KAMは、監査報告書に追加された「監査人側の記載事項」です。
ただ、上場企業の決算実務においては、これを監査人だけの問題として扱ってしまうと、実務判断を誤ることになります。KAMに選定される可能性のある論点は、そもそも会社の財務諸表に重要な影響を及ぼすものであり、経営者の判断、見積りの不確実性、注記、記述情報、監査役等とのコミュニケーション、そして投資家への説明にまで波及していく領域だからです。
減損、繰延税金資産の回収可能性、収益認識、企業結合、PPA、のれん、金融商品の時価評価、退職給付、引当金、継続企業の前提。これらは、単に「監査報告書にKAMとして書かれるかどうか」という話ではありません。会社が自らの決算判断をどこまで説明できるのかを問う論点です。
KAM対応の本質は、KAM文案を整えることにはありません。会社の会計判断、根拠資料、注記、記述情報、監査人との協議、監査役等への共有を、同じ事実認定と同じ判断過程に基づいて整えていくことにあります。
KAMは「監査人が重要と考えた事項」だが、会社の開示実務に深く関係する
JICPAの監査基準報告書701は、KAMを「当年度の財務諸表監査において、監査人が職業的専門家として特に重要であると判断した事項」と位置づけています。KAMは、監査人が監査役等とコミュニケーションを行った事項の中から選択され、監査報告書において、その内容、決定理由、監査上の対応などが記載されます。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書701 独立監査人の監査報告書における監査上の主要な検討事項の報告
金融庁も、KAMは2018年7月に公表された監査基準の改訂に関する意見書により日本の監査実務に導入され、2021年3月期から一部を除く金融商品取引法監査が適用される会社に対して監査報告書への記載が求められている、と説明しています。あわせて、KAMの意義は、監査人が実施した監査の透明性を向上させ、監査報告書の情報価値を高めることにあり、利用者と経営者の対話促進も期待されるとされています。
出典:金融庁|「監査上の主要な検討事項(KAM)の特徴的な事例と記載のポイント2022」の公表
ここで押さえておきたいのは、KAMが監査人の個別意見ではないという点です。KAMは、財務諸表全体に対する監査意見とは別のものであり、個別の会計処理について適正・不適正を表明するものではありません。除外事項付意見、継続企業の前提に関する重要な不確実性、適切な注記の代替として使うものでもありません。
それでも、KAMは会社の開示実務に強い影響を与えます。監査人がKAMとして記載する事項は、多くの場合、会社の財務諸表注記や記述情報と関連しているからです。
監査報告書だけが詳しく、会社の注記や記述情報が薄い。そのような状態になれば、財務諸表利用者から見て「会社自身はこの論点をどこまで説明しているのか」という疑問が生じます。
KAMに選ばれやすい論点は、会計基準が難しい論点ではなく「監査上の判断負荷」が高い論点である
KAMは、単に会計基準が複雑な領域から選ばれるわけではありません。
監査基準報告書701では、監査人が特に注意を払った事項を決定するにあたり、特別な検討を必要とするリスクまたは重要な虚偽表示リスクが高いと評価された領域、見積りの不確実性が高い会計上の見積りを含む経営者の重要な判断を伴う領域、当年度に発生した重要な事象または取引が監査に与える影響などが考慮されるとされています。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書701 独立監査人の監査報告書における監査上の主要な検討事項の報告
したがって、KAMになりやすいのは、次のような領域です。
| KAMになりやすい論点 | 監査上の判断負荷 |
|---|---|
| 固定資産・のれんの減損 | 将来キャッシュ・フロー、割引率、事業計画、グルーピング、経営者の仮定 |
| 繰延税金資産の回収可能性 | 将来課税所得、企業分類、スケジューリング、税務上の実現可能性 |
| 収益認識 | 売上計上時点、一定期間認識、本人代理人、変動対価、カットオフ、不正リスク |
| 企業結合・PPA・のれん | 取得原価配分、識別可能資産、無形資産評価、暫定処理、評価専門家の利用 |
| 金融商品の時価評価 | レベル3評価、観察不能インプット、評価技法、第三者評価、感応度 |
| 退職給付 | 割引率、退職率、昇給率、年金資産、数理計算上の差異 |
| 引当金・偶発債務 | 発生可能性、合理的見積り、法務意見、注記要否 |
| 継続企業の前提 | 資金繰り、金融支援、財務制限条項、事業計画、対応策 |
| 大型組織再編・事業撤退 | 取引の非経常性、会計処理の複雑性、注記・適時開示への波及 |
| 新基準適用・システム移行 | 網羅性、内部統制、データ移行、会計方針、開示影響 |
注意しておきたいのは、KAMが「金額が大きい項目」に限られるわけではないということです。
金額的重要性が大きくても、判断が機械的で監査手続も標準化されていれば、KAMになりにくい場合があります。反対に、金額が相対的に小さくても、事業戦略、経営者判断、開示の透明性、将来の訂正リスクに直結する論点であれば、KAM候補になり得ます。
KAMと会計上の見積り|経営者の仮定が監査報告に現れる
KAMと最も深く結びつくのは、会計上の見積りです。
会計上の見積りとは、現時点で正確に測定できない金額について、利用可能な情報に基づき合理的に見積もる行為をいいます。減損、繰延税金資産、貸倒引当金、棚卸資産評価損、退職給付債務、資産除去債務、工事損失引当金、金融商品の時価評価。いずれも将来事象、外部環境、経営者の仮定に依存するものです。
監査基準報告書540は、会計上の見積りに関する重要な虚偽表示リスクが、見積りの不確実性、複雑性、主観性その他の固有リスク要因の影響を受けることを示しています。また、会計上の見積りの監査では、見積方法、仮定、データ、経営者の見積額、関連する注記事項の合理性が検討対象となります。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書540 会計上の見積りの監査
会社側で整理すべきなのは、「見積額が正しいか」だけではありません。次の問いに答えられる必要があります。
- この見積りは、期末時点で利用可能な情報に基づいているか
- 主要な仮定は、経営者の希望ではなく、事業実態と外部環境に裏付けられているか
- 事業計画、業績予想、資金繰り、減損、税効果、継続企業の前提で、同じ仮定を一貫して使っているか
- 外部データを用いる場合、そのデータの出所、適合性、更新時点を説明できるか
- 過年度の見積りと実績の乖離を分析し、当期見積りに反映しているか
- 感応度分析により、どの仮定が財務諸表に大きく影響するかを把握しているか
- 見積りの不確実性が高い場合、重要な会計上の見積り注記にどこまで記載すべきかを検討しているか
ASBJが公表した企業会計基準第31号「会計上の見積りの開示に関する会計基準」は、「見積りの不確実性の発生要因」に係る注記情報の充実を目的として開発されたものです。したがって、KAM候補となる会計上の見積りについては、監査人に説明するだけでは足りません。重要な会計上の見積り注記として財務諸表利用者にどこまで説明するかを、同時に検討しておくべきです。
出典:ASBJ|企業会計基準第31号「会計上の見積りの開示に関する会計基準」の公表
会計上の見積りの実務では、見積額と実績に乖離が生じたこと自体よりも、その乖離がなぜ生じたのかが重要になります。期末時点では予見できなかった後発的な変化による乖離なのか、それとも当時利用可能だった情報を無視したことによる乖離なのか。ここが分かれ目となり、見積り変更、誤謬、内部統制不備の評価が変わってきます。
減損KAM|事業計画を「会計用の計画」にしてはいけない
減損は、KAMの典型的な対象です。
固定資産やのれんの減損では、資産グルーピング、減損兆候、割引前将来キャッシュ・フロー、回収可能価額、使用価値、正味売却価額、割引率、外部評価、事業計画の整合性が問題になります。
会社側が注意すべきなのは、減損検討用の事業計画だけが独立して存在してしまう状態です。
- 取締役会資料では慎重な見通しを示しているのに、減損検討資料では楽観的な成長率を採用している
- 業績予想修正では需要低迷を説明しているのに、減損検討では短期回復を前提としている
- 税効果資料では将来課税所得の発生可能性を低く見ているのに、減損資料では高い将来キャッシュ・フローを置いている
- 資金繰り資料では設備更新を延期しているのに、減損資料では設備維持を前提に売上成長を見込んでいる
このような不整合は、監査上、重要な争点になります。KAMとして記載されるかどうか以前に、会社の見積り資料として脆弱だといわざるを得ません。
減損KAMを意識するのであれば、会社側は次の資料を整えておく必要があります。
- 資産グループの設定根拠
- 減損兆候の有無と判断理由
- 過年度計画と実績の比較
- 将来キャッシュ・フローの作成プロセス
- 主要仮定の一覧
- 販売数量、単価、粗利率、稼働率、為替、原材料価格、人件費、設備投資、運転資本の根拠
- 割引率の算定根拠
- 外部評価書を利用する場合の会社側レビュー
- 感応度分析
- 重要な会計上の見積り注記との整合
KAMの事例分析では、企業の開示が充実しているほど、監査人のKAMも監査上の対応に焦点を当てやすくなり、監査の透明化という本来の目的に近づくと整理されています。
税効果KAM|繰延税金資産は「税務計算」ではなく将来利益の説明責任である
繰延税金資産の回収可能性も、KAMになりやすい論点です。
税効果会計は、会計上の資産・負債と課税所得計算上の資産・負債の相違を調整し、法人税等と税引前当期純利益を合理的に対応させる手続です。ただし、繰延税金資産は将来の課税所得等により回収される範囲で認識されるため、その判断は強い見積り性を伴います。
税効果KAMで問題になるのは、単なる一時差異の集計ではありません。
- 将来課税所得の見積りが合理的か
- 事業計画との整合性があるか
- 過去の課税所得の推移と整合しているか
- 企業分類の判断に無理がないか
- スケジューリング不能な一時差異の扱いが適切か
- タックスプランニングが実行可能か
- グループ通算制度や連結税効果との整合が取れているか
- 減損、引当金、継続企業の前提と整合しているか
税効果会計の目的は、会計と税務の差異を機械的に税率乗算することではありません。将来の税負担または税金軽減効果を財務諸表に適切に反映することにあります。実務上も、会計と税務の目的の違いにより収益・費用の認識時点や資産・負債の額に相違が生じるため、税効果会計によって期間対応を図る、という理解が基礎になります。
KAMとしての税効果論点は、監査人が「将来課税所得の見積りに強い不確実性がある」と見ていることを外部に示す可能性があります。そのため会社側は、将来課税所得の説明を税務担当者だけに任せるのではなく、経営企画、事業部、経理、監査役等が共通の事業見通しを持てているかを確認しておく必要があります。
特に業績悪化局面では、税効果、減損、継続企業、資金繰りが連鎖します。減損では将来キャッシュ・フローを慎重に見る一方で、税効果では高い課税所得を見込む。こうした不整合は、監査上の重大な説明課題になります。
収益認識KAM|売上の金額ではなく「売上が成立した根拠」が問われる
収益認識は、監査上、不正リスクと結びつきやすい領域です。
日本基準でも、企業会計基準第29号「収益認識に関する会計基準」により、顧客との契約から生じる収益について、契約識別、履行義務識別、取引価格算定、取引価格配分、履行義務充足時点の判断が求められます。ASBJは、2018年に包括的な収益認識基準を公表し、2020年には表示・注記事項を含む改正を公表しています。
出典:ASBJ|改正企業会計基準第29号「収益認識に関する会計基準」等の公表
収益認識KAMで重要なのは、売上金額の大きさだけではありません。監査人が着目するのは、売上が本当に当期に認識されるべきか、支配が移転しているか、本人か代理人か、変動対価を合理的に見積もっているか、カットオフに問題がないか、といった点です。
典型的には、次のような取引がKAM候補になります。
- 期末近くに検収が集中する案件
- 長期契約・受注制作・システム開発
- 一定期間にわたり充足される履行義務
- 複数履行義務を含む契約
- リベート、返品、値引、ペナルティを含む契約
- 代理店、商社、プラットフォーム取引
- 総額・純額表示の判断
- ポイント、クーポン、重要な権利
- 循環取引・架空取引・実質金融取引の疑いがある取引
収益認識に関するKAM事例では、売上高の期間配分、納品確認、契約上の納品要件、案件利益率分析などが監査上の対応として示されることがあります。収益認識KAMは、単なる基準適用にとどまらず、契約証憑、業務プロセス、内部統制、不正リスクまで含めた説明が必要になる領域です。
会社側が準備すべき資料も、契約書、注文書、検収書、納品確認書、請求書だけにとどまりません。
- 契約上の約束の一覧
- 履行義務の識別メモ
- 取引価格の算定資料
- 変動対価の見積り根拠
- 履行義務充足時点の判断資料
- 顧客とのやり取りの証跡
- 期末前後のカットオフ検証資料
- 返品・リベート・ポイントの実績分析
- 本人代理人判定資料
- 内部統制の運用証跡
特に、証憑が形式的に整っていても、取引実態に不自然さがある場合には注意が必要です。循環取引のように、伝票上は売上・仕入が成立しているように見えても、実物の移動、リスク移転、資金循環、経済合理性が伴わない取引は、収益認識だけでなく会計不正論点へと発展していきます。
企業結合・PPA・のれんKAM|ワンタイム取引ほど「後から説明できる資料」が必要になる
M&A、組織再編、事業譲渡、株式交換、子会社化、PPA、のれんは、KAM候補になりやすい領域です。
理由は明確です。これらの取引は頻度が少なく、金額が大きく、会計処理が複雑で、経営判断の比重が高く、外部評価や専門家の関与を伴うことが多いためです。
企業結合では、取得企業の決定、取得原価の算定、条件付取得対価、取得関連費用、識別可能資産・負債の認識、のれんまたは負ののれん、税効果、暫定処理、注記が問題になります。PPAでは、取得原価を被取得企業の資産・負債へ配分し、識別可能無形資産やのれんを財務諸表に反映していきます。PPAの実務では、企業結合日以後1年以内に取得原価配分を完了する必要があり、配分が未了の場合には、入手可能な合理的情報に基づく暫定処理が行われます。
KAMとして企業結合が取り上げられる場合、監査人の関心は次の点に向かいます。
- 取引が取得、共通支配下取引、共同支配企業の形成、事業分離のいずれに該当するか
- 取得企業の判定に実質判断が必要か
- 取得原価に含める対価の範囲が適切か
- 条件付取得対価の測定が合理的か
- 識別可能資産・負債の時価評価が適切か
- 顧客関連資産、技術資産、商標、契約関連資産などの無形資産認識が適切か
- 評価専門家を利用する場合、会社側が評価結果を検証しているか
- のれんの償却期間や減損リスクを説明できるか
- 暫定処理から確定処理への変更が適切か
- 企業結合注記、重要な会計上の見積り、KAMの記載が整合しているか
KAMの事例分析でも、重要な組織再編や企業結合、PPA、取得により認識したのれんの評価がKAMとして扱われ、企業の重要な会計上の見積り開示と整合する例が見られます。
企業結合KAMを意識するのであれば、会社側は、会計処理の結論だけでなく、取引目的、取得ストラクチャー、取締役会資料、デューデリジェンス結果、バリュエーション資料、PPA評価資料、税務検討資料、統合計画、事業計画、のれん回収可能性を一体で整理しておく必要があります。
継続企業KAM|GC注記だけでなく、資金繰り・事業計画・金融支援の整合性が問われる
継続企業の前提に関する論点は、KAMと重なることがあります。
ただし、継続企業の前提に関する重要な不確実性が存在し、財務諸表に適切に注記される場合には、監査報告書上は「継続企業の前提に関する重要な不確実性」区分として扱われ、KAMとは異なる表示になることがあります。KAMは、継続企業の前提に関する重要な不確実性の注記や強調事項の代替ではありません。
実務上は、次のような状況でGC論点が監査上の重要論点になります。
- 継続的な営業損失
- 債務超過または資本欠損
- 重要な借入金の返済期限到来
- 財務制限条項抵触
- 資金繰り逼迫
- 主要取引先の喪失
- 事業撤退・リストラクチャリング
- 金融機関支援の交渉中
- 増資・借換え・スポンサー支援が未確定
会社側が説明すべきなのは、「継続企業の前提に問題はない」と言い切ることではありません。
- 重要な疑義を生じさせる事象または状況があるか
- ある場合、経営者の対応策は具体的か
- 資金繰り表は月次で作成され、借入返済、税金、設備投資、運転資金を反映しているか
- 金融機関支援、増資、資産売却、コスト削減の実行可能性を裏付ける資料があるか
- 事業計画は、減損、税効果、業績予想と整合しているか
- 重要な不確実性がある場合、注記が必要か
- 監査報告書上の記載、KAM、重要な会計上の見積り、リスク情報との関係を整理しているか
GC論点では、会計処理だけでなく、経営判断、資金繰り、金融機関交渉、取締役会、監査役等、適時開示、投資家説明が交差します。KAMになるかどうかは監査人の判断ですが、会社側の論点管理としては、監査報告書の表示区分まで見通しておく必要があります。
KAMと会社の注記・記述情報の関係|監査報告書だけが詳しい状態は避ける
KAM対応で最も実務上重要なのは、KAMと会社開示の整合性です。
KAMが会社の財務諸表注記や記述情報よりも詳しい場合、利用者は「なぜ会社はこの内容を自ら開示していないのか」と感じる可能性があります。逆に、会社の注記・記述情報が十分に充実していれば、監査人はKAMにおいて、会社開示を参照したうえで、監査上の着眼点と監査手続に焦点を当てることができます。
KAM事例の実務分析でも、KAMのほうが企業の開示よりも多くを示している場合には、企業開示で説明が不足していないか、その差異に合理的な説明が可能かを検討し、KAM協議と並行して財務諸表注記や記述情報の社内検討を進めることが望まれると整理されています。
会社側で確認すべき開示は、財務諸表注記だけではありません。
- 重要な会計方針
- 重要な会計上の見積り
- 収益認識注記
- 金融商品注記
- 税効果注記
- 企業結合注記
- 減損注記
- セグメント情報
- 事業等のリスク
- 経営者による財政状態・経営成績の分析
- サステナビリティ・人的資本・気候関連情報との整合
- 決算短信
- 適時開示
たとえば、減損KAMで「主要な仮定は販売数量、マージン、割引率である」と記載される一方、会社の重要な会計上の見積り注記では「事業計画に基づく」とだけ記載されている。この場合、注記の粒度が不足している可能性があります。
税効果KAMで「将来課税所得の見積り、事業計画、タックスプランニングが重要」と記載される一方、会社の注記では回収可能性判断の内容が抽象的であれば、開示の透明性に疑問が生じます。
収益認識KAMで「期末月の納品確認にリスクがある」と記載される一方、会社の収益認識注記が一般的な会計方針にとどまっていれば、利用者にとって実態が見えにくくなります。
KAM対応は、監査報告書のレビューではありません。会社開示全体の整合性レビューです。
KAM協議は、監査終盤では遅い
KAMの最終決定は監査人が行います。しかし、だからといって会社側が受け身でよいわけではありません。
KAM候補は、監査計画段階からある程度見えているはずです。監査人が重点監査領域として挙げている論点、特別な検討を必要とするリスク、重要な見積り、当期の大型取引、監査役等とのコミュニケーション事項。これらはいずれもKAM候補になり得ます。
会社側は、少なくとも次の段階でKAMを意識した協議を行うべきです。
| 時期 | 会社側の対応 |
|---|---|
| 監査計画段階 | 監査人の重点領域、重要な虚偽表示リスク、KAM候補を把握する |
| 四半期・期中 | 論点発生時点で、会計処理案、証拠資料、開示影響を整理する |
| 期末前 | 減損、税効果、GC、PPAなどの見積り資料を暫定的に共有する |
| 決算短信前 | 業績影響、適時開示、注記方針、KAM候補との整合を確認する |
| 有報作成時 | 財務諸表注記、記述情報、KAMドラフトの整合性を確認する |
| 監査報告書発行前 | KAMの見出し、参照先、内容、会社開示との差異を確認する |
KAMの見出しも軽視できません。KAM事例分析では、利用者はまず見出しから何が報告されるかを推測するため、見出しが本文の内容を適切に反映していなければ誤解を招く可能性があり、企業側もKAM協議で意見を述べることが適切とされています。
会社側が意見を述べるべきなのは、監査人の判断を曲げるためではありません。監査報告書の記載が、会社の事実関係、財務諸表注記、記述情報と矛盾せず、利用者に誤解を与えないかを確認するためです。
KAMに会社の未公表情報が含まれそうな場合
KAMは監査の透明性を高めるためのものですが、監査人が会社に関する未公表情報を不用意に提供する仕組みではありません。
実務上、KAMの記載を検討する中で、監査人が会社の開示よりも詳しい情報を記載したいと考える場合があります。このようなとき、会社側は、KAMの記載を単に削る方向で考えるのではなく、まず会社自身の開示を充実させるべきかどうかを検討する必要があります。
会計上の見積りに関する実務解説でも、監査人が企業に関する未公表情報を監査報告書に含める必要があると判断した場合には、経営者に追加開示を促し、必要に応じて監査役等と協議することが適切であると整理されています。
会社側の検討順序は、次のとおりです。
- その情報は、財務諸表利用者の理解に重要か
- 会社の財務諸表注記または記述情報に含めるべき情報か
- 適時開示や決算短信で既に説明している内容と整合するか
- 未公表の事業上機密に該当するか
- 監査人がKAMとして記載する必要性と、会社開示の不足との関係をどう考えるか
- 監査役等と協議すべきか
この検討を怠ると、監査報告書で初めて重要な情報が見える、という不自然な状態になってしまいます。KAMをきっかけに会社開示を見直す姿勢が重要です。
KAMは「ボイラープレート化」させてはいけない
KAMの制度趣旨からすれば、毎期同じ文章を繰り返すだけでは、財務諸表利用者にとっての有用性が低下します。
金融庁は、KAMの更なる実務の定着と浸透を目的として、特徴的な事例や記載のポイントを公表しており、KAMに関する課題も継続的に整理しています。
出典:金融庁|「監査上の主要な検討事項(KAM)」の実務の定着と浸透に向けた取組みについて
出典:金融庁|「監査上の主要な検討事項(KAM)の特徴的な事例と記載のポイント2022」の公表
ただし、KAMの文章が毎期似ていること自体が、直ちに問題というわけではありません。同じ事業、同じ見積り、同じ監査上の着眼点が継続しているのであれば、記載の構造が一定程度収斂することはあります。
問題は、前期から状況が変わっているのに、KAMが変わっていない場合です。
- 業績が悪化しているのに、減損KAMの仮定説明が更新されていない
- 税効果の回収可能性が厳しくなっているのに、将来課税所得の説明が同じ
- 大型M&Aを実施したのに、PPAやのれんに関するKAM候補が十分協議されていない
- 新リース基準対応が進行しているのに、契約棚卸、内部統制、移行影響が論点化されていない
- 事業撤退や資金繰り悪化があるのに、GCや減損との関係が整理されていない
JICPAのKAM関連ページでも、監査基準報告書701、周知文書、研究文書、KAMの適用年次に関する資料などが継続的に整理されています。2026年7月時点で、JICPAはKAMに関する国内動向、公表物、研究文書を体系的に掲載しており、実務上もKAMを継続的に更新・改善する姿勢が求められます。
出典:日本公認会計士協会|監査報告に関する動向~監査上の主要な検討事項(Key Audit Matters)~
出典:日本公認会計士協会|監査上の主要な検討事項(KAM)国内動向
KAM対応で会社側が作るべき「KAM候補管理表」
会社側で有効なのは、KAM候補管理表を作ることです。
これは、監査人のKAMを会社が決めるためのものではありません。会社側が、KAM候補になり得る高度会計論点を早期に把握し、注記・記述情報・監査役等との共有・監査人協議を一体で進めていくための管理資料です。
| 管理項目 | 確認内容 |
|---|---|
| 論点名 | 減損、税効果、収益認識、PPA、GCなど |
| 勘定科目・注記 | 影響するBS・PL・CF・注記 |
| 金額的重要性 | 財務諸表全体、セグメント、主要KPIへの影響 |
| 質的重要性 | 事業戦略、資金繰り、契約、規制、投資家説明への影響 |
| 経営者判断 | 主要な仮定、方法、データ、代替案 |
| 監査上の争点 | 重要な虚偽表示リスク、特別な検討を必要とするリスク |
| 監査証拠 | 契約書、事業計画、外部データ、評価書、議事録 |
| 会社開示 | 注記、記述情報、リスク情報、MD&A、短信 |
| KAM候補理由 | 監査人が特に注意を払う可能性がある理由 |
| 監査役等共有 | 共有日、論点、未解決事項 |
| 未解決事項 | 金額、資料、外部評価、経営者承認 |
| 最終整理 | KAMになったか、ならなかったか、理由、次年度課題 |
この管理表を作っておくことで、KAM候補を監査終盤で初めて知る、という事態を避けられます。KAM候補になった論点だけでなく、KAMにならなかった重要論点についても、なぜKAMにならなかったのか、会社として注記・記述情報に不足がないかを検討できます。
KAMがないと判断される場合はまれであり、実質的な事業活動が極めて限定される会社の個別財務諸表などに限られ得ると整理されることがあります。KAMがない場合でも、その理由は監査人側で文書化され、審査やレビューの対象となり得ます。会社側も「KAMがない=論点がない」と安易に捉えるべきではありません。
新リース基準のような制度改正もKAM候補になり得る
制度改正そのものが直ちにKAMになるわけではありません。
しかし、制度改正の影響が大きく、契約棚卸、データ整備、内部統制、システム、会計方針、移行影響、注記が重要になる場合には、監査上の主要な検討事項に近い論点となる可能性があります。
ASBJは2024年9月13日に企業会計基準第34号「リースに関する会計基準」および企業会計基準適用指針第33号を公表しています。新リース基準では、借手のリースについて使用権資産・リース負債の認識が重要となり、リース識別、リース期間、リース料、割引率、契約変更、注記、移行対応が上場企業実務に大きく影響します。
出典:ASBJ|企業会計基準第34号「リースに関する会計基準」等の公表
リース契約を多数有する小売、不動産、物流、航空、通信、医療、外食、店舗型サービス業などでは、リース基準対応が内部統制や監査対応上の重要論点になり得ます。
KAMになるかどうかは監査人の判断ですが、会社側としては、次の点を早期に整理しておくべきです。
- リース契約の網羅性
- サービス契約との区分
- リース期間と延長・解約オプション
- 固定リース料・変動リース料
- 割引率
- 使用権資産・リース負債の測定ロジック
- システム導入とデータ移行
- 内部統制の設計・運用
- 移行時影響額
- 注記方針
- 監査人との協議履歴
制度改正対応は、会計方針の変更や注記だけでなく、監査上のリスク評価にも影響します。基準適用の初年度だけでなく、導入準備段階からKAM候補管理の視点で扱っておくことが有効です。
KAMと監査役等・経営者・開示担当の関係
KAMは、監査人が監査役等とコミュニケーションを行った事項から選ばれます。したがって、KAM対応が経理部と監査人だけで完結することはありません。
経営者は、重要な会計上の見積り、事業計画、資金繰り、M&A、事業撤退、将来課税所得、のれん回収可能性について責任を持ちます。
監査役等は、監査人とのコミュニケーションを通じて、KAM候補、重要な監査上の論点、経営者判断、開示の透明性を把握する必要があります。
開示担当者は、財務諸表注記、記述情報、事業等のリスク、MD&A、決算短信、適時開示とKAMの整合を確認する必要があります。
外部専門家は、PPA、時価評価、税効果、組織再編、法務・訴訟、GCなど、社内だけでは判断資料が不足する領域で、会社の説明可能性を補強します。
KAM対応では、次の関係者間で同じ論点認識を持つことが重要です。
| 関係者 | KAM対応上の役割 |
|---|---|
| 経理部 | 会計処理、注記、監査資料、論点メモの作成 |
| 経営企画 | 事業計画、業績予想、投資計画、撤退計画の整合性 |
| 事業部 | 現場情報、販売見込、契約実態、案件進捗 |
| 税務部門 | 税効果、課税所得、スケジューリング、税務リスク |
| 法務部門 | 契約、訴訟、偶発債務、再編手続 |
| 監査役等 | 監査人とのコミュニケーション、経営者判断の監視 |
| 開示担当 | 有報、短信、適時開示、リスク情報、記述情報の整合 |
| 外部評価専門家 | 時価、PPA、減損、金融商品評価 |
| 会計アドバイザー | 論点整理、基準適用、監査人協議資料の作成支援 |
KAMは、監査報告書の最後に突然現れるものではありません。決算プロセス全体の中で、徐々に絞り込まれていくものです。会社側も、そのプロセスに対応できる体制を整えておく必要があります。
KAM対応で避けるべき実務上の誤解
KAM対応では、次のような誤解がよく見られます。
誤解1:KAMは監査法人が勝手に書くものだから会社は関与できない
KAMを決定するのは監査人です。しかし会社は、事実関係、注記、記述情報、未公表情報、誤解を招く表現、経営者判断との整合について、監査人と協議すべきです。会社がKAMの内容を支配することはできませんが、正確で誤解のない記載に向けて協議することは、実務上重要な意味を持ちます。
誤解2:KAMになったら会計処理に問題がある
KAMは、会計処理に誤りがあることを意味しません。監査人が監査上特に重要と判断した事項です。むしろ、適切に会計処理され、十分に注記されていても、見積りの不確実性や監査上の判断負荷が高ければKAMになります。
誤解3:KAMを避けることが望ましい
KAMを避けること自体を目的にすると、財務報告の透明性を損ないます。重要な会計論点があるのなら、KAMとして適切に説明されることは、監査の透明性を高める面があります。会社が目指すべきなのは「KAMにされないこと」ではなく、「KAMになっても会社の開示と判断過程が整合していること」です。
誤解4:注記は最低限でよく、詳しい説明はKAMに任せればよい
これは危険です。会社の財務諸表を作成する責任は経営者にあります。重要な会計上の見積りや会計方針の説明をKAMに依存することはできません。KAMは会社開示の代替ではないのです。
誤解5:KAM文案の表現だけ調整すればよい
KAM対応は文案調整ではありません。見積り資料、論点メモ、注記案、開示資料、監査役等説明、経営者確認、内部統制までつながる実務対応です。
KAMを「後から説明できる数字」に接続するための実務設計
KAM対応を高度会計論点管理に接続するには、次の順序で整理していきます。
まず、重要論点を洗い出します。減損、税効果、収益認識、企業結合、PPA、のれん、GC、時価評価、引当金、リース、退職給付など、金額的重要性と質的重要性の双方から検討します。
次に、各論点について、事実関係、適用基準、判断の分岐、会社の結論、証拠資料、監査上の争点を整理します。
そのうえで、財務諸表注記、記述情報、リスク情報、決算短信、適時開示、監査役等説明、KAM候補との関係をマッピングします。
最後に、監査人との協議結果を記録し、会社の開示とKAMドラフトの差異を確認します。
ここで大切なのは、KAMを監査報告書の問題として後工程に置かないことです。KAM候補になり得る論点は、決算判断の前工程から管理すべきものです。
相談導線|KAM候補が見えた段階で、会計処理・注記・監査対応を同時に整理する
KAMは、監査人が決める事項です。しかし、KAMに関係する高度会計論点は、会社が主体的に整理しなければなりません。
減損、税効果、収益認識、企業結合、PPA、のれん、継続企業、金融商品の時価評価、引当金、リースなどがKAM候補になっている場合、必要なのはKAM文案の修正ではありません。事実関係、会計処理案、見積り資料、注記、記述情報、監査人協議、監査役等への共有を一体で整えることです。
犬飼公認会計士・税理士事務所では、上場企業・IPO準備企業・大規模グループの高度会計論点について、KAM候補を見据えた論点整理、会計処理メモ、監査人協議資料、重要な会計上の見積り注記、経営者・監査役等向け説明資料の作成を支援しています。監査人からKAM候補を示された段階だけでなく、決算前に重要論点を整理しておきたいという段階でも、お問い合わせページよりご相談ください。
重要事項の振り返り
| 項目 | 振り返りポイント |
|---|---|
| KAMの本質 | 監査人が当年度監査で特に重要と判断した事項であり、会社の会計処理に対する個別意見ではない。 |
| 会社側の関与 | KAMを決定するのは監査人だが、会社は事実関係、注記、記述情報、未公表情報、誤解可能性について協議すべきである。 |
| KAMになりやすい論点 | 減損、税効果、収益認識、企業結合、PPA、のれん、時価評価、退職給付、引当金、GCなど。 |
| 見積りとの関係 | KAM候補の多くは、見積りの不確実性、複雑性、主観性、経営者判断に関係する。 |
| 減損KAM | 事業計画、将来CF、割引率、感応度、減損兆候、注記の整合性が重要。 |
| 税効果KAM | 将来課税所得、企業分類、スケジューリング、タックスプランニング、減損・GCとの整合が問われる。 |
| 収益認識KAM | 売上金額ではなく、契約実態、履行義務、支配移転、カットオフ、本人代理人、不正リスクが焦点となる。 |
| 企業結合KAM | 取得企業判定、取得原価配分、PPA、無形資産評価、のれん、暫定処理、注記が争点になる。 |
| GC論点 | 資金繰り、金融支援、事業計画、財務制限条項、注記、監査報告書上の表示区分を一体で整理する。 |
| 会社開示との整合 | KAMが会社開示より詳しい場合、注記・記述情報の不足がないか検討する。 |
| 未公表情報 | KAMに未公表情報が含まれそうな場合、会社自身の追加開示の要否を検討する。 |
| ボイラープレート化 | 毎期同じ文言を繰り返すのではなく、当期の変化、リスク、見積りの更新を反映する。 |
| 監査役等との共有 | KAM候補は監査役等とのコミュニケーション事項から選ばれるため、早期共有が重要。 |
| KAM候補管理表 | 論点、金額的重要性、質的重要性、証拠資料、開示、監査役等共有、未解決事項を一元管理する。 |
| 実務上の目標 | KAMを避けることではなく、KAMになっても会社の判断と開示が後から説明できる状態を作ること。 |