相続・贈与と所得税の接点|取得費・取得時期・売却・低額譲渡・賃料収入の整理

相続や贈与という言葉を聞くと、多くの方はまず相続税や贈与税を思い浮かべるのではないでしょうか。それはごく自然な反応だと思います。

親から不動産を相続した、祖父母から資金援助を受けた、親族間で土地や株式を移した、相続した実家を売却した。こうした場面では、まず「相続税がかかるのか」「贈与税の申告が必要なのか」を確認することになります。

ただ、相続や贈与にまつわる税金の話は、そこで終わりません。

相続や贈与で取得した資産を、その後に売却すれば譲渡所得の問題が生じます。賃貸物件を相続すれば、亡くなった後の賃料収入を誰が申告するのかという不動産所得の問題が出てきます。親族間で時価より低い金額で売買すれば、売った側の譲渡所得、買った側の贈与税、さらに法人が絡む場合にはみなし譲渡や受贈益課税まで検討が必要になることもあります。

相続・贈与は、一見すると「所得税とは別の税目」のように思えます。しかし、資産の取得・保有・売却という流れで捉えると、実は所得税と密接につながっています。

この記事では、相続税申告や贈与税申告そのものの詳細な計算ではなく、相続・贈与で取得した資産が、どのような場面で所得税に接続していくのかを整理していきます。

目次

この記事で扱う範囲

この記事で取り上げるのは、次の論点です。

論点この記事での扱い
相続や贈与で資産を取得しただけの場合所得税ではなく、相続税・贈与税の領域として整理
相続・贈与で取得した資産を売却した場合譲渡所得、取得費、取得時期、所有期間を整理
相続財産を一定期間内に売却した場合相続税額の取得費加算に触れる
賃貸不動産を相続した場合死亡後・未分割期間中の賃料収入の帰属を整理
親族間・法人関係者間の低額譲渡時価、みなし贈与、みなし譲渡の考え方を整理
限定承認がある場合通常の相続と異なる所得税上の注意点を整理
相続登記・資料保存将来の売却・税務説明に備える観点として整理

一方で、相続税の財産評価、小規模宅地等の特例、遺産分割の法務手続、遺留分、贈与税の特例計算そのものについては、この記事では詳しく踏み込みません。これらは、必要に応じて別記事や個別のご相談で確認していただきたい領域です。

相続・贈与で取得しただけなら、通常は所得税の課税対象ではない

まず、出発点を整理しておきましょう。

個人が相続、遺贈、贈与によって財産を取得した場合、その「取得そのもの」は、通常、所得税ではなく相続税・贈与税の領域で考えます。

たとえば、親から土地を相続した、祖父母から現金の贈与を受けた、配偶者から居住用不動産の贈与を受けたといった場面では、まず確認すべき税目は相続税または贈与税です。

個人から財産をもらったときは贈与税の課税対象となり、会社などの法人から財産をもらったときは所得税の課税対象となります。
出典:国税庁|財産をもらったとき

ここで大切なのは、「資産を取得した時点」と「その資産から所得が生じた時点」を、しっかり分けて考えることです。

場面主に確認する税目
親の土地を相続した相続税
親から現金の贈与を受けた贈与税
法人から個人が無償で資産を受けた所得税等の確認が必要
相続した土地を売却した所得税の譲渡所得
相続した賃貸物件から家賃を受け取った所得税の不動産所得
贈与された株式を売却した所得税の譲渡所得
親族から著しく低い価額で不動産を買った贈与税・譲渡所得の両面を確認

「相続だから所得税は関係ない」「贈与税を払ったのだから、将来の売却時に所得税は関係ない」と考えてしまうと、後の申告で誤りが生じやすくなります。

というのも、相続・贈与は、所得税上のスタート地点をそのまま引き継ぐことが多いからです。

相続・贈与で取得した資産を売却すると、譲渡所得の問題になる

相続や贈与で取得した土地、建物、株式、会員権、貴金属などを売却した場合には、譲渡所得の確認が必要になります。

譲渡所得とは、資産の譲渡による所得のことです。譲渡所得の対象となる資産には、土地、借地権、建物、株式等、金地金、宝石、書画、骨とう、機械器具、ゴルフ会員権、特許権、著作権などが含まれます。
出典:国税庁|No.3105 譲渡所得の対象となる資産と課税方法

相続や贈与で取得した資産を売る場合、実務でよく問題になるのは、次の2点です。

確認項目内容
取得費誰の取得費を使うのか
取得時期いつから所有していたものとして見るのか

結論から申し上げると、相続や贈与によって取得した土地・建物を売った場合の取得費は、原則として、被相続人や贈与者がその土地・建物を買い入れたときの購入代金や購入手数料などをもとに計算します。取得時期についても、被相続人や贈与者の取得時期を引き継ぎます。
出典:国税庁|No.3270 相続や贈与によって取得した土地・建物の取得費と取得の時期

つまり、相続人や受贈者が取得した日の時価を取得費にできるわけではない、ということです。

たとえば、父が3,000万円で購入した土地を子が相続し、その後8,000万円で売却したとします。この場合、子の取得費は、原則として父の購入価額等をもとに計算します。仮に相続時の評価額が5,000万円であったとしても、その金額がそのまま譲渡所得の取得費になるわけではありません。

これは、相続税・贈与税と所得税とで、見ている対象そのものが違うためです。

相続税や贈与税では、相続時・贈与時の財産価額を見ます。一方、譲渡所得では、資産の取得から売却までに生じた値上がり益をどう把握するかが問われます。だからこそ、前所有者の取得費と取得時期を引き継ぐ、という発想になるわけです。

取得費が分からない場合のリスク

相続した不動産を売却する場面で、最も多い悩みの一つが、取得費の資料不足です。

親や祖父母が数十年前に購入した土地について、売買契約書、領収書、仲介手数料の資料、造成費、建物工事資料などが残っていない、というケースは決して珍しくありません。

このように取得費が分からないときには、売却価額の5%相当額を取得費とする「概算取得費」を使うことがあります。ただし、実際の取得費がそれより大きかったとしても、資料がなければ、その事実を説明するのは難しくなります。また、概算取得費を使う場合には、相続人等が支払った登記費用などを取得費に含めることはできないとされています。
出典:国税庁|No.3270 相続や贈与によって取得した土地・建物の取得費と取得の時期

取得費の資料不足は、単なる事務負担の問題にとどまりません。

資料がない場合に起こること影響
購入価額が分からない概算取得費に頼らざるを得ない可能性
建物取得費が分からない減価償却費の計算が難しくなる
改良費・造成費が不明本来取得費に含められる支出を説明できない
相続後の登記費用等の資料がない取得費算入の根拠が弱くなる
共有持分ごとの取得経緯が不明誰の所得として申告すべきか整理しにくい
過去に賃貸していた期間が不明減価償却累計額や必要経費との整合性に影響

相続した資産を売るかどうか、まだ決めていない段階であっても、取得資料の整理は早めに進めておくことをおすすめします。

とりわけ、実家、貸家、底地、借地権、同族会社株式、長年保有している土地については、「売るときに探せばよい」では間に合わないことがあります。

相続財産を売却した場合の取得費加算

相続税を納めた方が、相続または遺贈により取得した土地、建物、株式などを一定期間内に譲渡した場合には、相続税額のうち一定金額を、譲渡資産の取得費に加算できる制度があります。

この特例は、相続または遺贈により取得した財産を一定期間内に譲渡した場合に、相続税額のうち一定金額を譲渡資産の取得費に加算できるというものです。適用を受けるには、相続または遺贈により財産を取得した者であること、その財産を取得した人に相続税が課税されていること、そして、その財産を相続開始の日の翌日から相続税の申告期限の翌日以後3年を経過する日までに譲渡していること、といった要件を満たす必要があります。
出典:国税庁|No.3267 相続財産を譲渡した場合の取得費の特例

ただし、この制度は「相続財産を売れば必ず使える」というものではありません。

確認項目注意点
相続税が課税されているか相続税の申告・納税がない場合は前提が異なる
売却した財産が相続または遺贈で取得したものか自己取得分や贈与取得分が混在する場合は区分が必要
譲渡の時期相続税申告期限からの期間管理が必要
譲渡所得か事業所得・雑所得として扱われるものには適用できない場合がある
添付書類計算明細書等を添付した確定申告が必要

取得費加算は有利な制度ですが、売却後になって思い出し、慌てて検討するのでは間に合わないことがあります。相続税申告、遺産分割、売却時期、譲渡所得申告を一つの流れとしてつなげ、管理していく必要があります。

贈与で取得した資産も、売却時には取得費・取得時期を引き継ぐ

贈与で取得した資産についても、売却時には取得費と取得時期の引継ぎが問題になります。

たとえば、親が1,000万円で取得した土地を子に贈与し、その後、子が3,000万円で売却したとします。この場合、子は「贈与時の時価」を取得費にできるわけではありません。原則として、親の取得費・取得時期を引き継いで譲渡所得を計算します。

贈与税を納めたとしても、そのことによって譲渡所得の取得費が贈与時の時価に引き上がるわけではない。この点には、特に注意が必要です。

ですから、贈与を検討するときは、贈与税だけで判断してはいけません。

贈与時に確認すべきこと将来の所得税への影響
贈与者の取得費受贈者が売却するときの取得費になる
贈与者の取得時期長期・短期判定に影響する
贈与時の時価贈与税、特例適用、親族間取引の説明に必要
受贈者の利用目的自宅、賃貸、事業用でその後の処理が変わる
贈与後の修繕・改良資本的支出、必要経費、取得費に影響する
相続時精算課税の選択将来の相続税計算に接続する

なお、令和6年1月1日以後の贈与については、相続時精算課税に年110万円の基礎控除が設けられました。令和6年1月1日以後の贈与により取得した相続時精算課税適用財産については、贈与を受けた年分ごとに、贈与時の価額の合計額から基礎控除額を差し引いた残額を、相続税の計算に加算します。
出典:国税庁|No.4301 相続時精算課税の選択と相続税の申告義務

ただし、相続時精算課税は、一度選択すると、その贈与者からの贈与について制度の影響が続きます。「毎年110万円までなら安心」と単純に捉えるのではなく、将来の相続税、贈与後の売却、取得費の引継ぎまで含めて判断していただきたいところです。

低額譲渡は「贈与税だけ」でも「所得税だけ」でも終わらない

親族間で不動産や株式を売買するときに、よく問題になるのが低額譲渡です。

「親子だから安く売ってもよい」
「兄弟間だから評価額でよい」
「相続税評価額なら問題ない」
「固定資産税評価額で売れば安全だ」

こうした考え方が、税務上そのまま通るとは限りません。

個人から著しく低い価額で財産を譲り受けた場合、時価と支払った対価との差額は、財産を譲渡した人から贈与により取得したものとみなされます。著しく低い価額かどうかは、個々の具体的な事案に基づいて判定されます。この点は、法人に対する譲渡所得の基因となる資産移転の場合に用いられる「時価の2分の1に満たない金額」という基準とは異なります。
出典:国税庁|No.4423 個人から著しく低い価額で財産を譲り受けたとき

整理すると、少なくとも次のように考える必要があります。

取引売った側買った側
個人から個人へ時価売買譲渡所得を確認取得費・資金負担を確認
個人から個人へ著しく低い価額で譲渡譲渡所得を確認差額について贈与税を確認
個人から法人へ低額譲渡みなし譲渡・同族会社否認等を確認受贈益、株主への利益移転を確認
法人から個人へ低額譲渡法人税・消費税等を確認給与所得・一時所得・贈与に類する利益を確認
同族会社を介した移転譲渡所得、法人税、贈与税が重層的に問題になる

とりわけ、個人から法人へ、あるいは同族会社を絡めた不動産・株式の移転では、所得税法上の時価課税、法人税、贈与税、株価上昇益が同時に問題になることがあります。

所得税基本通達では、山林または譲渡所得の基因となる資産を法人に対して時価の2分の1以上の対価で譲渡した場合には、所得税法59条1項2号の適用はないものの、その譲渡が同族会社等の行為または計算の否認規定に該当するときには、時価相当額により譲渡所得等を計算できることが示されています。
出典:国税庁|所得税基本通達 法第59条《贈与等の場合の譲渡所得等の特例》関係

親族間・同族会社間の資産移転は、「いくらなら税務署に否認されないか」という発想だけで進めるべきものではありません。

実際の場面では、なぜその価格なのか、鑑定評価や査定資料を取ったのか、契約書はあるのか、資金決済は本当に行われたのか、買主に支払能力があるのか、取引後に誰がその資産を使用・管理しているのか。こうした点まで確認されることになります。

限定承認があると、通常の相続とは所得税の扱いが変わる

相続には、単純承認、限定承認、相続放棄の3つがあります。

通常の相続では、相続人が被相続人の取得費・取得時期を引き継ぎ、将来の売却時に譲渡所得を計算する、というかたちになることが多くなります。

一方で、限定承認の場合には注意が必要です。

資産の譲渡とは、有償無償を問わず、所有資産を移転させる一切の行為をいいます。そして、法人に対して資産を贈与した場合や、限定承認による相続などがあった場合には、時価で資産の譲渡があったものとして取り扱われます。
出典:国税庁|No.3105 譲渡所得の対象となる資産と課税方法

限定承認は、借入金や保証債務がある場合に検討されることがあります。しかし、税務上は「債務の範囲内で責任を限定できるか」という民法上の論点だけで完結するものではありません。資産に含み益がある場合には、被相続人に譲渡所得が発生したものとして、準確定申告に影響することがあります。

したがって、限定承認を検討する場面では、少なくとも次の資料を確認しておく必要があります。

確認資料確認する内容
相続財産一覧不動産、株式、事業用資産、金融資産
債務一覧借入金、保証債務、未払税金、未払費用
資産の取得資料取得費、取得時期、含み益の有無
時価資料不動産査定、株価評価、相続税評価額との違い
被相続人の過年度申告書不動産所得、事業所得、減価償却
準確定申告資料死亡年の所得、みなし譲渡の有無
相続人間の方針単純承認、限定承認、相続放棄の検討状況

限定承認は、家庭裁判所の手続期限や、相続人全員での対応が求められるため、税務の観点だけで判断できるものではありません。弁護士・司法書士等との連携が必要になることもあります。

賃貸不動産を相続した場合、死亡後の賃料収入を誰が申告するか

相続・贈与と所得税の接点として、実務上とりわけ重要になるのが賃貸不動産です。

親が賃貸アパートを所有していた場合、亡くなった後も家賃は発生し続けます。では、その家賃は、誰の所得として申告することになるのでしょうか。

相続財産について遺産分割が確定していない場合、その相続財産は各共同相続人の共有に属するものとされ、そこから生ずる所得は、各共同相続人にその相続分に応じて帰属します。遺産分割協議が整わず、共同相続人のうち特定の人が収益を管理している場合であっても、遺産分割が確定するまでは、共同相続人が法定相続分に応じて申告することになります。そして、分割が確定したことを理由に、未分割期間中の所得帰属をさかのぼって修正することはできないとされています。
出典:国税庁|No.1376 不動産所得の収入計上時期

これは、非常に重要なポイントです。

状況所得税上の考え方
被相続人の死亡前の賃料被相続人の所得として準確定申告を確認
死亡後、遺産分割前の賃料原則として共同相続人が相続分に応じて申告
特定の相続人が賃料を受け取っている入金口座だけで所得帰属は決まらない
遺産分割で一人が物件を取得分割後はその取得者の所得として整理
共有取得となった持分に応じて不動産所得を整理
管理者が経費を立て替えている経費負担・精算・帳簿の整合性を確認

「長男の口座に家賃が入っているから、長男の所得だ」
「相続登記が終わっていないから、誰も申告しなくてよい」
「遺産分割で最終的に母が取得したから、死亡直後から母の所得にできる」

こうした処理は、税務上の整理とずれてしまう可能性があります。

賃料収入については、入金口座、登記名義、管理者、遺産分割の結果、賃貸借契約書の名義、実際の費用負担を、それぞれ分けて確認する必要があります。

準確定申告と相続後の申告は分けて考える

被相続人に不動産所得、事業所得、譲渡所得、給与所得、年金収入などがある場合、亡くなった年について準確定申告が必要になることがあります。

納税者が死亡したときの準確定申告の期限は、相続の開始があったことを知った日の翌日から4か月以内とされています。
出典:国税庁|No.2022 納税者が死亡したときの確定申告(準確定申告)

相続がある年は、次のように分けて整理していきます。

期間・対象申告の考え方
被相続人の1月1日から死亡日までの所得準確定申告で整理
死亡後、遺産分割前の賃料相続人が相続分に応じて整理
遺産分割後の賃料取得者または共有者が整理
死亡後に売却した相続財産相続人・受遺者の譲渡所得として整理
限定承認に伴うみなし譲渡被相続人の準確定申告に影響する可能性
相続人自身の給与・事業・副業収入相続人本人の確定申告で整理

相続税申告は、相続開始を知った日の翌日から10か月以内が基本です。これに対して、所得税の準確定申告は4か月以内。相続税申告の準備を進めている間に、所得税側の期限が先に来てしまうことがあるのです。

この期限の違いを見落とすと、準確定申告、不動産所得の帰属、青色申告承認申請、消費税の届出などに影響が及ぶことがあります。

相続後に賃貸業や事業を引き継ぐ場合、青色申告も確認する

被相続人が不動産賃貸業や個人事業を営んでいた場合、相続人がその業務を引き継ぐことがあります。

このとき、単に家賃収入や売上を集計すればよい、というわけにはいきません。青色申告の承認申請、帳簿、固定資産台帳、減価償却、未収未払、消費税、インボイス、源泉徴収など、確認すべき事項は多岐にわたります。

青色申告承認申請書の提出期限は、被相続人が白色申告者であった場合、青色申告者であった場合、そして死亡日がいつかに応じて、それぞれ異なる期限が定められています。
出典:国税庁|No.2070 青色申告制度

実務では、次の点を整理していきます。

確認項目内容
被相続人の申告状況青色申告か白色申告か
事業・不動産賃貸の承継者誰が継続するのか、共有か
帳簿・固定資産台帳減価償却資産、取得価額、帳簿価額
未収家賃・未払経費死亡前後で誰の所得・経費か
借入金利子と元本返済、債務承継
消費税課税事業者、届出、インボイス登録
給与・外注源泉徴収、支払調書、専従者給与
賃貸借契約契約名義、振込口座、管理会社との契約

相続後の不動産所得や事業所得は、相続税申告とは別に、翌年以降の継続的な確定申告に影響していきます。

「相続税申告が終わったから、これで完了」ではありません。引き継いだ資産から所得が発生する限り、所得税の管理はその後も続いていくのです。

相続登記は所得税の申告判断にも影響する

不動産を相続した場合、相続登記の問題も避けて通れません。

令和6年4月1日から、相続登記の申請が義務化されました。相続により不動産の所有権を取得した相続人は、自己のために相続開始があったことを知り、かつ、その不動産の所有権を取得したことを知った日から3年以内に、相続登記を申請する必要があります。正当な理由なく申請を怠った場合には、10万円以下の過料の適用対象となります。なお、令和6年4月1日より前に開始した相続についても、一定の猶予期間内に対応が必要です。
出典:法務省|相続登記の申請義務化について

相続登記そのものは、所得税の申告とは直接の関係がないように思えるかもしれません。

しかし実務では、登記が未了のままだと、次のような問題が生じます。

登記未了で起こりやすい問題税務上の影響
所有者が誰か分からない賃料収入の帰属整理が難しくなる
共有持分が不明確持分ごとの所得・経費の計算が困難
売却できない譲渡所得の事前計算が遅れる
取得費資料が散逸する将来の譲渡所得計算に影響
固定資産税通知書の名義と実態がずれる経費処理や相続人間精算が複雑になる
金融機関説明が難しい借入、担保、資金繰りに影響

登記名義だけで所得の帰属が決まるわけではありません。とはいえ、登記、遺産分割協議書、賃貸借契約、入金口座、固定資産税通知書が整っていないと、後から事実関係を説明するのが難しくなってしまいます。

国外資産・非居住者が絡む相続・贈与は、所得税の論点が増える

相続人や受贈者が海外に居住している場合、あるいは国外資産を相続・贈与する場合には、所得税の確認事項がさらに増えます。

とりわけ、高額な有価証券等が非居住者へ移転する場合には、国外転出時課税制度や、贈与・相続時の国外転出時課税が問題になることがあります。

国外転出時に1億円以上の有価証券等を所有等している場合には、所得税の確定申告等の手続が必要となります。また、相続または遺贈により非居住者へ資産が移転した場合の譲渡所得等の特例についても、あわせて確認しておく必要があります。
出典:国税庁|国外転出時課税制度
出典:国税庁|No.1468 相続又は遺贈により非居住者に資産が移転した場合の譲渡所得等の特例

国際的な要素がある場合には、次の点を確認します。

確認項目内容
被相続人・贈与者の居住者区分居住者、非永住者、非居住者
相続人・受贈者の居住地日本居住者か非居住者か
資産の所在地国内資産か国外資産か
有価証券等の時価国外転出時課税の対象判定
外貨建て資産円換算、為替差、外国税額控除
海外での課税外国税、二重課税、租税条約
国外財産調書等資産額による提出義務の確認

海外居住の相続人がいる場合や、国外不動産・海外証券口座を保有している場合は、国内の所得税・相続税だけでは判断できません。国別の税制、外国での申告義務、送金資料、外貨換算資料まで含めて整理する必要があります。

相続・贈与で取得した資産について保存すべき資料

相続・贈与と所得税の接点では、資料の保存が非常に重要になります。

将来の売却、賃貸、共有解消、親族間売買、税務調査、金融機関への説明に備えるため、次の資料を残しておいていただきたいと思います。

資料なぜ必要か
被相続人・贈与者の取得時売買契約書取得費の根拠
購入代金・手数料の領収書取得費の補強資料
登記事項証明書取得原因、取得日、持分の確認
固定資産評価証明書相続税・贈与税評価、登記、取得税の確認
相続税申告書取得費加算、評価額、取得財産の確認
贈与税申告書贈与時価額、制度選択の確認
遺産分割協議書誰が何を取得したかの根拠
遺言書取得原因、受遺者、包括・特定遺贈の確認
不動産取得税・登録免許税の資料取得費または必要経費の確認
司法書士費用の明細登記費用の内訳確認
賃貸借契約書賃料収入、敷金、管理形態の確認
家賃入金明細不動産所得の帰属確認
固定資産税通知書必要経費、相続人間精算、保有負担の確認
借入金明細利子、元本返済、債務承継
固定資産台帳減価償却、売却時帳簿価額の確認
親族間売買契約書低額譲渡・資金決済の説明
時価資料査定書、鑑定評価、株価評価資料
通帳・送金記録資金負担者、実際の入出金の確認

相続・贈与は、家族内の話であるだけに、どうしても資料が曖昧になりがちです。

しかし、税務上は「家族だから大丈夫」とはいきません。むしろ、家族間取引や共有不動産では、第三者間の取引よりも説明資料が重要になることさえあります。

よくある判断ミス

相続・贈与と所得税の接点では、次のような誤りが起こりやすくなります。

よくある誤解実務上の注意点
相続した財産を売っても、相続税を払っていれば所得税はかからない相続税と譲渡所得は別に確認する
相続時の評価額を取得費にできる原則として被相続人の取得費を引き継ぐ
贈与税を払ったから、贈与時の時価が取得費になる贈与者の取得費・取得時期を引き継ぐ
取得費が分からなければ何でも概算取得費でよい実額資料を探す努力が重要。概算取得費では使えない費用もある
家賃が長男の口座に入っているから長男の所得未分割期間中は相続分に応じた帰属が原則
遺産分割で母が取得したから、死亡直後から母の所得にできる未分割期間中の所得帰属は遺産分割確定で遡って変わらない
親族間だから安く売ってよい低額譲渡・みなし贈与・みなし譲渡の確認が必要
相続登記が未了だから申告しなくてよい登記未了でも所得が発生すれば申告判断が必要
限定承認なら税金を抑えられるみなし譲渡により準確定申告で所得税が発生することがある
相続税申告だけ税理士に頼めば所得税は問題ない準確定申告、相続後の不動産所得、売却時の譲渡所得は別途整理が必要

判断ミスの多くは、税率や特例の知識不足だけでなく、事実関係の整理不足から生じます。

誰が取得したのか、誰が使っているのか、誰の口座に入金されているのか、取得費資料はあるのか、売却前にどの制度を確認したのか。こうした点を、後からきちんと説明できる形にしておくことが大切です。

専門家に相談する前に整理すべき事項

相続・贈与と所得税のご相談では、最初から「税額はいくらですか」とお尋ねいただくよりも、まず前提を整理していただいたほうが、より正確にお答えできます。

ご相談の前に、次の情報をまとめておいていただくと、判断がスムーズに進みます。

整理事項確認内容
取得原因相続、遺贈、死因贈与、生前贈与、売買、共有持分放棄など
取得日相続開始日、贈与日、契約日、登記日
前所有者被相続人、贈与者、共有者、法人など
前所有者の取得費売買契約書、領収書、工事資料
前所有者の取得時期長期・短期判定、減価償却に影響
現在の利用状況自宅、賃貸、事業用、空き家、親族利用
入金状況家賃、売却代金、精算金の入金口座
経費負担固定資産税、修繕費、借入金利子、管理費
共有関係持分、遺産分割前後、管理者
売却予定売却時期、買主、価格、特例の可能性
贈与制度暦年課税、相続時精算課税、住宅取得等資金贈与
相続税申告申告有無、相続税額、取得費加算の可能性
国外要素海外居住者、国外資産、外貨建て資産

この整理をしないまま申告だけを進めてしまうと、取得費、所得帰属、低額譲渡、賃料収入、相続税との関係を見落とす可能性があります。

犬飼公認会計士・税理士事務所へのご相談について

相続や贈与で取得した資産は、取得時点だけを見れば、相続税・贈与税の話のように見えます。

しかし、その資産を売る、貸す、共有する、親族間で移す、法人に移す、相続後に事業や不動産賃貸を引き継ぐ。こうした場面になると、所得税の判断が避けられなくなります。

とりわけ、相続した不動産を売却する予定がある方、賃貸物件を相続した方、遺産分割前から賃料収入が発生している方、親族間で不動産や株式を移そうとしている方、取得費資料が不足している方は、申告期限の直前ではなく、早い段階で事実関係と資料を整理しておくことが大切です。

犬飼公認会計士・税理士事務所では、相続・贈与で取得した資産について、所得税、相続税、贈与税、不動産所得、譲渡所得、資料保存、そして将来売却時の説明可能性まで含めて整理することを大切にしています。

相続・贈与と所得税の接点についてご不安がある方は、遺産分割協議書、相続税申告書、贈与契約書、売買契約書、登記資料、家賃明細、通帳資料、固定資産税通知書などをご用意のうえ、犬飼公認会計士・税理士事務所HPのお問い合わせページからご相談ください。

この記事の振り返り

項目重要なポイント
相続・贈与の取得時通常は所得税ではなく、相続税・贈与税の領域として確認する
所得税との接点売却、賃貸、低額譲渡、限定承認、法人関係者間取引で問題になる
相続取得の取得費被相続人の取得費を原則として引き継ぐ
贈与取得の取得費贈与者の取得費を原則として引き継ぐ
取得時期被相続人・贈与者の取得時期を引き継ぎ、長期・短期判定に使う
概算取得費取得費資料がない場合に使うことがあるが、実額資料の探索が重要
相続税額の取得費加算相続税が課税された財産を一定期間内に売却した場合に検討する
贈与税との関係贈与税を払っても、譲渡所得の取得費が贈与時の時価になるわけではない
相続時精算課税贈与税だけでなく、将来の相続税計算と資産売却まで考える
低額譲渡個人間ではみなし贈与、法人関係ではみなし譲渡・法人税等も確認する
限定承認通常の相続と異なり、みなし譲渡により準確定申告に影響することがある
賃貸不動産の相続未分割期間中の賃料は、原則として相続分に応じて各相続人に帰属する
準確定申告相続開始を知った日の翌日から4か月以内の期限に注意する
相続登記令和6年4月1日から義務化。所得税の説明資料としても重要
国外要素非居住者、国外資産、高額有価証券等がある場合は国外転出時課税も確認する
資料保存取得費、取得時期、所得帰属、時価、資金移動を説明できる資料を残す
相談のタイミング売却後・申告期限直前ではなく、相続・贈与・売却検討の早い段階で整理する
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