生前贈与を相続対策に組み込むための判断手順|目的・対象者・財産・税額・証拠・遺留分・二次相続まで

生前贈与は、相続対策の代表的な方法としてよく取り上げられます。

ただ、実務で本当に難しいのは、「贈与税がいくらかかるか」ではありません。難しいのは、次のような問いに一つずつ答えていくことです。

  • この贈与は、何のために行うのか
  • 誰に贈与するのが、家族関係と将来の分割に照らして自然なのか
  • どの財産を移すと、相続税・贈与税・所得税・登録免許税・不動産取得税・納税資金にどう影響するのか
  • 将来、相続税申告や税務調査の場で説明できる証拠が残るのか
  • 他の相続人から見て、不公平感や遺留分の問題が生じないか
  • 一次相続だけでなく、二次相続まで見て合理的か

生前贈与は、単なる節税手段ではありません。財産の所有者を生前に変える行為であり、将来の相続税申告、遺産分割、納税資金、家族間の納得、財産管理にまで直接かかわってきます。

民法上、贈与は、当事者の一方が財産を無償で相手方に与える意思を示し、相手方がこれを受諾することで効力を生じる契約です。つまり、「親があげたつもり」というだけでは足りません。受贈者が受け取る意思を持ち、実際にその財産を管理できる状態になっているかどうかが重要になります。

出典:e-Gov法令検索|民法

この記事では、生前贈与を相続対策に組み込む前に確認しておきたい判断手順を、実務で使える順序に沿って整理していきます。

目次

最初に押さえておきたい結論

生前贈与を検討するとき、いきなり「年間110万円まで贈与する」「相続時精算課税を使う」「不動産を先に渡す」と決めてしまうのは避けたいところです。次の順序で整理することをおすすめします。

手順確認すること判断の目的
1贈与の目的を決める節税だけでなく、争族防止・納税資金・生活保障・事業承継を整理する
2贈与者と受贈者を確認する意思能力、年齢、生活状況、管理能力を確認する
3相続人全体を把握する他の相続人との公平、遺留分、特別受益を確認する
4財産の棚卸しをする贈与できる財産と、贈与すべきでない財産を分ける
5制度を比較する暦年課税、相続時精算課税、目的別非課税制度、贈与しない選択肢を比較する
6税額と資金繰りを見る贈与税だけでなく、将来の相続税、譲渡所得、流通税、納税資金を見る
7証拠を残す贈与契約書、振込、名義変更、申告、管理状況を整える
8相続時の影響を確認する生前贈与加算、相続時精算課税の加算、遺留分、特別受益を確認する
9二次相続と将来管理を確認する配偶者・子世代・孫世代まで見て、財産が管理できるかを確認する

相続対策では、相続税の軽減だけを先行させるのではなく、相続争いの防止、納税資金の確保、税額軽減、申告実務までを一体で考える必要があります。とりわけ生前贈与は、実行した時点では節税策に見えても、いざ相続のときに不公平感や資料不足、税務調査、納税資金不足といった問題を生むことがあります。

手順1 まず「何のために贈与するのか」を決める

生前贈与の検討で最初に行うべきことは、制度選びではなく、目的の整理です。

同じ贈与でも、目的が違えば、適切な対象者も、財産も、制度も、証拠の残し方も変わってきます。

贈与の目的典型的な検討内容
相続税の課税財産を減らしたい暦年課税、相続時精算課税、収益移転、将来値上がり財産の移転
納税資金を準備したい金融資産、生命保険、代償金原資、受取人指定
特定の子に事業を承継させたい非上場株式、議決権、後継者、遺留分、事業承継税制
配偶者の生活を守りたい居住用不動産、金融資産、生命保険、二次相続
子や孫の住宅・教育を支援したい住宅取得等資金、教育資金、結婚・子育て資金、通常の扶養との区別
家族間の不公平を調整したい過去の贈与履歴、特別受益、代償金、遺言との組み合わせ
財産管理を次世代へ移したい収益物件、同族会社株式、家族信託・任意後見との関係

ここで意識したいのは、「相続税を下げたい」という目的を、もう一段掘り下げてみることです。

相続税を下げること自体は、目的ではありません。家族に財産を残すための手段です。たとえ贈与によって税額が下がったとしても、受贈者が財産を管理できない、他の相続人が納得しない、納税資金が足りない、将来売却したときに多額の譲渡所得税が発生する——そうした状態であれば、相続対策として成功したとはいえないのです。

手順2 贈与者の意思能力と生活資金を確認する

生前贈与は、贈与者本人の意思に基づいて行うものです。

高齢の親の相続対策として贈与を考えるとき、家族側が「今のうちに移しておいた方がよい」と判断したとしても、肝心の本人の意思が不明確であれば、それは危険な状態だといえます。

特に、認知症や判断能力の低下が疑われる場合には、贈与契約そのものの有効性が問われることになります。毎年続けている贈与であっても、贈与者に意思判断能力がなくなれば、その後の贈与が成立しない可能性があるのです。

贈与者については、少なくとも次の点を確認しておきましょう。

確認事項実務上の意味
本人が贈与の内容を理解しているか誰に、何を、なぜ贈与するか説明できるか
贈与後の生活資金は残るか介護費、医療費、施設費、住居費を確保しているか
贈与後の納税資金はあるか贈与者側の所得税・譲渡所得、不動産関連費用を確認する
贈与を急ぎすぎていないか判断能力低下直前の駆け込み贈与は後日争点になりやすい
家族の主導になっていないか本人の意思と家族の希望を区別する
遺言・任意後見・家族信託との関係贈与だけで対応すべきか、他制度と組み合わせるべきか

生前贈与は、親の財産を子が先に確保するための手段ではありません。本人の意思、本人の生活、本人による財産管理を起点として考える必要があります。

手順3 受贈者を「税率」だけで選ばない

贈与税の計算だけを見ていると、子や孫に分散して贈与した方が有利に見えることがあります。

しかし、受贈者を決めるときに見るべきなのは、税率だけではありません。

受贈者確認すべきポイント
配偶者二次相続、生活保障、居住用不動産、配偶者固有財産とのバランス
他の子との公平、過去の援助、遺留分、将来の管理能力
世代飛ばしの効果、相続税2割加算の可能性、未成年者の管理
後継者非上場株式、議決権、事業承継税制、他の相続人への代償
相続人以外の親族相続税上の加算対象、遺留分、贈与の趣旨説明
判断能力に不安がある人受贈後の管理、成年後見、特別代理人の問題
海外居住者日本の贈与税、国外財産、送金、現地税制

暦年課税の生前贈与加算では、相続または遺贈により財産を取得した人が、被相続人から一定期間内に受けた贈与について、相続税の課税価格に加算されます。令和6年1月1日以後の暦年課税贈与については、加算の対象期間が相続開始前7年以内に見直され、経過措置により相続開始の時期ごとに加算期間が定められています。

出典:国税庁|No.4161 贈与財産の加算と税額控除(暦年課税)

このため、相続人である子に贈与する場合と、相続人ではない孫に贈与する場合とでは、将来の相続税計算への影響が違ってくることがあります。もっとも、孫への贈与にも、相続税の2割加算、教育・生活資金の管理、親世代との公平といった別の論点が残ります。

つまり、「誰に贈与すると税額が下がるか」ではなく、「誰に贈与すれば、相続時にきちんと説明できるか」という視点が欠かせないということです。

手順4 財産の棚卸しをして、贈与する財産を選ぶ

贈与する財産は、現金だけではありません。不動産、収益物件、上場株式、非上場株式、保険契約、貸付金、同族会社関係資産なども対象になり得ます。

ただし、財産の種類ごとに、税務リスクと管理負担は大きく変わってきます。

財産贈与前に確認すべきこと
現預金資金原資、振込記録、受贈者の管理、贈与税申告
上場株式贈与日、株価、配当、取得費、将来売却時の譲渡所得
非上場株式株主判定、評価方式、議決権、後継者、遺留分、会社資料
自宅不動産小規模宅地等、配偶者控除、登記費用、不動産取得税、二次相続
収益物件賃料帰属、借入金、敷金、修繕、空室、所得税申告
農地・生産緑地農地法、納税猶予、承継者、転用可能性
保険契約契約者、被保険者、受取人、保険料負担者、契約者変更履歴
貸付金回収可能性、債務免除、みなし贈与、同族会社財務
共有持分管理・売却・次世代共有化のリスク

たとえば不動産を贈与する場合には、土地評価、登記、登録免許税、不動産取得税、固定資産税、将来売却したときの取得費、そして共有化のリスクが問題になります。

また、相続や遺贈で取得していれば小規模宅地等の特例を検討できたはずの宅地を、生前贈与してしまうと、特例の対象から外れてしまうことがあります。国税庁も、相続時精算課税に係る贈与によって取得した宅地等については、小規模宅地等の特例を受けることができないと説明しています。

出典:国税庁|No.4124 相続した事業の用や居住の用の宅地等の価額の特例

分譲マンションを贈与する場合には、令和6年1月1日以後に相続、遺贈または贈与で取得した居住用の区分所有財産について、新しい評価方法を確認しておく必要があります。

出典:国税庁|No.4667 居住用の区分所有財産の評価

非上場株式を贈与する場合には、取引相場のない株式の評価が必要になります。国税庁は、同族株主等かそれ以外の株主かによって、原則的評価方式または配当還元方式で評価すると説明しています。

出典:国税庁|No.4638 取引相場のない株式の評価

保険契約を使う場合には、契約者の名義だけでなく、保険料負担者と受取人の関係が重要になります。保険料を負担していない人が、満期、解約、または被保険者の死亡によって生命保険金を受け取った場合、原則として、保険料を負担した人から贈与があったものとして扱われます。

出典:国税庁|No.4417 贈与税の対象になる生命保険金

財産を選ぶうえで大切なのは、「評価額が低い財産」を選ぶことではありません。「移した後にきちんと管理でき、相続時に説明できる財産」を選ぶことです。

手順5 暦年課税と相続時精算課税を比較する

生前贈与の制度選択では、暦年課税と相続時精算課税の比較が中心になります。

暦年課税の基本

暦年課税では、1月1日から12月31日までの1年間に贈与で取得した財産の価額を合計し、そこから基礎控除額110万円を差し引いて贈与税を計算します。

出典:国税庁|No.4408 贈与税の計算と税率(暦年課税)

暦年課税は、少額の財産を毎年移していく場合には使いやすい制度です。ただし、令和6年以後の贈与については、相続税への加算期間が段階的に7年へ延長されていきます。そのため、相続直前の贈与だけで大きな効果を期待するような設計は、慎重に考える必要があります。

相続時精算課税の基本

相続時精算課税は、原則として60歳以上の父母または祖父母などから、18歳以上の子または孫などへ贈与する場合に選択できる制度です。選択するには、贈与を受けた年の翌年2月1日から3月15日までの間に、一定の書類を添えて相続時精算課税選択届出書を提出します。いったん選択すると、その贈与者からの贈与について暦年課税へ戻ることはできません。

出典:国税庁|No.4103 相続時精算課税の選択

令和6年1月1日以後の相続時精算課税贈与では、年110万円の基礎控除が設けられています。相続税の計算では、原則として贈与時の価額を基に、年分ごとに相続時精算課税に係る基礎控除額を差し引いた残額を相続財産へ加算します。

出典:国税庁|No.4103 相続時精算課税の選択

比較表

比較項目暦年課税相続時精算課税
制度の性質年単位で贈与税を計算贈与者ごとに選択し、相続時に精算
基礎控除年110万円令和6年以後は年110万円
大型贈与税率が高くなりやすい特別控除2,500万円、一律20%部分あり
相続時の扱い一定期間内の贈与を加算相続時精算課税適用財産を相続税計算へ反映
変更可能性毎年設計を変えやすい選択後は暦年課税へ戻れない
向く可能性がある場面長期間・分散・証拠管理ができる場合収益移転、値上がり期待、後継者への集中承継など
注意点7年加算、名義財産、定期贈与の誤解値下がり、小規模宅地等、受贈者死亡、撤回不可

相続時精算課税を、「2,500万円まで非課税で財産を移せる制度」とだけ理解してしまうのは危険です。

この制度の本質は、贈与時に課税を一定程度抑えながら、相続時に精算するという点にあります。贈与時の税金が少なくても、相続時には加算されます。贈与後に財産価値が下がった場合や、小規模宅地等の特例を失う場合には、期待していた効果が出ないこともあります。

令和6年以後の基礎控除の創設によって、相続時精算課税は以前より使いやすくなりました。とはいえ、いったん選ぶと撤回できない制度であることに変わりはありません。制度選択は、対象となる財産、贈与者ごとの財産構成、相続人の関係、そして相続税の試算を踏まえたうえで行う必要があります。

手順6 贈与税だけでなく、関連税目と納税資金を確認する

生前贈与の税額比較でよくある誤りは、贈与税だけを見てしまうことです。

実際には、次のような税金や費用が関係してきます。

税金・費用関係する場面
贈与税財産を無償で取得した受贈者に課税
相続税生前贈与加算、相続時精算課税による加算
所得税・住民税負担付贈与、低額譲渡、将来売却時
登録免許税不動産の名義変更
不動産取得税贈与による不動産取得
固定資産税不動産取得後の保有負担
消費税事業用資産・賃貸不動産等で関係する場合
司法書士・鑑定・測量費用登記、評価、分筆、不動産調査
申告関連費用贈与税申告、相続税申告、所得税申告

贈与税の申告と納税は、原則として財産をもらった人が、贈与を受けた年の翌年2月1日から3月15日までに行います。期限までに申告しなかった場合や、実際にもらった額より少ない額で申告した場合には、加算税がかかることがあります。

出典:国税庁|No.4429 贈与税の申告と納税

また、贈与された財産を将来売却する場合の税金にも注意が必要です。

土地建物を相続や贈与で取得した場合、将来売却したときの取得費は、原則として、被相続人や贈与者が買い入れたときの購入代金や購入手数料などを基に計算します。取得の時期も引き継がれます。

出典:国税庁|No.3270 相続や贈与によって取得した土地・建物の取得費と取得の時期

株式等についても、相続、遺贈または贈与によって取得した株式等は、原則として、被相続人、遺贈者または贈与者の取得費を引き継ぎます。

出典:国税庁|No.1464 譲渡した株式等の取得費

つまり、贈与時の評価額が、そのまま将来売却時の取得費になるわけではないということです。親が低い取得価額で保有していた不動産や株式を子へ贈与すると、その子が将来売却したときに、大きな譲渡益が発生することがあります。

贈与を判断するときには、少なくとも次の3つの税額を比較しておきたいところです。

比較する税額内容
今すぐ贈与した場合贈与税、登録免許税、不動産取得税、贈与後の所得税
相続まで保有した場合相続税、小規模宅地等、配偶者軽減、納税資金
贈与後に売却した場合受贈者の譲渡所得、取得費引継ぎ、売却時期

手順7 贈与の証拠を「税務調査で説明できる形」にする

生前贈与は、実行した事実を後から説明できなければ意味がありません。

特に現預金の贈与では注意が必要です。親が子名義の口座へ振り込んでいても、子がその口座を知らない、通帳や印鑑を親が管理している、子が自由に使えない、贈与契約書がない、贈与税の申告もない——こうした状態では、名義預金として相続財産に戻されるリスクがあります。

実務上、名義財産の判断では、資金の原資、管理・運用の状況、収益の帰属、名義人がその財産を取得した経緯、家族関係などを総合的に確認していきます。贈与契約書、振込記録、受贈者本人による管理、贈与税申告は、いずれも後日の説明可能性を高める重要な資料です。

贈与の証拠として整理しておきたい事項は、次のとおりです。

証拠確認すること
贈与契約書贈与者、受贈者、贈与日、財産内容、金額、双方の意思
振込記録贈与者口座から受贈者口座へ移動しているか
名義変更資料不動産登記、株式移管、保険契約変更、証券口座移管
贈与税申告書申告が必要な贈与について申告・納税しているか
受贈者の管理資料通帳、印鑑、キャッシュカード、証券口座、収益の受取
収益帰属資料配当、賃料、利息が受贈者に帰属しているか
評価資料不動産評価、株式評価、保険契約の権利評価
家族への説明資料なぜその人に贈与したのか、相続設計上の理由

ここで大切なのは、書類を作ること自体ではありません。実態と書類が一致していることです。

贈与契約書があっても、受贈者がその財産を管理していなければ、実質的な贈与として説明することは難しくなります。逆に、振込記録だけがあっても、贈与の合意や管理の実態がなければ、単なる名義の移動と見られてしまう可能性があります。

手順8 相続時加算と特別受益・遺留分を分けて考える

生前贈与を相続対策に組み込むときには、税務上の加算と、民法上の公平調整を、分けて考える必要があります。

混同しやすいのは、次の3つです。

論点何を調整する制度か
暦年課税贈与の相続税加算相続税計算上、一定期間内の贈与を相続財産に加算する
相続時精算課税の相続税加算精算課税適用財産を相続時に相続税計算へ反映する
特別受益・遺留分相続人間の公平、最低限の取り分を民法上調整する

民法では、共同相続人の中に、被相続人から遺贈を受けた人や、婚姻、養子縁組、生計の資本として贈与を受けた人がいる場合、その分が特別受益として相続分の計算に反映されることがあります。

出典:e-Gov法令検索|民法

また、遺留分の算定にあたっては、相続人に対する一定の贈与について、民法上の期間制限や要件を踏まえて算入の対象となる場合があります。相続人への生前贈与については、特別受益にあたる一定の贈与が、原則として相続開始前10年以内のものに限って遺留分の算定に組み込まれる、という整理が重要です。

ここで押さえておきたいのは、相続税で加算されるかどうかと、民法上の特別受益・遺留分で問題になるかどうかは、完全には一致しないという点です。

たとえば、次のようなズレが生じます。

場面税務上の見方民法上の見方
相続開始前7年以内の暦年贈与相続税へ加算される可能性特別受益・遺留分に該当するかは贈与の性質で判断
10年以上前の多額贈与税務上は加算対象外の場合あり特別受益として相続人間で問題になる場合あり
孫への贈与相続税加算の対象外となる場合あり親世代との公平感が問題になることあり
生命保険金みなし相続財産として課税対象となる場合あり極端な不公平があれば特別受益的に問題となる場合あり
事業承継株式の贈与贈与税・相続税・納税猶予が問題後継者以外の遺留分、代償金が問題

生前贈与を行うのであれば、「税務上問題ないか」だけでなく、「他の相続人にどう説明するか」を、あらかじめ整理しておく必要があります。

手順9 二次相続まで見て、贈与の効果を確認する

一次相続だけを見た贈与は、二次相続で不利になることがあります。

その典型例が、配偶者への財産集中です。

配偶者の生活保障や居住の確保は、もちろん非常に重要です。ただ、配偶者に財産を集めすぎると、二次相続では相続人が子だけになり、基礎控除や税率、納税資金の面で負担が重くなることがあります。

これは生前贈与でも同じです。

贈与の設計二次相続で確認すべきこと
配偶者へ自宅を贈与二次相続時の小規模宅地等、居住者、売却可能性
長男へ収益物件を贈与長男の相続時にその子へ管理が引き継げるか
後継者へ自社株を贈与後継者の次の承継者、株式分散、納税猶予の継続
孫へ金融資産を贈与親世代を飛ばす効果と、家族間の納得
配偶者へ金融資産を多く残す配偶者の生活資金と、二次相続時の納税資金

また、税制や評価通達は、将来変わる可能性があります。今は有効に見える対策でも、相続開始時の法令、通達、財産評価の見直しによって、効果が変わってしまうことがあります。相続税の軽減策を過度に重視すると、家族の死亡順序、税制改正、財産価値の変動によって、期待した効果が薄れたり、かえって逆効果になったりすることもあるのです。

生前贈与は、実行して終わりではありません。贈与をした後も、財産構成、相続人の関係、家族の生活状況、税制改正、相続税の試算を、定期的に見直していくことが大切です。

贈与を実行してよい可能性が高いケース

個別の判断はもちろん必要ですが、次のような条件が整っている場合には、生前贈与を相続対策へ組み込みやすくなります。

条件内容
目的が明確納税資金、生活保障、事業承継、教育支援など理由が説明できる
贈与者の生活資金が残る介護・医療・施設費を考慮しても余裕がある
受贈者が管理できる口座、証券、不動産、株式、保険契約を自分で管理できる
他の相続人への説明ができる過去贈与、遺留分、代償金、遺言との整合性がある
評価根拠がある不動産・株式・保険契約の評価資料を残せる
税額比較をしている贈与税、相続税、所得税、流通税、二次相続を比較している
証拠が残る契約書、振込、申告、名義変更、管理実態がある
見直し予定がある毎年または数年ごとに財産・税制・家族状況を確認する

こうした条件のもとでの贈与は、単なる税負担の先送りではなく、承継の方針を現実的に進めていくための手段になり得ます。

贈与を急がない方がよいケース

一方で、次のような場合には、すぐに贈与を実行するのではなく、全体の設計を見直した方がよいと考えられます。

状況注意点
贈与者の生活資金が不足する可能性がある将来、介護費・医療費・施設費が足りなくなる
贈与者の判断能力に不安がある贈与契約の有効性、親族間紛争、税務調査リスク
相続人間で不信感がある贈与が争族の火種になる
不動産を共有持分で贈与する次世代で共有者が増え、管理・売却が困難になる
自宅敷地を贈与する小規模宅地等の特例を失う可能性
非上場株式を評価せずに贈与する株価評価、議決権、みなし贈与、遺留分が問題になる
受贈者が財産を管理できない名義財産と見られる可能性
税額だけを見ている譲渡所得、二次相続、納税資金を見落とす
証拠を残さない予定である相続税申告・税務調査で説明できない

「贈与税が少ないから実行する」という判断は、危険をともないます。

贈与した後に、それを元へ戻すのは簡単ではありません。実行する前に、贈与しないという選択肢、遺言で承継するという選択肢、生命保険で資金を準備するという選択肢、家族信託や任意後見を組み合わせるという選択肢も、あわせて比較しておくべきです。

生前贈与と遺言はセットで考える

生前贈与を行う場合には、遺言との整合性も確認しておきましょう。

生前に特定の子へ財産を贈与しているにもかかわらず、遺言ではそのことに一切触れていない——そうした場合、相続が発生した後に「生前にもらった分も考慮すべきではないか」という争いが起こりやすくなります。

遺言を作成しておくと、次のような点を整理できます。

遺言で整理すること意味
生前贈与の趣旨生活支援か、相続分の前渡しか、事業承継か
残りの財産の分け方贈与を受けていない相続人への配慮
代償金不動産・株式を取得する人が他の相続人へ支払う金銭
遺留分への配慮遺留分侵害額請求のリスクを抑える
遺言執行者不動産、預貯金、株式の移転手続を円滑にする
付言事項法的拘束力は限定的でも、本人の意思を伝える

遺言は、相続対策のなかで、争族の防止や手続の円滑化に重要な役割を果たします。一方で、遺言書の内容によっては、かえって紛争の原因になることもあります。だからこそ、生前贈与と遺言を別々に考えるのではなく、全体の財産配分として整合させておくことが大切です。

相談前に整理しておきたい資料

生前贈与を相談する前に、次の資料を、できる範囲で整理しておくと、判断がより具体的になります。

分類主な資料
家族関係推定相続人、家族構成、過去の相続、養子、代襲相続の有無
財産一覧不動産、預貯金、有価証券、保険、非上場株式、貸付金、債務
不動産資料登記事項証明書、固定資産税課税明細、路線価、賃貸借契約、借入残高
金融資産資料通帳、残高証明、証券会社資料、取得価額、配当・利息明細
非上場株式資料決算書、申告書、株主名簿、定款、議事録、会社保有不動産資料
保険資料保険証券、契約者変更履歴、受取人、保険料払込履歴、解約返戻金証明
贈与履歴過去の贈与契約書、振込記録、贈与税申告書、相続時精算課税届出
遺言・契約遺言書、任意後見契約、家族信託契約、財産管理委任契約
納税資金現預金、保険金、売却可能資産、借入、代償金原資
本人意思誰に何を残したいか、生活保障、事業承継、家族への説明方針

資料がそろっていない段階でも、相談すること自体は可能です。ただし、生前贈与は、資料が増えるほど判断の精度が上がっていきます。特に不動産、非上場株式、保険契約、過去の贈与がある場合には、断片的な情報だけで有利・不利を判断しないことが大切です。

実務上の判断フロー

最後に、生前贈与を相続対策に組み込むときの、実務上の流れをまとめておきます。

段階判断内容
1 現状把握財産、債務、相続人、贈与履歴、遺言の有無を確認
2 目的整理争族防止、納税資金、税額軽減、生活保障、事業承継を整理
3 相続税試算現状の相続税、一次・二次相続、納税資金を概算
4 贈与候補の抽出現金、不動産、株式、保険、収益物件を分類
5 制度比較暦年課税、相続時精算課税、目的別非課税制度、贈与しない選択肢を比較
6 家族法務確認特別受益、遺留分、代償金、遺言との整合性を確認
7 実行設計贈与日、財産評価、契約書、名義変更、申告、資金移動を決定
8 証拠化契約書、振込記録、申告書、評価資料、管理状況を保存
9 定期見直し税制改正、財産価値、家族状況、二次相続を見直す

この流れを踏むことで、生前贈与を「とりあえず毎年行うもの」ではなく、相続全体のなかで意味を持つ対策として組み込むことができます。

まとめ:生前贈与は「実行前の整理」で成否が決まる

生前贈与は、相続対策として有効な場面があります。

しかし、贈与税の負担が少ないことだけを理由に実行してしまうと、将来の相続税申告、税務調査、遺産分割、遺留分、二次相続といった場面で、問題が表面化することがあります。

大切なのは、次の順序です。

まず、何のために贈与するのかを決める。次に、誰に贈与するのかを、家族関係と将来の分割を踏まえて決める。そのうえで、どの財産を贈与するのかを、評価・税務・管理負担から比較する。さらに、暦年課税と相続時精算課税を、制度単独ではなく、相続税・遺留分・二次相続とつなげて判断する。そして最後に、贈与契約、資金移動、名義変更、申告、管理の実態を、証拠として残す。

犬飼公認会計士・税理士事務所では、生前贈与について、贈与税額だけでなく、相続税の試算、財産評価、過去の贈与、名義財産、遺留分、二次相続、納税資金、そして申告後の説明可能性まで含めて整理します。

「毎年の贈与を続けてよいのか」「相続時精算課税を選ぶべきか」「不動産や自社株を今移してよいのか」「過去の贈与が相続税申告で問題にならないか」——そうした不安を感じている方は、財産資料と家族関係を整理したうえで、犬飼公認会計士・税理士事務所HPのお問い合わせページよりご相談ください。

振り返り

重要事項確認ポイント
生前贈与の本質節税策ではなく、財産の所有者を生前に変える意思決定
最初に決めること贈与の目的。争族防止、納税資金、生活保障、事業承継を整理する
贈与者の確認意思能力、生活資金、本人意思、認知症リスク
受贈者の確認管理能力、生活状況、相続人間の公平、海外居住や未成年の有無
財産選択現金、不動産、株式、保険では税務リスクと管理負担が異なる
暦年課税年110万円の基礎控除があるが、令和6年以後の贈与は7年加算を意識する
相続時精算課税令和6年以後は年110万円の基礎控除があるが、選択後は暦年課税へ戻れない
不動産贈与小規模宅地等、登記費用、不動産取得税、将来売却時の取得費を確認
株式贈与上場株式は株価・取得費、非上場株式は評価方式・議決権・後継者を確認
保険活用契約者名義より、保険料負担者と受取人の関係が重要
証拠化贈与契約書、振込記録、名義変更、申告書、管理実態を残す
相続時加算暦年課税贈与の加算と相続時精算課税の加算を区別する
民法上の公平特別受益、遺留分、代償金、遺言との整合性を確認する
二次相続配偶者・子世代・孫世代まで見て、税額と管理を確認する
見直し税制改正、財産価値、家族状況に応じて定期的に再検討する
相談前資料財産一覧、贈与履歴、不動産資料、株式資料、保険資料、遺言を整理する

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