有価証券報告書虚偽記載と責任リスク|会計判断・訂正開示・投資者保護をどう接続するか

有価証券報告書の虚偽記載リスクは、法務部門だけが向き合う論点ではありません。

売上の前倒し、循環取引、棚卸資産の過大計上、減損回避、繰延税金資産の過大計上、関連当事者取引の不記載、継続企業の前提に関する不十分な開示。こうした事象は、いずれも最初は「会計処理の判断」「注記の粒度」「監査人との見解相違」という顔をして現れます。

しかし、その判断が有価証券報告書に反映され、投資者の意思決定に重要な影響を与える内容であったとすれば、問題はもはや会計論点にとどまりません。訂正報告書、内部統制報告書、監査人の追加手続、課徴金、損害賠償、役員責任、取引所対応、レピュテーション低下へと、連鎖的に広がっていきます。

本稿では、有価証券報告書の虚偽記載リスクを、会計実務の側から整理します。訴訟戦略や法律意見に代わるものではなく、上場企業・IPO準備企業・大規模グループの決算、開示、監査対応に関与する専門家が、会計判断を「後から説明できる形」にしておくための実務視点を中心に扱います。

目次

虚偽記載リスクは「誤った数字」だけの問題ではない

有価証券報告書の虚偽記載というと、売上高や利益を粉飾したケースを思い浮かべる方が多いかもしれません。もちろん、財務諸表本表の数値誤りは典型的なリスクです。ただ、実務の感覚としては、それだけでは十分とはいえません。

虚偽記載リスクは、少なくとも次の3つに分けて考えておく必要があります。

区分内容典型例
財務諸表本表の虚偽表示金額、科目分類、表示区分が誤っている架空売上、減損損失未計上、棚卸資産過大、引当金過小
注記の虚偽・不記載必要な注記がない、又は重要な前提が不十分重要な会計上の見積り、関連当事者、金融商品、税効果、偶発債務
記述情報の不整合・不十分開示財務諸表と事業等のリスク、MD&A、経営方針等が整合しない継続企業リスク、業績悪化要因、資金繰り、重要な不確実性の説明不足

会計不正は、財務諸表利用者を欺くための意図的な虚偽表示として現れることがあります。その対象は財務諸表本表だけではなく、注記や、財務諸表の信頼性に重要な影響を及ぼす開示事項にも及び得ます。

会計不正は、不適切な収益認識、費用・負債の隠蔽、期間帰属の操作、資産評価の歪み、不適切な開示といった形をとります。そのため、発見した際には「どの財務情報・開示情報に波及しているか」を横断的に確認することが欠かせません。

金融商品取引法は、企業内容等の開示制度を整備することで、有価証券の発行・流通を公正にし、投資者保護を図る制度です。したがって、有価証券報告書の虚偽記載リスクを検討する場面では、「会計基準に合っているか」を確かめるだけでは足りません。投資者がその情報を前提に意思決定する開示書類として適切といえるかどうかまで、視野に入れる必要があります。
出典:e-Gov法令検索|金融商品取引法

「虚偽記載等」とは、虚偽だけでなく重要事項の不記載も含む

実務でまず押さえておきたいのは、「虚偽記載等」が、単に事実と異なることを書いた場合だけを指すものではない、という点です。

金商法上の責任や課徴金を検討する文脈では、重要な事項について虚偽の記載がある場合に限らず、記載すべき重要な事項の記載が欠けている場合、あるいは誤解を生じさせないために必要な重要な事実の記載が欠けている場合も問題となり得ます。

そのため、開示担当者が「書いたことは間違っていない」と説明できたとしても、それで終わりではありません。重要な前提や制約を省略した結果、利用者に誤解を与える開示になっていないかどうかを、あらためて検討する必要があります。
出典:e-Gov法令検索|金融商品取引法

この視点は、会計上の見積りや記述情報において、とりわけ重要になります。

たとえば、繰延税金資産を計上している会社が、将来課税所得の見積りに大きく依存しているにもかかわらず、その前提となる事業計画の不確実性を十分に説明していない場合を考えてみます。このとき問われるのは、「計上額そのもの」の妥当性だけではありません。「投資者が判断するための前提情報が足りているか」もまた、検討の対象となります。

同様に、減損損失を認識しないという判断をした会社が、主要な事業計画の未達、資金繰りの悪化、撤退の検討、主要顧客の喪失といった反証情報を把握していた場合はどうでしょうか。財務諸表上の減損判断だけでなく、事業等のリスクやMD&Aとの整合性まで確認しなければなりません。

会計上の「重要性」と法的な「重要性」は、重なるが同一ではない

虚偽記載リスクを判断するうえで最も難しいのは、「重要性」の扱いです。

会計実務では、誤謬の訂正や修正再表示の要否について、金額的重要性と質的重要性を総合して判断します。ASBJの企業会計基準第24号においては、誤謬は、原因となる行為が意図的であるか否かにかかわらず、財務諸表作成時に入手可能な情報を使用しなかったこと、又は誤用したことによる誤りとされています。そこには、財務諸表の基礎データの収集・処理上の誤り、事実の見落としや誤解から生じる会計上の見積りの誤り、会計方針の適用誤り又は表示方法の誤りが含まれます。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準第24号 会計方針の開示、会計上の変更及び誤謬の訂正に関する会計基準

一方、金商法上の虚偽記載責任における重要性は、投資者保護の観点と強く結びついています。会計上の修正再表示の重要性判断と、金商法上の責任リスクにおける重要性判断とは、重なり合いつつも、完全に同一というわけではありません。

判断軸会計実務上の視点虚偽記載リスク上の視点
金額的重要性財務諸表全体、科目、利益、純資産への影響投資判断、株価、業績予想、配当、財務制限条項への影響
質的重要性経営者関与、不正性、反復性、内部統制不備投資者の信頼、開示姿勢、重要事実の隠蔽、説明の一貫性
期間当期・比較情報・過年度影響取得時期、公表時期、訂正時期、投資者損害
対象財務諸表本表・注記有報全体、確認書、内部統制報告書、適時開示との整合性
証拠会計基準、監査証拠、見積資料開示時点での認識、取締役会資料、監査人協議、外部公表

たとえば、税引前利益に対する影響額そのものは小さくても、赤字を黒字に見せる、上場維持基準や財務制限条項への抵触を回避する、業績予想の達成を演出する、役員報酬の業績条件に影響する。こうした事情が絡む場合には、質的重要性は一気に高まります。

会計実務者が責任リスクを整理する際、「監査上の重要性を下回るから問題ない」と単純化してしまうのは危険です。監査上の重要性、会計基準上の修正再表示の重要性、金商法上の投資者保護における重要性、取引所規則上の適時開示の重要性。これらは互いに重なりながらも、それぞれ異なる制度目的を持っています。

会社の責任|訂正しても、過去の開示リスクは消えない

有価証券報告書に重要な虚偽記載等があった場合、提出会社には金商法上の損害賠償責任が問題となります。とりわけ、流通市場で株式等を取得した投資者との関係では、金商法第21条の2が中心的な規定として検討されます。

現行法の具体的な適用については、個別事情と最新条文の確認が前提となります。そのうえで実務上は、虚偽記載等の存在、重要性、投資者の取得・保有状況、損害、因果関係、会社側の無過失主張の可否などが争点になります。
出典:e-Gov法令検索|金融商品取引法

ここで押さえておきたいのは、訂正報告書を提出したからといって、過去の虚偽記載リスクが消えるわけではない、という点です。

訂正報告書は、誤った開示を正すための手続にほかなりません。しかし、虚偽記載等があった期間に投資者が有価証券を取得し、その後、事実の公表や訂正によって価格が下落した場合、訂正したこと自体が責任リスクを直ちに解消してくれるわけではないのです。むしろ、訂正の内容、訂正の時期、初動開示の適切性、調査範囲、経営者の認識、監査人との協議経過が、後続の責任判断において検討されることになります。

したがって、誤謬や不正が判明した段階で必要になるのは、単に訂正仕訳を作ることではありません。次の事項を、同時並行で整理していく必要があります。

整理事項確認すべき内容
対象書類有価証券報告書、半期報告書、臨時報告書、内部統制報告書、確認書、決算短信、適時開示
対象期間何期まで遡るか、比較情報だけで足りるか、提出済書類の訂正が必要か
影響額PL、BS、純資産、セグメント、税効果、1株当たり情報、配当可能性
不正性意図性、隠蔽、共謀、経営者関与、内部統制無効化
公表時期疑義公表、第三者委員会設置、調査報告書、訂正報告書、決算訂正
投資者影響株価、業績予想、資金調達、財務制限条項、信用格付け
説明資料取締役会資料、監査役等報告、監査人協議記録、論点メモ

なお、過年度誤謬について会計基準上は修正再表示が求められる場合であっても、公表済みの有価証券報告書そのものの訂正方法は、各開示制度の中で整理されます。過去の財務諸表の比較情報を当期の有価証券報告書で修正再表示しただけでは、提出済み有価証券報告書の訂正報告書提出を代替できない場合がある点には、注意が必要です。

役員責任|「経理部門のミス」では済まない局面がある

虚偽記載リスクにおいては、会社だけでなく、役員の責任も問題となり得ます。

役員が直接不正に関与していない場合であっても、財務報告プロセス、内部統制、子会社管理、重要な会計上の見積り、開示判断、監査人対応について、どのような監督・確認を行っていたかが問われます。

とりわけ、経営者が業績目標の達成、上場維持、資金調達、財務制限条項の回避を目的として強いプレッシャーをかけていた場合、あるいは不自然な会計処理を認識しながら是正しなかった場合には、「知らなかった」という説明だけでは足りないことがあります。

役員責任という観点では、次の資料が、後になって重要な意味を持ちます。

資料実務上の意味
取締役会資料重要な会計判断、リスク、代替案を役員が認識していたか
経営会議資料業績目標、資金繰り、事業撤退、減損・税効果の前提との整合性
監査役等への報告監督機関に重要論点を適時に共有していたか
監査人協議メモ監査人に重要情報を開示し、争点を協議していたか
内部通報・内部監査報告不正兆候や統制不備を把握していたか
開示委員会資料有報・適時開示・短信・確認書の整合性を検討していたか
経営者確認書経営者がどの範囲で財務報告責任を確認したか

実務上の落とし穴は、会計処理の最終判断を、経理部門や監査人に寄せすぎてしまうことです。監査人は会計処理の妥当性を監査しますが、財務諸表と開示書類を作成し、必要な事実を提示する責任は、あくまで会社側にあります。経営者が重要な前提情報を監査人に提供していなかったのであれば、監査済みであることをもって責任リスクが十分に低減されるとはいえません。

監査人責任|監査済みでも会社の説明責任は残る

有価証券報告書には監査報告書が添付されます。そのため、不正や虚偽記載が発覚すると、「監査人は何を見ていたのか」という議論が起こります。

ただし、監査人の責任を検討する前提として、財務諸表監査の限界を正しく理解しておかなければなりません。JICPAの監査基準報告書240は、不正には不正な財務報告と資産の流用があること、監査人は不正によるか誤謬によるかを問わず、財務諸表全体に重要な虚偽表示がないことについて合理的な保証を得る責任があること、そして監査の固有の限界があるため、適切に監査を実施しても重要な虚偽表示が発見されないリスクが残ることを示しています。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書240 財務諸表監査における不正

また、同報告書は、不正を防止・発見する基本的な責任は経営者にあり、取締役会や監査役等も責任を負うとしています。監査役等による監視には、経営者による内部統制の無効化や利益調整といった、財務報告プロセスへの不適切な干渉を考慮することが含まれるとされています。監査人は、経営者が内部統制を無効化するリスクを考慮し、監査の過程を通じて職業的懐疑心を保持する責任を負います。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書240 財務諸表監査における不正

こうした前提を踏まえると、会社側の実務対応としては、次のような整理が必要になります。

論点会社側が確認すべきこと
監査人に提示した事実契約、議事録、事業計画、反証情報、法務情報を漏れなく提示したか
監査人の質問対応不都合な情報を省略せず、説明に一貫性があったか
経営者判断の文書化見積り、重要性、開示要否を会社として判断した文書があるか
監査役等との共有監査人との重要な協議事項を監査役等に共有したか
監査意見への依存監査済みであることをもって会社の作成責任を免れようとしていないか

虚偽記載の発覚後に監査人責任が議論されること自体はあります。しかし、会社側の初動として本当に重要なのは、監査人に責任を転嫁することではありません。会社がどの事実を把握し、どのように判断し、どのように開示したのか。それを自らの手で整理することです。

課徴金・行政対応|故意の有無だけで判断しない

虚偽記載等が問題となる場合、検討すべきは民事責任だけではありません。課徴金をはじめとする行政上の措置も、対象に入ってきます。

証券取引等監視委員会は、課徴金制度について、開示書類の虚偽記載等の違反行為の抑止を図り、法規制の実効性を確保するための行政上の措置として、金銭的負担を課す制度と説明しています。対象となる違反行為には、発行開示書類の虚偽記載等、継続開示書類の不提出、継続開示書類等の虚偽記載等などが含まれます。
出典:証券取引等監視委員会|開示規制違反に係る課徴金制度について

継続開示書類の虚偽記載等については、虚偽記載等のある有価証券報告書等を提出した発行者が課徴金の対象となり、有価証券報告書及びその添付書類又はそれらの訂正報告書が「有価証券報告書等」とされています。また、課徴金額は、発行者が発行する算定基準有価証券の市場価額の総額の10万分の6又は600万円のいずれか高い額とされています。
出典:証券取引等監視委員会|開示規制違反に係る課徴金額の算定方法等

この点で見落とせないのは、社内で「意図的な不正ではない」と整理したとしても、それだけで行政上のリスクがなくなるわけではない、ということです。金融庁の資料では、継続開示書類の虚偽記載等に対する課徴金制度は、開示制度の実効性確保と将来の違反行為の抑止を目的とするものであり、重要性のある虚偽記載等が対象となるものの、故意や過失は要件とされていないと整理されています。
出典:金融庁|金融審議会ディスクロージャーワーキング・グループ事務局説明資料

したがって、社内調査メモにおいては、次のように責任類型ごとに分けて整理しておく必要があります。

責任・措置主な検討軸
民事責任虚偽記載等、重要性、損害、因果関係、取得時期、会社・役員の過失等
課徴金継続開示書類等の虚偽記載等、重要性、対象書類、算定基準
刑事責任故意性、悪質性、組織性、隠蔽、関与者
取引所措置不適正開示、内部管理体制、投資者信頼の毀損
内部統制報告開示すべき重要な不備、評価範囲、是正状況
監査対応監査意見、追加手続、監査役等とのコミュニケーション

取引所対応|適時開示違反は市場信頼の問題になる

有価証券報告書の虚偽記載が発覚した場合に求められるのは、金商法上の訂正だけではありません。取引所規則上の対応も必要になります。

東京証券取引所は、上場会社が適時開示に係る規定に違反した場合、又は企業行動規範の遵守すべき事項に違反した場合において、改善の必要性が高いと認めるときには、上場会社に改善報告書の提出を求め、提出から6か月経過後には改善状況報告書の提出を求めることとしています。さらに、改善報告書の提出に応じない場合や、改善の見込みがないと認められる場合には、上場廃止につながる可能性があります。
出典:日本取引所グループ|改善報告書の提出

有価証券報告書の訂正や会計不正の公表は、適時開示の面でも重大な意味を持ちます。たとえば、調査委員会の設置、過年度決算の訂正、内部統制上の不備、監査意見への影響、業績予想の修正、上場維持基準への影響がある場合には、TDnetによる適時開示の時期と内容を慎重に判断しなければなりません。

適時開示実務では、決定事実、発生事実、決算情報の区分、開示時期、報道対応、インサイダー情報管理、訂正開示、不適正な開示に対する措置まで、一体として管理していく姿勢が求められます。

虚偽記載リスクが高まりやすい会計論点

有価証券報告書の虚偽記載リスクは、特定の会計領域に集中しやすい傾向があります。金額が大きいというだけでなく、経営者の判断、見積り、外部証拠の限界、取引実態の把握困難性が絡み合う領域です。

会計論点虚偽記載リスクが高まる場面確認すべき資料
収益認識架空売上、循環取引、検収前売上、本人代理人判定誤り契約書、発注書、検収書、商流図、入出金、エンドユーザー確認
棚卸資産在庫水増し、滞留在庫評価損未計上、預け在庫不備棚卸表、実地棚卸結果、滞留リスト、販売実績、外部保管確認
固定資産減損兆候未識別、過大な将来CF、撤退計画の未反映事業計画、取締役会資料、減損判定資料、不動産評価
税効果繰延税金資産の過大計上、企業分類誤り課税所得計画、スケジューリング、税務申告、事業計画
金融商品時価評価誤り、非上場株式評価、デリバティブ評価評価資料、第三者評価、時価レベル、契約条件
引当金・偶発債務訴訟、リコール、保証、債務保証の不十分開示法務意見、弁護士照会、品質情報、保証契約
関連当事者取引条件、資金支援、実質的な関係者の不記載取引一覧、役員関係、資本関係、契約書
継続企業資金繰り悪化、財務制限条項、重要な不確実性の説明不足資金繰り表、金融機関交渉、事業再建計画
連結範囲実質支配、子会社除外、SPC、海外子会社議決権、契約、役員派遣、資金支援、意思決定権限
企業結合・PPAのれん、識別無形資産、暫定処理、減損取得契約、PPA資料、評価報告、買収時計画

とりわけ循環取引では、伝票上の売買、薄いマージン、実質的な金融支援、仕入先と販売先の入替り、Uターン取引、クロス取引といった要素が重なり、形式的な証憑だけでは取引実態を把握できないことがあります。

循環取引においては、参加企業が全貌を知らされないまま、仕入先・販売先・価格を指示されるだけという場合もあります。これを単なる売上取引として処理してしまえば、虚偽記載リスクに直結します。

「見積りの外れ」と「虚偽記載」は区別するが、資料化が不可欠である

会計上の見積りは、将来事象に依存するものです。したがって、後になって実績が見積りと乖離したからといって、それが直ちに虚偽記載になるわけではありません。

問題になるのは、期末時点で入手可能だった情報を使用しなかった、反証情報を無視した、経営者に都合のよい仮定だけを採用した、重要な不確実性を開示しなかった。こうした場合です。

会計上の見積りについては、見積額と実績の乖離そのものよりも、乖離の原因のほうが重要です。見積時点では想定できなかった事象による乖離であれば、当時の最善の見積りであった可能性があります。

一方、見積時点で当然考慮すべき事項を考慮していなかった場合や、楽観的な見積りをしていた場合には、誤謬、修正再表示、内部統制上の改善点を示唆することがあります。

こうした事情から、見積り論点では、次の観点を必ず文書化しておきます。

文書化すべき事項内容
見積り時点どの時点で、どの情報に基づいて判断したか
使用した情報内部データ、外部データ、契約、取締役会資料、専門家評価
除外した情報なぜ採用しなかったか、反証情報をどう評価したか
主要な仮定成長率、利益率、割引率、稼働率、回収率、税務上の課税所得
感応度主要仮定が変化した場合の影響
代替案減損認識、評価損計上、引当金計上、注記拡充など
承認過程経理部門、事業部、経営者、取締役会、監査役等の関与
監査人協議提出資料、監査人コメント、未解決論点
開示判断注記、記述情報、適時開示への反映

「当時は合理的だった」と後から説明するためには、当時の資料が残っていなければなりません。後日の記憶や口頭説明だけで、虚偽記載リスクに耐えられる説明を組み立てることは、まず困難です。

非財務情報・将来情報にも虚偽記載リスクは広がっている

近年の有価証券報告書では、サステナビリティ、人的資本、気候変動、リスク情報、経営戦略、MD&Aといった、非財務情報や将来情報の重要性が高まっています。これらは財務諸表本表とは性質が異なり、将来情報、見積り情報、第三者から取得した情報を含むため、不確実性の高い領域です。

2026年4月10日、金融庁は「金融商品取引法及び資金決済に関する法律の一部を改正する法律案」を第221回国会に提出しました。その説明資料では、一定のプライム市場上場企業に対し、サステナビリティ開示基準に基づく情報開示及び第三者保証を義務付けることなどが示されています。
出典:金融庁|第221回国会における金融庁関連法律案
出典:金融庁|金融商品取引法及び資金決済に関する法律の一部を改正する法律案 説明資料

また、同法案について、参議院の議案審議情報では、令和8年4月10日に提出され、令和8年6月11日に衆議院本会議で可決され、令和8年6月15日に参議院財政金融委員会に付託された状況が公表されています。
出典:参議院|議案審議情報 金融商品取引法及び資金決済に関する法律の一部を改正する法律案

内閣法制局の公表情報では、同法案の提出理由として、暗号資産に係る情報公表制度等の整備のほか、特定非財務情報の開示及び監査証明に係る制度の整備、有価証券届出書の提出免除基準の引上げ、有価証券の不公正取引に係る課徴金の算定方法の見直し等が挙げられています。
出典:内閣法制局|金融商品取引法及び資金決済に関する法律の一部を改正する法律案

この動向は、虚偽記載リスクの実務に重要な示唆を与えます。すなわち今後は、財務諸表本表だけでなく、非財務情報、将来情報、第三者データ、サステナビリティ指標についても、作成プロセス、根拠資料、レビュー統制、保証対応を整備していく必要があるということです。

ただし、制度改正の適用時期、対象会社、セーフハーバー・ルールの範囲、民事責任・行政責任・刑事責任との関係については、法案の成立状況、政省令、開示ガイドライン、実務指針により確認が必要です。したがって2026年時点の実務では、現行制度を前提としながら、制度改正の進行状況を確認し、将来情報等の開示プロセスを先行して整備していく姿勢が求められます。

虚偽記載リスクを下げるための実務対応

虚偽記載リスクを下げるうえで最も重要なのは、結論を守り抜くことではありません。事実、基準、判断過程、開示影響を一貫して説明できる状態にしておくことです。

具体的には、次の実務対応が有効です。

対応実務上のポイント
論点メモの作成会計処理、代替案、重要性、開示影響、監査論点を1枚で整理する
事実関係の固定契約、入出金、議事録、メール、取引先確認、法務情報を保存する
反証情報の検討会社に不利な情報、計画未達、撤退検討、資金繰り悪化を明示的に検討する
開示横断レビュー財務諸表、注記、事業等のリスク、MD&A、短信、適時開示を照合する
監査人との早期協議決算末直前ではなく、論点発見時に相談する
監査役等への共有重要な会計判断と開示判断を監査役等に適時共有する
内部統制評価虚偽表示を防止又は発見できなかった統制不備を分析する
外部専門家の活用会計、税務、法務、評価、不正調査の専門領域を切り分ける
開示時期管理疑義公表、調査委員会、訂正、業績予想修正のタイミングを管理する
再発防止策原因に対応した統制設計・運用検証まで落とし込む

なかでも、開示横断レビューは軽視されがちです。財務諸表注記ではリスクを限定的に記載している一方、MD&Aでは楽観的な説明をしている。事業等のリスクには抽象的な一般論しか書かれていない。適時開示では「影響は軽微」としたにもかかわらず、有報では重要な会計上の見積りとして記載している。こうした不整合は、後日の説明責任を確実に弱めます。

専門家に相談すべき局面

虚偽記載リスクには、社内判断だけで処理すべきではない局面があります。とりわけ、次のいずれかに該当する場合には、会計・監査・開示・法律の各専門家を早期に関与させることをお勧めします。

相談が必要な兆候理由
過年度訂正の可能性がある訂正範囲、訂正書類、監査人対応、内部統制報告への影響が連鎖する
経営者関与が疑われる不正性、監査人対応、監査役等、第三者調査が問題になる
株価・業績予想への影響が大きい投資者損害、適時開示、課徴金、訴訟リスクが高まる
見積りの反証情報がある減損、税効果、引当金、GCなどで虚偽記載化しやすい
子会社・海外拠点不正である連結範囲、子会社管理、グループ内部統制の問題になる
調査委員会設置を検討している調査範囲、独立性、開示時期、証拠保全が重要になる
監査人との見解相違が重大監査意見、KAM、訂正監査、内部統制監査に影響する
取引所から照会を受けている改善報告書、特別注意銘柄、上場契約違約金に発展し得る

虚偽記載リスクの実務においては、会計処理の結論だけを相談しても十分とはいえません。相談の際には、少なくとも、事実関係、会計処理案、影響額、重要性判断、訂正対象書類、監査人協議状況、内部統制への影響、開示スケジュールを整理しておくことが望まれます。

まとめ|虚偽記載リスク管理は「正しい数字」ではなく「説明できる開示」を作ること

有価証券報告書の虚偽記載リスクは、単なる法務リスクではありません。会計基準の適用、見積り、注記、記述情報、適時開示、内部統制、監査対応、投資者保護が一体となって現れる領域です。

重要なのは、後から「その時点で利用可能だった情報に基づき、なぜその会計処理・開示判断をしたのか」を説明できる状態にしておくことです。

見せたい数字を作るのではなく、説明できる数字を整える。これは虚偽記載リスクを避けるための防御的な姿勢であると同時に、資本市場に対する信頼を守るための実務姿勢でもあります。

犬飼公認会計士・税理士事務所では、過年度訂正、不適切会計、会計不正、内部統制報告制度、有価証券報告書の訂正、適時開示、監査人協議に関する論点について、会計処理・開示影響・根拠資料・専門家連携を一体で整理する支援を行っています。虚偽記載リスクが懸念される会計論点について、社内判断だけで進めることに不安をお持ちの場合は、当事務所HPのお問い合わせページよりご相談ください。

振り返り

重要事項実務上の確認ポイント
虚偽記載等の範囲虚偽の記載だけでなく、重要事項の不記載や誤解を避けるために必要な事実の不記載も問題になる
対象となる情報財務諸表本表、注記、記述情報、確認書、内部統制報告書、適時開示まで横断的に見る
重要性判断金額的重要性だけでなく、黒字化、上場維持、業績予想、資金調達、経営者関与など質的重要性を確認する
会社責任訂正報告書を提出しても、過去の虚偽記載リスクや投資者損害リスクは消えない
役員責任経理部門の処理ミスに見えても、監督、内部統制、開示判断、監査人対応が問われることがある
監査人責任監査済みであることは会社の作成責任を免れさせるものではない
課徴金リスク継続開示書類等の虚偽記載等は課徴金対象となり得るため、故意の有無だけで判断しない
取引所対応不適正開示は改善報告書、特別注意銘柄、上場契約違約金などにつながる可能性がある
高リスク会計論点収益認識、棚卸資産、減損、税効果、金融商品、引当金、関連当事者、GC、連結範囲は重点確認が必要
見積り論点実績との乖離だけでなく、見積時点で入手可能な情報を使ったか、反証情報を検討したかが重要
非財務情報サステナビリティ・将来情報にも虚偽記載リスクが広がっており、制度改正動向の確認が必要
相談前整理事実関係、影響額、重要性、訂正範囲、監査人協議、内部統制、開示時期を整理して相談する
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