有価証券報告書は、財務諸表を提出するためだけの書類ではありません。
上場企業の有価証券報告書では、連結財務諸表、個別財務諸表、注記といった財務情報に加えて、事業の内容、経営方針、事業等のリスク、経営者による財政状態・経営成績・キャッシュ・フローの状況の分析、設備の状況、コーポレート・ガバナンス、サステナビリティ情報など、数多くの記述情報が一体として開示されます。
財務諸表が「数字そのもの」を示すものだとすれば、記述情報は「その数字をどのように理解すべきか」を説明するものだといえます。
そのため、財務情報と記述情報が分断された有価証券報告書は、形式的には記載項目を満たしていても、利用者にとっては読み解きにくい開示になってしまいます。さらに、会計上の見積り、減損、税効果、収益認識、金融商品評価、継続企業の前提、事業再編といった高度会計論点では、財務諸表注記と記述情報の不整合が、監査対応、KAM、訂正リスク、虚偽記載リスクにまで波及することがあります。
本稿では、日本基準に基づいて財務諸表を作成する上場企業を前提に、有価証券報告書における財務情報と記述情報をどのように接続すべきかを、実務判断の観点から整理します。
有価証券報告書は「財務諸表」と「事業説明」を一体で読む開示書類である
有価証券報告書には、財務諸表本表と注記だけでなく、企業の概況、事業の状況、設備の状況、提出会社の状況、経理の状況などが体系的に記載されます。
一般に財務情報というと、貸借対照表、損益計算書、包括利益計算書、株主資本等変動計算書、キャッシュ・フロー計算書、注記、附属明細表などが中心になります。
一方、記述情報に含まれるのは、事業内容、経営方針、経営環境、対処すべき課題、事業等のリスク、MD&A、重要な契約、研究開発活動、設備投資、コーポレート・ガバナンス、サステナビリティ、人材戦略などです。
もっとも、この両者は明確に切り離せるものではありません。
たとえばMD&Aには、売上高、営業利益、セグメント損益、キャッシュ・フロー、財務指標が記載されます。これらは数値情報ですが、その数値をどう分析し、どのような要因で増減したのかを説明するという点では、記述情報でもあります。
同様に、事業等のリスクで記載されるリスクは、減損、繰延税金資産の回収可能性、貸倒引当金、棚卸資産評価、金融商品の時価、引当金、継続企業の前提など、財務諸表上の認識・測定に直接影響することがあります。
財務報告の観点からも、有価証券報告書上の連結財務諸表・親会社単体財務諸表は財務情報であり、経営者、従業員の状況、事業環境、事業等のリスクなどは非財務情報に分類される一方、業績予想値は財務情報、その根拠に関する記述は非財務情報として整理されることがあります。
ただ、実務上重要なのは、分類そのものではありません。
財務諸表に表れた数字と、有価証券報告書の中で経営者が説明している事業実態、リスク、方針、将来見通しが、同じ事実認識に基づいているかどうか。ここが本質です。
財務情報は「測定された結果」、記述情報は「測定結果の意味」を説明する
財務情報は、会計基準に基づいて認識・測定・表示された結果です。
売上高は、顧客との契約から生じる収益について、収益認識基準に基づいて認識された結果です。
固定資産は、取得原価、減価償却、減損、資産除去債務といった判断を経て表示された結果です。
繰延税金資産は、一時差異の解消見込、将来課税所得、スケジューリング、タックスプランニングなどを踏まえて計上された結果です。
金融商品は、分類、時価、信用リスク、ヘッジ関係、評価技法といった判断を反映した結果です。
これに対して記述情報は、その結果がなぜ生じたのか、経営者がどのように理解しているのか、どのようなリスクや将来見通しがあるのかを説明します。
つまり記述情報は、財務諸表の外側にある「飾り」ではありません。財務情報の背景にある経済実態、経営判断、不確実性を説明するための情報です。
金融庁も、記述情報の充実に向けて「記述情報の開示に関する原則」や「記述情報の開示の好事例集」を公表・更新しています。これらは、ルールへの形式的な対応にとどまらない開示の充実に向けた企業の取組みを促すことを目的としたものです。
出典:金融庁|企業情報の開示に関する情報(記述情報の充実)
この点を踏まえると、有価証券報告書の作成実務では、財務諸表作成チームと、開示・IR・経営企画・法務・サステナビリティ・人事・事業部門が別々に文章を作るだけでは不十分です。
財務諸表の数字が固まった後に記述情報を後追いで整えるのではなく、決算論点の発見段階から、開示上どのように説明するかを意識しておく必要があります。
「経理の状況」は有価証券報告書全体の中心にある
有価証券報告書における財務情報の中心は、「経理の状況」です。ここには、連結財務諸表、個別財務諸表、注記、附属明細表、監査報告書などが含まれます。
しかし、「経理の状況」はあくまで有価証券報告書の一部にすぎません。
実務上は、そこに記載されている財務諸表・注記が、他の記述情報と整合しているかを確認しなければなりません。たとえば、次のような関係です。
- 減損損失を計上している場合には、MD&Aでその背景となる事業環境、収益性低下、事業計画の見直しがどのように説明されているか。
- 繰延税金資産を計上している場合には、MD&Aや事業等のリスクに記載された業績見通し、構造改革、資金繰り、継続企業の前提との整合性があるか。
- 収益認識で一定期間認識、変動対価、本人代理人判断、契約資産・契約負債が重要な場合には、事業内容やMD&Aで収益構造が十分に説明されているか。
- 金融商品の時価評価や為替リスクが重要な場合には、金融商品注記、事業等のリスク、MD&Aでリスク管理と業績影響がつながっているか。
- 企業結合や事業再編を行った場合には、企業結合注記、重要な契約、事業等のリスク、MD&A、セグメント情報が整合しているか。
KAMに関する実務解説でも、監査報告書に記載されたKAMだけでなく、有価証券報告書の記述情報まで読むことで、KAMの対象となった収益認識の範囲や重要性をより具体的に理解できる場合があるとされています。
これは、財務情報と記述情報を分断して作成してはならないことを示しています。
会計処理の結論を説明するためには、財務諸表注記だけでなく、有価証券報告書全体の記述が同じ判断構造に基づいている必要があるのです。
MD&Aは「前年からの増減説明」ではなく、経営者の分析である
記述情報の中でも、財務情報との接続が特に重要なのが、経営者による財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析、いわゆるMD&Aです。
MD&Aは、損益計算書や貸借対照表の増減を文章でなぞるための欄ではありません。経営者が、当期の業績、財政状態、資金繰り、キャッシュ・フロー、投資、財務政策をどのように分析しているかを示す欄です。
したがって、単に「売上高は増加しました」「営業利益は減少しました」と書くだけでは足りません。どの事業で、どの要因により、どのような収益構造の変化があり、それが財務諸表にどう反映されたのかを説明する必要があります。
特に上場企業の会計実務では、次のような論点とMD&Aの接続が重要になります。
- 収益認識の変更や契約条件の変化が売上高・利益率に与えた影響。
- 棚卸資産評価損や工事損失引当金が売上総利益率に与えた影響。
- 減損損失が営業利益、特別損失、セグメント損益、将来投資計画に与えた影響。
- 繰延税金資産の回収可能性判断と税金費用、当期純利益の関係。
- 為替変動、金利変動、金融商品評価が損益や純資産に与えた影響。
- 退職給付債務、株式報酬、引当金などの見積りが将来費用に与える影響。
- 企業結合や事業分離が売上高、利益、のれん償却、減損リスク、セグメントに与える影響。
ここで押さえておきたいのは、MD&Aが財務諸表の説明であると同時に、経営者の認識を示す情報でもあるという点です。
会計上の見積りは、経営者が将来事項を予測して期末に金額を見積もるものであり、経営者の偏向の可能性や見積りの不確実性を伴います。見積額と実績に乖離が生じた場合には、その原因が見積時点で想定できなかった事象によるものか、それとも見積時点で当然考慮すべき事項を考慮していなかったことによるものかを、慎重に検討する必要があります。
そのため、MD&Aで示される経営者の認識と、会計上の見積りに用いた事業計画や仮定が大きく異なる場合には、説明可能性が低下します。
「投資者向けには明るい見通しを示すが、会計上の見積りでは保守的な前提を置く」こと自体が、常に誤りというわけではありません。しかし、その違いを合理的に説明できなければ、監査上も開示上も問題になり得ます。
事業等のリスクは、財務諸表注記と連動して読む必要がある
事業等のリスクは、財務諸表の外側にある一般的なリスク紹介ではありません。
ここでは、企業の財政状態、経営成績、キャッシュ・フローの状況等に重要な影響を与える可能性があると経営者が認識している主要なリスクについて、顕在化する可能性の程度や時期、対応策などを具体的に記載することが求められます。
出典:金融庁|「事業等のリスク」の開示
このリスク情報は、会計処理と密接に関係します。
リスク情報の開示は、財務諸表本体・注記におけるリスク情報の開示と、財務諸表外でのリスク情報の開示に分類でき、前者は会計上の認識・測定に大きく影響する問題であると整理されています。
たとえば、事業等のリスクで、特定市場の需要減少、主要顧客の喪失、原材料価格の高騰、為替変動、金利上昇、法規制変更、技術陳腐化、資金調達リスクを記載している場合、それらはいずれも財務諸表に影響します。
- 需要減少は、棚卸資産の評価、固定資産の減損、繰延税金資産の回収可能性に影響します。
- 主要顧客の喪失は、貸倒引当金、売上計上、契約資産、収益認識、セグメント情報に影響します。
- 原材料価格の高騰は、棚卸資産評価、工事損失引当金、価格転嫁、粗利率の分析に影響します。
- 為替変動は、外貨建債権債務、為替差損益、ヘッジ会計、在外子会社換算、為替換算調整勘定に影響します。
- 資金調達リスクは、継続企業の前提、借入金の財務制限条項、流動性リスク、金融商品注記に影響します。
このように、事業等のリスクに書かれている内容は、会計上の見積りや注記と整合していなければなりません。
継続企業の前提に重要な疑義が存在する場合には、経理の状況における注記の有無にかかわらず、有価証券報告書の「事業等のリスク」および「財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析」に、具体的かつ分かりやすく記載することが求められると整理されています。
この考え方は、継続企業に限らず、高度会計論点全般に応用できます。
財務諸表に重要な影響を与えるリスクを認識しているのであれば、そのリスクが財務諸表注記、MD&A、KAM、監査人との協議にどう関係するかを、一体として整理しておく必要があります。
サステナビリティ情報は、財務情報から切り離せない領域になっている
近年、記述情報の中でもサステナビリティ情報の重要性が急速に高まっています。
2023年1月31日の開示府令等の改正により、有価証券報告書等に「サステナビリティに関する考え方及び取組」の記載欄が新設され、サステナビリティ情報の開示が求められることとなりました。あわせて「従業員の状況」において、女性管理職比率、男性の育児休業取得率、男女間賃金格差といった多様性指標の開示も求められ、これらは2023年3月期決算企業から適用されています。
出典:金融庁|サステナビリティ情報の開示に関する特集ページ
さらに、2025年3月5日にSSBJがサステナビリティ開示基準の適用基準、一般開示基準、気候関連開示基準を公表し、2026年3月13日に一部改正しています。
出典:サステナビリティ基準委員会|サステナビリティ開示基準
2026年2月20日には、金融庁が開示府令等の改正を公表し、東京証券取引所プライム市場上場会社のうち平均時価総額が1兆円以上の会社に対し、SSBJ基準に従って有価証券報告書等にサステナビリティ情報を記載することを義務づける制度整備を行いました。適用時期は原則として2028年3月31日以後に終了する事業年度に係る有価証券報告書等ですが、平均時価総額が3兆円以上の会社については、2027年3月31日以後に終了する事業年度に係る有価証券報告書等から適用されます。
出典:金融庁|「企業内容等の開示に関する内閣府令及び特定有価証券の内容等の開示に関する内閣府令の一部を改正する内閣府令」等の公布及びパブリックコメントの結果について
サステナビリティ情報は、非財務情報と呼ばれることがあります。
しかし、上場企業の決算・開示実務においては、これを財務情報から切り離して考えるべきではありません。
- 気候関連リスクは、固定資産の減損、耐用年数、資産除去債務、棚卸資産評価、引当金、保険、設備投資計画、金融商品リスクに影響します。
- 人的資本に関する方針は、人件費、退職給付、株式報酬、引当金、事業継続、人材確保リスク、将来収益力に影響します。
- サプライチェーンや人権リスクは、調達コスト、契約解除、訴訟・偶発債務、在庫評価、収益認識、事業等のリスクに影響します。
- 研究開発や知的資本に関する情報は、無形資産、減損、PPA、のれん、事業計画に影響します。
したがって、サステナビリティ開示を担当部署だけで作成し、経理部門が後から整合性を確認するという進め方では、十分とはいえません。
財務諸表上の見積りや注記に影響する可能性があるサステナビリティ関連リスクについては、決算論点としても扱う必要があります。
記述情報の充実は、単なる文章量の増加ではない
記述情報の充実というと、文章量を増やすことだと誤解されることがあります。
しかし、有価証券報告書の開示品質は、分量だけで決まるものではありません。むしろ、重要でない一般論が増えるほど、投資者が本当に読むべき情報が埋もれてしまいます。
金融庁は、2018年度から毎年度、投資家・アナリスト・有識者および企業による勉強会を実施したうえで「記述情報の開示の好事例集」を公表しており、2026年3月27日には「記述情報の開示の好事例集2025」の最終版を公表しています。同好事例集は、既に開示の充実に取り組んでいる企業には更なる充実を、これから取り組む企業には開示の底上げを促すことを目的としたものです。
出典:金融庁|「記述情報の開示の好事例集2025」の最終版公表
実務上、記述情報の充実とは、次のような方向性を意味します。
- 企業固有の事業モデルが読み取れること。
- 経営者が認識する重要なリスクと対応策が具体的であること。
- 財務諸表の数値変動と経営者の分析がつながっていること。
- 会計上の見積りの前提と、事業計画・リスク認識が整合していること。
- KPI、非財務指標、財務指標がバラバラでなく、経営戦略に結びついていること。
- 将来情報について、前提、仮定、推論過程、社内検討プロセスが説明できること。
- 開示の粒度が、投資者の意思決定に資する水準になっていること。
つまり記述情報の充実とは、見栄えのよい文章を増やすことではありません。財務諸表に表れた数字が、事業の実態、経営者の認識、将来の不確実性とどのように結びついているかを、投資者に説明できるようにすることです。
「その他の記載内容」としての記述情報は、監査対応上も重要である
財務諸表監査の対象は、財務諸表に対する監査意見です。
しかし監査人は、有価証券報告書に含まれる財務諸表以外の記述情報について、まったく関係しないわけではありません。
JICPAは、監査基準委員会報告書720「その他の記載内容に関連する監査人の責任」等の改正を公表しています。改正の主な内容としては、その他の記載内容と監査人が監査の過程で得た知識との間に重要な相違があるかどうかを検討すること、その他の記載内容について重要な誤りがあると思われる兆候に注意を払うこと、監査報告書にその他の記載内容に関する区分を設けることなどが示されています。
出典:日本公認会計士協会|監査基準委員会報告書720「その他の記載内容に関連する監査人の責任」の改正について
また、2023年1月31日の開示府令改正に伴い、有価証券報告書等で参照された他の公表書類が監査基準報告書720の対象になるかどうかについても、JICPAが周知文書を公表しています。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書720周知文書第3号の公表について
このため、有価証券報告書の記述情報は、監査人にとっても確認対象となる実務領域です。
会社側としては、記述情報をIR部門や経営企画部門だけの文章と考えるのではなく、監査人が監査過程で得た知識と重要な相違がないか、財務諸表と矛盾していないか、重要な情報を省略していないかを意識する必要があります。
特に、会計上の見積り、減損、税効果、収益認識、金融商品、継続企業、企業結合、会計不正・訂正に関係する記述情報については、監査人との協議に先立って、社内で十分に整合性を確認しておくべきです。
財務情報と記述情報の不整合が生じやすい領域
有価証券報告書で不整合が生じやすいのは、財務諸表作成部門と記述情報作成部門が異なる情報源を使っている場合です。典型的には、次のような領域が挙げられます。
収益認識と事業説明
収益認識では、契約、履行義務、支配移転、変動対価、本人代理人、返品、ポイント、契約資産・契約負債などの判断が重要になります。
一方、事業内容やMD&Aでは、売上の増減要因、販売チャネル、主要顧客、契約形態、価格改定、サブスクリプション、代理店取引などが説明されます。
ここで、財務諸表注記では一定期間認識をしているにもかかわらず、事業説明では単純な出荷販売のように記載されていると、読み手が収益認識の実態を誤解する可能性があります。
減損と事業等のリスク・MD&A
減損会計では、資産グルーピング、兆候、割引前将来キャッシュ・フロー、回収可能価額、割引率、正味売却価額などが重要になります。
一方、事業等のリスクやMD&Aでは、事業環境、競争状況、投資回収、設備投資、撤退・再編、収益性低下などが説明されます。
財務諸表では減損を認識しているのに、MD&Aでは事業の課題や収益性低下に触れていない場合、説明の整合性が不足します。
反対に、事業等のリスクで重大な需要減少や事業撤退可能性を記載しているのに、減損の兆候や繰延税金資産の回収可能性との関係が整理されていない場合も、監査上の論点になり得ます。
税効果と将来見通し
繰延税金資産の回収可能性は、将来課税所得、スケジューリング、企業分類、タックスプランニングに基づいて判断されます。この判断には、事業計画が深く関わります。
したがって、MD&Aで厳しい経営環境や収益性低下を強調している場合には、繰延税金資産の回収可能性判断との整合性を説明できる必要があります。
事業計画上は黒字化を見込んで繰延税金資産を計上しているにもかかわらず、記述情報からはその回復シナリオや前提が読み取れない場合、財務諸表利用者にとって判断しにくい開示になってしまいます。
金融商品・為替リスクとリスク情報
金融商品、外貨建取引、ヘッジ会計では、市場リスク、信用リスク、流動性リスク、為替リスク、金利リスクが重要になります。
外貨建取引に関する実務では、事業の状況における事業上のリスク、MD&A、経理の状況における財務諸表本表・注記を通じて、為替リスクに関連する開示の全体像を捉えることが考えられます。
為替リスクを重要なリスクとして記載しているにもかかわらず、金融商品注記、ヘッジ会計注記、MD&Aで為替変動の損益影響やリスク管理方針が十分に説明されていない場合、開示として不十分になる可能性があります。
企業結合・事業再編と記述情報
企業結合や事業再編では、取引目的、取得原価、取得原価配分、識別可能資産・負債、のれん、無形資産、税効果、減損リスクが重要になります。
PPAには、取得企業が支払った対価の内訳を識別可能無形資産という形で財務諸表に反映することにより、買収の目的や実態をより明確に示す効果があります。
そのため、企業結合注記では取得の概要を記載しているのに、MD&Aや事業戦略では買収の狙い、事業上の位置づけ、将来収益への影響が説明されていないと、財務情報と記述情報の接続が弱くなってしまいます。
有価証券報告書作成では「整合性チェック表」では足りない
財務情報と記述情報の整合性を確認するうえで、チェックリストは有用です。
しかし、上場企業の高度会計論点では、チェックリストだけでは足りません。必要なのは、決算論点ごとに、財務諸表、注記、記述情報、監査対応、適時開示、KAMの関係を整理することです。
実務上は、少なくとも次のような整理が求められます。
- 対象となる決算論点は何か。
- その論点が財務諸表本表のどの金額に影響しているか。
- 関連する注記は何か。
- 事業等のリスクに記載すべきリスクか。
- MD&Aで分析すべき増減要因か。
- 経営方針・経営環境・対処すべき課題と関係するか。
- サステナビリティ情報、人材戦略、設備投資、重要な契約と関係するか。
- 監査上の重要論点、KAM、その他の記載内容として監査人が見る領域か。
- 適時開示や決算短信で既に説明している内容と整合しているか。
- 過年度の有価証券報告書、訂正報告書、投資家説明資料と矛盾していないか。
この整理を行わないと、各部署がそれぞれ正しい文章を作成していても、有価証券報告書全体としては整合しないという事態が起こり得ます。
財務諸表作成者に求められるのは、会計基準に基づく処理だけではありません。その処理結果が、有価証券報告書全体の中でどのように説明されるかまで見通す力です。
記述情報の作成プロセスにも内部統制が必要である
有価証券報告書の財務情報については、決算プロセス、会計処理、注記作成、監査対応の統制が比較的整備されています。
一方で記述情報については、事業部門、経営企画、IR、人事、法務、サステナビリティ部門などが分散して作成し、最終段階で開示部門が取りまとめる運用になっていることがあります。
この場合、次のようなリスクが生じます。
- 各部署が異なる前提の事業計画を使用している。
- リスク情報が更新されていない。
- MD&Aの原因分析が財務諸表の実際の数値変動と合っていない。
- 注記で重要な見積りとして記載している内容が、事業等のリスクに反映されていない。
- サステナビリティ情報の指標と財務諸表上の人件費・投資・引当金が整合していない。
- 過年度の記述を踏襲し、当期の重要な変化が反映されていない。
- 監査人に提出した説明資料と、有価証券報告書の記述が異なる。
これらは、単なる文章上の問題ではありません。
有価証券報告書に重要な虚偽記載や重要な事項の不記載があれば、投資者保護、訂正報告、内部統制、損害賠償責任の問題に発展する可能性があります。有価証券報告書等の虚偽記載に関する実務整理においても、有価証券報告書の開示制度、監査、内部統制、訂正、虚偽記載責任は、相互に関連する領域として扱われています。
したがって、記述情報の作成プロセスについても、誰が、どの資料に基づき、どのタイミングで、どのようにレビューし、どの判断を残したのかを管理する必要があります。
財務情報と記述情報を接続する実務フレーム
有価証券報告書の作成実務では、次の順序で財務情報と記述情報を接続すると、論点の漏れや矛盾を防ぎやすくなります。
1. 当期の重要な決算論点を先に洗い出す
最初に、財務諸表に重要な影響を与える論点を整理します。
収益認識、リース、金融商品、棚卸資産、固定資産、減損、税効果、退職給付、株式報酬、引当金、継続企業、企業結合、組織再編、関連当事者、後発事象などについて、当期に新規発生・重要変動・監査上の争点化があるかを確認します。
ここで重要なのは、会計処理だけでなく、開示上の説明が必要な論点を抽出することです。
2. 財務諸表本表・注記への影響を整理する
次に、当該論点が財務諸表本表のどの科目に影響するか、どの注記に関係するかを整理します。
たとえば減損であれば、固定資産、特別損失、セグメント情報、重要な会計上の見積り、税効果、KAMが関係します。税効果であれば、繰延税金資産、法人税等調整額、税率差異、評価性引当額、重要な会計上の見積り、事業計画が関係します。
この段階で、会計処理の根拠資料と開示判断の根拠資料を分けずに整理しておくことが重要です。
3. 関連する記述情報の項目を特定する
次に、有価証券報告書のどの記述情報に影響するかを確認します。
- 経営方針、経営環境、対処すべき課題
- 事業等のリスク
- MD&A
- 経営上の重要な契約
- 研究開発活動
- 設備投資
- サステナビリティに関する考え方及び取組
- コーポレート・ガバナンス
- 政策保有株式
- 従業員の状況
これらのうち、どの項目で当該論点を説明すべきかを決めます。
4. 記述の粒度をそろえる
財務諸表注記と記述情報では、求められる粒度が異なります。
財務諸表注記では、会計基準に基づく認識・測定・表示・注記の観点が中心になります。MD&Aでは、経営者による分析、要因分解、今後の見通しが中心になります。事業等のリスクでは、リスクの内容、顕在化可能性、時期、対応策が中心になります。サステナビリティ情報では、ガバナンス、リスク管理、戦略、指標・目標との関係が中心になります。
同じ論点を扱う場合でも、各項目の開示目的に合わせて記述の粒度を調整する必要があります。
5. 監査人・監査役等・経営者説明に耐えるかを確認する
最後に、開示案について、社内外への説明可能性を確認します。
- 監査人に説明した会計処理の前提と、有価証券報告書の記述情報が一致しているか。
- 監査役等に共有したリスク認識と、事業等のリスクが一致しているか。
- 経営者が投資者に説明している経営方針と、MD&A・事業計画・会計上の見積りが整合しているか。
- 決算短信や適時開示で公表した内容と、有価証券報告書の記載が矛盾していないか。
ここまで確認して初めて、「後から説明できる有価証券報告書」になります。
記述情報で将来情報を書く場合の留意点
有価証券報告書の記述情報には、将来情報が含まれます。
経営方針、事業等のリスク、MD&A、サステナビリティ、人材戦略、設備投資、研究開発、事業再編などでは、将来見通しを避けて通ることはできません。
ただし、将来情報には不確実性が伴います。そのため、将来情報を記載する場合には、見通しの前提、仮定、推論過程、社内での検討状況を整理しておくことが重要です。
2023年1月31日の開示府令改正に関連して、金融庁は次の点を明確化しています。将来情報について、一般的に合理的と考えられる範囲で具体的な説明が記載されている場合には、実際に生じた結果が異なったとしても直ちに虚偽記載等の責任を負うものではないこと。また、合理的な根拠に基づく適切な検討を経たものである場合には、その旨を前提事実、仮定、推論過程の概要とともに記載することが考えられること。
出典:金融庁|「企業内容等の開示に関する内閣府令」等の一部改正案に対するパブリックコメントの結果等の公表について
この考え方は、会計上の見積りとの接続においても重要です。
将来情報を記載する場合には、その将来情報が、減損、税効果、引当金、継続企業、企業結合後ののれん評価などに用いた前提と整合しているかを確認する必要があります。
将来情報は、楽観的なIRメッセージではなく、根拠ある経営者の認識として記載されるべきものです。
XBRL・EDINETも、財務情報と記述情報の整合性に影響する
有価証券報告書はEDINETを通じて提出され、多くの開示書類はXBRL形式で作成・提出されます。
金融庁は2026年版EDINETタクソノミを公表しており、EDINETではXBRLを利用して有価証券報告書等を作成・提出すること、XBRLは財務報告等開示書類に電子的タグを付して効率的な情報取得を可能にする国際的に標準化されたコンピュータ言語であること、提出者はタクソノミを基にインスタンスを作成することを説明しています。
出典:金融庁|2026年版EDINETタクソノミの公表及び2027年版EDINETタクソノミ開発案に対するパブリックコメントの結果等について
また、EDINETタクソノミは毎年更新されており、2026年版EDINETタクソノミは2025年11月11日に公表されています。
出典:金融庁|EDINETタクソノミ一覧
本稿では、EDINETタグ付けの実務そのものは扱いません。
しかし、デジタル開示の観点からも、財務情報と記述情報の整合性は重要です。
表中の数値、本表の金額、注記の内訳、MD&Aの数値、セグメント情報、サステナビリティ指標、人員数、平均給与、KPIなどが、異なる箇所で異なる定義・期間・単位で記載されていると、データ利用者が誤解する可能性があります。
有価証券報告書の作成にあたっては、文章として読んだ場合の整合性だけでなく、データとして取得された場合の整合性も意識しておく必要があります。
専門家に相談すべき局面
有価証券報告書の財務情報と記述情報の接続は、通常の開示チェックだけでは整理しきれないことがあります。
特に、次のような場合には、早い段階で会計・開示に精通した専門家を交えて論点を整理することが有用です。
- 減損、税効果、継続企業、引当金など、会計上の見積りが複数同時に発生している場合。
- 事業等のリスクで重要なリスクを記載する一方、そのリスクが財務諸表にどの程度反映されているか整理が難しい場合。
- サステナビリティ情報、人的資本情報、気候関連リスクが、固定資産、減損、税効果、引当金、事業計画に影響する可能性がある場合。
- 企業結合、事業分離、グループ再編、PPA、のれん減損が発生している場合。
- 決算短信、適時開示、投資家説明、有価証券報告書の記述が一致しているか確認したい場合。
- 監査人から、その他の記載内容、KAM、重要な会計上の見積り、記述情報との整合性について指摘を受けている場合。
- 過年度訂正、不適切会計、内部統制の不備に関係する可能性がある場合。
有価証券報告書は、単に提出期限までに完成させる書類ではありません。上場企業が、財務諸表の数字、事業の実態、経営者の認識、将来の不確実性、投資者への説明責任を一体として示す書類です。
犬飼公認会計士・税理士事務所では、上場企業・IPO準備企業・大規模グループの決算、注記、有価証券報告書、記述情報、監査対応について、会計処理の結論だけでなく、開示全体の整合性、重要性判断、根拠資料、監査人説明まで含めた論点整理を支援しています。財務情報と記述情報の整合性、MD&A・事業等のリスク・会計上の見積り・サステナビリティ情報の接続に課題がある場合は、お問い合わせページよりご相談ください。
重要事項の振り返り
| 項目 | 実務上のポイント |
|---|---|
| 有価証券報告書の位置づけ | 財務諸表を提出するだけでなく、数字の背景にある事業実態、リスク、経営者の認識を説明する開示書類である。 |
| 財務情報 | 財務諸表本表、注記、附属明細表など、会計基準に基づき認識・測定・表示された情報が中心となる。 |
| 記述情報 | 事業内容、経営方針、事業等のリスク、MD&A、サステナビリティ、ガバナンスなど、数字の意味を説明する情報である。 |
| MD&A | 前年比の増減説明ではなく、経営者が財政状態・経営成績・キャッシュ・フローをどのように分析しているかを示す。 |
| 事業等のリスク | 財務諸表に影響するリスクを、顕在化可能性、時期、対応策を含めて具体的に説明する必要がある。 |
| 会計上の見積りとの関係 | 減損、税効果、引当金、退職給付、企業結合などの見積り前提と記述情報は整合していなければならない。 |
| サステナビリティ情報 | 非財務情報として切り離すのではなく、固定資産、減損、税効果、引当金、人件費、事業計画との関係を検討する。 |
| KAM・監査対応 | 記述情報はその他の記載内容として監査人の確認対象となり、監査過程で得た知識との重要な相違が問題となり得る。 |
| 不整合リスク | 財務諸表注記、MD&A、事業等のリスク、適時開示、決算短信、投資家説明が異なる前提で作成されると、説明可能性が低下する。 |
| 実務対応 | 決算論点ごとに、財務諸表本表、注記、記述情報、監査対応、KAM、適時開示の関係を整理する。 |
| 内部統制 | 記述情報についても、作成責任者、根拠資料、レビュー手続、経営者確認、監査人協議を文書化する必要がある。 |
| 専門家相談 | 高度会計論点が記述情報に波及する場合は、会計処理だけでなく、有価証券報告書全体の整合性を早期に整理することが重要である。 |