損益分岐点で考える医療機関の固定費と採算ライン

診療所の経営を見るとき、「患者数が増えている」「売上が前年を上回った」といった数字は、たしかに心強いものです。ただ、その数字だけで経営が本当に安定しているかを判断することはできません。

たとえば患者数が増えていても、人件費や家賃、リース料、外注検査費、医療材料費、広告費、システム費用がそれを上回るペースで膨らんでいれば、利益は残らないからです。反対に、患者数が大きく伸びていなくても、診療単価や固定費、変動費、スタッフ配置がきちんと整っていれば、安定した利益を確保できることもあります。

医療機関の経営状態を冷静に見極めるには、まず次の三つを押さえておく必要があります。どこまで売上が落ちると赤字になるのか。何人の患者さんを診れば採算が合うのか。そして、固定費が増えると必要売上はどれだけ上がるのか。

その出発点になる基本指標が、損益分岐点です。

損益分岐点は、単なる会計用語ではありません。採用に踏み切ってよいか、設備投資をしてよいか、分院を出してよいか、診療時間を広げるべきか、在宅医療に進むべきか、借入をしてよいか。こうした判断を支える土台になる数字です。

令和6年10月1日現在、全国の一般診療所は105,207施設、そのうち無床診療所は99,792施設にのぼります。診療所は地域医療を支える重要な基盤である一方で、数が多く、競争環境や人材確保、物価・賃金の上昇といった影響を受けやすい経営体でもあります。
出典:厚生労働省|令和6(2024)年医療施設(動態)調査・病院報告の概況

費用面の数字を見ると、その厳しさはより鮮明になります。中央社会保険医療協議会の第25回医療経済実態調査によると、一般診療所のうち医療法人の損益率は、令和5年度の8.3%から令和6年度には4.8%へ低下しています。無床診療所に限っても、医療法人の損益率は令和5年度の9.3%から令和6年度の5.4%へと下がっています。

なお、個人立の診療所については、開設者である院長等の報酬相当額が費用に計上されていないことなどから、医療法人より損益率が高く見えやすい点には注意が必要です。
出典:厚生労働省|第25回医療経済実態調査の概要

こうした流れを踏まえると、診療所経営では売上規模だけを追うのではなく、費用構造と採算ラインを毎月確認することが、これまで以上に重要になってきているといえます。

目次

損益分岐点とは何か

損益分岐点とは、売上と費用がちょうど一致し、利益がゼロになる売上水準のことです。

言い換えれば、この水準を下回れば赤字、上回れば黒字ということになります。

基本となる式は、次のとおりです。

損益分岐点売上高 = 固定費 ÷ 限界利益率

ここでいう限界利益率は、次のように考えます。

限界利益率 = 1 − 変動費率

そして変動費率は、こう計算します。

変動費率 = 変動費 ÷ 売上高

式だけを並べると、少し機械的に映るかもしれません。けれども、これを診療所経営に置き換えてみると、きわめて実務的な意味を持ってきます。

  • 固定費が大きい診療所ほど、損益分岐点は高くなります。
  • 変動費率が高い診療所ほど、損益分岐点は高くなります。
  • 診療単価が低い診療所ほど、損益分岐点に必要な患者数は多くなります。
  • 診療日数が少ない診療所ほど、1日当たりに必要な患者数は多くなります。

つまり損益分岐点は、「売上目標」ではありません。自院が赤字に転落しないための最低ラインを示す数字なのです。

医療機関の費用は「固定費」と「変動費」に分けて見る

損益分岐点を使うには、まず費用を固定費と変動費に分ける必要があります。

ところが、医療機関の損益計算書は税務申告や会計処理の科目で作られていることが多く、そのままでは損益分岐点分析に使いにくい場合があります。たとえば「消耗品費」「雑費」「外注費」といった科目の中に、患者数に応じて増える費用と、毎月ほぼ一定の費用とが混在していることがあるのです。

ですから損益分岐点を計算するときは、会計科目をそのまま使うのではなく、経営判断に使える形へ組み替えていく必要があります。

固定費とは何か

固定費とは、患者数や売上が増減しても、短期的には大きく変わりにくい費用を指します。

診療所で代表的な固定費には、次のようなものがあります。

  • 院長・勤務医・看護師・受付事務などの人件費
  • 家賃、共益費、駐車場代
  • 電子カルテ、レセコン、予約システムなどのシステム費用
  • 医療機器、内装、什器備品の減価償却費
  • 医療機器やコピー機等のリース料
  • 顧問料、保守料、保険料、通信費
  • 広告宣伝費のうち、毎月継続して発生するもの
  • 水道光熱費のうち、基本料金や一定部分
  • 借入金の利息

固定費の特徴は、売上が下がってもすぐには減らないことにあります。

たとえば、月間の患者数が20%減っても、家賃が20%下がるわけではありません。常勤スタッフの給与も、すぐに減らせるものではないでしょう。電子カルテや医療機器のリース料も、契約期間中は固定的に発生し続けます。

そのため、固定費が大きい診療所ほど、売上が落ちたときに利益が一気に悪化します。

とりわけ都市部の診療所では、家賃、人件費、採用費、システム費用、広告費が高くなりやすいものです。開業直後や移転後、分院開設後には、固定費の負担が重くのしかかります。固定費を増やす判断は、将来の売上増加を見込んで行われますが、その見込みが外れてしまうと、損益分岐点だけが高いまま残ることになります。

変動費とは何か

変動費とは、患者数や売上に応じて増減しやすい費用です。

診療所で代表的な変動費には、次のようなものがあります。

  • 医薬品費
  • 診療材料費
  • 検査試薬、検査材料
  • 外注検査費
  • 処置に伴う消耗品費
  • 予防接種、健診、自由診療に直接対応する材料費
  • 患者数に応じて増える委託費

変動費は、売上が増えれば増えやすい費用です。ですから、変動費が増えること自体が悪いわけではありません。問題は、売上に対して変動費がどれだけかかっているか、という点にあります。

たとえば、検査を増やして売上が伸びても、外注検査費が大きく膨らみ、限界利益があまり残らないことがあります。自由診療でも、材料費や委託費、広告費に加え、説明にかかる時間やキャンセル対応まで含めて見ると、思ったほど利益が残っていないというケースは少なくありません。

変動費は、医療の質や必要な診療行為と深く結びついています。したがって、単純に削ればよいというものではありません。必要な薬剤や検査、材料を不適切に削ることは、医療の質を損ない、患者さんの信頼を失うことにもつながりかねないからです。

経営管理の観点で本当に必要なのは、医療上必要な支出を削ることではありません。仕入条件、外注条件、在庫管理、算定漏れ、材料ロスを点検することです。

医療機関の必要経費は、直接費と固定費に分けて考える

個人開業医の税務においても、診療所経営にかかる必要経費には二つの性格があります。一つは、診療報酬等の収入を得るために直接要した費用です。医薬品費、医療材料費、医療消耗品、委託検査費などがこれにあたります。もう一つは、事務費や従業員給与といった、固定費的な性格を持つ費用です。ただし、家事費や、債務が確定していない費用など、必要経費にできないものもあります。

この税務上の整理は、損益分岐点分析にもそのまま通じます。

医薬品費や委託検査費のように、診療に直接対応する費用は、変動費として捉えることが多くなります。一方で、人件費や家賃のように、診療所を維持するために継続的に発生する費用は、固定費として捉えることが多くなります。

ただし、会計処理や税務処理の区分が、管理会計上の区分と必ず一致するわけではありません。

たとえば外注委託費の中には、患者数に応じて増える検査委託費もあれば、毎月定額で発生する清掃委託費や保守委託費もあります。消耗品費にも、診療材料に近いものと、事務用品に近いものが混ざっています。

損益分岐点を正しく使うには、会計科目名だけで判断するのではなく、その費用が何に連動して増減するのかを見極めることが欠かせません。

損益分岐点の計算例

ここで、無床の内科診療所をイメージした簡単なモデルで考えてみましょう。

前提は、次のとおりです。

  • 年間固定費:4,700万円
  • 変動費率:17%
  • 年間診療日数:300日
  • 患者単価:5,200円
  • 住民健診等の保険診療以外の売上:年間68万円

この場合、限界利益率は次のようになります。

限界利益率 = 1 − 17% = 83%

したがって、損益分岐点売上高は次のとおりです。

損益分岐点売上高 = 4,700万円 ÷ 83% = 約5,663万円

ここから、住民健診等の保険診療以外の売上68万円を差し引くと、保険診療で必要な売上は約5,595万円となります。

これを患者単価5,200円、年間診療日数300日で割ると、1日当たりに必要な患者数が見えてきます。

5,595万円 ÷ 5,200円 ÷ 300日 = 約35.9人

つまりこのモデルでは、1日36人程度の外来患者数が損益分岐点ということになります。

診療所経営の実務では、一般的な内科の外来診療所の場合、1日40人前後を一つの目安として意識することがあります。ただし、これは「40人を超えれば安心」という意味ではありません。むしろ、36人前後でようやく採算ラインに達し、40人を超えて初めて一定の余裕が見え始める、という程度に受け止めておくべきでしょう。

「1日40人」は安全圏ではない

1日40人という数字は、診療所経営を考えるうえで分かりやすい目安です。

しかし、すべての診療所に当てはまる基準ではありません。

  • 患者単価が低ければ、40人でも採算が合わないことがあります。
  • 固定費が高ければ、40人でも利益が残らないことがあります。
  • 診療日数が少なければ、1日当たりに必要な患者数は増えます。
  • 外注検査費や材料費が高ければ、同じ売上でも限界利益は下がります。
  • 常勤スタッフを多く抱えていれば、患者数が少ない月の固定費負担が重くなります。
  • 借入返済が大きければ、会計上は黒字でも資金繰りは苦しくなります。

このように、40人という数字は、それ単独では判断材料になりません。

本当に見るべきなのは、次の要素の組み合わせです。

  • 1日当たり患者数
  • 患者単価
  • 診療日数
  • 固定費
  • 変動費率
  • 人件費率
  • 借入返済額
  • 月末現預金
  • 院長とスタッフの稼働負荷

患者数だけを眺めていると、経営判断を誤ります。採算ラインは患者数ではなく、費用構造との関係で決まるものだからです。

損益分岐点は診療科によって変わる

同じ診療所であっても、診療科によって損益分岐点は大きく異なります。

内科では、生活習慣病管理、検査、処方、慢性疾患の継続管理が中心になります。患者数や再診率、来院頻度、医学管理料、検査構成といった要素が採算を左右します。

整形外科では、リハビリ、処置、画像診断、スタッフ配置、設備投資の影響が大きくなります。患者数が多くても、リハビリスタッフや医療機器、広いスペースといった固定費が重ければ、損益分岐点は高くなります。

皮膚科では、外来回転、処置、自費診療、Web予約、待ち時間管理が重要です。患者単価の低い保険診療が中心なのか、ある程度の自費比率があるのかによっても、損益構造は変わってきます。

小児科では、季節変動、予防接種、乳幼児健診、感染症の流行、保護者対応、スタッフ体制が影響します。

精神科・心療内科では、患者数を単純に増やしにくいという特徴があります。診療時間、予約枠、キャンセル率、初診の受入体制が採算を左右します。

歯科では、技工料、材料費、設備投資、人件費、自由診療比率、キャンセル率の影響が大きくなります。

このように損益分岐点は、診療科や診療方針、設備、人員、地域、予約制の有無によって変わります。平均値や他院の数字をそのまま目標に据えるのではなく、自院の構造に合わせて計算する必要があるのです。

固定費が増える判断は、損益分岐点を押し上げる

固定費が増えれば、損益分岐点は上がります。

たとえば、月額50万円の固定費が増えると、年間では600万円の固定費増加になります。変動費率が20%であれば限界利益率は80%ですから、必要売上は次のように増えます。

600万円 ÷ 80% = 750万円

患者単価が5,000円、年間診療日数が300日であれば、必要な患者数はこうなります。

750万円 ÷ 5,000円 ÷ 300日 = 5人

つまり、月額50万円の固定費増加は、1日当たり約5人の患者増加を求めることになります。

これは、ぜひ持っておきたい感覚です。次に挙げる判断は、いずれも固定費を増やす可能性があります。

  • 新たに常勤スタッフを採用する
  • 広い物件へ移転する
  • 医療機器をリースする
  • 予約システムや電子カルテを入れ替える
  • 広告費を毎月固定で増やす
  • 分院を出す
  • 在宅医療のために車両や人員を確保する

固定費を増やすこと自体が悪いわけではありません。むしろ、成長のために必要な固定費もあります。問われるのは、その固定費を回収するために、どれだけの売上、患者数、診療単価、稼働率が必要になるかを、あらかじめ見ているかどうかです。

人件費は削る対象ではなく、設計する固定費である

医療機関の固定費の中で、とりわけ大きいのが人件費です。

医師、看護師、医療事務、受付、リハビリ職、放射線技師、臨床検査技師など、医療機関は専門職の集まりです。患者さんへの対応、診療補助、会計、レセプト、検査、説明、感染対策、医療安全と、スタッフが担う業務は幅広く、単純な人員削減が経営改善につながるとは限りません。

むしろ人件費を削りすぎると、待ち時間が長くなり、患者さんの満足度が下がり、スタッフの離職が増え、院長の負担が膨らみます。その結果、患者数や再診率が下がって、かえって採算が悪化してしまうこともあるのです。

ですから人件費は、「削る費用」ではなく、設計する固定費として捉える必要があります。

確認しておきたいのは、次の点です。

  • 現在の患者数に対して、職種別の人員に過不足はないか
  • 常勤でなければならない業務と、パート・非常勤で対応できる業務が切り分けられているか
  • 繁忙時間帯と閑散時間帯に合わせたシフトになっているか
  • スタッフを増やすことで、患者数、診療単価、再診継続、患者満足が改善する見込みがあるか
  • 採用後、何か月で損益に貢献するか
  • 教育期間中の人件費を織り込んでいるか
  • 離職による採用費・教育費・現場負荷を見込んでいるか

さらに、令和8年度の診療報酬改定においても、ベースアップ評価料等に関する届出や賃金改善が、制度上の重要な論点になっています。厚生労働省は、医療機関向けに令和8年度診療報酬改定におけるベースアップ評価料等の届出様式やスケジュールを公表しています。賃金改善への対応は、診療所の固定費管理にも影響を及ぼします。
出典:厚生労働省|令和8年度診療報酬改定におけるベースアップ評価料等について

人件費は、今後も下がりにくい固定費です。だからこそ、採用や昇給を感覚で決めるのではなく、損益分岐点、患者数、診療単価、生産性と結びつけて判断することが求められます。

家賃・リース・減価償却費は、後から下げにくい固定費である

家賃、リース料、減価償却費も、診療所経営では重い固定費です。

開業時や移転時、分院開設時には、物件、内装、医療機器、電子カルテ、予約システム、看板、家具什器などに多額の投資が必要になります。これらは、患者数が予定どおり伸びれば経営を支える基盤になりますが、患者数が未達であれば、重い固定費としてそのまま残ってしまいます。

特に注意したいのは、会計上の費用と資金支出が一致しないことです。

  • 購入した医療機器は、会計上は減価償却費として少しずつ費用になります。
  • 借入で購入した場合、損益計算書には元本返済が費用として表れません。
  • リース契約では、契約期間中の支払が固定的に続きます。
  • 内装投資は、移転や撤退の際に簡単には回収できません。

したがって、設備投資を判断するときは、損益分岐点だけでなく、資金繰りも同時に見ておく必要があります。

損益上は黒字でも、借入返済、税金、追加投資、賞与支払を差し引くと、現預金が増えていかないことがあります。これは、医療機関経営でよく起こる落とし穴です。

損益分岐点と「資金繰りの安全ライン」は別である

損益分岐点は、損益計算書上の利益がゼロになる売上水準です。

しかし医療機関経営では、損益分岐点を超えていても資金繰りが苦しい、ということが起こり得ます。損益と資金の動きが、必ずしも一致しないからです。

  • 減価償却費は費用ですが、その月に現金が出ていくわけではありません。
  • 借入元本の返済は現金が出ていきますが、損益計算書上は費用になりません。
  • 税金は、利益が出た後に支払います。
  • 社会保険料、賞与、退職金、設備更新、未収金、返戻・査定も資金繰りに影響します。
  • 個人開業医の場合は、院長の生活費や所得税・住民税・事業税・社会保険料も考慮しなければなりません。

そのため実務では、次の二つを分けて見ておく必要があります。

会計上の損益分岐点 利益がゼロになる売上水準のことです。

資金繰り上の安全ライン 借入返済、税金、設備更新、賞与、院長の生活費・役員報酬等を含めて、現金が維持できる売上水準のことです。

医療機関が本当に危ういのは、「赤字になったとき」だけではありません。会計上は黒字でも、資金が減り続けているときも、同じように危険なのです。

赤字転落を早めに把握するために見るべきサイン

損益分岐点は、赤字転落を早期につかむための指標でもあります。

次のような状態が続くときは、早めの確認が必要です。

  • 月間売上が損益分岐点を下回る月が増えている。
  • 1日当たり患者数が、損益分岐点患者数を下回っている。
  • 診療単価が下がり、必要患者数が増えている。
  • 初診患者数が減り、将来の患者基盤が弱くなっている。
  • 再診患者数はあるが、来院頻度が下がっている。
  • 外注検査費、材料費、医薬品費が、売上に対して増えている。
  • 人件費率が上がっているが、患者数や診療単価に反映されていない。
  • 家賃、リース料、借入返済が重く、固定費を下げにくい。
  • 月末現預金が減少している。
  • 賞与や税金の支払時期に、資金繰りが苦しくなる。
  • 院長の診療時間やスタッフ負荷が、限界に近づいている。

これらは、単独で見れば直ちに危機を意味するとは限りません。けれども、複数が同時に起きている場合は、経営構造を見直す必要があります。

特に、売上の減少と固定費の増加が同時に起きると、利益は急速に悪化します。診療所経営では、悪化の初期段階で数字をつかめるかどうかが、その後を大きく左右します。

損益分岐点を下げる方法

損益分岐点を下げる方法は、大きく分けて四つあります。

1. 固定費を見直す

固定費を下げれば、損益分岐点は下がります。

ただし、固定費の削減は慎重に進める必要があります。

  • 人件費を削りすぎると、患者対応やスタッフの定着に影響します。
  • 広告費を止めると、初診患者の流入が落ちる可能性があります。
  • システム費用を削ると、業務効率が悪化することがあります。
  • 保守料を削ると、機器トラブル時のリスクが増えることがあります。

固定費の見直しで大切なのは、「不要な費用を削ること」だけではありません。それ以上に重要なのは、固定費が収益や業務効率に見合っているかを確認することです。

たとえばリース契約、コピー機、清掃、警備、予約システム、通信費、広告費、保守契約などは、契約更新のタイミングで見直す余地があることがあります。医薬品や検査会社、委託会社との条件交渉も、定期的に行うことで、変動費率や固定的な支出の改善につながります。

2. 変動費率を下げる

変動費率を下げると、限界利益率が上がり、損益分岐点は下がります。

医療機関で確認しておきたいのは、次の点です。

  • 医薬品の仕入条件
  • 診療材料の仕入価格
  • 外注検査費の単価
  • 検査会社・委託会社との契約条件
  • 材料ロス、期限切れ、廃棄
  • 在庫管理
  • 自由診療や健診における材料費・委託費
  • リース契約と消耗品契約の組み合わせ

ただし、変動費率の改善を、医療の質を損なう方向で行ってはいけません。

安い材料に変えればよい、検査を減らせばよい、薬剤を絞ればよい、という単純な話ではないのです。必要な医療を提供したうえで、条件、管理、ロス、契約を見直す。これが基本になります。

3. 診療単価を適切に管理する

診療単価が上がれば、同じ患者数でも売上が増え、損益分岐点に必要な患者数は下がります。

しかし、保険診療における診療単価は、自由に価格を設定できるものではありません。診療報酬制度、施設基準、算定要件、医学的必要性に基づいて決まります。

ですから、診療単価を管理するというのは、点数を無理に増やすことではありません。次のような点を確認することを指します。

  • 必要な診療行為が、適切に算定されているか
  • 届出が必要な施設基準を満たしているか
  • 算定漏れがないか
  • 診療内容とレセプトが整合しているか
  • 検査、処置、医学管理、在宅医療、自由診療、健診の構成がどう変わっているか
  • 診療報酬改定の影響を受けていないか

特に診療報酬改定の後は、前年同月の比較だけでは、単価が変動した理由がつかめないことがあります。制度変更、届出、施設基準、患者構成、診療方針の変化を、それぞれ分けて確認していく必要があります。

4. 診療体制と稼働率を整える

患者数を増やすことも、損益分岐点を上回るための一つの方法です。

ただし、ただ患者数を増やせばよいというわけではありません。

患者数が増えても、待ち時間が長くなり、説明が不十分になり、スタッフが疲弊すれば、再診率や患者満足は下がってしまいます。院長が無理をして診療枠を増やし続ければ、医療の質や継続性にも影響が及びます。

患者数を増やす前に、次の点を確認しておきましょう。

  • 予約枠は適切か
  • 再診患者の流れは整理されているか
  • 検査・処置・会計の導線に詰まりはないか
  • 受付・看護師・医師の役割分担は明確か
  • 電話対応やWeb予約で、現場が混乱していないか
  • 患者数の増加が、利益増につながる構造になっているか
  • スタッフを増やす場合、その固定費を回収できるか

採算ラインを超えるには、単に患者数を増やすのではなく、患者数を受け止められる診療体制を整えることが必要なのです。

損益分岐点を月次で確認するための実務手順

損益分岐点は、一度計算して終わりではありません。

診療所の費用構造は、毎月少しずつ変わっていきます。人件費、外注費、材料費、広告費、水道光熱費、診療単価、患者数、診療日数が変われば、損益分岐点もそれに応じて動きます。

現実的には、次の手順で確認していくと、使い勝手がよくなります。

1. 月次試算表を早く作る

損益分岐点を使うには、月次試算表が欠かせません。

その月次試算表が2か月、3か月と遅れていると、経営判断には使えません。患者数や売上の変化を早くつかむためにも、月次決算のスピードを上げておく必要があります。

2. 医業収益を区分する

保険診療、自費診療、健診、予防接種、文書料、産業医、在宅医療などに区分します。

売上を一括で見てしまうと、どの領域で採算が変わっているのかが見えてきません。

3. 費用を固定費と変動費に分ける

損益計算書の勘定科目を、管理目的で固定費と変動費に振り分けます。

最初から完璧に分ける必要はありません。まずは、主要な費目から整理していきましょう。

  • 医薬品費
  • 診療材料費
  • 外注検査費
  • 人件費
  • 家賃
  • リース料
  • 減価償却費
  • 広告費
  • システム費
  • 水道光熱費
  • 顧問料
  • 保守料

この分類を、毎月同じ前提で行うことが大切です。

4. 変動費率と固定費を計算する

まず、変動費率を計算します。

変動費率 = 変動費 ÷ 売上高

固定費については、月次の固定費を合計し、必要に応じて年間に換算します。

5. 損益分岐点売上高を計算する

損益分岐点売上高 = 固定費 ÷(1 − 変動費率)

月次で見る場合は月間の損益分岐点、年間計画で見る場合は年間の損益分岐点として計算します。

6. 必要患者数に換算する

診療所では、売上高だけでなく、患者数に換算しておくことが実務上有効です。

必要患者数 = 損益分岐点売上高 ÷ 診療単価

さらに診療日数で割れば、1日当たりに必要な患者数が出ます。

1日当たり必要患者数 = 必要患者数 ÷ 診療日数

ここまで計算すると、院長や事務長にとって理解しやすい数字になります。

「年間売上5,600万円が必要です」と伝えるよりも、「この固定費構造なら、患者単価5,200円で1日36人が最低ラインです」と示したほうが、経営判断にずっと使いやすくなるはずです。

損益分岐点を経営判断にどう使うか

損益分岐点は、次のような判断の場面で力を発揮します。

採用判断

  • 常勤スタッフを1人採用すると、年間人件費はどれだけ増えるか
  • その固定費の増加を回収するには、1日何人の患者増加が必要か
  • 患者数の増加ではなく、診療単価や業務効率の改善で回収できるか
  • 教育期間中の赤字を、資金繰りで吸収できるか

設備投資判断

  • 医療機器や内装投資によって、月額の固定費や借入返済はいくら増えるか
  • その投資によって、どの診療収益がどれだけ増える見込みか
  • 投資回収までに何年かかるか
  • 患者数が計画未達の場合でも、資金繰りは持つか

診療時間・診療日数の判断

診療日数を増やせば、固定費をより多くの日数で回収できます。

その一方で、医師・スタッフの負荷、人件費、休日体制、患者満足も合わせて考慮する必要があります。

分院・移転判断

分院や移転では、固定費が大きく増えます。

新しい拠点の損益分岐点だけでなく、本院が赤字期間を支えられるかどうかを確認しておく必要があります。本院単独で利益も現金も残っていない状態で分院を出すと、本院と分院の両方が同時に苦しくなる可能性があるからです。

在宅医療・自由診療・健診強化の判断

新しい領域に進むときは、売上見込みだけでなく、固定費、変動費、人員、移動時間、キャンセル、説明時間、請求実務まで含めて採算を見ます。

外来と在宅、保険診療と自由診療、健診と一般外来では、費用構造が異なります。当然、損益分岐点も同じではありません。

損益分岐点を下回ったときに、すぐ広告を増やすべきとは限らない

売上が損益分岐点を下回ると、つい集患を強化したくなります。

しかし、損益分岐点を下回っている原因が固定費の増加や変動費率の上昇にあるのなら、広告を増やしても根本的な解決にはならないことがあります。

たとえば、次のようなケースです。

  • 患者数は維持されているが、診療単価が下がっている。
  • 患者数は増えているが、外注検査費や材料費が増え、利益が残らない。
  • 新しいスタッフを採用したが、患者数の増加につながっていない。
  • リース料や家賃が重く、必要患者数が高くなりすぎている。
  • 診療時間を増やしたが、人件費と残業代が増え、採算が改善していない。
  • 広告で初診は増えたが、再診につながっていない。

こうした場合に必要なのは、広告施策ではありません。費用構造、診療単価、初診・再診の構造、院内運用の見直しです。

売上不足の原因を分解しないまま施策を打つと、費用だけが増え、損益分岐点がさらに上がってしまう可能性があります。

損益分岐点は「削減」ではなく「説明可能性」のために使う

損益分岐点分析というと、経費削減のための道具のように見えるかもしれません。

しかし医療機関経営においては、それだけにとどまりません。

損益分岐点は、院長・理事長が自院の状態を説明するための、共通言語でもあるのです。

  • 金融機関に対して、借入返済の見通しを説明する。
  • スタッフ採用について、どの程度の患者数・売上が必要かを説明する。
  • 設備投資について、投資回収の前提を説明する。
  • 後継者に対して、現在の診療所の収益構造を説明する。
  • M&Aや第三者承継の場面で、買い手に採算構造を説明する。
  • 税務調査や資料確認の場面で、売上・費用の実態を説明する。
  • 院内で、現場の負荷と経営数字の関係を共有する。

このように損益分岐点は、医療機関を縛るための数字ではありません。守りの仕組みを整え、攻めの判断を支えるための数字なのです。

専門家に相談する前に整理しておきたい資料

損益分岐点を実務で活かすには、次の資料をあらかじめ整理しておくと、相談の質が大きく変わってきます。

  • 直近12か月の月次試算表
  • 直近3期分の決算書
  • 月別の医業収益内訳
  • 保険診療、自費診療、健診、予防接種、文書料等の内訳
  • 月別の延べ患者数、実患者数、初診・再診患者数
  • 診療単価
  • 診療日数
  • 医薬品費、材料費、外注検査費の推移
  • 職種別人件費
  • 家賃、リース料、減価償却費
  • 借入金一覧と月々の返済額
  • 賞与、退職金、社会保険料、税金の支払予定
  • 医療機器や内装の投資予定
  • 診療報酬改定や施設基準変更の影響
  • スタッフ採用予定
  • 分院、移転、在宅医療、自由診療などの検討事項

これらを整理しておけば、「売上が足りない」という漠然とした相談ではなく、より具体的な検討ができるようになります。固定費が高すぎるのか、変動費率が悪化しているのか、患者単価が下がっているのか、必要患者数は現実的か、資金繰り上の安全ラインはどこか。こうした論点を、一つずつ詰めていくことができます。

まとめ:損益分岐点は、医療機関の採算を説明する入口である

医療機関経営では、売上や患者数だけを見ていても、本当の経営状態は分かりません。

重要なのは、売上を生むためにどれだけの固定費を抱えているか、患者数や診療内容に応じてどれだけの変動費が発生しているか、そしてどの売上水準を下回ると赤字になるか、という三つの視点です。

損益分岐点を把握しておくと、次の問いに答えやすくなります。

  • 今の固定費で、最低限必要な売上はいくらか。
  • 患者単価から見て、1日何人の患者が必要か。
  • 人件費を増やした場合、採算ラインはどれだけ上がるか。
  • 設備投資をした場合、何年で回収できるか。
  • 患者数が減った場合、どの時点で赤字になるか。
  • 会計上の黒字と資金繰りの安全ラインは、ずれていないか。
  • 将来の承継やM&Aで説明できる収益構造になっているか。

損益分岐点は、経営を単純化するための数字ではありません。複雑な医療機関経営を、経営者が判断に使える形へ整理するための数字です。

最後に、本記事の重要事項を振り返っておきます。

確認項目見るべき内容経営判断上の意味
損益分岐点売上高固定費 ÷ 限界利益率赤字にならない最低売上を把握する
固定費人件費、家賃、リース、減価償却、システム費等売上が落ちても残る費用。増やす前に回収可能性を見る
変動費医薬品費、材料費、外注検査費等売上や患者数に応じて増える費用。率で管理する
限界利益率1 − 変動費率売上が増えたときにどれだけ利益に残るかを見る
必要患者数損益分岐点売上高 ÷ 診療単価採算ラインを現場で理解しやすい患者数に換算する
人件費職種別給与、社会保険料、賞与、採用費削るのではなく、診療体制と生産性を含めて設計する
設備投資医療機器、内装、電子カルテ、リース固定費と資金繰りを同時に押し上げる可能性がある
資金繰り安全ライン借入返済、税金、賞与、設備更新を含めた現金水準会計上の黒字だけでは判断できない
診療科別差異診療単価、患者数、材料費、人員、設備他院平均ではなく、自院の構造で損益分岐点を見る
月次管理毎月同じ基準で売上・費用・患者数を確認する赤字転落や採算悪化を早期に把握する
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