IFRS第20号「規制資産及び規制負債」への対応|料金規制会計の実務判断と移行準備

IFRS第20号「規制資産及び規制負債」は、料金規制の対象となる企業にとって、財務報告の見え方を大きく変えうる新しい基準です。

これまでのIFRSには、料金規制によって将来の料金に上乗せできる権利や、逆に将来の料金から差し引かなければならない義務を、財務諸表へどう反映するかを包括的に定めた会計モデルがありませんでした。その結果、規制対象企業が当期に財やサービスを提供していても、対価の一部が将来の料金で回収される場合には、IFRS第15号に基づく収益だけでは、当期の業績や将来キャッシュ・フローの見通しを十分に描き切れないことがありました。

IFRS第20号は、この「時点差異」を財務諸表へ反映するための基準です。具体的には、規制資産・規制負債・規制収益・規制費用を認識し、測定し、表示し、開示していきます。IASBは2026年5月27日に本基準を公表しており、適用開始は2029年1月1日以後開始する事業年度から、早期適用も認められています。位置づけとしては、IFRS第15号「顧客との契約から生じる収益」に基づく情報を補完し、IFRS第14号「規制繰延勘定」を置き換えるものです。
出典:IFRS Foundation|IASB issues IFRS 20 to improve financial reporting for companies subject to rate regulation

日本国内に目を向けると、金融庁は2026年7月10日、IASBが2026年6月30日までに公表した国際会計基準を指定国際会計基準とするための改正案について、パブリックコメントを実施しています。その更新対象には、IFRS第14号の廃止、IFRS第20号の新設、IAS第28号の修正が挙げられています。実際に適用を検討する際には、最終的な告示や適用時期はもちろん、会社法・金融商品取引法上の開示制度、そして監査人との協議状況までを確認しておく必要があります。
出典:金融庁|「連結財務諸表の用語、様式及び作成方法に関する規則に規定する金融庁長官が定める企業会計の基準を指定する件」に対するパブリックコメントの実施について

目次

IFRS第20号は何を解決しようとしているのか

IFRS第20号の核心は、料金規制のもとで「財やサービスを供給した期間」と「顧客に請求する期間」がずれる場合に、そのずれを財務諸表へ反映することにあります。

料金規制のもとでは、企業が顧客に請求できる料金が、規制当局との合意や法令に基づいて決まります。電力・ガス・水道・エネルギー・公共インフラといった領域では、企業が当期に規制対象の財やサービスを提供していても、当期に生じたコストや投資、効率化インセンティブ、品質改善、過不足回収額などが、将来の料金に反映される仕組みが設けられていることがあります。

こうした場合、IFRS第15号に基づいて当期に認識される収益は、当期に供給した規制対象サービスについて企業が経済的に権利を有する補償額と、必ずしも一致しません。IFRS第20号は、料金規制が生み出すこの時点差異を、規制資産・規制負債・規制収益・規制費用として認識します。そうすることで、規制対象企業の財務業績や財政状態、将来キャッシュ・フローの見通しに関する情報を補完していく、というのが基準の考え方です。
出典:IFRS Foundation|Project Summary: IFRS 20 Regulatory Assets and Regulatory Liabilities

ここから分かるように、IFRS第20号は単なる「料金規制業界向けの特殊な基準」ではありません。収益認識、見積り、割引計算、規制契約、法的な権利義務、表示・開示、そして監査証拠までを横断する基準なのです。

IFRS第15号との関係

IFRS第20号は、IFRS第15号を置き換える基準ではありません。

企業は、顧客への財またはサービスの移転について、引き続きIFRS第15号に基づいて収益を認識します。そのうえで、規制上の合意により、当期に供給した規制対象の財・サービスに係る「合計許容補償」が当期のIFRS第15号収益に含まれていない場合、あるいは、将来提供する財・サービスに係る補償がすでに当期のIFRS第15号収益に含まれている場合に、IFRS第20号による規制収益・規制費用を認識します。

つまりIFRS第20号は、IFRS第15号に基づく収益情報に、時点差異の影響を規制収益・規制費用として重ねる形で機能します。これにより、財務諸表の利用者は、当期に供給された規制対象の財・サービスに対する合計許容補償を理解できるようになります。
出典:IFRS Foundation|Project Summary: IFRS 20 Regulatory Assets and Regulatory Liabilities

実務の流れとしては、まずIFRS第15号に沿って、顧客との契約、履行義務、取引価格、収益認識の時点を整理します。そのうえで、料金規制上の合意に基づく合計許容補償と、当期にIFRS第15号で認識される収益との差異を把握し、その差異が規制資産または規制負債の認識につながるかどうかを検討していきます。

この順序を混同すると、「規制料金で請求しているのだから、すべてIFRS第20号の対象になる」という誤解に陥りかねません。IFRS第20号が対象とするのは、規制料金そのものではなく、規制上の補償額とIFRS第15号収益の認識時期との間に生じる時点差異です。ここは丁寧に切り分けておきたいところです。

適用対象となる料金規制

IFRS第20号は、あらゆる価格規制や政府規制に適用されるわけではありません。

対象となるのは、企業が規制上の合意に従うことで、規制資産および規制負債が生じる料金規制の場合です。ここでいう規制上の合意とは、規制当局が顧客に請求する規制料金をどのように決めるかを定め、強制可能な権利と義務の集合を生み出す合意を指します。そして規制当局とは、法令または規制によって規制料金を決定することを求められる主体です。
出典:IFRS Foundation|Project Summary: IFRS 20 Regulatory Assets and Regulatory Liabilities

したがって実務では、「料金が政府や自治体の影響を受ける」「認可料金である」「公共性のある事業だ」というだけでは、判断材料として足りません。IFRS第20号の検討にあたっては、少なくとも次の点を確認しておく必要があります。

  1. 企業と規制当局との間に、規制料金の決定方法を定める強制可能な権利義務が存在するか。
  2. その決定方法が、当期に供給された規制対象の財・サービスについて、企業が権利を有する補償額を定めているか。
  3. その補償額が、当期ではなく過去または将来の規制料金に反映されることで、時点差異が生じるか。
  4. その時点差異が、将来の料金に金額を加算する権利、または将来の料金から金額を控除する義務として、強制可能な現在の権利または義務を生じさせるか。

この確認は、基準の文言を照らし合わせるだけの作業ではありません。規制制度や料金算定要領、認可・承認プロセス、過去の規制当局の判断、行政法・契約法上の強制可能性、料金改定の実務、事業計画、需要リスクまでを含めて整理していく必要があります。

規制資産と規制負債の考え方

IFRS第20号では、規制資産と規制負債を、規制上の合意から生じる「強制可能な現在の権利または義務」として整理します。

規制資産とは、すでに供給した規制対象の財・サービスに係る合計許容補償の一部または全部が、まだIFRS第15号収益に含まれていないために、将来の規制料金の決定において金額を加算できる、強制可能な現在の権利です。反対に規制負債とは、将来供給する規制対象の財・サービスに係る合計許容補償の一部または全部が、すでにIFRS第15号収益に含まれているために、将来の規制料金の決定において金額を控除しなければならない、強制可能な現在の義務です。そして規制収益・規制費用は、これら規制資産・規制負債の変動から生じます。
出典:IFRS Foundation|Project Summary: IFRS 20 Regulatory Assets and Regulatory Liabilities

ここで押さえておきたいのは、規制資産・規制負債が、単なる将来売上への期待や政策的な見込みではない、という点です。将来の料金に反映されることについて、規制上の合意に基づく強制可能な権利または義務が存在していなければなりません。

たとえば、規制当局が将来の料金改定の際に過去の過不足回収額を考慮する慣行があるとしても、その慣行が法令、規制、契約、過去の決定、裁判例、行政判断などによってどこまで強制可能なのかを確かめる必要があります。「将来おそらく認められるだろう」という見込みだけでは、規制資産の認識根拠としては弱いことがあるのです。

認識判断で確認すべき事項

IFRS第20号では、企業は原則として、報告期間末に存在するすべての規制資産・規制負債と、報告期間中に生じたすべての規制収益・規制費用を認識します。ただし、規制資産・規制負債の存在には不確実性が伴うため、存在する可能性が「ない場合より高い」ときに認識するという認識閾値が設けられています。
出典:IFRS Foundation|Project Summary: IFRS 20 Regulatory Assets and Regulatory Liabilities

この認識判断にあたっては、次のような情報を整理しておくことになります。

  • 適用される法令、規制、料金算定規則
  • 規制当局の決定、承認、通知、暫定見解
  • 過去の料金改定実績
  • 同一規制当局における類似事案の取扱い
  • 同一法域における他の規制当局の判断
  • 発生した許容費用、過不足回収額、実績データ
  • 規制専門家、法律専門家、技術専門家の見解
  • 料金改定申請の提出状況、承認見込み、反対意見
  • 需要リスク、信用リスク、制度変更リスク

監査対応という観点では、「規制資産を計上したい」という結論から入るのではなく、規制上の合意がどのような権利を生じさせ、その権利がどの事実とどの法的根拠に支えられて強制可能といえるのかを、丁寧に文書化しておくことが求められます。

合計許容補償と時点差異

IFRS第20号の実務判断でとりわけ重要になるのが、合計許容補償と時点差異の整理です。

合計許容補償とは、企業が報告期間に供給した規制対象の財・サービスに対して、規制上の合意に基づき、顧客から規制料金を通じて請求する権利を有する補償額を指します。この合計許容補償は、許容費用、規制上のリターン、業績インセンティブ、インフレ補償、許容収益の過不足回収などを通じて構成されることがあります。
出典:IFRS Foundation|Project Summary: IFRS 20 Regulatory Assets and Regulatory Liabilities

時点差異が生じるのは、当期に供給した規制対象の財・サービスに係る合計許容補償の一部または全部が、当期ではなく別の期間の規制料金に含まれる場合です。たとえば、当期の実績コストが料金設定時の見積コストを上回り、その不足回収額を翌期以降の料金に加算できるのであれば、当期に規制資産が生じる可能性があります。逆に、当期の料金に将来のサービスに係る補償が含まれているのであれば、将来の料金から控除する義務として規制負債が生じる可能性があります。

ここで大切なのは、IFRS第15号の収益認識と、IFRS第20号の規制収益・規制費用とを切り分けることです。IFRS第15号収益は、あくまで顧客との契約に基づく収益です。一方の規制収益・規制費用は、規制上の合意によって発生する時点差異を、業績の期間帰属に反映するためのものです。

規制資本ベースと直接関係の判断

料金規制では、規制資本ベースに対して規制上のリターンや規制上の減価償却を認める仕組みが多く見られます。この領域は、IFRS第20号の認識判断のなかでも、特に慎重な検討を要するところです。

規制資本ベースに係る規制上の減価償却から生じる規制資産・規制負債については、規制資本ベースと関連項目との間に直接関係がある場合に限って認識します。直接関係があるかどうかは、規制上の減価償却が、関連項目から生じる金額に対する補償または控除を、金額および報告期間ごとに追跡できるかどうかによって判断されます。
出典:IFRS Foundation|Project Summary: IFRS 20 Regulatory Assets and Regulatory Liabilities

実務では、規制資本ベースがIFRS上の有形固定資産・無形資産とどの程度対応しているかを確認していきます。規制資本ベースの資産区分、耐用年数、償却方法、投資の認定範囲、除却・売却・減損の扱いが、IFRS財務諸表上の資産情報と大きく食い違っている場合には、直接関係の判断はそれだけ難しくなります。

さらに、規制資本ベースのなかに、固定資産だけでなく、過去の費用、性能インセンティブ、政策的調整額、効率化調整、需要変動調整などが混在していると、規制上の減価償却が何に対する補償なのかを追跡できるかどうかが問題になってきます。

この論点は、単に計算表を作る作業ではなく、規制会計とIFRS会計の対応関係そのものを設計する作業だといえます。監査の場面でも、規制資本ベースとIFRS上の関連項目との照合、差異分析、差異が生じる理由、そして直接関係があると判断した根拠が問われやすい領域です。

測定はキャッシュ・フロー・ベースで行う

IFRS第20号では、規制資産および規制負債を、原則としてキャッシュ・フロー・ベースの測定技法で測定します。企業は、規制資産の回収または規制負債の履行から生じる将来キャッシュ・フローを見積り、規制上の利率を用いて割り引きます。将来キャッシュ・フローの金額や時期に不確実性がある場合には、最頻値または期待値のうち、最終的に発生するキャッシュ・フローをよりよく予測できると見込まれるほうを用います。
出典:IFRS Foundation|Project Summary: IFRS 20 Regulatory Assets and Regulatory Liabilities

測定の実務では、次のような見積りが重要になります。

  • 将来の料金改定に反映される金額
  • 反映される時期
  • 需要量、販売量、契約数量
  • 回収不能、需要減少、規制変更による回収リスク
  • 規制上の利息の付与条件
  • 規制上の利率
  • 規制資産または規制負債と関連する資産・負債の差異
  • 税効果への影響
  • 外貨建て規制料金の場合の機能通貨・換算影響

とりわけ、規制資産は「将来の料金で回収できる」とはいっても、実際のキャッシュ・フローは将来の需要量や料金改定の承認状況に左右されます。需要リスクや信用リスクが規制資産側に存在する場合には、そのリスクを測定にどう織り込むかを検討しておく必要があります。

また、当初認識の後は、新しい情報や事実・状況の変化に応じて、将来キャッシュ・フローの金額・時期の見積りを更新していきます。ただし割引率については、当初認識時に決定したものを、規制上の合意によって規制上の利率が変更されない限り、原則として継続して使います。
出典:IFRS Foundation|Project Summary: IFRS 20 Regulatory Assets and Regulatory Liabilities

簡便的な測定アプローチ

IFRS第20号には、規制料金が現金の支払または受取の時点でのみ調整される一定の項目について、簡便的な測定アプローチが用意されています。

たとえば、確定給付制度の退職給付に関する支払額が、給付を支払った時点で規制料金に反映されるケースです。この場合、IFRS上はIAS第19号に基づく退職給付債務が先に認識され、規制上の回収は将来の現金支払時に料金へ反映される、という時間差が生じます。こうした項目については、関連する負債または資産の帳簿価額を基礎としながら、規制資産・規制負債に固有のリスク差異を調整して測定するアプローチが示されています。
出典:IFRS Foundation|Project Summary: IFRS 20 Regulatory Assets and Regulatory Liabilities

この論点は、従業員給付をはじめ、資産除去債務、環境負債、訴訟関連費用、税金、リストラクチャリング費用など、IFRS上の費用認識時期と規制上の回収時期がずれる項目で問題になりやすいと考えられます。

実務では、関連するIFRS上の資産・負債の帳簿価額をそのまま規制資産・規制負債に置き換えてしまうのではなく、両者のリスク、回収時期、規制上の利息、将来需要、規制当局の承認条件の違いを、一つずつ確認していくことが欠かせません。

表示上の実務論点

IFRS第20号では、規制収益および規制費用を原則として収益に分類し、純損益計算書上は、規制収益から規制費用を控除した純額で表示することが求められます。規制資産および規制負債は、財政状態計算書上の表示科目として表示します。IFRS第18号に従って流動・非流動表示を用いる場合には、規制資産・規制負債についても流動・非流動に区分します。
出典:IFRS Foundation|Project Summary: IFRS 20 Regulatory Assets and Regulatory Liabilities

表示上のポイントは、規制収益・規制費用が、IFRS第15号収益と密接に関わりながらも、顧客との契約から生じる収益そのものではない、という点にあります。

財務諸表の利用者にとって重要なのは、当期のIFRS第15号収益、規制収益・規制費用、合計としての収益、そして規制資産・規制負債の増減が、互いにどう関連しているかです。表示科目を追加するだけでは、規制上の補償構造が読み取れず、開示として不十分になりかねません。

また、OCIに認識される項目に関連する規制収益・規制費用は、OCIに含めることが求められます。たとえば、退職給付債務の再測定がOCIに認識され、その影響が将来の規制料金で回収・控除される場合には、関連する規制収益・規制費用もOCIで処理することが検討対象になります。
出典:IFRS Foundation|Project Summary: IFRS 20 Regulatory Assets and Regulatory Liabilities

開示は「金額」だけでなく「回収可能性」を説明する

IFRS第20号の開示では、規制収益・規制費用が財務業績と将来キャッシュ・フローにどのような示唆を与えるか、また規制資産・規制負債が財政状態と将来キャッシュ・フローの金額・時期・不確実性にどう影響するかを説明することが重要になります。

開示の目的は、財務諸表の利用者が、認識された規制資産・規制負債・規制収益・規制費用の金額、未認識の規制資産・規制負債の内容とその理由、規制資本ベースと関連項目との関係などを理解できるようにすることにあります。具体的な開示例としては、規制資産・規制負債の期首から期末への調整表、回収・履行時期に関する満期分析、不確実性の影響、未認識の規制資産・規制負債、規制資本ベースとの直接関係の有無や判断理由などが挙げられています。
出典:IFRS Foundation|Project Summary: IFRS 20 Regulatory Assets and Regulatory Liabilities

この開示は、単なる残高表では足りません。規制資産は、将来の料金で回収されることを通じてキャッシュ・フローへと転化する性質を持っています。ですから利用者は、「いくらあるのか」だけでなく、「いつ、どの程度の確実性で回収されるのか」を知る必要があるのです。

実務上は、次のような開示設計が求められます。

  • 規制上の合意の性質
  • 規制料金の決定方法
  • 規制資産・規制負債の発生原因
  • 規制収益・規制費用の内訳
  • 期首残高から期末残高への調整
  • 回収・履行時期の満期分析
  • 需要リスク、信用リスク、規制変更リスク
  • 未認識項目の内容と理由
  • 規制資本ベースとIFRS資産との関係
  • 直接関係がある、またはないと判断した理由
  • 重要な見積りと感応度

開示の実務では、規制当局向けの資料をそのまま注記に転用するのではなく、財務諸表の利用者が企業の業績、財政状態、将来キャッシュ・フローを理解するための情報へと組み替えていく作業が必要になります。

IFRS第14号からの移行

IFRS第14号「規制繰延勘定」は、IFRS初度適用企業が、一定の条件のもとで、従前の会計基準による規制繰延勘定の会計処理を継続することを認める暫定的な基準でした。その範囲に含まれる初度適用企業は、IFRS採用時に、従前GAAPに従った規制繰延勘定残高の会計処理を続けることが認められていました。
出典:IFRS Foundation|IFRS 14 Regulatory Deferral Accounts

IFRS第20号は、このIFRS第14号を置き換える基準です。したがって、IFRS第14号を適用してきた企業は、従前GAAPベースの規制繰延勘定をそのまま続けるという発想から、IFRS第20号の認識・測定・表示・開示モデルに基づく規制資産・規制負債へと移行していく必要があります。

移行にあたっては、IAS第8号に従った遡及適用、または修正遡及アプローチのいずれかを選択できます。どちらを採る場合でも、IFRS第20号を最初に適用する期間の直前期間について、調整後の比較情報を表示しなければなりません。なお、初度適用企業にも、修正遡及アプローチの利用が認められています。
出典:IFRS Foundation|Project Summary: IFRS 20 Regulatory Assets and Regulatory Liabilities

移行対応では、過去の規制データ、料金改定履歴、規制資本ベース、IFRS上の資産・負債データ、見積りの前提、規制上の利率、過不足回収額の履歴を、遡って整備しておく必要があります。適用初年度の直前期比較情報が求められるため、2029年適用の企業であっても、実務上はそれより前からデータ収集と影響分析を進めておくことが望まれます。

監査対応で深掘りされやすい論点

IFRS第20号の監査対応では、次の論点が特に重要になります。

料金規制がIFRS第20号の対象となるか

規制対象事業であること、それだけでは十分ではありません。規制上の合意が強制可能な権利義務を生み、規制料金の決定方法を定め、時点差異を発生させているかどうかを確認する必要があります。

規制資産・規制負債が存在するか

存在の判断には、法令、規制上の合意、過去の規制当局の決定、料金改定実績、専門家意見といった証拠が欠かせません。存在に不確実性がある場合には、認識閾値を満たすかどうかを文書化しておく必要があります。

合計許容補償の算定が適切か

許容費用、規制上のリターン、インセンティブ、過不足回収、インフレ調整、罰則的控除などが、それぞれどの期間の補償または控除に該当するのかを整理する必要があります。

規制資本ベースとIFRS資産の関係が説明できるか

規制資本ベースとIFRS上の資産・負債が一致しない場合には、差異の内容、直接関係の有無、追跡可能性を説明できるようにしておく必要があります。

将来キャッシュ・フローの見積りが合理的か

需要見通し、料金改定時期、回収期間、規制当局の承認可能性、信用リスク、需要リスク、規制制度の変更リスクを反映した見積りが求められます。

開示が財務諸表利用者にとって十分か

規制資産・規制負債の残高だけでなく、発生原因、回収・履行時期、不確実性、未認識項目、規制資本ベースとの関係まで説明できているかどうかが問われます。

内部統制・決算プロセスへの落とし込み

IFRS第20号は、会計処理だけでなく、決算プロセスそのものにも影響します。

料金規制に関する情報は、経理部門だけで完結するものではありません。規制対応部門、事業部門、料金算定部門、法務部門、税務部門、予算管理部門、設備投資管理部門、そして場合によっては外部の専門家や規制当局とのやり取りまでが関わってきます。

実務上は、次のような内部統制を整えておく必要があります。

  • 規制上の合意・法令改正の把握プロセス
  • 料金改定申請・承認情報の収集プロセス
  • 過不足回収額の算定プロセス
  • 規制資本ベースとIFRS資産台帳の照合プロセス
  • 規制上の減価償却とIFRS減価償却の差異分析
  • 将来キャッシュ・フロー見積りの承認プロセス
  • 規制上の利率の確認プロセス
  • 規制資産・規制負債の期首・期末調整表の作成プロセス
  • 未認識項目の把握と判断プロセス
  • 注記作成と監査証拠の保管プロセス

IFRS第20号への対応は、単年度の仕訳だけで乗り切れるものではありません。規制情報を決算情報へと変換していくための、継続的なデータフローを整えておくことが重要です。

導入前に実施すべき影響評価

IFRS第20号への対応は、次の順序で進めると整理しやすくなります。

1. 対象事業の棚卸し

まずは、グループ内に料金規制の対象となる事業があるかどうかを確認します。電力、ガス、水道、通信、交通、公共インフラ、エネルギー、廃棄物処理、サービス委譲契約など、規制料金が関係する事業について、制度と契約を棚卸ししていきます。

2. 規制上の合意の分析

規制上の合意が、強制可能な権利義務を生み出しているか、料金の算定方法を定めているか、時点差異を発生させているかを確認します。規制当局の承認を得る実務がある場合には、その承認における裁量の程度も重要な論点になります。

3. 時点差異の識別

合計許容補償とIFRS第15号収益を比較し、過去または将来の料金に反映される差異を識別します。過不足回収、許容費用、投資回収、業績インセンティブ、需要調整、インフレ調整などを、期間別に整理していきます。

4. 規制資本ベースの分析

規制資本ベースとIFRS上の資産台帳を突き合わせ、資産区分、取得価額、除却、減損、耐用年数、償却方法、資産化範囲の差異を把握します。直接関係を判断するには、その差異を説明できるだけの粒度のデータが必要です。

5. 測定モデルの構築

規制資産・規制負債ごとに、将来キャッシュ・フロー、回収・履行期間、規制上の利率、需要リスク、信用リスク、規制リスクを反映した測定モデルを設計します。

6. 表示・開示方針の設計

IFRS第18号による財務諸表表示の変更とあわせて、規制収益・規制費用や規制資産・規制負債の表示科目、流動・非流動分類、注記構成、調整表、満期分析を設計します。

7. 監査人との事前協議

IFRS第20号は新しい基準であり、企業側・監査人側ともに実務判断の蓄積はまだ限られています。適用対象、認識、測定、直接関係、比較情報、開示方針について、早い段階から監査人と協議しておくことが大切です。

専門家相談前に整理しておきたい資料

IFRS第20号について専門家に相談する際には、次の資料をあらかじめ整理しておくと、検討の質が大きく高まります。

  • 対象事業一覧
  • 適用される法令、規制、料金算定規則
  • 規制当局との合意、認可、通知、決定文書
  • 料金改定申請書、承認書、過去の料金改定履歴
  • 規制上の収益・費用・過不足回収額の計算資料
  • 規制資本ベースの明細
  • IFRS上の固定資産台帳・無形資産台帳
  • 規制上の減価償却とIFRS減価償却の差異分析
  • 需要予測、事業計画、投資計画
  • 規制上の利率、リターン算定資料
  • 過去の規制当局との協議記録
  • 既存のIFRS第15号収益認識メモ
  • IFRS第14号適用の有無と過去の会計方針
  • 監査人との協議状況

IFRS第20号は、規制制度を理解しなければ会計処理を判断できない基準です。会計メモにおいても、基準の要件を並べるだけでなく、規制上の合意からどのような権利義務が生じ、その権利義務がどの期間の財務業績・財政状態に反映されるべきかを、明確にしておく必要があります。

IFRS第20号対応で注意すべき誤解

規制対象企業なら必ず適用対象になるという誤解

料金や事業が規制されているだけでは足りません。IFRS第20号の対象となるには、規制上の合意が規制資産・規制負債を生じさせている必要があります。

将来料金で回収できそうなら規制資産になるという誤解

規制資産は、将来の料金に金額を加算できる強制可能な現在の権利です。単なる期待や政策的な可能性、将来交渉の余地だけでは、認識の根拠として十分ではありません。

IFRS第15号収益を修正する基準だという誤解

IFRS第20号は、IFRS第15号収益を置き換えるものではありません。規制収益・規制費用を通じて、時点差異の影響を補完する基準です。

規制会計の数字をそのままIFRSに持ち込めるという誤解

規制会計は、あくまで料金決定を目的とする制度であり、IFRS財務報告とは目的が異なります。規制上の資本ベース、償却、費用認定、リターンをIFRS上どう解釈するかについては、別途の判断が必要です。

開示は残高表だけで足りるという誤解

IFRS第20号の開示では、金額だけでなく、発生原因、回収・履行時期、不確実性、未認識項目、規制資本ベースとの関係まで説明する必要があります。

まとめ

IFRS第20号は、料金規制の対象となる企業にとって、収益、資産、負債、OCI、注記、内部統制、監査対応を横断する重要な新基準です。

その本質は、規制料金の制度を財務諸表へ機械的に持ち込むことにはありません。規制上の合意が生み出す強制可能な権利義務を識別し、当期に供給した規制対象の財・サービスに係る合計許容補償を、IFRS第15号収益とIFRS第20号の規制収益・規制費用によって説明できるようにすること——ここにこそ、この基準の眼目があります。

実務対応としては、対象事業の棚卸し、規制上の合意の分析、時点差異の識別、規制資本ベースとIFRS資産の関係整理、将来キャッシュ・フローの測定、表示・開示設計、そして監査人との協議を、早めに進めていく必要があります。とりわけ、2029年の適用であっても比較情報や移行データの整備が必要になるため、対象企業においては早期の影響評価が重要になります。

犬飼公認会計士・税理士事務所では、IFRS第20号を含む新基準への対応、料金規制会計、IFRS第15号との関係整理、規制資産・規制負債に関する会計メモの作成、表示・開示方針、監査対応資料の整備について、基準の解説にとどまらず、実務で説明できる判断へと落とし込む観点から支援しています。料金規制の対象事業へのIFRS第20号の影響を整理したい、規制資本ベースとIFRS財務諸表の差異を把握したい、監査人との協議前に論点を整理しておきたい——このようなご要望がありましたら、犬飼公認会計士・税理士事務所HPのお問い合わせページからお気軽にご相談ください。

振り返り

論点実務上のポイント
IFRS第20号の目的料金規制による時点差異を、規制資産・規制負債・規制収益・規制費用として財務諸表に反映する
適用時期2029年1月1日以後開始する事業年度から適用。早期適用も可能
IFRS第15号との関係IFRS第15号収益を置き換えるのではなく、規制収益・規制費用により情報を補完する
IFRS第14号との関係IFRS第20号はIFRS第14号「規制繰延勘定」を置き換える
適用対象規制上の合意により規制資産・規制負債が生じる料金規制対象企業
規制資産すでに供給した規制対象サービスに係る補償額を、将来料金に加算する強制可能な現在の権利
規制負債将来供給する規制対象サービスに係る補償額がすでに料金に含まれており、将来料金から控除する強制可能な現在の義務
認識判断規制上の合意、法令、規制当局の決定、過去実績、専門家見解に基づき、存在する可能性を評価する
測定将来キャッシュ・フローを見積り、規制上の利率を用いて割り引く
規制資本ベースIFRS上の資産・負債との直接関係を追跡できるかが重要
表示規制収益・規制費用は原則として収益に分類し、規制資産・規制負債は財政状態計算書に表示する
開示調整表、満期分析、不確実性、未認識項目、規制資本ベースとの関係を説明する
移行対応遡及適用または修正遡及アプローチを選択可能。直前期の調整後比較情報が必要
監査対応適用対象、強制可能性、測定前提、直接関係、開示十分性を証拠化する必要がある
内部統制規制情報を決算情報へ変換する継続的なデータ収集・承認・レビュー体制が必要
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