経理規程・職務分掌・承認フローを整える

院長や理事長が、最終的にすべてを自分の目で確認している。事務長が長年の経験で、支払を滞りなく回している。現場のスタッフが必要な物品を発注し、請求書が届いたら経理へ回す。通帳や領収書、請求書、レセプト資料は、なんとなく担当者ごとに手元へ保管されている。

小規模なクリニックや診療所であれば、こうした運用でも日々の業務は問題なく回っていきます。むしろ、開業直後や少人数の体制では、細かな規程や承認フローを整えるよりも、現場のスピードを優先せざるを得ない時期があるのも事実です。

ところが、医療機関が少しずつ成長し、スタッフが増え、そこへ医療機器投資や分院展開、在宅医療、自由診療、医療法人化、承継、金融機関対応、M&Aといった論点が重なってくると、属人的な経理処理はやがて限界を迎えます。

そのとき、次のような問いが一気に表面化します。

  • 誰が決めたのか
  • なぜその支払が必要だったのか
  • その取引先を選んだ理由は何か
  • 納品確認は誰がしたのか
  • 固定資産台帳に載っている機器は、実際に存在しているのか
  • 院長個人の支出と医療機関の支出は、きちんと分かれているのか
  • 税務調査や承継の場面で、後から説明できる証拠が残っているのか

これらに答えられない状態のままでは、月次決算も、資金繰り管理も、投資判断も、承継の準備も、どこか不安定なものになってしまいます。

経理規程、職務分掌、承認フロー。これらは、医療機関を縛るための書類ではありません。後から第三者に説明できる数字と管理体制をつくるための、いわば「守りの基盤」です。

本稿では、医療機関がこの三つをどのように整えていけばよいのかを、購買、支払、現金管理、固定資産、文書保存までを含めて整理していきます。

目次

経理規程は「経理担当者のためのルール」ではない

経理規程と聞くと、経理担当者や税理士だけが使う内部書類のように感じられるかもしれません。

しかし、医療機関における経理規程は、単なる会計処理マニュアルではありません。医療機関のお金、物品、契約、請求、支払、証憑、固定資産、棚卸、未収金、予算、決算、監査、文書保存——これらを、誰が、どの手順で、どの証拠に基づいて処理するのかを定めるものです。

言い換えれば、経理規程は次のような経営上の問いに答えるためのものだと考えています。

経営上の問い経理規程・承認フローで決めること
誰が支払を承認するのか金額・取引内容ごとの承認権限
誰が発注できるのか購買申請、見積取得、発注権限
納品確認は誰がするのか検収担当者、発注者との分離
現金過不足が出たらどうするのか日計表、現金実査、差異報告
医療機器を購入・廃棄するときはどうするのか稟議、固定資産台帳、廃棄証跡
請求書や契約書はどこに保管するのか文書保存、電子保存、保管責任者
月次決算はいつまでに締めるのか締め日、提出資料、レビュー手順
税務調査や承継時に何を提示できるのか証憑、帳簿、承認記録、契約書

つまり経理規程は、経理部門のためだけのものではありません。院長・理事長・事務長・現場責任者、そして外部の専門家が、同じ前提に立って判断するための共通ルールなのです。

医療機関で経理規程が後回しになりやすい理由

医療機関では、経理規程や承認フローが後回しになりやすい事情があります。

何より診療が最優先であり、患者さんへの対応、医療安全、スタッフ配置、レセプト、施設基準、採用、物品管理と、現場の負荷が常に高い状態だからです。

特に小規模なクリニックでは、次のような状況がよく見られます。

よくある状態後で起こりやすい問題
院長がすべて口頭で決裁している証跡が残らず、後から説明できない
事務長だけが支払フローを知っている退職・異動時に業務が止まる
発注者と検収者が同じ架空発注・過大発注・納品漏れを発見しにくい
現金管理を受付担当者に任せきり現金過不足や売上漏れの原因が追えない
固定資産台帳が更新されていない医療機器の実在性・償却・保険・償却資産申告に影響する
契約書が院長個人の手元にある法人契約、賃貸借、リース、委託契約の確認が遅れる
経費精算ルールが曖昧私的支出、交際費、福利厚生、役員関連費用の説明が難しくなる

これらは、日々の業務のなかでは大きな問題に見えないことがほとんどです。

ところが、税務調査、金融機関融資、医療法人の決算届、監事監査、承継、M&A、分院展開といった場面になると、急に重要な論点として浮かび上がってきます。

とりわけ医療法人については、医療法人制度や関係法令・通知、医療法人会計基準、事業報告書等、医療法人の計算に関する事項などが公表されており、会計・運営・届出を一体で管理する必要があります。
出典:厚生労働省|医療法人・医業経営のホームページ

職務分掌は「担当者を疑う仕組み」ではない

職務分掌とは、業務を担当者ごとに分け、互いに確認し合える状態をつくることをいいます。

ここで誤解していただきたくないのは、職務分掌は「スタッフを信用しないための仕組み」ではない、ということです。むしろ、信頼しているスタッフを守るためにこそ必要なものだと考えています。

一人の担当者に、発注、納品確認、請求書確認、支払依頼、振込実行、会計入力、証憑保管までを任せてしまうと、その担当者に過度な負担が集中します。そして、いざミスが起きたときも、本人の問題なのか、それとも業務設計の問題なのかが見えなくなってしまいます。

不正は、性格の悪い人だけが起こすものではありません。牽制のない業務設計、長期間にわたる同一担当、確認者の不在、証跡の不足——こうした条件が重なると、ミスも不正も発見が遅れていきます。

医療機関では、少人数体制であるがゆえに、完全な職務分掌が難しいこともあります。それでも、次の四つの機能は、できる限り分けておきたいところです。

機能内容できれば分けたい理由
申請物品購入、支払、経費精算、固定資産取得の申請必要性を明確にする
承認金額・内容・取引先の妥当性確認院長・事務長・部門責任者の判断を残す
実行発注、支払、振込、廃棄、契約締結承認なし実行を防ぐ
記録・照合会計入力、台帳更新、証憑保管、残高照合数字と証拠を一致させる

担当者を分けきれない小規模クリニックでも、代替策はあります。承認者だけは別に立てる。月次で外部の専門家が確認する。支払後に院長が一覧へ目を通す。一定金額以上は必ず稟議を残す。こうした工夫で補うことができます。

大切なのは、完璧な分掌表を作り上げることではありません。一人で完結してしまう危険な業務を、少しでも減らしていくことです。

承認フローは「ハンコを集めること」ではない

承認フローを整えようとすると、現場から「手続が増える」「スピードが落ちる」といった声が上がることがあります。

その懸念は、もっともなものです。診療現場では、必要な物品をすぐにでも購入しなければならない場面があります。医薬品、診療材料、感染対策用品、緊急の修理、医療機器のトラブル——これらをすべて事前稟議にしてしまえば、現場は止まってしまいます。

だからこそ承認フローは、現実に運用できる水準で設計しなければなりません。

承認フローで決めておくべきことは、主に次の五つです。

決めること実務上の例
金額基準3万円未満は現場責任者、10万円以上は事務長、30万円以上は院長・理事長
取引内容基準医療機器、リース、広告、採用、修繕、委託契約は金額にかかわらず承認
緊急時ルール緊急購入は事後承認を認めるが、理由と証憑を残す
例外取引親族・役員・MS法人・関係事業者との取引は別途確認
証跡稟議書、見積書、注文書、納品書、請求書、契約書、議事録を残す

承認フローの目的は、責任の所在を明確にすることにあります。誰が、何を見て、なぜ承認したのか。それが残ってさえいれば、後から説明することができます。

反対に、承認印だけがあって、見積書も理由も比較資料も残っていなければ、その承認は十分な証跡とはいえません。承認フローは、形式を整えるためではなく、判断の跡を残す仕組みとして設計すべきものなのです。

経理規程で最低限整えるべき項目

医療機関の経理規程は、最初から大企業のように分厚いものにする必要はありません。ただし、次の項目については、早い段階で整理しておきたいところです。

項目決めるべき内容
総則目的、適用範囲、会計年度、会計単位、責任者
会計処理勘定科目、会計伝票、会計帳簿、月次決算、修正仕訳
証憑管理領収書、請求書、契約書、通帳、レセプト資料、保存方法
資金管理預金口座、資金繰り表、借入、支払予定、納税予定
現金管理窓口現金、日計表、釣銭、現金実査、差異報告
購買管理見積、発注、納品、検収、取引先登録、支払条件
支払管理支払依頼、承認、振込実行、支払一覧、二重払い防止
債権管理医業未収金、窓口未収、返戻・査定、督促、貸倒れ
棚卸管理医薬品、診療材料、消耗品、期限切れ、廃棄、実地棚卸
固定資産管理医療機器、内装、備品、リース、台帳、廃棄、修繕費との区分
予算管理予算作成、予実比較、投資計画、差異分析
決算・報告決算手続、事業報告、監事監査、理事会・社員総会、届出
内部監査・確認チェックリスト、外部専門家確認、改善事項の管理
改廃規程の変更手続、承認者、施行日

このうち、まず手をつけたいのは、現金、支払、購買、固定資産、証憑保存です。

理由ははっきりしています。この領域こそ、資金流出、不正、税務否認、二重払い、私的流用、承継時の確認漏れが起こりやすいからです。

購買フローは「必要なものを買う」だけでは足りない

医療機関では、医薬品、診療材料、検査試薬、医療機器、消耗品、感染対策用品、事務用品、システム、広告、修繕、委託業務と、実にさまざまな購買が発生します。

購買フローで大切なのは、次の流れをきちんと分けることです。

  1. 購入申請
  2. 承認
  3. 見積取得・取引先確認
  4. 発注
  5. 納品・検収
  6. 請求書確認
  7. 支払承認
  8. 会計入力
  9. 証憑保管
  10. 必要に応じて台帳更新

とりわけ注意したいのは、発注と検収を同じ人が完結させないことです。発注した人が、そのまま納品確認も、請求書確認も、支払依頼も行ってしまうと、ミスや不正が見えにくくなります。

完全な分離が難しい小規模な医療機関でも、納品書と現物を別の人が確認する、支払時に事務長が請求書と発注記録を突き合わせる、月次で外部の専門家が異常値を確認するといった牽制は欠かせません。

あわせて重要になるのが、取引先の管理です。新規取引先を誰でも自由に登録できる状態では、架空取引や関係者取引が紛れ込みやすくなります。新規取引先については、取引理由、契約書、見積書、振込先、関係者該当性を確認したうえで、一定金額以上は院長・理事長または事務長の承認を求めるべきです。

支払フローは、資金繰り表と一体で見る

支払管理は、単に請求書を処理するだけの業務ではありません。それ自体が、資金繰り管理そのものです。

医療機関では、診療報酬の入金、窓口収入、自由診療収入、給与、社会保険料、源泉所得税、消費税、法人税、借入返済、リース料、賞与、医療機器購入、修繕費が、月ごとに動いていきます。

支払承認が整っていないと、次のような問題が起こります。

問題経営への影響
支払予定が一覧化されていない資金不足を直前まで把握できない
請求書が現場に滞留する月次決算が遅れる
支払条件が管理されていない遅延、二重払い、信用低下につながる
振込実行者と承認者が同じ不正送金や誤送金を発見しにくい
納税予定が資金繰りに入っていない税金支払月に資金が急減する
借入返済が別管理黒字でも現金が残らない理由が見えない

支払フローでは、少なくとも次の点を決めておきます。

項目実務上の確認事項
支払締切日請求書の提出期限、支払予定表の作成日
支払予定表取引先、金額、支払日、承認状況、資金繰りへの反映
承認権限金額別、取引内容別、緊急支払別
振込実行振込データ作成者、承認者、実行者の分離
支払後確認通帳、振込明細、会計入力、未払金消込
例外処理急ぎ支払、分割払い、支払条件変更、相殺処理

支払承認は、経費の妥当性を確認するだけのものではありません。「今月支払ってよいか」「資金繰り上、問題はないか」「投資計画と整合しているか」を見極める、ひとつの経営判断でもあるのです。

窓口現金管理は、日次で締める

医療機関の内部管理のなかでも、特に重要なのが窓口現金です。

近年はキャッシュレス決済が増えてきましたが、保険診療の窓口負担、自由診療、文書料、予防接種、健診、物販など、現金が残る医療機関も少なくありません。

窓口現金管理で整えておきたい基本の流れは、次のとおりです。

手順確認内容
日計表の作成レセコン・会計システム上の窓口収入、現金、カード、未収を区分
現金実査レジ現金、釣銭、金種表、過不足
入金処理銀行入金日、入金額、現金残高
差異報告過不足の金額、原因、再発防止
上長確認現場責任者または事務長の確認
月次照合会計帳簿、預金通帳、日計表、未収金残高との突合

現金過不足が出たときに、「少額だから問題ない」と片づけてはいけません。たとえ少額の差異でも、それが頻発するのであれば、会計ミス、返金ミス、未収管理の不備、スタッフ教育の不足、システム設定ミスのサインかもしれないからです。

また、窓口現金は税務調査でも確認されやすい領域です。売上除外を疑われないためにも、日計表、レセプト資料、現金実査、預金入金、未収金の整合性を保っておく必要があります。

固定資産管理は、投資判断・税務・承継に直結する

医療機器、内装、リース資産、電子カルテ、検査機器、車両、備品。医療機関では、こうした固定資産が経営に大きな影響を与えます。

固定資産管理が弱いと、次のような問題が起こります。

問題影響
固定資産台帳と現物が一致しない実在性、減価償却、保険、承継確認に影響
修繕費と資本的支出の区分が曖昧税務上の処理誤りにつながる
リース資産を把握していない将来支払、解約条件、設備更新判断ができない
廃棄済み機器が台帳に残る償却、償却資産申告、資産管理に影響
高額機器の投資稟議がない投資回収、資金繰り、借入説明が難しくなる
保守契約が管理されていない維持費、更新時期、故障時対応に影響

固定資産については、取得時、使用中、移設時、廃棄時のそれぞれについて、ルールを決めておく必要があります。

タイミング管理すべきこと
取得時投資稟議、見積比較、契約書、納品確認、固定資産台帳登録
使用中設置場所、管理責任者、保守契約、稼働状況、保険
移設時移設理由、移設先、台帳変更、費用処理
修繕時修繕費か資本的支出か、見積、工事内容、写真
廃棄時廃棄申請、承認、廃棄証明、台帳除却、会計処理
リース時契約期間、リース料、解約条件、所有権移転の有無

固定資産は、税務処理だけの問題ではありません。設備投資の効果、借入返済、将来の更新費用、承継時の譲渡対象、M&A時の評価にまで関係してくるものです。

文書保存は「どこにあるか」が分かる状態にする

証憑や契約書は、ただ保存しているだけでは十分とはいえません。必要なときに、すぐ取り出せること。ここが肝心です。

法人税の観点でいえば、法人は帳簿を備え付けて取引を記録し、その帳簿と、取引等に関して作成または受領した書類を、原則として確定申告書の提出期限の翌日から7年間保存しなければなりません。帳簿の例としては総勘定元帳、仕訳帳、現金出納帳、固定資産台帳など、書類の例としては棚卸表、貸借対照表、損益計算書、注文書、契約書、領収書などが挙げられます。
出典:国税庁|No.5930 帳簿書類等の保存期間

さらに電子取引については、電子帳簿保存法への対応も必要になります。電子データで受け取った請求書、領収書、契約書、注文書などは、紙に印刷して保管するだけでは足りない場面があるからです。電子取引データの保存方法については、特設サイトやQ&A、パンフレットが公表されています。
出典:国税庁|電子帳簿等保存制度特設サイト

医療機関で保存対象になりやすい資料は、次のとおりです。

区分保存すべき資料の例
会計総勘定元帳、仕訳帳、試算表、決算書、勘定科目明細
証憑領収書、請求書、納品書、注文書、見積書
資金通帳、借入契約書、返済予定表、リース契約書
医業収益日計表、レセプト資料、支払基金・国保連資料、返戻・査定資料
現金現金実査表、金種表、差異報告書、入金記録
固定資産固定資産台帳、契約書、保守契約、廃棄証明、写真
労務賃金台帳、雇用契約書、勤怠、給与計算資料、源泉関係資料
法人運営定款、議事録、役員名簿、決算届、監事監査報告書
税務法人税、消費税、源泉所得税、償却資産申告、届出書控え
医療制度施設基準届出、研修記録、資格証、医療安全・感染対策関連資料

資料管理は、承継やM&Aの場面でも重要になります。買い手や後継者は、過去の数字だけでなく、その数字を裏づける証拠が整っているかどうかを確認するからです。

数字を作ることと、その数字を説明できること。この二つは、まったく別のものです。経理規程と文書保存ルールは、その差を埋めるための仕組みなのです。

医療安全・施設基準と同じく、経理も「記録で説明する」領域である

医療機関には、医療安全、感染対策、施設基準、個別指導など、記録と手順が重視される領域が数多くあります。

たとえば、病院等の管理者は医療安全管理のための体制を確保しなければならず、医療安全管理のための指針は一定の事項を文書化して従業者へ周知徹底を図ること、職員研修については開催・受講の日時、出席者、研修項目を記録することなどが求められています。
出典:厚生労働省|病院等における医療の安全を確保するための措置について

経理規程や承認フローも、考え方はこれと同じです。「やっている」だけでは足りません。「誰が、いつ、何を確認し、どう判断したか」が残っている必要があります。

医療機関の管理体制は、医療安全と財務管理とで分断されるものではありません。患者さん、スタッフ、金融機関、行政、後継者、買い手に説明できる医療機関であるためには、診療上の記録と同じように、経理上の記録もまた整えておく必要があるのです。

医療法人の経営情報報告にも耐える数字の作り方が必要になる

医療法人については、経営情報等の報告制度も重要な論点です。

公表されている資料によれば、医療法人の経営情報の収集およびデータベース整備が進められており、原則としてすべての医療法人を対象に、病院・診療所における収益および費用、任意項目として職種別の給与・賞与および人数などの情報を収集することとされています。あわせて、医療法人が毎会計年度終了後に経営情報を都道府県知事へ報告する仕組みも整理されています。
出典:厚生労働省|医療法人の経営情報の調査及び分析等

この流れを踏まえると、医療法人は、年に一度の決算書を作ればよいという発想だけでは不十分だといえます。施設別、職種別、費用区分別、収益区分別の情報を、日常の会計・給与・経理資料から整えられる状態にしておく必要があるのです。

そのためにも、経理規程、職務分掌、承認フロー、月次決算、資料保存を、一体のものとして整えていく必要があります。

経理規程を作っても、運用されなければ意味がない

経理規程を作成しても、現場で使われなければ意味がありません。

よくある失敗には、次のようなものがあります。

失敗例問題点
分厚い規程を作ったが誰も読んでいない現場の実務と乖離している
承認権限表があるが、金額基準が現実的でないすべてが例外処理になる
稟議書の様式が複雑すぎる口頭承認に戻ってしまう
電子申請にしたが証憑添付が漏れる後から説明できない
税理士任せで院内の責任者がいない資料提出・事実確認が属人化する
定期的な見直しがない分院、在宅、自由診療、DXに対応できない

経理規程は、作成そのものよりも、運用のほうがはるかに重要です。そして運用を根づかせるには、次のように段階を踏んで整えていくのが現実的だと考えています。

第1段階:現状フローを見える化する

まずは、実際に誰が何をしているのかを整理することから始めます。

請求書は誰が受け取るのか。誰が支払予定表を作るのか。誰が振込を実行するのか。誰が会計入力をするのか。領収書はどこに保管されているのか。固定資産台帳は誰が更新しているのか。

現状を見ないまま規程を作ってしまうと、結局は使えない規程になってしまいます。

第2段階:危険な一人完結業務を洗い出す

発注から支払までを一人で完結している業務。現金管理を一人で完結している業務。固定資産の購入・廃棄を一人で決めている業務。銀行口座やネットバンキングの権限が一人に集中している業務。

こうした部分を、優先的に見直していきます。

第3段階:金額別・取引内容別の承認基準を決める

すべてを院長決裁にすれば、現場は止まってしまいます。かといって、すべてを現場任せにすれば、統制が効かなくなります。

そこで、金額基準と取引内容基準を組み合わせていきます。

第4段階:チェックリストから始める

最初から完全な規程を作る必要はありません。

月次決算チェックリスト。支払チェックリスト。現金管理チェックリスト。固定資産取得チェックリスト。契約書保管チェックリスト。

まずは現場で使えるチェックリストを作り、そこから少しずつ規程化していくほうが、定着しやすい場合があります。

第5段階:月次会議で使う

承認フローや経理規程は、月次決算と接続して初めて意味を持ちます。

支払予定、未収金、借入返済、設備投資、固定資産、棚卸、現金過不足、修正仕訳、税金見込み——これらを月次で確認していきます。

規程を作るだけでなく、その規程に基づいて経営会議で数字を見る。ここまで進んで、経理規程はようやく経営管理の道具になります。

小規模クリニックでは、どこまで整えればよいか

小規模なクリニックでは、すべての規程を一度に整える必要はありません。現実的には、次の優先順位で十分だと考えています。

優先順位整える内容
1現金・窓口収入の日次管理
2支払承認とネットバンキング権限
3請求書・領収書・契約書の保存ルール
4医薬品・診療材料・消耗品の購買管理
5固定資産台帳と医療機器管理
6月次決算の締め日と資料提出ルール
7経費精算、交際費、役員関連費用の基準
8予算・投資稟議・資金繰り表

最初から完璧を目指すと、現場が疲弊してしまいます。「これだけは説明できる状態にする」という最低ラインを定め、そこから段階的に整えていくことが大切です。

特に、院長が多忙で、事務長や経理担当者に任せる範囲が広がっている医療機関ほど、早めに承認フローを整えておくべきです。安心して任せるためにこそ、任せる範囲と確認する範囲を、はっきりさせておく必要があるのです。

医療法人・分院展開・承継を考えるなら、早めに整える

医療法人化、分院展開、在宅医療、病床運営、承継、M&A——こうした展開を視野に入れる医療機関では、経理規程・職務分掌・承認フローの整備を後回しにはできません。

なぜなら、関わる外部関係者が一気に増えるからです。

金融機関は、資金繰りと返済能力を見ます。都道府県は、医療法人の運営と届出を見ます。監事は、業務と財産の状況を確認します。後継者は、引き継ぐべき資産・負債・契約・リスクを見ます。買い手は、デューデリジェンスのなかで、財務、税務、法務、労務、医療法務、施設基準、個人情報、契約、未収金、固定資産を確認していきます。

このとき、経理規程や承認フローが整っていなければ、次のように評価されてしまいます。

  • 数字はあるが、根拠が弱い
  • 経営者依存が強い
  • 管理体制が属人的である
  • 支払や購買に牽制がない
  • 固定資産や契約の実態確認に時間がかかる
  • 承継後に同じ数字を継続して作れるか不安がある

これは、そのまま成長戦略の足かせになります。

経理規程・職務分掌・承認フローは、守りの管理であると同時に、将来の選択肢を広げるための準備でもあるのです。

専門家は「規程を作る人」ではなく、運用できる仕組みに落とす人である

経理規程のひな形は、探せば見つかります。

しかし、ひな形をそのまま導入しても、医療機関の実務には合わないことが少なくありません。

診療所なのか、病院なのか。個人開業なのか、医療法人なのか。現金取扱いが多いのか、キャッシュレス中心なのか。在宅医療はあるのか。自由診療はあるのか。分院はあるのか。MS法人や関係事業者との取引はあるのか。レセプト管理、未収金、固定資産、医薬品管理の状況はどうか。院長、事務長、経理担当者、外部専門家の役割分担はどうなっているのか。

これらによって、必要な規程の粒度は変わってきます。

専門家の役割は、規程文を作ることだけではありません。現場の業務を実際に見て、どこにリスクがあり、どの程度の管理水準が現実的で、どの順番で整えるべきかを整理すること。ここにあります。

院長・理事長が最終判断を下せるよう、会計・税務・資金繰り・内部統制・法人運営・承継可能性をつなぎ合わせ、運用できる形へと落とし込んでいく。財務参謀としての専門家の価値は、まさにそこにあると考えています。

経理規程・職務分掌・承認フローを整えたい医療機関へ

医療機関の経理体制は、年に一度の申告だけを目的にしてしまうと、どうしても後追いになりがちです。

しかし、月次決算、資金繰り、投資判断、分院展開、在宅医療、医療法人運営、承継、M&Aまでを見据えるのであれば、経理規程・職務分掌・承認フローを、早い段階で整えておく必要があります。

ここで重要なのは、分厚い規程を作ることではありません。目指すのは、次のような状態です。

  • 現金が合っている
  • 支払が承認されている
  • 請求書と納品が確認されている
  • 固定資産台帳と現物が一致している
  • 契約書が保管されている
  • 月次決算の前提が毎月同じである
  • 税務調査、金融機関、後継者、買い手に説明できる資料がある

この状態を作ること。それが本質です。

犬飼公認会計士・税理士事務所では、医療機関の月次決算、経理規程、職務分掌、承認フロー、資金繰り、固定資産管理、証憑管理、医療法人運営、そして承継・M&Aを見据えた管理体制の整備を支援しています。

自院の経理体制が、今後の成長や承継に耐えられる状態にあるかどうかを確認したい方は、犬飼公認会計士・税理士事務所HPのお問い合わせページよりご相談ください。

振り返り:この記事の重要ポイント

論点確認すべきこと
経理規程の目的会計処理だけでなく、資金・証憑・購買・支払・固定資産・決算の判断ルールを整える
職務分掌申請、承認、実行、記録・照合をできる限り分ける
小規模医療機関の対応完全分離が難しい場合でも、承認者分離、事後確認、外部確認で牽制を作る
承認フローハンコではなく、誰が何を見て判断したかを残す
購買管理申請、見積、発注、納品、検収、請求書確認、支払承認を分ける
支払管理支払予定表、承認権限、振込権限、資金繰り表と一体で管理する
現金管理日計表、現金実査、入金、差異報告、月次照合を日常化する
固定資産管理医療機器、内装、リース、廃棄、修繕、台帳を整える
文書保存領収書、請求書、契約書、レセプト資料、議事録、税務資料を探せる状態にする
電子保存電子取引データの保存ルールを整え、紙保存だけに依存しない
医療法人運営事業報告、経営情報報告、監事監査、理事会・社員総会と接続して考える
内部統制不正防止だけでなく、ミス防止、説明責任、承継可能性のために整える
導入順序現状把握、一人完結業務の洗い出し、承認基準、チェックリスト、月次運用の順で進める
専門家の役割ひな形作成ではなく、現場で運用できる管理水準に落とし込む
最終目的医療機関を縛ることではなく、資金調達、投資、承継、M&Aに耐える説明可能な経営基盤を作る

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