医療機関デューデリジェンスで確認される項目

医療機関M&Aにおけるデューデリジェンス、いわゆるDDは、単に「買い手が売り手の問題点を探す作業」ではありません。

その本来の目的は、もっと前向きなところにあります。承継後に医療を継続できるのか、譲渡価格に織り込むべきリスクは何か、契約でどこまで手当てすべきか、そしてクロージング前に修正すべき事項は何か。こうした論点を、双方が納得できる形で整理していく。それがDDの役割です。

医療機関の第三者承継では、一般企業のM&Aと同じように財務・税務・法務を確認するだけでは足りません。保険医療機関指定、施設基準、診療報酬請求、個別指導・監査、カルテ・医療情報、医療法人の社員・理事・監事、そして患者さんやスタッフの継続性まで。ここまで踏み込んで確認しておかなければ、承継後に想定外の返還リスク、労務トラブル、資金繰りの悪化、スタッフの離職、患者離れといった問題が表面化しかねません。

この点は、公的なガイドラインでも示されています。仲介者やFAは提供する業務範囲を明確に説明すること、DDを自ら実施しない場合はその旨を説明すること、DDの重要性や表明保証との関係を説明すること。いずれも求められている事項です。医療機関M&Aでも、仲介・マッチングと専門的なDDは、役割の異なるものとして切り分けて考える必要があります。
出典:中小企業庁|中小M&Aガイドライン(第3版)

本稿では、医療機関DDで確認される主な項目を、買い手・売り手双方の実務判断に使える形で整理していきます。

なお、本稿は2026年5月30日時点の公的情報を踏まえて記載しています。実際の取扱いは、対象医療機関の開設主体、都道府県・保健所・地方厚生局の運用、診療報酬改定、契約内容、個別の事情によって変わりますので、その都度の確認が欠かせません。

目次

医療機関DDは「価格」より先に「承継可能性」を確認する作業である

M&Aというと、どうしても譲渡価格にまず関心が向きがちです。

しかし医療機関の場合、価格だけを先に決めてしまうと、その後のDDで次のような問題が見つかることがあります。

DDで見つかりやすい問題承継への影響
医療法人の議事録・役員変更届・登記が未整備法人ごと承継の前提が崩れる、クロージング延期
施設基準の届出・要件管理に不備診療報酬の返還、価格調整、契約条件の見直し
未収金・返戻・査定が十分に管理されていない実質的な収益力・回収可能性の再評価
スタッフの雇用契約書・就業規則が不十分未払残業、退職金、有休、承継後離職リスク
院長個人所有の不動産・医療機器が混在譲渡対象・賃貸借・資金調達の再設計
税務調査リスクや過去の修正申告がある税務DD、表明保証、補償条項、価格調整
カルテ・個人情報の管理体制が弱い患者説明、情報管理、承継後運用の不安定化
主要医師・幹部スタッフが退職予定収益力・患者基盤・PMI計画の見直し

DDは、相手を疑うための作業ではありません。むしろ、売り手にとっても買い手にとっても、後から第三者にきちんと説明できる形で承継を進めるための、共通言語のようなものだと考えています。

特に医療機関では、院長や理事長が診療と経営を兼ねているケースが多く見られます。意図的な不正がなくても、資料の管理や手続が後回しになりやすい。そうした構造があることは、あらかじめ理解しておきたいところです。クリニックの第三者承継においても、法務DDは資料の確認だけでなく、現場の確認やヒアリングが重要になります。医療法人であれば、社員総会や理事会の議事録を含め、意思決定の手続が適切に行われてきたかどうかも確認の対象です。

DDの深度はスキームによって変わる

医療機関DDを始める前に、まず確認しておきたいのが承継スキームです。

同じクリニックの承継であっても、個人クリニックの事業譲渡なのか、医療法人を法人格ごと承継するのか、医療法人間の事業譲渡なのか。どの形をとるかによって、DDで重視すべき範囲は変わってきます。

事業譲渡の場合

事業譲渡では、譲渡対象となる資産・契約・スタッフ・患者基盤を、一つひとつ個別に確認していきます。

買い手は、過去の法人全体が抱えるリスクをある程度切り離しやすいという利点があります。その一方で、開設・廃止、保険医療機関指定、施設基準、賃貸借契約、スタッフの新規雇用などを、改めて組み直す必要が出てきます。

法人クリニックから個人クリニックへの事業譲渡では、公法上の許認可そのものを売り手から引き継ぐわけではありません。ただし、保険医療機関として遡及指定を受けるためには、売り手側の指定内容や変更届出の完遂状況、平面図、敷地図、不動産の権利関係、賃貸借契約の承諾などを確認しておく必要があります。

医療法人ごとの承継の場合

医療法人を法人格ごと承継する場合、法人格はそのまま存続します。

そのため、資産・負債・契約・雇用・許認可・過去の税務リスク・労務リスク・訴訟リスクが、原則として法人にそのまま残ります。契約関係やリスクの切り離しが難しいぶん、法務DDにおけるリスク分析は、どうしても厳格にならざるを得ません。

持分あり医療法人の場合

持分あり医療法人では、出資持分、社員、理事、監事、理事長、管理者を、それぞれ分けて確認していきます。

注意したいのは、出資持分を譲渡するだけでは、医療法人の運営上の意思決定までは移転しないことがある、という点です。反対出資者の有無、社員総会議事録、社員名簿、そして持分の相続・贈与・譲渡の履歴まで、確認が必要になります。

持分なし医療法人の場合

持分なし医療法人には、譲渡対象となる出資持分がありません。

そのため、社員・役員の交代、役員退職金、基金、理事長・管理者の交代、退任後の関与などを確認していきます。対価の設計が、税務・法人運営・非営利性と密接に関わってくるため、形式だけを整えても十分とはいえません。

医療機関DDの全体像

医療機関DDは、大きく次の領域に分けて整理すると、全体像がつかみやすくなります。

DD領域主な確認対象判断に使う場面
財務DD売上、利益、未収金、借入、固定資産、資金繰り、正常収益力譲渡価格、資金調達、投資回収
税務DD申告書、修正申告、役員給与、MS法人、消費税、源泉、固定資産税務税務リスク、表明保証、補償
法務DD定款、議事録、社員・役員、契約、不動産、訴訟、借入保証契約条件、クロージング前提
労務DD雇用契約、就業規則、未払残業、有休、退職金、社会保険スタッフ承継、PMI、価格調整
医療法務DD開設届、保険医療機関指定、施設基準、診療報酬、個別指導承継後の保険診療継続
情報管理DDカルテ、個人情報、電子カルテ、アクセス権限、保存体制患者説明、医療安全、承継後運用
事業DD患者数、診療単価、診療圏、スタッフ定着、医師依存度承継後の収益力、PMI

ここからは、それぞれの領域を順に詳しく見ていきます。

1. 財務DDで確認される項目

財務DDでは、決算書に記載された数字が実態を表しているのか、そして承継後の経営判断に使える数字なのかを確認します。

医療機関の財務DDでは、一般企業のように、過去の利益をそのまま将来の収益力とみなすわけにはいきません。特に院長おひとりの診療に依存するクリニックでは、現院長の引退と同時に、過去の収益力が失われてしまう可能性があるからです。クリニックの第三者承継では、前院長の診療力そのものは承継の対象になりません。そのため過去の収益力はあくまで参考情報にとどまり、勤務医や組織に収益力が帰属している場合にこそ、正常収益力の重要性が高まってきます。

売上・医業収益の確認

まず確認するのは、医業収益の中身です。

単に年間の売上を眺めるのではなく、次のように分解して見ていきます。

確認項目見るべきポイント
保険診療収入レセプト請求額、入金額、返戻、査定、未収
窓口収入日計表、現金実査、未収金、クレジット・電子決済
自由診療収入契約書、説明書、前受金、返金リスク、消費税
健診・予防接種・産業医等契約先、入金サイト、収入区分、消費税
診療科別・部門別売上外来、在宅、自由診療、検査、分院等の採算
医師別売上院長依存、非常勤医依存、退職予定医師の影響

なかでも特に重要なのが、返戻・査定・未収金です。医業未収金が貸借対照表に計上されていても、それが実際に回収できるかどうかは、また別の話だからです。審査支払機関からの入金、窓口未収、労災・自賠責、自由診療の分割払いなどを、それぞれ分けて確認しておく必要があります。

医療法人の会計や内部管理の観点から見ても、審査支払機関への請求、入金、未収金の管理、窓口収納は、内部管理上の重要な項目といえます。

費用構造の確認

医療機関の費用は、人件費、材料費、委託費、家賃、リース料、減価償却費、広告費、保守費用などに分けて確認していきます。

DDで特に注目するのは、次のような点です。

費用項目DD上の確認事項
人件費常勤・非常勤、職種別、残業、賞与、退職金、社会保険
材料費・薬品費在庫、廃棄、診療科別の使用状況、仕入先依存
委託費清掃、検査、レセプト、システム、産廃、保守契約
家賃・共益費契約条件、更新、賃料改定、親族・MS法人取引
リース料医療機器、電子カルテ、コピー機、途中解約条件
広告・広報費Web、看板、予約サイト、採用広告、費用対効果
減価償却費医療機器、内装、耐用年数、更新投資の必要性

費用の確認では、「経費が多いか少ないか」を見るだけでは不十分です。承継後も同じ体制で運営していくために本当に必要な費用なのか、旧院長個人に依存していた費用が承継後に増えてしまわないか、買い手法人の本部費が新たに加わるのか。こうした視点で見ていきます。

固定資産・医療機器の確認

医療機器や内装は、帳簿価額と実際の価値が一致しないことがよくあります。

DDでは、次のような資料を確認します。

  • 固定資産台帳
  • 医療機器一覧
  • 取得日、取得価額、簿価
  • リース契約書
  • 保守契約書
  • メーカー保証、サポート契約
  • 更新予定、故障履歴
  • 設置場所、稼働状況
  • 不要資産、除却漏れ

医療機器については、M&A実行後の更新サイクルを把握するため、導入時期、メンテナンスの状況、サポート契約の有無を確認します。あわせて、実際に院内を見学し、施設の使用状況や老朽化を直接この目で確かめておくことが大切です。

借入金・保証・資金繰りの確認

買い手にとって、借入金の承継や保証の整理は、非常に重要なテーマです。

確認すべき資料は、次のとおりです。

  • 借入一覧
  • 金銭消費貸借契約書
  • 返済予定表
  • 担保設定資料
  • 保証契約書
  • リース債務一覧
  • 役員借入金・役員貸付金
  • 未払金・買掛金
  • 税金・社会保険料の未納有無
  • 資金繰り表

医療機関の法務DDでは、帳簿上の借入や担保関係だけでなく、簿外の借入や保証債務が隠れていないかも確認しておく必要があります。

2. 税務DDで確認される項目

税務DDでは、過去の税務処理に否認リスクがないか、そして承継後に買い手が税務リスクを引き継いでしまう可能性がないかを確認します。

特に医療法人を法人格ごと承継する場合、税務DDの重要性は高まります。クリニックの財務・税務DDでは、財政状態、収益力、資金繰り、税金の否認リスクを調査します。これらは譲渡価格や承継リスクに直接影響するため、医療法人格を承継する際には、必ず検討しておきたい項目です。

過去申告書・修正申告の確認

税務DDで最初に確認するのは、過去の申告内容です。

確認資料主な確認事項
法人税申告書・所得税申告書所得、税額、別表、特例適用
勘定科目内訳書役員貸付金、借入金、未払金、関係会社取引
消費税申告書課税売上、非課税売上、簡易課税、届出
源泉所得税資料給与、非常勤医師、外部報酬、退職金
修正申告書・更正通知過去の税務違背、是正状況
税務調査履歴指摘事項、再発防止、未解決事項

医療法人の税務DDでは、理事長、事務部長、会計担当者、顧問税理士との面談を行います。あわせて、過去3年分の法人税申告書・修正申告書等の収受、修正申告の内容、税引前利益と法人税引当、借入金の推移、同族・親族関係者の一覧などを確認しておくことが大切です。

役員給与・役員退職金

医療法人では、役員給与や役員退職金が、税務上の重要な論点になります。

DDでは、次のような点を確認します。

  • 役員報酬の決定手続
  • 社員総会・理事会議事録
  • 定期同額給与の運用
  • 事前確定届出給与の有無
  • 過大役員給与のリスク
  • 役員退職金の支給予定
  • 功績倍率・在任期間・職務実態
  • 退職金支給決議
  • 退職後の顧問契約
  • 親族役員・特殊関係使用人への給与

医療法人M&Aでは、売り手理事長の退任と役員退職金が、セットで検討されることがあります。ただし、承継対価を形式的に退職金へ置き換えるだけでは不十分です。支給の根拠、金額の合理性、法人の支払能力、そして決議資料が、いずれも必要になります。

MS法人・関係事業者取引

MS法人や親族会社との取引は、医療法人DDのなかでも特に注意を払う領域です。

確認すべき取引には、次のようなものがあります。

  • 不動産賃貸
  • 医療機器リース
  • 清掃・事務・受付・経理委託
  • 広告・Web管理
  • 駐車場管理
  • 人材派遣・紹介
  • 備品販売
  • 役員兼務
  • 親族への給与・外注費

医療法人の税務DDでは、内部けん制、月次・年次決算、役員等への特別利益供与、関係事業者取引、財務諸表の検証などが、チェック項目として挙げられます。

MS法人取引は、それ自体が直ちに否定されるものではありません。ただし、実態、契約、価格、役務提供、支払根拠、利益供与の有無をきちんと説明できなければ、税務調査や医療法人の運営上の問題につながるおそれがあります。

消費税・自由診療・インボイス

医療機関では、保険診療が非課税である一方、自由診療、物販、健診、産業医報酬、介護・周辺事業などで消費税の論点が生じてきます。

DDでは、次のような点を確認します。

  • 課税売上と非課税売上の区分
  • 自由診療収入の消費税処理
  • 物販収入の有無
  • 健診・予防接種・産業医契約
  • 簡易課税制度の選択・不適用
  • 課税事業者選択届出書
  • インボイス登録の有無
  • 設備投資時の消費税還付リスク
  • 課税売上割合
  • 共通対応仕入の処理

医療機関では、消費税が「関係ない」と誤解されがちです。しかし実際には、自由診療・設備投資・周辺事業の比率によって、税務上の影響が大きくなることがあります。

3. 法務DDで確認される項目

法務DDでは、承継対象となる医療機関の権利義務、契約、法人運営、紛争、許認可、所有関係を確認します。

医療機関の法務DDは、通常の事業会社とは事情が異なります。医療法、保険医療機関指定、施設基準、患者情報、医療事故、医療法人の非営利性といった要素が、複雑に絡んでくるからです。クリニックの第三者承継でも、保険診療を含む許認可の問題があり、一般企業の法務DDとは別の側面で注意が必要になります。

医療法人の機関・議事録

医療法人を承継する場合、法人運営の基礎となる資料は、必ず確認しておきたいところです。

確認資料確認事項
定款・寄附行為最新版か、目的・附帯業務・分院が合っているか
社員名簿社員が誰か、退社・入社の履歴
理事・監事名簿任期、選任手続、資格、管理者理事
社員総会議事録重要決議、役員選任、退職金、定款変更
理事会議事録業務執行、借入、契約、報酬、承継承認
登記事項証明書理事長、資産総額、目的、主たる事務所
役員変更届都道府県への届出状況
決算届事業報告書等の提出状況

医療法人に関する法務DDでは、社員・役員・出資者の地位が確実かどうかを、過去の議事録から確認していきます。社員については行政への届出事項ではないため、過去の社員総会議事録等を通じて整理していく必要があります。

また、医療法人および地域医療連携推進法人は、毎会計年度の終了後3か月以内に、事業報告書等を都道府県知事へ届け出る必要があります。医療法人は、経営情報等の報告義務も負っています。
出典:厚生労働省|医療法人に関する情報の調査及び分析等について

契約関係

医療機関の運営は、数多くの契約によって支えられています。

DDでは、次のような契約を確認します。

  • 賃貸借契約
  • 医療機器リース契約
  • 電子カルテ契約
  • レセコン契約
  • 検査委託契約
  • 清掃・警備契約
  • 医療廃棄物処理契約
  • 保守契約
  • 予約システム契約
  • Webサイト管理契約
  • 労務・会計・税務顧問契約
  • 産業医・健診契約
  • 保険契約
  • 金融機関借入契約
  • 担保・保証契約

特にテナント開業の場合は、買い手が承継後も同じ場所で診療を続けられるかどうかが、最も重要なポイントになります。賃貸人の承諾、賃料、更新期間、原状回復義務、敷金、契約名義、用途制限を、丁寧に確認しておきましょう。

不動産・医療機器の所有関係

医療機関では、法人、院長個人、親族、MS法人の資産が混在していることがあります。

そのため、次のような確認が必要です。

  • 土地建物の所有者
  • 賃貸借契約の当事者
  • 院長個人所有の内装・医療機器
  • MS法人所有の設備
  • 親族会社とのリース契約
  • 抵当権・根抵当権
  • 借地権・借家権
  • 原状回復義務
  • 診療所開設に必要な使用権限

帳簿の上では法人資産のように見えていても、実際には院長個人の資金で購入されていたり、契約書が残っていなかったりすることがあります。譲渡対象を特定する作業は、価格評価だけでなく、クロージング時の引渡しにも直結します。

紛争・訴訟・医療事故

法務DDでは、現在または将来の紛争の可能性も確認します。

確認の対象は、次のとおりです。

  • 医療事故
  • 患者クレーム
  • 医療訴訟
  • 労使紛争
  • 未払残業代請求
  • ハラスメント申告
  • 従業員による横領
  • システム開発トラブル
  • 工事・改装トラブル
  • 賃貸人との紛争
  • 行政指導・監査履歴
  • 保険事故、賠償保険の限度額

医療機関の法務DDでは、労使間の紛争、医療事故、従業員による横領などが、典型的な確認対象になります。過去の紛争についても、再発のリスクがないかを見ておく必要があります。

4. 労務DDで確認される項目

医療機関M&Aでは、スタッフの継続が、承継後の患者基盤に直結します。

どれだけ財務数字が良くても、承継直後に受付、看護師、医療事務、放射線技師、歯科衛生士、理学療法士などが離職してしまえば、診療体制は崩れてしまいます。だからこそ労務DDは、単なる法令確認にとどまらず、PMIの前提を整える作業でもあるのです。

医療機関の人事労務DDでは、労働契約や就業規則等が承継される場合に、PMIにおける人事労務上の課題を事前に発見しておくことが重要になります。そのためには、院長や事務長等からの資料提出やヒアリングへの協力が欠かせません。

労務DDの主な確認資料

資料確認事項
従業員名簿職種、年齢、資格、勤続年数、雇用形態
雇用契約書勤務条件、職務内容、更新、試用期間
就業規則作成・届出・周知、服務規律、休職、退職
賃金規程基本給、手当、賞与、昇給、固定残業代
退職金規程支給対象、計算方法、引当不足
勤怠記録労働時間、休憩、残業、休日労働
給与台帳残業代、手当、控除、社会保険
36協定締結・届出・労働時間との整合性
有給休暇管理表付与・取得・残日数
社会保険・労働保険加入漏れ、資格取得、保険料未納
ハラスメント対応資料相談窓口、記録、再発防止
休職・復職記録メンタル不調、診断書、復職判断

未払残業代・労働時間

クリニックでは、始業前の準備、診療後の片付け、レセプト業務、勉強会、昼休みの電話対応などが、労働時間として整理されていないことがあります。

DDでは、実際の出退勤記録、予約状況、診療時間、受付時間、残業申請、給与計算を突き合わせていきます。

もし未払残業代が見つかれば、買い手は譲渡価格、補償条項、クロージング条件への反映を検討することになります。売り手側としては、DDを受ける前に、勤怠記録と給与計算の整合性を確認しておくことが望ましいでしょう。

キーパーソンの離職リスク

医療機関では、特定のスタッフが、実質的に経営を支えていることがあります。

  • 事務長
  • 受付主任
  • 看護師長
  • レセプト担当者
  • 自由診療カウンセラー
  • 訪問診療コーディネーター
  • 歯科衛生士リーダー
  • 院長の配偶者
  • 非常勤医師

DDでは、給与条件だけでなく、その人が辞めた場合にどの業務が止まってしまうのかまで確認します。スタッフ一覧表を眺めるだけでは、現場の実態までは見えてきません。ヒアリング、業務分担表、月次業務、レセプト締め、患者対応の流れを、あわせて確認していく必要があります。

5. 医療法務DD・施設基準DDで確認される項目

医療機関M&Aが一般企業のDDと大きく異なるのが、この医療法務DDです。

ここでは、診療所・病院として適法に開設されているか、保険医療機関指定が適切か、施設基準を満たしているか、診療報酬請求に返還リスクがないかを確認します。

医業の事業承継では、医療機関の開設・廃止、定款変更、保険請求など、ほぼすべての事柄に行政が関与します。そのため、行政対応が非常に重要になってきます。

開設・指定関係

確認する資料は、次のとおりです。

  • 診療所開設届
  • 病院・診療所開設許可
  • 開設者変更・管理者変更届
  • 保険医療機関指定通知
  • 保険医登録資料
  • 標榜診療科
  • エックス線装置届出
  • 麻薬管理者・麻薬施用者関係資料
  • 生活保護法指定医療機関
  • 労災指定医療機関
  • 自賠責・公費関係
  • 介護保険事業指定
  • 訪問看護・在宅医療関係届出

保険医療機関指定については、一定の場合に、指定期日の遡及が認められる運用があります。開設者変更、個人から法人組織への変更、法人組織から個人への変更、至近距離への移転などで、患者さんが引き続き診療を受けている場合には、例外的に指定期日を遡及できるとされています。
出典:関東信越厚生局|保険医療機関・保険薬局の指定申請手続きの流れ及び添付書類等

ただし、遡及指定は当然に認められるものではありません。承継スキーム、廃止・開設日、患者さんの継続性、地方厚生局の確認事項によって、判断は変わってきます。契約締結の前に、保健所・地方厚生局への事前相談を組み込んでおくことが大切です。

施設基準

施設基準は、診療報酬の算定に直結します。

DDでは、届出している施設基準について、次のような点を確認します。

  • 届出書類
  • 受理通知・受理番号
  • 算定開始日
  • 定例報告
  • 人員配置
  • 勤務表
  • 研修記録
  • 掲示・説明資料
  • 算定要件
  • 診療録記載
  • 施設基準辞退届の有無
  • 過去の返還・自主点検
  • 個別指導・適時調査履歴

保険診療における指導・監査に関しては、集団指導用資料、特定共同指導・共同指導における指摘事項、保険診療確認事項リスト、適時調査実施要領等が公表されています。
出典:厚生労働省|保険診療における指導・監査

また、関東信越厚生局では、施設基準等の届出受理状況をホームページで確認できます。令和7年8月1日算定開始に係る届出以降は、受理番号の郵送通知に代えて、ホームページで受理状況を確認する運用が示されています。

出典:関東信越厚生局|保険医療機関・保険薬局の施設基準の届出受理状況及び保険外併用療養費医療機関一覧

施設基準は、届出の時点だけ満たしていればよい、というものではありません。継続的に要件を満たし、それを記録で説明できることが求められます。病院や有床診療所、在宅医療、リハビリ、特定加算を算定している医療機関では、施設基準DDの重要性がとりわけ高くなります。

診療報酬請求・返還リスク

DDでは、診療報酬請求について、次のような点を確認します。

  • 高点数傾向
  • 返戻・査定の内容
  • 医学管理料の算定根拠
  • 在宅医療の同意書・計画書
  • リハビリ実施記録
  • 自由診療との区分
  • 保険外併用療養
  • 算定要件とカルテ記載
  • 施設基準との整合性
  • 個別指導・適時調査履歴
  • 自主返還の有無

令和6年度における保険医療機関等の指導・監査等の実施状況としては、個別指導2,494件、新規個別指導5,989件、適時調査2,729件、監査34件、そして保険医療機関等の指定取消・指定取消相当が23件、公表されています。

出典:厚生労働省|令和6年度における保険医療機関等の指導・監査等の実施状況について(概況)

これは、施設基準や保険請求の不備が、単なる事務ミスにとどまらないことを示しています。返還、行政対応、承継条件にまで影響する可能性があるのです。

6. カルテ・個人情報・医療情報システムのDD

医療機関DDでは、カルテや患者情報の管理も重要なテーマです。

患者情報は、単なる顧客リストではありません。診療録、検査結果、画像、紹介状、同意書、問診票、予約情報、会計情報などを含む、医療情報そのものだからです。

確認すべき項目

項目確認内容
紙カルテ保管場所、保存年限、索引、紛失リスク
電子カルテ契約名義、データ移行、アクセス権限、バックアップ
レセコン請求データ、操作権限、サポート契約
画像データPACS、検査機器、保存形式、移行可否
同意書手術、自由診療、在宅、個人情報
問診票保管、電子化、利用目的
アクセス権限退職者アカウント、権限管理、ログ
委託先電子カルテ会社、クラウド、保守会社、外部委託
情報漏えい履歴インシデント、患者対応、再発防止

医療機関の事業承継においては、カルテ等の保管場所や保管方法を把握し、円滑な承継ができるよう、その管理状況を確認しておくことが望まれます。

なお、医療機関の廃止等により別の医療機関が業務を承継する場合、診療録等の個人データの提供は「合併その他の事由による事業の承継に伴って個人データが提供される場合」に該当します。承継先の医療機関は第三者には該当しないため、患者さんの同意がなくても提供できると整理されています。

出典:個人情報保護委員会|医療機関の廃止等の理由により、別の医療機関が業務を承継することになりましたが、診療録等の個人データを提供する際に、患者の同意が必要なのでしょうか。

もっとも、同意が不要と整理される場面であっても、患者さんへの説明、利用目的、保存体制、アクセス権限、データ移行の安全性は、慎重に確認すべきです。カルテを「譲渡対象」として機械的に扱うのではなく、医療の継続に必要な情報資産として管理する姿勢が求められます。

7. 現場確認でしか見えない項目

医療機関DDでは、資料だけでは見えてこないものがあります。

たとえば、決算書の上では黒字でも、現場に足を運ぶと、次のような兆候が見つかることがあります。

  • 受付スタッフが疲弊している
  • 院内掲示が古い
  • 予約導線が混乱している
  • 医療機器が老朽化している
  • バックヤードに未整理の書類が積み上がっている
  • 薬品・材料の在庫管理が属人的になっている
  • 院長とスタッフの関係が悪い
  • 電子カルテのIDが共有されている
  • 契約書がどこにあるか誰も分からない
  • 患者クレームが口頭対応だけで、記録に残されていない

DDでは、資料の確認と現地の確認を組み合わせることが重要です。医療機関のDDでも、提供資料を基礎にしながら、譲渡側医療機関への質問・確認を行い、さらに医院を見学・訪問して実情を把握することが大切とされています。ただし現場訪問の際には、スタッフに無用な混乱を生じさせないよう、十分な配慮が必要です。

DD結果はどのように意思決定へ反映されるか

DDで問題が見つかったからといって、すぐにM&Aを中止するわけではありません。

重要なのは、その問題を、次のどこに反映するかを見極めることです。

DD結果主な対応
軽微な資料不足クロージング前の資料整備
税務・会計処理の誤り修正申告、会計修正、価格調整
未払残業代リスク補償条項、価格調整、PMI計画
施設基準不備自主点検、届出修正、承継条件の見直し
借入・保証の問題金融機関調整、保証解除、クロージング条件
訴訟・医療事故表明保証、補償、保険確認、専門家判断
主要スタッフ離職譲渡価格見直し、引継ぎ条件、PMI強化
許認可上の重大問題スキーム変更、延期、中止

医療機関の事業承継では、DDの結果として、一部修正で進める場合、修正が可能なら進める場合、そして重大な修正があり修正が不可能なら終了する場合があると整理されています。

DDは、単に「問題があるかないか」を判定する作業ではありません。問題の大きさ、修正の可能性、価格への影響、契約での手当て、承継後の運営リスクを、ひとつずつ整理していく作業なのです。

売り手がDD前に整えるべきこと

売り手側にとっては、DDを受ける立場になって初めて資料を集め始めるのでは、遅いことがあります。

M&Aを検討し始めた段階で、次のような資料を整理しておくと、買い手との交渉がぐっと進めやすくなります。

分類事前整理する資料
財務過去3期決算書、申告書、直近試算表、月次推移
資金借入一覧、返済予定、保証、担保、リース契約
収益患者数、診療単価、初診数、診療科別売上、未収金
税務税務調査履歴、修正申告、消費税届出、源泉資料
法人定款、社員名簿、役員名簿、議事録、登記、届出
契約賃貸借、委託、保守、システム、保険、MS法人取引
労務従業員名簿、雇用契約、就業規則、給与台帳、有休
医療法務開設届、保険医療機関指定、施設基準、定例報告
情報管理カルテ保管、電子カルテ契約、アクセス権限、バックアップ
紛争クレーム、訴訟、医療事故、労務問題、行政指導

資料が整っている医療機関は、買い手にとって信頼しやすく、価格の説明もしやすくなります。反対に、資料がなかなか出てこない医療機関では、買い手はリスクを高く見積もらざるを得ません。

買い手がDDで見落としてはいけないこと

買い手側は、DDを「問題点の発見」だけで終わらせてはいけません。

本当に重要なのは、承継後に自分たちが運営していけるかどうかを判断することです。

特に確認しておきたい問いは、次のとおりです。

  • 現在の売上は、誰の診療力に依存しているか
  • 院長交代後も、患者さんは継続して来院してくれるか
  • スタッフは残る意思があるか
  • レセプト・受付・会計を、誰が担っているか
  • 施設基準を継続できる人員体制があるか
  • 医療機器の更新投資は、いくら必要か
  • 買収後の月次損益は成立するか
  • 借入の返済と運転資金を賄えるか
  • 患者説明・スタッフ説明のタイミングは適切か
  • PMIを誰が主導するか

買い手にとって最大のリスクは、「買った後に運営できない」ことです。DDは、価格を下げるための材料探しではありません。承継後の経営計画を、現実的なものにするための作業なのです。

DDで見つかったリスクを放置してはいけない

DDで見つかった問題を、「承継後に何とかする」と先送りしてしまうのは危険です。

医療機関では、承継後すぐに診療が始まります。患者さんは待ってくれません。スタッフの給与支払、レセプト請求、施設基準、カルテ管理、予約、会計、医療機器の保守。これらはすべて、クロージングの翌日から動き出します。

ですから、DDで見つかった問題は、少なくとも次のいずれかに整理しておく必要があります。

  1. クロージング前に修正する
  2. クロージング条件にする
  3. 譲渡価格に反映する
  4. 表明保証・補償条項に反映する
  5. PMI計画に組み込む
  6. リスクを受け入れたうえで意思決定する
  7. スキーム変更または中止を検討する

ここで大切なのは、問題をゼロにすることではありません。問題を認識したうえで、誰が、いつ、どの費用負担で、どのように対応するのかを決めておくことです。

まとめ:医療機関DDは「守りの確認」であり、承継後の経営設計でもある

医療機関のデューデリジェンスでは、財務・税務・法務だけにとどまりません。労務、医療法務、施設基準、診療報酬、カルテ、個人情報、患者さんやスタッフ、行政手続まで、幅広く確認していきます。

これは、買い手が売り手を疑うためのものではありません。患者さん、スタッフ、地域医療、金融機関、行政、後継者に対して、承継後もきちんと説明できる医療機関にするためです。

売り手にとって、DDは自院の弱点が見えてくる場面です。

買い手にとっては、承継後の経営責任を引き受けられるかを判断する場面になります。

そして双方にとってDDは、価格交渉の材料であると同時に、承継後の医療を守るための設計図でもあるのです。

医療機関M&Aを、ひとつの取引としてだけ捉えると、DDは面倒な確認作業のように見えてしまうかもしれません。

しかし、医療機関を継続的に経営管理すべき事業体として捉えるなら、見え方は変わってきます。DDは、守りを仕組みに変え、承継後の攻めの経営を支えるための、重要なプロセスなのです。

重要事項の振り返り

論点確認すべき事項
DDの目的問題探しではなく、承継可能性、価格、契約、PMIへの影響を整理する
財務DD売上、未収金、返戻査定、固定資産、借入、資金繰り、正常収益力を確認する
税務DD過去申告、修正申告、役員給与、MS法人、消費税、源泉、固定資産税務を確認する
法務DD定款、社員・役員、議事録、契約、不動産、訴訟、借入保証を確認する
労務DD雇用契約、就業規則、未払残業、有休、退職金、社会保険、キーパーソンを確認する
医療法務DD開設届、保険医療機関指定、管理者、保健所・厚生局手続を確認する
施設基準DD届出、受理状況、人員配置、算定要件、定例報告、返還リスクを確認する
カルテ・個人情報診療録、電子カルテ、アクセス権限、保存体制、データ移行を確認する
現場確認資料だけでなく、院内状況、スタッフの雰囲気、設備老朽化、業務実態を見る
DD結果の反映修正、価格調整、表明保証、補償、クロージング条件、PMIに反映する
売り手の準備決算書、申告書、契約、議事録、労務、施設基準、カルテ管理を早めに整える
買い手の判断承継後に診療体制・人員・資金繰り・施設基準を維持できるかを確認する

医療機関DDに向けて資料と論点を整理したい方へ

医療機関M&Aでは、DDで何を確認されるのかを知らないまま進めてしまうと、基本合意の後になって資料不足や未整理のリスクが表面化することがあります。それが、価格交渉、契約条件、クロージング時期に影響を及ぼしかねません。

特に、医療法人の議事録、役員変更、施設基準、未収金、税務調査履歴、MS法人取引、スタッフ雇用、カルテ管理。これらは、日常管理の延長線上で整えておきたい論点です。

犬飼公認会計士・税理士事務所では、医療機関の会計・税務・資金繰り・医療法人運営・承継前整理の観点から、DDで確認される資料と論点の整理を支援しています。

自院の承継・M&Aを検討する前に、まず何を整えるべきかを確認しておきたいという場合は、犬飼公認会計士・税理士事務所HPのお問い合わせページよりご相談ください。

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