |
| 兄弟には後で説明すればよい | 相続時には感情的対立が大きくなりやすい |
| 税務署に聞かれたら説明する | 事前の評価根拠・契約書・資金資料が必要 |
「できるかどうか」よりも、「後から説明できるか」「他の相続人にも説明できるか」「贈与税以外の税目にも耐えられるか」が重要です。
申告と納税の確認
みなし贈与に該当する場合には、贈与を受けた人が贈与税の申告を行う必要があります。
国税庁は、贈与税の申告と納税について、原則として財産をもらった人が、もらった年の翌年2月1日から3月15日までに行う、と説明しています。また、期限までに申告しなかった場合や、実際にもらった額より少ない額で申告した場合には加算税が、納税が遅れた場合には延滞税がかかることがあるとしています。
低額譲渡や負担付贈与では、申告書だけでなく、次の資料を残しておくことが大切です。
| 資料 | 目的 |
|---|---|
| 売買契約書・贈与契約書 | 法的原因を明確にする |
| 金銭消費貸借契約書 | 貸付・返済条件を示す |
| 振込記録 | 実際の資金決済を示す |
| 不動産評価資料 | 時価の根拠を示す |
| 不動産鑑定評価書・査定書 | 通常の取引価額の裏付け |
| 固定資産税評価証明書 | 評価資料の一つとして保管 |
| 借入金残高証明書 | 負担額の確認 |
| 金融機関の承諾資料 | 債務引受の実態確認 |
| 敷金台帳・賃貸借契約書 | 賃貸物件の負担額確認 |
| 株式評価明細・決算書 | 非上場株式の時価根拠 |
| 債務者の財産・収支資料 | 資力喪失の判断 |
| 家族別贈与履歴表 | 相続時の説明・加算確認 |
資料が不足していると、たとえ当初の判断に合理性があったとしても、申告後に説明できなくなってしまいます。
令和8年度税制改正大綱にも表れた「評価乖離」への注意
相続・贈与における不動産の評価は、今後も見直しが続く可能性があります。
令和8年度税制改正大綱では、相続税法の時価主義のもとで、貸付用不動産の市場価格と相続税評価額との乖離の実態を踏まえた見直しが掲げられています。
低額譲渡や負担付贈与では、相続税評価額と市場価格の差を利用した判断が問題になりやすいものです。だからこそ、実行する時点での法令・通達・改正の動向を確認しておく必要があります。特に賃貸不動産、借入金付き不動産、同族会社が所有する不動産を使った承継では、税制改正の反映を確認せず、過去の一般論だけで判断することは避けるべきです。
相談前に整理しておきたい情報
低額譲渡、負担付贈与、債務免除を検討する場合は、相談の前に次の情報を整理しておくと、論点が明確になります。
| 分類 | 整理する資料・情報 |
|---|---|
| 家族関係 | 推定相続人、相続分、同居・別居、過去の贈与 |
| 財産構成 | 不動産、金融資産、非上場株式、貸付金、保険 |
| 取引内容 | 売買、贈与、債務引受、債務免除、法人取引 |
| 価格 | 希望取引価格、評価額、時価資料、査定書 |
| 債務 | 借入金、保証債務、敷金、未払金、貸付金 |
| 資金決済 | 支払原資、振込予定、金融機関対応 |
| 法人関係 | 株主名簿、決算書、会社保有資産、役員関係 |
| 税務履歴 | 過去の贈与税申告、相続時精算課税、贈与履歴 |
| 相続対策 | 遺言、遺産分割方針、代償金、納税資金 |
| 将来対応 | 売却予定、二次相続、事業承継、資産管理 |
すでに取引を済ませている場合には、まず事実関係を時系列で整理することから始めます。
いつ、誰が、誰に、何を、いくらで移したのか。時価をどのように判断したのか。代金は実際に支払われたのか。債務は誰が引き受けたのか。金融機関や賃借人との契約はどうなっているのか。贈与税・所得税・法人税の申告をしたのか。
こうした点を、一つひとつ確認していく必要があります。
まとめ:みなし贈与は「贈与したつもりがない」取引ほど注意が必要
低額譲渡、負担付贈与、債務免除は、相続対策や事業承継の場面で検討されることがあります。
しかし、これらは「贈与ではない形」をとっているから安全、というわけではありません。むしろ、形式と実質がずれやすいからこそ、税務上の説明が重要になります。
特に確認しておきたいのは、次の点です。
- 時価はいくらか
- 対価や負担額は合理的か
- 誰に経済的利益が移っているか
- 贈与税以外の税目はどうなるか
- 同族会社や株主に利益が移転していないか
- 将来の相続税申告で説明できるか
- 他の相続人にも納得してもらえるか
- 贈与者本人の生活資金や納税資金は残るか
相続・贈与の判断は、単に税額を下げるための作業ではありません。家族関係、財産構成、時価評価、法務、納税資金、将来の遺産分割、そして税務調査での説明可能性まで含めて設計していく必要があります。
犬飼公認会計士・税理士事務所では、親族間の不動産売買、借入金付き不動産の贈与、親子間貸付金の整理、同族会社への資産移転、非上場株式の承継などについて、時価評価、契約内容、税務上の課税関係、相続時の影響を整理したうえで、実行前後の判断を支援しています。
すでに低額売買や債務免除を行っている方、これから不動産や同族会社資産を親族へ移すことを検討している方、贈与税・所得税・法人税の関係に不安をお持ちの方は、契約書、評価資料、借入金資料、会社資料を整理したうえで、お問い合わせページよりご相談ください。
振り返り
| 論点 | 重要ポイント |
|---|---|
| みなし贈与 | 形式が売買・債務免除・法人取引でも、経済的利益が移れば贈与税が問題になる |
| 低額譲渡 | 時価より著しく低い価額で財産を譲り受けると、差額が贈与とみなされる可能性 |
| 著しく低い価額 | 相続税法7条では一律の2分の1基準ではなく、個別事情で判定 |
| 時価 | 土地・家屋等では通常の取引価額が重要 |
| 相続税評価額 | 相続税評価額で売買すれば常に安全とは限らない |
| 負担付贈与 | 贈与財産の価額から負担額を控除した価額が贈与税の対象 |
| 不動産の負担付贈与 | 土地・家屋等は通常の取引価額から負担額を控除して考える |
| 贈与者側 | 負担付贈与では、負担額で譲渡したものとして所得税が問題になる |
| 債務免除 | 免除された債務額が贈与とみなされる可能性 |
| 資力喪失 | 債務弁済困難な部分は例外的に贈与とみなされない場合がある |
| 親子間貸付 | 借用書だけでなく、返済能力・返済実績・利息・催促状況を確認 |
| 法人からの利益 | 法人から個人への利益供与は贈与税ではなく所得税が問題になる |
| 同族会社取引 | 法人税、所得税、株主へのみなし贈与が同時に問題になり得る |
| 非上場株式 | 時価評価、株主区分、支配関係、会社保有資産を確認 |
| 家族間公平 | 税務上の課税だけでなく、特別受益・遺留分・代償金も確認 |
| 実行前資料 | 契約書、評価資料、振込記録、借入金資料、会社資料を残す |
| 判断軸 | 「贈与のつもりがない」ではなく「経済的利益を説明できるか」で判断する |