不正が発覚したとき、監査現場で最も危険なのは、初動で論点を小さく見積もってしまうことです。
「担当者個人の不正であり、金額も限定的である」
「当期だけ修正すればよい」
「会社が調査委員会を設置したので、監査人は報告書を待てばよい」
「再発防止策を策定したので、内部統制上の問題は解消された」
こうした整理が、結果として正しいこともあります。しかしそれは、調査範囲、影響額、関与者、内部統制不備、過年度影響、開示影響を検討したうえでたどり着く結論であって、初動段階で置いてよい前提ではありません。
不正発覚時の監査判断は、通常の虚偽表示評価よりも複雑です。不正そのものの事実認定、財務諸表への影響、内部統制への影響、監査証拠の信頼性、経営者の誠実性、監査役等への報告、訂正開示、監査報告への影響。これらが同時に動き出すためです。
監査基準報告書240では、財務諸表の虚偽表示は不正又は誤謬から生じるものとされ、両者は、虚偽表示の原因となる行為が意図的であるか否かによって区別されます。そして不正には、不正な財務報告、いわゆる粉飾と、資産の流用があります。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書240「財務諸表監査における不正」
本稿では、不正発覚後の対応を「調査」「訂正」「再発防止」の三段階に分けながら、監査人がそれをどのように財務報告上の判断へ接続すべきかを整理します。
不正発覚時の目的は「犯人探し」ではなく、財務報告への影響を説明できる状態にすること
不正が発覚すると、関心はどうしても「誰が行ったのか」「なぜ行ったのか」「刑事・民事上どうなるのか」へ向かいます。もちろん、これらは会社にとって重要な問題です。
ただ、財務諸表監査・内部統制監査の文脈では、まず次の問いに答えなければなりません。
- 財務諸表に重要な虚偽表示があるか
- どの期間、どの勘定科目、どの注記、どの開示に影響するか
- 不正は単発か、継続的か、組織的か
- 関与者は担当者レベルか、管理職か、経営者か
- 当該不正を防止又は発見できなかった内部統制の不備は何か
- 過年度財務諸表の修正再表示又は開示書類の訂正が必要か
- 監査人がこれまで入手した監査証拠の信頼性に影響するか
- 監査役等、内部監査、審査担当者、利用者にどのように説明できるか
会計不正には、粉飾決算と資産の流用があります。もっとも、両者は明確に分かれるとは限りません。資産流用を隠すために記録や証憑を改ざんすれば、それはそのまま財務諸表の虚偽表示に直結します。
会計不正は、内部統制の欠陥を突く人物によって行われます。長期間にわたり同一業務を担当し、周囲から信頼されている者が実行者となることもあります。
したがって、不正発覚時の監査人の役割は、会社の調査を漫然と待つことではありません。会社が行う調査が、財務諸表監査上必要な論点をカバーしているかどうかを見極めることです。
初動対応で最初に確認すべきこと
不正発覚直後は、情報が断片的です。通報、内部監査の指摘、取引先からの照会、監査手続中の矛盾、税務調査、当局照会、メディア報道と、発覚経路もさまざまです。
この段階で監査人がまず確認すべきなのは、「現時点で何が分かっており、何がまだ分かっていないか」です。
事象の発覚経路
発覚経路は、不正の性質を映し出します。
内部通報であれば、通報者保護、通報内容の具体性、そして既に社内で握りつぶされた経緯がなかったかが問題になります。監査手続中の矛盾から発覚した場合は、監査証拠の信頼性そのものが問題になります。外部からの指摘であれば、会社の内部統制やモニタリングがなぜ機能しなかったのかが問われます。
IPO準備・上場後の局面では、上場直後に不正調査が始まり、上場時の財務諸表を訂正した事例もあります。支払業務を利用した不正送金、海外子会社でのコーポレートカードの私的利用、実態のない取引に係る支払行為などが、管理体制の不備と結びついて問題化することもあります。
不正の類型
不正の類型によって、調査の入り口は異なります。
売上不正であれば、契約、出荷、検収、請求、入金、返品、値引、関連当事者、循環取引を確認します。費用・負債隠しであれば、未払、請求書、支払予定、契約、訴訟、偶発債務を確認します。資産流用であれば、現金預金、支払、在庫、固定資産、経費、カード利用、取引先マスタを確認します。
ただし、類型で調査を狭めてはいけません。売上不正が資金還流や架空仕入と結びつくことがあります。資産流用が、棚卸資産の過大計上や費用の架空計上として処理されることもあります。
関与者と職位
関与者が誰かという点は、内部統制評価と監査証拠評価に直結します。
担当者単独の不正であれば、職務分掌、承認、照合、ローテーション、モニタリングの不備が中心の論点になります。管理職が関与していれば、レビュー統制の信頼性が問題になります。経営者が関与していれば、経営者確認書、説明の信頼性、内部統制の無効化、監査契約の継続、監査報告への影響まで、検討は一気に広がります。
監査基準報告書240は、経営者、取締役又は監査役等の信頼性や誠実性に疑念を持つような例外的な状況では、適切に対応するために法律専門家へ助言を求めることを検討する場合があるとしています。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書240「財務諸表監査における不正」
調査範囲は「発覚した取引」からではなく「発生し得た範囲」から設定する
不正調査で最も重要なのは、調査範囲です。
不正が一件見つかったとき、会社はしばしば「当該取引だけ」「当該担当者だけ」「当該部署だけ」に調査を限定しようとします。しかし監査人は、発覚した取引が氷山の一角である可能性を検討しなければなりません。
調査範囲は、少なくとも次の軸で設定します。
| 調査範囲の軸 | 確認すべき内容 |
|---|---|
| 期間 | 発覚年度だけか、過年度に遡る必要があるか |
| 拠点 | 本社だけか、支店・子会社・海外拠点・外部委託先にも広がるか |
| 取引類型 | 同一勘定科目だけか、関連する仕入・在庫・支払・債権債務にも広がるか |
| 関与者 | 実行者だけか、承認者、レビュー者、経営者、関連当事者も対象か |
| 金額 | 発覚額だけか、同様の手口で発生し得た母集団全体を推計する必要があるか |
| 内部統制 | 不正を防止又は発見できなかった統制がどこか |
| 開示 | 財務諸表、注記、有価証券報告書、適時開示、内部統制報告に影響するか |
日本取引所自主規制法人の「上場会社における不祥事対応のプリンシプル」は、不祥事の原因究明に当たって、必要十分な調査範囲を設定することを求めています。表面的な現象や因果関係を列挙するにとどまらず、背景等を明らかにしながら事実認定を行い、根本原因を解明することが必要である、という考え方です。また、内部統制の有効性や経営陣の信頼性に相当の疑義がある場合などには、第三者委員会の設置が有力な選択肢となるとされています。
出典:日本取引所自主規制法人|上場会社における不祥事対応のプリンシプル
調査範囲を狭く設定すると、財務諸表への影響を過小評価するだけでは済みません。再発防止策も形式的なものになります。不正が生じた根本原因を把握できなければ、統制のどこを是正すべきかを説明できないからです。
証拠保全は、監査証拠の信頼性を守る初動対応である
不正発覚時には、証拠保全が極めて重要です。
不正は、記録や証憑の改ざん、削除、後付け、口裏合わせを伴うことがあります。証拠が失われた後に調査範囲を拡大しても、事実認定は不十分なままです。結果として、監査人が十分かつ適切な監査証拠を入手できない事態にもつながります。
証拠保全では、次の対象を早期に押さえる必要があります。
- 会計データ
- 仕訳データ
- 販売管理・購買管理・在庫管理システムのデータ
- 入出金データ
- 契約書、発注書、納品書、検収書、請求書
- 電子メール、チャット、承認ワークフロー
- 取引先マスタ、従業員マスタ、銀行口座情報
- アクセスログ、変更ログ、削除ログ
- 取締役会・経営会議・稟議資料
- 内部監査調書、内部通報記録
- 外部倉庫、子会社、外部委託先に関する資料
監査基準報告書240は、監査人が記録や証憑書類の鑑定を通常行うわけではないとしています。そのうえで、記録や証憑書類が真正ではない、又は後から変更されている疑いがある場合には、第三者への直接確認や、記録・証憑の真正性を評価する専門家の利用を検討することがあるとしています。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書240「財務諸表監査における不正」
証拠保全は、調査委員会や会社だけの仕事ではありません。監査人は、会社がどの証拠を、いつ、誰の責任で、どのように保全したかを確認しなければなりません。保全されていないデータが重要な証拠である場合には、監査範囲の制約や追加手続の必要性という論点に発展します。
会社の調査報告書を監査証拠としてどう評価するか
不正発覚時には、社内調査委員会、特別調査委員会、第三者委員会などによる報告書が作成されることがあります。
しかし監査人は、調査報告書があるというだけで、監査証拠が十分であるとは判断できません。
確認すべきポイントは、次のとおりです。
| 確認項目 | 監査上の着眼点 |
|---|---|
| 調査主体 | 経営者から独立しているか。関与者が調査を主導していないか。 |
| 委員構成 | 会計、監査、法律、IT、業界実務に必要な専門性があるか。 |
| 調査範囲 | 期間、拠点、取引、関与者、関連当事者、海外子会社を十分に含んでいるか。 |
| 調査方法 | インタビューだけでなく、証憑、データ分析、外部確認、デジタル証拠を用いているか。 |
| 証拠保全 | 調査開始前に重要データが削除・変更されていないか。 |
| 影響額 | 発覚額だけでなく、同様手口の母集団全体を検討しているか。 |
| 原因分析 | 個人責任だけでなく、統制環境、業績圧力、職務分掌、監督機能まで検討しているか。 |
| 限界 | 調査不能範囲、未回答者、未入手資料、推計前提が明示されているか。 |
第三者委員会という名称があるからといって、調査の客観性・中立性・専門性が自動的に確保されるわけではありません。日本取引所自主規制法人も、第三者委員会という形式をもって、安易で不十分な調査に客観性・中立性の装いを持たせるような事態を招かないよう留意すべきとしています。
出典:日本取引所自主規制法人|上場会社における不祥事対応のプリンシプル
監査人は、調査報告書を「会社が実施した手続の結果」として評価します。監査人自身のリスク評価に照らして調査が不足していると判断される場合には、追加調査、監査人による追加手続、外部専門家の利用、監査役等との協議を検討する必要があります。
過年度訂正は「不正があったか」ではなく「過去の財務諸表が誤っていたか」で判断する
不正が発覚したとき、会社はしばしば「当期で一括処理できないか」と考えます。
しかし、過年度の財務諸表に重要な誤謬が含まれていたのであれば、過年度訂正又は修正再表示の検討が必要になります。
企業会計基準第24号では、誤謬とは、原因となる行為が意図的か否かにかかわらず、財務諸表作成時に入手可能な情報を使用しなかったこと、又は誤用したことによる誤りとされています。また、修正再表示とは、過去の財務諸表における誤謬の訂正を財務諸表に反映することをいうと定義されています。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準第24号「会計方針の開示、会計上の変更及び誤謬の訂正に関する会計基準」
さらに同基準では、過去の財務諸表における誤謬が発見された場合の取扱いが示されています。表示期間より前の期間に関する累積的影響額は、表示する財務諸表のうち最も古い期間の期首の資産、負債及び純資産の額に反映します。そのうえで、表示する過去の各期間の財務諸表には、各期間の影響額を反映します。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準第24号「会計方針の開示、会計上の変更及び誤謬の訂正に関する会計基準」
監査人は、次の順で検討する必要があります。
- 不正又は誤謬がどの期間に発生したか
- 各期の影響額を合理的に算定できるか
- 各期の財務諸表に対して重要性があるか
- 金額的重要性だけでなく、質的重要性があるか
- 表示期間より前に発生した影響を期首剰余金で調整すべきか
- 訂正報告書、過年度財務諸表、比較情報、監査報告にどう影響するか
- 内部統制報告書の訂正又は開示すべき重要な不備に該当するか
過去の誤謬について、発生時期が特定できないこともあります。それでも、特定が困難であること自体を理由に検討を止めることはできません。誤謬が発覚した経過、資産・負債の実在性、未計上資産・負債、発生時期の特定可能性を、順に確認していく必要があります。
重要性判断では、金額だけでなく質的影響を見る
不正発覚時の重要性判断では、金額的重要性だけでは足りません。
たとえば、発覚額が計画上の重要性を下回っていても、次のような場合には質的重要性が高くなります。
- 経営者又は役員が関与している
- 財務制限条項、上場維持基準、配当、業績予想に影響する
- 赤字回避、利益目標達成、IPO審査、資金調達に関係する
- 関連当事者取引が隠れている
- 内部統制の無効化がある
- 長期間継続していた
- 監査人に対する虚偽説明又は資料改ざんがある
- 開示資料、注記、記述情報に影響する
- 監査役等への報告が遅れている
企業会計基準第24号の結論の背景でも、重要性の判断には、財務諸表に及ぼす金額的な面と質的な面の双方を考慮する必要があるとされています。そして質的重要性は、企業の経営環境、財務諸表項目の性質、誤謬が生じた原因などによって判断することが考えられるとされています。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準第24号「会計方針の開示、会計上の変更及び誤謬の訂正に関する会計基準」
不正は、金額が小さくても、監査証拠の信頼性、経営者の誠実性、内部統制の有効性に影響します。金額だけで「重要性なし」と整理してしまうと、後から説明できない判断になりかねません。
内部統制不備は「起きた不正の金額」ではなく「起き得た虚偽表示」で評価する
不正が発覚した場合、内部統制不備の評価は避けて通れません。
発生した虚偽表示額が少額であっても、同じ統制不備によって重要な虚偽表示が発生し得たのであれば、内部統制上の評価は重くなります。
2023年4月改訂後の「財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準」では、内部統制は、業務の有効性及び効率性、報告の信頼性、法令等の遵守、資産の保全という4つの目的が達成されるとの合理的保証を得るために、業務に組み込まれ、組織内の全ての者によって遂行されるプロセスとされています。
出典:金融庁・企業会計審議会|財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準
同基準では、「開示すべき重要な不備」とは、財務報告に重要な影響を及ぼす可能性が高い財務報告に係る内部統制の不備とされています。そして、不備が開示すべき重要な不備に該当するかどうかの判断では、虚偽記載の発生可能性と影響の大きさ、すなわち金額的重要性と質的重要性の双方を検討する必要があります。
出典:金融庁・企業会計審議会|財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準
内部統制不備を評価するときには、次の問いを置くべきです。
- どの統制が存在しなかったのか
- どの統制が設計上不十分だったのか
- どの統制が運用されていなかったのか
- 統制実施者が統制目的を理解していたか
- 上位者レビューは実質的だったか
- IT統制、アクセス権限、変更管理、ログ管理に不備はないか
- 子会社、海外拠点、外部委託先も評価範囲に含めるべきか
- 当該不備により、どの程度の虚偽表示が発生し得たか
- 期末日までに是正され、運用有効性を確認できたか
内部統制基準の実施基準では、識別した内部統制の不備について、その内容、財務報告全体に及ぼす影響金額、対応策等とともに、適切な者へ速やかに報告し是正を求める必要があるとされています。開示すべき重要な不備については、経営者、取締役会、監査役等及び会計監査人へ報告する必要があります。さらに、期末日に開示すべき重要な不備が存在する場合には、内部統制報告書にその内容と是正されない理由を記載しなければなりません。
出典:金融庁・企業会計審議会|財務報告に係る内部統制の評価及び監査に関する実施基準
再発防止策は「策定」ではなく「運用・定着」まで見なければならない
再発防止策は、不正対応の終着点ではありません。
実務では、再発防止策として次のような項目が並びます。
- 規程改訂
- 承認権限の見直し
- 職務分掌の強化
- ダブルチェック
- 人員増強
- 内部監査強化
- コンプライアンス研修
- 内部通報制度の周知
- システムアクセス権限の見直し
- 取引先マスタの管理強化
- 月次モニタリング
- 経営者メッセージの発信
しかし、再発防止策は、紙に書かれた瞬間にはまだ機能していません。日々の業務に組み込まれ、誰が、いつ、何を、どの証拠で確認するのかが明確になり、実際に運用されて、はじめて意味を持ちます。
日本取引所自主規制法人の不祥事対応プリンシプルも、再発防止策について、組織変更や社内規則の改訂等にとどまらないことを求めています。日々の業務運営に具体的に反映され、その目的に沿って運用され、定着しているかどうかを十分に検証することが重要である、という考え方です。
出典:日本取引所自主規制法人|上場会社における不祥事対応のプリンシプル
不正を誘発する内部統制の弱点としては、内部統制の欠如、既存の内部統制の形骸化、マネジメントレビューの欠如、不健全な経営者の姿勢などが挙げられます。
また、再発防止の監査では、原因究明、上長・同僚への聞き取り、防止可能性の調査、再発防止策の検討、外部専門家の意見聴取、内部告発窓口の整備、情報管理、金銭管理、懲戒処分プロセスなどを、具体的に確認する必要があります。
監査人は、再発防止策を見たときに、次の三つを分けて評価する必要があります。
| 段階 | 確認すべき内容 |
|---|---|
| 設計 | 不正の根本原因に対応しているか |
| 導入 | 規程、体制、システム、権限、人員が整備されたか |
| 運用・定着 | 実際に運用され、例外事項が検出・是正されているか |
期末日までに是正されたかどうかは、内部統制報告の結論に影響します。期末日後に実施した是正措置は、期末日時点の内部統制評価には影響しません。ただし、内部統制報告書の提出日までに実施した是正措置がある場合には、付記事項として記載できる場合があります。
出典:金融庁・企業会計審議会|財務報告に係る内部統制の評価及び監査に関する実施基準
監査人は、過去に入手した監査証拠の信頼性を再評価する
不正が発覚すると、問題は当該不正取引だけにとどまりません。監査人が過去に入手した証拠の信頼性そのものが揺らぐことがあります。
たとえば、次のような場合です。
- 経営者が虚偽説明をしていた
- 証憑が後付けで作成されていた
- 確認状の回答に関係者が関与していた
- 内部証拠が改ざんされていた
- 取引先と会社が共謀していた
- 関連当事者関係が隠されていた
- 会計上の見積りの前提資料が意図的に歪められていた
- 内部統制のレビュー証跡が形式的だった
監査基準報告書240は、不正が文書偽造、取引の意図的未記録、虚偽陳述などの隠蔽スキームを伴うことがあり、共謀がある場合には発見がさらに困難になると説明しています。また、監査人が不正の可能性を識別できることはあるものの、会計上の見積りのように経営者の判断を要する領域では、虚偽表示が不正によるものか誤謬によるものかを判断することは困難であるとされています。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書240「財務諸表監査における不正」
したがって、不正発覚後の監査では、既に完了した監査手続をそのまま前提にしてはいけません。リスク評価を更新したうえで、追加手続、確認手続、外部証拠、専門家利用、データ分析、監査チーム内討議、審査対応を再設計する必要があります。
監査役等・内部監査・会計監査人の連携
不正発覚時には、監査役等、内部監査、会計監査人の連携が実質的に機能するかどうかが問われます。
監査役等は、経営者の業務執行を監査し、会計監査人の監査の方法と結果の相当性を確認する立場にあります。監査役は取締役の業務執行とは一線を画した独任制の機関であり、監査役会は、監査役が組織的・効率的な監査を行うための機能を担います。
不正発覚時に監査役等とのコミュニケーションが形式的なものにとどまれば、調査の独立性、経営者関与リスク、内部統制不備、開示判断のいずれもが弱くなります。
監査人が監査役等と協議すべき事項には、次のようなものがあります。
- 不正又は不正疑義の発覚経路
- 会社の調査体制と調査範囲
- 関与者、特に経営者・管理職の関与可能性
- 監査証拠の信頼性への影響
- 過年度財務諸表への影響
- 内部統制不備の評価
- 会社の対応が十分かどうか
- 訂正開示、適時開示、内部統制報告への影響
- 監査報告、KAM、除外事項への影響
- 監査契約の継続可能性
監査基準報告書240では、監査役等と協議する不正に関連する事項として、次のような点が挙げられています。不正防止・発見のための内部統制や、虚偽表示可能性に対する経営者評価への懸念。識別した内部統制の重要な不備。不正に対する経営者の不適切な対応。統制環境や、経営者の能力と誠実性に関する問題。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書240「財務諸表監査における不正」
訂正開示・適時開示との関係
不正が財務諸表又は開示に重要な影響を及ぼす場合には、訂正報告書、内部統制報告書の訂正、決算短信の訂正、適時開示が問題になります。
金融商品取引法は、投資家が適切に情報を入手できる環境を整備し、不公正な取引や人為的な価格操作を防ぐことにより、投資家保護を図る制度です。
上場会社の適時開示では、投資判断上重要な情報を、迅速かつ正確に市場へ伝えることが求められます。JPXの適時開示情報閲覧サービスでは、国内金融商品取引所の上場会社等が開示した投資判断上重要な情報を閲覧できます。
出典:日本取引所グループ|適時開示情報閲覧サービス
適時開示の実務では、開示内容の変更又は訂正、不適正な開示に対する措置、注意喚起、改善報告書などが問題になることもあります。
監査人は、訂正開示そのものを作成する立場ではありません。しかし、財務諸表監査上の判断は、訂正開示の要否、訂正範囲、影響額、内部統制報告、監査報告に影響します。だからこそ、会社の開示担当、監査役等、法律専門家、必要に応じて取引所対応担当者との連携状況を確認する必要があります。
税務・仮装経理への波及
粉飾決算は、税務上、仮装経理として問題になることがあります。
粉飾決算により利益を過大に計上し、法人税を過大に納付している場合であっても、仮装経理に基づく過大申告については、通常の過大納付のように直ちに全額が還付されるとは限りません。修正経理や後続事業年度での控除など、税務上の特有の取扱いが問題になります。
監査人が税務処理を決定するわけではありません。それでも、過年度訂正、繰延税金資産・負債、未払法人税等、法人税等調整額、税務調査リスク、開示への影響は、財務諸表監査と接続します。
そのため、不正調査の範囲には、必要に応じて税務影響の把握も含めるべきです。税務影響を後回しにすると、訂正財務諸表の確定、監査手続、開示スケジュール、株主総会日程にまで影響が及ぶことがあります。
監査調書には「会社の結論」ではなく「監査人の判断過程」を残す
不正発覚時の監査調書では、会社の調査報告書を添付するだけでは不十分です。
監査人として、次の判断過程を残す必要があります。
- 不正又は不正疑義をいつ、どのように把握したか
- 監査チーム内でどのように共有したか
- 監査計画・リスク評価をどう更新したか
- 会社の調査範囲をどう評価したか
- 証拠保全状況をどう確認したか
- 追加でどの監査手続を実施したか
- 過年度影響をどう評価したか
- 内部統制不備をどう評価したか
- 未修正虚偽表示、修正仕訳、訂正開示への影響をどう評価したか
- 監査役等、経営者、審査担当者とどのようにコミュニケーションしたか
- 監査意見又は監査報告への影響をどう判断したか
- 未解決事項とその扱いをどう整理したか
監査基準報告書450では、監査人は、監査の実施過程で発見した全ての虚偽表示と修正の有無、そして未修正の虚偽表示が個別に又は集計して重要であるかどうかに関する結論及びその根拠を、監査調書に記載しなければならないとされています。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書450「監査の過程で識別した虚偽表示の評価」
また、虚偽表示に関する適時のコミュニケーションは、経営者が虚偽表示を評価し、必要な措置を講ずるために重要であるとされています。すべての虚偽表示を修正することにより、正確な会計帳簿と会計記録を維持し、将来の重要な虚偽表示リスクを抑えることができるという趣旨です。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書450「監査の過程で識別した虚偽表示の評価」
不正発覚時の調書は、通常の期末論点よりも厳しく見られます。審査、品質管理レビュー、協会レビュー、当局検査、訴訟対応。そのいずれの場面でも、「なぜその範囲で足りると判断したのか」「なぜ過年度訂正が必要又は不要と判断したのか」「なぜ内部統制不備の評価が妥当といえるのか」が問われます。
不正発覚時に監査人が避けるべき判断
不正対応では、次のような判断は避けるべきです。
「金額が小さいから問題ない」
金額が小さくても、経営者関与、内部統制の無効化、証憑改ざん、虚偽説明、関連当事者、上場維持・財務制限条項への影響があれば、質的重要性は高くなります。
「会社が調査したから十分」
会社の調査は重要です。しかし監査人は、その調査範囲、独立性、専門性、証拠、限界を、自ら評価しなければなりません。
「当期で処理すればよい」
過年度財務諸表に重要な誤謬が含まれている場合、当期処理だけでは、財務諸表利用者への説明として不十分です。
「再発防止策を作ったから内部統制は有効」
内部統制は、設計され、導入され、運用され、期末日時点で有効に機能している必要があります。期末日後の是正が、期末日時点の有効性評価を直ちに変えるわけではありません。
「法務・第三者委員会の領域なので監査人は待つだけ」
法務調査と監査手続は、目的が異なります。監査人は、財務諸表への影響、内部統制、開示、監査証拠の十分性を、自ら判断する必要があります。
不正発覚後の監査対応を一連のプロセスとして整理する
不正発覚時の対応は、次の流れで整理すると、論点が分断されにくくなります。
- 発覚事象の把握
- 証拠保全
- 調査体制の評価
- 調査範囲の設定
- 事実認定
- 財務諸表影響の算定
- 過年度影響の評価
- 内部統制不備の評価
- 訂正・開示対応
- 監査手続の追加・再設計
- 監査役等・審査担当者とのコミュニケーション
- 再発防止策の設計・運用評価
- 監査意見・監査報告への影響判断
- 次年度監査計画への反映
このプロセスのどこかを省略すると、後から説明できない判断になります。
不正対応は、単なる危機対応ではありません。監査計画、リスク評価、監査証拠、内部統制評価、開示、監査報告、品質管理が、一気に接続される局面です。だからこそ監査人には、作業量に圧倒されることなく、判断の軸を失わないことが求められます。
不正発覚時の調査・訂正・再発防止に関するご相談について
不正が発覚したとき、会社、監査役等、内部監査、会計監査人、法律専門家、税務専門家、開示担当者、取引所対応担当者は、短期間で連携しなければなりません。
しかし実務上は、調査範囲が狭い、証拠保全が遅れる、過年度影響の判断が曖昧になる、内部統制不備の評価が形式的になる、再発防止策が規程改訂にとどまる、監査役等や審査担当者への説明が後追いになる。こうした問題が生じがちです。
犬飼公認会計士・税理士事務所では、不正発覚時の財務報告影響、過年度訂正、内部統制不備、再発防止策、監査役等への説明、開示・監査対応に関する論点整理を支援しています。
不正又は不正疑義が発生し、調査範囲、影響額、内部統制評価、訂正要否、関係者への説明に迷いがある場合は、犬飼公認会計士・税理士事務所HPのお問い合わせページよりご相談ください。初回のご相談では、事実関係、財務諸表への影響、必要な調査範囲、専門家関与の要否、今後の説明・開示上の論点を整理します。
重要事項の振り返り
| 論点 | 実務上の判断ポイント |
|---|---|
| 初動対応 | 発覚経路、類型、関与者、影響範囲を早期に整理する。 |
| 調査範囲 | 発覚した取引だけでなく、発生し得た期間・拠点・取引・関与者まで広げて考える。 |
| 証拠保全 | 会計データ、証憑、メール、ログ、承認記録を早期に保全する。 |
| 調査報告書の評価 | 調査主体、独立性、専門性、調査方法、証拠、限界を監査人が評価する。 |
| 過年度訂正 | 不正の有無ではなく、過去の財務諸表に重要な誤謬があるかで判断する。 |
| 重要性 | 金額的重要性だけでなく、経営者関与、内部統制、開示、財務制限条項等の質的重要性を見る。 |
| 内部統制不備 | 発生額ではなく、当該不備により発生し得た虚偽表示の可能性と影響で評価する。 |
| 再発防止 | 規程改訂だけでなく、業務への反映、運用、定着、モニタリングまで確認する。 |
| 監査証拠の再評価 | 過去に入手した証拠や経営者説明の信頼性が揺らがないか確認する。 |
| 監査役等との連携 | 調査範囲、経営者関与、内部統制不備、訂正・開示影響を適時に共有する。 |
| 訂正・開示 | 財務諸表、内部統制報告書、有価証券報告書、適時開示への波及を一体で整理する。 |
| 監査調書 | 会社の結論ではなく、監査人の判断過程、証拠、結論の根拠を残す。 |