見積り論点とKAM候補の関係|会計上の見積りを監査報告につなげる判断軸

会計上の見積りは、KAMの候補になりやすい領域です。

ただ、「見積りだからKAMになる」という理解は、やはり粗すぎます。かといって、「特別な検討を必要とするリスクではないからKAMではない」と切り捨てるのも危険です。

KAM候補としての見積り論点は、会計処理の難しさだけで決まるものではありません。監査上どこに特に注意を払ったのか。どの経営者判断が重要だったのか。どの仮定に不確実性が集中しているのか。財務諸表注記がどの程度の説明力を持っているのか。そして、監査役等とどのようなコミュニケーションを行ったのか。これらを一連の監査判断として整理する必要があります。

本稿では、7-1から7-4までで扱った会計上の見積り、監査手続、経営者バイアス、見積り開示を前提に、見積り論点がどのような場合にKAM候補となり、どのように監査報告書・注記・監査役等コミュニケーションへ接続するのかを整理します。

なお、本稿で扱うのはKAM候補の判断軸です。監査報告書における具体的なKAM記載、文案設計、他社事例との比較については、11-2「KAMの決定プロセスと記載判断」で取り上げます。

目次

KAMは「監査上特に重要であった事項」を利用者に説明する制度である

KAMは、監査人が実施した監査の透明性を高め、監査報告書の情報価値を高めることを目的として導入された制度です。金融庁は、KAMが2018年7月公表の「監査基準の改訂に関する意見書」により日本の監査実務に導入され、2021年3月期から、一部を除く金融商品取引法監査が適用される会社に対して監査報告書への記載が求められていると説明しています。
出典:金融庁|「監査上の主要な検討事項(KAM)」の実務の定着と浸透に向けた取組みについて

監査基準報告書701において、KAMは、当年度の財務諸表監査において監査人が職業的専門家として特に重要であると判断した事項とされています。ここで重要なのは、KAMが監査人の頭の中だけで決まるものではないという点です。監査役等とコミュニケーションを行った事項の中から選択されます。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書701 独立監査人の監査報告書における監査上の主要な検討事項の報告

したがって、KAM候補の判断は、監査報告書作成段階における単なる文案検討ではありません。監査計画、リスク評価、期中監査、見積り監査、注記検討、監査役等との協議、審査対応、監査意見形成。これらがつながった結果として、KAM候補が形成されていきます。

見積り論点がKAM候補になりやすい理由

会計上の見積りには、金額を直接観察できないという性質があります。監査基準報告書540は、会計上の見積りを、金額の測定に見積りの不確実性を伴うものと定義したうえで、見積りの不確実性、複雑性、主観性その他の固有リスク要因が重要な虚偽表示リスクに影響することを示しています。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書540 会計上の見積りの監査

会計上の見積りでは、方法、仮定、基礎データ、専門家の利用、経営者の判断が幾重にも重なります。減損であれば将来キャッシュ・フロー、税効果であれば将来課税所得、退職給付であれば割引率や昇給率、金融商品であれば観察不能なインプット、引当金であれば発生可能性や見積金額が問題になります。

これらはいずれも、財務諸表利用者にとって関心が高くなりやすい領域です。監査基準報告書701でも、見積りの不確実性の程度が高い会計上の見積りを含む、経営者の重要な判断を伴う財務諸表の領域に関連する監査人の重要な判断は、監査人が特に注意を払った事項を決定する際の考慮事項として位置づけられています。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書701 独立監査人の監査報告書における監査上の主要な検討事項の報告

ただし、ここで注意しておきたいことがあります。「見積りの不確実性がある」ことと「KAMである」ことは、同義ではありません。KAM候補として扱うには、その見積りが当年度監査において監査人が特に注意を払った事項であり、さらに職業的専門家として特に重要であると判断した事項である必要があります。

KAM決定プロセスを三段階で理解する

見積り論点とKAM候補の関係は、次の三段階で整理すると明確になります。

段階判断の内容見積り論点との関係
第1段階監査役等とコミュニケーションした事項重要な会計上の見積り、注記、リスク評価、監査手続結果を共有する
第2段階監査人が特に注意を払った事項特別な検討を必要とするリスク、高い見積り不確実性、重要な事象・取引を考慮する
第3段階その中で特に重要と判断した事項当年度監査においてKAMとして報告すべき事項を絞り込む

監査基準報告書701は、監査人が監査役等とコミュニケーションを行った事項の中から、監査を実施する上で特に注意を払った事項を決定し、その中からさらに、当年度監査において職業的専門家として特に重要であると判断した事項をKAMとして決定することを求めています。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書701 独立監査人の監査報告書における監査上の主要な検討事項の報告

このプロセスを踏まえずに、期末になって「今年のKAMは昨年と同じでよいか」と考え始めると、KAMは形骸化します。KAM候補は、期末の文案作成で突然生まれるものではありません。監査計画段階から、論点として少しずつ育っていくものです。

「見積り領域名」ではなく「どの仮定が重要か」まで分解する

見積り論点をKAM候補として検討する際に最も多い失敗は、粒度が粗いまま判断してしまうことです。

たとえば、「固定資産の減損」「繰延税金資産の回収可能性」「のれんの評価」「金融商品の時価」といった領域名だけでは、KAM候補の判断として十分ではありません。監査人が特に注意を払ったのは、固定資産の減損全体なのか、減損兆候の判断なのか、資産グルーピングなのか。あるいは将来キャッシュ・フローなのか、割引率なのか、事業計画の達成可能性なのか。ここを明確にする必要があります。

実務上も、KAM候補の検討では、会計上の見積りについて、どこに見積りの要素があり、その見積りの不確実性がどの程度かを、従来より精緻に検討することが求められます。固定資産の減損についても、単に「減損の見積り」と捉えるのではなく、どの仮定に見積りの不確実性が高いかという観点から検討する必要があります。

KAM候補の検討単位は、勘定科目名ではありません。監査上の注意が集中した判断単位です。

粗い整理KAM候補として検討すべき粒度
固定資産の減損減損兆候、資産グルーピング、将来キャッシュ・フロー、割引率、回収可能価額
繰延税金資産会社区分、将来課税所得、スケジューリング、タックスプランニング、欠損金の利用可能性
退職給付割引率、昇給率、退職率、年金資産の期待運用、数理計算の専門家利用
金融商品の時価評価技法、観察不能なインプット、第三者価格、流動性調整、信用リスク
引当金発生可能性、見積金額、訴訟見通し、保証実績率、撤退コスト
収益認識変動対価、履行義務、進捗度、契約結合、顧客との合意内容

「何が難しかったか」を言語化できなければ、KAM候補としての説明可能性は弱いままです。

特別な検討を必要とするリスクとKAMは一致しない

特別な検討を必要とするリスクは、KAM候補を考えるうえで重要な出発点になります。しかし、両者は一致するものではありません。

監査基準報告書701は、特別な検討を必要とするリスク、または重要な虚偽表示リスクが高いと評価された領域を、監査人が特に注意を払った事項を決定する際の考慮事項としています。その一方で、すべての特別な検討を必要とするリスクがKAMになるわけではないことも示しています。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書701 独立監査人の監査報告書における監査上の主要な検討事項の報告

たとえば、収益認識に関する不正リスクや経営者による内部統制の無効化は、監査基準上、特別な検討を必要とするリスクとして扱われることがあります。しかし、それが会社固有の監査上特に重要な事項として利用者に説明すべき内容を持たない場合には、KAMとして記載することが必ずしも有用とは限りません。

逆のケースもあります。見積りの不確実性が高い会計上の見積りについては、特別な検討を必要とするリスクとして識別していない場合でも、財務諸表利用者の関心が高く、経営者判断への依存度が高いために、監査人が特に注意を払った事項となることがあります。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書701 独立監査人の監査報告書における監査上の主要な検討事項の報告

整理すると、次のようになります。

状況KAM候補としての評価
特別な検討を必要とするリスクであり、会社固有の重要判断があるKAM候補になりやすい
特別な検討を必要とするリスクだが、一般的・定型的で会社固有性が乏しいKAMとしない判断もあり得る
特別な検討を必要とするリスクではないが、見積り不確実性が高く利用者の関心が高いKAM候補になり得る
金額的重要性は高いが、見積り不確実性や監査上の困難性が低いKAM候補としては相対的に弱い
金額は相対的に小さいが、質的重要性、注記、GC、不正リスクに関係するKAM候補として検討が必要になることがある

KAM候補の判断で問われるのは、リスク区分のラベルではありません。監査人がなぜ特に注意を払ったのかを、自分の言葉で説明できるかどうかです。

KAM候補になりやすい見積り論点の判断軸

見積り論点がKAM候補となるかどうかは、単一の要素では決まりません。次の要素を総合して判断していきます。

判断軸確認すべき内容
金額的重要性財務諸表全体、純資産、利益、主要指標に与える影響
見積り不確実性将来結果との乖離可能性、感応度、予測期間の長さ
経営者判断事業計画、仮定、分類、スケジューリング、回収可能性の判断
複雑性評価技法、モデル、複数シナリオ、データ加工、連結影響
主観性客観的外部証拠が乏しいか、経営者の意図や判断に依存するか
専門家利用経営者の利用する専門家、監査人の利用する専門家の関与
監査上の対応の深度手続の種類、時期、範囲、専門的検討、審査関与
監査役等との協議計画段階から継続的に議論されたか、重要な見解差があったか
注記との関係見積り開示、主要な仮定、翌年度影響が十分に説明されているか
利用者の関心事業継続性、収益力、財政状態、将来業績に重要な示唆を持つか

とりわけ監査基準報告書540は、見積りの不確実性が高い場合、または見積りが複雑性・主観性その他の固有リスク要因によって大きく影響を受ける場合には、職業的懐疑心の重要性が高まるとしています。そのうえで監査人には、会計上の見積り及び関連する注記事項が合理的であるか、または虚偽表示であるかを評価することが求められます。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書540 会計上の見積りの監査

KAM候補の判断は、監査上の困難性と、利用者への説明価値。その交差点で行うべきものです。

注記参照はKAMの前提であり、KAMは注記不足の代替ではない

見積り論点がKAM候補となる場合、財務諸表注記との関係が極めて重要になります。

監査基準報告書701は、KAMの記載にあたり、関連する財務諸表における注記事項がある場合には、その注記事項への参照を記載することを求めています。またKAMは、財務諸表の表示及び注記事項の代替ではなく、除外事項付意見、継続企業の前提に関する重要な不確実性の報告、個別事項への意見表明の代替でもありません。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書701 独立監査人の監査報告書における監査上の主要な検討事項の報告

この点は、実務上、非常に重要です。

会社の見積り注記が不十分であるならば、監査人がKAMで詳しく書けばよい。こうした発想は誤りです。KAMは監査人の監査上の対応を説明するものであって、会社が開示すべき財務諸表注記を補完するための制度ではありません。

企業会計基準第31号「会計上の見積りの開示に関する会計基準」は、会計上の見積りについて、財務諸表作成時に入手可能な情報に基づいて合理的な金額を算出するものとしています。そのうえで、当年度の財務諸表に計上した金額が会計上の見積りによるもののうち、翌年度の財務諸表に重要な影響を及ぼすリスクがある項目について、財務諸表利用者の理解に資する情報を開示することを目的としています。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準第31号 会計上の見積りの開示に関する会計基準

同基準はさらに、識別した項目について、当年度の財務諸表に計上した金額と、会計上の見積りの内容について財務諸表利用者の理解に資するその他の情報を注記することを求めています。その他の情報には、算出方法や主要な仮定などが含まれます。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準第31号 会計上の見積りの開示に関する会計基準

KAM候補を検討する段階で、監査人は次の問いを持っておきたいところです。

問い実務上の意味
会社の注記は、見積りの内容を説明しているかKAMが参照する土台があるか
主要な仮定は開示されているかKAMの決定理由と整合するか
翌年度影響や不確実性が説明されているか利用者が監査上の重要性を理解できるか
KAMで説明する監査上の対応と注記の内容が対応しているか監査報告書と財務諸表が分断されていないか
注記が一般論にとどまっていないか会社固有の判断が見えるか

KAMと注記は、相互に補完し合う関係にあります。しかし、その役割は異なります。会社の注記は経営者による財務報告上の説明であり、KAMは監査人による監査上の重要判断の説明です。

KAMにおける「監査上の対応」は、監査手続の羅列ではない

KAMに記載する監査上の対応は、監査手続の網羅的な一覧ではありません。

監査基準報告書701は、KAM区分において、関連する注記事項への参照、個々のKAMの内容、KAMに決定した理由、当該事項に対する監査上の対応を記載することを求めています。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書701 独立監査人の監査報告書における監査上の主要な検討事項の報告

見積り論点について監査上の対応を整理する際、重要なのは「どの監査手続を実施したか」だけではありません。なぜその手続が、当該見積りの不確実性、経営者判断、主要な仮定に対応しているのか。そこを説明できることです。

見積り論点監査上の対応として説明すべき焦点
将来キャッシュ・フロー事業計画の合理性、過年度達成状況、外部環境、感応度
割引率算定方法、資本コスト、同業他社比較、専門家利用
課税所得見込み過年度課税所得、事業計画、スケジューリング、タックスプランニング
時価評価評価技法、インプット、第三者価格、専門家の評価
引当金発生可能性、過去実績、外部証拠、弁護士見解、後発事象
退職給付数理計算、基礎率、制度変更、年金資産、専門家の利用

監査上の対応を「資料を閲覧した」「質問した」「検討した」という表現で終わらせてしまうと、利用者に監査の内容は伝わりません。かといって、監査手続を過度に詳細に書き込めば、監査調書の抜粋のようになり、KAMの読みやすさが損なわれます。

KAM候補の段階で重要なのは、「この見積りのどの不確実性に対して、どの監査上の対応を行ったのか」を論理的に結びつけておくことです。

「KAM候補になる見積り」と「KAMにしない見積り」の違い

見積り論点の中には、金額的重要性が高くてもKAMにならないものがあります。逆に、金額が相対的に小さくても、質的重要性や不確実性の高さからKAM候補となるものもあります。

見積りの状況KAM候補としての強さ
金額的重要性が高く、将来情報への依存度も高い強い
金額的重要性が高いが、外部価格等により客観性が高い中程度又は弱い
金額は相対的に小さいが、GC、不正、資金繰り、重要な契約に関係する強くなることがある
過年度から継続する定型見積りで、重要な変更がない相対的に弱い
前期KAMであったが、当期に不確実性や監査上の困難性が低下したKAMから外す判断もあり得る
当期に事業環境が急変し、前提仮定の見直しが必要になった強い
会社と監査人の間で見解差が大きい強い
注記の充実度が低く、利用者理解に課題が残るKAM以前に開示修正・追加検討が必要

KAM候補の判断は、「前年と同じかどうか」ではありません。「当年度監査において何が特に重要であったか」で行います。

日本公認会計士協会も、KAMの適用3年目に関する周知文書において、ボイラープレート化の防止とKAMの有用性向上という観点から留意事項を取りまとめています。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書701周知文書第2号「監査上の主要な検討事項(KAM)の適用3年目に関する周知文書」の公表について

前期のKAMをそのまま使うことは、形式的には効率的に見えるかもしれません。しかし、当年度の事業環境、見積り仮定、監査手続、注記、監査役等との議論が変化しているにもかかわらず文言が変わらないのであれば、KAMは監査の透明性を高めるという機能を失ってしまいます。

固定資産の減損がKAM候補になる場面

固定資産の減損は、KAM候補となりやすい代表的な見積り論点です。

ただし、減損という領域名だけでは不十分です。減損兆候、資産グルーピング、減損損失の認識判定、測定、回収可能価額、将来キャッシュ・フロー、割引率。このうち、どの判断が監査上特に重要だったのかまで分解します。

検討過程KAM候補となる判断
減損兆候業績悪化、稼働率低下、市場環境悪化が一時的か継続的か
資産グルーピングキャッシュ・フローの独立性、管理単位、事業再編との整合
認識判定割引前将来キャッシュ・フローの見積り
測定使用価値、正味売却価額、割引率、処分価額
注記主要な仮定、不確実性、翌年度影響の説明

固定資産の減損では、将来キャッシュ・フローの見積りがKAMとなる可能性が高く、状況によっては資産グルーピングや減損兆候の判定もKAM候補になります。特に、「著しい」低下・悪化に該当するかどうかの判断には経営者の主観性が含まれやすく、監査上の重要判断となり得ます。

監査調書上、「固定資産の減損をKAM候補とした」とだけ書くのでは不十分です。少なくとも、どの資産グループ、どの仮定、どの不確実性、どの監査手続、どの注記に関係するのかを明確にしておきます。

繰延税金資産の回収可能性がKAM候補になる場面

繰延税金資産の回収可能性も、典型的なKAM候補です。

判断の中心となるのは、将来課税所得、一時差異のスケジューリング、タックスプランニング、会社区分、欠損金の利用可能性です。単に「税効果会計は見積りだからKAM」とするのではなく、どの検討過程に不確実性があるのかを特定します。

検討過程KAM候補となる判断
会社区分経営環境の変化、過去実績、欠損金発生原因
将来課税所得事業計画、利益率、売上成長、費用削減計画
スケジューリング一時差異の解消時期、解消可能性
タックスプランニング実行可能性、経営者の意思、法的・税務上の実現可能性
注記回収可能性判断の主要な仮定と翌年度影響

繰延税金資産の回収可能性では、一時差異等加減算前課税所得の見積り、見積可能期間内の解消年度のスケジューリング、タックスプランニングなどが将来情報を多く含むため、一般的にKAM候補となり得ます。また状況によっては、過去情報に基づく検討が中心となる会社区分の判定も、KAMとなる可能性があります。

繰延税金資産のKAM候補判断では、減損や継続企業の前提と同じ事業計画を使っている場合に、仮定の整合性が重要になります。減損では保守的、税効果では楽観的。同じ会社の同じ事業計画が論点ごとに別の顔を持っているのであれば、監査人はその整合性を説明できなければなりません。

金融商品・時価評価がKAM候補になる場面

金融商品の時価評価は、評価技法やインプットの複雑性が高い場合にKAM候補となりやすい領域です。

ただし、上場株式のように直近の市場価格に基づく評価が中心であれば、見積り不確実性は相対的に低いこともあります。一方で、非上場株式、複雑なデリバティブ、流動性の乏しい金融商品、第三者価格の調整、レベル3インプットを含む評価では、KAM候補としての検討が必要になります。

判断軸確認すべき内容
評価技法マーケット・アプローチ、インカム・アプローチ、コスト・アプローチ
インプット観察可能性、流動性、信用リスク、割引率
第三者価格価格提供者の信頼性、価格のばらつき、会社による調整
専門家利用経営者の専門家、監査人の専門家の関与範囲
注記時価レベル、評価技法、重要なインプット、不確実性

時価評価は、監査人が評価専門家を利用することも多い領域です。KAM候補として検討する際には、「専門家を利用した」という事実だけでは足りません。専門家の関与が必要となった理由、監査人が専門家の業務をどのように評価したか、経営者が採用した評価技法・インプットがどのように監査上の重要判断に結びついたか。ここまで整理しておきます。

収益認識に含まれる見積りがKAM候補になる場面

収益認識は不正リスクの文脈で取り上げられることが多い領域です。しかしその一方で、会計上の見積りとしてKAM候補になる場面もあります。

たとえば、変動対価、一定の期間にわたり充足される履行義務、進捗度の測定、契約の結合、履行義務の識別、保証サービスと製品保証引当金の区別。こうした論点では、経営者判断と見積りが密接に関係します。

収益認識に関する見積りでは、契約の識別、履行義務の識別、取引価格の算定、履行義務への配分、進捗度の測定などに経営者の主観性や専門的知識が関係し、一定の期間にわたり充足される履行義務はKAMとなることが多いと整理されます。

この場合も、「収益認識」全体をKAM候補とするのではありません。どの契約類型、どの履行義務、どの変動対価、どの進捗度測定が監査上特に重要だったのかを明確にします。

KAM候補は監査役等コミュニケーションから生まれる

KAMは、監査役等とコミュニケーションを行った事項の中から選択されます。

裏を返せば、監査役等とのコミュニケーションが形式的であれば、KAM候補の判断もまた形式的なものになります。監査役等に対して、期末に突然「この論点をKAMにします」と説明するのでは遅すぎます。

実務上は、次のようなタイミングでKAM候補を段階的に共有していくことが望まれます。

時期共有すべき内容
監査計画段階重要な見積り領域、特別なリスク、想定KAM候補
期中監査段階見積りプロセス、内部統制、基礎データ、未解決課題
期末監査前主要な仮定、会社の注記方針、必要資料、審査論点
期末監査中監査手続結果、会社との見解差、修正・追加開示の要否
監査報告前最終的なKAM候補、記載理由、注記参照、監査上の対応

監査基準報告書701は、KAMの報告によって、想定される財務諸表利用者と経営者や監査役等との間で、監査済財務諸表や実施された監査に関連する事項についての対話が促進されることが期待されると説明しています。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書701 独立監査人の監査報告書における監査上の主要な検討事項の報告

監査役等との議論で重要なのは、「KAMにするかどうか」だけではありません。会社の注記が十分か。経営者の仮定に偏りがないか。内部統制に不備がないか。監査人がどの証拠で判断したか。これらを共有することです。

KAM候補と開示統制・内部統制の関係

見積り論点がKAM候補となる場合、会計処理の監査だけでなく、決算・財務報告プロセスの内部統制にも目を向ける必要があります。

見積りが重要であるにもかかわらず、次のような状況がある場合には、KAM候補としての重要性は高まります。

内部統制上の状況監査上の意味
見積り資料が属人的に作成されているデータの正確性・網羅性に疑義が生じる
事業計画と会計見積り資料が分断されている仮定の整合性が説明できない
レビュー統制が形式的である経営者判断の妥当性を統制で支えられない
開示基礎資料が不十分である注記とKAMの接続が弱くなる
監査指摘への対応が遅い期末の論点収束が困難になる
会社の見積りプロセスに専門家利用の評価がない専門家証拠の信頼性評価が必要になる

見積りKAMは、決算書の一項目ではありません。会社の財務報告プロセスの成熟度を映すものです。決算早期化の実務においても、経理担当者が有価証券報告書や決算短信などの最終成果物を理解し、その最終成果物から逆算して決算・開示業務を組み立てる「森を見る視点」が重要になります。

KAM候補になり得る見積り論点ほど、会社側の見積りプロセス、内部統制、開示統制、監査資料の整備状況を、早い段階で確認しておく必要があります。

経営者バイアスがKAM候補判断に与える影響

見積り論点では、経営者バイアスがKAM候補判断に影響します。

経営者バイアスは、必ずしも明白な不正を意味するものではありません。業績目標、財務制限条項、配当方針、上場維持、資金調達、M&A、株価、経営者報酬。こうした背景のもとで、経営者が楽観的または保守的な仮定を選択することがあります。

監査基準報告書540は、経営者の偏向を、情報の作成における経営者の中立性の欠如と定義しています。また、見積りの不確実性により、会計上の見積りには主観性を伴い、経営者の偏向の影響を受ける可能性があるとしています。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書540 会計上の見積りの監査

KAM候補判断では、次のような兆候を検討します。

兆候KAM候補判断への影響
事業計画が過年度から継続的に未達見積り仮定の信頼性に疑義が生じる
不利な外部情報を反映していない経営者バイアスの兆候となる
同じ事業計画を使う論点間で仮定が不整合減損、税効果、GC、開示の整合性が問われる
感応度分析を実施していない見積り不確実性への対応が弱い
会社が注記の具体化に消極的利用者理解と開示十分性が論点となる
監査人との見解差が大きい監査上特に重要な事項となりやすい

経営者バイアスの評価は、KAM候補判断にとどまりません。不正リスク、未修正虚偽表示、注記、監査役等への報告、審査対応にも波及していきます。

KAM候補を監査調書にどう残すか

KAM候補の判断は、監査調書に残らなければ、後から説明できません。

監査基準報告書701の適用指針では、KAMの文書化に関し、経験豊富な監査人が、当該監査に関与していなくても職業的専門家としての重要な判断を理解できるように監査調書を作成することが求められています。そのうえで、監査役等とコミュニケーションを行った事項の中から特に注意を払った事項を決定すること、さらにKAMを決定することが、重要な判断に含まれるとされています。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書701 独立監査人の監査報告書における監査上の主要な検討事項の報告

実務上は、次のような調書化が必要になります。

調書化事項内容
KAM候補一覧監査計画段階で想定した候補と根拠
リスク評価との関係特別なリスク、高い重要な虚偽表示リスク、見積り不確実性
監査役等とのコミュニケーション共有時期、議論内容、未解決事項
注記との関係関連注記、開示の十分性、追加開示の要否
監査手続との関係方法、仮定、データ、専門家、事後的検討、感応度
審査・専門的見解審査担当者、専門部署、評価専門家との協議
KAMとした理由なぜ特に重要と判断したか
KAMとしなかった理由重要論点だがKAMとしなかった根拠
前期KAMとの比較継続、変更、削除の理由
最終結論監査報告書記載、注記参照、監査上の対応の整合性

とりわけ重要なのが、KAMとしなかった候補の理由です。KAMとして記載した事項だけでなく、候補には挙がったものの最終的にKAMとしなかった事項についても、判断過程を残しておく必要があります。

KAM候補判断で起こりやすい実務上の誤り

見積りKAMの実務では、次のような誤りが起こりがちです。

誤り問題点
前期KAMをそのまま踏襲する当年度監査の重要判断が反映されない
領域名だけでKAM候補を決めるどの仮定が重要か説明できない
特別なリスクとKAMを同一視するKAMの説明価値を判断できない
会社の注記不足をKAMで補おうとする経営者開示と監査報告の役割を混同する
監査手続を羅列するなぜその対応が重要だったか伝わらない
監査役等との議論が期末だけになるKAM候補形成のプロセスが弱くなる
KAM候補から外した理由を残さない審査・レビューで説明が難しくなる
個別論点と有報全体の整合を見ない注記、KAM、記述情報が分断される

KAMは、監査報告書の体裁を整える作業ではありません。監査人が当年度監査でどこに専門職としての注意を向けたのかを、利用者に説明するための制度です。

実務で使えるKAM候補判断フレーム

見積り論点をKAM候補として整理する際には、次のフレームが有用です。

検討ステップ確認すべき問い
1. 見積り論点の特定どの勘定・注記・未計上項目に重要な見積りがあるか
2. 不確実性の所在どの仮定、方法、データに不確実性が集中しているか
3. リスク評価との接続特別なリスク又は高い重要な虚偽表示リスクか
4. 経営者判断の程度経営者の主観性、意思、事業計画への依存度は高いか
5. 監査対応の深度監査手続、専門家、審査、監査役等との協議はどの程度必要か
6. 注記との接続関連注記が主要な仮定と不確実性を説明しているか
7. 利用者視点利用者が当該事項を理解することに監査報告上の意味があるか
8. 比較検討他の候補よりも当年度監査において特に重要か
9. 最終判断KAMとするか、候補から外すか、その理由は何か
10. 調書化判断過程を審査担当者・レビュー担当者に説明できるか

このフレームを用いることで、KAM候補の判断を「勘定科目別のチェック」ではなく、「監査判断の説明プロセス」として整理できるようになります。

専門家への相談を検討すべき場面

見積り論点とKAM候補の関係は、会社、監査人、監査役等、審査担当者の間で見解が分かれやすい領域です。特に次のような場合には、早めに論点整理を行っておくことが有効です。

状況相談を検討すべき理由
見積り論点が複数あり、どれをKAM候補とするか迷う重要性、不確実性、監査上の対応を比較整理する必要がある
前期KAMを継続するか外すか判断が難しい当年度のリスク変化と監査対応を説明する必要がある
会社の注記がKAM候補を支えるほど具体的でない注記とKAMの役割分担を整理する必要がある
減損、税効果、GCが同じ事業計画に依存している仮定の整合性と経営者バイアスを検討する必要がある
監査役等とのコミュニケーションが形式的になっているKAM候補形成のプロセスを見直す必要がある
審査でKAM候補の理由を問われている判断過程、監査証拠、注記参照を再整理する必要がある
KAM記載がボイラープレート化している当年度固有の監査上の重要性を再構成する必要がある

犬飼公認会計士・税理士事務所では、会計上の見積りに関するKAM候補の整理、注記との整合確認、監査役等・審査担当者への説明資料、監査調書の論点整理を支援しています。

見積り論点をKAM候補として扱うべきか、KAMから外すべきか。注記や監査上の対応とどのように整合させるべきか。これらは、単なる文案の問題ではありません。監査計画、リスク評価、証拠形成、内部統制、開示、監査報告を一体として説明できる状態にしておくことが重要です。

会計上の見積り、KAM候補、注記参照、監査役等コミュニケーション、審査対応の整理でお悩みの場合は、お問い合わせページよりご相談ください。監査判断を後から説明できる形に整えるための論点整理から支援します。

重要事項の振り返り

項目振り返り
KAMの本質当年度監査で監査人が職業的専門家として特に重要と判断した事項を説明する制度である
KAM候補の出発点監査役等とコミュニケーションした事項の中から検討される
見積りがKAM候補になりやすい理由見積り不確実性、経営者判断、複雑性、主観性、専門家利用が重なるため
見積り=KAMではないすべての見積りがKAMになるわけではなく、当年度監査で特に重要かを判断する
特別なリスクとの関係特別なリスクはKAM候補になりやすいが、必ずKAMになるわけではない
判断の粒度「固定資産の減損」ではなく、どの仮定・方法・データが重要かまで分解する
注記との関係KAMは会社の注記不足を補うものではなく、関連注記への参照が重要になる
監査上の対応手続の羅列ではなく、不確実性・主要仮定・経営者判断への対応として説明する
監査役等との連携KAM候補は期末ではなく、監査計画段階から段階的に共有する
内部統制との関係重要な見積りプロセスや開示統制が弱い場合、KAM候補判断にも影響する
経営者バイアス楽観的仮定、不利情報の省略、注記の抽象化などがKAM候補判断に影響する
調書化KAMとした理由だけでなく、KAM候補から外した理由も残す必要がある
前期KAMの取扱い前期踏襲ではなく、当年度のリスク・監査対応・注記の変化を反映する
専門家相談の有用性KAM候補、注記、監査証拠、監査役等説明、審査対応を横断して整理できる
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