同族会社への貸付金・借入金・自己株式取得と相続税|会社財務と相続財産を一体で整理する

同族会社の相続というと、どうしても非上場株式そのものの評価に意識が向きがちです。

ただ、実務の現場で株式評価と同じくらい重みを持つのが、オーナー個人と会社との間に残された貸付金・借入金です。創業者が会社に資金を入れている、会社が社長へ一時的に資金を貸している、役員退職金を未払いのまま据え置いている、会社が相続人から自己株式を買い取って納税資金をつくる。経営者ご本人からすれば、こうしたやり取りは「身内の会社との内輪の話」に見えるかもしれません。

しかし相続税申告の世界では、会社と個人はあくまで別人格として扱われます。

会社への貸付金は、被相続人個人の相続財産になります。会社からの借入金は、被相続人個人の債務として整理しておく必要があります。自己株式取得にいたっては、会社法上の分配可能額・株主総会決議・他の株主との関係に加え、所得税上のみなし配当、譲渡所得、取得費加算、相続税の納税資金まで、いくつもの論点が一度に絡んできます。

この点を「会社の中で済む話」として後回しにしてしまうと、いざ相続が起きたとき、相続税評価額・遺産分割・納税資金・後継者の支配権・他の相続人との公平感が、一気に表面化します。

本稿では、同族会社への貸付金・借入金・自己株式取得を、単なる節税策としてではなく、会社財務と相続財産の接点という視点から整理していきます。

目次

まず「誰が誰に貸しているのか」を切り分ける

同族会社の貸借関係は、言葉の取り違えから問題が始まることが少なくありません。

会社の帳簿に「役員借入金」と表示されている場合、それは会社の側から見れば「役員から借りているお金」を指します。裏返せば、役員個人の側から見ると「会社への貸付金債権」です。つまりその役員が亡くなれば、貸付金債権は相続財産になります。

逆に、会社の帳簿で「役員貸付金」と表示されているものは、会社から見て「役員へ貸しているお金」です。役員個人の側から見れば「会社に対する借入金」にあたります。役員が亡くなった場合には、その借入金を相続債務として確認しておく必要があります。

会社の帳簿名会社から見た意味個人から見た意味相続税申告での主な扱い
役員借入金会社が役員から借りている役員が会社に貸している被相続人の貸付金債権として相続財産になる
役員貸付金会社が役員へ貸している役員が会社から借りている被相続人の債務として債務控除を検討する
未払役員退職金会社が役員・相続人へ支払うべき債務受取側の権利死亡退職金・未収金・会社債務として整理が必要
自己株式取得会社が株主から自社株を買い取る株主が会社へ株式を譲渡する所得税、みなし配当、取得費加算、納税資金に影響

この表からも見てとれるように、同じ貸借関係でありながら、会社側の表示と、個人側で問われる相続税上の意味は正反対になります。

ですから相続対策を検討するときは、まず次の3点を切り分けることから始めます。

確認すること確認の目的
誰が債権者か相続財産になるのか、会社資産になるのかを判定する
誰が債務者か債務控除、回収可能性、会社財務への影響を確認する
その貸借が実在するか契約書、会計処理、返済実績、利息、議事録で説明できるかを確認する

「社長と会社の間柄だから、実質的には同じこと」――この感覚のまま申告に臨むのは危険です。会社は会社、個人は個人として、債権債務をていねいに整理しておきましょう。

会社への貸付金は、原則として相続財産になる

創業者が会社に資金を入れている場合、その貸付金は相続税申告で見落とされやすい財産の代表格です。

とくに、長年の赤字や資金繰り難を補うために創業者が会社へ資金を入れ続けてきたケースでは、貸借対照表に「役員借入金」「長期借入金」「役員長期借入金」といった科目で残っていることがあります。創業者ご本人は「会社を助けるために入れたお金で、返ってくるとは思っていない」と受け止めているかもしれません。

ですが、税務上はその感覚だけで評価額をゼロにすることはできません。

財産評価基本通達204では、貸付金、売掛金、未収入金、預貯金以外の預け金、仮払金等の価額について、元本の価額と利息の価額の合計額で評価するものとされています。元本の価額は「返済されるべき金額」、利息は課税時期現在の既経過利息として支払を受けるべき金額とされています。

出典:国税庁|財産評価基本通達 第6節 その他の財産 204 貸付金債権の評価

もっとも、同通達205では、回収が不可能または著しく困難であると見込まれる金額について、元本の価額に算入しないことが定められています。破産、民事再生、特別清算、事業廃止、6か月以上の休業、債権切捨て等の事情が、その例として挙げられています。

出典:国税庁|財産評価基本通達 第6節 その他の財産 205 貸付金債権等の元本価額の範囲

ここで押さえておきたいのは、「会社が苦しい」というだけでは足りないという点です。会社が存続している場合、貸付金債権を回収不能と判断するハードルは高く、裁判例や裁決例でも、会社が存続している段階での回収不能の判断は時期尚早とされるケースが多いと整理されています。

したがって、会社への貸付金を相続財産から外すには、少なくとも次の資料を確認しておく必要があります。

確認資料見るべき点
総勘定元帳いつ、いくら貸し付けたか
借入金明細債権者、利息、返済期限、返済条件
金銭消費貸借契約書貸借の法的根拠があるか
返済実績会社が返済しているか、返済能力があるか
会社の決算書・申告書債務超過、利益、資金繰り、欠損金の状況
事業継続状況休業・廃業・清算・再生手続等の有無
担保・保証回収可能性を高める事情があるか

判断の軸になるのは、「返してもらうつもりがない」という気持ちではなく、「法律上・税務上、回収不能または著しく困難といえるか」です。そこを資料に基づいて見極めていくことになります。

役員借入金がある会社では、株式評価と貸付金評価を二重に見る

会社に役員借入金がある場合、それは非上場株式の評価にも影響します。

会社の側から見れば、役員借入金は負債です。純資産価額方式では、会社の負債として純資産を押し下げる方向に働きます。そのため、株式評価だけに目を向けると、役員借入金があることで株価が下がるように見えることがあります。

ところが、相続税申告はそこで終わりません。

役員借入金は、役員個人の側から見れば会社に対する貸付金債権です。株式評価が下がったとしても、その分が被相続人個人の貸付金債権として、別に相続財産へ計上されることがあります。実務上も、役員借入金は役員にとっての貸付金であり、相続では券面額で評価されやすいこと、債務超過会社に対する貸付金であっても回収可能見込額より高い評価になりやすいことが、問題点として指摘されています。

たとえば、次のような構造です。

項目株式評価への影響個人の相続財産への影響
会社に役員借入金1億円がある会社の負債として株式評価を下げる被相続人の会社に対する貸付金債権1億円が相続財産になる
会社が債務超過である株式評価は低くなる可能性がある貸付金債権をゼロ評価できるとは限らない
会社が資産超過である株式評価への影響は会社規模・方式次第貸付金債権は原則として回収可能性が高い
後継者が株式を取得する支配権承継に関係する他の相続人が貸付金債権を取得すると会社運営に影響する

こうした事情があるため、非上場株式の相続では、株式だけを評価していては不十分です。貸付金債権、未収金、仮払金、役員借入金、未払役員退職金まで含めて、会社と個人の貸借関係を一体で確認していく必要があります。

会社への貸付金を誰が相続するかで、事業承継の安定性が変わる

会社への貸付金は、ただの金銭債権にとどまりません。

後継者以外の相続人が会社への貸付金債権を取得すると、その相続人は会社に対して返済を求める立場に立ちます。会社に十分な資金がなければ、後継者は返済交渉や分割返済、債務免除の依頼、金融機関からの借入などに追われることにもなりかねません。

一方で、後継者が株式と貸付金債権をあわせて取得すれば、会社支配と債権者の立場を一手にまとめられます。ただし、その分だけ後継者の取得財産額が大きくなり、他の相続人との公平感や遺留分が問題になってきます。

貸付金債権の取得者メリット注意点
後継者株式支配と債権管理を一体化できる後継者の取得額が大きくなり、代償金・遺留分が問題になる
後継者以外の相続人財産配分上は公平に見えることがある会社に返済請求が及び、事業継続に影響する
相続人全員で共有一見公平に見える返済条件、債権放棄、会社再建で意見対立が生じやすい
遺言で取得者を指定事業承継の方針を明確にできる遺留分・代償金・説明可能性を整理する必要がある

同族会社の承継では、後継者へ株式を集中させるだけでなく、会社への貸付金債権を誰が持つのかも大切な論点です。「株式は後継者、貸付金は他の相続人へ」という分け方は、税額の面だけで見れば成り立つこともあります。けれども会社運営の現場では、それが後継者の資金繰りリスクとして跳ね返ってくることがあるのです。

役員貸付金は「債務控除になるから有利」とは限らない

会社が社長へ貸している役員貸付金についても、相続の場面では注意が必要です。

被相続人が会社から借りていた場合、その借入金は被相続人の債務です。相続税の計算では、実在し、確実な債務であれば、債務控除の対象になるかどうかを検討します。

しかし、これを「債務控除になるから相続税対策になる」と受け止めるのは早計です。

というのも、会社の側から見れば、その役員貸付金は会社の資産だからです。被相続人が会社株式を保有しているなら、役員貸付金は会社の資産として株式評価に反映されます。被相続人の債務として控除される一方で、被相続人が持つ会社株式の価値にも響くため、全体としてどのような税額効果になるかは、株主構成や評価方式によって変わってきます。

観点確認すべきこと
個人側借入金が実在し、確実な債務といえるか
会社側役員貸付金が資産として計上されているか
株式評価会社の資産として株式評価に反映されるか
他の株主貸付金の回収・放棄が他の株主の価値に影響しないか
税務調査形式的な貸付ではなく、返済意思・返済条件・利息・議事録があるか

役員貸付金が多額に残っている会社は、金融機関や後継者から見ても、ガバナンス上の課題を抱えていると受け止められることがあります。会社資金と個人資金の区分が曖昧なまま相続を迎えると、申告時だけでなく、融資、株式評価、後継者の経営判断にまで影響が及びかねません。

貸付金放棄は、相続財産を減らすだけの手法ではない

会社への貸付金が多額にのぼる場合、生前に貸付金を放棄して相続財産から外すことを検討する場面があります。

たしかに、債権者であるオーナーが会社に対して貸付金を放棄すれば、オーナー個人の貸付金債権は消滅します。民法上も、債権者が債務者に対して債務を免除する意思表示をすれば、債権は消滅します。実務上も、回収不能に該当しない貸付金を相続財産から除くには、生前に債権放棄の手続を行うことが選択肢として考えられます。

ただし、貸付金放棄には、少なくとも次のような税務・会計上の論点がついて回ります。

論点内容
会社側の債務免除益会社に益金が生じる可能性がある
欠損金の有無期限内欠損金・期限切れ欠損金で吸収できるか
株価上昇会社の債務が消えることで株式価値が上がる可能性がある
みなし贈与他の株主が株価上昇利益を受けると贈与税問題が生じ得る
相続直前対策の説明可能性税務調査で動機・実態・資料を説明できるか
会社再建の合理性単なる相続税対策ではなく、事業上の必要性があるか

相続税法基本通達9-2では、同族会社の株式または出資の価額が、会社への無償の財産提供、時価より著しく低い価額での現物出資、会社債務の免除・引受け・弁済、時価より著しく低い価額での財産譲渡などによって増加した場合に、株主等がその増加部分に相当する金額を贈与により取得したものとして取り扱う旨が定められています。

出典:国税庁|相続税法基本通達 第9条《その他の利益の享受》関係

つまり貸付金放棄は、オーナー本人の相続財産を減らす一方で、会社の株式価値を押し上げる可能性をはらんでいます。株主が後継者1人だけであれば整理しやすい場面もありますが、兄弟姉妹や親族が株式を持っている場合には、誰に経済的利益が移転したのかを必ず確認しなければなりません。

「会社のために放棄した」というだけでは足りません。会社側の税務処理、株主側のみなし贈与、株価評価、欠損金、そして相続人間の公平までを合わせて検討していくことになります。

DESは貸付金を消す手段ではあるが、株式評価を変える

会社への貸付金を株式に転換する方法として、DES、すなわちデット・エクイティ・スワップが検討されることがあります。

DESを行うと、オーナーの会社に対する貸付金債権が株式へと姿を変えます。会社側では借入金が資本に置き換わり、財務体質が改善したように見えます。相続財産としても、「貸付金債権」から「非上場株式」へとかたちが変わります。

ただし、DESは万能ではありません。

実務上、役員借入金の解消策としてDESが使われることがありますが、発行法人が債務超過である場合には債務消滅益が生じる可能性がある点に、留意が必要とされています。

また、DESによって会社の純資産が増加し、既存株主の株式価値が増える場合には、みなし贈与課税が問題になることがあります。DESによる株価増加とみなし贈与の論点は、「貸付金を株式に変えればそれで済む」という単純な話ではないのです。

DESで確認すべきこと判断の視点
債権の時価額面どおり評価できる債権か
会社の財務状態債務超過か、資産超過か
発行価額税務上の時価と整合しているか
既存株主への影響他の株主の株式価値が増加しないか
種類株式の有無普通株式か、議決権制限株式か、社債類似株式か
相続税評価貸付金評価から株式評価へ変わる効果
経営承継後継者の議決権割合がどう変わるか

DESは、事業再建や資本政策として合理性がある場合には、検討に値する手法です。ただ、相続税評価だけを見て実行してしまうと、株価上昇、贈与税、法人税、会社法手続、少数株主との関係といった面で、別の問題を生むことになりかねません。

自己株式取得は、相続税の納税資金対策になり得る

非上場株式は、相続税評価額が高くても、すぐに換金できるとは限りません。

後継者が株式を相続した場合、会社支配こそ維持できますが、相続税の納税資金をどこから用意するかが課題として残ります。金融機関借入、生命保険、退職金、不動産売却などと並んで、発行会社による自己株式取得が選択肢にあがることがあります。

自己株式取得とは、会社が株主から自社株式を買い取ることです。相続人が取得した非上場株式を会社に売却すれば、相続人は会社から金銭を受け取り、その資金を相続税の納税に充てられます。

もっとも、自己株式取得は「会社に買ってもらえばよい」というほど単純なものではありません。

確認項目実務上の意味
会社の資金買い取り資金を会社が用意できるか
分配可能額会社法上、自己株式取得が可能な範囲か
株主総会決議取得株式数、対価総額、期間等の決議が必要か
株主構成後継者支配にどう影響するか
買取価額税務上の時価と整合しているか
みなし配当通常課税か、相続株式の特例を使えるか
取得費加算相続税額の一部を取得費に加算できるか
他の相続人後継者だけが資金化できることへの不公平感はないか

会社法上、株式会社が株主との合意により自己株式を有償取得するには、原則として株主総会決議によって、取得する株式数、交付する金銭等の内容・総額、取得期間を定める必要があります。また会社法461条は、自己株式取得等により株主へ交付する金銭等の帳簿価額の総額が、効力発生日における分配可能額を超えてはならない旨を定めています。

出典:Japanese Law Translation|Companies Act, Article 156 and Article 461

特定の株主から取得する場合には、会社法160条により、特定株主への通知、他の株主の追加請求、特定株主の議決権制限などが問題になります。ただし、会社が相続人等から株式を取得する場合には、会社法162条に特則が設けられています。

出典:Japanese Law Translation|Companies Act, Article 160 and Article 162

本稿では会社法手続の細部までは立ち入りません。それでも、税務判断に入る前に、会社法上そもそも買えるのか、買えるとしていくらまでか、どの決議が必要か、ここを確認しておくことが欠かせません。

通常の自己株式取得では、みなし配当が問題になる

個人株主が非上場株式を発行会社に譲渡する場合、通常は、譲渡対価のうち資本金等の額に対応する部分を超える金額が、みなし配当として扱われることがあります。

国税庁のタックスアンサーでは、個人が所有する非上場株式を発行会社に譲渡し、会社から金銭等の交付を受けた場合に、その金銭等の合計額が、発行会社の資本金等の額のうち譲渡株式に対応する部分の金額を超えるとき、その超える部分は配当所得とみなされると説明されています。

出典:国税庁|No.1477 相続により取得した非上場株式をその発行会社に譲渡した場合の課税の特例

みなし配当が生じると、譲渡所得だけでなく、配当所得の課税関係まで整理しなければなりません。源泉徴収、総合課税、配当控除の有無、申告手続、住民税への影響なども、あわせて絡んできます。

通常の自己株式取得税務上の整理
資本金等対応部分株式譲渡対価の一部として扱われる
資本金等対応部分を超える部分みなし配当として配当所得課税が問題になる
株式譲渡部分一般株式等の譲渡所得として整理する
相続税との関係取得費加算の適用可否を別途確認する

ですから、自己株式取得を納税資金対策として使う場合には、「会社からいくら受け取れるか」だけでなく、「受け取った金額のうち、どの部分が配当所得になり、どの部分が譲渡所得になるか」を、あらかじめ試算しておく必要があります。

相続株式を発行会社に譲渡する場合には、みなし配当課税の特例がある

相続により取得した非上場株式を発行会社に譲渡する場合には、一定の要件のもとで、みなし配当課税を行わず、全額を非上場株式の譲渡所得の収入金額とする特例があります。

国税庁のタックスアンサーでは、相続または遺贈により財産を取得し、その相続等について納付すべき相続税額がある個人が、相続開始日の翌日から相続税申告書の提出期限の翌日以後3年を経過する日までの間に、相続税の課税対象となった非上場株式を発行会社に譲渡した場合には、譲渡対価が譲渡株式に係る資本金等の額を超えるときでも、その超える部分についてみなし配当課税を行わず、全額を非上場株式の譲渡所得の収入金額とする特例があると説明されています。

出典:国税庁|No.1477 相続により取得した非上場株式をその発行会社に譲渡した場合の課税の特例

この特例を使うには、非上場株式を発行会社に譲渡する日までに、所定の届出書を発行会社へ提出する必要があります。発行会社の側でも、譲り受けた日の属する年の翌年1月31日までに、その届出書を所轄税務署長へ提出しなければなりません。

出典:国税庁|No.1477 相続により取得した非上場株式をその発行会社に譲渡した場合の課税の特例

実務の上で、この特例は納税資金対策としてきわめて重要です。ただし、次のような点は確認しておかなければなりません。

要件・確認事項注意点
相続または遺贈で取得した非上場株式か生前贈与株式や既保有株式との区分に注意
その相続について相続税額があるか相続税が課税されていない場合は適用関係が変わる
相続税の課税価格に算入された株式か申告書上の取得財産との整合性が必要
譲渡期限内か相続開始日の翌日から相続税申告期限の翌日以後3年経過日まで
届出書を譲渡日までに提出したか会社への提出と会社側の税務署提出を確認
会社法上取得可能か分配可能額、株主総会決議、株主構成を確認
買取価額が適正か低額・高額による課税リスクを確認

とりわけ、届出書の提出を失念すると、税額に大きな影響が出るおそれがあります。自己株式取得は、相続税申告だけでなく、譲渡所得の確定申告、会社側の源泉・届出・会計処理とも連動します。期限管理は厳密に行っておきたいところです。

取得費加算との併用も検討する

相続株式を発行会社へ譲渡する場合には、みなし配当課税の特例だけでなく、相続財産を譲渡した場合の取得費加算の特例もあわせて検討します。

国税庁のタックスアンサーでは、相続または遺贈により取得した土地、建物、株式などの財産を一定期間内に譲渡した場合に、相続税額のうち一定金額を譲渡資産の取得費に加算できると説明されています。要件は、相続や遺贈により財産を取得していること、その財産を取得した人に相続税が課税されていること、その財産を相続開始日の翌日から相続税申告期限の翌日以後3年を経過する日までに譲渡していることです。

出典:国税庁|No.3267 相続財産を譲渡した場合の取得費の特例

また国税庁は、みなし配当課税の特例を適用する自己株式譲渡について、取得費加算の特例を併用できることを示しています。

出典:国税庁|No.1477 相続により取得した非上場株式をその発行会社に譲渡した場合の課税の特例

この2つの特例の関係を整理すると、次のようになります。

制度役割
みなし配当課税の特例本来みなし配当となる部分を、譲渡所得の収入金額として扱う
取得費加算の特例相続税額のうち一定額を譲渡資産の取得費に加算する
両者を併用した場合配当所得ではなく譲渡所得として整理し、その譲渡所得の取得費を増やせる可能性がある

ただし、取得費加算は「納付した相続税を全額控除できる制度」ではありません。譲渡した財産ごとに計算し、譲渡益相当額が上限となります。確定申告書への添付書類も必要です。

出典:国税庁|No.3267 相続財産を譲渡した場合の取得費の特例

自己株式取得は、後継者支配と他の相続人の納得にも影響する

自己株式取得は、納税資金をつくるための手段であると同時に、株主構成を変える手段でもあります。

相続人が取得した株式を会社が買い取れば、その相続人は株主でなくなり、会社の議決権構成が変わります。後継者が残りの株式を持つ場合には、後継者の支配権が安定することがあります。その一方で、自己株式取得によって会社資金が流出し、将来の設備投資、借入返済、退職金支払、運転資金に影響が及ぶこともあります。

自己株式取得の効果プラス面注意点
相続人の納税資金確保株式を現金化できる会社資金が流出する
後継者支配の安定非後継者株主を整理できる他の相続人から不公平と見られる可能性
株式分散防止次世代への株式分散を抑えられる買取価額の妥当性が問題になる
遺産分割の調整株式を取得した相続人に換金手段を用意できる会社法・税務・資金繰りを同時に満たす必要
株価への影響発行済株式数や純資産構成が変わる残存株主の株式価値が変動する

ここでとくに気をつけたいのが、低額または高額での自己株式取得です。

発行会社が自己株式を低額で取得すると、残存株主の株式価値が増えることがあります。発行会社が無償または低額で株式を取得した場合、残存株主は株式を直接取得していなくても、会社の株価上昇によって経済的利益を受けるため、みなし贈与課税が問題になると整理されています。

つまり自己株式取得では、売却した相続人の所得税だけでなく、残った株主への贈与税リスクまで確認しておく必要があるのです。

貸付金・借入金・自己株式取得を検討する順序

同族会社まわりの相続対策では、いきなり「貸付金を放棄する」「自己株式で買い取る」と決めてしまうのではなく、次の順序で検討していきます。

1. 会社と個人の貸借関係を棚卸しする

まず、会社側の決算書、勘定科目内訳書、総勘定元帳から、役員貸付金、役員借入金、仮払金、未収入金、未払金、未払役員退職金を洗い出します。

この段階では、税額計算よりも、まず事実確認が肝心です。

確認事項見る資料
会社が社長へ貸している金額役員貸付金明細、総勘定元帳
社長が会社へ貸している金額役員借入金明細、借入金内訳書
利息の有無契約書、元帳、法人税申告書
返済実績預金通帳、元帳、返済予定表
貸借の原因資金繰り支援、立替、役員報酬未払、退職金未払等
会社の返済能力決算書、資金繰り表、金融機関借入状況

2. 株式評価と貸付金評価を同時に試算する

続いて、非上場株式評価と貸付金債権の評価を同時に試算します。

貸付金を会社負債として株式評価に反映するだけでは不十分です。個人側の貸付金債権として相続財産に上がってこないかも、あわせて確認します。

3. 遺産分割上、誰が取得すべきかを考える

会社への貸付金債権について、後継者が取得すべきか、それとも他の相続人に取得させてもよいかを検討します。

後継者以外が債権者になると、会社へ返済圧力がかかる可能性があります。反対に、後継者が株式と貸付金債権をあわせて取得すれば、他の相続人への代償金や遺留分への対応が必要になることがあります。

4. 生前整理を行うか判断する

貸付金が問題になりそうな場合には、次の選択肢を並べて比較します。

選択肢向いている場面主な注意点
そのまま残す会社が返済可能で、相続人間の理解がある相続財産として課税される
会社が返済する会社に資金余力がある会社の運転資金が減る
役員退職金等と相殺する退職金支給の合理性がある過大退職金、議事録、規程を確認
貸付金を放棄する会社再建・債務整理の合理性がある債務免除益、みなし贈与、欠損金を確認
DESを行う財務体質改善・資本政策の合理性がある株価上昇、贈与税、発行価額を確認
自己株式取得を使う相続後の納税資金が必要会社法、みなし配当特例、取得費加算を確認

5. 相続発生後の納税資金を設計する

同族会社株式の相続では、相続税評価額が高くても換金できないことがあります。相続対策では、相続争いの防止、納税資金の確保、税額軽減を一体で考える必要があります。相続税対策だけにとらわれず、相続争いの防止や納税資金対策を優先する視点が大切です。

自己株式取得は有力な手段ですが、会社の資金を使う以上、会社の存続可能性を損なってはいけません。相続税を払うために会社の運転資金を過度に流出させてしまえば、後継者の経営はかえって苦しくなります。

税務調査で確認されやすいポイント

同族会社とオーナー間の貸借は、税務調査でも確認されやすい論点です。

論点確認されやすい内容
貸付金債権の申告漏れ会社の役員借入金が、被相続人の相続財産に計上されているか
回収不能評価会社が存続しているのに安易にゼロ評価していないか
債務控除会社への借入金が実在し、確実な債務か
貸付金放棄放棄の時期、理由、書面、会社側の処理があるか
みなし贈与貸付金放棄や低額譲渡により他の株主の価値が増えていないか
自己株式取得買取価額、会社法手続、届出書、みなし配当特例の要件
取得費加算相続税申告書、譲渡所得申告書、計算明細の整合性
株式評価自己株式取得前後、貸借整理前後の株価算定根拠

同族会社の相続税申告では、会社側資料と個人側資料の照合が欠かせません。相続人が会社の経理内容を把握していない場合でも、会社の決算書や勘定科目内訳書に貸付金・借入金が残っていれば、相続財産や債務として検討する必要があります。

相談前に整理しておきたい資料

同族会社への貸付金・借入金・自己株式取得についてご相談いただく場合、次の資料を準備しておくと、論点整理がスムーズに進みます。

資料確認目的
直近3期分の決算書・法人税申告書会社財務、欠損金、利益状況の確認
勘定科目内訳書役員貸付金・役員借入金の残高確認
総勘定元帳貸借の発生時期、返済、利息処理の確認
金銭消費貸借契約書法的な貸借関係の確認
返済予定表・利息計算資料回収可能性・債務控除の検討
株主名簿株主構成、議決権、後継者支配の確認
定款株式譲渡制限、自己株式取得、相続人への売渡請求等の確認
株主総会議事録・取締役会議事録貸借、役員退職金、自己株式取得の決議確認
非上場株式評価資料類似業種比準価額、純資産価額、会社規模判定
相続人関係図遺産分割、遺留分、後継者との関係確認
納税資金資料預金、保険、退職金、自己株式取得可能額
遺言書・遺言案株式・貸付金債権の承継先確認

とくに、会社への貸付金債権が多額にのぼる場合には、株式評価だけでなく、貸付金債権そのものの評価、取得者、放棄可能性、DES、自己株式取得まで含めた全体比較が必要になります。

短絡的に判断しないための視点

最後に、避けておきたい判断を整理しておきます。

短絡的判断なぜ危ういか
会社が赤字だから貸付金はゼロでよい回収不能・著しく困難といえる資料が必要
貸付金を放棄すれば相続税が下がる会社の債務免除益、株価上昇、みなし贈与が問題になる
役員貸付金は債務控除できるから有利会社株式評価に資産として反映される可能性がある
DESをすれば貸付金問題は消える株式評価、債務消滅益、既存株主への利益移転を確認する必要
自己株式取得で納税資金は解決する分配可能額、会社資金、みなし配当、届出、買取価額が必要
相続株式の特例は自動適用される譲渡日までの届出など手続要件がある
後継者に株式だけ渡せばよい貸付金債権を誰が持つかで会社運営が変わる
他の相続人に貸付金を渡せば公平会社への返済請求が後継者の経営を圧迫する可能性がある

同族会社の相続では、会社財務と個人財産を切り離して考えることはできません。貸付金・借入金・自己株式取得は、相続税評価にとどまらず、後継者の経営、他の相続人の納得、納税資金、そして税務調査での説明可能性に、そのまま直結します。

同族会社とオーナー間の貸借・自己株式取得について相談したい方へ

同族会社への貸付金や借入金は、長年の経営のなかで、自然と積み上がっていくものです。創業期の資金繰り、金融機関借入の補完、役員報酬の未払、会社資金と個人資金の立替など、その背景はさまざまです。

しかし相続の場面になると、それらを一つずつ整理していかなければなりません。

会社への貸付金は相続財産になるのか。回収不能といえるのか。貸付金放棄やDESを行うべきか。自己株式取得で納税資金をつくれるのか。みなし配当課税の特例や取得費加算を使えるのか。後継者と他の相続人の間で説明のつく分割になるのか。考えるべきことは、決して少なくありません。

犬飼公認会計士・税理士事務所では、非上場株式評価、会社決算書、役員貸付金・役員借入金、相続税申告、納税資金、遺産分割上の論点を一体で確認し、会社と個人の双方から説明できる承継設計を大切にしています。

会社への貸付金が多額に残っている、同族会社株式の相続税が心配だ、自己株式取得で納税資金をつくれるか確認したい、後継者へ株式を集中させながら他の相続人への配慮も整理したい――そうしたお悩みがありましたら、決算書・株主名簿・貸借明細などを可能な範囲でご準備のうえ、お問い合わせページからご相談ください。

重要ポイントの振り返り

論点重要ポイント実務上の注意点
会社への貸付金被相続人の貸付金債権として相続財産になる会社が赤字でも自動的にゼロ評価にはならない
貸付金債権の評価原則は返済されるべき元本と既経過利息回収不能・著しく困難といえる資料が必要
役員借入金会社の負債だが、個人側では会社への貸付金株式評価が下がっても貸付金債権が別途課税され得る
役員貸付金会社の資産で、個人側では会社への借入金債務控除だけでなく株式評価への反映を確認
貸付金放棄相続財産を減らす効果があり得る債務免除益、欠損金、みなし贈与、株価上昇を確認
DES貸付金を株式に転換する手法債務消滅益、株価上昇、既存株主への利益移転に注意
自己株式取得相続株式の納税資金対策になり得る分配可能額、株主総会決議、会社資金を確認
みなし配当通常の自己株式取得では配当所得課税が問題になる相続株式の特例適用可否を確認
みなし配当課税の特例相続取得した非上場株式を期限内に発行会社へ譲渡する場合に重要譲渡日までの届出書提出が必要
取得費加算相続税額の一定額を譲渡資産の取得費に加算できる確定申告書と計算明細の添付が必要
遺産分割株式だけでなく貸付金債権の取得者も重要後継者支配、返済請求、遺留分を同時に整理
税務調査対応会社資料と個人資料の整合性が見られる契約書、元帳、議事録、評価根拠を残す
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