J-SOX評価範囲の決定と見直し|重要な事業拠点・業務プロセスをどう判断するか

内部統制報告制度において、評価範囲の決定は、単なる初期設定ではありません。

どの事業拠点を評価対象に含めるか。どの勘定科目を、企業の事業目的に大きく関わるものと見るか。どの業務プロセスを個別に追加するか。どの範囲を評価対象外とし、その判断をどう説明するか。そして、期中の変化や不備の発見を受けて、どこまで評価範囲を見直すか。

これらの判断は、J-SOX上の評価作業の効率性にとどまりません。財務諸表監査における重要な虚偽表示リスクの評価、内部統制への依拠、実証手続の範囲、監査役等への報告、内部統制報告書の記載、さらには監査法人内の審査・レビュー対応にまで影響します。

評価範囲を広げすぎれば、形式的な評価作業が膨張し、重要な論点に監査資源を投入しにくくなります。反対に、狭くしすぎれば、財務報告に重要な影響を及ぼすリスクを評価対象外に置いたまま、有効性を判断することになりかねません。

この点について、2023年4月に公表された改訂内部統制基準・改訂実施基準は、明確な整理を示しました。「売上高等のおおむね3分の2」や「売上、売掛金及び棚卸資産の3勘定」を機械的に適用すべきでないことが、はっきりと打ち出されたのです。改訂基準・改訂実施基準は、2024年4月1日以後開始する事業年度における財務報告に係る内部統制の評価及び監査から適用されています。
出典:金融庁・企業会計審議会|財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準並びに財務報告に係る内部統制の評価及び監査に関する実施基準の改訂について(意見書)

本稿では、内部統制報告制度における評価範囲の決定と見直しについて、制度上の考え方にとどまらず、監査実務で説明可能な判断軸として整理します。

目次

評価範囲の決定は、J-SOXの「作業範囲」ではなく「判断範囲」である

J-SOXの評価範囲は、評価作業をどこまで実施するかという実務上の範囲を示すだけのものではありません。

より本質的には、経営者が「財務報告の信頼性に重要な影響を及ぼすリスクをどこに見ているか」を外部に説明するための範囲です。

評価範囲を決めるということは、次の判断を行うことを意味します。

まず、連結グループ全体の中で、財務報告に重要な影響を及ぼす会社、事業、拠点、業務を識別すること。

次に、財務諸表の表示及び開示、重要な勘定科目、取引、会計上の見積り、IT、決算・財務報告プロセスとの関係を踏まえて、評価対象とする業務プロセスを選定すること。

さらに、評価対象外とした範囲についても、その除外が財務報告の信頼性に重要な影響を及ぼさないと説明できる状態にすること。

つまり、評価範囲の決定は、「どこを評価するか」だけでなく、「どこを評価しないか」を含む判断なのです。

ここを形式的に処理してしまうと、RCMや評価調書は整っているように見えても、内部統制報告制度の目的からは外れていきます。内部統制評価は、財務報告リスクと対応する統制を結びつけるものです。だからこそ、典型的な業務フローを理解し、リスクと内部統制の関係を把握することが欠かせません。業務フローを知らずにリスクを特定することは難しく、まず業務フローを理解し、その中でどのようなリスクが生じるかを考える必要があります。

2023年改訂が評価範囲に投げかけた問題意識

2023年改訂の背景には、内部統制報告制度の実効性に対する問題意識があります。

制度導入後、財務報告の信頼性向上に一定の効果があった一方で、経営者による内部統制評価の範囲外から開示すべき重要な不備が明らかになる事例や、内部統制の有効性評価が訂正される際に十分な理由開示がない事例が見られました。こうした状況は、経営者が評価範囲の検討にあたり、財務報告の信頼性に及ぼす影響の重要性を適切に考慮していないのではないか、という問題意識につながっています。

改訂意見書でも、経営者が内部統制の評価範囲を決定するにあたり、財務報告の信頼性に及ぼす影響の重要性を適切に考慮すべきことが、改めて強調されました。具体的には、重要な事業拠点や業務プロセスを選定する指標として例示されている「売上高等のおおむね3分の2」や「売上、売掛金及び棚卸資産の3勘定」を、機械的に適用すべきでないことが明確化されています。
出典:金融庁・企業会計審議会|財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準並びに財務報告に係る内部統制の評価及び監査に関する実施基準の改訂について(意見書)

もっとも、この改訂は、従来の実務を全て否定するものではありません。売上高を指標にすることや、おおむね3分の2という考え方を出発点にすること自体が、直ちに不適切になるわけではないのです。

問題は、それを「なぜその会社にとって合理的なのか」を検討せずに適用してしまうことにあります。

たとえば、売上高が財務報告上の重要性をよく表す会社もあります。一方で、利益率の差が大きいグループ、金融商品や不動産など資産規模が重要な会社、税効果や減損など見積りの影響が大きい会社、M&Aや海外子会社を多く抱える会社、特定の事業にリスクが集中している会社では、売上高だけで評価範囲を説明できないことがあります。

評価範囲の決定は、形式的な数値基準の適用ではなく、財務報告リスクの所在を説明する判断です。

評価範囲を決める基本単位

内部統制報告制度における評価範囲は、大きく次の層で考える必要があります。

全社的な内部統制の評価範囲

会社及び連結子会社、持分法適用会社を含む企業集団のうち、財務報告の信頼性に及ぼす影響の重要性の観点から、どこまで全社的な内部統制を評価するかという問題です。

決算・財務報告プロセスの評価範囲

単体決算、連結決算、決算整理仕訳、注記、開示基礎資料、経営者レビュー、監査対応資料など、財務報告を作成するプロセス全体に関わります。

業務プロセスに係る内部統制の評価範囲

販売、購買、在庫、固定資産、資金、原価計算、金融商品、税効果、退職給付、引当金、リース、ヘッジ取引、連結パッケージなど、財務諸表項目と直接つながる業務プロセスを対象とします。

ITに係る統制の評価範囲

業務処理統制、IT全般統制、システム変更、アクセス管理、外部委託、クラウド利用、システム生成レポートの信頼性、データ抽出の完全性などが関係します。

このうち、評価範囲の決定で特に問題になりやすいのが、重要な事業拠点の選定と、業務プロセスの追加判断です。

重要な事業拠点は、何を「重要」と見るかで変わる

重要な事業拠点を選定する際には、連結財務諸表における売上高その他の指標を利用し、一定割合を基準として選定する実務が一般的です。

ただし、現在の実務では、単に「売上高の大きい順に足し上げて3分の2に達したから足りる」と考えるのでは不十分です。

内部統制府令ガイドラインでは、内部統制報告書における財務報告に係る内部統制の評価範囲について、会社並びに連結子会社及び持分法適用会社に関し、財務報告の信頼性に及ぼす重要性の観点から必要な範囲を評価範囲とした旨を記載することとされています。あわせて、評価範囲を決定した手順・方法等として、金額的及び質的影響の重要性を考慮し、全社的な内部統制の評価結果を踏まえて、業務プロセスに係る内部統制の評価範囲を合理的に決定した旨などを記載するものとされています。

さらに、売上高その他の指標の一定割合を基準として重要な事業拠点を選定する場合には、その指標及び一定割合、当該重要な事業拠点における企業の事業目的に大きく関わる勘定科目なども併せて記載することに留意するとされています。
出典:金融庁|内部統制報告制度に関するQ&A

ここで重要なのは、評価範囲の決定が「連結売上高の一定割合」という数値だけで完結しないということです。

事業拠点の重要性は、少なくとも次の観点から検討する必要があります。

  • 売上高が財務報告上の影響を適切に表すか
  • 営業利益、税引前利益、総資産、棚卸資産、金融資産、固定資産、純資産など、別の指標を併用すべきか
  • 赤字拠点や高利益率拠点が、売上高基準では過小評価されていないか
  • 見積りや非定型取引が集中する拠点が、評価対象外になっていないか
  • 海外子会社、買収子会社、新規事業、撤退予定事業、重要な外部委託先を含むプロセスが適切に考慮されているか
  • 不正リスクや経営者による内部統制の無効化リスクが高い拠点を見落としていないか
  • 過年度の誤謬、訂正、監査指摘、内部監査指摘が評価範囲に反映されているか

評価範囲を説明する際には、「どの指標を使ったか」だけでなく、「なぜその指標が当該会社グループの財務報告リスクを表すものとして合理的なのか」を示す必要があります。

「売上高のおおむね3分の2」は出発点であって結論ではない

売上高のおおむね3分の2という考え方は、実務上、重要な事業拠点を絞り込むための出発点として機能してきました。

しかし、2023年改訂後の実務では、これを結論として扱うのではなく、仮説として扱うべきです。

売上高を基準とする場合でも、次のような検討が求められます。

まず、連結グループの事業構造を確認します。単一事業なのか、複数事業なのか。事業ごとの収益性、資産構成、会計処理、リスクプロファイルに大きな差があるか。販売型の事業なのか、受注型の事業なのか、あるいは金融資産や固定資産が重要な事業なのか。

次に、売上高以外の指標が必要かを確認します。利益率の差が大きい場合、売上高の小さい高利益率事業を見落とす可能性があります。資産評価が重要な場合、総資産や棚卸資産、固定資産、金融商品残高などを見なければ、財務報告リスクを捉えきれないことがあります。税効果や減損のように、損益だけでなく将来キャッシュ・フローや課税所得の見積りが重要となる場合には、売上高基準だけでは不十分です。

さらに、評価対象外となる拠点に質的重要性がないかを確認します。金額的には小さい拠点でも、非定型取引、関連当事者取引、外貨建取引、デリバティブ、外部委託、システム移行、決算人員の不足、ガバナンス上の弱点がある場合には、評価対象に追加する必要が生じます。

したがって、実務上の結論は、「3分の2を満たしたか」ではありません。「財務報告の信頼性に重要な影響を及ぼす範囲を、金額的・質的に見て合理的に捕捉しているか」が問われます。

重要な勘定科目は、会社の事業目的とリスクから選ぶ

重要な事業拠点を選定した後は、当該拠点における企業の事業目的に大きく関わる勘定科目に至る業務プロセスを評価対象とします。

一般的な事業会社では、売上、売掛金、棚卸資産が例示されることの多い領域です。しかし、これも機械的に適用すべきものではありません。

重要な勘定科目は、会社の事業目的、ビジネスモデル、収益構造、資産構成、会計処理の複雑性によって変わります。

たとえば、販売取引が中心の会社では、売上高、売掛金、棚卸資産が重要になりやすいでしょう。製造業では、原価計算、仕掛品、棚卸評価、製造間接費配賦が重要になることがあります。不動産、建設、ソフトウェア、金融、リース、ヘッジ取引、退職給付、税効果、減損などの領域では、売上・売掛金・棚卸資産だけでは評価範囲を説明できないことがあります。

ヘッジ取引に係る業務プロセスについても、財務報告への影響を勘案して、個別に評価対象へ追加することが考えられます。ヘッジ取引に係る業務プロセスは、ヘッジ対象に係る業務プロセスと一体として識別されることもあり、ヘッジの有効性判定まで含めて検討する必要があります。

重要な勘定科目を選定する際には、次の問いが有効です。

  • その勘定科目は、会社の事業目的とどのように結びついているか
  • その勘定科目には、発生、実在、網羅性、評価、期間帰属、表示・開示のどのアサーションにリスクがあるか
  • その金額は、単に大きいだけでなく、見積り、判断、非定型性、不正リスクを含んでいるか
  • 関連する業務プロセスは、システム、承認、照合、レビュー、証憑、マスタ管理によって適切に統制されているか
  • 財務諸表監査上の重要な虚偽表示リスクと整合しているか

J-SOX評価範囲の判断と、財務諸表監査上のリスク評価が大きくずれている場合には、その理由を説明できる必要があります。

評価対象に追加すべき業務プロセス

重要な事業拠点に含まれない拠点であっても、財務報告への影響を勘案して重要性の大きい業務プロセスは、個別に評価対象へ追加する必要があります。

金融庁の内部統制報告制度に関するQ&Aでは、選定した重要な事業拠点にかかわらず、それ以外の事業拠点を含めた範囲について、重要な虚偽記載の発生可能性が高く、見積りや予測を伴う重要な勘定科目に係る業務プロセスや、リスクが大きい取引を行っている事業または業務に係る業務プロセスを、財務報告への影響を勘案して重要性の大きい業務プロセスとして評価対象に追加する例が示されています。
出典:金融庁|内部統制報告制度に関するQ&A

追加検討が必要となる業務プロセスには、典型的には次のようなものがあります。

会計上の見積りを伴うプロセス

減損、税効果、退職給付、引当金、金融商品の時価、棚卸資産評価、貸倒引当金などです。これらは経営者判断、将来予測、仮定、基礎データの信頼性が重要であり、内部統制が弱い場合には財務諸表全体への影響が大きくなります。

非定型・不規則な取引を扱うプロセス

M&A、組織再編、関連当事者取引、特殊な売上取引、複合契約、資金取引、デリバティブ、固定資産売却、重要な契約変更などです。通常の業務フローに組み込まれていないため、統制が属人的になりやすい領域といえます。

不正リスクが高いプロセス

収益認識、在庫、購買、資金、マスタ管理、手仕訳、経営者による内部統制の無効化に関係するプロセスです。会計不正は、取引スキームを熟知した者が内部統制の欠陥を突いて行うことがあります。不正実行者以外が取引の詳細を把握しておらず、モニタリングが行われていないこともあります。

ITや外部委託に依存するプロセス

基幹システム、販売管理システム、在庫管理システム、連結システム、開示システム、クラウドサービス、外部委託先による処理などです。システム生成レポートの信頼性やアクセス権限が弱ければ、統制評価だけでなく、財務諸表監査の証拠にも影響します。

海外子会社や遠隔拠点に関するプロセス

言語、会計基準、現地制度、人員、内部監査の到達可能性、統制環境、グループ本社によるモニタリングの難しさが問題になります。

急成長・事業再編・人員不足の影響を受けるプロセス

売上増加、拠点拡大、M&A、組織再編、経理人員の入替え、決算早期化、システム導入などによって、過年度と同じ評価範囲では実態に合わなくなることがあります。

評価範囲の追加判断では、重要性の大きい業務プロセスを漏らさないことが重要です。ただし、単に不安だから広げるのではありません。どの財務報告リスクに対応するために追加したのかを、明確にする必要があります。

評価範囲外から不備が見つかった場合

評価範囲外から内部統制の不備が見つかった場合、その意味は重いものです。

改訂意見書では、監査人が財務諸表監査の過程で、経営者による内部統制評価の範囲外から内部統制の不備を識別した場合には、内部統制報告制度における評価範囲及び評価に及ぼす影響を十分に考慮するとともに、必要に応じて経営者と協議することが適切であるとされています。
出典:金融庁・企業会計審議会|財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準並びに財務報告に係る内部統制の評価及び監査に関する実施基準の改訂について(意見書)

ここでの論点は、「範囲外だからJ-SOX評価には関係ない」と切り離せるかどうかではありません。

評価範囲外から不備が見つかったという事実は、次の検討を求めます。

  • その不備は、評価範囲決定時に識別可能だったリスクに関係するものか
  • 評価範囲を決定する際の指標や質的判断が適切だったか
  • 同種の不備が、他の拠点やプロセスにも存在する可能性はないか
  • 当該不備が財務報告に重要な影響を及ぼす可能性は、どの程度か
  • 開示すべき重要な不備に該当する可能性はないか
  • 財務諸表監査上のリスク評価や実証手続に影響するか
  • 内部統制報告書の評価範囲、評価結果、付記事項、特記事項に影響するか
  • 監査役等、内部監査、審査担当者に、どのように説明するか

評価範囲外からの不備は、単なる例外処理ではありません。評価範囲の妥当性を再検討するシグナルとして受け止める必要があります。

評価範囲の見直しが必要となるタイミング

評価範囲は、年度初めに決定すれば終わり、というものではありません。

内部統制は、組織や環境の変化に対応して運用される動的なプロセスであり、一旦構築されれば完成するというものではないからです。内部統制は、変化する組織それ自体及び組織を取り巻く環境に対応して、常に変動し、見直されるものとされています。
出典:金融庁・企業会計審議会|財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準並びに財務報告に係る内部統制の評価及び監査に関する実施基準の改訂について(意見書)

実務上、評価範囲の見直しが必要となるのは、たとえば次のような局面です。

事業構造が変わった場合

新規事業、事業撤退、M&A、組織再編、海外展開、主要取引先の変化、収益モデルの変更などです。

財務数値の構成が変わった場合

売上高、利益、総資産、棚卸資産、金融商品、固定資産、繰延税金資産、引当金などの重要性が変化した場合には、過年度の評価範囲をそのまま使うことはできません。

会計処理・開示の重要論点が変わった場合

新会計基準の適用、収益認識、リース、金融商品、減損、税効果、退職給付、引当金、会計上の見積りの注記、KAM候補などが影響します。

IT環境が変わった場合

基幹システムの入替え、連結システムの導入、クラウド利用、外部委託先の変更、アクセス権限設計の変更、システム生成レポートの利用拡大などです。この点について改訂意見書では、ITを利用した内部統制の評価について、IT環境の変化を踏まえて慎重に判断し、特定の年数を機械的に適用すべきものではないことも明確化されています。
出典:金融庁・企業会計審議会|財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準並びに財務報告に係る内部統制の評価及び監査に関する実施基準の改訂について(意見書)

不備や誤謬が発見された場合

監査指摘、内部監査指摘、決算修正、過年度訂正、不正疑義、開示すべき重要な不備の識別は、評価範囲の見直しを促す重要な事象です。

ガバナンスや人員体制が変わった場合

CFO、経理責任者、内部監査責任者、海外子会社管理責任者などの交代、決算人員の不足、内部監査の独立性低下、監査役等への報告体制の変化も、評価範囲に影響し得ます。

評価範囲の見直しは、期末にまとめて行うものではありません。期首の計画段階で仮説を置き、期中の変化を踏まえて更新し、期末に評価結果と整合させる。この流れを意識しておく必要があります。

評価範囲の決定は経営者の責任であり、監査人は代替しない

評価範囲の決定は、経営者が行う判断です。

監査人は、経営者による評価範囲の妥当性を検討し、必要に応じて協議します。しかし、監査人が会社に代わって評価範囲を決定するわけではありません。

改訂意見書でも、評価範囲の決定は経営者が行うものである一方、監査人による指導的機能の発揮の一環として、内部統制の評価の計画段階及び状況の変化等があった場合において、必要に応じて評価範囲に関する協議を実施することが適切であるとされています。また、監査人は独立監査人としての独立性の確保を図ることが求められます。
出典:金融庁・企業会計審議会|財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準並びに財務報告に係る内部統制の評価及び監査に関する実施基準の改訂について(意見書)

この線引きは、実務上きわめて重要です。

監査人が「この範囲でよい」と会社の判断を代替してしまえば、経営者評価の責任が曖昧になります。反対に、監査人が評価範囲の問題に関与しなければ、財務諸表監査で把握しているリスクがJ-SOX評価に反映されず、内部統制監査の実効性が損なわれます。

適切なのは、次の関係です。

  • 経営者は、評価範囲の決定根拠を自ら説明できる状態にする
  • 内部監査部門やJ-SOX担当部門は、評価範囲決定に必要な情報を整理し、リスク評価と評価計画に落とし込む
  • 監査役等は、評価範囲の決定過程、不備の識別、是正状況について、能動的に情報を入手する
  • 監査人は、財務諸表監査で把握したリスクも踏まえ、評価範囲の妥当性を検討し、必要な協議を行う

評価範囲の決定は、経営者評価、内部監査、監査役等、会計監査人の連携が試される領域です。

内部統制報告書では「判断事由」が問われる

評価範囲の決定は、内部統制報告書の記載にも直接影響します。

内部統制報告書では、財務報告に係る内部統制の評価の範囲について、評価範囲及び当該評価範囲を決定した手順・方法等を簡潔に記載する必要があります。金融庁のQ&Aでも、重要な事業拠点の選定指標と一定割合、重要な勘定科目、個別に追加した重要性の大きい業務プロセスの選定方針などが、論点として示されています。
出典:金融庁|内部統制報告制度に関するQ&A

さらに、2026年に公表された有価証券報告書レビュー関連資料では、内部統制報告書の「財務報告に係る内部統制の評価の範囲」の記載について、改正内部統制府令ガイドラインで定められている事項に関する「決定した事由」の記載がない、又は不明瞭であることが課題として示されました。
出典:金融庁|有価証券報告書レビュー及び大量保有報告書等のレビューについて(令和8年度)

この点は、実務上の重要な注意喚起といえます。

内部統制報告書において、単に「売上高を基準に重要な事業拠点を選定した」と書くだけでは、不十分になり得るということです。

  • なぜ売上高を指標にしたのか
  • なぜその一定割合が合理的なのか
  • なぜ売上、売掛金、棚卸資産を、企業の事業目的に大きく関わる勘定科目と判断したのか
  • 売上高以外の指標を検討したか
  • 質的重要性をどう考慮したか
  • 個別に追加した業務プロセスがある場合、その選定方針は何か
  • 追加しなかった場合、その判断は財務報告リスクの観点から説明できるか

内部統制報告書で求められているのは、長い説明ではありません。評価範囲の決定が、会社の事業実態と財務報告リスクに基づく判断であることが読み取れる記載です。

評価範囲の「除外」は、積極的に説明できなければならない

評価範囲を決める実務では、どうしても対象に含める範囲に目が向きがちです。しかし、監査上重要なのは、対象外とした範囲のほうです。

評価範囲外とした子会社、持分法適用会社、事業拠点、業務プロセスについては、次のような説明が必要になります。

  • 金額的重要性が僅少であるといえるか
  • 質的重要性がないといえるか
  • 重要な虚偽表示リスクが高くないといえるか
  • 全社的内部統制の評価結果に問題がないか
  • 決算・財務報告プロセスに重要な関与がないか
  • 重要な取引、見積り、非定型取引、IT依存、外部委託がないか
  • 過年度に不備や誤謬がないか
  • 評価範囲外とする期間の長さが適切か
  • 評価できない事情がある場合、その理由と財務報告への影響を説明できるか

やむを得ない事情により、一部の範囲について十分な評価手続を実施できなかった場合には、その範囲及び理由を内部統制報告書に記載することが求められます。また、評価を実施できないことが財務報告の信頼性に重要な影響を及ぼす場合には、内部統制の評価結果を表明できないことになります。
出典:金融庁・企業会計審議会|財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準並びに財務報告に係る内部統制の評価及び監査に関する実施基準の改訂について(意見書)

評価範囲外とする判断は、監査資源の合理化として必要な場合があります。しかし、その合理性は、後から説明できなければなりません。

評価範囲の決定で監査人が確認すべきポイント

監査人が評価範囲の妥当性を検討する際には、会社の作成した評価計画やスコーピング資料を形式的に確認するだけでは足りません。

少なくとも、次の観点からの確認が必要です。

財務諸表監査上のリスク評価との整合性

財務諸表監査で重要な虚偽表示リスクが高いと評価している領域が、J-SOX評価範囲から外れている場合には、その理由を検討する必要があります。

全社的内部統制の評価結果との整合性

統制環境、リスク評価、情報と伝達、モニタリング、ITへの対応に弱点がある場合には、それに関連する事業拠点や業務プロセスを評価範囲に含める必要が生じることがあります。

決算・財務報告プロセスとの整合性

会計上の見積り、連結調整、注記、開示基礎資料、経営者レビュー、開示チェックに重要な弱点がある場合、業務プロセスの範囲だけを見ても不十分です。

IT統制との整合性

重要な業務プロセスがITに依存している場合、IT全般統制やIT業務処理統制が評価対象に含まれているかを確認しなければなりません。システム生成レポートを監査証拠として利用する場合には、データの完全性・正確性に関する統制も問題になります。

不備・誤謬・訂正との整合性

過年度に修正仕訳、訂正報告、監査指摘、内部監査指摘があった領域が評価範囲外のままであれば、その判断には慎重な検討が必要です。

監査役等への説明可能性

評価範囲の決定は、監査役等とのコミュニケーション事項になり得ます。監査人は、評価範囲の合理性を監査役等に説明できる水準で理解しておく必要があります。

評価範囲の判断を調書化する

評価範囲の判断は、調書化されて初めて監査上の判断として残ります。

評価範囲の調書には、少なくとも次の情報が必要です。

連結グループの全体像

会社、子会社、持分法適用会社、事業、拠点、所在地、事業内容、主要取引、システム、外部委託の概要です。

評価指標と選定結果

売上高、利益、総資産、勘定科目残高など、どの指標を用いたか。一定割合をどう設定したか。どの拠点が対象となったか。対象外となった拠点に質的重要性がないか。

重要な勘定科目の判断

企業の事業目的に大きく関わる勘定科目をどう選定したか。売上、売掛金、棚卸資産以外の勘定科目を検討したか。会計上の見積りや特殊取引を含めたか。

追加プロセスの検討

重要な虚偽表示リスクが高いプロセス、見積りや予測を伴うプロセス、非定型取引、不正リスク、IT、外部委託、海外拠点、関連当事者取引などを検討したか。

除外範囲の判断

なぜ評価対象外としたか。金額的・質的重要性がないと判断した根拠は何か。評価範囲外から不備が発見された場合の再検討プロセスはあるか。

前年度からの変更

評価範囲に追加・削除した拠点やプロセスは何か。変更理由は何か。事業環境、組織、IT、会計基準、監査指摘の変化を反映しているか。

監査人・監査役等との協議

いつ、誰と、どの論点を協議したか。協議の結果、評価範囲を変更したか。未解決事項は残っていないか。

評価範囲の調書は、単なる一覧表ではありません。経営者が財務報告リスクをどのように捉え、どの範囲を評価すれば内部統制の有効性を説明できると判断したのかを示す文書です。

評価範囲を見直す実務の進め方

評価範囲の見直しは、期首、期中、期末の3段階で考えると整理しやすくなります。

期首には、前年度の評価結果、監査指摘、内部監査指摘、事業計画、組織変更、会計基準変更、IT変更、M&A予定などを踏まえて、評価範囲の仮説を設定します。この段階では、前年踏襲ではなく、前年との差分を明確にすることが重要です。

期中には、実際の事業活動や決算状況を踏まえて、評価範囲を更新します。新規取引、特殊取引、不備の発見、システムトラブル、子会社の業績悪化、監査上のリスク評価の変更があれば、評価範囲の見直しを検討します。

期末には、評価結果、不備評価、財務諸表監査の結果、内部統制報告書の記載を整合させます。この段階で初めて評価範囲の不備が見つかると、監査スケジュール、追加評価、不備評価、開示判断に大きな影響が出ます。だからこそ、評価範囲の見直しは、期末の作業ではなく、年間を通じたリスク管理の一部として扱うべきなのです。

評価範囲の判断でありがちな落とし穴

実務でよく見られる落とし穴は、いずれも「評価範囲を作業として扱っている」ことに起因します。

  • 前年と同じ評価範囲を、十分な検討なく継続する
  • 売上高の3分の2を満たしたことだけで、質的重要性の検討を省略する
  • 売上、売掛金、棚卸資産だけを対象とし、会計上の見積りや非定型取引を評価対象外にする
  • 全社的内部統制の弱点を、業務プロセスの評価範囲に反映しない
  • IT全般統制の評価範囲を、システム変更やクラウド利用の実態に合わせて見直していない
  • 評価範囲外で発見された不備を、J-SOX評価とは別の監査指摘として処理してしまう
  • 内部統制報告書の記載が、会社固有の判断事由を示さず、定型文にとどまっている
  • 監査役等や審査担当者に、なぜその評価範囲で十分なのかを説明できない

これらは、単なる文書作成上の問題ではありません。評価範囲の判断が弱いということは、財務報告リスクの把握が弱いということです。

評価範囲の決定は、内部統制監査と財務諸表監査をつなぐ論点である

内部統制監査と財務諸表監査は、目的こそ異なりますが、リスク評価と証拠形成の面では密接に結びついています。

評価範囲が適切に決定されていれば、内部統制監査で得られた証拠を、財務諸表監査における統制リスクの評価や実証手続の設計に活かすことができます。

反対に、評価範囲が形式的であれば、内部統制監査は財務諸表監査と分断されてしまいます。J-SOX上は有効とされているものの、財務諸表監査では重要な虚偽表示リスクへの対応として十分に使えない。そうした状態になりかねません。

評価範囲の決定で問われるのは、最終的には次の一点です。

その評価範囲で、財務報告の信頼性に重要な影響を及ぼすリスクを説明できるか。

この問いに答えられる範囲設定であれば、監査調書、内部統制報告書、監査役等への報告、審査対応にも一貫性が出ます。

反対に、この問いに答えられない範囲設定であれば、いくら評価調書が整っていても、監査判断としては脆弱です。

評価範囲の決定・見直しに迷う場合

J-SOXの評価範囲は、制度上の例示だけで決められるものではありません。

  • 売上高を使うべきか
  • 利益や資産を併用すべきか
  • どの子会社を全社的内部統制の評価範囲に含めるべきか
  • 売上、売掛金、棚卸資産以外の勘定科目を、どこまで含めるべきか
  • 会計上の見積りや非定型取引を、どのように追加プロセスとして扱うべきか
  • 評価範囲外から不備が見つかった場合に、内部統制報告書や財務諸表監査へどう影響させるべきか
  • 監査役等や審査担当者に説明できる調書を、どう作るべきか

これらは、単なるチェックリストでは整理しきれない論点です。

犬飼公認会計士・税理士事務所では、内部統制報告制度、財務諸表監査、開示、会計上の見積り、不正リスク、監査役等との連携を横断し、判断過程を後から説明できる形に整理する支援を重視しています。

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振り返り

論点実務上の要点
評価範囲の本質作業範囲ではなく、財務報告リスクをどこまで評価するかという判断範囲
2023年改訂の重要点「売上高等のおおむね3分の2」や「売上、売掛金及び棚卸資産の3勘定」を機械的に適用すべきでないことが明確化された
重要な事業拠点売上高だけでなく、利益、資産、見積り、非定型取引、不正リスク、IT、海外子会社などを踏まえて判断する
重要な勘定科目会社の事業目的、財務報告リスク、アサーション、会計処理の複雑性から選定する
追加すべき業務プロセス見積り、非定型取引、不正リスク、IT依存、外部委託、海外子会社、関連当事者取引など
評価範囲外の不備評価範囲の妥当性、不備評価、財務諸表監査、内部統制報告書への影響を再検討する契機
見直しのタイミング期首、期中、期末を通じて、事業環境、財務数値、IT、組織、不備、監査指摘を反映する
経営者と監査人の関係評価範囲の決定は経営者の責任。監査人は妥当性を検討し、必要に応じて協議する
内部統制報告書の記載評価範囲の決定方法だけでなく、決定した事由を会社固有の判断として説明する必要がある
監査上の核心評価範囲は、内部統制監査と財務諸表監査をつなぐ重要な判断論点である
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