認知症が疑われる場合の贈与・不動産売却・預金引出し|本人意思と権限をどう確認するか

「親の介護施設の費用を払うために、親の預金を引き出したい」 「相続税対策として、今のうちに子や孫へ贈与しておきたい」 「空き家になる実家を売って、これからの生活費に充てたい」 「親は昔からそう言っていたのだから、家族が代わりに手続をしてもよいのではないか」

親の認知症が疑われる場面では、こうした判断が、ある日急に目の前の現実になります。家族としては親のために動いているつもりでも、法務・税務・親族関係という観点から見ると、思いのほかリスクの高い行為になっていることが少なくありません。

なかでも気をつけていただきたいのは、次の三つです。

一つ目は、本人にその行為を理解し、判断する能力があるか。 二つ目は、家族に本人の財産を動かす法的権限があるか。 三つ目は、後日の相続税申告や親族への説明に耐えられる記録が残っているか。

この三つが曖昧なまま預金を引き出し、不動産を売却し、あるいは贈与を行ってしまうと、後になって「本人の意思ではなかった」「一部の相続人が勝手に財産を移した」「名義を変えただけで贈与は成立していない」「相続財産の申告漏れではないか」といった形で問題が表面化します。

本稿では、認知症が疑われる場合の贈与・不動産売却・預金引出しについて、本人意思、代理、後見、親族間紛争、税務調査という観点から整理します。刑事・民事訴訟の詳細な手続解説ではなく、あくまで相続・贈与の実務判断として、「何を確認してから動くべきか」を中心にお話しします。

なお、2026年6月20日時点で、成年後見・遺言制度については重要な改正法案がすでに成立しています。第221回国会に提出された「民法等の一部を改正する法律案」は成立しており、その提出理由として、後見・保佐制度の廃止、補助制度の適用範囲の拡大、任意後見契約と補助制度の関係見直し、電磁的記録等による保管証書遺言の創設などが掲げられています。実際にご相談・実行に移す際には、施行時期と経過措置を必ず確認しておく必要があります。
出典:内閣法制局|民法等の一部を改正する法律案

目次

最初に確認すべきは「親のため」かどうかではない

ご相談の場では、「親のためにやるのだから問題ないはずです」というお話をよく伺います。

たしかに、介護費、医療費、施設入居費、自宅の管理費、固定資産税など、本人の生活を維持するために欠かせない支出はあります。ただ、実務の出発点は「親のためかどうか」だけにはありません。

確認していただきたい順番は、次のとおりです。

確認順序確認する内容判断を誤った場合のリスク
1本人に意思能力・判断能力があるか贈与・売買・委任が無効とされる可能性
2家族に代理権があるか無権限の引出し・売却・契約と評価される可能性
3使途が本人の利益に沿っているか使途不明金、横領的支出、親族間紛争の原因になる
4記録が残っているか相続税申告・税務調査・遺産分割で説明できない
5税務上の影響を検討したか贈与税、みなし贈与、名義財産、相続財産加算の問題が生じる

民法は、法律行為の当事者が意思表示をした時に意思能力を有していなかったときは、その法律行為を無効とすると定めています。認知症という診断名だけで一律に判断するのではなく、その行為の内容を理解し、結果を見通して判断できたかどうかが問われます。
出典:e-Gov法令検索|民法

つまり、親の財産を動かす場面で問われるのは、「家族が善意で行ったか」よりも、「本人の意思に基づく有効な行為だったか」「家族に権限があったか」「本人のための支出だと説明できるか」なのです。

認知症が疑われる段階によって、取れる選択肢は変わる

ひと口に認知症が疑われるといっても、その状態は一様ではありません。軽度認知障害の段階、認知症の初期、判断能力が大きく低下した段階では、取り得る方法もそれぞれ異なります。

本人の状態実務上の見方主な検討事項
物忘れはあるが、内容を理解して判断できる本人の意思確認と記録化を慎重に行えば、契約・贈与・遺言等を検討できる場合がある医師の診断、面談記録、公正証書、第三者同席、資料説明
認知症が疑われ、判断が揺らぐ急いで財産移転を進めるのは危険。行為ごとに能力確認が必要贈与・売却の必要性、本人の理解、代理権、親族間説明
判断能力が不十分家族の自己判断ではなく、任意後見の発効や法定後見の利用を検討する任意後見監督人選任、後見・保佐・補助申立て
判断能力をほぼ常時失っている本人による贈与・売買・委任は困難。法定後見が中心になる家庭裁判所への申立て、緊急時の保全処分

実務では、軽度認知障害や認知症の初期であっても、財産管理契約や任意後見契約を検討できる場合があります。一方で、親族間でトラブルになりそうなときには、法定後見制度を利用したほうが安全な場面もあります。認知症が末期に進み、本人がほぼ常時、判断能力を失っているような場合には、法定後見制度を利用する方法が中心になります。

ここで大切なのは、能力を「ある/ない」と雑に二分しないことです。預金引出し、不動産売却、贈与、遺言、遺産分割では、求められる理解の中身がそれぞれ違います。日常のわずかな支出を理解できることと、不動産を売却して将来の住まいを失う可能性まで理解できることは、決して同じではありません。

預金引出し:家族でも自由に引き出せるわけではない

親の預金引出しは、認知症が疑われる場面でもっとも多いご相談です。

介護費や施設費の支払いに必要だとしても、預金はあくまで本人の財産です。全国銀行協会の公表資料でも、銀行の預金は基本的に本人の資産であり、払出しには預金者本人の意思確認が必要であるため、家族といえども当然に払出しができるわけではない、と整理されています。あわせて、認知判断能力が低下した顧客との取引では、補助人・保佐人の同意、成年後見人、任意後見人を介した代理取引が一般的であるとされています。
出典:全国銀行協会|金融取引の代理等に関する考え方および銀行と地方公共団体・社会福祉関係機関等との連携強化に関する考え方(公表版)

もっとも、この考え方は会員各行の参考として取りまとめられたものであり、すべての銀行に一律の対応を求めるものではありません。個別の状況によって異なる対応が取られることもある、と明記されています。
出典:全国銀行協会|金融取引の代理等に関する考え方および銀行と地方公共団体・社会福祉関係機関等との連携強化に関する考え方について

預金引出しで確認すべき実務ポイント

預金を引き出す前には、少なくとも次の点を確認しておきたいところです。

確認項目実務上の確認内容
本人意思本人が金額、使途、支払先を理解しているか
権限本人による手続か、委任状か、任意後見か、法定後見か
使途介護費、医療費、施設費、税金、生活費など本人のための支出か
金額必要額に照らして過大ではないか
支払方法現金引出しではなく、可能な限り振込・口座引落しにできないか
記録請求書、領収書、振込控え、通帳コピー、家族への説明記録があるか
親族関係他の推定相続人から疑われやすい状況ではないか

もっとも危ういのは、「とりあえず現金で引き出して家族が管理する」という対応です。いったん現金化してしまうと、後から何に使ったのかを説明しづらくなります。親の生活費に充てたつもりでも、領収書や支払記録がなければ、他の相続人から「使い込みではないか」と疑われかねません。

認知症が進んだ親の預貯金については、金融機関から入出金明細を取り寄せ、引出しへの関与や使途を確認しておくことが大切です。ただし、親が存命のうちは、個人情報の関係で、家族であっても取引経過の開示を受けられないことがあります。判断能力が著しく低下している場合には、成年後見制度の利用が必要になる場面も出てきます。

相続税申告で問題になる預金引出し

預金引出しは、相続税申告の場面でも重要な確認対象です。

相続開始前に多額の現金が引き出されている場合、その現金が死亡時に残っていたのか、本人のために使われたのか、それとも家族へ移ったのかが確認されます。きちんと説明できなければ、相続財産、名義財産、贈与、使途不明金として問題になることがあります。

国税庁の「令和6事務年度における相続税の調査等の状況」では、贈与税の実地調査について、調査事績に係る財産別非違件数のうち「現金・預貯金等」が1,754件、62.9%と示されています。同じ資料の調査事例には、相続開始前に被相続人名義の預金口座から相続人や家族名義の口座へ多額の預金が移されていた事例も掲載されています。
出典:国税庁|令和6事務年度における相続税の調査等の状況

この事例では、被相続人名義の口座から相続人や家族名義の口座へ多額の預金が移動しており、税務調査において、預金の使途や家族名義預金の原資について聴取がなされています。最終的には、相続税の納税を免れる目的で財産を基礎控除以下にするよう預金を移し、虚偽の回答をして申告しなかったことを本人が認めた事例として紹介されています。
出典:国税庁|令和6事務年度における相続税の調査等の状況

ここで本当に大切なのは、「税務署に見つかるかどうか」ではありません。相続人自身が、親の預金の動きについて、後から筋道立てて説明できるかどうかです。

贈与:認知症が疑われる段階での駆け込み贈与は危険

相続税対策として生前贈与をお考えになる方は少なくありません。しかし、認知症が疑われる段階での駆け込み贈与は、もっとも慎重に扱うべき行為の一つです。

民法上、贈与は、当事者の一方が財産を無償で相手方に与える意思を表示し、相手方がこれを受諾することによって効力を生じます。つまり、贈与者である親の意思表示と、受贈者である子や孫の受諾の、両方が必要になります。
出典:e-Gov法令検索|民法

親の判断能力が低下している場合、問題は二重に生じます。

一つは、親が本当に贈与の意味を理解していたかどうか。 もう一つは、受贈者が自由に管理・処分できる財産として受け取っていたかどうかです。

たとえば、親が子名義の預金口座に資金を移したとしても、子がその事実を知らず、通帳や印鑑を親が握り、子が自由に使えない状態であれば、贈与は成立していないと判断される可能性があります。名義預金の実務では、贈与者の意思だけでなく、受贈者の受諾、財産の管理状況、収益の帰属、贈与税の申告・納税までが確認されます。

また、贈与税の申告をしたからといって、それだけで贈与の事実が証明されるわけではありません。非上場株式の贈与でも、贈与税申告書はあるのに受贈者が贈与を聞かされておらず、受諾もしていないという場合には、贈与契約の成立そのものが問題になることがあります。贈与契約書、申告納税、名義変更、権利行使といった、「受贈者の財産であること」を裏づける証拠が重要になります。

認知症が疑われる場合に避けたい贈与

とりわけ避けたいのは、次のような贈与です。

避けたい行為問題点
本人が理解できないまま贈与契約書に署名する意思能力・本人意思が争われる
家族が親の預金を引き出して子や孫へ配る無権限引出し、贈与不成立、相続財産漏れの問題
親の通帳・印鑑を子が管理し、名義だけ孫にする名義預金と判断されやすい
贈与税申告だけ行い、実際の管理を親が続ける実質的な財産移転が否定される可能性
不動産や株式を低額で親族に移すみなし贈与・時価評価・譲渡課税の問題
「毎年110万円だから安全」とだけ考える契約実態、相続財産加算、証拠が問題になる

国税庁は、贈与税について、個人から贈与により財産を取得したときに課税されるとしています。暦年課税では年間110万円の基礎控除があり、相続時精算課税についても、令和6年1月1日以後の贈与から基礎控除が導入されています。
出典:国税庁|No.4402 贈与税がかかる場合

さらに、暦年課税贈与については、令和6年1月1日以後の贈与から、相続税の課税価格に加算される対象期間が、段階的に相続開始前7年以内へと延長されています。加算対象期間内の贈与は、贈与税がかかったかどうかに関係なく加算の対象になります。
出典:国税庁|No.4161 贈与財産の加算と税額控除(暦年課税)

ですから、認知症が疑われる段階での贈与については、「節税になるか」を考える以前に、「有効な贈与として成立しているか」「後から相続人や税務署に説明できるか」を確認しておくべきなのです。

不動産売却:本人の居住・生活資金・税務を同時に見る

不動産売却は、預金引出し以上に慎重な判断を要します。とりわけ自宅を売るということは、本人の生活基盤そのものを処分することにほかなりません。

本人に十分な判断能力がある場合でも、次の点を本人が理解しているかを確認します。

確認事項本人が理解すべき内容
売却対象どの不動産を売るのか
売却理由施設費、生活費、管理負担、空き家リスクなど
売却後の生活戻る住まいがなくなる可能性
売却価格概算価格、査定根拠、低額売却でないこと
税金譲渡所得税、住民税、特例適用の可能性
相続への影響現金化により遺産分割や納税資金が変わること

不動産売買契約の時点で本人に意思能力がなければ、売買契約の無効が問題になります。認知症が疑われる高齢者について、不動産業者等との財産管理契約や任意後見契約、不動産の処分が問題になる場面では、まず本人の判断能力を見極め、売買契約時に意思能力がないと考えられる場合には、契約の無効を検討することになります。

成年後見制度を利用している場合の居住用不動産

成年後見人、保佐人、補助人が本人に代わって本人の居住用不動産を処分する場合には、家庭裁判所の許可が必要です。裁判所は、本人が現に住んでいる不動産だけでなく、病院や施設に入所して現在は居住していないものの将来居住する可能性がある場合や、入所前に居住していた場合なども含めて、居住用不動産として扱うと説明しています。許可を得ずに処分すれば、その処分は無効となります。
出典:裁判所|成年被後見人(被保佐人、被補助人)の居住用不動産の処分についての許可

実務上、「施設に入ったのだから、もう自宅はいらないだろう」と家族だけで判断してしまうのは危険です。本人が戻る可能性、本人の希望、売却代金の使途、代替となる資産、管理コスト、相続人間の公平といった点を、ていねいに確認する必要があります。

任意後見契約を結んでいる場合には、任意後見監督人が選任されて契約が発効しているか、そして代理権目録に不動産処分の代理権が含まれているかを確認します。法務省は、任意後見制度について、本人が十分な判断能力を有するうちに公正証書で契約を定めておき、判断能力が不十分になった後に、任意後見人が委任された事務を本人に代わって行う制度だと説明しています。任意後見契約は、家庭裁判所が任意後見監督人を選任した時から効力を生じます。
出典:法務省|成年後見制度・成年後見登記制度 Q&A Q16~Q20

親族間売買・低額売却は税務上も危険

親の不動産を子に安く売る場合には、税務上の時価確認が欠かせません。

国税庁は、個人から著しく低い価額で財産を譲り受けた場合、その財産の時価と支払った対価との差額に相当する金額は、財産を譲渡した人から贈与により取得したものとみなされる、と説明しています。著しく低い価額かどうかは、個々の具体的な事案に基づいて判定され、不動産の時価は通常の取引価額に相当する金額とされています。
出典:国税庁|No.4423 個人から著しく低い価額で財産を譲り受けたとき

認知症が疑われる親から子へ不動産を低額で売却する場合、法務上は意思能力・利益相反・代理権が、税務上はみなし贈与・譲渡所得税・時価根拠が、それぞれ問題になります。さらに、他の相続人から見れば「特定の相続人だけが安く手に入れた」と受け止められ、遺留分や特別受益をめぐる感情的な対立にもつながりかねません。

代理:委任状があれば何でもできるわけではない

親が元気なうちに委任状を書いておけば、家族が親の財産を動かせる——そう思われがちです。しかし、委任状や任意代理は万能ではありません。

本人に判断能力があるうちに、本人の意思に基づいて委任された範囲であれば、代理行為が認められる場合があります。ところが、本人の判断能力が大きく低下した後に、家族が昔の委任状を持ち出して高額な預金を動かしたり、不動産を処分したりすると、本人意思や代理権の有効性が争われる可能性が出てきます。

制度ごとの違いは、次のように整理できます。

方法使える場面限界
本人自身の手続本人が内容を理解し判断できる場合認知症が進むと意思能力が争われる
委任状・任意代理本人が有効に委任できる場合判断能力低下後の高額取引では争われやすい
財産管理等委任契約判断能力がある段階での管理委任本人能力低下後の運用には限界がある
任意後見事前契約があり、任意後見監督人選任後代理権目録の範囲内に限られる
法定後見判断能力が不十分になった後本人保護が中心で、相続税対策目的の贈与等は制約される
家族信託信託契約時に能力があり、信託財産を管理する場合信託外財産や身上監護には及ばない

成年後見制度には、法定後見制度と任意後見制度があります。法定後見は、本人の判断能力が不十分になった後に家庭裁判所が成年後見人等を選任する制度であり、任意後見は、本人が十分な判断能力を有するうちに、将来委任する事務を定めておく制度です。
出典:法務省|成年後見制度・成年後見登記制度 Q&A Q1~Q2

実務上は、親族間に争いがある場合や、財産が勝手に処分されるおそれがある場合には、法定後見の申立てや、審判前の保全処分を検討することがあります。親の財産管理や身上監護をめぐって親族間で争いがあるときには、法定後見制度を利用し、緊急性があるときには、審判前の保全処分として財産管理者の選任を求めることが選択肢になります。

親族間紛争:いちばん危ういのは「一人で動くこと」

親の財産管理では、同居している子、近くに住む子、介護を担う子に、負担が集中しがちです。そのため、実際に支払いや手続を行う人が一人になってしまうことは、決して珍しくありません。

ところが、財産管理を一人で抱え込むと、後から他の相続人に疑われやすくなります。

「母のために使った」 「父から任されていた」 「兄弟には言う必要がないと思った」 「領収書は残していない」 「現金で払ったので証拠がない」

こうした状態になってしまうと、たとえ本当に本人のために支出していたとしても、説明は途端に難しくなります。

親族間の紛争を防ぐためには、次のような管理が大切になります。

管理方法実務上の意味
本人口座から直接支払う家族口座を経由させない
現金引出しを最小限にする使途不明金を減らす
領収書・請求書を保存する本人のための支出であることを示す
家族への定期報告を行う不信感を早期に減らす
介護費・生活費・家族立替を分ける贈与や使い込みとの混同を避ける
大きな支出は事前に共有する後日の「勝手に使った」を防ぐ
税理士・弁護士・司法書士へ早めに相談する法務・税務・登記のズレを避ける

とりわけ、同居している子が親の預金を引き出している場合には、後から金融機関の入出金明細をもとに、不法行為、不当利得、債務不履行などを根拠とする返還問題へと発展することがあります。

ここで大切なのは、「家族を疑う」ことではありません。後から疑われずにすむよう、誰が見ても分かる形で記録を残しておくことです。

税務調査:本人の生活費か、贈与か、相続財産か

認知症が疑われる親の財産を動かした場合、相続発生後の税務調査では、次のような点が確認されます。

税務上の確認事項説明すべき内容
多額の預金引出し死亡時に残っていたか、何に使ったか
家族口座への送金贈与か、立替精算か、預け金か、名義預金か
子や孫名義の預金原資、管理者、通帳・印鑑の保管、受贈者の認識
不動産売却代金売却代金の入金先、使途、残額
贈与税申告贈与契約の成立、受贈者の管理、相続財産加算
低額売買時価、譲渡対価、みなし贈与、譲渡所得税
現金保管死亡時残高、申告財産への計上

国税庁の調査事例では、被相続人名義の預金口座から相続開始前に多額の現金が引き出され、相続人宅の金庫から多額の現金が見つかった事例も紹介されています。相続人らは、被相続人の生前に現金を引き出して自宅の金庫で保管し、申告が必要であると分かっていながら申告から除外したことを認めた、とされています。
出典:国税庁|令和6事務年度における相続税の調査等の状況

認知症が疑われる親の財産管理において、「預金を減らせば相続税が下がる」という発想は、たいへん危険です。預金を減らしても、本人のために使われていなければ、相続財産、名義財産、贈与、使途不明金として、結局は戻ってくる可能性があるからです。

実行前の判断フロー

預金引出し、贈与、不動産売却を進める前に、次の流れで確認してください。

1. 本人が判断できるか

まず、本人がその行為の意味を理解できるかを確認します。単に署名できたか、うなずいたか、というだけでは足りません。

本人が、対象となる財産、金額、相手方、使途、そして売却後・贈与後にどうなるのかまでを理解しているかどうかが重要です。認知症の診断がある場合や、認知機能に不安がある場合には、医師の診断書、面談記録、公証人や専門家との面談記録などを残しておくことを検討します。

2. 家族に権限があるか

次に、家族が動く場合には、その権限を確認します。

本人自身が手続をするのか。 委任状による代理なのか。 任意後見契約が発効しているのか。 法定後見人等が選任されているのか。 不動産処分の代理権があるのか。 居住用不動産について家庭裁判所の許可が必要なのか。

権限の確認を飛ばし、通帳・印鑑・キャッシュカードが手元にあるから動かす、という対応は避けるべきです。

3. 本人の利益になるか

本人の財産は、本人の生活・療養・介護・財産管理のために使われるべきものです。

子や孫の住宅資金、相続税対策、他の相続人への代償金の準備、会社資金の補填などは、必ずしも本人の利益と一致するとは限りません。本人の意思能力が十分であれば、贈与や売買を検討できる場合もありますが、判断能力が低下した後に家族の都合で行うことは危険です。

4. 税務上の説明ができるか

預金引出し、不動産売却、贈与は、いずれも将来の相続税申告で確認されます。

「いつ」「誰が」「いくら」「何のために」「どこへ」動かしたのかを、通帳、契約書、領収書、請求書、振込明細、議事メモ、メールなどで説明できるようにしておきます。

5. 親族に説明できるか

税務上正しいというだけでは、まだ十分ではありません。相続では、他の相続人の納得感も大切になります。

特定の相続人が親の財産を管理している場合、透明性を欠いた管理は、相続発生後の遺産分割や相続税申告を難しくします。親族関係に不安があるなら、あらかじめ専門家を入れて、資料を共有し、記録に残しておくほうが安全です。

場面別の注意点

介護費・施設費のために預金を引き出す場合

本人のための支出であることを、はっきりさせておきます。施設の請求書、医療費の領収書、介護用品、固定資産税、公共料金など、本人に関する支出を整理しておきます。

可能な限り、本人名義の口座から直接振込・口座引落しにし、家族が現金を預かる場合には出納帳を作成します。

子や孫へ贈与したい場合

本人が贈与の意味を理解しているかを確認します。贈与契約書、受贈者の受諾、財産の移転、受贈者による管理、贈与税の申告・納税が必要です。

認知症が疑われる段階で、相続税対策だけを目的に高額の贈与を行うことは、慎重に考えるべきです。後から贈与無効や名義財産とされてしまえば、税務上も親族間でも、しこりが残ります。

実家を売却する場合

本人が、売却後の住まい、売却代金の使途、そして将来戻れなくなる可能性を理解しているかを確認します。

成年後見人等が居住用不動産を処分する場合には、家庭裁判所の許可が必要です。売却価格については、複数の査定、売却理由、資金計画、譲渡所得税を確認します。

親族の一人がすでに預金を引き出している場合

まずは感情的に責めるのではなく、事実の確認から始めます。通帳、取引履歴、領収書、支払記録、施設費・医療費・生活費の資料を集めます。

親が存命で判断能力が低下している場合は、成年後見制度の利用を検討します。親が亡くなっている場合は、相続財産、使途不明金、返還請求、相続税申告の修正などが問題になりますが、具体的な紛争への対応には、弁護士との連携が必要です。

相談前に整理しておきたい資料

専門家にご相談いただく際には、次の資料を整理しておくと、判断がぐっと具体的になります。

分野準備したい資料
本人の状態診断書、要介護認定資料、服薬状況、入退院履歴、施設入所資料
本人意思本人の発言メモ、過去の遺言、エンディングノート、家族会議メモ
預金通帳、残高証明、取引履歴、キャッシュカード管理者、引出し一覧
支出医療費、介護費、施設費、生活費、固定資産税、修繕費の領収書
贈与贈与契約書、贈与税申告書、振込記録、受贈者の管理状況
不動産登記事項証明書、固定資産税通知書、査定書、賃貸借契約、売買契約案
後見・信託任意後見契約、財産管理委任契約、家族信託契約、後見登記事項証明書
親族関係推定相続人、同居・介護状況、過去の援助、紛争可能性
税務相続税試算、贈与履歴、生命保険、同族会社株式、借入金

資料が十分そろわないまま制度や手続を決めてしまうと、後から重要な事実が判明し、判断をやり直すことになりかねません。

まとめ:財産を動かす前に、本人意思・権限・記録を確認する

認知症が疑われる場合の贈与・不動産売却・預金引出しでは、「家族だからできる」「親のためだから問題ない」「相続税対策になるから急いだほうがよい」という判断こそが危険です。

確認すべき順番は、はっきりしています。

本人に判断能力があるか。 家族に代理権があるか。 その行為が本人の利益に沿っているか。 他の親族に説明できるか。 相続税・贈与税・譲渡所得税の取扱いを確認したか。 資料と記録を残しているか。

この確認を経ないまま財産を動かすと、本人の保護、親族間の信頼、相続税申告、税務調査のすべてで問題が生じる可能性があります。

認知症対策は、節税策ではなく、本人の意思と財産を守るための準備です。贈与、遺言、家族信託、任意後見、法定後見、不動産売却、預金管理は、それぞれ役割も限界も異なります。とりわけ、判断能力が低下し始めた段階では、手続を急ぐほどリスクが高まることがあります。

重要ポイントの振り返り

行為最初に確認すべきこと主なリスク実務上の対応
預金引出し本人意思、使途、代理権使途不明金、親族間紛争、相続財産漏れ振込・領収書・出納帳・家族説明
贈与贈与意思、受諾、管理実態贈与無効、名義預金、相続財産加算贈与契約書、申告納税、受贈者管理
不動産売却本人の理解、売却必要性、価格売買無効、居住喪失、譲渡税、みなし贈与診断・査定・契約記録・後見許可確認
親族間売買時価、対価、本人利益低額譲渡、みなし贈与、特別受益感情複数査定、税務試算、契約過程の記録
家族による代理委任・後見・信託の権限無権代理、金融機関対応不可任意後見発効、法定後見、代理権目録確認
親族間紛争情報共有と記録使い込み疑義、遺産分割難航取引履歴、支出資料、専門家関与
税務調査資金移動の説明可能性申告漏れ、重加算税、修正申告原資・使途・残高・贈与履歴の整理

犬飼公認会計士・税理士事務所では、認知症が疑われる場面での贈与、預金管理、不動産売却、そして相続税申告への影響について、本人意思、家族関係、財産構成、税務リスクを切り分けながら整理しています。

親の預金を引き出してよいのか、施設費のために実家を売るべきか、今から贈与しても税務上問題にならないか、あるいは、すでに家族が資金を動かしており相続税申告でどう説明すればよいか——こうした不安をお持ちの場合は、取引履歴や財産資料を整理したうえで、できるだけ早い段階でご相談ください。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

目次