同族会社の株式を後継者へ引き継ぐ場面では、相続税や贈与税の負担が大きな問題として立ちはだかります。
たとえば、会社が長年にわたって利益を蓄積してきた場合。不動産や有価証券を多く保有している場合。あるいは、創業者一族が株式を集中して保有している場合です。こうしたケースでは非上場株式の評価額が高額になりやすく、後継者が会社を引き継ぎたいと願っても、肝心の納税資金を用意できないという事態が起こり得ます。
この問題に対応するために設けられているのが、法人版事業承継税制です。
ただし、ここで誤解してはならない点があります。事業承継税制は「株式を渡せば税金がなくなる制度」ではありません。制度の本質は、一定の要件を満たす場合に、非上場株式等に係る贈与税・相続税の納税をいったん猶予し、後継者の死亡など一定の事由が生じたときに、その猶予税額が免除されるという仕組みにあります。適用を受けた後も、代表者としての経営の継続、株式の継続保有、年次報告や継続届出といった対応が求められ続けます。
また、非上場株式の承継にあたっては、同族株主判定、会社規模、類似業種比準価額、純資産価額、特定の評価会社への該当性といった、株式評価の前提を丁寧に整理しておく必要があります。事業承継税制は、こうした評価の論点の上に成り立つ制度であって、評価そのものを省略できる制度ではないのです。
この記事では、法人版事業承継税制を中心に据えながら、制度の基本、一般措置と特例措置の違い、贈与・相続それぞれで使う場合の考え方、そして遺言・遺留分・納税資金との関係までを順を追って整理していきます。
なお、本稿は2026年6月19日時点で確認できる公的情報を前提としています。事業承継税制は、期限・様式・手続が改正されやすい分野です。実行の際には、国税庁、中小企業庁、都道府県の最新情報を必ずご確認ください。
事業承継税制は「納税猶予」であり、最初から税額が消える制度ではない
事業承継税制を検討するとき、最初に押さえておきたいのは、この制度が「非課税制度」ではなく「納税猶予・免除制度」であるという点です。
法人版事業承継税制は、後継者である受贈者・相続人等が、経営承継円滑化法の認定を受けた非上場会社の株式等を、贈与または相続等によって取得した場合に、その株式等に係る贈与税・相続税について、一定の要件のもとで納税を猶予する制度です。そして、後継者の死亡等によって、最終的にその猶予税額の納付が免除されます。
出典:国税庁|事業承継税制特集
出典:国税庁|法人版事業承継税制
この「猶予」という性格を取り違えると、判断そのものを誤ってしまいます。
たとえば、制度の適用を受けた後に株式を譲渡してしまった場合。会社が要件を満たさなくなった場合。報告や届出を怠った場合。あるいは、後継者が経営を継続できなくなった場合です。こうしたときには、それまで猶予されていた税額の納付を求められることがあります。
ですから、制度を使うかどうかは、目先の贈与税・相続税の金額だけで決めるべきではありません。後継者が長期にわたって会社を経営し続ける意思を持ち、それを支える体制が整っているかどうか。そこまで見据えて判断することが大切です。
法人版事業承継税制には「一般措置」と「特例措置」がある
法人版事業承継税制には、一般措置と特例措置の二つがあります。
このうち特例措置は、平成30年度税制改正で大きく拡充された、期間限定の制度です。一般措置と比べて、対象株式数、猶予割合、承継パターン、雇用要件などが拡充されている一方で、特例承継計画の提出が求められ、適用にも期限が設けられています。
2026年4月24日更新の中小企業庁の案内によれば、特例措置について、特例承継計画の提出期限は令和9年9月30日まで、贈与・相続による株式取得の期限は令和9年12月31日までとされています。これは、令和8年度税制改正で特例承継計画の提出期限が延長されたことを反映したものです。
出典:中小企業庁|法人版事業承継税制(特例措置)
出典:財務省|令和8年度税制改正の大綱
なお、国税庁タックスアンサーの一部のページには、「令和7年4月1日現在法令等」として、特例承継計画の提出期限を令和8年3月31日までとする記載が残っています。実務の場面では、申請時点での最新の法令・様式、そして都道府県窓口の案内を確認しておくことが欠かせません。
出典:国税庁|No.4148 非上場株式等についての相続税の納税猶予及び免除の特例等(法人版事業承継税制)
出典:国税庁|No.4439 非上場株式等についての贈与税の納税猶予及び免除の特例等(法人版事業承継税制)
| 項目 | 特例措置 | 一般措置 |
|---|---|---|
| 事前計画 | 特例承継計画の提出が必要 | 不要 |
| 計画提出期限 | 令和9年9月30日まで | 期限なし |
| 対象となる承継 | 平成30年1月1日から令和9年12月31日までの贈与・相続等 | 期限なし |
| 対象株式数 | 議決権制限のない全株式が対象 | 総株式数の最大3分の2まで |
| 納税猶予割合 | 贈与税・相続税とも100% | 贈与税100%、相続税80% |
| 後継者 | 最大3人まで | 1人 |
| 株主側 | 親族外を含む複数株主からの承継が対象になり得る | 複数株主から1人の後継者への承継 |
| 雇用要件 | 弾力化 | 5年間平均8割維持が必要 |
| 将来の売却・廃業時 | 一定の場合、株価下落等を踏まえた再計算・減免の仕組みあり | 原則として猶予税額の納付 |
特例措置は非常に強力な制度です。ただし、その裏側には「期限がある」「計画が必要」「後継者と経営計画を明確にしなければならない」という条件が控えています。
そのため、まだ後継者が定まっていない会社、親族間で株式承継の方針がまとまっていない会社、将来的にM&Aや廃業の可能性が高い会社では、制度の利用そのものを急ぐより先に、承継の方針を整理しておく必要があります。
事業承継税制を検討する前に確認すべき3つの前提
事業承継税制を相続対策に組み込む前に、少なくとも次の3点を確認しておきたいところです。
| 確認事項 | 具体的に見るべき内容 | 判断を誤った場合のリスク |
|---|---|---|
| 会社の要件 | 非上場会社か、中小企業者に該当するか、資産管理会社等に該当しないか、事業実態があるか | そもそも制度を使えない |
| 後継者の要件 | 代表者になる意思・能力があるか、議決権を確保できるか、最大3人の範囲で役割分担できるか | 税制は使えても経営が不安定になる |
| 株式・相続関係 | 株主名簿、議決権割合、遺言、遺留分、他の相続人への代償資金 | 株式承継後に相続人間で紛争化する |
中小企業庁は、経営承継円滑化法を、税制支援にとどまらず、金融支援、遺留分に関する民法の特例、所在不明株主に関する会社法の特例などを含む、総合的な支援制度として位置づけています。事業承継税制も、その中に置かれた一つの支援策です。
したがって、事業承継税制を検討するときには、「税金が猶予されるかどうか」だけを見ていては足りません。後継者が経営権を確保できるか。他の相続人の納得を得られるか。金融機関や取引先の目から見て、経営体制が安定して映るか。こうした点まで併せて確認しておく必要があります。
贈与で使うか、相続で使うか
法人版事業承継税制には、贈与税の納税猶予と、相続税の納税猶予の二つの入り口があります。
贈与で使う場合は、先代経営者が生前のうちに株式を後継者へ移転し、後継者を早い段階から経営の中心に据えることができます。経営者の意思が明確で、後継者も定まっており、取引先・金融機関・従業員に対して承継の方向を示したいという場面では、有力な選択肢になります。
その一方で、いったん贈与を実行すると、原則として株式の帰属は後継者へ移ります。後になって「やはり別の子に承継させたい」「後継者が経営に向いていなかった」「兄弟間のバランスが崩れてしまった」と感じても、簡単に巻き戻すことはできません。
相続で使う場合は、先代経営者の死亡後に、相続人または受遺者である後継者が株式を取得し、相続税の納税猶予を受ける形になります。この場合は、遺言や遺産分割協議によって後継者へ株式を集中させていくことが中心となります。
| 承継方法 | 向いている場面 | 注意点 |
|---|---|---|
| 生前贈与 | 後継者が確定しており、早期に経営権を移したい | 贈与後の撤回は難しく、後継者変更・親族間不公平に注意 |
| 相続・遺贈 | 先代経営者が当面経営に関与し、遺言で承継方針を定めたい | 相続発生後の遺産分割、遺留分、申告期限に注意 |
| 贈与後に先代が死亡 | 贈与税猶予から相続税猶予への切替えが問題になる | 贈与時の価額で相続税計算に取り込む点を確認 |
贈与税の納税猶予を受けている間に先代経営者が亡くなった場合、猶予されていた贈与税は、一定の制度上、免除されます。ただし、対象となっていた非上場株式等は、相続または遺贈によって取得したものとみなされ、贈与時の価額で他の相続財産と合算したうえで相続税を計算することになります。そのうえで、一定の要件を満たせば、相続税の納税猶予へと切り替えることができます。
この点は、事業承継税制を「生前に贈与してしまえば、相続税から完全に切り離せる制度」と取り違えやすいところです。生前贈与を選ぶ場合であっても、将来の相続税申告、遺産分割、遺留分、納税資金までを含めて設計しておく必要があります。
特例承継計画は「提出すれば終わり」ではない
特例措置を利用する場合には、あらかじめ特例承継計画を都道府県へ提出し、確認を受けておく必要があります。
特例承継計画には、後継者の氏名、事業承継の予定時期、承継時までの経営の見通し、承継後5年間の事業計画などを記載します。そのうえで、認定経営革新等支援機関による指導・助言を受けることが求められます。この認定経営革新等支援機関には、税理士、公認会計士、金融機関、商工会議所、商工会などが含まれます。
ここで大切にしたいのは、特例承継計画が単なる添付書類ではない、ということです。
計画には、後継者を誰にするのか、いつ承継するのか、承継後の経営をどう維持していくのかを書き込みます。つまり、計画を作る段階で、税務だけでなく経営判断そのものが問われることになります。
形式を整えて計画を提出しただけでは足りません。次のような論点が残ったままだと、制度の実行段階で行き詰まってしまうことがあります。
| 未整理の論点 | 起こり得る問題 |
|---|---|
| 後継者が本当に決まっていない | 贈与・相続時に株式を誰へ集めるか決まらない |
| 議決権割合を試算していない | 後継者が経営権を確保できない |
| 株式評価をしていない | 猶予税額、他の相続人への説明、代償金が見えない |
| 他の相続人への配慮がない | 遺留分・特別受益・不公平感の問題が残る |
| 会社の資金繰りを確認していない | 役員退職金、借入金、保証、納税資金に対応できない |
| 将来の売却・廃業可能性を検討していない | 猶予制度の継続が経営判断を制約する |
特例承継計画は、税務上の入口であると同時に、経営承継の方針を外部に説明できる形へと整える、貴重な機会でもあります。
事業承継税制を相続対策に組み込む判断手順
事業承継税制は、相続対策の全体像の中で、次の順番に沿って検討していくと整理しやすくなります。
1. まず非上場株式の評価額を把握する
制度を使うかどうかを判断する前に、まずは非上場株式の概算評価が必要です。
株価が高いと思い込んでいても、実際には配当還元方式の対象となる少数株主であったり、会社規模や純資産の内容によって、想定より低く収まることがあります。反対に、帳簿の上では小さく見える会社でも、土地や有価証券の含み益、役員貸付金、関係会社株式などによって、評価額が高くなることもあります。
非上場株式の評価では、原則的評価方式、配当還元方式、会社規模、特定の評価会社、種類株式、自己株式、相互保有株式といった要素が、結果に影響を及ぼします。
事業承継税制を使う場合であっても、評価額の算定そのものは避けて通れません。猶予税額を計算するにも、他の相続人へ説明するにも、株式評価の根拠が欠かせないからです。
2. 後継者に必要な議決権を確認する
事業承継では、株価だけでなく、議決権の確保が重要な意味を持ちます。
後継者が代表取締役に就いたとしても、議決権が分散していれば、取締役の選任、定款変更、組織再編、自己株式の取得、その他の重要な経営判断に支障が出ることがあります。
特例措置では最大3人の後継者が対象になり得ますが、これは「3人に分けておけばよい」という意味ではありません。共同経営が本当に成り立つのか。兄弟姉妹の間で意思決定ができるのか。将来さらに次の世代へと分散していかないか。こうした点を見極めておく必要があります。
| 承継形態 | メリット | 注意点 |
|---|---|---|
| 後継者1人に集中 | 支配権が明確になりやすい | 他の相続人への公平性・代償金が問題になりやすい |
| 複数後継者で承継 | 兄弟・親族で役割分担しやすい | 意見対立、次世代分散、意思決定停滞のリスク |
| 後継者と従業員・役員で分散 | 経営参加意識を高めやすい | 株式買取り、退職時処理、議決権管理が必要 |
| 後継者以外にも相続させる | 遺産分割の公平感を作りやすい | 経営権が不安定になりやすい |
後継者へ株式を集中させる場合には、遺言、遺留分対策、代償資金、生命保険、自己株式取得の可能性などを、一体のものとして検討していきます。
3. 税制を使わない場合の納税額と資金繰りを比較する
事業承継税制を使うべきかどうかは、税制を使わない場合の納税額と資金繰りを把握したうえで判断します。
たとえば、株価は高くても、会社の配当余力や後継者個人の資金力がある場合です。こうしたケースでは、税制を使わずに、通常の相続・贈与・売買・自己株式取得で整理したほうが、将来の制約が少なくて済むこともあります。
一方で、株価が高く、後継者個人に納税資金がなく、会社を継続する必要性も高いという場合には、納税猶予制度が承継の現実性を大きく引き上げてくれることがあります。
比較しておきたい項目は、次のとおりです。
| 比較項目 | 確認する内容 |
|---|---|
| 通常課税の場合の贈与税・相続税 | 事業承継税制を使わない場合の税額 |
| 猶予対象となる税額 | 特例措置・一般措置でどこまで猶予されるか |
| 対象外財産の相続税 | 株式以外の不動産、預金、貸付金、保険など |
| 後継者の納税資金 | 個人資金、役員報酬、配当、借入余力 |
| 会社の資金繰り | 役員退職金、借入金返済、保証解除、設備投資 |
| 猶予取消時の負担 | 期限確定時の税額、利子税、資金調達可能性 |
| 将来の出口 | 次世代承継、M&A、廃業、組織再編 |
相続対策は、相続争いの防止、納税資金対策、税額軽減を、一体のものとして考える必要があります。税額軽減ばかりを優先してしまうと、相続人に借入の負担や管理の負担を残すことになりかねません。
4. 遺言・遺留分・代償金と接続する
後継者へ株式を集中させる場合には、他の相続人への説明と配慮が欠かせません。
非上場株式は、評価額が高くても、簡単に換金できるものではありません。後継者から見れば「会社を引き継ぐために株式を持っているだけ」であっても、他の相続人の目には「高額な財産を一人が取得した」と映ることがあります。
そのため、次のような整理が必要になります。
| 論点 | 検討内容 |
|---|---|
| 遺言 | 後継者へ株式を取得させる意思を明確にする |
| 遺留分 | 他の相続人の遺留分を侵害しないか試算する |
| 代償金 | 後継者が他の相続人へ支払える資金があるか |
| 生命保険 | 代償金・納税資金として活用できるか |
| 他の財産配分 | 不動産、預金、保険金、貸付金とのバランス |
| 経営承継円滑化法の民法特例 | 遺留分に関する合意・手続を検討する余地があるか |
遺産分割は、民法上の相続人と相続分を踏まえながら、相続人全員が納得できる形を生前から検討しておくことが、親族間のトラブルを防ぐうえで重要です。
事業承継税制を使ったからといって、遺留分が自動的に消えるわけではありません。株式の承継と、相続人間の公平性とは、別の問題として整理しておく必要があります。
5. 適用後の管理体制まで設計する
事業承継税制は、適用を受けた後の管理こそが重要です。
中小企業庁の案内によれば、認定を受けた後は、都道府県庁へ年次報告書を、税務署へ継続届出書を提出する必要があります。具体的には、税務申告後5年以内は毎年、6年目以後は税務署にのみ3年に一度、継続届出書を提出するという流れが示されています。
国税庁も、非上場株式等についての贈与税・相続税の納税猶予制度の継続届出について、申告期限後5年間は毎年、5年経過後は3年ごとに提出する手続であると説明しています。そして、期限までに提出しなかった場合には、提出期限の翌日から2か月を経過する日に、納税猶予に係る期限が確定するとしています。
出典:国税庁|B1-78 非上場株式等についての贈与税・相続税の納税猶予の継続届出手続(一般措置)
制度適用後の管理は、後継者だけに委ねるべきものではありません。会社の経理、顧問税理士、認定支援機関、都道府県の窓口、相続税申告の担当者が連携しながら、管理していくことが望まれます。
| 管理事項 | 確認すること |
|---|---|
| 年次報告 | 都道府県への提出期限、報告内容 |
| 継続届出 | 税務署への提出期限、添付書類 |
| 株式保有 | 対象株式を譲渡・移転していないか |
| 代表者要件 | 後継者が代表者として経営しているか |
| 雇用要件 | 雇用が8割を下回った場合の理由・所見 |
| 会社要件 | 資産管理会社化、事業実態喪失、上場等の有無 |
| 組織再編 | 合併、会社分割、株式交換等の影響 |
| 次世代承継 | さらに次の後継者への承継方法 |
事業承継税制を使うべきか迷いやすい会社
事業承継税制は有用な制度ですが、すべての同族会社に向いているわけではありません。
とりわけ慎重に検討したいのは、次のような会社です。
| 会社の状況 | 慎重に検討すべき理由 |
|---|---|
| 後継者がまだ定まっていない | 税制適用後の後継者変更が難しくなる |
| 兄弟姉妹で経営方針が割れている | 株式承継後の経営紛争につながる |
| 近い将来M&Aを考えている | 猶予税額の取扱い、再計算、期限確定リスクを確認する必要がある |
| 会社資産の大半が不動産・有価証券 | 資産管理会社要件や株価評価が問題になりやすい |
| 会社への貸付金・借入金が大きい | 個人の相続財産、会社財務、納税資金が連動する |
| 他の相続人に渡せる財産が少ない | 遺留分・代償金の問題が残る |
| 会社の収益力が低下している | 継続要件を満たし続ける現実性を確認する必要がある |
| 経理・株主名簿・議事録が未整備 | 認定・申告・税務調査で説明が難しくなる |
反対に、後継者が明確で、会社を長期にわたって継続する意思があり、株式の評価額が高く、納税資金が不足しやすい会社では、事業承継税制が承継設計の中心に据わることがあります。
ただし、その場合であっても、目的を「制度を使うこと」に置いてはいけません。あくまで「後継者が会社を安定的に承継できること」を目的とすべきです。
事業承継税制と納税資金の関係
事業承継税制を使うと、非上場株式に係る贈与税・相続税の納税猶予を受けられる可能性があります。
しかし、それによって相続税全体の納税資金問題が解消されるわけではありません。
たとえば、次のような財産・債務については、別途の確認が必要です。
| 項目 | 注意点 |
|---|---|
| 被相続人の預貯金 | 他の相続税・代償金・生活資金に使えるか |
| 不動産 | 小規模宅地等、売却可能性、共有リスク |
| 生命保険金 | 納税資金・代償資金として活用できるか |
| 役員貸付金 | 被相続人の相続財産として評価される可能性 |
| 会社からの借入金 | 債務控除の可否、返済実態 |
| 死亡退職金 | 会社の支払能力、受取人、相続税上の取扱い |
| 自己株式取得 | 会社法・税務・資金繰りを確認する必要 |
事業承継税制によって株式に係る税額が猶予されても、他の財産に係る相続税、準確定申告、代償金、会社への貸付金の整理などは残ります。相続税の申告期限までに資金をどう確保するかは、別の課題として検討しなければなりません。
相続対策では、税額軽減だけでなく、相続争いの防止と納税資金の確保を優先して整理しておくべきです。
相続税申告・税務調査で説明できる形にしておく
事業承継税制を使う場合、税務申告では、非上場株式の評価、猶予税額、認定書、添付書類、担保、継続届出など、実に多くの資料が関わってきます。
とりわけ次の資料は、早い段階で整えておきたいところです。
| 資料 | 確認目的 |
|---|---|
| 株主名簿 | 株主・株式数・議決権割合の確認 |
| 定款 | 種類株式、譲渡制限、議決権制限の確認 |
| 決算書・法人税申告書 | 株式評価、会社要件、資産管理会社判定 |
| 勘定科目内訳書 | 役員貸付金、関係会社株式、不動産等の確認 |
| 不動産資料 | 純資産価額、土地保有会社判定 |
| 議事録 | 配当、役員変更、株式移動、退職金等の確認 |
| 特例承継計画 | 後継者、承継時期、経営見通しの確認 |
| 認定書・確認書 | 都道府県認定の根拠 |
| 遺言・遺産分割案 | 後継者への株式集中と相続人間調整 |
| 納税資金資料 | 他の税額、代償金、保険金、資金繰りの確認 |
相続税・贈与税の申告において、土地や株式の評価誤り、特例適用の漏れ、資料受領の不備、税務調査リスクの説明不足は、専門家側にとっての実務リスクにもなり得ます。相続・贈与税の分野では、小規模宅地等、相続時精算課税、土地や株式の評価誤り、特定の相続人に有利な分割提案、資料受領の不備、調査可能性の説明などが、リスクとして整理されています。
事業承継税制は、適用できるかどうかだけでなく、申告後に説明できるか、そして継続して管理できるかまでを含めて判断する必要があります。
事業承継税制を相続対策に組み込むときの実務上の考え方
事業承継税制を相続対策に組み込む場合、何より重要なのは「税制ありき」で始めないことです。
次の順番に沿って検討していくと、判断が整理しやすくなります。
| 検討順序 | 内容 |
|---|---|
| 1 | 会社を誰に承継させるのかを決める |
| 2 | 後継者に必要な議決権割合を確認する |
| 3 | 非上場株式の評価額と税額を試算する |
| 4 | 事業承継税制を使わない場合の納税資金を確認する |
| 5 | 特例措置・一般措置の適用可否を確認する |
| 6 | 遺言、遺留分、代償金、生命保険を組み合わせる |
| 7 | 特例承継計画、都道府県認定、税務申告手続を整理する |
| 8 | 適用後の年次報告・継続届出・株式保有管理を設計する |
| 9 | 将来の次世代承継、M&A、廃業の可能性も確認する |
制度を使うこと自体は、相続対策のゴールではありません。
後継者が会社を守れること。他の相続人が極端な不公平感を抱かないこと。相続税申告において、評価の根拠と適用の根拠を説明できること。そして将来、要件を満たせなくなった場合にも、対応策を検討できること。
これらが満たされてはじめて、事業承継税制は相続対策の中で有効に機能します。
事業承継税制について相談したい方へ
事業承継税制は、非上場株式の贈与税・相続税の負担を大きく左右する制度です。
しかし、その適用の判断は、税額だけで決まるものではありません。後継者、議決権、株主構成、会社財務、株式評価、特例承継計画、遺言、遺留分、代償金、納税資金、そして申告後の継続管理。これらを一体のものとして確認していく必要があります。
犬飼公認会計士・税理士事務所では、非上場株式を含む相続・贈与について、株式評価、会社資料、相続人関係、納税資金、事業承継の方針を横断して整理することを大切にしています。
後継者に株式を承継させたい。事業承継税制を使うべきか判断したい。特例承継計画の前に、株価や家族間の論点を整理しておきたい。相続税申告まで説明できる形で準備したい。そうしたご希望がある場合は、決算書、法人税申告書、株主名簿、定款、親族関係、遺言案、納税資金の状況を、できる範囲で整理したうえで、お問い合わせページからご相談ください。
重要ポイントの振り返り
| 論点 | 重要ポイント | 実務上の注意点 |
|---|---|---|
| 制度の性格 | 事業承継税制は非課税ではなく納税猶予・免除制度 | 要件を満たさなくなると猶予税額の納付が必要になることがある |
| 一般措置と特例措置 | 特例措置は対象株式・猶予割合・後継者数などが拡充 | 期限と特例承継計画がある |
| 最新期限 | 中小企業庁の2026年4月24日更新情報では、特例承継計画は令和9年9月30日まで | 国税庁ページの更新時点と表示が異なる場合があるため最新確認が必要 |
| 贈与で使う場合 | 生前に後継者へ株式を移せる | 後継者変更、相続人間不公平、将来の相続税計算に注意 |
| 相続で使う場合 | 遺言・遺産分割により後継者へ株式を集中させる | 遺留分、申告期限、未分割リスクに注意 |
| 株式評価 | 猶予税額計算にも相続人への説明にも必要 | 評価を省略できる制度ではない |
| 議決権 | 後継者が経営権を確保できるか確認 | 複数後継者に分ける場合は意思決定リスクを検討 |
| 遺留分・代償金 | 株式集中承継と他の相続人の公平性を調整 | 生命保険や他財産配分も組み合わせる |
| 納税資金 | 株式税額が猶予されても他財産の相続税は残る | 不動産、貸付金、保険、退職金を含めて資金計画を作る |
| 特例承継計画 | 後継者・承継時期・経営見通しを記載 | 認定支援機関の指導助言が必要 |
| 継続管理 | 年次報告・継続届出が必要 | 提出漏れは納税猶予の期限確定につながる |
| 使うべきか | 税額だけでなく経営継続・親族関係・将来出口で判断 | 制度ありきではなく承継方針ありきで検討する |