ガバナンス・内部統制・財務報告の信頼性|監査を企業統治の文脈で捉える実務判断

財務報告の信頼性は、経理部門の能力だけで決まるものではありません。会計監査人の監査手続だけで担保されるものでもありません。

財務報告とは、会社が事業活動を行い、取引を記録し、そこに判断を加え、決算・開示資料としてまとめ、取締役会が承認し、監査役等が監視し、内部監査が統制を評価し、会計監査人が監査証拠に基づいて意見を形成する。この一連のプロセスがつながった先に生まれる結果です。

したがって、財務報告の信頼性を監査上評価するということは、単に勘定科目の残高を検証することではありません。

  • 経営者がどのような統制環境を作っているか
  • 取締役会が財務報告リスクを監督しているか
  • 監査役等が経営者の判断と会計監査人の監査を実質的に見ているか
  • 内部監査がリスクと統制を独立的に評価しているか
  • 決算・開示プロセスが、最終成果物である有価証券報告書・計算書類・決算短信から逆算して設計されているか
  • 会計監査人が、こうしたガバナンスと内部統制の実効性をリスク評価と監査手続に反映しているか

これらを切り離さず、一体のものとして理解する必要があります。

本稿では、コーポレートガバナンス全般を広く論じることはしません。法定監査・内部統制監査・財務報告の実務判断に必要な範囲に絞って、ガバナンス、内部統制、財務報告の信頼性の関係を整理していきます。

目次

財務報告の信頼性は「作成責任」と「検証責任」だけでは説明しきれない

財務諸表監査の基本には、経営者が財務諸表を作成し、監査人がその財務諸表について意見を表明するという、二重責任の構造があります。

この責任分界は重要です。監査人が財務諸表を作成してはならず、経営者の判断を肩代わりしてもならない。これは監査の独立性を成り立たせる前提そのものです。

しかし実務に立ってみると、財務報告の信頼性は「経営者が作成し、監査人が監査する」という二者構造だけでは十分に説明できません。信頼性は、経営者個人の善意や監査人の期末手続だけで確保されるものではなく、会社のガバナンスと内部統制の中で形づくられていくものだからです。

財務報告に係る内部統制の基準では、内部統制を次のように位置づけています。業務の有効性・効率性、報告の信頼性、法令等の遵守、資産の保全という目的を合理的に達成するため、業務に組み込まれ、組織内の全ての者によって遂行されるプロセスである。そして、統制環境、リスクの評価と対応、統制活動、情報と伝達、モニタリング、ITへの対応という六つの基本的要素から構成される、というものです。
出典:金融庁|財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準並びに財務報告に係る内部統制の評価及び監査に関する実施基準の改訂について

この定義から見えてくる重要な点は、内部統制が「経理のチェックリスト」ではないということです。

内部統制とは、組織の意思決定、リスク認識、権限配分、情報伝達、IT、モニタリング、そして倫理観までを含んだ、経営の仕組みそのものです。財務報告は、その仕組みの上に乗っています。

ガバナンス、リスク管理、内部統制を混同しない

実務では、ガバナンス、リスク管理、内部統制という言葉が混同されがちです。しかし財務報告の信頼性を説明しようとするなら、この三つは分けて理解しておく必要があります。

ガバナンスは、会社が透明・公正かつ迅速・果断な意思決定を行い、その意思決定と業務執行を監督・監視するための仕組みです。改訂後の実施基準でも、ガバナンスは透明・公正かつ迅速・果断な意思決定を行うための仕組みであり、全組織的なリスク管理はリスクとリターンのバランスの下でリスクを経営戦略と一体で統合的に管理すること、そして内部統制はこれらと一体的に整備・運用されることが重要である、と整理されています。
出典:金融庁|財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準並びに実施基準

リスク管理は、事業目的の達成を阻害する事象を識別し、発生可能性と影響を評価したうえで、受容・回避・移転・低減といった対応を選択していくプロセスです。内部監査の実務に即していえば、組織体の目的を理解し、顕在的・潜在的なリスクを識別・評価し、リスク対応を選択し、リスク選好の範囲内で経営を行うための体制とプロセス、ということになります。

内部統制は、そのリスク対応を業務に組み込み、承認、照合、分掌、レビュー、IT制御、モニタリングなどを通じて、リスクを一定水準以下に抑えるための仕組みです。

この三つを財務報告に引き寄せると、次のように整理できます。

概念財務報告との関係
ガバナンス財務報告に関する重要な判断、リスク、開示を誰が監督し、誰に説明するかを決める。
リスク管理財務報告に重要な虚偽表示を生じさせる事業上・会計上・IT上・不正上のリスクを識別し、優先順位を付ける。
内部統制識別したリスクを低減するための具体的な承認、記録、照合、レビュー、モニタリングを業務に組み込む。
監査ガバナンスと内部統制の実効性を理解し、重要な虚偽表示リスクの評価と監査手続に反映する。

ガバナンスが弱い会社では、内部統制は形式化していきます。リスク管理が弱い会社では、重要な統制がどこかで抜け落ちます。内部統制が弱い会社では、会計処理や開示の根拠が不安定になります。

そして監査がこれらを十分に捉えられていなければ、監査計画からKAM、監査意見形成に至るまでの説明可能性が弱くなります。

財務報告の信頼性を支える役割分担

財務報告の信頼性を評価するにあたっては、誰が何を担うのかを曖昧にしないことが何より重要です。

経営者|財務報告と内部統制に対する最終的な責任を負う

経営者は、会社の業務執行を担い、財務諸表と開示書類を作成する立場にあります。内部統制基準では、経営者は組織の全ての活動について最終的な責任を有し、取締役会が決定した基本方針に基づいて内部統制を整備・運用する役割と責任を負うとされています。あわせて、有価証券報告書を提出する立場として、開示書類の信頼性に係る最終的な責任を有することも明示されています。
出典:金融庁|財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準並びに実施基準

監査上、経営者を見るときの焦点は、「経営者が説明したかどうか」ではありません。

  • 経営者が、財務報告上の重要論点を理解しているか
  • 業績目標や資本市場対応のために、会計判断を歪める誘因を持っていないか
  • 経営者が内部統制を無効化できる立場にあることを踏まえた牽制が働いているか
  • 見積り、注記、内部統制不備について、監査役等や取締役会に十分な情報が提供されているか

ここを見なければ、経営者確認書を入手したところで、経営者責任の実質を評価したことにはなりません。

取締役会|内部統制の基本方針を決め、経営者の業務執行を監督する

取締役会は、財務報告プロセスの末端で決算を承認するだけの機関ではありません。

内部統制基準では、取締役会は内部統制の整備・運用に係る基本方針を決定し、経営者の業務執行を監督する立場から、経営者による内部統制の整備・運用について監督責任を有するとされています。
出典:金融庁|財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準並びに実施基準

取締役会の実効性は、議事録に決算承認の記載があるかどうかだけで判断できるものではありません。監査上は、次のような点が重要になります。

  • 重要な会計上の見積りについて、主要な仮定や感応度が取締役会に説明されているか
  • 減損、税効果、のれん、関係会社投融資、収益認識、不正リスクといった重要論点が、単なる報告事項ではなく、実質的な審議事項になっているか
  • 内部統制上の不備や再発防止策について、原因分析と改善期限が議論されているか
  • 決算短信、有価証券報告書、内部統制報告書、コーポレート・ガバナンス報告書の整合性が意識されているか
  • 経営者が内部統制を無効化し得ることを前提に、社外役員、監査役等、内部監査との情報連携が設計されているか

取締役会が「承認機関」にとどまり、財務報告リスクを監督する機能を果たしていない。そうした場合、監査人は統制環境や全社的内部統制の評価に影響がないかを検討しなければなりません。

監査役等|独立した立場から内部統制と財務報告プロセスを監視する

監査役等は、会計監査人の監査結果を受け取るだけの存在ではありません。

内部統制基準では、監査役等は、取締役及び執行役の職務執行に対する監査の一環として、独立した立場から内部統制の整備・運用状況を監視・検証する役割と責任を有するとされています。さらに、財務報告の信頼性を確保するための体制を含め、内部統制が適切に整備・運用されているかを監視すること、会社法上、会計監査人が計算書類について実施した会計監査の方法と結果の相当性を評価することも求められています。
出典:金融庁|財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準並びに実施基準

監査役等の監査は、会計監査人の監査手続を再実施するものではありません。しかし、会計監査人の監査の方法と結果の相当性を判断するには、監査計画、重要な虚偽表示リスク、会計上の見積り、内部統制不備、KAM候補、未修正虚偽表示、開示上の重要論点を理解している必要があります。

監査人と監査役等とのコミュニケーションについて、監査基準報告書260は、有効な双方向のコミュニケーションが、監査人と監査役等の相互理解、監査に関連する情報の入手、そして監査役等による財務報告プロセスの監視責任の遂行にとって重要であるとしています。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書260 監査役等とのコミュニケーション

監査役等が財務報告リスクを理解しないまま、会計監査人からの報告を形式的に受け取るだけであれば、三様監査は会議体として存在していても、ガバナンス上の機能を果たしているとはいえません。

内部監査|組織内からリスクと統制を独立的に評価する

内部監査は、法定監査人の代替ではありません。監査役等の監査の代替でもありません。

内部監査とは、組織内にありながら、業務部門から独立した立場で、ガバナンス、リスクマネジメント、内部統制の有効性を評価し、改善を促す機能です。

内部統制基準においても、内部監査人は、内部統制の目的をより効果的に達成するため、モニタリングの一環として内部統制の整備・運用状況を検討・評価し、必要に応じて改善を促す職務を担うとされています。あわせて、内部監査人が客観性を維持するには、監査対象部署からの制約を受けず、監査対象業務に直接の権限や責任を負わない状況を確保することが重要とされています。
出典:金融庁|財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準並びに実施基準

内部監査の基本規程は、内部監査部門の目的・権限・責任を定義する正式な文書です。内部監査部門長が文書化し、最高経営者が承認し、最終的には取締役会が承認するものとして位置づけられます。基本規程では、内部監査部門長の取締役会に対する職務上の指示・報告関係、記録・人・物的財産へのアクセス権限、内部監査活動の範囲を明確にしておくことが重要です。

監査上、内部監査を見るときに、内部監査報告書の有無だけを確認しても足りません。

  • リスクベースの内部監査計画になっているか
  • 財務報告リスク、ITリスク、不正リスクが監査対象に含まれているか
  • 指摘事項が経営者、取締役会、監査役等へ適時に報告されているか
  • フォローアップが行われ、再発防止策の実効性が確認されているか
  • 内部監査の独立性・客観性を損なう兼務や報告ラインになっていないか

内部監査が弱い会社では、内部統制評価も、監査役等の監視も、会計監査人のリスク評価も、そろって弱くなりがちです。

会計監査人|ガバナンスと内部統制を理解し、監査判断へ反映する

会計監査人は、ガバナンスそのものについて意見を表明するわけではありません。

しかし財務諸表監査において、統制環境、監査役等とのコミュニケーション、内部統制不備、経営者バイアス、内部監査の結果、取締役会の監督状況を無視したままリスク評価を行うことはできません。

2020年の監査基準改訂に関する意見書では、重要な虚偽表示リスクの評価手続や特別な検討を必要とするリスクへの対応手続が適切に実施されていないとの指摘、また会計上の見積りに関して経営者の仮定の合理性の検討が不十分であるとの指摘を踏まえ、リスク評価の強化と、適切に評価されたリスクに対応した深度ある監査手続の必要性が示されています。
出典:金融庁|監査基準の改訂に関する意見書

これは、財務報告の信頼性を評価する際に、監査人が統制の有無を確認するだけでは足りないことを意味しています。

統制環境が弱いのであれば、職業的懐疑心の水準を高める必要があります。監査役等とのコミュニケーションが形式的であれば、経営者から独立した情報源が不足していないかを検討しなければなりません。内部監査が十分に機能していないのであれば、内部統制評価やリスク評価に過度に依拠できない可能性を考える必要があります。取締役会が重要な見積りを十分に監督していないのであれば、経営者バイアスへの対応を強化することになります。

ガバナンスの理解は、監査計画書の背景説明ではありません。監査手続の深度、時期、範囲を左右する判断要素です。

財務報告の信頼性は「森を見る視点」で設計する

決算・開示プロセスの弱い会社では、担当者が自分の担当領域しか見ていない、ということが少なくありません。

単体決算担当者は単体決算だけを見る。連結担当者は連結パッケージだけを見る。開示担当者は注記と有価証券報告書だけを見る。内部統制担当者はJ-SOX文書だけを見る。監査対応担当者は依頼資料の提出状況だけを見る。

このような分断があると、財務報告の信頼性は確実に低下します。

決算早期化の実務においても、決算・開示担当者だけでなく経理担当者全員が、有価証券報告書や決算短信といった最終成果物を理解し、そこから逆算して決算・開示業務を組み立てる「森を見る視点」が重要になります。

これは監査人の実務判断でも同じです。

売上のカットオフだけを見ていても、収益認識の開示は評価できません。減損テストだけを見ていても、事業計画のガバナンスは評価できません。J-SOXの運用評価だけを見ていても、取締役会・監査役等・内部監査によるモニタリングは評価できません。開示チェックリストだけを見ていても、財務諸表利用者に説明可能な注記になっているかは判断できません。

財務報告の信頼性は、最終開示から逆算して設計する必要があります。

2023年改訂内部統制基準が示した実務上の方向性

2023年4月に公表された改訂内部統制基準・実施基準は、財務報告に係る内部統制を、形式的なJ-SOX評価から実効性あるリスク評価・統制評価へと引き戻すうえで重要な意味を持ちます。

改訂の背景としては、次のような問題意識が示されています。内部統制報告制度は財務報告の信頼性向上に一定の効果があった一方で、評価範囲外で開示すべき重要な不備が明らかになる事例や、内部統制の有効性評価が訂正される際に十分な理由の開示がない事例が見受けられる。評価範囲の検討において、財務報告の信頼性に及ぼす影響の重要性が適切に考慮されていないのではないか、という懸念です。
出典:金融庁|財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準並びに実施基準

また改訂では、内部統制の目的を「財務報告の信頼性」からより広い「報告の信頼性」へ拡張する考え方、不正リスクへの対応、内部統制とガバナンス・全組織的リスク管理との関連性が明確化されました。ただし、金融商品取引法上の内部統制報告制度は、あくまで財務報告の信頼性の確保を目的とするものである点も、あわせて強調されています。
出典:金融庁|財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準並びに実施基準

この整理は、監査実務に二つの示唆を与えます。

第一に、J-SOXの評価範囲は、形式的な売上高基準や過年度の踏襲だけでは足りないということです。重要な虚偽表示リスク、事業環境の変化、不正リスク、IT依存度、非定型取引、見積りの不確実性を踏まえて、評価範囲を説明できなければなりません。

第二に、財務報告に係る内部統制を、経理部門だけの統制として扱ってはならないということです。財務報告の信頼性は、取締役会、監査役等、内部監査、事業部門、IT部門、開示部門、そして会計監査人の連携の中で支えられています。

なお、改訂基準・実施基準は、2024年4月1日以後開始する事業年度における財務報告に係る内部統制の評価及び監査から適用されます。
出典:金融庁|財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準並びに実施基準

三線モデルを財務報告に落とし込む

内部統制基準の実施基準では、内部統制、ガバナンス、全組織的リスク管理に係る体制整備の考え方として、三線モデルが挙げられています。第1線は業務部門内での日常的モニタリング、第2線はリスク管理部門などによる部門横断的なリスク管理、第3線は内部監査部門による独立的評価。そして、これらを取締役会又は監査役等による監督・監視と適切に連携させることが重要とされています。
出典:金融庁|財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準並びに実施基準

これを財務報告に当てはめると、次のようになります。

財務報告上の役割典型的な機能
第1線取引を発生・承認・記録する営業、購買、在庫、固定資産、経理、決算担当部門
第2線ルール、リスク管理、内部統制評価を支える経理企画、J-SOX担当、リスク管理、法務、コンプライアンス、情報システム、開示統制担当
第3線統制の整備・運用状況を独立的に評価する内部監査部門
監督・監視経営者の業務執行と財務報告プロセスを監督・監視する取締役会、監査役等
外部監査財務諸表監査・内部統制監査の観点から評価する会計監査人

実務上の問題は、第1線、第2線、第3線が形式上は存在していても、機能が重なり、責任の所在が曖昧になってしまうことです。

たとえば、J-SOX担当が評価文書を作成し、経理部門がレビューしたことにして、内部監査はほとんど検証しない。内部監査が業務改善の助言に深く入り込み、自らが設計した統制を後になって評価する。事業部門が作成した見積り資料を経理部門が形式的にチェックし、取締役会は結果数値だけを承認する。監査役等には、会計監査人の報告が期末に集中し、リスクの変化がタイムリーに共有されない。

このような状態では、三線モデルは組織図上の整理にとどまります。

監査上は、誰がリスクを識別し、誰が統制を設計し、誰が実行し、誰がレビューし、誰が独立的に評価し、誰に報告しているのか。これを取引・決算・開示の流れに沿って確認していく必要があります。

コーポレートガバナンス開示と財務報告の信頼性

上場会社にとって、コーポレートガバナンスは内部資料だけの問題ではありません。外部に開示され、投資者が比較・判断するための情報でもあります。

東京証券取引所は、実効的なコーポレートガバナンスの実現に資する主要な原則としてコーポレートガバナンス・コードを定めています。プライム市場・スタンダード市場の上場会社はコードの全原則について、グロース市場の上場会社は基本原則について、実施しないものがある場合にはその理由を説明することが求められます。
出典:日本取引所グループ|コーポレートガバナンス・コード

また、コーポレート・ガバナンスに関する報告書は、投資者に各社のガバナンス状況をより明確に伝える手段として位置づけられています。東証は、適切なディスクロージャーに企業経営者が責任をもって取り組むこと、そして企業経営者の独走を牽制する観点から独立性のある社外人材を適切に活用することを、目標として掲げています。
出典:日本取引所グループ|コーポレート・ガバナンスに関する報告書

監査人は、コーポレート・ガバナンス報告書そのものに監査意見を表明するわけではありません。しかし、開示されているガバナンス体制と、実際の財務報告プロセスとの間に乖離があれば、監査上のリスク評価に影響し得ます。

たとえば、報告書では内部監査部門が取締役会・監査役等と連携していると記載されているのに、実際には内部監査報告が経営者止まりで、監査役等には十分共有されていない。報告書では取締役会がリスク管理を監督していると記載されているのに、実際には会計上の見積りや内部統制不備が取締役会で十分に議論されていない。報告書では監査役等と会計監査人の連携を強調しているのに、実際には年数回の定型報告にとどまっている。

こうした乖離は、単なる開示表現上の問題ではありません。財務報告の信頼性を支えるガバナンスの実効性に関わる問題です。

監査上、ガバナンスが弱い会社に見られる兆候

ガバナンスと内部統制の弱さは、期末の監査差異として突然現れるとは限りません。多くの場合、期中の段階から兆候が出ています。

典型的には、次のようなものです。

兆候監査上の意味
重要な見積りが経理部門と経営企画部門だけで作成され、取締役会で仮定まで議論されていない経営者バイアスや事業計画の実現可能性に対する牽制が弱い可能性がある。
内部監査が規程遵守チェック中心で、財務報告リスクやITリスクを扱っていない第3線としての独立的評価が限定的で、J-SOX評価や財務諸表監査に使える情報が不足する可能性がある。
内部統制不備が毎年繰り返され、原因分析が「担当者のミス」で止まっている統制設計、権限、教育、IT、モニタリングの問題が放置されている可能性がある。
監査役等への報告が期末に集中し、リスク評価やKAM候補が早期共有されない監査役等が財務報告プロセスを監視する機会を失っている可能性がある。
決算・開示資料が属人化し、監査依頼資料の根拠が担当者に依存している証拠の再現性、レビュー可能性、監査調書との接続が弱い可能性がある。
子会社・海外拠点の決算情報が遅れ、親会社で十分にレビューされていないグループガバナンスと連結財務報告の信頼性にリスクがある。
IT変更、アクセス権限、外部委託先管理の証跡が弱いIT全般統制に不備があり、業務処理統制の継続的有効性に影響する可能性がある。
経営者の関与する非定型取引や関連当事者取引の承認プロセスが曖昧経営者による内部統制の無効化、不正リスク、開示不備に波及する可能性がある。

これらは、それだけで直ちに重要な虚偽表示を意味するものではありません。

しかし、監査計画、リスク評価、統制リスクの評価、実証手続の範囲、KAM候補、監査役等とのコミュニケーション、審査対応に影響し得る兆候であることは確かです。

経営者による内部統制の無効化は、ガバナンス論点である

内部統制には限界があります。

内部統制基準は、内部統制が適切に整備・運用されていても、判断の誤り、不注意、共謀、環境変化、非定型取引、費用対効果、そして経営者による無効化によって、有効に機能しない場合があるとしています。とりわけ、経営者が不当な目的のために内部統制を無視し、あるいは無効ならしめることがある点は、明示的に指摘されています。
出典:金融庁|財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準並びに実施基準

この論点は、不正監査だけの問題ではありません。ガバナンスの問題です。

経営者が関与する見積り、期末仕訳、非定型取引、関連当事者取引、業績予想、減損判断、税効果判断、のれん評価、子会社管理、開示判断。これらには、通常の業務プロセス統制だけでは対応しきれない領域があります。

そこで機能すべきなのが、取締役会、監査役等、内部監査、内部通報制度、そして会計監査人とのコミュニケーションです。

内部統制基準でも、経営者による内部統制の無効化への対策として、適切な職務分掌、取締役会による監督、監査役等による監査、内部監査人による取締役会及び監査役等への直接的な報告に係る体制等の整備・運用が挙げられています。
出典:金融庁|財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準並びに実施基準

監査人は、経営者による内部統制の無効化という論点を、仕訳テストや会計上の見積りの事後的検討だけに閉じ込めてはいけません。それを抑止するガバナンス構造が、実際に機能しているかどうかまで見る必要があります。

財務報告の信頼性を評価するための実務上の問い

財務報告の信頼性を評価するとき、チェックリストは役に立ちます。しかし、チェックリストだけでは判断できません。

実務では、次の問いを手がかりにすると、制度・統制・監査判断を接続しやすくなります。

1. 誰が財務報告リスクを識別しているか

財務報告リスクの識別が、監査人やJ-SOX担当だけに依存している会社は危険です。

経営者、経理部門、事業部門、内部監査、監査役等、会計監査人が、それぞれの視点からリスクを出しているか。事業環境、ビジネスモデル、KPI、契約条件、IT変更、組織変更、資金繰り、M&A、子会社管理の変化が、財務報告リスクへときちんと変換されているか。

リスク識別が弱ければ、監査計画も内部統制評価も形式化していきます。

2. そのリスクに対して、どの統制が対応しているか

重要な虚偽表示リスクに対して、対応する統制が明確でなければなりません。

収益認識であれば、契約承認、出荷・検収、請求、売上計上、返品・値引、カットオフ、契約変更、注記作成のどこに統制があるのか。減損であれば、兆候判定、グルーピング、事業計画、将来キャッシュ・フロー、割引率、経営会議・取締役会レビューのどこに統制があるのか。税効果であれば、将来課税所得、タックスプランニング、企業分類、実績乖離分析、経営者承認のどこに統制があるのか。

統制活動は、承認印やチェックマークの存在ではなく、リスクに対する対応として説明できる必要があります。

3. 統制は、誰が、いつ、どの証拠に基づいて実施しているか

統制は、設計されているだけでは意味がありません。運用され、証跡が残り、後からレビューできる状態になっている必要があります。

IPO準備の実務では、実質的なコントロールがあっても証跡が残されていないために評価に耐えない、というケースにしばしば出会います。監査で用いることを前提に、会社を指導しなければならない場面です。

これはIPOに限った問題ではありません。上場会社のJ-SOXや財務諸表監査でも同じです。

証跡がない統制は、監査上利用しにくい。レビュー内容が不明な統制は、リスクに対応しているかどうかを判断しにくい。担当者の記憶に依存する統制は、再現性が弱い。

4. 問題が発見されたとき、どこへ報告されるか

不備や異常値が見つかったとき、その情報が誰に届くのかが重要です。

担当者で止まるのか。経理部長まで届くのか。CFOや代表取締役まで届くのか。内部監査、監査役等、取締役会、会計監査人に共有されるのか。

内部統制基準では、財務報告に関するモニタリングの体制として、内部・外部の通報に適切に対応するための体制、そしてモニタリングによって把握された内部統制上の問題が適時・適切に報告される体制の整備が挙げられています。
出典:金融庁|財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準並びに実施基準

問題が上に上がらない会社では、内部統制の不備は、発見されても是正されません。

5. 是正は、担当者教育で終わっていないか

内部統制不備の改善策が「担当者へ周知」「ダブルチェックを徹底」で終わっている場合、原因分析が不十分なことがあります。

なぜ誤りが発生したのか。なぜ既存の統制で発見できなかったのか。なぜレビュー者が見落としたのか。IT制御、権限、データ、マスタ、業務量、スケジュール、教育、評価制度、組織風土に原因はないか。同種の不備が、他部門や子会社にも存在していないか。

是正策は、監査対応のための回答ではありません。翌期の財務報告の信頼性を改善するための行動でなければなりません。

会計上の見積りは、ガバナンスの実効性が最も表れやすい

会計上の見積りは、財務報告の信頼性とガバナンスの関係が、最もよく表れる領域です。

減損、税効果、貸倒引当金、棚卸資産評価、退職給付、資産除去債務、のれん、関係会社投融資評価、訴訟損失引当金。これらは、単なる計算問題ではありません。

見積りは、将来事象、経営計画、仮定、判断、内部統制、開示、監査証拠が重なり合う領域です。そこには経営者の偏向の可能性と見積りの不確実性が常につきまとい、経営者の置いた仮定によって財務諸表に大きな影響が及びます。だからこそ、監査上の重要な論点として扱われることが多いのです。

監査上は、見積り金額だけを見るのではなく、次のガバナンスを確認する必要があります。

  • 事業計画は誰が作成し、誰が承認しているか
  • 実績と計画の乖離は、どの会議体で分析されているか
  • 主要な仮定について、楽観的な前提を置いていないか
  • 取締役会は、結論数値だけでなく、感応度や下振れリスクを理解しているか
  • 監査役等は、経営者の判断と会計監査人の監査対応を確認しているか
  • 内部監査は、見積りプロセスや基礎データの統制を対象にしているか
  • 注記は、翌年度の財務諸表に重要な影響を及ぼすリスクを、利用者が理解できる内容になっているか

見積り監査の弱さは、多くの場合、監査手続の不足だけが原因ではありません。会社側のガバナンスと内部統制の弱さと、どこかでつながっています。

不正リスクは、統制活動よりも統制環境に表れる

不正リスクを見るとき、監査人はどうしても仕訳テストや不正リスク要因のチェックに目が向きがちです。もちろん、それらは必要です。

しかし不正リスクは、統制活動だけでなく、統制環境に表れます。

内部統制基準は、統制環境を、組織の気風を決定し、組織内の全ての者の統制に対する意識に影響を与え、他の基本的要素の基礎となるものと定義しています。その例として、誠実性・倫理観、経営者の意向・姿勢、経営方針・経営戦略、取締役会及び監査役等の機能、組織構造・慣行、権限・職責、人事方針が挙げられています。
出典:金融庁|財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準並びに実施基準

不正リスクが高い会社では、次のような統制環境上の兆候が出やすくなります。

  • 経営者が過度に短期業績を重視している
  • 予算未達に対する説明責任が強すぎ、現場に過大なプレッシャーがかかっている
  • 内部通報が機能していない
  • 長期間同一の担当者が重要業務を担い、ローテーションがない
  • 関連当事者取引や非定型取引が一部の役員に集中している
  • 監査役等や内部監査が経営者に遠慮している
  • 会計監査人への資料提出が遅れ、説明が後追いになる

会計不正の実務を振り返っても、不正実行者以外が取引の詳細を把握しておらず、モニタリングが行われていない。不正実行者が社内で信頼を得て長期間同一業務を担当し、ローテーションがない。こうした構図が繰り返し見られます。

不正リスクは、個別仕訳の異常値だけでなく、組織の空気、権限の集中、沈黙、報告の遮断に現れます。だからこそ、ガバナンスと内部統制を一体で見る必要があるのです。

監査調書に残すべきガバナンス評価

ガバナンスや内部統制の評価を、抽象的なコメントで終わらせるべきではありません。

「監査役等との連携は良好」
「内部監査は一定程度機能している」
「取締役会で承認されている」
「内部統制は概ね整備されている」

このような記載だけでは、後から説明することができません。

監査調書に残すべきなのは、少なくとも次の事項です。

調書化すべき事項具体的な記載内容
ガバナンス構造機関設計、取締役会、監査役等、内部監査、リスク管理、経理・開示部門の関係
財務報告責任者代表取締役、CFO、経理責任者、開示責任者、J-SOX責任者の役割
重要会議体取締役会、監査役会等、経営会議、開示委員会、リスク管理委員会の議題と頻度
重要論点の報告経路見積り、不正リスク、内部統制不備、未修正差異、KAM候補が誰に報告されるか
内部監査の評価内部監査計画、対象領域、財務報告リスクとの関係、指摘事項、フォローアップ
監査役等との連携計画説明、リスク共有、内部統制不備、KAM候補、監査結果報告の内容
統制環境の評価経営者の姿勢、取締役会・監査役等の機能、組織構造、権限、人的資源、倫理観
リスク評価への影響ガバナンス上の強み・弱みが、重要な虚偽表示リスク、統制リスク、監査手続にどう反映されたか
審査対応上の論点重要判断、代替案、未解決事項、専門的見解、監査役等への説明状況

監査調書は、ガバナンスの印象を書き留める場所ではありません。監査判断に影響した事実、評価、結論を残す場所です。

財務報告の信頼性を高めるための実務設計

財務報告の信頼性を高めるには、個別のチェックを増やすだけでは足りません。実務上は、次の五つを一体で設計する必要があります。

1. 最終開示から逆算する

有価証券報告書、計算書類、決算短信、内部統制報告書、コーポレート・ガバナンス報告書。これらの最終形から逆算し、必要な決算資料、根拠資料、レビュー統制、承認プロセスを設計します。

2. 重要論点を会議体に乗せる

会計上の見積り、内部統制不備、不正リスク、重要な開示判断、KAM候補は、経理部門内で処理しません。経営者、取締役会、監査役等、会計監査人との対話に乗せます。

3. 内部監査を財務報告リスクへ接続する

内部監査計画に、収益認識、購買・在庫、決算・開示、IT統制、子会社管理、不正リスク、内部通報、会計上の見積りプロセスを反映します。

4. 不備管理を原因分析まで深掘りする

内部統制不備や監査指摘は、発見事項、影響額、発生可能性、補完統制、根本原因、是正責任者、期限、フォローアップ結果まで管理します。

5. 監査役等・内部監査・会計監査人の情報を統合する

三様監査の会議を、年間行事として消化しません。リスク評価、内部統制不備、重要見積り、KAM候補、開示、監査意見形成に結びつけます。

ここまで設計されて初めて、財務報告の信頼性は、個人の能力や期末の頑張りではなく、組織として説明できるものになります。

まとめ|財務報告の信頼性は、企業統治の成果である

財務報告の信頼性は、経理処理の正確性だけで決まるものではありません。会計監査人の監査手続だけで決まるものでもありません。

経営者が適切な統制環境を作る。取締役会が内部統制と財務報告リスクを監督する。監査役等が独立した立場から経営者の職務執行と財務報告プロセスを監視する。内部監査がリスクと統制を独立的に評価し、改善を促す。経理・開示部門が最終開示から逆算して資料と判断過程を整備する。そして会計監査人が、これらを理解したうえでリスク評価、監査証拠、監査意見形成に反映する。

この連鎖が機能して初めて、財務報告は後から説明できる状態になります。

監査を「作業」ではなく「説明責任を伴う専門的判断」として捉えるのであれば、ガバナンスと内部統制は背景情報ではありません。監査計画、リスク評価、内部統制評価、会計上の見積り、KAM、開示、監査報告、審査対応を支える基礎構造です。

主な出典・根拠

ガバナンス・内部統制・財務報告プロセスの整理に不安がある場合

財務報告の信頼性に関する課題は、経理部門だけで解決できないことが少なくありません。

  • 内部統制評価が形式化している
  • 監査役等への報告が期末に偏っている
  • 内部監査が財務報告リスクに十分接続していない
  • 会計上の見積りやKAM候補について、取締役会・監査役等・会計監査人への説明資料が整理されていない
  • 内部統制不備の原因分析や是正管理が、担当者レベルの対応で止まっている

このような場合、個別論点を切り離して対応するよりも、ガバナンス、内部統制、決算・開示、監査対応を一体で整理することが有効です。

犬飼公認会計士・税理士事務所では、財務報告プロセス、内部統制評価、監査役等・内部監査・会計監査人との連携、会計上の見積り、KAM候補、開示資料の整合性について、後から説明できる判断体系として整理する支援を行っています。

監査対応や内部統制改善が場当たり的になっているとお感じの場合は、現状の資料、会議体、リスク評価、指摘事項を整理したうえで、どうぞご相談ください。

重要事項の振り返り

重要論点振り返り
財務報告の信頼性経理処理や監査手続だけでなく、経営者、取締役会、監査役等、内部監査、会計監査人の役割遂行によって支えられる。
ガバナンス透明・公正かつ迅速・果断な意思決定と、その監督・監視の仕組みであり、財務報告リスクの監督に直結する。
内部統制業務に組み込まれ、組織内の全ての者によって遂行されるプロセスであり、六つの基本的要素から構成される。
経営者の責任財務諸表・開示書類・内部統制の整備運用と評価報告について最終的な責任を負う。
取締役会の役割内部統制の基本方針を決定し、経営者による内部統制の整備・運用を監督する。
監査役等の役割独立した立場から内部統制の整備・運用状況を監視し、会計監査人の監査の方法と結果の相当性を評価する。
内部監査の役割ガバナンス、リスクマネジメント、内部統制を独立的に評価し、改善を促す。
三線モデル第1線、第2線、第3線を取締役会・監査役等の監督・監視と接続して初めて実効性が生まれる。
経営者による内部統制の無効化仕訳テストだけの論点ではなく、取締役会、監査役等、内部監査、通報制度、会計監査人との連携によるガバナンス論点である。
監査判断への影響ガバナンスと内部統制の評価は、リスク評価、統制リスク、実証手続、KAM、監査意見形成、審査対応に影響する。
調書化「良好」「概ね有効」ではなく、役割、会議体、報告経路、リスク評価への影響、未解決事項を具体的に残す必要がある。
実務上の到達点財務報告の重要論点について、会社・監査役等・会計監査人・審査担当者に後から説明できる状態にすることが重要である。
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