試査・サンプリング・母集団の考え方|サンプル件数に依存しない監査判断の設計

監査現場でサンプリングの話題になると、議論はしばしば「何件見ればよいか」という一点に集中します。

しかし、サンプル件数だけを先に決めても、監査判断としては不十分です。監査人が説明すべきなのは、「何件見たか」ではなく、その手前にある判断の過程です。

  • どの母集団を対象にしたのか
  • どのアサーションを検証しようとしたのか
  • なぜその抽出単位を設定したのか
  • その抽出方法で、母集団全体について結論を形成できるのか
  • 例外事項が発見された場合に、母集団への影響をどう評価したのか
  • 統制への依拠、実証手続、虚偽表示評価、監査意見形成にどう反映したのか

試査は、監査の限界を言い訳にするための手法ではありません。限られた監査資源のなかで、重要な虚偽表示リスクに対し、合理的に十分かつ適切な監査証拠を入手するための方法です。

本稿では、試査・サンプリング・母集団の考え方を、サンプル件数の機械的な目安としてではなく、監査人が後から説明できる判断軸として整理します。

目次

試査は「全部を見ないこと」ではなく「母集団について結論を出すこと」である

試査というと、「全部を見るのではなく一部を見ること」と理解されがちです。この理解自体が誤りというわけではありません。

ただ、監査上重要なのは、一部を見たという事実ではありません。その一部を通じて、母集団全体についてどのような結論を形成するのか。そこに意味があります。

監査サンプリングとは、母集団全体に関する結論を導くための合理的な基礎を得ることを目的として、母集団内の監査対象単位のすべてが抽出される可能性を有するように、母集団内の100%未満の項目に監査手続を適用するものとされています。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書530「監査サンプリング」

ここで鍵となるのは、「母集団全体に関する結論」という部分です。

監査人が数件の証憑を確認したとしても、その結果から母集団全体について合理的に結論を導けなければ、監査サンプリングとしての意味は限定的なものにとどまります。逆に、母集団、抽出単位、抽出方法、例外事項の評価が適切に設計されていれば、試査は監査証拠として十分な役割を果たし得ます。

したがって、試査の出発点はサンプル件数ではありません。出発点は、「どの母集団について、どの監査要点に関する結論を得たいのか」という問いです。

精査・特定項目抽出・監査サンプリングを混同しない

監査手続の範囲を考える際には、少なくとも次の三つを区別しておく必要があります。

精査

母集団の全項目を検証する方法です。母集団が少数である場合、重要性が極めて高い場合、不正リスクが高い場合、非定型・高額・異常な項目が中心である場合には、精査が適切となることがあります。

特定項目抽出

高額項目、異常項目、関連当事者取引、期末日前後取引、手入力仕訳、例外承認取引など、監査人が特にリスクが高いと判断した項目を抽出して検証する方法です。リスクの高い項目に監査資源を集中させるうえで有効です。

監査サンプリング

母集団全体について結論を導くため、一定の抽出方法によりサンプルを選定し、その結果を評価する方法です。

この三つを混同すると、監査調書上の説明が弱くなります。とりわけ注意したいのが、特定項目抽出です。特定項目の抽出によって収集した監査証拠は、抽出されなかった項目に関する監査証拠とはならず、母集団全体に関する結論を導くものではないとされています。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書500「監査証拠」

たとえば、売上明細のうち高額上位のみを検証したとします。高額売上の実在性については、有用な証拠になるでしょう。しかし、その結果だけをもって、小口取引や通常取引全体に虚偽表示がないと結論付けることはできません。

特定項目抽出は、監査サンプリングではない。この切り分けは、監査計画、監査調書、審査対応のいずれの場面でも重要な意味を持ちます。

母集団の設計を誤ると、サンプル件数を増やしても監査証拠にならない

サンプリングの質は、母集団の設計によって大きく決まります。

母集団とは、監査人が結論を導きたい対象全体です。売上取引、仕入取引、売掛金残高、買掛金残高、仕訳データ、承認記録、棚卸明細、固定資産台帳、支払データ、注記基礎資料などが、いずれも母集団になり得ます。

ただし、「売上明細を母集団にする」といった大まかな設定では不十分です。監査上は、母集団を次のレベルまで具体化する必要があります。

  • どの期間の取引か
  • どの会社・拠点・システム・勘定科目を含むのか
  • 除外した取引はあるのか
  • 通常取引と非定型取引を同じ母集団に含めるのか
  • 取消・返品・値引・相殺・組替はどう扱うのか
  • 金額ゼロやマイナス取引を含むのか
  • 期末日前後取引を別母集団にする必要はないか
  • システム移行前後で母集団を分ける必要はないか

母集団の定義が曖昧なままサンプルを抽出すると、その結果が何を意味するのか分からなくなります。売上の期間帰属を検証したいにもかかわらず、期末月の請求書一覧だけを母集団としている場合、出荷済未請求取引や検収未了取引が母集団から漏れている可能性があります。

母集団が監査目的に適合していなければ、サンプル件数を増やしても、監査証拠としての有用性は高まりません。

抽出単位は、監査手続の意味を左右する

サンプリングでは、母集団だけでなく、抽出単位の設定も重要です。

抽出単位とは、サンプルとして選ばれる単位を指します。1取引、1伝票、1請求書、1明細行、1出荷、1検収、1仕訳、1承認記録、1金額単位と、監査目的に応じて抽出単位は変わります。

同じ売上を検証する場合でも、抽出単位を何に置くかによって、得られる証拠は変わってきます。

売上仕訳を抽出単位にすれば、会計記録に計上された売上の発生・実在性を検証しやすくなります。出荷記録を抽出単位にすれば、発生した出荷が売上として漏れなく記録されているかを検証しやすくなります。請求書単位で抽出すれば、請求と売上記録の整合性を確認しやすくなりますが、複数の履行義務や明細単位の取引条件が問題となる場面では、請求書単位では粗すぎることがあります。

監査サンプリングにおいては、監査対象単位を検討することが求められており、物理的項目だけでなく、金額単位を監査対象単位とする考え方も示されています。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書530「監査サンプリング」

抽出単位は、監査手続の単なる事務設計ではありません。どのアサーションを、どの粒度で検証するかを決める判断そのものです。

「帳簿から証憑へ」か「証憑から帳簿へ」かで、検証できるアサーションは変わる

試査でよく起こる誤りのひとつが、サンプル抽出の方向を意識しないまま手続を進めてしまうことです。

帳簿から証憑へたどる手続と、証憑から帳簿へたどる手続とでは、検証できるアサーションが異なります。

帳簿から証憑へたどる場合、記録された取引が実際に発生しているか、実在しているかを確認する方向になります。売上仕訳から請求書、出荷記録、検収書へたどるのであれば、主に発生・実在性に関する証拠が得られます。

一方、証憑から帳簿へたどる場合は、発生した取引が漏れなく会計記録に反映されているかを確認する方向になります。出荷記録、検収書、入庫記録、仕入請求書、支払依頼書などから会計記録へたどるのであれば、主に網羅性に関する証拠となります。

この方向性を誤ると、監査手続を実施していても、監査要点に適合しない証拠になってしまいます。

たとえば、買掛金の網羅性を検証したいにもかかわらず、買掛金台帳に記録された項目から請求書へたどっても、記録済みの買掛金の実在性を確認しているにすぎません。記録されていない債務の漏れを発見するには、期末日後支払、未処理請求書、検収記録、発注・納品記録などから帳簿へたどる必要があります。

サンプリングの証拠力は、抽出件数だけでなく、抽出方向によっても変わるのです。

統計的サンプリングと非統計的サンプリング

監査サンプリングには、統計的サンプリングと非統計的サンプリングがあります。

統計的サンプリングは、無作為抽出を前提とし、確率論に基づいてサンプル結果を評価する方法です。サンプリング・リスクを定量的に測定しやすい点に特徴があります。

非統計的サンプリングは、監査人の専門的判断に基づきサンプルを抽出・評価する方法で、判断サンプリングとも呼ばれます。統計的な確率計算による結論は得られませんが、適切に設計・実施・評価されれば、監査証拠として利用され得ます。

ここで押さえておきたいのは、統計的サンプリングを使えば自動的に正しい結論が得られるわけではない、という点です。母集団が誤っていれば、統計的手法を用いても結論は誤ります。抽出単位が監査目的に適合していなければ、計算上の精緻さは意味を持ちません。

反対に、非統計的サンプリングであっても、母集団、抽出単位、抽出方法、サンプル件数の考え方、例外事項の評価、結論の根拠が調書上で明確に説明されていれば、実務上有用な監査証拠となります。

統計的手法を用いるか非統計的手法を用いるかは監査人の判断事項であり、サンプル数だけで両者を区別するものではないとされています。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書530「監査サンプリング」

「統計的だから安全」「非統計的だから弱い」と単純化するのではなく、監査目的に照らして、どちらの方法が合理的かを判断することが求められます。

属性サンプリングと変数サンプリングを分けて考える

サンプリングの目的によって、属性サンプリングと変数サンプリングを分けて考える必要があります。

属性サンプリングは、統制が実施されているか、承認があるか、照合が行われているか、例外処理がレビューされているかといった、逸脱の有無を評価するために用いられます。内部統制の運用評価手続では、この属性サンプリングの考え方が重要になります。

一方、変数サンプリングは、金額の誤謬を推定するために用いられます。売掛金残高、棚卸資産評価、固定資産取得価額、引当金計算、費用計上額など、金額的な虚偽表示を評価する場面で関係してきます。

この区別が曖昧なままだと、サンプル結果の評価を誤ります。

統制の運用評価で1件の承認漏れが発見された場合、それは金額的な虚偽表示ではなく、統制逸脱として評価します。反対に、詳細テストで金額誤謬が発見された場合には、統制逸脱とは別に、虚偽表示として母集団へ推定する必要が生じることがあります。

つまり、例外事項が「統制逸脱」なのか「金額的虚偽表示」なのかを明確にしなければ、サンプル結果を正しく評価することはできません。

サンプル件数は、リスク・許容差異・予想差異・保証水準で変わる

サンプル件数は、固定的に決まるものではありません。

許容できるサンプリング・リスクが低いほどサンプル数を増やす必要があること、統制への依拠の程度、許容逸脱率、予想逸脱率、求める保証水準、母集団の性質などがサンプル数に影響することが整理されています。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書530「監査サンプリング」

実務でサンプル件数を考える際には、少なくとも次の観点を確認します。

  • リスクが高いほど、より多くの、またはより強い証拠が必要になる
  • 許容できる虚偽表示額または逸脱率が低いほど、サンプル件数は増える
  • 予想される虚偽表示または逸脱が多いほど、サンプル件数は増える
  • 統制への依拠の程度が高いほど、運用評価手続の証拠は強くなければならない
  • 母集団のばらつきが大きい場合には、層別化や別母集団化を検討する
  • 母集団が小さい場合には、サンプリングより精査の方が効率的なことがある

避けたいのは、「前年もこの件数だったから」「監査調書テンプレートがそうなっているから」「実務上よく見る件数だから」といった理由だけでサンプル件数を決めてしまうことです。

前年踏襲は、リスクが前年と同じであることを意味しません。システム変更、担当者変更、業務量増加、組織再編、新規取引、内部統制不備、経営者のインセンティブ変化。こうした事情があれば、必要なサンプル件数や抽出方法も変わり得ます。

J-SOXにおける「25件」は固定ルールではなく、前提付きの考え方である

内部統制監査の実務では、「25件」という件数が話題になることがあります。

2023年4月に公表された改訂後の内部統制基準・実施基準では、日常反復継続する取引について、統計上の二項分布を前提とすると、90%の信頼度を得るには、評価対象となる統制上の要点ごとに少なくとも25件のサンプルが必要になる旨が示されています。
出典:金融庁・企業会計審議会|財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準並びに財務報告に係る内部統制の評価及び監査に関する実施基準

しかし、この「25件」を、すべての統制、すべての母集団、すべての監査手続に機械的に適用するのは適切ではありません。

この考え方には、次のような前提があります。

  • 日常反復継続する取引であること
  • 統制上の要点ごとに評価すること
  • 統計上の二項分布を前提にすること
  • 90%の信頼度を想定すること
  • 属性サンプリングの考え方が背景にあること

したがって、重要な統制、非定型統制、年次統制、決算・財務報告プロセス、IT全般統制、経営者レビュー統制、見積り関連統制などでは、単純に25件を当てはめるのではなく、統制頻度、リスク、証拠の性質、統制の精度、母集団の性質を踏まえて判断する必要があります。

「25件見たから有効」とは限りません。「25件未満だから直ちに不十分」とも限りません。

重要なのは、その件数で、統制運用の有効性について説明可能な監査証拠を得られるかどうかです。

層別化は、効率化のためだけでなく、リスク対応のために行う

母集団にばらつきがある場合には、層別化を検討します。

層別化とは、母集団を比較的同質なグループに分け、それぞれの層に対して監査手続を実施する方法です。高額取引と小口取引、通常取引と非定型取引、国内取引と海外取引、手入力仕訳と自動仕訳、期末月取引と通常月取引、統制運用者が異なる取引などを分けることが考えられます。

母集団を、個別に識別可能な特徴を有する下位母集団に分ける層別化により、各層の項目のばらつきを減らし、サンプリングの効率性を高めることができるとされています。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書530「監査サンプリング」

ただし、層別化は単なる効率化手段ではありません。

  • 高額項目は金額的重要性が高いため個別検証し、小口多数取引はサンプリングで検証する
  • 非定型取引は特定項目抽出で深掘りし、通常反復取引はサンプリングで検証する
  • 期末日前後取引はカットオフリスクが高いため別母集団にする
  • システム移行後の取引は、旧システム時代の取引と分ける

このように、層別化は、リスクに応じて監査手続を最適化するための判断です。

層別化を行った場合には、各層で何を検証し、各層の結果を財務諸表全体の結論にどう統合するのかを、明確にしておく必要があります。

PPS・金額単位サンプリングは「高額項目に自然に焦点が当たる」手法である

金額単位サンプリングは、母集団の金額単位を抽出単位として扱う考え方です。一般にPPSサンプリングと呼ばれることがあります。

この方法では、金額の大きい項目ほど抽出される可能性が高くなります。売掛金残高、売上取引、棚卸資産、固定資産取得など、過大計上リスクを検証する場合に有用なことがあります。

金額単位を監査対象単位とするサンプリングでは、金額の大きい項目ほど抽出される可能性が高く、サンプル数が少なくなることがあるとされています。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書530「監査サンプリング」

ただし、金額単位サンプリングも万能ではありません。

小口多数の網羅性リスク、負債の過少計上、未記録取引、不正により意図的に小口分散された取引などには、別の手続が必要になることがあります。金額の大きい項目が抽出されやすいという特徴は、過大計上リスクには合いやすい一方で、過少計上リスクの検証には不向きな場合があります。

サンプリング手法は、監査目的とアサーションに合わせて選択する必要があります。

例外事項を「1件だけ」と軽く扱ってはいけない

サンプルテストで例外事項が発見された場合、監査人はその原因と影響を検討しなければなりません。

識別した逸脱や虚偽表示については、その内容と原因を調査し、監査手続の目的や監査の他の領域に及ぼす影響を評価することが求められます。また、例外的な事象と判断する場合には、その虚偽表示や逸脱が母集団を代表していないことについて高い心証を得るため、追加の監査手続を実施することが求められています。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書530「監査サンプリング」

「1件だけだから問題ない」とは限りません。

  • その1件が偶発的な入力ミスなのか
  • 統制が運用されていないことを示す逸脱なのか
  • 特定担当者、特定拠点、特定取引類型に共通する問題なのか
  • システム設定や承認フローの不備を示しているのか
  • 経営者による内部統制の無効化や不正リスクにつながる兆候なのか
  • 母集団全体に同様の誤りが存在する可能性があるのか

これらを検討しないまま「軽微」と結論付けることは、危険をともないます。

とりわけ、例外事項に共通の特徴がある場合には、母集団を再定義し、その特徴を有する項目について追加手続を実施することがあります。識別した逸脱または虚偽表示に共通する特徴がある場合、その特徴を有する母集団内のすべての項目を識別し、監査手続を拡大することを決定することがあるとされています。また、そのような逸脱または虚偽表示が意図的である可能性を示している場合には、不正の可能性を考慮する必要があります。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書530「監査サンプリング」

例外事項は、単なる差異処理ではありません。リスク評価を見直すシグナルになることがあります。

統制逸脱を発見した場合の考え方

内部統制の運用評価手続で逸脱が発見された場合には、その逸脱が統制の有効性にどう影響するかを検討します。

重要なのは、逸脱の件数だけではありません。逸脱の性質こそが重要です。

  • 承認がない
  • 承認者が適切でない
  • 承認日が処理後である
  • レビュー証跡が形式的である
  • 例外処理がレビューされていない
  • 統制実施者が統制の目的を理解していない
  • 特定期間だけ運用されていない
  • 担当者変更後に逸脱が増えている
  • システム変更後に統制が機能していない

これらは、単なるサンプル上の差異ではなく、統制リスクに影響します。

統制への依拠を予定していた場合、逸脱の発見により、依拠の程度を見直す必要が生じます。統制に依拠できない場合には、実証手続の種類・時期・範囲を変更しなければならないこともあります。

運用評価手続における予想外に高い逸脱率は、追加の監査証拠を入手しない限り、評価した重要な虚偽表示リスクを高める可能性があるとされています。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書530「監査サンプリング」

統制逸脱は、内部統制評価だけで完結しません。財務諸表監査のリスク対応手続にまで波及します。

金額的虚偽表示を発見した場合の考え方

詳細テストで金額的虚偽表示が発見された場合には、その虚偽表示を母集団にどう投影するかを検討します。

詳細テストにおいては、抽出したサンプルから発見された虚偽表示について、母集団全体の虚偽表示額を推定することが求められます。あわせて、サンプリングの結果が母集団に関する結論のための合理的な基礎を提供しているかを評価する必要があります。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書530「監査サンプリング」

ここで注意したいのは、発見された虚偽表示の金額だけを見るのでは不十分だという点です。

  • 虚偽表示の原因は何か
  • 母集団全体に同様の誤りが存在するか
  • 特定の条件を持つ項目に偏っていないか
  • 質的重要性はないか
  • 不正リスクに関係しないか
  • 開示や注記に影響しないか
  • 未修正虚偽表示として累積すべきか
  • 内部統制不備として評価すべきか

詳細テストのサンプリング結果は、虚偽表示評価、未修正差異、内部統制不備、監査意見形成へと接続していきます。「差異を会社に修正してもらった」で終わるものではありません。

サンプルに対して手続を実施できない場合

抽出したサンプルについて、予定した監査手続を実施できないことがあります。

  • 資料が存在しない
  • 確認回答が得られない
  • 証憑が紛失している
  • システムデータが再現できない
  • 取引先が消滅している
  • 会社が十分な説明をできない
  • 代替証拠も入手できない

このような場合に、単に「別のサンプルに差し替える」という処理は、原則として慎重であるべきです。サンプルに対して監査手続を実施できないという事実そのものが、統制逸脱や虚偽表示の兆候である可能性があるためです。

選択した項目に対して監査手続または適切な代替手続を実施できない場合には、運用評価手続では内部統制からの逸脱として、詳細テストでは虚偽表示として取り扱うことが求められています。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書530「監査サンプリング」

サンプル差し替えは、監査上の問題を消すための処理ではありません。なぜ当初サンプルについて手続を実施できなかったのか、代替手続で十分な証拠を得られるのか、同様の問題が母集団に広がっていないか。ここを検討することが必要です。

サンプリング結果が十分でない場合、監査手続を見直す

サンプリング結果が、母集団に関する合理的な結論を支えないことがあります。

  • 例外事項が多い
  • 虚偽表示額が想定より大きい
  • 共通原因がある
  • 母集団の完全性に疑義がある
  • サンプルに対して手続を実施できない項目がある
  • 統制への依拠が困難になった
  • リスク評価が当初想定より高くなった

こうした場合、監査人は、当初の手続を形式的に完了させるだけでは足りません。

サンプリングにより、検証対象母集団に関する結論を導くための合理的な基礎を得ていないと判断する場合には、経営者に対して識別された虚偽表示や追加的虚偽表示の可能性を調査し必要な修正を行うことを依頼する、またはリスクに最もよく対応する監査手続の種類・時期・範囲を修正することが例示されています。具体的には、サンプル数の増加、代替的な内部統制の検証、実証手続の修正などが考えられます。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書530「監査サンプリング」

ここで重要になるのは、サンプリング結果を監査計画へフィードバックすることです。

当初のサンプリング計画は、あくまで当初のリスク評価に基づくものです。サンプルテストの結果、当初想定と異なる事実が発見されたのであれば、リスク評価、内部統制への依拠、実証手続、審査対応、監査役等への報告を見直す必要があります。

母集団の完全性・正確性を確認しなければ、サンプリングは成り立たない

サンプリングは、母集団そのものが完全かつ正確であることを前提としています。

会社から受領した売上明細、仕訳データ、支払一覧、棚卸一覧、固定資産台帳、承認ログ、ワークフロー一覧などをそのまま母集団とする場合、その一覧が本当に対象取引を網羅しているのか、抽出条件は適切か、総勘定元帳や補助元帳と一致しているか、システムから改ざんされずに出力されているかを確認する必要があります。

母集団に漏れがあれば、どれだけ正確にサンプルを抽出しても、漏れた項目について監査証拠を得ることはできません。母集団に誤った項目が含まれていれば、サンプリング結果の評価も歪みます。

とくに、電子データを母集団とする場合には、次の点が重要になります。

  • 出力対象期間は正しいか
  • 抽出条件は監査目的に適合しているか
  • 取消・修正・削除データは含まれているか
  • 複数システムに分散していないか
  • 権限者による加工が加わっていないか
  • 総勘定元帳、補助元帳、開示基礎資料と整合するか
  • システム変更やマスタ変更の影響を受けていないか
  • データの完全性・正確性を支えるIT統制は機能しているか

サンプリングの議論は、IT統制や決算・財務報告プロセスと切り離せません。母集団を構成するデータが信頼できなければ、サンプリング結果も信頼できないからです。

サンプリングは、監査上の重要性と結びつけて評価する

サンプリング結果の評価は、監査上の重要性と結びついています。

詳細テストで発見された虚偽表示は、母集団への推定、個別の重要性、累積虚偽表示、未修正虚偽表示、質的重要性を踏まえて評価します。

運用評価手続で発見された逸脱は、統制への依拠の可否、統制リスクの評価、実証手続への影響、内部統制不備の評価に反映します。

ここでいう重要性は、金額的重要性だけを指すものではありません。

  • 経営者による判断が関係する項目
  • 不正リスクに関係する項目
  • 契約条項や財務制限条項に影響する項目
  • KAM候補となる見積り論点
  • 内部統制報告制度上の開示すべき重要な不備につながる可能性がある項目
  • 投資家の判断に影響する開示項目

こうした論点では、金額が相対的に小さくても、サンプリング結果の質的評価が重要になります。

試査は、監査上の重要性を前提に設計し、重要性を踏まえて評価するものです。

試査の範囲を広げるべき場面

次のような場合には、サンプル件数の増加、母集団の再定義、追加手続、精査への切替えを検討します。

  • 当初想定より例外事項が多い
  • 発見された例外事項に共通の特徴がある
  • 母集団の完全性に疑義がある
  • 内部統制に依拠する前提が崩れた
  • 経営者による内部統制の無効化リスクが関係する
  • 期末日前後の取引に偏って誤りがある
  • システム変更後の取引に誤りが集中している
  • 特定担当者・特定拠点・特定取引先に偏りがある
  • 会社作成資料の信頼性に疑義がある
  • 不正リスクを示す兆候がある
  • 見積りや開示に波及する可能性がある

このような状況で、当初計画した件数だけを見て手続を終えてしまうと、監査判断として説明しにくくなります。

監査は、計画どおりに実施することだけが目的ではありません。計画と異なる事実が発見されたときに、監査人がどのように対応を変えるか。そこが問われます。

試査を縮小できる場面

一方で、すべての領域で過度なサンプル件数を設定する必要はありません。

  • リスクが低い
  • 内部統制が有効に運用されている
  • 取引が大量反復的で予測可能である
  • 過年度から大きな変化がない
  • 分析的手続で合理的な関係が確認できる
  • 母集団が均質である
  • 他の手続により十分な証拠が得られている
  • 金額的重要性が低い
  • 財務諸表全体への影響が限定的である

こうした場合には、監査資源をより重要な領域へ配分することが合理的です。

ただし、試査を縮小する場合にも、なぜ縮小できるのかを説明できなければなりません。時間がないから、前年も少なかったから、会社の資料準備が遅れているから。こうした理由では不十分です。

効率化とは、証拠形成を軽く扱うことではありません。リスクに応じて監査資源を配分することです。

監査調書に残すべきこと

サンプリングに関する監査調書では、少なくとも次の事項を追跡できるようにしておく必要があります。

  • 監査目的
  • 対象アサーション
  • 母集団の定義
  • 母集団の完全性・正確性の確認方法
  • 抽出単位
  • 抽出方法
  • サンプル件数の考え方
  • 統計的手法か非統計的手法か
  • 層別化の有無と理由
  • 特定項目抽出との切り分け
  • 実施した監査手続
  • 発見された逸脱または虚偽表示
  • 例外事項の原因分析
  • 母集団への投影または影響評価
  • 追加手続の要否
  • 最終的な結論
  • 監査計画・リスク評価・意見形成への影響

監査調書は、実施した監査手続、入手した監査証拠、到達した結論を記録するものであり、経験豊富な監査人が、以前に当該監査に関与していなくても、手続の種類・時期・範囲、結果、重要な事項、結論、重要な判断を理解できるように作成することが求められます。また、口頭による説明だけでは、実施した作業や結論を十分に裏付けることはできないとされています。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書230「監査調書」

サンプリング調書の弱さは、しばしば「件数は書いてあるが、判断が残っていない」という形で表れます。

  • なぜその母集団なのか
  • なぜその件数なのか
  • なぜその例外を母集団全体に広げないのか
  • なぜ追加手続不要と判断したのか
  • なぜ統制に依拠できるのか
  • なぜ虚偽表示が重要ではないと判断したのか

これらが調書上で追えなければ、審査担当者やレビュー担当者に対して説明可能な監査判断とはいえません。

サンプリングで避けるべき実務上の落とし穴

試査・サンプリングには、避けるべき落とし穴がいくつかあります。

第一に、サンプル件数だけで安心すること。 件数が多くても、母集団や抽出方向が誤っていれば、監査証拠として弱くなります。

第二に、特定項目抽出を監査サンプリングと混同すること。 高額項目を見た結果は、未抽出項目についての結論を直接支えません。

第三に、母集団の完全性・正確性を確認しないこと。 会社作成一覧をそのまま信頼すると、母集団漏れや抽出条件の誤りを見落とす可能性があります。

第四に、ブロック抽出や恣意的抽出に依存すること。 特定期間や特定番号帯だけを選ぶと、母集団全体を代表しない可能性があります。

第五に、例外事項を軽く扱うこと。 1件の逸脱でも、共通原因、不正リスク、内部統制不備、虚偽表示評価に波及することがあります。

第六に、前年踏襲で件数と方法を決めること。 リスク、内部統制、システム、担当者、取引環境が変われば、サンプリング設計も変わります。

第七に、サンプリング結果を監査計画に戻さないこと。 例外事項や予想外の虚偽表示が発見された場合には、リスク評価や手続設計を見直す必要があります。

第八に、調書に判断過程を残さないこと。 抽出結果と結論だけでは、後から説明できる監査判断になりません。

試査は、監査の効率性と説明責任をつなぐ技法である

試査は、監査人がすべてを見ないことを正当化するための形式ではありません。

むしろ、リスクに応じて監査資源を配分し、母集団全体について合理的な結論を形成するための、専門的な技法です。

そのためには、次の流れを一貫させる必要があります。

  1. 監査目的を明確にする
  2. 対象アサーションを設定する
  3. 母集団を定義する
  4. 母集団の完全性・正確性を確認する
  5. 抽出単位を決める
  6. 抽出方法を選ぶ
  7. サンプル件数をリスクに応じて決める
  8. 例外事項を評価する
  9. 必要に応じて追加手続を行う
  10. 母集団全体への結論を形成する
  11. 調書に判断過程を残す
  12. 監査計画、リスク評価、内部統制評価、虚偽表示評価、意見形成へ反映する

この流れがあって初めて、試査は「一部しか見ていない手続」ではなく、「母集団全体について説明可能な心証を得る手続」になります。

監査を、作業ではなく説明責任をともなう専門的判断として捉えるならば、サンプリングは単なる件数管理ではありません。監査品質そのものに関わる論点です。

試査・サンプリングの設計で迷う場合

試査・サンプリングは、基準を読めば一律に答えが出る領域ではありません。母集団の性質、リスク評価、内部統制の実効性、会社作成資料の信頼性、IT環境、会計上の見積り、不正リスク、開示への影響を踏まえて設計する必要があります。

とくに、次のような状況では、早い段階で論点を整理しておくことが重要です。

  • サンプル件数の根拠を審査担当者に説明しにくい
  • 母集団の定義が曖昧なまま手続を進めている
  • 会社作成データの完全性・正確性に不安がある
  • 統制逸脱が発見され、統制への依拠を継続できるか迷っている
  • 詳細テストで虚偽表示が発見され、母集団への影響評価が必要になっている
  • 高額項目抽出と監査サンプリングの切り分けが不明確になっている
  • J-SOXの運用評価手続と財務諸表監査の実証手続の接続を整理したい
  • レビューや審査に耐えるサンプリング調書を整備したい

犬飼公認会計士・税理士事務所では、会計監査、内部統制、財務報告、開示、会計上の見積り、不正リスクを横断し、後から説明できる監査判断・論点整理を重視しています。

試査・サンプリング設計、母集団の整理、内部統制評価、監査証拠の評価、審査・レビューを見据えた監査調書や説明資料の作成についてご相談を希望される場合は、犬飼公認会計士・税理士事務所HPのお問い合わせページよりお問い合わせください。

振り返り|試査・サンプリング・母集団の考え方

論点実務上の確認ポイント
試査の位置づけすべてを見ないための省略ではなく、母集団全体について合理的な結論を形成する手続である
精査母集団の全項目を検証する方法。少数・高リスク・非定型・重要項目では有効になり得る
特定項目抽出高額・異常・非定型など特定項目を抽出する方法。未抽出項目について母集団全体の結論を直接導くものではない
監査サンプリング母集団全体に関する結論を得るため、母集団内の100%未満の項目に監査手続を適用する方法
母集団監査人が結論を導きたい対象全体。期間、拠点、システム、取引種類、除外項目を明確にする
抽出単位取引、伝票、請求書、明細行、仕訳、承認記録、金額単位など。監査目的に応じて設定する
抽出方向帳簿から証憑へたどると実在性・発生、証憑から帳簿へたどると網羅性に効きやすい
統計的サンプリング無作為抽出と確率論に基づく評価を行う方法。サンプリング・リスクを定量化しやすい
非統計的サンプリング監査人の専門的判断に基づく方法。確率論による結論は得られないが、適切に設計すれば監査証拠となり得る
属性サンプリング統制逸脱の有無を評価する方法。内部統制の運用評価手続で重要になる
変数サンプリング金額的虚偽表示を推定する方法。詳細テストで重要になる
サンプル件数リスク、許容逸脱率・許容虚偽表示額、予想逸脱率・予想虚偽表示、求める保証水準、母集団の性質で変わる
J-SOXの25件日常反復継続する取引、二項分布、90%信頼度などの前提がある。固定的な万能ルールではない
層別化母集団を同質な層に分け、リスクやばらつきに応じて効率的・効果的に手続を設計する
例外事項件数だけでなく、原因、共通性、不正リスク、内部統制不備、母集団への影響を評価する
手続不能サンプル代替手続ができない場合、統制逸脱または虚偽表示として扱う必要がある
調書化母集団、抽出単位、抽出方法、件数根拠、例外評価、追加手続、結論を後から追跡できるように残す
実務上の核心サンプリングは件数管理ではなく、リスク・アサーション・母集団・証拠評価・説明可能性を統合する監査判断である
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