ヘッジ会計で実務上迷いやすいのは、「ヘッジ会計を適用できるかどうか」だけではありません。
仮に要件を満たすとしても、その次に、どの処理方法を採用するのかという問題が控えています。日本基準では、原則的な繰延ヘッジを出発点としつつ、一定の場合には時価ヘッジ、金利スワップの特例処理、為替予約等の振当処理が検討の対象になります。
この処理方法の選択は、単なる仕訳の違いにとどまりません。損益の認識時期、純資産の部への表示、その他の包括利益、税効果、金融商品注記、KAM、そして監査人への説明資料にまで影響します。
とくに上場企業・IPO準備企業・大規模グループでは、「リスク管理上はヘッジしている」という説明だけでは足りません。「なぜその処理方法を選択できるのか」を、基準・契約条件・有効性評価・社内管理資料に基づいて説明できる状態にしておく必要があります。
企業会計基準第10号「金融商品に関する会計基準」は、ヘッジ会計を、ヘッジ対象に係る損益とヘッジ手段に係る損益を同一の会計期間に認識し、ヘッジの効果を会計に反映させるための特殊な会計処理と位置づけています。そして、その方法は原則として、時価評価されているヘッジ手段に係る損益又は評価差額を、ヘッジ対象に係る損益が認識されるまで純資産の部において繰り延べるものとされています。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準第10号 金融商品に関する会計基準
本記事では、5-2「ヘッジ会計の要件と文書化」、5-3「ヘッジ有効性評価と中止・終了」を前提として、繰延ヘッジ、時価ヘッジ、金利スワップの特例処理、為替予約等の振当処理を比較し、実務上どのように処理方法を整理すべきかを解説します。
まず押さえるべき全体像
ヘッジ処理方法は、次のように整理しておくと、実務上の判断がしやすくなります。
| 処理方法 | 基本的な考え方 | 主な対象 | 損益・純資産への影響 |
|---|---|---|---|
| 繰延ヘッジ | ヘッジ手段の損益又は評価差額を、ヘッジ対象の損益認識時まで純資産の部に繰り延べる | 予定取引、その他有価証券、在外子会社等投資の為替リスクなど | 期末時点では繰延ヘッジ損益として純資産に計上され、後日損益へ振り替えられる |
| 時価ヘッジ | ヘッジ対象側の相場変動等も損益に反映し、ヘッジ手段の損益と同一期間に認識する | 実務指針上、現時点では主にその他有価証券 | ヘッジ対象のうちヘッジされたリスク部分の評価差額が損益に反映される |
| 金利スワップの特例処理 | 要件を満たす金利スワップを時価評価せず、純受払額を対象資産・負債の利息に加減する | 借入金・社債等の金利変換目的の金利スワップ | スワップ時価をBS計上せず、利息処理に組み込む |
| 為替予約等の振当処理 | 為替予約相場により外貨建金銭債権債務等を換算し、直先差額を期間配分する | 外貨建金銭債権債務、外貨建満期保有目的債券等 | ヘッジ対象を予約レートで換算し、直先差額を期間配分する |
実務上の整理としても、この四つの位置づけは明確です。繰延ヘッジはヘッジ手段の損益又は評価差額をヘッジ対象の損益認識時まで純資産の部で繰り延べる方法、時価ヘッジはヘッジ対象に係る評価差額を当期損益に反映させ、ヘッジ手段の損益と同一期間に認識する方法。金利スワップの特例処理は金利スワップを時価評価せず純受払額を利息に加減する方法であり、振当処理は外貨建金銭債権債務等を為替予約相場で換算し、直物相場との差額を期間配分する方法です。
ここで重要なのは、これらを「会社が好きなものを選べる会計方針」と捉えないことです。処理方法ごとに、対象となるヘッジ対象、ヘッジ手段、条件一致、有効性評価、文書化、表示方法が異なります。
繰延ヘッジは日本基準における原則的処理である
繰延ヘッジは、日本基準におけるヘッジ会計の原則的な処理方法です。
デリバティブ取引は、原則として時価評価し、評価差額は当期損益として処理されます。しかし、ヘッジ対象の損益がまだ認識されていない段階でヘッジ手段だけを損益処理すると、ヘッジの経済効果が財務諸表に適切に表れません。
そこで、ヘッジ手段に係る損益又は評価差額を、ヘッジ対象に係る損益が認識されるまで純資産の部に繰り延べることになります。
金融商品会計基準は、ヘッジ会計について、原則として、時価評価されているヘッジ手段に係る損益又は評価差額を、ヘッジ対象に係る損益が認識されるまで純資産の部に繰り延べる方法によるとしています。あわせて、純資産の部に計上されるヘッジ手段に係る損益又は評価差額については、税効果会計を適用する必要があります。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準第10号 金融商品に関する会計基準
繰延ヘッジを理解するうえで大切なのは、「ヘッジ対象の会計処理を変える処理ではない」という点です。
繰延ヘッジは、あくまでヘッジ手段の損益認識時期を、ヘッジ対象の損益認識時期に合わせる処理です。ヘッジ対象そのものの評価、減損、消滅認識、収益認識、原価計上まで変えるものではありません。
| 論点 | 繰延ヘッジの考え方 |
|---|---|
| ヘッジ対象の処理 | 原則として、ヘッジ対象に適用される通常の会計処理を行う |
| ヘッジ手段の処理 | 時価評価差額等を繰延ヘッジ損益として純資産の部に計上する |
| 損益化のタイミング | ヘッジ対象に係る損益が認識される時点に合わせる |
| 税効果 | 繰延ヘッジ損益は税効果控除後の金額で純資産に表示する |
| 監査上の焦点 | ヘッジ対象の損益認識時点、繰延残高、損益振替額、有効性評価の整合性 |
繰延ヘッジ損益は、純資産の部に計上されます。移管指針第9号は、繰延ヘッジ損益を純資産の部に計上するにあたり、これらに関する法人税等及び繰延税金資産又は繰延税金負債の額を控除した金額で計上し、連結財務諸表では当期変動額をその他の包括利益として表示する必要があるとしています。
出典:企業会計基準委員会|移管指針第9号 金融商品会計に関する実務指針
実務上も、繰延ヘッジ損益は純資産の部に計上し、繰延税金資産又は繰延税金負債を控除した金額で計上するものとして扱われています。
繰延ヘッジの損益振替は「どの損益に対応するか」を決める作業である
繰延ヘッジでは、期末に純資産へ計上した繰延ヘッジ損益を、いつ、どの損益区分に振り替えるかが重要になります。
移管指針第9号は、予定取引のヘッジについて、予定取引により純損益が直ちに発生する場合には、当該取引の実行時に繰延ヘッジ損益を当期純損益として処理し、その勘定科目は原則としてヘッジ対象取引に係る損益科目とするとしています。ただし、為替リスクのヘッジによる損益については、為替差損益とすることができます。
出典:企業会計基準委員会|移管指針第9号 金融商品会計に関する実務指針
| ヘッジ対象 | 繰延ヘッジ損益の損益化 |
|---|---|
| 商品・原材料の予定購入 | 棚卸資産の取得価額に加減し、売上原価や評価損を通じて損益化 |
| 固定資産の予定購入 | 固定資産の取得価額に加減し、減価償却費等を通じて損益化 |
| 売上予定取引 | 売上高又は為替差損益など、対象取引の性質に応じて処理 |
| 借入金・社債等の利付負債の発生予定 | 純資産に繰り延べたうえで、利息費用に対応して損益化 |
| 利付資産・負債の金利ヘッジ | 利息の調整として損益に反映 |
予定取引が棚卸資産や固定資産などの資産取得である場合、繰延ヘッジ損益は当該資産の取得価額に加減し、その資産が費用化される期の損益に反映させます。たとえば棚卸資産であれば販売時の売上原価又は低価基準の適用による評価損、固定資産であれば減価償却費に含まれることになります。
出典:企業会計基準委員会|移管指針第9号 金融商品会計に関する実務指針
ここで実務上よく問題になるのが、ヘッジ対象の損益認識時点を十分に把握しないまま、繰延ヘッジ損益だけを管理しているケースです。
たとえば、原材料購入予定取引を為替予約でヘッジしている場合を考えてみます。予定取引の実行時に取得価額へ加減した後、その棚卸資産がいつ売上原価化されるかを追跡できなければ、ヘッジ損益の損益化時期を説明できません。固定資産取得予定取引であれば、取得価額に加減した繰延ヘッジ損益が、耐用年数にわたって減価償却費に反映されていくことになります。
したがって、繰延ヘッジを採用する場合は、ヘッジ手段の評価資料だけでなく、ヘッジ対象の損益化プロセスまで含めて管理する必要があります。
時価ヘッジは「ヘッジ対象側を損益に動かす」処理である
時価ヘッジは、繰延ヘッジとは発想が異なります。
繰延ヘッジでは、ヘッジ手段側の損益を純資産に繰り延べ、ヘッジ対象の損益認識時点に合わせます。これに対して時価ヘッジでは、ヘッジ対象である資産又は負債に係る相場変動等を損益に反映させることによって、ヘッジ手段に係る損益と同一の会計期間に認識します。
金融商品会計基準は、原則処理である繰延ヘッジに加えて、ヘッジ対象である資産又は負債に係る相場変動等を損益に反映させることにより、その損益とヘッジ手段に係る損益とを同一の会計期間に認識する方法も認めています。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準第10号 金融商品に関する会計基準
移管指針第9号では、この方法の適用対象は、ヘッジ対象の時価を貸借対照表価額とすることが認められているものに限定され、金融商品会計基準との関係上、現時点ではその他有価証券のみであると解釈されています。
出典:企業会計基準委員会|移管指針第9号 金融商品会計に関する実務指針
| 比較項目 | 繰延ヘッジ | 時価ヘッジ |
|---|---|---|
| 基本発想 | ヘッジ手段側の損益を繰り延べる | ヘッジ対象側の評価差額を損益に反映する |
| 主な対象 | 予定取引、その他有価証券等 | 主にその他有価証券 |
| 純資産への影響 | 繰延ヘッジ損益が純資産に計上される | ヘッジ対象のうちヘッジされたリスク部分が損益化される |
| 損益計算書への影響 | ヘッジ対象の損益認識時まで遅れる | ヘッジ対象とヘッジ手段の損益が同一期間に出る |
| 管理上の難点 | 繰延残高の損益化タイミング | ヘッジ対象のどのリスク部分を損益化したか |
時価ヘッジでとくに注意すべきなのは、ヘッジ対象全体の評価差額を無条件に損益処理するわけではない、という点です。ヘッジ対象の価格変動のうち、ヘッジ指定されたリスクに起因する部分を識別する必要があります。
たとえば、その他有価証券である債券について、金利変動リスクのみを金利スワップでヘッジしている場合を想定してみます。金利変動による価格変動部分はヘッジ対象リスクとして損益に反映され得ますが、信用リスクの悪化による価格下落までヘッジされているとは限りません。
実務指針の設例でも、金利スワップでヘッジしている社債のリスクは金利変動による価格変動リスクであり、信用悪化に伴う価格変動リスクはヘッジしていないものとして、繰延ヘッジと時価ヘッジの処理が区別されています。
出典:企業会計基準委員会|移管指針第9号 金融商品会計に関する実務指針
このため、時価ヘッジを選択する場合には、次の整理が欠かせません。
| 確認事項 | 実務上の意味 |
|---|---|
| ヘッジ対象は時価評価が認められるものか | 時価ヘッジの対象になり得るか |
| ヘッジ対象のどのリスクをヘッジしているか | 金利、為替、価格、信用等を区分する |
| ヘッジ対象の評価差額を分解できるか | ヘッジされたリスク部分だけを説明できるか |
| ヘッジ手段の損益と対応しているか | 同一期間に認識する根拠があるか |
| 注記・KAMへの影響があるか | 評価方法、リスク管理、重要性の説明が必要か |
時価ヘッジは、繰延ヘッジよりも直感的に「損益が相殺される」処理に見えます。しかし、ヘッジ対象側を損益に動かす処理であるだけに、ヘッジ対象の評価差額のうちどの部分を損益処理するのかを説明できなければ、監査上の争点になります。
金利スワップの特例処理は「簡便処理」ではなく「条件一致処理」である
金利スワップの特例処理は、実務上よく利用されます。もっとも、これは単なる簡便処理ではありません。金利スワップと対象資産・負債の条件が高い水準で一致している場合に、時価評価を行わず、純受払額を対象資産・負債の利息に加減する処理です。
金融商品会計基準では、資産又は負債に係る金利の受払条件を変換する目的で利用されている金利スワップについて、次のように定めています。金利変換の対象となる資産又は負債とヘッジ会計の要件を満たし、想定元本、利息の受払条件及び契約期間が当該資産又は負債とほぼ同一である場合には、金利スワップを時価評価せず、その金銭の受払の純額等を当該資産又は負債に係る利息に加減して処理できるとされています。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準第10号 金融商品に関する会計基準
移管指針第9号は、金利スワップの特例処理の要件として、想定元本と対象資産又は負債の元本金額がほぼ一致していること、契約期間と満期がほぼ一致していること、変動金利の場合には基礎となるインデックスがほぼ一致していること、金利改定のインターバル及び改定日がほぼ一致していること、受払条件がスワップ期間を通して一定であること、期限前解約オプション等がある場合にはヘッジ対象側の同等条件を相殺するためのものであることを求めています。また、想定元本と対象元本については、いずれかの5%以内の差異であればほぼ同一と考え、特例処理を適用できるとされています。
出典:企業会計基準委員会|移管指針第9号 金融商品会計に関する実務指針
| 要件 | 実務上の確認資料 |
|---|---|
| 想定元本の一致 | 借入契約、社債要項、スワップ契約書、残高明細 |
| 契約期間と満期の一致 | 借入満期日、スワップ終了日、期限前返済条項 |
| 変動金利インデックスの一致 | TIBOR、TONA、SOFR等の基礎指標 |
| 金利改定日・改定期間の一致 | 利払日、金利改定日、計算期間 |
| 受払条件の一定性 | 固定金利、変動金利、スプレッド、ステップアップ条項 |
| オプション条件の対応 | 期限前返済、期限前解約、キャップ、フロアー |
| ヘッジ会計要件 | リスク管理方針、文書化、有効性評価 |
この処理で監査上問題になりやすいのは、「特例処理だから有効性評価や文書化は不要」という誤解です。
特例処理は、ヘッジ会計の要件を満たすことを前提としています。したがって、対象借入金や社債、金利スワップの条件が一致していること、リスク管理目的と整合していること、ヘッジ指定が明確であることを、資料で示す必要があります。
また、特例処理の要件を満たさない場合でも、ヘッジ会計の要件を満たすときは、繰延ヘッジの方法によりヘッジ会計を適用できることがあります。移管指針第9号も、金利スワップについて特例処理の要件を満たさない場合であっても、ヘッジ会計の要件を満たすときは繰延ヘッジの方法によりヘッジ会計を適用できるとしています。
出典:企業会計基準委員会|移管指針第9号 金融商品会計に関する実務指針
つまり、判断の順序は次のようになります。
| 判断順序 | 検討内容 |
|---|---|
| 1 | 金利スワップが金利受払条件の変換目的で利用されているか |
| 2 | ヘッジ対象となる資産又は負債が明確に特定されているか |
| 3 | ヘッジ会計の要件を満たすか |
| 4 | 想定元本、契約期間、利払条件、改定日等がほぼ同一か |
| 5 | 特例処理を適用できるか |
| 6 | 特例処理が不可の場合、繰延ヘッジを適用できるか |
| 7 | いずれも不可の場合、デリバティブの原則処理となるか |
金利スワップの特例処理は、仕訳が簡素に見える一方で、条件一致の検証は厳密に求められます。とくに借入金の一部期限前返済、リファイナンス、金利指標の変更、スワップの条件変更があった場合には、特例処理を継続できるかどうかを改めて検討する必要があります。
金利指標改革・LIBOR移行時のヘッジ会計は別途確認が必要
金利スワップの特例処理を含む金利ヘッジでは、金利指標改革の影響も無視できません。
ASBJは、LIBORを参照する金融商品について必要と考えられるヘッジ会計に関する会計処理及び開示上の取扱いを明らかにするため、実務対応報告第40号「LIBORを参照する金融商品に関するヘッジ会計の取扱い」を公表しています。同報告は、LIBORの公表停止と、参照金利指標の置換が行われる可能性に対応するものです。
出典:企業会計基準委員会|改正実務対応報告第40号「LIBORを参照する金融商品に関するヘッジ会計の取扱い」の公表
ASBJの会計基準検索システム上でも、実務対応報告第40号は、LIBORを参照する金融商品について、金利指標を置き換える場合に、その契約の経済効果が金利指標置換の前後で概ね同等となることを意図した契約条件の変更又は契約の切替を適用範囲とするものとされています。
出典:企業会計基準委員会|実務対応報告第40号 LIBORを参照する金融商品に関するヘッジ会計の取扱い
金利指標が変更された場合、単に「市場慣行に従って変更した」と整理するだけでは足りません。ヘッジ対象とヘッジ手段の双方について、変更後の金利指標、スプレッド調整、利払日、改定日、契約期間がどのように変更されたかを確認し、ヘッジ関係の継続、特例処理の継続、注記への影響を検討する必要があります。
為替予約等の振当処理は「当分の間」認められる処理である
為替予約等の振当処理は、外貨建金銭債権債務等について、為替予約相場による円換算額を付すとともに、直物為替相場との差額を期間配分する処理です。
移管指針第9号では、決算日レートで換算される外貨建金銭債権債務及び外貨建有価証券について、為替予約等により為替変動リスクのヘッジを行った場合、デリバティブである為替予約等を金融商品会計基準に従って処理する方法、又は為替予約等をヘッジ対象である外貨建金銭債権債務等に振り当てる方法があるとされています。また、振当処理が認められるのは「当分の間」とされ、ヘッジ会計の要件を満たすことが適用条件とされています。
出典:企業会計基準委員会|移管指針第9号 金融商品会計に関する実務指針
| 比較項目 | 原則的処理 | 振当処理 |
|---|---|---|
| 為替予約等 | デリバティブとして時価評価 | ヘッジ対象へ振り当てる |
| 外貨建金銭債権債務 | 決算日レートで換算 | 予約レートで換算 |
| 直先差額 | 為替予約等の評価に含まれる | 期間配分する |
| ヘッジ会計要件 | 外貨建金銭債権債務等との通常処理で損益時期が一致する場合は判定不要となる場面がある | ヘッジ会計の要件を満たすことが必要 |
| 実務上の注意 | デリバティブ時価評価資料が必要 | 予約レート、直物レート、直先差額の期間配分資料が必要 |
振当処理を採用した場合には、ヘッジ対象を予約レートで換算し、ヘッジ手段とヘッジ対象の評価差額及び換算差額を計上しない点で、原則的処理と異なります。ただし、予約レートと直物レートとの差額を期間配分するため、一般的には、為替予約等を時価評価した場合と純損益計算上で重要な差異は生じないものと考えられています。
出典:企業会計基準委員会|移管指針第9号 金融商品会計に関する実務指針
実務上も、振当処理は、為替予約等により確定する決済時の円貨額により外貨建取引及び金銭債権債務等を換算し、直物為替相場との差額を期間配分する処理として位置づけられています。
ただし、振当処理には実務上の注意点があります。
まず、振当処理は「当分の間」認められている処理であり、ヘッジ会計の要件を満たすことが前提です。
次に、連結会社間取引に係る為替予約等では、個別財務諸表上はヘッジ対象が存在しても、連結財務諸表上は債権債務の相殺によりヘッジ対象が消滅することがあります。この場合、連結上はヘッジ会計を適用できず、ヘッジ関係がなかったものとして処理する必要が生じます。振当処理を採用している場合であっても、連結財務諸表上、債権債務の相殺によりヘッジ対象が消滅するときはヘッジ会計は適用されず、直先差額の繰延べについて戻し処理を行うことになります。
したがって、振当処理を採用する場合には、個別財務諸表だけで判断してはいけません。連結上のヘッジ対象の存否、内部取引消去、為替差損益の表示、連結修正仕訳まで含めて検討する必要があります。
外貨建取引では「ヘッジ会計が不要な場合」と「必要な場合」を分ける
外貨建金銭債権債務については、決算日レートで換算され、為替差損益が当期損益に計上されます。一方で、為替予約等もデリバティブとして時価評価され、評価差額は原則として当期損益に計上されます。
このため、ヘッジ対象とヘッジ手段の損益認識時点が自然に一致する場合には、ヘッジ会計を適用しなくてもヘッジ効果が損益に反映されることがあります。
移管指針第9号でも、原則的処理による場合には、ヘッジ手段である為替予約等を金融商品会計基準に従って時価評価し、ヘッジ対象である外貨建金銭債権債務又は外貨建有価証券を外貨基準の原則に従い決算日レートで換算することにより、純損益への計上時期が一致するため、この処理を採用する場合にはヘッジ会計の対象外であり、ヘッジ会計の要件判定を要しないとされています。
出典:企業会計基準委員会|移管指針第9号 金融商品会計に関する実務指針
一方で、外貨建その他有価証券、外貨による予定取引、在外子会社等に対する持分への投資などでは、ヘッジ対象側の評価差額や換算差額が損益に直ちに反映されないことがあります。この場合には、ヘッジ会計によって損益認識時期を合わせる必要が生じます。
| ヘッジ対象 | 損益認識時期 | ヘッジ会計の必要性 |
|---|---|---|
| 外貨建売掛金・買掛金 | 決算日換算差額が損益 | 為替予約等の評価差額と損益時期が一致しやすい |
| 外貨建貸付金・借入金 | 決算日換算差額が損益 | 原則処理ではヘッジ会計不要となる場面がある |
| 外貨建その他有価証券 | 評価差額が純資産に計上されることがある | ヘッジ手段の損益時期とずれるためヘッジ会計が必要となり得る |
| 外貨建予定取引 | 取引実行時まで損益が発生しない | 繰延ヘッジが問題になる |
| 在外子会社等投資 | 為替換算調整勘定等に影響 | 個別・連結で処理が異なる可能性がある |
外貨建取引の会計実務では、通常の営業取引だけでなく、金融商品や在外子会社等の換算も適用範囲に含まれ、取引に応じて異なる会計処理が求められます。
この整理を誤ると、ヘッジ会計を適用する必要がない取引に過剰なヘッジ会計手続を行ってしまうおそれがあります。逆に、純資産に直接計上される評価差額との対応が必要な取引について、ヘッジ会計を失念するリスクもあります。
繰延ヘッジ・時価ヘッジ・特例処理の選択は「表示」と「説明責任」を変える
処理方法の違いは、財務諸表の見え方を変えます。
| 処理方法 | BS表示 | PL表示 | 純資産・OCI | 説明上の焦点 |
|---|---|---|---|---|
| 繰延ヘッジ | デリバティブ時価、繰延ヘッジ損益 | ヘッジ対象の損益認識時に振替 | 純資産・その他の包括利益に影響 | 繰延残高と損益振替時点 |
| 時価ヘッジ | ヘッジ対象の時価評価部分を反映 | ヘッジ対象・ヘッジ手段の損益を同一期間に認識 | 純資産に残る評価差額との区分 | ヘッジ対象リスク部分の測定 |
| 金利スワップ特例 | スワップ時価を原則として表示しない | 純受払額を利息に加減 | 純資産への評価差額は通常生じない | 条件一致と特例要件 |
| 振当処理 | 外貨建金銭債権債務等を予約レートで換算 | 直先差額を期間配分 | 通常は繰延ヘッジ損益として表示しない | 予約レート換算と直先差額配分 |
純資産の部の表示にも注意が必要です。純資産の部は株主資本とそれ以外の項目に区分され、個別財務諸表では評価・換算差額等、連結財務諸表ではその他の包括利益累計額が表示されます。その他有価証券評価差額や、繰延ヘッジ処理を行った場合の評価差額は、株主資本以外の項目に含まれることになります。
また、繰延ヘッジ損益に係る一時差異も、税効果会計上の検討対象になります。繰延ヘッジ損失に係る将来減算一時差異については回収可能性を判断したうえで繰延税金資産を計上し、繰延ヘッジ利益に係る将来加算一時差異については繰延税金負債を計上することになります。
したがって、ヘッジ処理方法の選択は、次のような説明責任に直結します。
| 説明相手 | 伝えるべき内容 |
|---|---|
| 経営者 | ヘッジ処理方法ごとの損益・純資産・財務指標への影響 |
| 監査人 | 適用要件、文書化、有効性評価、時価評価、税効果、注記 |
| 開示担当 | 金融商品注記、リスク管理方針、時価注記、重要な会計方針 |
| 投資家・金融機関 | リスク管理の実態と財務諸表への反映方法 |
| 税務担当 | 繰延ヘッジ損益に係る一時差異、法人税等の計上区分 |
監査上の争点は「処理の名称」ではなく「要件を満たす証拠」にある
ヘッジ会計の監査対応では、処理方法の名称を示すだけでは不十分です。
監査人が確認するのは、会社が採用した処理方法が、契約条件、リスク管理方針、ヘッジ指定、有効性評価、会計処理、開示と整合しているかどうかです。
| 処理方法 | 監査上の主な確認事項 |
|---|---|
| 繰延ヘッジ | ヘッジ対象の損益認識時点、繰延残高、純資産表示、税効果、損益振替額 |
| 時価ヘッジ | ヘッジ対象の評価差額のうち、ヘッジされたリスク部分の識別と測定 |
| 金利スワップ特例 | 想定元本、期間、利払条件、金利指標、金利改定日、オプション条件の一致 |
| 振当処理 | ヘッジ会計要件、予約レート換算、直先差額配分、連結上のヘッジ対象の存否 |
| すべてに共通 | リスク管理方針、ヘッジ指定書、有効性評価、契約書、時価評価資料、注記との整合性 |
金融庁は、KAMについて、2018年7月公表の「監査基準の改訂に関する意見書」により日本の監査実務に導入され、2021年3月期から一部を除く金融商品取引法監査が適用される会社に監査報告書への記載が求められていると説明しています。また、KAMの記載は、監査人が実施した監査の透明性を向上させ、監査報告書の情報価値を高めることに意義があるとされています。
出典:金融庁|「監査上の主要な検討事項(KAM)」の実務の定着と浸透に向けた取組みについて
ヘッジ会計は、減損や税効果ほど頻繁にKAMになる領域ではないかもしれません。しかし、デリバティブ残高、繰延ヘッジ損益、時価評価、予定取引、金利指標変更、為替リスク管理が重要である企業では、監査上の重要論点になり得ます。
実務上の判断フロー
処理方法を検討する際は、次の順序で整理しておくと、後から説明しやすくなります。
| 順番 | 検討事項 | 実務上のポイント |
|---|---|---|
| 1 | ヘッジ対象とヘッジ手段を特定する | 資産・負債・予定取引・その他有価証券・在外子会社等投資を明確にする |
| 2 | 対象リスクを特定する | 金利、為替、価格、信用等のどのリスクをヘッジしているか |
| 3 | 通常処理で損益時期が一致するか確認する | 外貨建金銭債権債務と為替予約などでは、ヘッジ会計不要となる場合がある |
| 4 | ヘッジ会計要件を確認する | リスク管理方針、文書化、有効性評価を確認する |
| 5 | 繰延ヘッジが原則として適用されるか確認する | 純資産計上、税効果、損益振替時点を整理する |
| 6 | 時価ヘッジを適用できるか確認する | ヘッジ対象の時価評価が認められるか、リスク部分を測定できるか |
| 7 | 金利スワップ特例処理を適用できるか確認する | 条件一致と5%以内差異などを検証する |
| 8 | 為替予約等の振当処理を適用できるか確認する | 「当分の間」の取扱い、ヘッジ要件、直先差額配分を確認する |
| 9 | 連結上の処理を確認する | 内部取引消去、連結会社間取引、在外子会社等投資を整理する |
| 10 | 開示・監査資料を整備する | 金融商品注記、時価資料、税効果、KAM可能性を確認する |
このフローで重要なのは、いきなり「特例処理を使えるか」から考えないことです。
まず、ヘッジ対象、対象リスク、ヘッジ手段、通常処理での損益認識時期を整理します。そのうえで、ヘッジ会計の要件を満たすかどうかを確認し、処理方法を選択していきます。
処理方法の選択は、最後に仕訳を選ぶ作業ではありません。ヘッジ関係をどう財務諸表に反映するかという、判断そのものです。
専門家に相談すべき場面
以下のような場合には、社内判断だけで処理方法を確定させる前に、専門家や監査人と協議することが望ましい領域です。
| 状況 | 相談すべき理由 |
|---|---|
| 金利スワップの条件が借入金と完全には一致しない | 特例処理の可否、繰延ヘッジへの切替可否を判断する必要がある |
| 借入金の期限前返済・リファイナンスがある | 特例処理やヘッジ会計の中止・終了を検討する必要がある |
| 金利指標が変更された | 実務対応報告第40号の適用や契約変更の影響を検討する必要がある |
| 外貨建予定取引の時期・数量が変更された | 繰延ヘッジ損益の処理、部分中止・終了を検討する必要がある |
| 連結会社間取引をヘッジ対象にしている | 連結上ヘッジ対象が消去される可能性がある |
| その他有価証券をヘッジ対象としている | 繰延ヘッジと時価ヘッジの選択、リスク部分の測定が問題になる |
| 繰延ヘッジ損益が重要である | 純資産、税効果、OCI、金融商品注記への影響が大きい |
| 監査人から処理方法の根拠を求められている | 指定書、契約条件、有効性評価、会計仕訳を再整理する必要がある |
ヘッジ会計は、見せたい損益を作るための処理ではありません。リスク管理の実態を、基準に従って、財務諸表に説明可能な形で反映するための処理です。
処理方法を選択する際には、損益を平準化できるかどうかではなく、ヘッジ対象とヘッジ手段の関係、対象リスク、契約条件、表示、注記、監査証拠が一貫しているかどうかを確認する必要があります。
犬飼公認会計士・税理士事務所へのご相談について
繰延ヘッジ、時価ヘッジ、金利スワップの特例処理、為替予約等の振当処理は、いずれも処理方法の名称だけでは判断できません。実際には、ヘッジ対象、ヘッジ手段、対象リスク、契約条件、有効性評価、純資産表示、税効果、連結処理、注記、監査対応を一体で整理する必要があります。
犬飼公認会計士・税理士事務所では、日本基準に基づく上場企業・IPO準備企業・大規模グループの決算・開示・監査対応を前提に、ヘッジ会計の処理方法の選択、文書化、監査人説明資料、開示影響の整理をご支援しています。
ヘッジ会計について、単に仕訳を確認するのではなく、後から説明できる判断過程として整理したいとお考えの場合は、お問い合わせページよりご相談ください。
主な出典・参照情報
出典:企業会計基準委員会|改正企業会計基準第10号「金融商品に関する会計基準」等の公表
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準第10号 金融商品に関する会計基準
出典:企業会計基準委員会|移管指針第9号 金融商品会計に関する実務指針
出典:企業会計基準委員会|改正実務対応報告第40号「LIBORを参照する金融商品に関するヘッジ会計の取扱い」の公表
出典:金融庁|「監査上の主要な検討事項(KAM)」の実務の定着と浸透に向けた取組みについて
この記事の振り返り
| 論点 | 実務上の要点 |
|---|---|
| ヘッジ会計の基本 | ヘッジ対象とヘッジ手段の損益を同一期間に認識し、ヘッジ効果を会計に反映する特殊な処理 |
| 繰延ヘッジ | 日本基準の原則的処理。ヘッジ手段の損益又は評価差額を純資産に繰り延べる |
| 繰延ヘッジ損益 | 税効果控除後で純資産に計上し、連結では当期変動額をその他の包括利益として表示する |
| 損益振替 | 原則としてヘッジ対象の損益区分と同一区分で処理する |
| 予定取引が資産取得の場合 | 繰延ヘッジ損益を取得価額に加減し、売上原価・減価償却費等を通じて損益化する |
| 時価ヘッジ | ヘッジ対象側の相場変動等を損益に反映し、ヘッジ手段の損益と同一期間に認識する |
| 時価ヘッジの対象 | 実務指針上、現時点では主にその他有価証券に限定される |
| 金利スワップの特例処理 | 条件を満たす場合、金利スワップを時価評価せず、純受払額を対象資産・負債の利息に加減する |
| 特例処理の要件 | 想定元本、契約期間、利払条件、金利指標、改定日、オプション条件の一致が重要 |
| 特例処理不可の場合 | ヘッジ会計要件を満たせば、繰延ヘッジを適用できる場合がある |
| 振当処理 | 外貨建金銭債権債務等を為替予約相場で換算し、直先差額を期間配分する |
| 振当処理の位置づけ | 「当分の間」認められる処理であり、ヘッジ会計の要件を満たすことが必要 |
| 外貨建金銭債権債務 | 通常処理で為替差損益と為替予約評価損益の認識時期が一致する場合、ヘッジ会計が不要となることがある |
| 外貨建その他有価証券 | 評価差額が純資産に計上される場合、ヘッジ手段との損益時期がずれるためヘッジ会計が必要になり得る |
| 連結会社間取引 | 個別ではヘッジ対象があっても、連結上消去される場合はヘッジ会計が適用できないことがある |
| 税効果 | 繰延ヘッジ損益には一時差異が生じ、繰延税金資産・負債の検討が必要 |
| 監査対応 | 処理方法の名称ではなく、契約条件・指定書・有効性評価・表示・注記の整合性が問われる |