介護・訪問看護・周辺事業に広げるときの論点|医療機関が成長前に確認すべき制度・採算・会計・税務

在宅医療に取り組み始めたクリニックや、外来患者の高齢化を肌で感じている医療法人からは、次のようなご相談が増えてきます。

「訪問看護ステーションを持つべきだろうか」 「居宅介護支援事業所を併設した方がよいのか」 「介護事業やサービス付き高齢者向け住宅にまで広げられないか」 「MS法人を使えば、周辺事業をもっと柔軟に展開できるのではないか」 「外来だけでは将来が不安なので、医療と介護を一体で提供していきたい」

いずれも、方向性としては自然なものです。外来中心の診療所経営は、患者の高齢化、通院困難、在宅療養、看取り、地域包括ケア、そして介護事業者との連携といった現実から、もはや切り離して考えることができません。

在宅医療を始めると、医師の診療だけでは患者さんの生活を支えきれない場面が増えていきます。看護、介護、ケアマネジメント、生活支援、住まいとの接点が、一気に広がっていくのです。在宅医療では、往診と定期的な訪問診療を区別し、ご本人・ご家族の同意や療養計画を整えながら進めていく必要があります。だからこそ、診療そのものだけでなく、運用設計のあり方が問われることになります。

ただ、介護・訪問看護・周辺事業は、単なる「売上の追加」ではありません。

そこには、医療法人の業務範囲、介護保険・医療保険の制度、訪問看護の人員基準、指定申請、会計区分、消費税、人件費、資金繰り、内部管理、関係事業者取引、施設基準、情報管理、さらには将来の承継・M&Aまでが関係してきます。勢いで始めてしまうと、本来は患者さんのための事業であったはずが、院長・理事長の負担、人材不足、赤字部門、行政対応、税務リスク、管理不全という形で跳ね返ってくることがあります。

この記事では、介護・訪問看護・周辺事業へ広げる前に、医療機関の経営者が確認しておくべき論点を整理します。

目次

周辺事業は「本業の延長」か「別事業」かを最初に分ける

介護・訪問看護・周辺事業を検討するとき、最初に考えるべき問いは、事業の名前ではありません。

その事業は、自院の医療提供を補完するものなのか。 それとも、医療とは別の収益事業として展開しようとしているのか。

ここが曖昧なまま進んでしまうと、判断がぶれていきます。

展開案本業との関係主な確認論点
訪問看護ステーション在宅医療との親和性が高い看護師採用、24時間対応、主治医連携、医療保険・介護保険、訪問件数
居宅介護支援事業所患者の生活支援とケアマネジメントに関係独立性、公正中立、ケアマネ採用、紹介依存、採算
訪問介護生活支援・身体介護の領域介護職採用、サービス提供責任者、シフト管理、処遇改善
通所リハビリ・通所介護施設・人員・送迎を伴う事業物件、設備、送迎、稼働率、介護報酬、固定費
看護小規模多機能型居宅介護医療ニーズの高い在宅患者への包括的支援複合的な人員配置、24時間対応、登録者数、行政指定
サービス付き高齢者向け住宅住まいと医療・介護の接点不動産投資、入居率、生活支援、医療・介護との利益相反
介護老人保健施設・介護医療院医療法人の本来業務に近い大型事業大規模投資、人員、病床・施設機能、地域ニーズ、資金調達
配食・生活支援医療・介護の周辺支援医療法人の業務範囲、対象者、価格、衛生管理、採算
MS法人による周辺業務医療法人外での補完実態、契約、価格、特別利益供与、関係事業者取引、税務調査

「患者さんを囲い込めるから有利だ」という発想だけでは、判断材料として不十分です。医療も介護も、患者さんや利用者の選択、公正性、説明責任を前提に成り立っています。周辺事業は、医療機関の成長戦略であると同時に、患者さんの生活を支える公共性の高い事業でもあるのです。

医療法人で行える業務か、開設主体から確認する

医療法人が介護・訪問看護・周辺事業へ広げる場合、まず確認すべきは「医療法人として行える業務かどうか」です。

医療法人は、病院、医師または歯科医師が常時勤務する診療所、介護老人保健施設、介護医療院の開設を目的として設立される法人です。そのうえで、本来業務に支障のない限り、定款または寄附行為の定めにより、医療法第42条各号に掲げる附帯業務を行うことができます。ただし、附帯業務のみを行うことや、附帯業務を委託することは、医療法人の運営として不適当とされています。
出典:厚生労働省|医療法人の業務範囲

医療法人の本来業務と附帯業務は、法務・会計・税務のいずれの面でも、区別して考える必要があります。本来業務には病院、診療所、介護老人保健施設、介護医療院の運営が含まれます。一方、附帯業務は医療法第42条各号の業務であり、定款または寄附行為に定めがあって初めて行えるものと整理されます。

実務上の整理としては、介護保険法にいう居宅サービス事業、居宅介護支援事業、介護予防サービス事業、地域密着型サービス事業などのうち別添で「保健衛生に関する業務」とされるもの、健康保険法上の訪問看護事業、登録を受けたサービス付き高齢者向け住宅の設置などが、一定の範囲で医療法人の附帯業務に位置づけられます。
出典:厚生労働省|医療法人の業務範囲

ここで大切なのは、「医療法人なら何でもできる」わけではない、という点です。

医療法人で行うのか。 院長個人で行うのか。 別法人を設立するのか。 MS法人を活用するのか。 一般社団法人、株式会社、社会福祉法人といった別主体が必要なのか。 既存法人の定款変更や行政手続が必要なのか。

この開設主体の整理をしないまま、先に物件、採用、システム、広告を進めてしまうと、後から事業スキームそのものを組み直すことになりかねません。

訪問看護は在宅医療との相性が高いが、人材と運用が重い

在宅医療を伸ばすクリニックにとって、訪問看護ステーションは最も自然に検討される周辺事業の一つです。

訪問看護は、患者さんのご自宅での療養上のお世話や必要な診療の補助を行うもので、病院・診療所と訪問看護ステーションの双方から提供できます。利用者の年齢、疾患、状態によって医療保険または介護保険の適用となり、要介護被保険者等については、原則として介護保険給付が医療保険給付に優先します。
出典:厚生労働省|訪問看護ステーションにおける人員基準に関する地方分権改革関係資料

訪問看護ステーションの人員基準では、保健師・看護師・准看護師を常勤換算で2.5以上置き、そのうち1名は常勤であること、管理者は原則として専従かつ常勤の保健師または看護師であることが求められます。
出典:厚生労働省|訪問看護ステーションにおける人員基準に関する地方分権改革関係資料

この人員基準は、経営判断の上できわめて重い意味を持ちます。

訪問看護は、売上が立つ前に看護師を採用しなければなりません。利用者数が少ない立ち上げ期であっても、常勤換算、人件費、管理者、オンコール、教育、記録、移動時間、車両、保険、システム、請求事務といった負担は確実に発生します。外来の空き時間に片手間で回せるものではないのです。

さらに、指定訪問看護事業者は、訪問看護の開始時に主治医の指示書を受ける必要があります。主治医との連携、訪問看護計画書・訪問看護報告書の作成・提出、利用者・ご家族への説明、実施状況の管理が求められます。訪問看護は保険医療機関内とは異なり、看護師が単独で行う場面も多くなります。それだけに、慎重な状況判断と、主治医との密接な連携が欠かせません。
出典:厚生労働省|指定訪問看護の事業の人員及び運営に関する基準について

訪問看護を始める前には、少なくとも次の数字を作っておくべきです。

確認する数字見るべき理由
立ち上げ時の看護師人件費売上発生前から固定費になる
常勤換算指定基準・採用計画・休職リスクに関わる
利用者数損益分岐点の中心
利用者1人当たり訪問回数売上と人員負荷を左右する
1日当たり訪問件数看護師1人当たり生産性を見る
移動時間都市部では訪問効率に大きく影響する
医療保険・介護保険の構成単価、請求、管理書類が異なる
24時間対応件数オンコール負担と人件費を左右する
キャンセル率稼働率と収益性に影響する
記録・報告書作成時間訪問件数だけでは見えない労務負荷
請求返戻・査定月次売上の確定精度に影響する
管理者の稼働訪問と管理を兼ねられるかを見る

訪問看護は、在宅の患者さんを支えるうえで大きな価値を持つ事業です。ただし、在宅医療の延長で、自然に黒字化していくとは限りません。患者数、訪問件数、看護師採用、移動効率、24時間対応、主治医連携、請求管理を、一つひとつ数字に落とし込んでおくことが必要です。

介護事業は「紹介があるか」より「運営できるか」を見る

介護事業を検討するとき、まず「患者紹介があるか」「地域にニーズがあるか」を考えがちです。もちろん、需要は重要です。しかし、介護事業でより厳しく見ておくべきなのは、運営力の方です。

介護事業には、医療機関の外来とは性質の異なる管理負荷があります。

ケアマネジャー、介護職、サービス提供責任者、リハ職、看護職、送迎スタッフ、管理者。 勤務表、訪問予定、サービス提供記録、モニタリング、担当者会議、ケアプラン、事故報告、苦情対応。 介護報酬請求、実地指導、運営規程、重要事項説明書、契約書、個人情報管理、虐待防止、身体的拘束、BCP、感染対策。

これだけのものを、同時に動かしていくことになります。

令和6年度介護報酬改定では、訪問系サービスや通所系サービス等について、業務継続計画未策定事業所に対する減算、高齢者虐待防止、身体的拘束等の適正化、処遇改善加算の一本化など、運営管理に関わる論点が示されました。
出典:厚生労働省|令和6年度介護報酬改定における改定事項について

さらに令和8年度介護報酬改定では、令和9年度改定を待たずに期中改定が実施され、改定率はプラス2.03%とされています。介護職員のみならず介護従事者へと処遇改善加算の対象を拡大し、これまで対象外だった訪問看護、訪問リハビリテーション、居宅介護支援等についても、新たに処遇改善加算を設ける方向が示されています。
出典:厚生労働省|令和8年度介護報酬改定について

これは、介護・訪問看護・居宅介護支援を検討する医療機関にとって、二つの意味を持ちます。

一つは、制度上の加算や処遇改善を正しく取得できれば、それが人材確保の原資になり得ること。 もう一つは、加算を取得するには、賃金体系、研修、職場環境、生産性向上、届出、実績報告といった管理体制が必要になることです。

介護事業は「人を採れば始められる」ものではありません。人を採った後に、制度、記録、請求、勤務管理、教育、内部統制を回していけるかどうかが問われるのです。

サービス付き高齢者向け住宅は、医療・介護ではなく不動産投資の顔も持つ

サービス付き高齢者向け住宅、いわゆるサ高住を検討する医療法人もあります。在宅患者、訪問看護、訪問介護、居宅介護支援、医療連携を組み合わせれば、地域包括ケアの拠点として機能する可能性があります。

一方で、サ高住は医療・介護事業であると同時に、不動産事業としての性格も併せ持ちます。

建物投資。 賃料。 入居率。 敷金・保証金。 生活支援サービス。 食事提供。 介護サービスとの関係。 医療機関への紹介。 入退去管理。 夜間対応。 緊急時対応。 消防・建築・住宅制度。 入居者の重度化。 職員採用。

実務上は、これだけの論点が同時に関わってきます。

医療法人の業務範囲の整理においても、高齢者住まい法に基づき都道府県知事の登録を受けたサービス付き高齢者向け住宅の設置が、一定の範囲で医療法人の附帯業務に位置づけられています。
出典:厚生労働省|医療法人の業務範囲

ただし、サ高住を医療法人が行えるかどうかだけで判断してはいけません。実務上は、入居者紹介の公正性、医療・介護サービス選択の自由、関連法人との取引、賃料水準、食事・生活支援サービスの価格、訪問診療や訪問看護との関係、そして入居率が低下したときの資金繰りまでを見ていく必要があります。

医療機関がサ高住に踏み込む場合は、外来・在宅医療の延長というより、固定費の大きい施設運営・不動産投資として評価する姿勢が求められます。

MS法人は便利な箱ではなく、説明責任を伴う関係事業者である

周辺事業を検討していると、MS法人の話が出てくることがあります。

医療法人とは別に、株式会社等で不動産賃貸、事務代行、清掃、給食、物品販売、介護周辺サービス、システム管理、広報、採用支援などを行う設計です。医療法人で直接行いにくい業務を分ける、資産保有を分ける、承継・相続を見据える、といった目的で検討されます。

しかし、MS法人は「節税の箱」ではありません。

医療法人とMS法人との取引では、次の点が問われます。

確認項目見るべき内容
取引実態本当に役務提供・賃貸・販売があるか
契約書業務内容、価格、期間、責任範囲が明記されているか
価格水準第三者間価格と比べて過大・過少でないか
支払根拠請求書、業務報告、稼働記録、成果物があるか
役員関係医療法人役員・親族・関連会社との関係
特別利益供与医療法人の非営利性に反していないか
消費税課税取引・非課税取引・仕入税額控除を区分しているか
法人税不相当に高額な費用、寄附金、役員給与性がないか
医療法人会計関係事業者との取引報告・注記対象にならないか
資金流出医療法人の本来業務に支障を与えていないか

医療法人では、一定の関係事業者との取引について、事業報告書等や関係事業者との取引状況に関する報告が問題となります。取引金額や残高が一定規模を超える場合には、医療法人の事業収益・事業費用、資産・負債、取引総額との関係で、開示・報告の対象になることがあります。

また、附帯業務に多額の投資を行って法人の経営状態が悪化する場合や、法人資金を役員個人・関連企業へ不当に流用し、本来業務である病院・診療所・介護老人保健施設等の経営悪化を招く場合には、医療法人の運営が著しく適正を欠くものとして問題になり得ます。

MS法人を使うかどうかは、税務だけで決めるものではありません。医療法人の非営利性、法人運営、契約実態、価格の妥当性、そして説明可能性まで含めて判断する必要があります。

会計区分を作らないと、どの事業が利益を出しているか分からなくなる

介護・訪問看護・周辺事業へ広げた医療機関で、よく起きる問題があります。

全体では黒字に見える。 しかし、訪問看護は赤字かもしれない。 介護事業は、人件費を本院が負担しているだけかもしれない。 サ高住の空室損が、医療法人全体の資金を圧迫しているかもしれない。 MS法人への支払いが適正かどうか分からない。 共通費が本院に寄っていて、周辺事業の採算がよく見えているだけかもしれない。

これを防ぐには、事業別・拠点別・機能別の会計区分が必要です。

医療法人の経理を整えるうえでも、医業収益管理、債権債務管理、購買管理、資金会計、予算と資金計画、管理会計などを、経理管理の体系に含めて考えていくのが基本です。監査対象となる社会医療法人等では、事業ごと・拠点ごとの経営状況を把握し、区分して会計処理を行う必要性が、より強く意識されます。

周辺事業では、次のような区分が必要になります。

区分具体例
売上区分外来、在宅、訪問看護、介護保険、医療保険、自由診療、家賃、食事、生活支援
直接費看護師給与、介護職給与、ケアマネ給与、車両費、訪問用品、外注費
共通費本部人件費、会計・労務、システム、広報、家賃、通信費
資産区分車両、医療機器、介護備品、建物、内装、リース資産
債権区分医療保険請求、介護保険請求、利用者負担、家賃、未収金
税務区分課税売上、非課税売上、不課税、共通課税仕入れ
資金区分借入返済、設備投資、補助金、運転資金、資金残高
人員区分医師、看護師、介護職、ケアマネ、事務、本部、兼務者

事業別損益は、税務申告のためだけに作るものではありません。撤退判断、追加投資、採用、金融機関への説明、そして承継・M&A時の説明資料としても活きてきます。

消費税は「医療も介護も非課税だから関係ない」では済まない

医療・介護事業は、消費税の誤解が起きやすい領域です。

消費税の取扱いを整理すると、社会保険医療の給付等や、介護保険法に基づく保険給付対象の居宅サービス・施設サービスなどは、主な非課税取引にあたります。ただし、美容整形、差額ベッド、市販医薬品、サービス利用者の選択による特別な居室の提供や送迎などの対価は、非課税取引には当たらないものとされています。
出典:国税庁|No.6201 非課税となる取引

また、非課税取引については、その非課税取引のために行った課税仕入れについて、原則として仕入れに係る消費税額を控除できません。
出典:国税庁|No.6205 非課税と免税の違い

この点は、周辺事業の投資判断に直結します。

訪問看護や介護保険サービスの売上が非課税であっても、車両、システム、備品、家賃、外注費、広告費、建物・内装、専門家報酬には消費税がかかります。非課税売上に対応する仕入税額は原則として控除できないため、投資額の実質的な負担が重くなるのです。

さらに、周辺事業には、課税・非課税が混在しやすい取引があります。

取引例消費税上の確認
介護保険サービス原則として非課税だが、対象外費用に注意
訪問看護医療保険・介護保険の区分確認が必要
利用者選択の特別サービス課税となる可能性がある
送迎・交通費介護保険給付対象か、実費徴収かで確認
食事提供介護サービス・施設サービスとの関係確認
家賃・住宅サービス住宅貸付、生活支援、介護サービスの区分確認
物販原則として課税取引になりやすい
MS法人から医療法人への請求課税取引となる可能性が高い
補助金・助成金不課税、圧縮記帳、会計処理等を確認
自由診療・自費サービス課税売上になり得る

消費税は、税額計算だけの問題ではありません。価格設定、投資回収、資金繰り、課税売上割合、インボイス対応、簡易課税・原則課税の選択にも影響していきます。とりわけ大きな設備投資を伴う場合、届出や課税方式の選択時期を誤ると、後から取り返しにくくなることがあります。

人材計画を作らずに始めると、既存クリニックが疲弊する

周辺事業の失敗は、採算以前に、人材の面から始まることがあります。

訪問看護を始めたが、看護師が採れない。 介護事業を始めたが、管理者が育たない。 ケアマネが退職し、居宅介護支援事業所の運営が止まる。 訪問看護師がオンコールで疲弊していく。 外来の看護師が訪問看護に取られ、外来が回らなくなる。 院長がすべての判断に呼ばれ、本院の診療に支障が出る。 事務が、医療保険、介護保険、利用者負担、家賃、食事代、物販を処理しきれない。

介護・訪問看護・周辺事業では、既存クリニックの余力を過大評価しないことが大切です。

特に注意して確認すべきなのが、兼務です。

兼務パターン注意点
本院看護師が訪問看護を兼務外来シフト、訪問予定、常勤換算、オンコール負担
院長が訪問診療・介護連携を兼務外来時間、書類確認、緊急対応、家族説明
事務長が新事業管理を兼務指定申請、労務、請求、契約、苦情対応
医療事務が介護請求を兼務保険種別、返戻、利用者負担、未収管理
管理者が営業・訪問・請求まで兼務管理不全、離職、記録漏れ
MS法人側のスタッフが医療法人業務を兼務契約、指揮命令、労務、関連取引の整理

人材計画は、採用人数だけでは足りません。職種別、資格別、常勤換算、兼務の可否、教育期間、退職時の代替、給与水準、処遇改善加算、オンコール手当、社会保険負担まで織り込んでおく必要があります。

資金繰りは「黒字化時期」より「赤字期間を耐えられるか」を見る

周辺事業は、立ち上げから安定までに時間がかかります。

訪問看護なら、利用者数が増えるまで人件費が先行します。 居宅介護支援なら、ケアマネ採用と紹介ルートの形成に時間がかかります。 通所系サービスなら、設備、送迎、職員配置、稼働率が重くのしかかります。 サ高住なら、建設費、借入返済、入居率、空室期間、修繕費が大きくなります。 老健・介護医療院なら、施設機能そのものが、病院経営に近い重さを持ちます。

ですから、事業計画では「何年で黒字化するか」だけでなく、赤字期間をどれだけの資金で支えられるかを確認しておく必要があります。

資金繰り項目確認内容
初期投資物件、内装、車両、備品、システム、指定申請
開業前人件費採用後、売上発生前の給与・研修費
運転資金保険請求入金までのタイムラグ
借入返済元金返済が資金を圧迫しないか
補助金入金時期、返還条件、会計処理
赤字期間何か月分の固定費を手元資金で耐えるか
本院からの資金移動本来業務の資金繰りに支障がないか
税金・社会保険法人税、消費税、源泉所得税、社会保険料
撤退費用解約金、退職金、原状回復、設備処分

「需要はあるから大丈夫」では、資金繰りは守れません。需要があっても、採用が遅れれば売上は立ちません。利用者がいても、請求・記録が弱ければ返戻や未収が出ます。たとえ黒字計画であっても、入金前に給与と借入返済が先に来れば、資金は確実に減っていきます。

管理体制を整えないまま広げると、外部説明に耐えなくなる

医療機関が周辺事業へ広がるほど、外部から見られる項目は増えていきます。

保健所。 地方厚生局。 都道府県。 市区町村。 介護保険の指定権者。 税務署。 労働基準監督署。 年金事務所。 金融機関。 後継者。 買い手。 利用者のご家族。

医療機関は、保健所、地方厚生局、都道府県、税務署、労働基準監督署、年金事務所など、複数の行政機関と関わります。歯科をはじめ医療機関全般を見渡しても、多くの行政機関と関係し、保健所、地方厚生局、都道府県、税務、労務、社会保険の各領域がそれぞれ分かれているという構図は共通しています。

介護サービスについては、介護サービス情報公表システムにより、全国の介護サービス事業所のサービス内容等の詳細情報をインターネットで検索・閲覧でき、利用者が事業所を比較・検討するための情報が公表されます。
出典:厚生労働省|介護サービスの情報公表制度

つまり、介護・訪問看護・周辺事業は、院内だけで完結するものではありません。契約、重要事項説明、運営規程、勤務表、資格証、研修記録、事故報告、苦情対応、サービス提供記録、請求根拠、個人情報管理、BCP、虐待防止、身体拘束、感染対策まで、すべてが外部説明の対象になります。

周辺事業を始める前に、次の管理資料を整えておくべきです。

管理資料用途
事業計画書投資判断、金融機関説明、採用計画
月次損益資料採算確認、撤退判断
資金繰り表赤字期間、借入返済、投資余力の確認
定款・寄附行為医療法人の業務範囲確認
指定申請資料介護・訪問看護の行政対応
契約書・重要事項説明書利用者説明、トラブル予防
勤務表・資格証人員基準、常勤換算、行政指導対応
業務マニュアル属人化防止、教育
請求・返戻管理表売上確定、未収金管理
関係事業者取引資料MS法人、関連法人、価格妥当性
会計区分表本院・周辺事業・MS法人の採算区分
議事録医療法人の意思決定、投資判断
リスク管理記録事故、苦情、感染、情報漏洩対応

守りの仕組みは、成長を止めるものではありません。むしろ、成長した後にきちんと説明できる医療機関であり続けるための、土台になるものです。

始める前に撤退条件も決めておく

介護・訪問看護・周辺事業では、開始前に撤退条件を決めておくことも重要です。

撤退という言葉には、抵抗を感じられるかもしれません。しかし、撤退条件を決めておくことは、無責任に始めることの、ちょうど反対にある行為です。患者さん、利用者、スタッフ、地域に対する責任を持つためにも、どの数字を下回ったら見直すのかを、あらかじめ決めておく必要があります。

撤退・見直し条件
利用者数開始後12か月で目標利用者数の50%未満
訪問件数看護師1人当たり訪問件数が損益分岐点を継続的に下回る
人員管理者・常勤職員が確保できない
赤字額月次赤字が計画を一定額超えて継続
資金残高本院の運転資金を圧迫する水準まで低下
返戻・請求ミス請求管理が安定しない
離職主要職種の離職が相次ぎ、サービス品質を保てない
事故・苦情管理体制では対応できない水準のリスクが出る
本院影響外来・在宅医療本体に支障が出る
行政対応指定基準や運営基準の維持が困難

撤退条件は、失敗を前提にするものではありません。経営者が冷静に判断するための、安全装置です。成長投資は、始める基準と同時に、見直す基準を持って初めて、管理可能なものになります。

段階的に進めるなら、どの順番が現実的か

介護・訪問看護・周辺事業は、一度にすべてを広げる必要はありません。むしろ、医療機関の現場負荷を考えれば、段階的に進める方が現実的です。

段階実施内容判断ポイント
第1段階外来患者・在宅患者の介護ニーズを把握通院困難、訪問看護利用、ケアマネ連携
第2段階既存の訪問看護・介護事業者との連携を強化自院で持たずに解決できるか
第3段階在宅医療の管理会計を作る訪問件数、診療単価、移動時間、医師負荷
第4段階訪問看護等の事業計画を作る人員、売上、固定費、資金繰り
第5段階開設主体と業務範囲を確認医療法人、別法人、MS法人、定款変更
第6段階小さく運用テストを行う連携先、利用者導線、請求実務
第7段階指定申請・採用・システム整備人員基準、記録、請求、契約
第8段階月次で事業別採算を確認黒字化時期、資金繰り、撤退条件
第9段階サ高住・施設系事業など大型投資を検討入居率、建設費、借入、承継可能性

最初から訪問看護、居宅介護支援、訪問介護、サ高住までを一体で始める必要はありません。まずは、自院の在宅医療がどの患者層を支え、どの連携先と、どの程度の件数を共有しているのかを、数字で把握することが先です。

相談前に整理しておきたい資料と問い

介護・訪問看護・周辺事業を専門家に相談する前に、次の資料と問いを整理しておくと、検討が一気に具体化します。

整理項目内容
現在の患者構成高齢患者、慢性疾患、通院困難、在宅患者、看取り
在宅医療の実績訪問診療件数、往診件数、在宅患者数、連携先
地域ニーズケアマネ、訪問看護、訪問介護、病院、薬局、介護施設
現在の人員医師、看護師、事務、非常勤、採用余力
月次損益外来、在宅、自由診療、部門別損益
資金繰り現預金、借入返済、投資余力、賞与・税金
法人形態個人、医療法人、MS法人、関連法人
定款・寄附行為新事業が業務範囲に入るか
物件・設備事務所、駐車場、車両、ICT、システム
税務消費税、課税売上割合、インボイス、関連取引
事業計画利用者数、単価、人件費、固定費、黒字化時期
リスク採用、離職、返戻、事故、情報漏洩、行政指導
撤退条件何を下回れば見直すか

そのうえで、次の問いに答えられるかどうかを確認してみてください。

この事業は、自院の医療提供をどう補完するのか。 既存の外部連携では解決できない理由は何か。 医療法人で行うべきか、別法人で行うべきか。 本院の診療、人員、資金繰りに支障はないか。 事業別損益を、毎月確認できる体制があるか。 税務・会計・消費税の区分を、説明できるか。 患者さん・利用者の選択の自由を、損なわないか。 金融機関、行政、後継者、買い手に、説明できるか。

これらの問いに答えられない段階では、投資判断に進むのはまだ早いと考えるべきです。

犬飼公認会計士・税理士事務所へのご相談について

介護・訪問看護・周辺事業への展開は、医療機関にとって、有力な成長戦略になり得ます。しかし、それは単なる多角化ではありません。医療法人の業務範囲、定款・寄附行為、介護保険・医療保険、人員基準、会計区分、消費税、MS法人取引、資金繰り、内部管理を一体で整理して初めて、経営判断の土台ができあがります。

犬飼公認会計士・税理士事務所では、医療機関を「診療の場」だけでなく「継続的に経営管理すべき事業体」として捉えています。周辺事業への展開について、月次数字、採算、資金繰り、法人運営、税務、会計、内部管理の観点から整理する支援を行っています。

訪問看護ステーションを始めたいが、必要な利用者数や人件費の水準が分からない。 介護事業を検討しているが、医療法人で行えるのか、別法人が必要なのか判断できない。 サ高住や介護施設への投資を考えているが、借入返済と入居率に不安がある。 MS法人を使った周辺事業を検討しているが、税務・非営利性・関係事業者取引が心配である。 すでに周辺事業を始めたが、事業別損益や資金繰りが見えていない。 将来の承継・M&Aを見据えて、医療・介護・関連法人の管理体制を整えたい。

このような段階では、まず現在の月次試算表、資金繰り表、定款、関連法人資料、事業計画、スタッフ構成、在宅医療・介護連携の状況を整理しておくことが重要です。お問い合わせページより、自院の状況と、検討されている周辺事業の内容をお知らせください。最終判断の前提となる数字と論点を、実務に沿って整理いたします。

この記事の重要ポイント振り返り

重要論点確認すべきこと経営判断への意味
周辺事業の位置づけ本業の補完か、別事業か目的が曖昧だと投資判断がぶれる
医療法人の業務範囲本来業務、附帯業務、定款・寄附行為医療法人で行えるかを先に確認する
訪問看護人員基準、常勤換算、主治医指示、計画書・報告書在宅医療との相性は高いが運用負荷が重い
介護事業指定基準、運営規程、記録、請求、処遇改善紹介よりも運営できる体制が重要
サ高住・施設系事業不動産投資、入居率、固定費、医療・介護との関係大型投資として資金繰りを慎重に見る
MS法人取引実態、価格、契約、特別利益供与、関連取引節税目的ではなく説明可能性が必要
会計区分事業別損益、共通費配賦、債権管理どの事業が利益を出しているか把握する
消費税非課税売上、課税仕入れ、課税売上割合投資回収と資金繰りに影響する
人材計画採用、兼務、管理者、オンコール、教育既存クリニックの疲弊を防ぐ
資金繰り初期投資、赤字期間、入金遅れ、借入返済黒字化前に資金が尽きないかを見る
内部管理契約、記録、勤務表、資格証、事故・苦情対応行政・金融機関・承継先に説明できる
撤退条件利用者数、赤字額、人員、資金残高感覚ではなく数字で見直す
専門家相談制度・会計・税務・資金を一体で整理投資判断の前提を整える
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