自筆証書遺言・公正証書遺言・遺言書保管制度の違い|相続税申告・遺産分割まで見据えた選び方

遺言を作成しようと考えたとき、多くの方がまず迷われるのが「自筆証書遺言にするか、公正証書遺言にするか」という点です。

費用を抑えたい。家族に知られずに作りたい。きちんと効力を残したい。相続が始まったあとの手続を止めたくない。こうした不安や希望は、お一人おひとり違います。

ただ、遺言方式の選択は、単なる作成方法の違いにとどまりません。実際には、次のような場面すべてに直結してきます。

  • 遺言が有効に成立するか
  • 遺言書が紛失・隠匿・改ざんされないか
  • 相続開始後に遺言を発見できるか
  • 家庭裁判所の検認が必要か
  • 不動産登記、預貯金の解約、有価証券の移管、相続税申告を期限内に進められるか
  • 遺言能力や本人の意思が後から争われたとき、どこまで説明できるか

遺言の方式そのもので相続税額が直接変わるわけではありません。しかし、遺言が使えない、見つからない、手続に時間がかかる、内容が不明確で分割や特例適用が進まない——そうした事態になれば、相続税申告、納税資金、遺産分割、相続登記のいずれにも大きな影響が及びます。

この記事では、自筆証書遺言、公正証書遺言、秘密証書遺言、そして法務局の自筆証書遺言書保管制度の違いを、相続税申告の実務まで見据えながら整理していきます。

目次

まず押さえるべきこと|遺言は「方式」を守らないと効力が問題になる

遺言は、ご本人の最後の意思を残すための大切な制度です。その一方で、法律で定められた方式に従って作成する必要があります。

民法では、普通方式の遺言として、自筆証書遺言、公正証書遺言、秘密証書遺言の三つが定められています。遺言の効力が生じるのは遺言者が亡くなった時点ですが、ここで方式の要件を満たしていなければ、せっかく残した意思が実現できないというリスクが残ります。

出典:e-Gov法令検索|民法

遺言方式を比べるうえで大切なのは、「どれが一番安いか」ではありません。見ておきたい軸は、少なくとも次の五つです。

判断軸確認すべきこと
有効性方式不備や内容不明確により無効・争いにならないか
保管紛失、隠匿、改ざんを防げるか
発見可能性相続開始後に相続人等が遺言の存在を確認できるか
検認家庭裁判所の検認が必要か、手続開始が遅れないか
実行可能性登記、預貯金、有価証券、相続税申告に使いやすいか

遺言は、書いた時点ではなく、相続が始まったあとに実行されてはじめて意味を持ちます。そのため、作成時の手軽さだけで方式を選んでしまうと、後になって相続人が困る場面が出てきます。

自筆証書遺言とは

自筆証書遺言は、遺言者がご自身で作成する遺言です。

民法上は、遺言者が遺言書の全文・日付・氏名を自書し、押印することが求められます。平成31年1月13日以後は、財産目録について自書によらない方法も認められるようになりました。ただし、自書によらない財産目録を添付する場合は、その各頁に署名押印が必要です。

出典:法務省|自筆証書遺言に関するルールが変わります。

自筆証書遺言の最大の特徴は、手軽に作成できることです。公証役場に出向く必要はなく、証人も要りません。ご自身だけで作成でき、費用もほとんどかかりません。

その一方で、実務上のリスクもはっきりしています。

自筆証書遺言の主なメリット

メリット内容
手軽に作成できる公証役場を利用せず、自分で作成できる
費用を抑えやすい公正証書作成手数料がかからない
内容を秘密にしやすい家族や専門家に知られずに作成できる
早期対応に向くまず最低限の意思を残したい場面で使いやすい

自筆証書遺言の主なリスク

リスク内容
方式不備日付、署名、押印、訂正方法などの不備で効力が争われる可能性がある
内容不明確財産や取得者の特定が不十分だと、登記・金融機関手続で使いにくい
紛失・隠匿・改ざん自宅保管では遺言書が見つからない、隠される、破棄されるリスクがある
検認手続法務局保管制度を利用しない場合、原則として家庭裁判所で検認が必要
遺言能力の争い作成時の判断能力や本人意思が後から問題になることがある

とりわけ注意したいのが、日付です。自筆証書遺言では、日付が特定できる形で記載されている必要があります。法務省も、遺言書保管制度で預かる遺言書について、「令和3年3月吉日」のように具体的な日付を特定できない記載は不可としています。

出典:法務省|遺言書の様式等についての注意事項

自筆証書遺言は、ご本人の意思を早く形にできる有効な手段です。ただ、相続税申告や登記まで視野に入れると、「書いたこと」そのものよりも、「相続開始後に使えること」のほうが重要になってきます。

法務局の自筆証書遺言書保管制度とは

こうした自筆証書遺言の弱点を補う制度として、法務局の自筆証書遺言書保管制度があります。

これは、自筆証書遺言を法務局で保管する制度です。法務省によれば、保管を申請する際には、民法上の自筆証書遺言の形式に適合しているかどうかについて、遺言書保管官による外形的なチェックを受けることができます。遺言書は原本と画像データで長期間保管されるため、紛失・亡失、破棄、隠匿、改ざんなどの防止にも役立ちます。

出典:法務省|自筆証書遺言書保管制度とは?

法務局で保管された自筆証書遺言については、家庭裁判所の検認が不要です。裁判所も、公正証書遺言に加えて、法務局で保管されている自筆証書遺言について交付される遺言書情報証明書には検認が不要であると案内しています。

出典:裁判所|遺言書の検認

実務の面でも、法務局保管の自筆証書遺言は、従来の自宅保管型に比べて、紛失・隠匿・改ざんや検認の負担を軽くできます。ただし、相続人等は、遺言者の死亡後に遺言書情報証明書の交付を受け、その証明書を使って相続登記などの手続を進める必要があります。

遺言書保管制度で改善される点

改善される点内容
紛失防止遺言書原本が法務局に保管される
隠匿・改ざん防止相続人等が遺言書を隠す・破棄するリスクを抑えられる
検認不要相続開始後の家庭裁判所での検認が不要になる
検索可能性相続人等が保管の有無を確認できる
形式面の確認保管申請時に外形的な方式チェックを受けられる

遺言書保管制度でも解決しない点

解決しない点注意内容
内容の妥当性法務局は遺言内容の相談や法的有効性の保証をしない
税務判断相続税、小規模宅地等、配偶者軽減、二次相続は別途検討が必要
遺留分対策遺留分侵害額請求への備えは別途必要
遺言能力作成時の判断能力が争われる可能性は残る
財産評価不動産・株式等の評価や取得者選定の妥当性は確認されない

ここは、誤解の生まれやすいところです。

遺言書保管制度は、あくまで「自筆証書遺言を安全に保管し、形式面を一定程度確認する制度」です。公証人が遺言内容を整理して作成してくれる制度ではありません。

ですから、「法務局に預けたのだから内容も問題ないはずだ」と考えるのは、かえって危険です。

不動産が複数ある場合、同族会社株式がある場合、相続人ごとに取得割合に差をつける場合、生命保険や過去の贈与がある場合、そして相続税申告が必要となりそうな場合。こうしたケースでは、保管制度を利用するとしても、内容そのものの設計は別途、慎重に行う必要があります。

公正証書遺言とは

公正証書遺言は、公証人が関与して作成する遺言です。

民法上は、証人2人以上の立会いのもとで、遺言者が遺言の趣旨を公証人に伝え、公証人がこれを筆記します。その内容を遺言者と証人に読み聞かせるか、または閲覧させ、遺言者・証人・公証人が所定の手続を経て作成されます。

出典:e-Gov法令検索|民法

公正証書遺言の実務上の強みは、方式不備のリスクが小さいこと、原本が公証役場に保管されること、そして家庭裁判所の検認が不要であることです。公証人が法律上の方式に従って作成するため、相続が始まったあとに、速やかに遺言内容を実現しやすい方式といえます。

日本公証人連合会も、公正証書遺言の原本は公証役場に厳重に保管されること、その有無や保管している公証役場を検索できることを案内しています。平成元年以降に作成された公正証書遺言については、全国の公証役場で、遺言公正証書の有無および保管公証役場を検索することができます。

出典:日本公証人連合会|遺言

公正証書遺言の主なメリット

メリット内容
方式不備のリスクが低い公証人が関与して作成するため、形式面の不備が生じにくい
原本が保管される公証役場で原本が保管され、紛失・改ざんリスクが小さい
検認不要家庭裁判所の検認を経ずに相続手続へ進みやすい
検索可能相続開始後に公証役場で公正証書遺言の有無を確認できる
実行しやすい登記、預貯金、有価証券移管などで利用しやすい
証拠力が高い本人確認、証人立会い、公証人関与の記録が残る

公正証書遺言の主な負担

負担内容
費用がかかる財産価額や内容に応じて公証人手数料等がかかる
準備資料が必要戸籍、不動産資料、財産資料、本人確認資料等が必要
証人2人が必要推定相続人や受遺者等は証人になれないため手配が必要
作成に時間がかかる原案作成、公証人との調整、日程調整が必要
内容を完全に秘密にはしにくい公証人・証人が関与するため、完全な単独作成ではない

公正証書遺言の作成手数料は、公証人手数料令にもとづき、遺言で相続させる財産や遺贈する財産の価額を基準に計算されます。実際の手数料は、財産額や受益者の数、出張の有無などによって変わりますので、作成前に公証役場で確認しておくと安心です。

出典:日本公証人連合会|公正証書遺言の作成手数料は、どれくらいですか?

公正証書遺言は、自筆証書遺言に比べると、費用と準備の負担があります。それでも、相続人関係が複雑な場合、財産に不動産・非上場株式・事業用資産が含まれる場合、遺留分への配慮が必要な場合、あるいは遺言能力を後で争われる可能性がある場合には、有力な選択肢になります。

秘密証書遺言とは

秘密証書遺言は、遺言の内容は秘密にしたまま、公証人と証人の関与によって「遺言書が存在すること」を明らかにする方式です。

具体的には、遺言者が証書に署名押印して封をし、同じ印章で封印したうえで、公証人1人および証人2人以上の前に提出し、自己の遺言書である旨などを申述します。

出典:e-Gov法令検索|民法

秘密証書遺言では、本文を自書する必要はなく、パソコンでの作成や第三者による代書も可能です。ただし、署名は自書しなければならず、封印は遺言書に押した印鑑と同じ印鑑で行う必要があります。公証人は遺言の内容そのものを確認しないため、内容面に法律的な不備があると、相続開始後に効力や実行可能性が問題になることがあります。

また、秘密証書遺言は、公正証書遺言と異なり、家庭裁判所の検認が必要です。日本公証人連合会も、秘密証書遺言は遺言書保管制度を利用できず、自筆証書遺言と同じように、発見者が家庭裁判所に届け出て検認手続を受ける必要があると案内しています。

出典:日本公証人連合会|遺言

秘密証書遺言は、現代の相続実務では使われる場面が限られます。

内容を秘密にしたいというニーズ自体は、よく理解できます。それでも、法務局保管制度を利用した自筆証書遺言や、公正証書遺言による実行可能性の確保と比べると、あえて秘密証書遺言を選ぶ合理性があるかどうかは、慎重に検討すべきところです。

3つの遺言方式と保管制度の違い

ここで、全体像を一度整理しておきます。

区分自宅保管の自筆証書遺言法務局保管の自筆証書遺言公正証書遺言秘密証書遺言
作成主体遺言者本人遺言者本人公証人が関与遺言者本人等
本文の自書必要必要不要不要
財産目録自書不要可、各頁署名押印自書不要可、各頁署名押印公証人が整理自書不要
証人不要不要2人以上必要2人以上必要
保管本人・家族等法務局公証役場本人等
検認必要不要不要必要
検索原則困難保管事実証明等で可能公証役場で検索可能公証役場で存在確認は可能だが内容は別途
内容確認自己責任自己責任、法務局は内容相談不可公証人が関与公証人は内容確認しない
実行しやすさ内容・保管状況による検認不要だが証明書取得が必要比較的実行しやすい検認後、内容次第
主なリスク方式不備、紛失、検認、内容不明確内容不備、税務未検討、遺言能力争い費用、準備、証人手配内容不備、検認、保管リスク

大きく分けると、それぞれの性格は次のように整理できます。

  • 自筆証書遺言は「手軽さ」に強みがあります。
  • 遺言書保管制度は「自筆証書遺言の保管・検認リスクの軽減」に強みがあります。
  • 公正証書遺言は「有効性・証拠力・実行可能性」に強みがあります。
  • 秘密証書遺言は「内容の秘密」に特徴があるものの、内容不備や検認の問題が残ります。

検認とは何か|遺言の有効性を保証する手続ではない

自筆証書遺言や秘密証書遺言でよく問題になるのが、家庭裁判所の検認です。

裁判所は、検認について、相続人に遺言の存在と内容を知らせるとともに、遺言書の形状、加除訂正の状態、日付、署名など、検認時点の内容を明確にし、偽造・変造を防止するための手続だと説明しています。ここで大切なのは、検認は遺言の有効・無効を判断する手続ではない、という点です。

出典:裁判所|遺言書の検認

つまり、検認を受けたからといって、その遺言が必ず有効になるわけではありません。

検認を終えたあとでも、次のような争いは起こり得ます。

検認後も残る争点内容
遺言能力作成時に判断能力があったか
自書性本人が自書したものか
方式不備日付、署名、押印、訂正方法に問題がないか
内容解釈どの財産を誰に渡す趣旨か明確か
遺留分特定の相続人に偏った内容による金銭請求リスク
財産特定登記・金融機関手続で対象財産を特定できるか

相続税申告が必要な場合、その申告期限は、相続の開始があったことを知った日の翌日から10か月以内です。検認や遺言の有効性をめぐる争いに時間がかかると、遺産分割、特例適用、納税資金の整理が遅れてしまう可能性があります。

出典:国税庁|No.4205 相続税の申告と納税

方式の選択は、この10か月という申告実務にも関わってくるのです。

検索できるかどうかは、相続開始後の実務で大きい

遺言は、作成されていても、相続が始まったあとに見つからなければ意味がありません。だからこそ、遺言書の「検索可能性」は、実務上とても重要になります。

公正証書遺言の検索

公正証書遺言は、平成元年以降に作成されたものについて、全国の公証役場で、遺言公正証書の有無および保管公証役場を検索できます。遺言者が生きている間は、原則として本人以外が検索することはできませんが、亡くなったあとは、相続人等の利害関係人が必要資料を準備して検索できます。

出典:日本公証人連合会|遺言

法務局保管の自筆証書遺言の検索

法務局保管制度を利用している場合、相続人等は、遺言書保管事実証明書や遺言書情報証明書の交付請求によって、保管の有無や内容を確認できます。なお、遺言者が生きている間は、遺言者以外の者が遺言書の閲覧等を行うことはできません。

自宅保管の自筆証書遺言の問題

自宅や貸金庫などに保管された自筆証書遺言は、相続が始まったあとに相続人がその存在を知らなければ、見つからないまま遺産分割や相続税申告が進んでしまうことがあります。

この場合、後から遺言書が出てくると、すでに行った遺産分割、相続税申告、登記、預貯金手続を、あらためて見直さなければならなくなることがあります。

遺言書を作るときは、内容だけでなく、「相続開始後に、誰がどのように発見できるか」というところまで設計しておくことが大切です。

相続税申告の観点から見た遺言方式の違い

相続税の計算そのものは、遺言の方式ではなく、誰がどの財産を取得するか、財産評価がどうなるか、特例が使えるか、債務や贈与履歴がどう整理されるか——こうした点によって決まります。

しかし、遺言の方式は、相続税申告の進み方に大きく影響します。

相続税申告上の論点方式選択との関係
財産取得者の確定遺言が明確で実行できれば、取得者を早期に整理しやすい
未分割リスク遺言が不明確・無効争いになると、未分割申告につながる可能性がある
配偶者の税額軽減配偶者が実際に取得する財産の確定が必要
小規模宅地等の特例誰が宅地を取得するか、申告期限までの分割状況が重要
納税資金財産を取得する人が納税資金を確保できるかが問題になる
財産評価不動産や非上場株式の取得者・利用状況が評価や特例に影響する
税務調査対応遺言作成経緯、財産特定、過去贈与との関係を説明できるかが重要

たとえば、自宅の敷地を誰が取得するかによって、小規模宅地等の特例の適用可能性が変わることがあります。賃貸不動産を誰が取得するかによって、納税資金や将来の所得税、不動産の管理負担も変わってきます。同族会社株式を誰が取得するかによっては、支配権の承継、株式評価、納税資金、遺留分対策といった論点が浮かび上がります。

ですから、遺言方式の選択は、税務と切り離して考えるべきではありません。「どの方式で作るか」と同時に、「その遺言内容で相続税申告を進められるか」を確認しておく必要があります。

自筆証書遺言が向く場面

自筆証書遺言は、次のような場面で力を発揮しやすい方式です。

向きやすい場面理由
早急に最低限の意思を残したいすぐに作成できる
財産内容が比較的単純内容不明確や評価論点が生じにくい
相続人間の関係が安定している遺言の有効性争いが起こりにくい
一時的な対応として作成したい後日、公正証書遺言に作り替える前提で使いやすい
法務局保管制度を利用する紛失・検認リスクを軽減できる

ただし、財産が単純に見えても、実際には注意が必要なことがあります。

預貯金だけだと思っていても、名義預金、生命保険、過去の贈与、未収金、貸付金、デジタル資産が隠れている場合があります。不動産が一つだけでも、配偶者の居住、相続登記、小規模宅地等、二次相続、売却時の税務といった論点が関わってくることがあります。

自筆証書遺言は、手軽であるぶん、内容設計を誤ると相続開始後に修正できません。ここは見落としやすいところです。

公正証書遺言が向く場面

公正証書遺言は、次のような場面で、特に検討に値します。

向きやすい場面理由
相続人関係が複雑遺言の有効性・本人意思を明確に残す必要がある
法定相続分と異なる分け方をする遺留分や説明可能性への配慮が必要
不動産がある登記・評価・共有化防止との接続が重要
非上場株式・事業用資産がある支配権承継と納税資金の設計が必要
相続人以外へ遺贈する遺言執行や課税関係の整理が必要
遺言能力が争われる可能性がある作成過程の記録性が重要
相続税申告が必要になりそう取得者・特例・納税資金の整理が重要
相続開始後の手続を止めたくない検認不要で、実行に進みやすい

「費用がかかるから不要」という判断には、注意が必要です。

相続開始後に遺言が無効だと争われたり、検認や解釈で手続が止まったり、未分割申告になったりすれば、結果として相続人の負担はかえって大きくなります。

相続税申告が必要になる財産規模、分けにくい財産、争いが生じやすい家族関係。こうした事情がある場合、公正証書遺言の費用は、単なる作成コストではなく、将来の紛争予防と手続の円滑化のためのコストと考えるべきものです。

遺言書保管制度が向く場面

法務局の自筆証書遺言書保管制度は、自筆証書遺言の手軽さを活かしながら、保管と検認のリスクを軽くしたい場合に向いています。

向きやすい場面理由
自筆で作成したい公正証書ほどの準備負担を避けられる
紛失・隠匿を防ぎたい法務局で保管される
検認を避けたい法務局保管の自筆証書遺言は検認不要
相続人に存在を確認してもらいたい保管事実証明等により確認できる
まず意思を残したい公正証書遺言への移行前の対策にもなり得る

ただし、遺言書保管制度は、公正証書遺言の代わりとして万能なわけではありません。

法務局は、遺言内容の法的・税務的な妥当性まで審査するわけではありません。公証人のように、遺言内容を整理してくれるわけでもありません。ですから、内容が複雑な場合や、税務上の影響が大きい場合には、保管制度を使うだけでは不十分です。

秘密証書遺言を選ぶ前に考えるべきこと

秘密証書遺言は、内容を秘密にできる一方で、次のような制約があります。

注意点内容
公証人は内容を確認しない内容不備があっても作成時に修正されない
検認が必要相続開始後、家庭裁判所の検認が必要
保管は自己責任紛失・発見不能のリスクが残る
実務利用は限定的自筆証書遺言保管制度や公正証書遺言と比較して選択理由が限定される

「家族にも内容を知られたくない」という理由だけで秘密証書遺言を選ぶと、相続開始後に使いにくい遺言になってしまうことがあります。

内容の秘密を重視する場合でも、遺言執行者、保管場所、相続開始後の発見方法、税務上の影響まで、あわせて整理しておく必要があります。

遺言方式を選ぶ際の実務判断

遺言方式を選ぶときは、次の順番で考えていくと、整理しやすくなります。

1. 財産内容を確認する

不動産、非上場株式、事業用資産、農地、借地権、生命保険、金融資産、国外財産、過去の贈与があるかどうかを確認します。

財産が複雑であればあるほど、手軽な方式よりも、実行可能性の高い方式を重視すべきです。

2. 相続人関係を確認する

相続人の人数や関係性、海外居住者、判断能力に不安のある相続人、未成年者、前婚の子、そして相続人以外で財産を渡したい相手の有無を確認します。

相続人間で争いが起こり得る場合には、ご本人の意思と作成過程を、明確に残しておく必要があります。

3. 遺留分を確認する

特定の人に多く財産を渡す場合、遺留分侵害額請求が問題になり得ます。方式そのものが適切でも、内容が遺留分に配慮していなければ、相続開始後に金銭請求が生じる可能性があります。

4. 相続税申告への影響を確認する

配偶者の税額軽減、小規模宅地等の特例、非上場株式の評価、納税資金、二次相続への影響を確認します。

遺言方式が税額を直接決めるわけではありませんが、遺言を円滑に実行できるかどうかは、申告実務に影響します。

5. 相続開始後の手続を想定する

誰が遺言書を発見するのか。誰が遺言執行を担うのか。どの書類で不動産登記や預貯金の解約を行うのか。そして、申告期限までに財産評価と取得者の確定ができるのか。

ここまで想定したうえで、方式を選んでいく必要があります。

よくある誤解

「自筆証書遺言は安いから十分」とは限らない

自筆証書遺言は、費用を抑えやすい方式です。しかし、方式不備や内容不明確によって使えなければ、かえって相続人に大きな負担を残してしまいます。

特に不動産や株式がある場合、財産の特定方法が不十分だと、登記や金融機関の手続で支障が出ることがあります。

「法務局に預ければ内容も安心」とは限らない

遺言書保管制度は、保管と外形的な方式確認のための制度です。遺言内容の法的・税務的な妥当性まで保証するものではありません。

出典:法務省|自筆証書遺言書保管制度とは?

「公正証書遺言なら絶対に争いにならない」とは限らない

公正証書遺言は証拠力が高く、方式不備のリスクも小さい方式です。それでも、遺留分、遺言能力、内容の合理性、過去の贈与、相続人の感情までを、完全に解消できるわけではありません。

「遺言があれば相続税申告は簡単になる」とは限らない

遺言があっても、財産評価、名義財産、過去の贈与、債務、保険、同族会社株式、小規模宅地等の特例判断は、いずれも必要です。遺言は申告の前提を整理する手段であって、相続税申告そのものを不要にするものではありません。

方式選択よりも大切なのは「内容が実行できるか」

遺言方式の比較は、確かに重要です。

しかし、最も大切なのは、どの方式を選ぶかではなく、その遺言が相続開始後に実行できる内容になっているか、という点です。

方式そのものが適切でも、次のような遺言は、実務上の問題を生みます。

問題のある遺言起こり得る支障
財産の記載が曖昧登記・金融機関手続で対象財産を特定できない
不動産を共有で取得させる将来の管理・売却・二次相続で問題が残る
特定相続人に偏りすぎる遺留分侵害額請求が発生する
納税資金を考えていない財産取得者が相続税を納められない
小規模宅地等を考慮していない想定していた特例が使えない可能性がある
同族会社株式を分散させる経営権が不安定になる
遺言執行者がいない手続が相続人任せになり停滞する

遺言は、ただ「誰に何を渡すか」を書くだけのものではありません。

相続税申告、財産評価、遺産分割、納税資金、相続登記、そして将来の資産管理まで見据えたうえで、実行できる形で残しておく必要があります。

まとめ|遺言方式は「手軽さ」ではなく「実行可能性」で選ぶ

自筆証書遺言、公正証書遺言、秘密証書遺言、そして法務局の遺言書保管制度には、それぞれに役割があります。

  • 自筆証書遺言は、手軽にご本人の意思を残せます。
  • 遺言書保管制度は、自筆証書遺言の保管・検認リスクを大きく軽減します。
  • 公正証書遺言は、方式の確実性、証拠力、相続開始後の実行可能性に優れています。
  • 秘密証書遺言は、内容の秘密を守れる一方で、内容不備や検認の問題が残ります。

相続税申告や不動産の承継まで考えると、遺言方式の選択は、費用や手軽さだけで決めるべきものではありません。

特に、不動産、非上場株式、生命保険、過去の贈与、納税資金、遺留分、二次相続が関係する場合には、遺言の方式と内容を一体で検討する必要があります。

「とりあえず書いておく」ことも、もちろん大切です。けれども最終的には、「後から説明でき、実行できる遺言」にしておくことが重要になります。

遺言方式・相続税対策のご相談について

犬飼公認会計士・税理士事務所では、遺言を単なる書面の作成ではなく、相続税申告、財産評価、遺産分割、納税資金、二次相続、同族会社株式や不動産の承継まで含めた、一つの意思決定として整理しています。

自筆証書遺言で足りるのか、公正証書遺言にすべきか、それとも法務局の遺言書保管制度を使うべきか。すでに作成した遺言が、相続税申告や相続登記に耐えられる内容になっているか。不動産や同族会社株式を、誰に承継させるべきか。

こうした点に不安がある場合は、まず財産構成、相続人関係、過去の贈与、納税資金、将来の二次相続を整理することが大切です。

相続・贈与・遺言に関するご相談は、犬飼公認会計士・税理士事務所HPのお問い合わせページからご連絡ください。遺言方式の選択だけでなく、その遺言が将来の相続税申告と財産承継に耐えられるか、という視点から、論点を整理してまいります。

重要ポイントの振り返り

論点押さえるべきポイント
自筆証書遺言手軽に作成できるが、方式不備・内容不明確・紛失・検認のリスクがある
遺言書保管制度自筆証書遺言の保管と検認不要の点で有効だが、内容の法務・税務判断までは保証されない
公正証書遺言公証人が関与し、原本保管・検認不要・検索可能性・実行可能性に優れる
秘密証書遺言内容を秘密にできるが、公証人が内容確認せず、検認も必要
検認遺言の有効性を判断する手続ではなく、偽造・変造防止のための確認手続
検索可能性公正証書遺言と法務局保管の自筆証書遺言は相続開始後に確認しやすい
相続税申告方式そのもので税額は変わらないが、取得者確定・特例適用・納税資金に影響する
遺言能力高齢期や認知症リスクがある場合は、作成過程の記録性が重要
不動産・株式分け方、評価、登記、納税資金、支配権承継まで考える必要がある
判断基準費用や手軽さだけでなく、相続開始後に実行できるかで方式を選ぶ
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