循環取引や架空取引は、上場企業の会計不正のなかでも、発見が難しい類型のひとつです。
その理由は、決して単純ではありません。循環取引では、取引先が実在し、契約書・注文書・請求書・検収書・入金記録といった証憑が、一見きれいに整っていることがあります。資金決済も実際に行われ、会計記録のうえでは売上・仕入・債権・債務が通常の取引と変わらないかたちで処理されている、というケースも少なくありません。
日本公認会計士協会は、2011年の会長通牒において、循環取引等は意図的かつ巧妙に仕組まれ、正常取引を装うものが多いため、通常の監査業務のなかで発見することが困難な場合が多い、と指摘しています。さらに、2024年に公表された「循環取引に対応する内部統制に関する共同研究報告」の公表案内でも、循環取引には、取引先が実在し、資金決済が行われ、会計記録や証憑の偽造、あるいは在庫等の保有資産の偽装が徹底されるという特徴がある、と整理されています。
出典:日本公認会計士協会|循環取引等不適切な会計処理への監査上の対応等について
出典:日本公認会計士協会|「循環取引に対応する内部統制に関する共同研究報告」及び「公開草案に対するコメントの概要及び対応」の公表について
本稿では、循環取引・架空取引を「不正事例の紹介」としてではなく、上場企業の決算・開示・監査対応に関与する実務者が、会計上どのような視点で取引実態を分解すべきかという観点から整理していきます。
循環取引・架空取引は、売上計上の問題にとどまらない
循環取引・架空取引は、一般には「架空売上」や「売上水増し」の問題として理解されがちです。しかし実務上は、売上だけを見ていても十分ではありません。
循環取引では、売上と同時に仕入が計上されます。そこから、売掛金・買掛金、棚卸資産、前渡金、前受金、仮払金、貸付金、保証債務、関連当事者取引、税効果、連結消去、内部統制評価、さらには注記・適時開示にまで波及していくことがあります。
形式的には売上取引であっても、実質的には次のような性質を持つ場合があります。
| 外形 | 実質として疑われる内容 |
|---|---|
| 商品売買取引 | 実際には商品の移転がない、又は戻ってくる |
| 役務提供取引 | 役務の実体や成果物が確認できない |
| 商社取引 | 取引先への金融支援、売上高の嵩上げ、利益操作 |
| 仕入・売上の反復 | 需要のない在庫を回しているだけ |
| 入金を伴う取引 | 資金が別経路で循環している |
| 契約書・検収書がある取引 | 証憑はあるが経済的実質がない |
したがって、循環取引・架空取引の会計上の論点は、「売上を取り消すかどうか」だけにとどまりません。そもそも顧客との契約が識別できるのか。履行義務は実在するのか。財又はサービスの支配は移転しているのか。取引に経済的実質はあるのか。売掛金は回収可能なのか。在庫は実在するのか。関係者への開示は必要か。これらを一体として検討していく必要があります。
循環取引とは何か
循環取引とは、複数の会社が関与し、商品・製品・部品・役務などが形式上は売買されたように見えるものの、実質的には需要や経済的合理性を欠き、最終的に同一又は関連する取引関係のなかで戻ってくるような取引をいいます。
典型的なのは、ある会社が商品を販売し、その商品が複数の会社を経由して、最終的に元の会社又は関係する会社に戻ってくる構造です。途中の各社では売上と仕入が計上され、一定のマージンが乗せられていくため、各社の売上高が膨らんでいきます。
循環取引では、販売対象が物品の場合もあれば役務の場合もあります。実在する物品が使われることもあれば、まったく架空の場合もあります。また、参加会社が循環取引の全体像を把握しているとは限りません。中心となる会社から仕入先・販売先・価格を指示されているだけ、という立場の会社が含まれていることもあります。
実務上は、次のような類型に整理すると理解しやすくなります。
| 類型 | 取引の特徴 | 会計上の主な論点 |
|---|---|---|
| 架空循環取引 | 物品・役務の実体がない又は乏しい | 売上・仕入・債権債務の実在性 |
| Uターン取引 | 自社が販売した商品等が複数社を経由して戻る | 支配移転、在庫帰属、経済的実質 |
| クロス取引 | 複数社が互いに売買し合う | 総額売上の妥当性、需要実態 |
| バーター取引 | 実質的な対価性が曖昧な交換取引 | 収益測定、取引価格の合理性 |
| 金融支援型取引 | 売買取引を装い資金繰りを支援する | 売上ではなく貸付・金融取引ではないか |
| 商社介在型取引 | 複数の商社・代理店が薄いマージンで介在する | 本人代理人、総額純額、役割の実体 |
ここで重要なのは、これらの名称そのものではありません。名称や類型よりも、「その取引が何を実現しているのか」を見る必要があります。売上目標の達成だけを目的として商品や資金が回っているのであれば、形式的に契約が存在していても、収益認識の前提が崩れる可能性があります。
架空取引は、実在しない取引だけを意味しない
架空取引というと、取引先も商品もまったく存在しない取引を想像しがちです。しかし、会計上問題となる架空取引は、それだけではありません。
実務上は、次のような取引も架空性・仮装性を検討すべき対象になります。
| 形態 | 問題となる理由 |
|---|---|
| 取引先は実在するが、実際の発注権限がない | 契約の成立や承認が疑わしい |
| 商品は実在するが、移転していない | 支配移転がない可能性がある |
| 入金はあるが、別経路で資金が戻っている | 資金循環にすぎない可能性がある |
| 検収書はあるが、検収実態がない | 履行義務の充足が疑わしい |
| 役務契約はあるが、成果物が確認できない | 役務提供の実在性が不明 |
| 倉庫に在庫はあるが、所有者・処分権限が曖昧 | 在庫帰属と売上計上が整合しない |
| 取引価格が通常取引と大きく異なる | 経済的合理性が疑われる |
このように、架空取引の検討では、「存在するか、しないか」という二分法では足りません。取引先、契約、商品、物流、役務、検収、入金、在庫、資金の流れ、価格設定、最終需要者。そのそれぞれについて、どこまで実態があるのかを分解して確認していく必要があります。
収益認識基準上の出発点は「契約に経済的実質があるか」である
循環取引・架空取引を会計上検討する際の入口となるのは、収益認識基準です。
収益認識に関する会計基準では、基本となる原則として、約束した財又はサービスの顧客への移転を、当該財又はサービスと交換に企業が権利を得ると見込む対価の額で描写するように収益を認識する、という考え方が採用されています。そのため、収益を認識するにあたっては、単に請求書を発行したか、入金されたかではなく、顧客との契約、履行義務、取引価格、価格配分、履行義務の充足を検討することが求められます。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準第29号「収益認識に関する会計基準」等の公表
出典:企業会計基準委員会|改正企業会計基準第29号「収益認識に関する会計基準」等の公表
循環取引・架空取引では、とりわけ次の点が問題になります。
| 収益認識の検討項目 | 循環取引・架空取引での確認事項 |
|---|---|
| 契約の識別 | 当事者が実質的に権利義務を負っているか |
| 経済的実質 | 取引に売上計上以外の商業上の意味があるか |
| 履行義務 | 提供すべき財・サービスが具体的に存在するか |
| 支配の移転 | 商品・成果物・リスク・処分権限が顧客へ移っているか |
| 取引価格 | 価格設定に合理性があるか |
| 回収可能性 | 入金の原資や資金循環がないか |
| 表示 | 総額売上か純額手数料か、又はそもそも収益ではないか |
ポイント制度に関する実務解説においても、収益認識基準における契約識別の要件のひとつとして、契約に経済的実質があることが挙げられ、いわゆるUターン取引や循環取引のようなものはこの観点から問題となり得る、と整理されています。
循環取引では、形式的な契約書が存在していても、契約の経済的実質が乏しい場合があります。たとえば、取引価格が売上目標を達成するために設定されている。商品に最終需要がない。短期間で同一又は類似商品が複数社を経由して戻ってくる。各社のマージンが形式的である。資金が取引グループ内で循環している。こうした事情が見られる場合には、収益認識の前提を慎重に確認する必要があります。
「証憑がある」ことと「取引が実在する」ことは同じではない
循環取引・架空取引の難しさは、まさに証憑がそろっている点にあります。
監査や決算レビューの現場では、契約書、注文書、納品書、検収書、請求書、入金記録、債権残高確認書がそろっていれば、取引は実在するように見えます。しかし循環取引では、これらの証憑が取引実態を示すものではなく、正常取引を装うために整備されていることがあります。
そのため、証憑の確認は重要ではあるものの、そこで終わらせるべきではありません。
| 証憑 | 追加で確認すべき事項 |
|---|---|
| 契約書 | 契約締結の経緯、交渉記録、相手方の発注権限、通常条件との比較 |
| 注文書 | 誰が発注したか、発注理由、需要見込み、発注頻度 |
| 納品書 | 実際の物流、倉庫記録、運送記録、保管場所 |
| 検収書 | 検収者、検収手続、使用開始、成果物確認 |
| 請求書 | 請求根拠、請求条件、相手先の支払能力 |
| 入金記録 | 入金原資、同日又は近接日の資金移動、関連当事者経由の回金 |
| 残高確認 | 確認先の独立性、回答者の権限、確認差異、回収条件変更 |
とりわけ注意しておきたいのが、入金がある取引です。入金があれば安心しがちですが、循環取引では資金決済が実際に行われることがあります。資金が別の取引、貸付、前渡金、保証、関連会社経由の送金などによって戻っている場合、入金は取引の実在性を十分に裏付けるものにはなりません。
その意味で、循環取引・架空取引の検討においては、「証憑の存在」から「証憑が示す実態」へと視点を移すことが求められます。
商流を見る際は「誰が何を欲しがっていたのか」を確認する
循環取引・架空取引の検討で最も重要な問いは、意外なほど単純です。
「誰が、何を、なぜ必要としていたのか」
この問いに答えられない取引は、会計上、慎重に扱う必要があります。
商流の確認では、仕入先と販売先だけを見るのでは足りません。エンドユーザー、在庫の最終処分、役務の最終受益者、価格決定者、物流の実行者、資金負担者まで確認することになります。
| 商流上の確認事項 | 実務上の意味 |
|---|---|
| エンドユーザーの存在 | 最終的な需要があるか |
| 商品・役務の用途 | 取引先にとって経済的合理性があるか |
| 価格決定プロセス | 独立当事者間価格として説明できるか |
| 介在会社の役割 | 物流、信用補完、在庫リスク、販売活動を担っているか |
| 在庫の流れ | 実際に移動したか、戻っていないか |
| 取引の反復性 | 同種取引が短期間に繰り返されていないか |
| マージンの合理性 | 役割・リスクに見合う利益か |
| 返品・買戻し条件 | 実質的に販売が成立しているか |
循環取引では、介在会社が多数存在することがあります。もっとも、介在会社が多いこと自体が、ただちに不正を意味するわけではありません。商社、代理店、販売店、卸売業者が介在することは、通常の商流でもよくあることです。
問題となるのは、介在会社の役割が説明できない場合です。在庫リスクを負っていない、価格裁量がない、販売活動をしていない、物流にも関与していない、与信リスクも負っていない。それにもかかわらず売上高だけが総額で計上されているのであれば、本人代理人判断や総額純額表示の論点に加えて、そもそも取引に経済的実質があるかを検討する必要があります。
エンドユーザーの確認は、循環取引対応の核心である
循環取引の疑義がある場合、エンドユーザーの確認はきわめて重要な意味を持ちます。
取引が本当に市場需要に基づいているのであれば、最終的に商品・製品・役務を使用し、消費し、販売し、又は事業活動に利用する主体が存在するはずだからです。
反対に、エンドユーザーが不明確なまま、同じ商品が複数の商社や販売会社を経由して売買されている場合はどうでしょうか。その取引は、需要に基づく販売ではなく、売上高や資金を循環させるための取引である可能性があります。
エンドユーザー確認では、次のような観点が重要になります。
| 確認項目 | 着眼点 |
|---|---|
| 最終販売先 | 最終的に誰に販売されたか |
| 使用実態 | 商品・役務が実際に使用されたか |
| 需要の合理性 | 数量・価格・時期が需要と整合するか |
| 物流証跡 | 商品がエンドユーザーに届いたか |
| 契約関係 | エンドユーザーとの契約や発注根拠があるか |
| 代金負担 | 最終的に誰が経済的負担をしているか |
| 返品・買戻し | 商品が戻る条件がないか |
| 関連当事者性 | エンドユーザーが実質的に関係者でないか |
エンドユーザーが確認できない取引を、すべて否定する必要はありません。ただ、エンドユーザーが不明であるにもかかわらず、売上が急増している、短期間で債権が大きく膨らんでいる、在庫や前渡金が増加している、薄いマージンの取引が反復している。такие兆候が重なる場合には、通常の売上取引として説明できるかを慎重に検討すべきです。
資金循環は、売上の実在性を崩す重要な手掛かりになる
循環取引では、資金決済が実際に行われていることがあります。そのため、「入金済みだから売上は実在する」と考えるのは危険です。
確認すべきなのは、入金そのものではありません。入金の原資と、資金の戻りです。
| 資金循環の着眼点 | 確認すべき内容 |
|---|---|
| 入金原資 | 取引先自身の資金か、別会社からの資金か |
| 同日・近接日取引 | 入金前後に同額・近似額の送金がないか |
| 前渡金・貸付金 | 売上先又は関係会社へ資金供与していないか |
| 仕入代金 | 自社の支払が相手先の入金原資になっていないか |
| 関連当事者 | グループ会社・役員関係会社を経由していないか |
| 金融機関借入 | 取引継続のための資金繰り支援になっていないか |
| 相殺・ネッティング | 債権債務相殺により実態が見えにくくなっていないか |
外貨建取引や国際取引では、送金、信用状、輸出入書類、ネッティングなどにより、資金決済が複雑になることがあります。複数当事者間で差額をネッティングする方法など、資金の流れが単純な入出金だけでは把握しにくい取引も存在します。
こうした場合には、会計記録上の入金確認に加えて、資金の流れを時系列で整理することが有効です。そのうえで、取引先、仕入先、関連会社、金融機関、役員関係先を含めて資金が循環していないかを検討していきます。
本人代理人・総額純額表示との関係
循環取引・架空取引の検討では、本人代理人判断も重要な論点になります。
仮に取引自体に一定の実体があるとしても、企業が財又はサービスを顧客へ移転する前に支配していない場合には、総額で売上高を認識するのではなく、手数料又は純額表示を検討すべきことがあります。とりわけ商社的取引、代理店取引、仲介取引、IT・部品・素材の転売取引では、総額売上として表示することが適切かどうかが問題になります。
ただし、循環取引の疑義がある場合には、本人代理人判断に入る前に、より根本的な検討が必要です。
| 検討段階 | 問うべきこと |
|---|---|
| 入口判断 | そもそも顧客との契約があるか |
| 実体判断 | 財・サービスの移転があるか |
| 経済的実質 | 取引に商業上の意味があるか |
| 支配判断 | 企業が移転前に財・サービスを支配しているか |
| 表示判断 | 総額表示か純額表示か |
| 不正リスク判断 | 売上高を嵩上げする目的がないか |
つまり、総額か純額かという問題は、取引が実在し、収益認識の対象となることを前提とした、次の段階の論点です。取引そのものに経済的実質がない場合には、総額純額を論じる前に、売上認識自体の可否を検討しなければなりません。
棚卸資産との関係|商品があるから安心ではない
循環取引・架空取引では、棚卸資産も重要な論点になります。
棚卸資産は、販売され、又は販売活動・一般管理活動に関連して費消されることを主な目的として保有される財貨等であり、会計上は取得した金額により記録され、販売によって資金化されるまで企業が保有するものとして捉えられます。
しかし循環取引では、商品が実在していても、なお問題が残ります。
| 棚卸資産に関する疑義 | 会計上の論点 |
|---|---|
| 商品が倉庫にある | 所有権・処分権限は誰にあるか |
| 売上後も保管している | 支配は本当に移転したか |
| 顧客の預け在庫とされている | 実質的に自社在庫ではないか |
| 同一商品が再取得されている | Uターン取引ではないか |
| 滞留している | 収益性低下・評価損が必要ではないか |
| 買戻し条件がある | 売上ではなく金融取引ではないか |
物理的な在庫があることは、たしかに取引の一部を裏付けます。しかしそれは、売上の実在性をただちに裏付けるものではありません。むしろ、売上計上済みの商品が自社又は関係会社の管理下に残っている場合には、支配移転、所有権、リスク負担、返品・買戻し条件を慎重に確認する必要があります。
循環取引は、内部統制の「形式」ではなく「限界」を突く
循環取引は、内部統制がまったくない会社だけで起きるものではありません。承認プロセス、販売管理システム、与信管理、請求・入金管理、債権残高確認が存在していても、循環取引は発生し得ます。
企業会計審議会の内部統制基準では、内部統制には固有の限界があり、判断の誤り、不注意、複数担当者による共謀、非定型取引、経営者による内部統制の無視又は無効化などによって、有効に機能しなくなる場合があると整理されています。
出典:金融庁・企業会計審議会|財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準並びに財務報告に係る内部統制の評価及び監査に関する実施基準の改訂について(意見書)
循環取引では、次のような内部統制上の弱点が問題になります。
| 内部統制上の弱点 | 循環取引での現れ方 |
|---|---|
| 営業担当者への依存 | 取引先・価格・商流を特定担当者だけが把握している |
| 承認の形式化 | 売上金額や契約書の有無だけで承認される |
| 物流確認の不足 | 商品移動や倉庫記録を確認していない |
| 与信管理の限界 | 入金実績だけで信用評価している |
| 取引先審査の不足 | 実質的支配者や関連性を確認していない |
| 原価・粗利分析の不足 | 薄いマージン取引の合理性を検討していない |
| 例外取引の把握不足 | 決算期末の大口・非定型取引が十分に検証されていない |
| 経営者関与 | 売上目標達成の圧力により通常統制が迂回される |
会計不正の実務では、取引スキームを熟知している人物が内部統制の欠陥を突くことがあります。不正の実行者が社内で信頼され、長期間にわたって同一業務を担当し、取引の詳細を周囲が十分に把握していない、という状況も見られます。
そのため、循環取引への内部統制対応では、「承認されているか」ではなく、「承認者が何を見て判断したか」が重要になります。
監査対応では、通常の売上検証を超える視点が必要になる
循環取引・架空取引の疑義がある場合、通常の売上検証だけでは十分ではありません。
監査基準報告書240では、財務諸表の虚偽表示は不正又は誤謬から生じ、不正と誤謬は、虚偽表示の原因となる行為が意図的であるか否かにより区別されるとされています。また、同報告書は、財務諸表監査における不正に関する実務上の指針を提供し、不正による重要な虚偽表示リスクについて監査基準報告書315及び330をどのように適用すべきかを示しています。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書240「財務諸表監査における不正」
循環取引・架空取引の監査対応では、次のような検討が重要になります。
| 監査・レビュー上の観点 | 確認内容 |
|---|---|
| 取引実態の理解 | 商流、物流、資金流、契約関係を一体で把握する |
| 外部証拠の評価 | 証憑の出所、独立性、回答者の権限を確認する |
| 反復取引の分析 | 短期間・同一商品・同一関係者の反復性を見る |
| 粗利率分析 | 薄いマージン、大口低採算取引の合理性を検討する |
| 期末取引の検証 | 決算期末前後の売上・返品・取消・入金を確認する |
| 資金トレース | 入金の原資と支払先への回金を確認する |
| 在庫確認 | 商品の実在、所有権、保管場所、処分権限を確認する |
| 関連当事者性 | 役員・従業員・関係会社・実質支配者との関係を見る |
| 経営者関与 | 通常プロセスを迂回した承認や指示の有無を見る |
会社側が監査人と協議する際には、単に「証憑はそろっている」と説明するだけでは足りません。商流・物流・資金流・会計処理・内部統制・開示影響を一体で説明できる資料を準備しておく必要があります。
循環取引・架空取引が疑われる場合の会計処理上の検討順序
循環取引・架空取引の疑義がある場合、いきなり仕訳修正額を計算するのではなく、次の順序で検討することが実務上は有効です。
| 検討順序 | 検討内容 |
|---|---|
| 1 | 対象取引の範囲を特定する |
| 2 | 商流・物流・資金流を時系列で整理する |
| 3 | 顧客との契約が識別できるかを検討する |
| 4 | 財・サービスの履行義務が実在するかを確認する |
| 5 | 支配移転又は役務提供の実態を確認する |
| 6 | 取引に経済的実質があるかを判断する |
| 7 | 総額売上・純額手数料・金融取引・取引取消し等の会計上の性質を検討する |
| 8 | 売掛金、棚卸資産、前渡金、貸付金、引当金、税効果への影響を整理する |
| 9 | 過年度訂正、訂正報告書、適時開示、内部統制報告への影響を検討する |
| 10 | 監査人、監査役等、経営者、開示担当者との共有資料を整える |
とりわけ重要なのが、会計処理の性質判定です。
循環取引・架空取引が疑われる場合であっても、すべてを同じ処理にするわけではありません。個別の事実に応じて、売上取消し、総額から純額への修正、金融取引への組替え、債権評価、棚卸資産評価、引当金計上、関連当事者注記、過年度訂正など、複数の可能性を検討していくことになります。
売上取消しだけで終わらない周辺論点
循環取引・架空取引が発覚した場合、売上と仕入を取り消すだけでは足りないことがあります。
| 周辺論点 | 確認事項 |
|---|---|
| 売掛金 | 回収可能性、貸倒引当金、相手先の実在性 |
| 棚卸資産 | 実在性、所有権、評価損、滞留在庫 |
| 買掛金 | 仕入債務の実在性、相殺関係 |
| 前渡金・仮払金 | 実質的な資金供与ではないか |
| 貸付金 | 売買取引ではなく金融支援ではないか |
| 税効果 | 取消し・評価損・引当金に係る一時差異 |
| 連結 | グループ内取引、未実現損益、連結範囲 |
| 注記 | 重要な会計上の見積り、関連当事者、偶発債務 |
| 適時開示 | 不適切会計、業績影響、訂正、内部統制 |
| 内部統制報告 | 重要な不備、評価範囲、再発防止 |
| 監査報告 | 監査意見、KAM、強調事項等への影響 |
循環取引は、収益認識の問題として始まったとしても、最終的には財務報告全体の信頼性に関わる論点へと広がっていきます。
訂正・開示・虚偽記載リスクへの波及
循環取引・架空取引が過年度に及ぶ場合には、訂正報告書、過年度財務諸表の修正再表示、適時開示、内部統制報告書の訂正、虚偽記載責任の検討にまで波及する可能性があります。
金融商品取引法上、開示書類に重要な虚偽記載等がある場合には、発行会社や関係者の責任が問題となり得ます。具体的な責任の有無や範囲は、個別の事実、開示書類の種類、虚偽記載の重要性、取得者の状況、損害との因果関係等により専門的な判断を要するところです。もっとも会計実務者としては、単なる会計処理の修正にとどまらず、投資者保護と市場開示への影響を意識しておく必要があります。
出典:e-Gov法令検索|金融商品取引法
有価証券報告書等の開示制度では、財務諸表、監査証明、内部統制報告書、訂正報告、虚偽記載等の責任、適時開示が相互に関連しています。開示書類の訂正にあたっては、財務諸表以外の訂正や、過年度決算の訂正範囲も検討対象となり得ます。
循環取引・架空取引への対応では、早い段階で次の事項を整理しておくことが重要です。
| 項目 | 整理すべき内容 |
|---|---|
| 対象期間 | いつからいつまでの取引か |
| 対象会社 | 親会社、子会社、関連会社、取引先の範囲 |
| 対象科目 | 売上、仕入、在庫、債権債務、前渡金、貸付金 |
| 金額影響 | PL、BS、CF、税効果、セグメント、KPI |
| 開示影響 | 有報、短信、適時開示、内部統制報告書 |
| 監査影響 | 監査意見、監査手続、経営者確認書、KAM |
| 責任論点 | 経営者、担当者、監査役等、監査人、外部専門家 |
| 再発防止 | 内部統制、取引審査、データ分析、職務分掌 |
循環取引・架空取引を早期に論点化するための兆候
次に挙げる兆候は、単独でただちに循環取引・架空取引を意味するものではありません。しかし、複数が重なる場合には、会計・監査・内部統制・開示の観点から早期に論点化すべきです。
| 兆候 | 確認すべき論点 |
|---|---|
| 売上高が急増しているが営業キャッシュ・フローが伴わない | 売掛金の回収可能性、資金循環 |
| 粗利率が極端に低い大口取引が増えている | 商社取引の実質、金融支援、総額純額 |
| 同一又は類似商品が短期間に複数社を経由している | Uターン取引、循環取引 |
| 期末直前に大口売上が集中している | カットオフ、支配移転、検収実態 |
| 取引先から仕入先を指定されている | 独立した販売活動の有無 |
| 営業担当者が商流全体を説明できない | 取引実態の把握不足 |
| エンドユーザーが不明確である | 最終需要の有無 |
| 入金と支払が同日又は近接日に循環している | 資金循環、実質金融取引 |
| 在庫が売上計上後も自社管理下にある | 支配移転、所有権、買戻し条件 |
| 特定担当者が長期間同一取引を管理している | 内部統制の属人化 |
| 例外承認が反復している | 統制逸脱、経営者関与 |
| 関連会社・役員関係先が関与している | 関連当事者、開示漏れ |
兆候を発見したときに大切なのは、ただちに不正と決めつけないことです。一方で、通常の取引として放置してしまうことも危険です。事実関係を分解し、どの会計処理、どの開示、どの内部統制に影響する可能性があるかを整理していく姿勢が求められます。
専門家に相談する前に整理すべき事項
循環取引・架空取引の疑義がある場合、初動で情報が散逸してしまうと、その後の会計判断・監査対応・訂正対応が難しくなります。専門家に相談する前に、少なくとも次の事項を整理しておくと、論点の把握が早くなります。
| 整理事項 | 具体的な内容 |
|---|---|
| 取引一覧 | 対象取引、取引日、金額、相手先、商品・役務、担当者 |
| 商流図 | 仕入先、販売先、介在会社、エンドユーザー |
| 物流資料 | 出荷記録、納品記録、倉庫記録、運送記録、在庫保管場所 |
| 資金移動表 | 入金、支払、相殺、貸付、前渡金、関連会社経由の資金 |
| 契約・証憑 | 契約書、注文書、検収書、請求書、取締役会・稟議資料 |
| 会計処理 | 売上、仕入、在庫、債権債務、前渡金、貸付金の処理 |
| 収益認識判断 | 契約識別、履行義務、支配移転、取引価格、表示 |
| 内部統制 | 承認プロセス、例外処理、職務分掌、統制不備の可能性 |
| 監査人対応 | 既に説明した内容、監査人からの質問、未提出資料 |
| 開示影響 | 有報、短信、適時開示、内部統制報告書、KAMへの影響 |
| 影響額 | 当期・過年度、単体・連結、税効果、セグメント影響 |
この整理は、責任を追及するためだけのものではありません。財務報告を説明可能な状態へ戻すための、基礎となる作業です。
まとめ|循環取引・架空取引は「証憑」ではなく「実態」で判断する
循環取引・架空取引の会計上の本質は、形式的な売買や入金があるかどうかにはありません。
重要なのは、取引に経済的実質があり、財又はサービスの支配が顧客に移転し、対価がその移転を反映しており、商流・物流・資金流・証憑・内部統制・開示が一貫して説明できるかどうかです。
循環取引・架空取引では、取引先が実在し、資金決済が行われ、証憑が整っていることがあります。だからこそ、売上計上の根拠を証憑の有無だけに依存してはいけません。エンドユーザー、取引目的、価格の合理性、物流、在庫帰属、資金循環、総額純額表示、内部統制、開示影響を、一体として検討する必要があります。
上場企業・IPO準備企業・大規模グループにおいて、循環取引・架空取引の疑義、売上計上の妥当性、商流・資金流の整理、監査人への説明、訂正・開示影響の検討が必要となる場合には、早い段階で事実関係と会計論点を分けて整理しておくことが重要です。
犬飼公認会計士・税理士事務所では、収益認識、会計不正、不適切会計、訂正対応、監査対応、内部統制、開示影響を含む高度会計論点について、事実関係の整理から会計上の判断過程の文書化まで支援しています。循環取引・架空取引に該当するかどうか断定できない段階であっても、商流・物流・資金流・証憑・会計処理のどこに論点があるのかを整理したいという場合は、当事務所HPのお問い合わせページよりご相談ください。
振り返り
| 重要論点 | 実務上の要点 |
|---|---|
| 循環取引の本質 | 複数社を経由して商品・役務・資金が回り、売上高が嵩上げされる構造 |
| 架空取引の範囲 | 取引先や商品が実在しても、経済的実質がなければ問題となり得る |
| 収益認識 | 契約識別、履行義務、支配移転、取引価格、経済的実質を確認する |
| 証憑の限界 | 契約書・検収書・入金記録があっても取引実態を裏付けるとは限らない |
| 商流 | エンドユーザー、介在会社の役割、価格設定、最終需要を確認する |
| 資金循環 | 入金の有無だけでなく、入金原資と資金の戻りを確認する |
| 棚卸資産 | 商品の実在だけでなく、所有権、支配、保管場所、評価を確認する |
| 総額純額表示 | 取引実体がある場合でも、本人代理人判断を検討する必要がある |
| 内部統制 | 承認の有無ではなく、承認者が何を確認したかが重要 |
| 監査対応 | 商流・物流・資金流・会計処理・開示影響を一体で説明する |
| 訂正・開示 | 過年度訂正、適時開示、内部統制報告、虚偽記載リスクに波及し得る |
| 相談前整理 | 取引一覧、商流図、物流資料、資金移動表、会計処理、開示影響を整理する |