貸倒引当金・債権評価|日本基準における債権区分・貸倒見積高・税効果・監査対応の実務整理

貸倒引当金は、債権の回収不能リスクを財務諸表に反映するための評価性引当金です。

ただ、実務の難しさは「貸倒引当金を何%計上するか」という計算だけにあるわけではありません。

むしろ判断が求められるのは、債権をどの区分に分類するのか、債務者の信用状態をどの時点のどの情報で判断するのか、担保・保証をどこまで回収見込額として考慮できるのか。さらに、税務上の損金算入可否と会計上の見積りをどう切り分け、監査人に対してどのような証拠資料で説明するのか、という一連の判断過程です。

上場企業やIPO準備企業、大規模グループの決算において、貸倒引当金は単なる売掛金の評価勘定にとどまりません。収益認識、与信管理、債権回収、関係会社支援、債務超過、税効果、内部統制、KAM、そして過年度訂正リスクにまで連鎖していくことがあります。

本稿では、日本基準を前提に、貸倒引当金・債権評価を実務判断として説明できる形で整理します。

目次

貸倒引当金は「債権評価」の会計処理である

貸倒引当金は、引当金という名称を持ってはいますが、貸借対照表上は債権の評価に関する項目です。

企業会計基準第10号「金融商品に関する会計基準」では、受取手形、売掛金、貸付金その他の債権の貸借対照表価額について、取得価額又は償却原価法に基づく価額から、貸倒見積高に基づいて算定された貸倒引当金を控除した金額とする旨が定められています。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準第10号 金融商品に関する会計基準

この定めからも分かるとおり、貸倒引当金は、将来の支出に備える負債性引当金とは性格が異なります。製品保証引当金や工事損失引当金が将来の費用又は損失の見越計上であるのに対し、貸倒引当金は、金銭債権の回収可能価額を財務諸表に反映するための評価性引当金だからです。

したがって、貸倒引当金を検討する際には、まず対象となる債権の性質を把握しておく必要があります。

金融商品会計において、金融資産には、現金預金、受取手形、売掛金、貸付金等の金銭債権、有価証券、デリバティブ取引により生じる正味の債権等が含まれます。このうち金銭債権は、将来の一定期日に他の企業から現金を受け取る契約上の権利として整理されます。

実務では、売掛金、貸付金、未収入金、求償債権、関係会社債権、長期未収債権など、科目名にかかわらず、実質的に金銭債権として回収リスクを負うものを検討対象に含めることが必要です。

貸倒引当金の入口は「債権区分」にある

貸倒引当金の実務は、債権を適切に区分することから始まります。

一般事業会社における日本基準の実務では、債権は大きく次の3区分で整理されます。

債権区分基本的な考え方
一般債権経営状態に重要な問題が生じていない債務者に対する債権
貸倒懸念債権経営破綻には至っていないが、債務の弁済に重要な問題が生じている、又は生じる可能性が高い債務者に対する債権
破産更生債権等経営破綻又は実質的に経営破綻に陥っている債務者に対する債権

この3区分は、単なる形式的な分類ではありません。どの区分に該当するかによって、貸倒見積高の算定方法そのものが変わってきます。

とりわけ、一般債権と貸倒懸念債権の境界、そして貸倒懸念債権と破産更生債権等の境界は、実務上の争点になりやすい領域です。

決算日時点で債務者が法的に破綻していなくても、資金繰り、返済遅延、条件変更、債務超過、継続企業の前提、主要取引先の喪失、金融機関支援の有無などを総合的に見れば、すでに弁済に重大な問題が生じている場合があります。

貸倒引当金の見積りは、債権区分を誤ると、いくら計算過程が精緻であっても結論が大きく歪みます。まず判断すべきなのは「貸倒率」ではなく、「この債権はどの信用状態にある債務者に対する債権か」という点です。

一般債権:貸倒実績率による集合的評価

一般債権とは、経営状態に重要な問題が生じていない債務者に対する債権です。

一般債権については、債権全体又は同種・同類の債権ごとに、過去の貸倒実績率等に基づいて貸倒見積高を算定するのが基本的な考え方となります。

ここで大切なのは、「過去実績率を使う」こと自体ではなく、その母集団が現在の債権リスクを適切に表しているかどうかです。

たとえば、債権の種類、取引条件、回収サイト、顧客属性、地域、業種、担保の有無、販売チャネル、与信管理体制が異なる債権を一括して同じ貸倒率で評価してしまうと、信用リスクを適切に反映できない場合があります。

一般債権の検討では、少なくとも次の点を確認しておきたいところです。

  • 貸倒実績率の算定期間は適切か
  • 異常値や一過性の貸倒実績をどう扱うか
  • 債権を同種・同類にグルーピングする必要があるか
  • 期末日時点で延滞が生じている債権を一般債権に含めてよいか
  • 取引先の信用状態に変化がないか
  • 期末日後の回収状況が期末日時点の信用状態を示していないか
  • 経済環境や業界環境の変化を貸倒率に反映する必要があるか

特に注意したいのは、過去数年間に貸倒実績がほとんどない場合でも、それだけで貸倒リスクがないとは限らないという点です。

債権残高が急増している場合、取引先の業種構成が変化している場合、支払条件を緩和している場合、延滞債権が増加している場合には、過去実績率が将来の回収リスクを十分に表さない可能性があります。

貸倒懸念債権:個別評価が中心となる

貸倒懸念債権とは、経営破綻には至っていないものの、債務の弁済に重要な問題が生じている、又は生じる可能性が高い債務者に対する債権を指します。

この区分では、一般債権のように過去の平均的な貸倒率だけで処理するのではなく、個別債権ごとに回収可能性を検討することが重要になります。

貸倒懸念債権の貸倒見積高は、債権の状況に応じて、財務内容評価法又はキャッシュ・フロー見積法により算定されます。

財務内容評価法では、債権額から担保・保証・清算配当等による回収見込額を控除した残額について、債務者の財政状態及び経営成績を考慮して貸倒見積高を算定します。

財務内容評価法で見るべきポイント

財務内容評価法では、債務者の財務内容に基づき、担保・保証等による回収可能額を控除したうえで、残額の回収可能性を評価します。

この方法を用いる場合、確認すべき資料は、単なる決算書にとどまりません。直近の試算表、資金繰り表、借入明細、返済予定、担保評価、保証契約、金融機関の支援状況、事業計画、債務超過の状況、債務弁済に関する交渉状況などを、総合的に見ていく必要があります。

特に注意しておきたいのは、債務者から受領した事業計画をそのまま信用しないことです。

事業計画が存在するだけでは、回収可能性の根拠として十分ではありません。過去の計画達成状況、売上・利益・資金繰りの前提、資金調達の実現可能性、主要取引先の継続可能性、固定資産売却等の実行可能性を、ひとつずつ検証する必要があります。

キャッシュ・フロー見積法で見るべきポイント

キャッシュ・フロー見積法は、将来キャッシュ・フローに基づき回収可能額を見積る方法です。

この方法を用いる場合、債務者からの将来回収額、回収時期、割引率、返済計画の実現可能性が重要になります。単に「将来返済予定がある」というだけでは足りません。その返済原資が何であり、どの程度確実に見込めるのかを確認する必要があります。

キャッシュ・フロー見積法は、計算構造としては明確です。しかし実務上は、仮定の置き方によって金額が大きく変動します。回収時期を少し後ろ倒しにするだけで現在価値が変わることがありますし、将来の返済原資に過度に楽観的な前提を置けば、貸倒引当金が過小になる可能性もあります。

したがって、キャッシュ・フロー見積法を採用する場合には、単に表計算を作成するのではなく、将来キャッシュ・フローの発生根拠を説明できる資料を整えておくことが求められます。

破産更生債権等:実質破綻も含めて判断する

破産更生債権等とは、経営破綻又は実質的に経営破綻に陥っている債務者に対する債権です。

ここでいう「破産更生」は、名称どおりの法的破産・更生手続だけを意味するわけではありません。法的手続に入っていなくても、実質的に経営破綻に陥っている場合には、破産更生債権等として評価すべき局面があります。

破産更生債権等では、債権額から担保・保証等による回収見込額を控除した残額について、原則として貸倒見積高を算定します。回収不能部分が明確な場合には、貸倒引当金として処理するか、直接減額するかも検討対象になります。

JICPAの金融商品会計Q&Aでも、破産更生債権等の貸倒見積高について、貸倒引当金処理と直接減額の取扱いが論点として示されています。
出典:日本公認会計士協会|金融商品会計に関するQ&A

実務上は、法的手続開始の有無だけでなく、次のような事実を確認していきます。

  • 支払停止又は長期延滞の有無
  • 債務超過の程度
  • 金融機関からの支援打切り又は条件変更
  • 主要事業の停止又は主要取引先の喪失
  • 代表者・経営陣の状況
  • 事業継続計画の実現可能性
  • 清算配当又は再生計画に基づく回収見込額
  • 担保処分の実現可能額
  • 保証人又は保証会社からの回収可能性

特に関係会社債権については、債務者の財政状態だけでなく、親会社又はグループとして支援を継続する意思と能力があるかどうかも問題になります。

ただし、「支援するつもりである」という経営者の意向だけで、回収可能性が自動的に認められるわけではありません。支援の具体性、資金手当、取締役会決議、金融機関との合意、事業計画の合理性を検討していく必要があります。

担保・保証は「存在」ではなく「回収可能額」で見る

貸倒引当金の見積りでは、担保や保証の存在が重要な要素になります。

しかし、担保権や保証契約が存在することと、実際に回収できることは同じではありません。

担保については、評価額、処分可能性、処分時期、先順位権利者、換価費用、法的制約、市況変動を検討します。

不動産担保であれば、鑑定評価額や路線価だけではなく、実際に処分可能な価格、処分までの期間、担保設定順位、賃貸借や環境問題の有無も確認しておく必要があります。動産・在庫・売掛債権担保であれば、実在性、劣化、二重譲渡、回収可能性、債務者の協力可能性が問題になります。

保証については、保証人又は保証会社の支払能力を確認します。保証契約があっても、保証人自体が財政的に不安定であれば、回収見込額として全額を控除することは慎重に考える必要があります。

債務保証の履行により求償債権が発生する場合も同様です。保証債務を履行した時点で、主たる債務者に対する求償債権が生じますが、その求償債権について回収可能性が低い場合には、貸倒引当金又は貸倒損失の検討が必要になります。

債務保証損失引当金の目的取崩しと、求償債権に対する貸倒引当金又は貸倒損失は、連続した論点として整理しておくことが求められます。

関係会社債権は、通常債権よりも説明が難しい

貸倒引当金で特に慎重な整理が必要なのが、関係会社債権です。

親会社から子会社への貸付金、未収入金、立替金、営業債権、保証履行に伴う求償債権などは、形式上は一般的な金銭債権であっても、通常の第三者取引とは異なる要素を持ちます。

関係会社債権では、次の点が論点になります。

  • 子会社の単独財務諸表上の返済能力
  • グループとして支援を継続する意思と能力
  • 支援が債権回収可能性を高めるのか、単に損失を先送りしているのか
  • 子会社株式の減損と貸倒引当金の整合性
  • 債務保証損失引当金との重複又は不足
  • DES、債権放棄、増資、組織再編との関係
  • 連結上の債権債務消去と税効果

たとえば、債務超過の子会社に対して債権を保有し、さらに親会社が連帯保証をしている場合には、子会社株式の減損、債権に対する貸倒引当金、債務保証損失引当金が同時に問題となります。債務超過に対応する債権について貸倒引当金を計上し、保証債務について別途損失を認識する処理が必要となる局面もあります。

この領域では、個別論点を別々に処理すると、損失認識の重複又は漏れが生じる可能性があります。子会社株式、債権、保証、税効果、連結修正を一体で整理しておくことが重要です。

連結財務諸表では貸倒引当金が消去されることがある

連結会社間の債権債務については、連結決算手続で相殺消去されます。

このとき、親会社が子会社に対する債権について貸倒引当金を計上している場合、連結上は債権債務が消去されるため、対応する貸倒引当金も減額修正されます。

ここで見落としやすいのが税効果です。

連結会社間の債権債務の相殺消去に伴い、貸倒引当金が減額修正される場合、連結財務諸表固有の一時差異が生じることがあります。貸倒引当金繰入額が税務上の損金算入要件を満たすか、個別財務諸表上で繰延税金資産を計上しているかによって、連結上の繰延税金負債の取扱いが異なってきます。

この論点は、単体財務諸表だけを見ていると把握しにくい領域です。上場企業や大規模グループでは、関係会社債権の貸倒引当金を検討する際に、連結上の消去、子会社の税務ポジション、個別財務諸表上の繰延税金資産、連結固有の一時差異まで確認しておく必要があります。

税務上の貸倒引当金と会計上の貸倒引当金は一致しない

貸倒引当金は、税務との関係でも誤解が生じやすい項目です。

法人税法第52条は、一定の内国法人について、個別評価金銭債権及び一括評価金銭債権に係る貸倒引当金の損金算入を定めています。
出典:e-Gov法令検索|法人税法

しかし、税務上の損金算入限度額は、会計上の貸倒引当金を決めるものではありません。

会計上の貸倒引当金は、金融商品会計基準に基づく債権評価として、回収可能性を財務諸表に反映するために見積ります。一方、税務上の貸倒引当金は、課税所得計算上、一定の要件を満たす範囲で損金算入を認める制度です。目的が異なる以上、両者の金額が一致しないことは珍しくありません。

会計上の貸倒引当金が税務上損金不算入となる場合、その差額は将来減算一時差異となり、回収可能性を検討したうえで繰延税金資産の対象になります。税効果会計では、貸倒引当金、賞与引当金、棚卸資産評価減、退職給付引当金、固定資産の減価償却などが一時差異の例として整理されます。

ただし、繰延税金資産を計上できるかどうかは、将来の課税所得、タックスプランニング、スケジューリング、企業分類等に基づき別途判断が必要です。貸倒引当金を会計上計上したからといって、繰延税金資産も自動的に計上できるわけではありません。

会計上の見積りとしての貸倒引当金

貸倒引当金は、会計上の見積りの代表的な項目です。

会計上の見積りは、財務諸表作成時に入手可能な情報に基づいて合理的な金額を算出するものであり、将来事象の結果に依存するため、見積りの不確実性を伴います。貸倒引当金は、過去の事象に起因して将来の回収不能額を見積もる、まさに典型的な項目といえます。

ここで重要なのは、貸倒引当金の実績額と見積額に差が生じた場合、その差異が直ちに誤りを意味するわけではないという点です。

期末日時点で入手可能だった情報に基づき合理的に見積っていたものの、その後に新たな事象が発生したのであれば、見積りの変更として扱うことが考えられます。

一方、期末日時点で既に存在していた延滞、信用不安、資金繰り悪化、担保価値の下落、事業計画未達、法的手続の兆候などを見落としていた場合には、過去の誤謬となる可能性があります。

この区分は、上場企業の実務では非常に重要です。見積りの変更であれば当期以降の処理となる一方、過去の誤謬であれば修正再表示や訂正報告書の検討につながる可能性があるためです。

重要な会計上の見積りの開示との関係

貸倒引当金は、金額的重要性や不確実性の程度によって、重要な会計上の見積りの開示対象となる可能性があります。

企業会計基準第31号「会計上の見積りの開示に関する会計基準」は、当年度の財務諸表に計上した金額が会計上の見積りによるもののうち、翌年度の財務諸表に重要な影響を及ぼすリスクがある項目を識別し、注記することを求めています。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準第31号 会計上の見積りの開示に関する会計基準

貸倒引当金が開示対象となるかどうかは、単に残高が大きいかどうかだけでは判断できません。たとえば、特定の大口債権、関係会社貸付金、プロジェクトファイナンス、海外債権、信用不安先債権、保証履行後の求償債権などは、金額的重要性に加え、見積りの不確実性が高い場合があります。

開示対象となる場合には、次のような情報を整理しておく必要があります。

  • 貸倒引当金又は対象債権の金額
  • 見積りの方法
  • 主要な仮定
  • 債権区分の判断
  • 担保・保証による回収見込額
  • 将来キャッシュ・フローの見積り
  • 翌期の財務諸表に影響を及ぼすリスク
  • 感応度又は不確実性の説明

実務上は、監査報告書のKAMと企業側の見積り開示との整合性も重要になります。実際に、銀行業では貸倒引当金の算定や信用リスクの影響評価がKAMとして取り上げられる事例が見られます。

一般事業会社であっても、大口債権や関係会社債権の回収可能性が重要な監査論点となる場合には、KAMや記述情報との関係を意識した整理が必要です。

監査対応で問われるポイント

貸倒引当金は、監査上も重要な見積り領域になりやすい項目です。

JICPAの監査基準報告書540「会計上の見積りの監査」では、会計上の見積りに係る重要な虚偽表示リスクが、見積りの不確実性、複雑性、主観性等の固有リスク要因の影響を受けることが示されています。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書540 会計上の見積りの監査

貸倒引当金について監査人が確認するのは、最終的な計上額だけではありません。通常は、次のような観点が問われます。

  • 債権残高の網羅性・正確性
  • 債権年齢表の正確性
  • 滞留債権・延滞債権の把握漏れ
  • 債権区分の判断根拠
  • 債務者の財政状態・経営成績の把握
  • 担保・保証の評価
  • 回収実績・期末日後回収の確認
  • 貸倒実績率の算定方法
  • 将来キャッシュ・フロー見積りの合理性
  • 経営者の仮定に偏りがないか
  • 税効果・注記・KAMとの整合性

特に監査上問題になりやすいのは、「決算時点で会社が把握していた、又は把握すべきだった情報」です。期末日後に回収不能が判明した場合でも、その原因が期末日前に存在していたのであれば、期末日時点の見積りに反映すべき情報だった可能性があります。

一方、期末日後に新たな事象が発生したことにより信用状態が悪化した場合には、後発事象又は翌期以降の見積り変更として扱う余地があります。この区分は、監査人との協議において非常に重要な論点です。

貸倒引当金と不正リスク

貸倒引当金は、利益調整や不適切な資産評価と結びつきやすい領域でもあります。

会計不正の類型としては、不適切な収益認識、負債・費用の隠蔽、期間帰属の操作、不適切な資産評価、不適切な開示などが挙げられます。貸倒引当金の過少計上は、不適切な資産評価に該当し得る典型的な領域です。

貸倒引当金を過少に見積れば、債権が過大に表示され、費用が過少に計上されます。逆に、貸倒引当金を過大に計上すれば、将来の戻入れによって利益を調整する余地が生じます。

したがって、貸倒引当金の見積りは、保守的であればよいという単純な話ではありません。財務諸表作成時点で利用可能な情報に基づき、偏りのない最善の見積りを行う必要があります。

監査人や開示担当者に対して説明すべきなのは、「安全側に見た」ことではなく、「なぜその見積りが合理的なのか」という点です。

予想信用損失モデルへの見直し動向

本稿執筆時点では、日本基準における貸倒引当金は、現行の金融商品会計基準・実務指針に基づく債権区分と貸倒見積高の考え方を前提としています。

ただし、ASBJでは、金融商品会計基準の見直しとして、予想信用損失モデルに基づく金融資産の減損について検討が進められています。ASBJのプロジェクトページでは、2025年10月29日に企業会計基準公開草案第89号「金融商品に関する会計基準(案)」等が公表され、2026年2月6日にコメント募集が締め切られ、現在は公開草案に寄せられたコメントへの対応を検討していることが示されています。
出典:企業会計基準委員会|金融商品に関する会計基準

公開草案段階の内容を、現行基準として扱うことはできません。しかし貸倒引当金の領域では、今後、発生損失的な考え方から、より予想信用損失に近い考え方へ実務が変化していく可能性があります。特に金融機関、貸付金残高の大きい事業会社、長期債権・金融保証・ローンコミットメントを有する会社では、今後の基準開発の動向を継続的に確認していく必要があります。

なお本稿では、現行日本基準の一般事業会社における債権評価を中心に整理しており、金融機関における自己査定、債務者区分、業種別監査実務指針に基づく信用損失モデルの詳細は対象外としています。銀行・保険業では、一般事業会社とは異なる自己査定や債務者区分に基づく、より厳密な信用リスク管理が行われるため、別途、業種固有の指針を確認する必要があります。

実務での検討手順

貸倒引当金を後から説明できる形で整理するには、次の順序で検討していくことが有効です。

1. 対象債権を網羅的に把握する

まず、売掛金、受取手形、貸付金、未収入金、立替金、求償債権、関係会社債権、長期滞留債権などを洗い出します。

この段階で重要なのは、勘定科目名だけで対象を限定しないことです。実質的に金銭債権であり、回収不能リスクを負うものは検討対象になり得ます。

2. 債務者ごとに信用状態を整理する

次に、債務者ごとの信用状態を確認します。

確認する資料は、債務者の決算書、試算表、資金繰り表、信用調査、支払履歴、延滞状況、条件変更の有無、金融機関対応、担保・保証、期末日後の回収状況などです。

大口債権については、担当部門の説明だけではなく、経理・財務・法務・営業・与信管理部門が把握する情報を突合しておくことが重要です。

3. 債権区分を判断する

信用状態に基づき、一般債権、貸倒懸念債権、破産更生債権等に区分します。

この判断では、延滞日数だけで自動判定しないことが大切です。延滞がなくても財政状態が著しく悪化していれば貸倒懸念債権となる可能性がありますし、延滞があっても一時的な事務処理遅延であれば一般債権として整理できる場合もあります。

4. 貸倒見積高を算定する

債権区分に応じて、貸倒実績率、財務内容評価法、キャッシュ・フロー見積法等により貸倒見積高を算定します。

この段階では、計算シートだけでなく、採用した方法の理由、基礎データ、前提、異常値処理、担保・保証の評価、事業計画の検証内容を残しておく必要があります。

5. 税効果と連結影響を整理する

会計上の貸倒引当金と税務上の損金算入額に差異がある場合、将来減算一時差異として税効果の検討が必要になります。

また、関係会社債権については、連結上の債権債務消去、貸倒引当金の消去、連結固有の一時差異を確認します。

6. 注記・KAM・開示との整合性を確認する

金額的重要性又は不確実性が高い場合には、重要な会計上の見積り、金融商品注記、関連当事者注記、事業等のリスク、MD&A、KAMとの整合性を確認します。

貸倒引当金の注記や開示は、単に「貸倒実績率により計上」と記載するだけでは、財務諸表利用者に重要な不確実性が伝わらないことがあります。

貸倒引当金で避けるべき判断

貸倒引当金の実務では、次のような判断を避ける必要があります。

まず、税務上の限度額をそのまま会計上の貸倒引当金とする判断です。税務上の損金算入限度額は、会計上の回収可能性を直接表すものではありません。

次に、延滞がないから一般債権とする判断です。延滞の有無は重要な要素ですが、債務者の財政状態や資金繰りに重大な問題があれば、貸倒懸念債権として検討すべき場合があります。

また、担保があるから貸倒リスクはないとする判断も危険です。担保は、換価できて初めて回収手段になります。評価額、処分可能性、先順位権利者、処分費用、処分時期を検討する必要があります。

さらに、関係会社だから回収できる、あるいは親会社が支援するから問題ないという判断も不十分です。支援の意思と能力、支援の具体性、子会社の事業計画、債権回収可能性を分けて整理する必要があります。

最後に、前期と同じ方法だから問題ないという判断です。貸倒引当金は会計上の見積りであり、事業環境、取引条件、債務者の信用状態、回収実績が変化すれば、見積方法も見直す必要があります。

貸倒引当金は「回収可能性を説明する会計」である

貸倒引当金の本質は、債権の回収可能性を財務諸表にどう反映するかにあります。

そのため貸倒引当金の実務では、計上額を出すこと以上に、判断過程を説明できることが重要になります。

どの債権を対象にしたのか。

どの債務者をどの区分にしたのか。

なぜ貸倒懸念債権又は破産更生債権等に該当すると判断したのか。

担保・保証をどこまで回収見込額に含めたのか。

将来キャッシュ・フローをどのように見積ったのか。

税効果、連結修正、注記、KAMと整合しているのか。

これらを整理して初めて、貸倒引当金は「後から説明できる数字」になります。

貸倒引当金・債権評価に関するご相談について

貸倒引当金は、会計処理、税務、連結、開示、監査対応が交差する領域です。

特に、大口債権、関係会社債権、債務超過先への貸付金、条件変更債権、保証履行後の求償債権、海外債権、回収遅延債権については、単に貸倒率を当てはめるだけでは判断が不十分となることがあります。

犬飼公認会計士・税理士事務所では、日本基準に基づく貸倒引当金・債権評価について、債権区分の整理、貸倒見積高の検討、担保・保証の評価、税効果・連結影響の確認、監査人説明資料の整理まで、実務判断を「後から説明できる形」に整える支援を行っています。

貸倒引当金の計上要否や見積方法、関係会社債権の評価、監査人への説明にお悩みがある場合は、犬飼公認会計士・税理士事務所HPのお問い合わせページからご相談ください。

この記事の振り返り

論点実務上の要点
貸倒引当金の性格債権の回収不能リスクを反映する評価性引当金である
対象債権売掛金、貸付金、未収入金、求償債権、関係会社債権などを実質で把握する
債権区分一般債権、貸倒懸念債権、破産更生債権等に区分する
一般債権貸倒実績率を用いるが、母集団や環境変化の検討が必要
貸倒懸念債権財務内容評価法又はキャッシュ・フロー見積法により個別評価する
破産更生債権等法的破綻だけでなく、実質破綻も含めて判断する
担保・保証存在ではなく、実際の回収可能額として評価する
関係会社債権子会社株式、保証、DES、連結消去、税効果との整合性を確認する
税務税務上の損金算入限度額と会計上の貸倒引当金は一致しない
税効果有税引当は将来減算一時差異となり、回収可能性を検討する
開示重要な会計上の見積り、金融商品注記、KAMとの整合性を確認する
監査対応債権区分、見積方法、担保評価、期末日後回収を証拠資料で説明する
今後の動向ASBJの予想信用損失モデルに関する基準開発を継続確認する必要がある
よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

目次